-ZERO of HELL- 地獄の虚無   作:相沢something

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1_Encounter/遭遇、そして交渉

 

 さて。ルイズは内心、非常に……激怒していた。*

 

 皆様はお憶えだろうか? ルイズは彼に対して()()()()こう問うていたのだ。

 

『あなた、誰──?』

 

 返答は見ての通りであった。

 ────まさかのガン無視である。*

 

 

 ルイズは最初、自身も混乱のさなかであったことから、返答が戻ってこないことにも違和感を抱けなかった。

 教師であるコルベールが皆を教室に帰らせはじめてから、初めて“しまった、急がなくては”と思ったのだ。

 すなわち《コントラクト・サーヴァント》を、である。

 

 “契約”を行うためには、使い魔となる対象の口に、メイジが接吻──いわゆるキスというやつである──を施さなくてはならない。

 そこらの平民*ならいざ知らず……目の前の美形(イケメン)こと真上が対象であれば、たとえ平民が相手だとしても……顔だけに限って言うなら、ルイズ的には別にまあまあそこまでNGではなかった。べつにね? しょせん使い魔だし?

 もちろんその“使い魔”として考えるなら、ドラゴンとかグリフォンとか思ってたけど──もうこの際、落第を(まぬが)れるためとあれば、それが平民だろうと何だろうと我慢できる。詠唱は言葉の(あや)だ。うん。成功したんだから仕方ない。儀式に拒否(チェンジ!)は許されないのだ。

 で、接吻を施すためには当然、頭の位置に大きく差がある場合は、そのままだと実行不可能ということになる。

 

 ルイズと真上の身長差は目測25サントくらい。ルイズが153サント(155cm)だから、真上が……178サントくらい?*

 実際はもう少し下あたりかもしれないが、多少の誤差程度ならば問題にはならない。

 そして、今いるこの場所はただの草原の一角なので、足場になるようなものは何一つとして存在しない。

 ……つまり、真上のほうから跪いてもらう必要がある。

 

 そこまで考えて、改めて彼を見つめたルイズは……当の本人が、こちらに視線をいっさい向けないことに気がついた。

 これから主人となるメイジに対して、である。

 

 事、そこに至ってようやく理解が及んだ。

 こいつ──わたしのこと、()()()()()無視してない? と。

 

 おまけに唐突に何か(チャンバラ)がおっ(ぱじ)まった。

 なぜか急にルイズの教師とバチバチやり始めたかと思ったら、その教師から教室に戻るように言われて……状況がよく飲み込めないルイズにはやっぱり一瞥もくれることなく、そのままあっさりと置き去りにして、だ。

 

 貴族は平民に侮られると、たいていキレる。

 というかキレないわけがない。特にプライドが高くて強気なルイズであればなおのこと。それはもう当然の帰結であった。

 

 

 ────さて、それでキレたルイズは何をしたかというと、とりあえず動きを止めようと《地腕》アース・ハンドを唱えてみた。もちろん、単なる“足止め”目的で、だ。

 何事もチャレンジ精神は大切である。よってこの通り、ご覧の有様(クレーター)ができあがったという次第である。

 真上が聞いたらたぶん“目的”を誤解するだろう。つまりはほぼ文字通り、地雷じみた一発がその場にかまされたわけであった。

 

「跪きなさいと、言ってるのよ。()()()が。あなたの、()()()()が。あなたをここに、召喚した貴族(メイジ)が」

 

 ルイズの声がそこまで震えていないのは、ひとえに主人としての威厳を保とうとして……威圧的に聞こえるようにと頑張りつつ*、区切り区切り喋っているから──という点に集約される。

 

 “嫌な予感”のせいでつい反射的に銃口が向いてしまった真上は、なんだか様子のおかしいルイズに対し、彼にしか判らない範囲で怪訝な顔をした。傍目には、わずかに眉を寄せたようにしか見えない程度だ。

 一方それを見たコルベールは青ざめた。ついにルイズに注目が向いてしまった。おまけに(当然の反応かもしれないが)銃口まで向けられている。

 

