-ZERO of HELL- 地獄の虚無 作:相沢something
「…………完封勝利ですな」
「うむ、さすがじゃのう」
本塔六階の学院長室にて。
コルベールとオスマン老は『遠見の鏡』を用いて、ヴェストリの広場で繰り広げられる決闘の行方を見守っていた。
学院長の専属秘書であるミス・ロングビルの報告でそれを知った二人は、ちょうど話し込んでいた話題の人物について、その行動を密かに観察することにしたのだ。
勝敗は紛れもなく、その男──真上の圧勝であった。
「一瞬ヒヤッとしましたが……無事で済んでなによりでした」
「大丈夫じゃよ。彼とて、子供にそんな暴力は振るうまいて」
「それは、まあ、私もそう思いますが……」
コホン、とコルベールは咳払いする。
「ご覧の通り、彼は平民の身ながら並外れた戦闘技術を有し……相手が『ドット』程度であれば、素手でも簡単にあしらうほどの実力者です。敵に回せば危険な男ですが、味方にすれば頼もしい」
鏡に映る現在の真上の姿は、どうやらルイズの背を追って広場を去っていくところのようであった。
四肢をバラバラにされたゴーレムを除いて……負傷した者は皆無だった。
「彼は、ミス・ヴァリエールにとって心強いパートナーとなってくれることでしょう。彼の態度が軟化し、“契約”を受け入れてくれるまで、根気よく待つ価値はあるかと思います」
真剣な顔つきで、振り向いたコルベールは力説する。
しかし……目の前のオスマン老はというと、呑気に水煙管をふかしながら、ゆったりと安楽椅子を揺らしていた。
いつの間に持ち出したのやら。
「うむ、うむ。心配せんでも、彼は神聖なる儀式によって、彼女の使い魔に選ばれた存在じゃ。いずれ二人揃って仲良くなろうて。“雨降って草木も芽吹く”、じゃよ」
「はあ……」
相変わらず楽観的なことしか言わないオスマン老に、コルベールは曖昧な返事をする。
この老学院長は、昨日初めて真上を紹介した時も、ちょっと彼の顔を覗き込んだだけで──すぐにこの調子に移行したのである。
しきたりや校内保安の観点から厳しい言葉を覚悟していたコルベールは、その態度に虚をつかれたものだ。
今では逆に“ちょっと危機感が足りないのでは……?”と、コルベール側が思う始末だった。それと、健康志向も。
「ところで、ミス・ロングビルはまだ戻らんのかの。そろそろ
「はぁ…………」
その点だけはコンプラの為にも今すぐ枯らしとけ、と思う、学院長にだけは辛辣なコルベールであった。
「やりすぎ」
開口一番、むすっとした顔のルイズはそう主張した。
「ただの平民が、貴族を
と言って、昼餉にしては具の少ないシチューを口に運ぶ。
それは平民用の賄い食であった。昼餉の時間をとうに過ぎてしまったため、それしか食べられるものがなかったのである。
一方、対面の席に座し*、同じ内容の食事を口にする真上はというと──ルイズの説教など何処吹く風といった面持ちだ。
彼は本来であれば貴族用の大食堂を使っていい身分ではないのだが、ちょっと彼に話があったルイズが、時短のために仕方なく許可を下したという経緯があった。
「あのね。悪いけど『ドット』レベルのギーシュなんて、メイジの中じゃ三流もいいとこよ。本物の『トライアングル』が相手なら、たとえあんたみたいな規格外だろうと、せいぜい
と、ぶすくれるルイズであるが、その食べ方は表情と反対に令嬢らしい慎ましさを保っている。
彼女は魔法の才能がからっきしなぶん、そのほか貴族として求められる作法の数々を叩き込まれてきたのだ。
一方の真上もテーブルマナーは丁寧ではあったが、それなりに上品と称せるルイズと比較すると、どことなく機械的で、正解をただなぞっているみたいな無機質さがあった。几帳面というよりも神経質な印象を受ける。
彼はちょっぴり言い訳めいたルイズの発言内容にも、なぜか逆に気を良くしたかの様子だった。
食事中であっても綺麗なままの唇が弧を描く。
「フッ。それは楽しみにするとしよう──」
「……あんたバカ? 下手に貴族を敵に回したら、いくらあんたでも命が危ないって言ってるのよ」
それがなおのこと、余計に気にくわないルイズであったが──余裕の態度を崩さない真上の姿勢に、説得を諦めてため息をついた。
