-ZERO of HELL- 地獄の虚無   作:相沢something

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5_Warmth/燃え上がる熱情

 

「おはようございます!! 先生!!!」

 

 ふと、真上は頭痛を覚えたような気がして、己の顳顬(こめかみ)を片手で押さえた。昨日よりも妙な勢いが増してはいないだろうか?

 突如現れて盛大な挨拶をかましたギーシュは、廊下を行く生徒たちから何事かと集中する衆目を浴びてなお、実に颯爽とその続きを繰り出した。

 

「いかがでしょう。昨夜の件ですが、あれからぼくは考えたのです。ぜひとも先生の──()()を仰ぎたい、と」

 

 確かに『明日にしろ』とは言ったが、まさか本当に来るとは思わなかった。しかも、この一限前に。

 先を急ぐルイズが“何をやらかしたのか”と問うような目で真上を振り返る。

 何もしていない。……はずだ。本当に、何もしていないはずなのだが。

 

「…………せめて、講義の後にしろ」

「は! そうですね!!」

 

 遅刻が迫り、段々とイラついた表情になるルイズを視界の端に認め、真上はなんとかこの場を切り抜けられる言葉を口にする。

 ギーシュはそれに大きく頷くと、背筋を伸ばして悠々と歩き去っていった。

 …………理由はわからないが、頭が痛い。……気がする。

 

 (かぶり)を振って気を取り直す。

 今は呆気にとられている場合ではない。じと目のルイズに急かされて、真上は再び『風』の塔へと繋がる空中廊下を歩み出した。

 

 今日の一限目は、専門課程ごとに異なる教室で講義を受けるそうだが。

 本塔の方向へ歩いていったギーシュは、はたして授業開始の時間までに間に合うのかどうか。

 

 

 …………と、それは別に無関係にしても。

 

 あの泰然自若……というよりは余裕綽々(しゃくしゃく)であるところの真上が、こうもげんなりとしているのには──既にいくつかの理由があった。

 

 

 

 


 

 

 

「来たぞッ! 『我らの剣』のご登場だ!!」

 

 ────ウォォオオオオオ!!!!

 

 

「…………」

 

 時刻は早朝、七時にさしかかる頃。

 食事の為に*、厨房裏の倉庫の一つに(こしら)えられた小食堂を訪れた真上は──突如として朝の静寂をブチ割った大歓声に眉間を寄せ、動きを止めた。

 

「ようこそ英雄! さあたっぷりと召し上がってくれ!」

「……何の真似だ?」

 

 止まったはいいが、このままでは他の利用者の邪魔になる。

 仕方なしに、今日は一段と狭い印象を受ける室内に足を踏み入れ……待ち受けるコック帽を被った恰幅のよい料理人へ、人相の悪さ二割増で事情を尋ねた。

 しかし……そんな真上の物騒な顔を前にしても、この料理人は気付いていないのか、まったく臆する様子もない。

 彼はにこやかに両手を広げて歓迎のポーズをとると、嬉しそうにこう続けるのであった。

 

「何ってそりゃあ、マガミの旦那。あんたが()()いけ好かない()()をコテンパンにしてくれたもんだから、俺たち一同、揃ってあんたに礼がしたくて集まったのさ」

 

 夜番を終えたばかりの衛兵たちは、興奮のままに『ヒュー!』と口笛を吹く。

 忙しいはずのコックや見習い、給仕すらも、入れ替わり立ち替わりで顔を出しては頻りに頷いている。

 

「それにあんた、うちのシエスタを(やっこ)さんから助け出してくれたっていうじゃないか。こりゃもう、俺たち総出で感謝したって足りないくらいだ。本当にありがとうよ、旦那」

 

 厨房を取り仕切る立場にある、この料理長──マルトーは、“羽振りの良い平民”の地位から貴族全体を嫌っているだけであって、特定の個人に対する確執があるわけではない。

 ただ単に、同僚を助けてくれたお礼と、連中の鼻を明かしてくれた真上のことを(ねぎら)いたい一心で、こうして朝から貴族と同等の料理を用意して待ち構えていたのである。

 周囲に集まった者たちもまた同様であった。

 