 ルイズは“拳銃”をあまり知らない。*

 さすがに形状くらいは知っているが、いま向けられている“黒い鉄塊”は、形がやや似ているという程度にしか認識できなかった。

 それに、もしそれが仮に拳銃であると考えても、彼女の知識には──そもそもこのハルケギニアには──()()()のものしか存在しないのだ。

 真上はそれに弾を込めるという操作を行っていなかったので……まさか実際に発砲される危険があるなんてことなど、知識の薄いルイズからしてみれば、露ほども思えなかったのである。

 

 よって現状、さながら危機感“ゼロ”状態であるルイズは、やっと不満そうにこっちを見た真上のことを睨み、腰に手を当ててこう告げたのであった。

 

「いい? わたしは、あなたのご主人様。あなたは、わたしの使い魔。わかったら言うことに従って──」

「ま、待つんだミス・ヴァリエール! 彼は……」

 

 コルベールは命乞いもかくやといった勢いで、そんな上から目線のルイズを制止する。命とは、もちろんルイズの……である。

 そして途中で言葉を止めたかと思うと、錆びた歯車みたいな挙動で、ぎこちなく真上のほうを向いた。

 一方の真上は、怪訝な顔をしたままチラリとコルベールの様子を見……(おもむろ)に双方に向けた銃を下ろすと、クイッと顎でルイズを示してこう問いかけた。

 

「……コイツは何を言っている?」

 

 言葉の意味は認識できるが、真上からすれば、発言の次元がまったく理解できないといったところだった。

 この期に及んでまだ自分を無視するか、とルイズは青筋を立てたが……。*

 コルベールは驚いた表情で真上の顔をじっと見つめ…………こちらも杖を地面に置いたまま、ゆっくりと立ち上がりつつ……しかし口ぶりだけは慌ただしく、それに応答を返した。

 

「えー、いやー、そのですね、話せば長くなりまして……。お邪魔でしたら、すぐに戻らせますのでね、ええ」

 

 ぺこぺこと妙に腰の低いコルベールに、真上は黙って続きを促す。

 コルベールは先に“何をしでかすか分からない”ルイズをどうにかすることにしたようで、彼女に対し、両手を使って大袈裟なジェスチャーを交えながら説得を試みはじめた。

 無防備に背を向ける様子に、すでに害意はないと判断し、真上もまた警戒を一段階下げた。

 

 

 ああだこうだと騒ぐ二名の会話を横に、真上はその間しばし思考する。

 

 かれらが『杖』の形状をした道具を使用して超常現象──魔法学院だか何だかと言っていたが、本当に“魔法”とでも呼称しているのだろうか──を引き起こせることは察せられた。

 それが果たして道具(技術)に依るものか、能力(遺伝)に因るものか……といった点に関しては、まだ判別がつかない。

 

 問題がここで回帰する。────此処は()()だ?

 

 チラ、と再度周囲を見渡して地形を確認する。

 先の集団が飛んで移動した方向には、石造りの……歴史的遺産を思わせる姿の建造物が、ぽつんと残存している。

 (たと)えるなら、城だ。奇械島の時とは違う、極めて欧州風情漂うものである。

 

 それを挟んだ反対側には、深緑の葉を茂らせる雄大な常緑樹の森が、遠方の山裾に向かって延々と続いているのが見える。

 豊かな自然だ、とでも表現しようか。──それが現在の地球にとって、どれだけ希少なものであるか。

 

「…………。」

 

 空は高く、青い。重力断層(カーテン)で閉ざされていたあの島の空のような暗雲は、どこにも見当たらない。

 いま地面が踏み締められていることを考えれば、目前に迫っていた星の危機は去ったかのように思える。しかし。

 

 

「あー、お待たせしました! いやー、彼女は少々気性が荒……えー、勝気なところがありましてですな。さっきまで落第寸前で気が立っていたようでして、あまり悪く思わないでいただけると大変ありがたく……」