後ろから《炎球》ぶつけられても知らないわよ。ほんとに……。
「それに……最後のアレ。あの時は当たらなかったから、何事もなく済んだけど……もしギーシュに怪我でも負わせてたら、それはあんたの主人ってことになってる“わたしの”責任になるんだからね。もしも、万が一、直撃してたらと思うと……」
ルイズは想像しかけてぶるっと震えるが、当の真上は“それが?”とでも言うかのように、しれっとした顔で澄ましている。
動いても当たらない距離を狙っていたうえに、一発のミスも誤射もしたことのない真上からすれば、するだけ無駄な想定なのであった。
「……薄々思ってはいたけど、あんたって相当、大人げのない性格してるわよね」
ルイズは半目で睨むが、真上にはまったく効いていない。
「それがどうした?」
しかも実際に言った。ちょっと愉快げに。
客観的に見ても、じつに大人げのない男であった。
「調子に乗った
「それが大人げないって言ってるのよ。……っていうかそれ、わたしのことも含めてないでしょうね!」
「フ──」
「ちょっと!?」
大人げのある人物は、むやみに他人を
(こ、こいつ…………! ほんっとに、ロクでもない男……!!)
いくら平民にしては強かろうとなんだろうと……これは、ない。──ルイズはとうとう吹っ切れた。
そっちが嫌だと言うなら、もうそれでいい。むしろ(こんな生意気な“使い魔”なんてこっちから願い下げよ──!)と、彼女はついに心の底から方針転換を決定したのである。
「…………まあいいわ。さっきのが問題になったら、そのうちオールド・オスマンの耳に届いて呼び出されるでしょう」
さりとて。空腹時はともかくとして……食事中のルイズは冷静だった。
そう言って以降はお喋りすることもなく、目の前のシチューを平らげることに終始する。
彼女の話を聞いていた真上は、それはないだろう、とだけ思った。
彼は決闘の直前から、あまり快いとは言えない好奇の視線に混じって、“監視”の意図を含む視線を何処かから感じていたのだ。
そんなものを寄越す可能性のある人物は限られている。ここでは“平民”として自分を侮る者が大半を占める中で(たいした平和ボケである)、脅威と見なしているのはコルベールとオスマン学院長くらいなものであった。
ゆえに話があるとすれば、すでに連絡が来ていてもおかしくない。
それがないなら大した問題にはなっていないだろう。と、そのように彼は推測していたのである。
…………そして、他方。
そんな重っ苦しい食事の時間を過ごす二人の顔を、少し離れた場所からハラハラと窺うメイドの姿がひとり。
先ほどは二人に助けられる形で(なぜか)放置されることになった……あのシエスタであった。
「……ちょっと。そこのメイド」
「はっ、はひぃ!」
ルイズはそれを見咎めて、ぶっきらぼうに声をかける。
当然シエスタはびっくりして跳び上がった。
「あんた見るからにドジそうね。今度から足元には気をつけなさい。次はないわよ」
じろっと見やるルイズに、シエスタは縮こまる一方であった。
「は、はい……すみませんでした……」
「謝るならモンモランシーに言ってちょうだい。あんたが踏み壊したっていう小壜の持ち主よ。元、らしいけど」
頭を下げっぱなしのシエスタは、それを聞いて、おずおずと上目遣いでルイズの顔色を窺う。
「はい……えっと、その……先ほどは、あ、ありがとうございました」
「勘違いしないで。あれはあんたみたいなのを助けたんじゃなくて、邪魔な場所でみっともなく騒いでるギーシュが気に入らなかっただけなんだから」
恐るおそると寄越された感謝の言葉にも、至極つまらなそうな調子でルイズは突っぱねる。
困った表情のシエスタは、もう一方の真上を見るが……彼も自分は関係ないと言わんばかりに、すでに目を閉じて無言のまま。
なぜだかそっくり揃ってツーンとした二人の顔を見比べて、お礼がしたかったシエスタは大いに戸惑ったものの──ひとまず、お二人に怪我がなくてよかった、と安堵の息をひとつ。
そして、自らにできることはと考えて……メイドの彼女は慎ましやかに、二人分の空になった食器を下げることに徹するのであった。
放課後。