 ゆえに、誰もかれも悪意はない。ないのだが……真上の眉間には、より一層深く皺が刻まれた。

 さらには入口からも続々と増援が到着し、あっという間に孤立無援の包囲状態に陥るハメになってしまう。

 メイドの救出に関しては人違いだ、とは、いまさら指摘したところで誰も受け入れはしないだろう。

 真上は面倒事の密度にひっそりと嘆息した。

 

「最初の足さばき、ありゃあ俺にも一目見ただけで、あんたが達人級の強者(つわもの)だって理解できたね。いったい全体どこで武術を習えば、あんな舞い散る木の葉みたいに動けるんだ? なあ、俺にも教えてくれよ」

 

 恰幅のよいマルトーが間近に迫ると、視覚的に暑苦しい。

 背中を叩こうとする手を横に避け、真上は「大した事はしていない」と突っぱねて、それ以上の追求を回避しようとした。

 

「おおっと! お前たち、聞いたか!?」

 

 すると、自身の手をスッと避けられたマルトーは、なぜだか余計に嬉しそうな顔をするではないか。

 興奮で赤ら顔になった彼は厨房へ向けて怒鳴り声をあげ、見ていたコックや見習いたちに、“本当の達人”がどうたらと講釈を垂れなどし始める。

 

 『達人は誇らない!』と唱和する声をうんざりした心境で聞き流しながら、真上はこのふざけた包囲網を可能な限り()便()()突破する方法について、沈黙の内に思考を巡らせるのであった。

 

 


 

 

 

「…………」

 

 真上は思い返して溜息をついた。

 

 その後も何ゆえか『我らの()』などと呼称され、『剣は()()()やめろ』と念を押せば、『確かに剣じゃあなかったもんな。なら“槍”か?』だの、『いや、あれだったら“拳”ですよ!』(拳は一回も使っていない)だの、全員を巻き込む喧々囂々(ごうごう)の議論が始まったので……真上はその隙をついて、密かに回れ右で戦域を離脱することに成功したのである。

 

 そして逃避の末、真上が今いる場所──つまり本塔の屋上で、生徒の朝食が終わる頃合まで時間を潰すつもりでいた。

 

 …………のだが。

 

 

 

 


 

 

 

 真上は不意に何者かの視線を感じ、ジロリと振り向いて目を向ける。

 

 そこには虎ほどもある巨大なトカゲが一匹、手摺を兼ねる壁の外側から身を乗り出すようにして、じっとこちらの様子を覗っていた。

 体色は赤。持ち上がった尾の先に炎が灯っている。……教室で見た記憶のある生物だ。

 すると、おそらくは生徒の使い魔──。つまり主人のメイジが、この生物の目を通してこちらを偵察している可能性がある。

 そう判断した真上は視線の温度を下げた。威嚇の意図を込め、コートの下の銃柄(グリップ)に左手を伸ばす。

 暫しの睨み合いの後────そのトカゲは、

 

〔きゅるきゅるきゅるきゅる……〕

 

 と、小さく鳴き声を発し、のっそりと下に降りていった。

 

「…………」

 

 爬虫類の鳴き声を耳にしたのは初めてである。

 あのサイズのトカゲから出る音にしては珍妙に思えるが…………まあ、この星ではそういうものなのだろう。

 

 場所を変えようかとも一瞬思ったが、先ほどの馬鹿騒ぎに酔っていた連中に見咎められても面倒なので、このまま留まって周辺を展望することにする。

 

 

 太陽*は東の空に昇っている。体感では、今は八時を少し過ぎたあたりといったところか。

 一日の長さは地球とほぼ変わらず、時間の定義についても同一。すなわち一日は24時間、一時間が60分、3600秒となる。

 

 屋上の高さは三十メートルと少々。それでも高所には違いなく、早春の冷えた風が強く吹きつけた。

 対して陽当たりは良好。塔壁と一体になった手摺壁はたいした高さもないが、背にすればある程度は風避けにもなるだろう。

 