 

 戻ってきた教師の男が、先ほどからまるで変わらない、いかにも慌てたような早口で何やら並べたてる。

 本職がそうであるかは疑わしいが──ともあれ、この先の指針を決めるとするならば、この男の出方次第になるだろう。

 

 その向こうには名残惜しげに……というよりは恨みがましげに度々振り返りながら歩き去っていく、(くだん)の女子生徒の姿も見受けられる。

 いったい何だったのかは不明だが、やけに居丈高な──真上が(うっかり)銃口を向けてもいっさい動揺しない肝の据わった態度と、かすかに感じられなくもない奇妙な危険性が印象に残った。

 だが、もう関わることもあるまい。こちらとは当然住む世界が違うのだから。そう真上は結論づけた。

 

 

 なぜ、己一人が単独でこの地に行き着いたかは解らない。

 しかし、であれば尚のこと、必ずや捜し出さねばならない。

 

 

 

 ────俺達の〝カイザー〟を。

 

 

 


 

 

 その男の話は難解を極めた。

 といっても内容自体は単純だ。土地名、国名、身分制度。血統に継がれる能力、体系化された能力行使、そして召喚と契約。

 ……大筋を理解するに至るまでに、ずいぶんとこの地の言葉にも馴れたように思える。

 

 “召喚”とは、いったいどこまでの範囲に及ぶのか。

 返答は要領を得ない。“この世に生息する獣の類が選ばれる”といったような口ぶりだ。

 

 ハルケギニア。トリステイン魔法学院。貴族(メイジ)の教育機関。系統と使い魔。

 

 総括すると『此処は地球ではない』。……さすがにここまで奇怪な国や地域などが地球に存在するわけがない。

 まさかとは思ったが、本当に異星にまで転移したとは。あの対消滅はそれだけのエネルギーを有していたということか。

 

 そして、とりわけ異常なのはその文化だ。

 地球との共通点が()()()()()。言語に始まり、建築様式から地名人名……まるで中世あたりの西欧(ヨーロッパ)を舞台にしたパラレルワールドのようだ。

 魔法などという概念といい、殊更(ことさら)に都合の良い創作物じみている。『お伽噺』とでもいうつもりか?*

 

 だが、少なくともそのおかげで、地球との“接点”の存在が確信できた。

 言語から推察するに──中世初期から中頃にかけて、地球から人あるいは文明そのものの流入があり、そこから現在に至るまで独自の歴史を辿ってきた……といった仮説が立てられる。

 それが正しいか否かも含め、詳しい事は考えても無駄だろう。重要なのは()()だ。

 もし()()に引き摺られたがゆえに、広大無辺な宇宙の中からこの星に辿り着いたのであれば、逆を行くこともまた可能ではないか。……ということだ。

 

 

「────と、いうわけでして……ぜひとも彼女を救ってやる気持ちで、“契約”に応じていただければ、と。はい」

「…………」

 

 そんなものに応じると思うのか。

 ひと睨みすれば、目の前の男は冷や汗を流しながらカクカクと顔を上下させた。

 ……この男、中身は最低限()()()であるように見えるが、しかし挙動は常に怪しいものだから判断に困る。

 

「いやぁ、といっても、すぐには難しいであろうことは理解しております。ええ。なのでしばらくの期間、“お試し”といった形で、彼女と過ごしていただくというのはいかがでしょうかな、と……。もちろんその間の衣食住は、こちらでご用意いたしますのでね」

 

 小心な態度の割には、随分と厚かましい気もするが。

 それに騙す意図もないだろうが、あらゆる説明が大雑把すぎるせいで、無駄な不信感が拭えない。

 

「……仮に契約したとして、その“使い魔”とやらには何をさせるつもりだ?」

「えー、そうですな……。では、通常の使い魔が果たす役割について、ご説明いたしましょう」

 

 コホン、と前置きをして男は語り始める。

 

 ────長くなるだろうな、と、真上は彼なりの遠い目をした。

 