本塔の一階から最上階までを貫くように、高く、広々と空間を占有する巨大な
高さ三十メイルに届こうかという書架の合間に設けられた長机の一角にて、青いショートヘアの涼やかな少女は、その体格に見合わない大きな本を読み
表題は『水の系統が心に及ぼす影響とその活用』。この本は前にも一読したことがあるのだが……生徒が閲覧できる書架の範囲には、他に彼女の調べたい事柄について、満足のいく記述を載せた資料は見当たらなかったのである。
しばらくして──その少女、タバサは聞き慣れない足音に反応して顔を上げる。
入口に目を向ければ、昨日の儀式で召喚されていたはずの平民が許可証を司書に見せ、館内に足を踏み入れる姿があった。
彼を召喚したのはルイズだ。彼女でも《サモン・サーヴァント》は成功するのか、と少し驚いたものだ。
互いに名前も知らないその男……真上は立ち並ぶ巨大な書架をチラリと見上げると、手頃な位置の本を手に取ってページをざっと流し見、すぐに戻すといった物色を始めた。
彼の隙のない身のこなしからは、少し警戒を誘起されないこともなかったが……召喚された平民であれば特別危険はないだろうと判断し、また元の本に視線を戻す。
今のところは、接点も何もない相手だ。
真上は目についた本を適当に漁りながら、挿絵と文字を参照できる内容のものを探した。それが地図であればなおよい。
トリステインで用いられる文字は、旧いフランス語に似た口頭の語と違い、ルーン文字から派生したと思しきものが使われていた。
講義の内容と黒板の記述を照らし合わせれば、ある程度は判別できるようになるだろうが……知識を完全なものにする為にも、本から情報を得たほうが早い、と彼は判断した。
それが表音文字であるならば、言語音が判れば文字の解読も可能だ。図鑑などから名詞をいくつか照合すれば、音素を表す部分は
慮外なことに、ここの文字は──おそらくハルケギニアという地域全体として、だ──見た目は一部のルーン文字が崩された形の、分類上はアルファベットに該当する音素文字と、ルーン自体の意味を用いる表語文字の二種類が存在していた。
日本語で喩えれば、“かな”と“漢字”の二つのみが使われているといったイメージが近い。当然、ルーン文字が使用されるような文章は、古く形式ばった堅い内容のものになる。
そのルーンに関しても、地球の歴史に残るものと一致する文字も存在すれば、見憶えのないものも多数入り交じっており──そちらは習得するまでに少々手間が掛かりそうだった。
さて。この奇妙なルーン文字はおそらく、この地に根づく“魔法”に深く関連しているだろうことは明白である。
その対策を行うのであれば、前提として正確な知識を集積しておかねばならないことも、また自明であった。
どうしたものか。そういえば──コルベールの研究室には、書籍がぎっしりと詰め込まれた本棚も複数存在していた記憶がある。研究家であるあの男の蔵書であれば、あるいは。
そう考えた真上は、目星をつけた幾つかの本の貸出手続を済ませると、図書館を後にした。
────その夜。
本塔を出て、少しばかり東にぐるっと回った場所に生え揃う芝生の上に、腰を下ろして座りこむ一人の青年がいた。
……他でもない、昼間の決闘で敗北したギーシュである。
「ああ、ヴェルダンデ……ぼくはなんと、情けないのだろうね……」
彼は無傷であったが、しかし、ある意味では重傷であった。
傍らには小さな熊ほどもある
「フラれてしまった……しかも二人同時に…………ケティ……モンモランシー……」
そしてある意味、いつも通りであった。
彼が落ち込んでいる事情は単純なものだ。
フラれた理由をメイドに押し付けようとして、通りがかりのルイズに
ならばとふっかけた決闘では、使い魔の平民を相手にあっさりとボロ負けしたり。
どうにか『プレゼントを壊したメイドを懲らしめる姿』であったりだとか、『華やかに勝利するカッコいい姿』やらを見せて
正直なところ、カッコ悪いったらありゃしない。
いくら楽天的なギーシュといえども、これにはそこそこのダメージを受けていたのである。
「ぼくにはもう、きみしかいないんだ……ヴェルダンデ。不思議だな……ほかの全てを失ってはじめて、傍に残ってくれる存在の大切さに気付くなんて……」