 この学院においては本塔が最も高い建造物となり、次いで寮塔、そして四系統を冠する塔と続く。

 本塔自体の高さは、塔屋の鐘楼を含めると四十メートルに迫る。外壁は七メートル半。

 北の『火』と西の『風』の塔の間には『ヴェストリ(西小人)』の広場。南東に位置する寮塔の正面、南西の『水』と東の『土』との間に『アウストリ(東小人)』広場。本塔入口と正門は真南を向いている。

 

 ここまでは見取図にも記される通りだ。

 

 外壁を越えて遠方まで目を向ければ、一面の草原と広大な森林、その中を流れる緩やかな川といった──地球では滅多に見られない光景であるところの──雄大な自然が一望できる。

 正門から続く、幅およそ四メートルほどの土の剥き出した道の先は、この国の王都と繋がる中央街道に合流しているそうだ。

 王都の名称は『トリスタニア』。南北に延びる街道の正式な名は『グリフォン(鷲獅子)』街道。

 

 日用品や制服全般、貴族向けの嗜好品の類は、隔週で王都から訪れる御用商人から買い求められるという。

 しかし、それ以外の服や武器といったものを求めるのであれば、街まで向かう必要があるとのことだった。

 

 目下、早急に必要な衣類や日用品の類は、備品として学院で保管されていたものを支給されている。

 『ちょいと古いかもしれんが、そこはご愛嬌ということで、じゃの』とは、かの学院長の言葉である。

 

 

「………………」

 

 風が強い。そういった意味でも、このコートまで転移に巻き込まれていたのは僥倖だった。

 

 ふと、階下から向かって来る軽い足音が耳に届く。

 塔屋の階段に目を向ければ、やがて見憶えのあるメイドが姿を現した。名はシエスタと呼ばれていたか。

 

「あっ! やっぱり、ここにいらしてたんですね」

 

 シエスタは真上の姿を見ると嬉しそうに顔を綻ばせ、ぱたぱたと駆け寄ってきた。

 片手にはバスケットを持ち、もう片方の手にワインの瓶を握っている。

 

「これ、マルトーさんから、マガミさんにお渡しするようにって預かったものです」

 

 どうぞ、と差し出されたバスケットを、僅かな逡巡の後に受け取る。続けてワイン瓶も。

 布の覆いから覗くのは、チーズやハムを挟んだバゲットやら、丸ごとの果実やら、おおよそ一般的な朝食に該当すると言える一揃いであった。

 ワインはアルビオン(空中大陸)産の年代物(ヴィンテージ)であるとも伝えられる。

 何も食さずにあの場を去ったからか、どうやら気を遣わせたようだ。

 

「びっくりしましたよね、朝の歓迎会……。マガミさんは騒がしいのは苦手だと思うって、マルトーさんには伝えておいたんですけど……」

 

 そう言って彼女は申し訳なさそうにしつつ、下の様子を仔細に語った。

 

 曰く、呼称は『我らの“英雄(ヒーロー)”』に落ち着いたらしいこと(提案した奴の正気を疑った)。

 歓迎を()退()した件で、『達人は謙虚! 傲慢な貴族どもとは大違いだ!』とさらに盛り上がっていたこと(肯定的思考が強すぎる)。*

 必要な物があれば遠慮なく申し出てほしい、と料理長が言っていたこと。

 

「わたしも、マガミさんのためにできることがあれば、何でもお力になりますから」

 

 シエスタは微かに目に決意を込めて、きりっと宣言した。

 そして「何かあったら(おっしゃ)ってくださいね」と微笑むと、またぱたぱたと屋上を去っていった。

 

 

「…………。」

 

 真上はバスケットとワイン瓶を手に眺めつつ、考える。

 

 自分は今まで恐れられはすれども、崇められた経験など一度もない。

 つくづく平和な連中だ、と改めて真上は思った。

 