 

「まず第一に、使い魔は主人の“目”となり“耳”となる、という点が挙げられますが……つまりは感覚の共有ですな。これについては、お試し期間中は気にされずとも大丈夫です。なにせ、契約しないことには不可能ですから」

「そうしろ、と言われても困るな」

「でしょうなぁ」

 

 左のグローブの端末を使えば、その再現自体は不可能ではないが……こちらの所有する一つしか存在しないうえに、今はいっさいの反応がない。

 転移のショックか何かで破損したようだ。

 

「次に、主人であるメイジが必要とする品──特に“秘薬”を集めてくる、といった内容になります」

「…………。……秘薬、とは?」

「特定の魔法を使う際、その触媒となる物質です。例えば《癒し》 ヒーリング であれば、薬の原料にもなる種類の(コケ)。多くの『火』系統の魔法の威力を高めてくれる硫黄、などなど……あ、その、人間にはあまり向かない仕事でしょうな。そこは彼女にも免除するよう伝えておきます。はい」

 

 露骨に面倒そうな表情になった真上の雰囲気をようやく察知してか、コルベールは目線を彷徨わせながら誤魔化した。

 

「えー、最後に、これが最も大事な役目になります。すなわち、主人であるメイジの身を“守る”──というものです」

 

 そして、なぜか唐突に自慢げな……“これなら最適だろう”とでも言わんばかりの様子のコルベールを前に、真上はフゥ、と息を吐く。

 

「するとしたら“護衛(ボディーガード)”だけだ。使い魔とやらになってやるつもりはない」

「むぅ……そう言われましてもなぁ……お試しではダメですかな?」

 

 コルベールは困ったように頭頂部を掻き、首を傾けて訊いたが……真上はきっぱりと拒否を告げた。

 

「断る」

「う〜む……。」

 

 コルベールは頭を抱えて唸った。とても頭を悩ませた。

 真上はその様子から、目の前の椅子に座る男の頭部──見事な中年ハゲだ──の眩しい理由を推察することができた。

 だからといって何らかを慮ってやるつもりは更々ないが。

 

「では……あくまでも“護衛”を行う、という内容の契約を結ぶということで、その中に『この学院内ではミス・ヴァリエールの“使い魔”を装う』といった条件を含むことは可能ですかな……?」

 

 コルベールは悩みぬいた末に、なんとか妥協案を捻出した。

 そして対面の椅子に腰かけ脚を組んでいる真上の顔を、恐るおそるといった様子で窺う。

 真上からしても、護衛の提案自体がだいぶ譲歩した行為だったのだが──彼はかつて、単独の傭兵に近い“潰し屋”として()()()依頼を請け負っていた──現在の状況を鑑みて、検討を加えることにする。

 

「そちらで衣食住の提供を行う、といった話があったが、それはここの従業員と同等のものが提供されると考えていいのか?」

「ええ、そのように手配します。……学院長の許可が下りれば、ですが……」

「下りなかった場合は?」

「な、なんとかしてみましょう……最悪の場合、私が自腹を切って……はい。その点はご心配には及びませんですとも」

 

 真上は顔色の悪いコルベールをじっと眺めた。……どこからどう見ても、つくづく心労を多く抱え込みそうな男であった。

 

「使い魔を装うといったが、具体的には?」

「ええと……まずはミス・ヴァリエールが授業を受けている間、それに同行していただくことになります。他には……まあ、適宜、話を合わせてもらえればそれで……」

「対象の出席する授業に同行するだけでいいんだな?」

「ええ、基本的には……はい。一般的な使い魔の規範からあまり逸脱しないでいただければ、それで十分です」

 

 コルベールの言い方には多少曖昧な表現が混ざるが、そこは都度切り捨てるつもりで真上は続けた。

 

「依頼料は?」

「い、依頼料、ですか」

「護衛を雇うのであれば、当然だろう?」

「そ、そうですな。うーん…………」

 