そう言う割には、いつも(それこそ顔を合わせるたびに)そのモグラ──己の使い魔を溺愛しているギーシュであったが、これも特に何かを深く考えた発言というわけではなかった。
要するに、彼はいつも少々ばかり……思慮が足りない部分があったのだ。
二股を我慢できなかったのも、そのためである。
後悔したとて後の祭りであった。
「ああ、可愛い! 世界でいちばん可愛いよ、ぼくのヴェルダンデ!! ずっと一緒に暮らそうね!!」
ギーシュは癒しを求めて? モグラに抱きついた。モグラは嬉しそうにモグモグと彼に擦り寄る。
人目を
「………………。」
────目撃してしまった男がいた。
その男は眉間に皺を寄せ、とても険しい表情をしていた。
つまり、本人的にはかなりドン引きしている反応の、ちょうど不運にも図書館帰りに通りがかってしまった……
「…………あっ」
「…………」
…………他でもない、真上であった。
──真上は当惑した。目の前で、見覚えのある生徒が、妙にデカいモグラに抱きついて盛大に頬擦りしている。先ほどは接吻までしていた。衛生的に懸念が
抱きつかれたモグラはモグモグと…………モグラの…………鳴き声? いや、おそらく違う。擬音だ。何かの擬音……のはずだ。そのように鼻をヒクつかせて、両前足で生徒の頭を揉み……撫でて? いる。
………………なんだ、これは?
真上は非常に困惑した。
辺りには、だいぶ気まずい沈黙が流れた。
「………………」
「…………や、やあ」
取り繕うようにコホンと一つ咳をし、そろそろと片手を上げ、ギーシュはちょっとした挨拶を送る。
真上はひとつ瞬きをして、ギーシュと目を合わせた。
彼は大丈夫だろうか。
「いい夜だな、今日は。うん。ご機嫌いかがかな?」
「…………。」
真上は反応に困った。それはさっきからずっとであるが、しかし、このまま黙っていても何か問題がある気がする。
捻り出した末に、かろうじて「……ああ」とかいう、何に対する肯定か分からない頷きは返せた。
相手はそれで満足したらしい。あちらも大きく頷きを返してくる。真上は安堵した。
気の
モグラが鼻をモグモグさせながらその生徒に押し付ける。生徒は、
「ああっと、ごめんよヴェルダンデ……! きみのことを放置したわけじゃないんだ!」
とか言いながら頬を擦りつけ、……なぜか愛を囁きながら、また接吻をぶちゅっと音を立ててかました。
真上はそっと目を閉じた。*
脳裏に、昼時に投げられた言葉が思い起こされる。
“やりすぎ”。
見た限り…………そういうことなのだろうか。
(これは……)
まずい、のか……?
呼び出しがかかるといったことはなかったが、しかし……この状態の生徒を見て問題に思わないほど、はたしてあの老人は教導に無関心だろうか。
もしかすると、やってしまったかもしれない。──真上とて良識はあるのだ。
真上は再度、膝をついてモグラを抱える生徒に視線を戻す────ことはなく、なるべくそちらに目をやらないように正面を見つつ、わりと距離を空けて横を通り過ぎようとした。
分かってはいるのだが、ちょっと、直視したくなかったのである。──良識は混乱に敗北した。
「……待ってくれ」
しかし、そうは問屋とギーシュが
背後から呼び止められてしまった。
*数歩進んだ先で、真上は立ち止まった。
「きみは……本当に、あのルイズの使い魔なのかね?」
鋭いな、と真上は思った。誤解である。
存外、メイジに対して“使い魔”を偽装するのは難しいのかもしれない、と彼は懸念した。おおよそ杞憂である。
「……それがどうかしたか?」
誤魔化した(つもりの)真上の言葉に、ギーシュは「うーん……」と悩むように腕を組んで数秒。
「なぜきみは、ぼくとの決闘をあっさり引き受けたんだ? いやまあ、きみほどの武人であれば、ぼくのような『ドット』相手に臆したりはしないのだろうがね」
と、問うた。真上は沈黙する。
「……愚問だったかな。失礼、忘れてくれ」
ギーシュもふと不思議に思って、とっさに呼び止めただけだった。
訊くまでもないことだったかもしれない、と、すぐに思い直して撤回する。
しかし、真上は不意に口を開いた。
「…………本音を言うのであれば、」