 何より……“英雄(ヒーロー)”など悪い冗談にしか聞こえない。

 真上遼といえば『死神』『疫病神』──果ては『戦場で髑髏(ドクロ)を拾う者』だの、最初に言い出した輩の頭を確かめたいくらいの呼称までされてきた存在である。

 そのような人物を言い表すには不適切極まりないチョイスだ。センスが壊滅的だと言い切って差し支えないだろう。

 

 まあ、今はそういったモノよりも、すでに相応しい呼び名があるのだが──。

 真上は少し笑んで、……しかし両手の物を再度確かめる。

 

 バスケットにはバゲットサンドと果物が入っている。

 ワインを渡された理由に関しても、この地の文明水準を背景に考えれば納得できる。

 真上はアルコール耐性も分解速度も常人の比ではないので、多少摂取する程度なら支障は出なかった。その点は問題ない。

 

 しかし、だ。

 

「………………。」

 

 

 ────このまま飲めと?

 

 グラスの姿は影も形も存在しなかった。

 

 


 

 

 最終的に、あのワインは真上に宛てがわれた個室の棚に納まることになった。

 厨房までバスケットを返却しに行った際、そちらも返そうとして譲渡されたのだ。

 グラスはシエスタが忘れていたらしい。*

 

 しかしながら、そのタイミングで自室と本塔を往復するとなると──時間的に少々遅れが発生することは避けられず。

 不機嫌な顔をしたルイズから小言を貰い、渡り廊下を移動する途中でおかしな様子のギーシュに絡まれ。

 やっと教室に到着したかと思えば、すでに揃っていた生徒たち一同から、いっせいに突き刺さる数々の視線を向けられたのである。

 

 あれは凄かった。

 “恨まれるどころの話ではない”とは聞いていたが……こういった事だったか、と真上は納得したものだ。

 

 特に男子生徒から送られるものは、穴を空けるがごとし。

 畏怖やら厭忌やら嫉妬やら羨望やら……諸々のものが入り交じった、事情の複雑そうな眼差しであった。

 なお、かたや一部の女子生徒からは、何故だかチラチラと値踏みするような目を向けられていたのだが──そこは人情に疎い真上である。

 ただ不躾さを不快に思うだけで、その裏に潜んだ感情を真に理解するといったことはなかった。

 

 …………まあ、それはともかくとして。

 

 

「……」

 

 不意に、真上は肩越しに振り返り──背後の気配に視線を向ける。

 

 向かう先の手摺の上に、またもやのっそりと姿を現す、赤い鱗の四本足。

 音もなく燃える炎が、尻尾の動きに合わせてゆらゆらと揺れている。

 

 それは朝方こちらを覗っていた、あの大トカゲであった。

 トカゲは真上と目が合うと、ふたたび例の珍妙な鳴き声を披露する。

 

〔きゅるきゅるきゅるきゅる……〕

 

 そうして、今度はちょこちょこと軽快な動きで床に降りると、五メートルほどの距離を空けて真上のもとに近寄り、じっと顔を見上げてきた。

 

「………………」

 

 しばらく見つめ合う、一人と一匹。

 

 真上はトカゲから目を離さぬまま、正面を避けて横腹のほうに移動がてら──ふと思い立ち、こちらも近づいてみる。

 

〔きゅるきゅるきゅる〕

 

 トカゲはその場を動かず、縦長の瞳孔をくりっと動かして、横目に彼の様子を窺い続けた。

 真上は尻尾の動きに注意を払いつつ、グローブを外して素手で触れられる位置まで接近する。

 

「…………。」

 

 当然だが、熱を感じる。外見はトカゲだが変温動物ではない。

 体表は50℃弱、場所によって温度が変わるようだ。体の腹側や尾に近いほど温度も上昇するように思える。

 傍にいて感じられる熱気は、どうやら尾の炎によるところが大きい。

 

〔きゅるきゅる〕

 

 鱗の感触からすると、真上の拳銃でも問題なく貫けそうな外皮だ。

 とはいえ、一般的な口径の銃弾では困難だろう。大口径のマグナム弾を使用するがゆえの判断である。

 

「…………」

〔…………〕

 

 一人と一匹は、しばし互いの側面を見つめ合っていた。

 