 コルベールはまたまた頭を悩ませた。何とは言わないが悪化しそうだ。

 それにこういった交渉は慣れていないのか、なかなか返答は戻ってこない。

 

「わからないなら、あんたの給与の半額でもいい。あんたの財布から出るという条件付きでな」

「は……はい!? 半額ですか……!?」

「折半ということになるな。──冗談だ」

「じょ、冗談、ですか……はあ……」

 

 コルベールは“自分が目撃したものを信じられない”といった様子で瞬きを繰り返して、真上を凝視した。

 真上はほんの少しだけ、訝しむように覗き込んだ。

 

「……何だ。それほど薄給なのか?」

「いや……そこはむしろ逆、といいますか……」

 

 余談だが、コルベールは貴族かつ教師としては中堅なので、給与自体はそれなりにある。

 単に冗談を嫌いそうな印象のある真上が、自らそれを口にしだしたことに、とても驚いただけだった。

 ちなみに当の真上はというと、ここでの物価がわからない以上、“その条件でOKが出るならそこまで支障は(きた)さないだろう”という判断を下しただけである。

 だから『あんたの財布から』と付け加えたのだ。

 

「う、うぅむ……では、学院長の許可が下りなかった場合は、そういうことにしましょうかな……」

「…………それでいいのか」

「それ以外にはないでしょうし……」

「……そうか」

 

 大丈夫らしい。……ひとつの基準にはなるだろう。後で具体的な額を訊くことにする。

 

「ああ、それと──期間は一月(ひとつき)毎の更新とさせてもらうが、構わんな?」

「えっ?」

 

 コルベールは思わずといった調子で、意外そうな顔を見せた。

 使い魔の契約と同じように、一度締結すればずっと続くものと思っていたようだ。

 

「契約を継続するかは都度の条件次第だ。割に合わないと感じれば手を引かせてもらう。これはこちらの自由を保証する為のものであって、受け入れられない場合は、この話自体を破談とさせてもらおう」

 

 真上がこの護衛を請けるのは、土地勘諸々のない異星にて活動する基盤を整えるための、あくまで一時しのぎ的な手段として選択したからに過ぎない。

 準備を終えさえすれば〝カイザー〟を捜索するために、おそらくは世界各地を周ることになるだろう。

 ゆえに、真上はここに“ずっと”留まる約束はできないのだ。

 

「どうする?」

「えー……はい。でしたら、それで構いませんが……。それと……依頼料に関しては、いったん、学院長と相談したうえで決めさせてもらってもよろしいですかな?」

「最低額が保証されるのであれば、構わない」

「さ、最低額……」

 

 フ、と真上はニヒルに鼻を鳴らす。……彼なりに、笑っているつもりであった。

 

 

 さて。一息ついたところで、コルベールは額の汗を拭いながら……つい、真上の腰のホルスターに納められた拳銃を観察してしまっていた。

 やはりどうにも気になるのである。ホルスターの形状からすると、引き抜いて即座に発砲できるつくりには見えなかった。先ほど目撃した時など、本来撃鉄のあるべき位置に何も無いようにさえ見えた。火皿の位置も、火薬の装填方法も不明だ。

 いったい内部はどういった構造になっているのか? コルベールは首を捻る。

 

「………………」

「…………。」

 

 当然、その視線も真上は感知している。

 どう対応すべきかと様子を見ていたが……ややあって、真上はコルベールに問うた。

 

「……そんなに珍しいか?」

「え? ああ、そうですな……。ふむ……」

 

 熱心に見つめるようでいて、その実、外装よりもその内側を透視するかのごとく想像を巡らせているのだろう。その(さま)が手に取るように想察できる。

 

 真上は改めて、通された室内を見回した。

 ここはコルベールの研究室だ。掘っ建て小屋のような外観の中、棚に所狭しと詰め込まれた実験器具や、ラベルの見当たらない内容物不明のガラス容器、奇械な発明品の数々が視界を埋める。