そうして、おもむろに彼はギーシュに向き直る。
「貴様の実力に期待していた。もう少しくらいは
「えっ」
それを告げられたギーシュはドキッとした。
自分が“ただの平民”と侮っていた相手から、“ドットにすぎない”自分は事前に評価されていたらしいのだ。
それを裏切ったかと思うと……悔しさよりも先に、どうしてか罪悪感を覚えたのである。
「戦場に於けるメイジの戦力が、どのようなものであるかを確かめたかっただけだ。学生に無茶を強いた事は謝罪する」
「ええっ」
ギーシュはさらに
彼は自分を打ち負かし、平民の身で
彼を見上げるギーシュの目には、そのように映ったのだ。
一方の真上にも──『やりすぎた』感覚はあった。『大人げなかった』のもその通りであった。……『最後のアレ』は特にである。
あれは……真上にしてみれば、対戦相手の戦意を削ぎ、早々に降伏を促すための行為であった。
しかし、生憎なことに──いくら表面上は平静に見えたとて、相手は戦場も何も知らない、ただの一介の“学生”であることに変わりはなかった。
すると明らかにそれが過剰である、という点に真上が気付いたのは……痛恨ながら、当人に多大な精神的ダメージを与えた後の事となった。
ゆえに、あの小煩い
今後そういった不手際を再び引き起こさないためにも、世間一般の“常識的”感覚といった分野に関しては、彼女の意見を参考にしたほうがいいだろう──と。
彼はようやく自省に至り、認識を改めたのである。
「そ、それはもしや……メイジとの戦いは初めてだったと?」
はっと気付いたように、ギーシュは真上に訊ねる。
真上はひとつ首肯して返した。
「そうなるな」
「それなのに、あれだけの立ち回りを……」
ギーシュは言葉を失った。
なお、真上にとってコルベールとの交戦は、厳密には“闘い”の内に入っていない。
あの時は互いに本気ではなかったからだ。特に、コルベール側が。
「あの程度の動きであれば、修練を積めば誰にでも出来るものだ。なんら特別な事ではない」
「なんと……!」
ギーシュは感動した。
世間知らずな自分には想像を絶するように思えた英傑が、世界には普通に存在するというのだ。*
しかし素人目に見ても、彼は格別腕の立つ人物に見受けられる。
そんな彼が謙遜するようなことを言うので、ギーシュには彼の姿が、何倍にも増して──
ゆえに……ギーシュは確信する。
『これは、“モテる”────。』
会話が途切れたのを良いことに、真上は
が、しかし。事はそう単純には運ばないものだ。
「待ってくれ……いや、待ってください!
「────」
想定外のこれまた斜め上方向へと投げられた言葉に、真上は思わず、声もなく──時間差で振り返った。
「感動しました!! ぜひとも、貴殿のことを“先生”と呼ばせていただきたく!」
「……」
今の話のいったいどこに感動する要素があったというのか。そもそもなぜ『先生』なのか?*
唐突すぎて何もかもが理解できなかった真上に対し、駆け寄ってきたギーシュはすさっ! と身振りで敬意を示した。
示された真上はちょっと引き気味になりつつも……そこの彼が短期的なショックから立ち直ったのであれば、明日にでもなればまあ元通りになっているだろう、と大雑把に考えた。
とりあえず
「……話は明日にしろ。もう遅い」
「は! そうですね!!」
過剰なほど姿勢を伸ばし、やけに浮かれたような声で「よい夜を!」などと言って去っていくギーシュの背を見送る真上の中で、彼への評価が“変なヤツ”方向に一目盛ほど傾いたのであった。
その評価の方向性は合っている。合っているのだが……しかし。
惜しむらくは、元通りと評した『平時の』彼について、己の下した諸々の判断がひと味もふた味も甘かったことを──自覚できなかった点に尽きるだろうか。
それを翌朝、真上は思い知ることになる。
〈人物情報〉
▽ギーシュ・ド・グラモン
ゴーレム創造を得意とする家系に連なる『土』系統のドットメイジであり、二つ名は〈青銅〉。モンモランシーとは許婚の関係であったが、当然ながらフラれた。
真上からイケメンムーブ(とは?)を学んで(元)恋人に見直してもらおうと考えているようだが、残念ながら明らかに学ぶべき相手を間違えている。