 ……そのうちに、トカゲはのっそりと身体を持ち上げ、ちょこちょこと手摺を乗り越えてまた下に降りていった。

 一人残された真上は、その場で暫くぼんやりと見送っていたが……やがて午後の授業を告げる鐘が鳴る直前になると、ゆっくりと立ち上がり、己も階段へと向かった。

 

 


 

 

 学院長室のある最上階と、宝物庫と教員の私室が占める五階。

 男子生徒用の寮室が並ぶ四から三階を通過し、各塔への渡り廊下と接続する二階へ。

 

 そこで階段を離れ、緩く湾曲する廊下を歩む真上の視界に、一人の女生徒の姿が映り込む。

 褐色の肌に鮮やかな赤毛のロングヘア、妖艶な美女と謂われるに相応しい容貌を誇る──キュルケ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーであった。

 真上と対面するのは、これが初めてになる。

 

「ごきげんよう、殿方(ジェントルマン)

 

 キュルケは真上の姿を見留めると、優雅に一礼して挨拶した。

 無愛想な面の真上にも構わず、彼女はにこりと笑んで、眉尻を下げると自身の頬に右手を当てる。

 

「あたしったら、いけないわ。授業をサボったなんて思われるでしょうに……。どうしても、この〈微熱〉が治まらなくって、ここであなたを待ち続けてしまったの」

 

 はぅ、と悩ましげに溜め息を一つ。

 そして小首を傾げた角度のまま、熱っぽく真上のほうを流し見るが……真上は不機嫌そうに視線を細めるだけで、止めていた歩みを再開した。

 

 キュルケは一瞬、瞳を捕食者のように光らせると──すれ違いざま、目の前を通る左腕に身を寄せる。

 

「ね、お待ちになって」

 

 彼女を避けるように背中へと回るそれを逃がさず、キュルケは自らの両手で絡め取り、豊満な胸の左側に押し付けた。

 拒まれるとは露ほども思っていなかった。己の最大の武器が通用しなかった例など、今まで一度たりともなかったのだから。

 

「お分かり? あたし、あなたに恋して……」

 

 だが、言いかけた言葉は……直後に顎の下に突き付けられた、硬く冷たい何かによって遮られる。

 重厚な金属の感触。それと全く同じ温度をした視線が、彼女の紅い瞳を無遠慮に貫いた。

 まるで氷のような、しかし────。

 

「っ、」

「俺は()()()()()なってやるつもりはない──。」

 

 キュルケは知らずのうちに息を呑んだ。

 ──暗い灰の下に隠された、燃えるような色彩がある。

 

「“遊び”で済んでいる内に、大人しく手を引くことだ」

 

 コートのスリットから抜き放った拳銃を左に握る真上は、唇だけを笑みの形に釣った。

 それにキュルケも微笑を浮かべ、ぱっと手を離す。

 

「……そんな危険なアナタもステキよ」

 

 さっきまでとは比較にならないくらいに、心臓がうるさく跳ね回っている。

 視界に映らずとも、己に突き付けられている物体の本質が何であるかを、敏いキュルケは正確に理解することができた。

 ────きっと全部お見通しなんだわ。内心で彼女は悟る。

 使い魔を通して彼を品定めしていた事も。暇つぶし代わりの、男を手玉に取る()()の事も。

 

「あたしのことは、どうぞキュルケとお呼びになって。『センセイ』」

 

 真上はもう関心を無くした様子で、命懸けを“模した”やりとりに恍惚とするキュルケを置いて去っていく。

 

 間違いない。あんなに冷然とした視線を放ちながら……なんて激しい瞳をしているのかしら。

 はう、と息をついて呟いた。

 

「どうしましょ……。こんなに熱くなったの、初めてかも────」

 

 

 


 

 

 

 その日の放課後。

 

 真上はコルベールの研究室を訪れていた。

 

 

「おお、マガミ殿! お待ちしておりましたぞ!」

 

 コルベールは向かっていた机からいそいそと立ち上がり、真上の来訪を歓迎した。

 昨夜、魔法にも使われるルーン文字の修得について彼と算段をつけ、放課後に文献を借り受けに訪れる約束をしていたのだ。

 