 室内を漂うアルコール、油、(カビ)や硫黄などの入り交じった臭いが鼻につく。憶えがあるようでいて、よく知ったモノにはまったく遠い匂い。

 壁際には暖炉を利用した釜に、いくつかの金属筒をパイプで繋げた機構が据え付けられている。

 

「おっ! もしや、それが気になられますかな?」

「……」

 

 真上の目線に気付いたコルベールが、嬉々とした面持ちで身を乗り出してきた。……厄介な気配を感じる。

 この男はただ純粋な“好奇心”という名の研究欲に目を輝かせ、真上と発明品を見た。

 部屋の隅には生きた爬虫類やら鳥やらの入った(ケージ)が積まれている。ラットの類は見えない。

 

「それは、水を沸騰させた際に発生する気体の持つ力を利用した、()()を動かすための機械を作ろうと、日夜研究を重ねているものでして──」

「蒸気機関を?」

「おおっ!!」

 

 話をさくっと終わらせようと思い、先んじて言い当ててみたが……逆効果だったかもしれない。

 コルベールはさらに興奮した様子で続けた。

 

「もしや、もしやですが……こちらでは見慣れぬ服装といい、顔立ちや訛りといい……ご出身はひょっとして、“東方”の国であったりなど…………」

「東方……?」

「ここより遥か東に位置する、たとえば『ロバ・アル・カリイエ』といった国などでは……この西方の地ハルケギニアからすると、よほど学問や研究が進んでいる、という伝聞がありましてな。こちらの水蒸気機関などは、ハルケギニアではいっさい前例の見られない、まさに新技術といえるのですが……私はきっと、それよりももっと効率的で先進的な技術が、この世には存在して()()とさえ思っておるのです」

 

 自分の世界に浸りはじめたコルベールを胡乱(うろん)げな目で見ながらも、真上はその意見に関しては(おおむ)ね同意であった。

 万能だという魔法のせいではあるだろうが……コルベールの研究室内を見渡せばすぐに気付ける。このハルケギニアに()ける科学技術の進歩は極めて、遅い。

 時間の進みが地球の半分以下だとでもいうなら疑問はないが、中世から現代に至るまでの経過時間のことを思えば、通常では考えられないような文明の遅滞が発生しているのだ。

 とはいえ、そういった歴史に関する事情など、真上はまるきり興味はないのだが。

 

 むしろ問題は弾薬の補給手段である。この分だと入手は絶望的だ。

 拳銃という武器自体は存在するようだが、中世レベルとなると……。

 

 真上はコルベールの長話を聞き流しながら考え込んだ。

 

 

 

 コルベールは長々と持論を語りながらも(これのせいで生徒一般からの評判は(かんば)しくない)、わずかに俯いた加減で思案する様子の真上を窺った。

 

 東方からハルケギニアまで旅をして到達する人物の例は、歴史上においても非常に数が少なかった。

 文献によれば、その顔立ちはハルケギニアの民と異なり……肌の色も、浅い色から濃い色までまちまちである、とのように記されている。

 ……つまり、要約すると“なんか違うっぽい”としか記録されていないのだ。とりあえず、肌に関しては真っ白ではないようだが。髪の色は黒かそれに近い色である……という記述のみが、唯一はっきりとした情報と言えるだろうか。

 そのうえ使用する言語についても、ハルケギニアで用いられるものとは全くの別物である、とのことである。

 しかし……こちらと交流する際は、たいていこちらの共用語であるガリア語に準じるため、必然的に向こうの言葉は記録に残らないということになる。困ったものである。

 

 真上が現在操るトリステイン語には、(たま)に混じる聞き覚えのない方言のような訛りと……反対に、どこか型通りと表現するべきか……本来使う言語ではないものを、そのままそっくり習得したばかりの状態、といったような印象が併存していた。

 それらをこちらの話し方に合わせて逐一修正している、という風にも感じられる。本当だとしたらすごい才能だ。

 ひょっとすると、単に、音素に分解したものを適宜組み立てているだけの可能性すらも────。

 

 ────彼はあれから、コルベールのざっくりとした説明を聞き、先までの狂気を奥へ仕舞い込んだかのように平静な目をして、詳細な状況説明を求めてきた。

 あの時……そのつもりであればルイズを人質に取るなり、あのまま二人を始末するなりも可能であったはずだ。

 しかし彼は銃を下ろし、対等な立場でコルベールに対話を要求した。ということは、彼は‘異質な狂気’は内に秘めども、良識の範囲内で行動する理知的な人物であることが窺える。

 

 先の交戦さえ、コルベールが行動を起こすまで──そのように誘導された感は否めないが──彼はいっさい動きを見せることなく、こちらを挑発するだけに(とど)めていた。……かといって、挑発はちょっとよろしくないのだが。

 ともあれ──こちらが個人的な前例に照らし合わせて、彼の危険性を過剰に警戒してしまったのが悪かったのだろう。

 その点を素直に謝罪すれば、彼は特に気にした風を見せずに受け入れてくれた。

 

 おそらくだが、その様子を見る限りであれば……彼を生徒たちと引き合わせたとしても、そうそう悪いことにはならないように思える。

 相手が礼儀を払いさえすれば。……礼儀を……。……契約条項に盛り込んでおこう。うん。

 

 総括して、コルベールは真上のことを『厳格な傭兵』といったように解釈していた。やや()()()な部分の大きな……ではあるが。

 そして見慣れない外見や扱う武器の特殊さを、彼が“東方”の出身であり、そこの道具を扱うからだ、と推論した。

 これはコルベールが“東方”に憧憬を抱いている影響も大きい。コルベールは国や地方の枠をも越えて、より進歩した学識や究明を求めているのだ。

 そこに加えて、先ほど真上自身が見せた新技術への知見も合わせれば──彼が東方人であるというその推測も、あながち外れではなさそうな実感が伴った。

 

 

「そういったわけで……私はかの東方の秘めたる叡智を、いつかこの目で解き明かしたいと考えておるわけでして──」

「──それで?」

「うむ?」

「あんたの大義はどうでもいいが、学院長の許可とやらはどうするんだ」

「おおっと! 忘れておりました!」

 

 コルベールは素でうっかりしていた。ひとたび好奇心に火が点くと、ついやらかしてしまいがちなのであった。

 そんな彼の反応に、真上は少々うんざりした様子を見せたが…………

 

「ではさっそく、オールド・オスマンに伺いを立てに行きましょう! 話はその後ですな! さあ、マ……マグ……えーと」

「……真上(マガミ)、だ」

()()()殿! おお、覚えましたぞ! 東方の名前は新鮮ですな!」

「…………」

 

 せっかちで早口なコルベールは、ようやく真上の名前を覚えたかと思うと、バタバタと慌ただしく扉に向かって彼を急かすので──。

 真上は転移に巻き込まれていたらしい、あの草原で拾った自らの白いコートに袖を通すと……仕方なくその後を追うのだった。

 

 

 外は陽の落ちかけた夕暮れの頃。西陽に石塔が長く影を落とし、ひと気のない北西の広場を二分していた。

 

 白い裾が翻る。早春の風はまだ冷たい。

 

*
“必ず、かの邪智暴虐の……”とか言われても否定しきれないのが真上の困ったところである。

*
銃だけに。

*
例えば某ガンダールヴ(原作)の彼とか──

*
※なお公式における真上の身長は不明。

*
とても頑張っている。……頑張ってはいるのだ。

*
“ルイズには拳銃がわからぬ。”

*
“けれども侮辱には、人一倍に敏感であった。”……なぜそんなにメロス要素が?

*
ファンタジー界に喧嘩を売ってるSF住人の図?




「使い魔は、人を殺します。」
「なぜ殺すのだ。」
「戦いたいから、というのですが、────誰もそんな好き好んで()り合いたいなんていうやつはいないわよ!!!!」

 ────走れメロス/著:太宰治 より一部引用。
 
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