「こちらが各ルーンごとの作用と、特殊な組み合わせに関する資料でして。これが『火』の魔法、これが『土』、そしてこちらの分厚いものが複合的な……」

 

 机上の書山を崩しながら生き生きと説明を始めるコルベールを横に、真上は適当な相槌を返しつつ、中身を自分の目でざっと検分する。この男の話は長い。

 ひとまずは辞典と、基礎的なものだけを取り分ける。残りはその後でいい。

 

「……ふむ、そういえば……こちらでの生活はいかがですかな? 一部の生徒は、まぁその、少々()()()()な部分もあったようですが……」

 

 真上が資料を選び終わったのを見、やっと名残り惜しげに解説を止めたコルベールが、そこでふと思い出したように言った。

 ぼかした表現で挙げられた昨日の騒動は、やはり彼も懸念していたようだ。気まずそうに頭頂部を撫でつけている。

 

「問題はない。子供の戯れに付き合っただけだ。……経過も、恐らくはな」

 

 真上も、こちらも最後に少しばかり、言いづらそうに視線を逸らして付け足した。

 そこまでの事情は知らないコルベールは『?』を浮かべたが、下手につついて生徒の管理責任を問われると大変なので──とりあえず話題を変えようと椅子を勧め、自分も元の席に腰かける。

 

「えー、コホン。先日は、部屋も急ぎの手配でしたし、あそこは元々空っぽの倉庫のようなものでしたからな。不便や不足するものがあれば、可能な限り対処しますぞ」

 

 彼の申出を聞き、真上はふむ、と立ったまま考え込む姿勢を見せる。

 渡りに船といったところか。

 

「……この小屋の隣に井戸は掘れるか?」

「……へ? 井戸ですか?」

 

 真上は昨日から文字の習得と並行して、学院の立地についても順次調査を進めていた。

 下流の草原地帯に氾濫原を有する川から程近い、砂礫質のなだらかな自然堤防の上に建つこの学院の生活用水は、付近の森林が保持する豊富な地下水脈を由来とするそうだ。

 本塔や寮塔から出た汚水に関しても、下水道を通して川まで流していることは確認がとれている。

 であるならば……ある程度の深さまで地面を掘り下げれば、中庭からでも利用に堪える質の水が得られることが予測された。

 

「それは、掘れるとは思いますが……いったいどうされるんです?」

 

 不思議そうに首を傾ける様子のコルベールに、真上はどことなく、真剣に見える面持ちで向き直った。

 

「────風呂だ」

「…………風呂……ですとな?」

 

 風呂。……と言えば、彼の意図する処はつまり、清潔な湯で身体を洗浄するための設備のことを示す。

 もちろん一応ながら、この学院の本塔の地下にも、男女別の共同浴場なら存在していた。

 

 ただし、それも貴族専用の施設として──である。当然のように、平民の身分では利用を許されていなかった。

 したがって学院の使用人たちは普段、寮舎の隣に建てられたサウナ小屋を利用して汗を流しているのだが……少々潔癖な部分のある真上にとっては、それが少しばかり我慢ならなかったのだ。

 

 たとえこの地の衛生観念が、中世的な文明水準下で考えればかなり上等といえる部類であろうと、地球において現代文明の恩恵を享受していた真上からすれば関係のない話。

 そもそも他人の使った後のサウナや浴槽を利用するなど、彼にしてみれば、控えめに言って────言語道断であった。

 

 

「ええと……それであれば、清掃の入る前あたりに、利用可能な時間を工面したりなども……」

 

 コルベールの戸惑いを予見していたように、真上は複数枚の羊皮紙を懐から取り出し、無言でずいっと提示する。

 それを見たコルベールは────

 

「────やりましょう」

 

 そこに画かれた装置の“設計図”を理解すると、一転して即座に手のひらを返し、無認可工事の施行に同意を表明した。

 

 

 

「あっ、先生! こんなところに居られたんですか! 先生ーー!!」

 

 さらには、結託した二人が研究室の外に出ると……ちょうど『講義の後』との言葉通り、放課後になってすぐ真上の姿を捜し回っていたギーシュとも鉢合わせた。

 こちらに向けてぶんぶんと手を振る彼の二つ名は〈青銅〉。

 すなわち『土』系統のメイジである。

 

「おお、ミスタ・グラモン! いいところに来てくれたね!」

 

 自身の頭頂にも負けないくらいに目を輝かせたコルベールが、ちょいちょいと手招きしてギーシュを呼び寄せる。

 ギーシュは頭に『?』を浮かべながらやって来た。

 

「どうかされましたか、ミスタ・コルベール?」

「なに、少々内密にだね、ここに井戸を掘るだけだよ」

「……えっ?」

 

 井戸? とギーシュの目が点になる。……内密に?

 

「グラモン」

 

 予期せぬ耳打ちにギーシュがたじろいだところへ、真上が援護射撃に動く。

 

「これは貴様にしか頼めない事だ。ゆえに、その手を借りたい」

「えっ」

 

 ギーシュは単純な男であった。

 持ち上げられるとすぐに調子に乗れるのが、ある意味、他人から見た長所と言えた。

 

「何でしょう!? この()()だけに出来ることとは!」

 

 喜びと期待にキラキラと表情を輝かせるギーシュであるが、真上は至極、真面目な顔をしてこう述べる。

 

「モグラだ」

「…………へ??」

「貴様の使い魔だろう。穴を掘るには適任なのでな」

 

 それはそうなのだが、想定していた回答とはちょっと方向性が違った。

 ギーシュはしばらく沈黙する。────その後、

 

「…………たしかに。ぼくのヴェルダンデは穴掘りの天才ですから、井戸を掘るくらい、ものの数秒で済むでしょう。やはり先生はお目が高い────。」

 

 と言って、こちらも大真面目に頷きを返した。

 使い魔とメイジは一心同体。即ち、使い魔の評価はメイジの評価。

 

 全くの無問題であった。

 

 


 

 

 …………とまあ、そんなこんなで。

 結局昨晩は放置されてご機嫌斜めなヴェルダンデを宥めすかし、一同は直径一メイル、深さ十メイルほどの井戸を掘り起こすことに成功した。

 

 続いて、給湯器を作製するためコルベールが研究室に篭もる一方で、早々に手の空いた真上はというと────

 

 

「風呂???」

 

 首のZ軸を45°の角度にしたギーシュに対し、彼はまたしても羊皮紙を掲げて見せた。

 今度は浴場の見取図である。

 

「細部は貴様の裁量に任せる。こちらで指定した寸法通りに造れるか?」

 

 ピシ、とサント表記で書いたサイズ部分を指で弾いて示す。

 煮沸した井戸水から最適な湯温を求められるよう、浴槽の大きさや距離に緻密な計算を施された逸品であった。

 

「任せる……とは何を?」

「寸法以外の全てだ。例を挙げるとすれば、石材の種類や……図案(デザイン)くらいか?」

 

 呈された疑問に、真上は少し考え込んで答える。

 自由裁量の範囲は広いほうが依頼の印象も良さそうなものだが、生憎とあまり思いつかなかった。

 しかし、それを聞いたギーシュは表情を一変させる。

 

意匠(デザイン)……それはつまり、ぼくという巨匠の手で、この施設の景観を創りあげ(プロデュースし)てほしい──ということですね?」

 

 全て理解した……といった顔つきでギーシュは頷く。

 何かのスイッチが入ったらしい。彼は真剣だった。

 

「……? ああ、その認識で構わんが」

 

 真上は言表の選択を謎に感じつつも、大筋はたぶんその通りであると考えたので、疑問について井戸ほどは深く掘り下げることなく肯定した。

 ギーシュも心得たとばかりにひとつ頷き、ついでに薔薇を銜え、傍らのヴェルダンデをわしわしと撫でつつ抱きついてから配置につく。

 

「その大任──この『美』の芸術家、ギーシュ・ド・グラモンにお任せあれ。必ずや、咲き誇る“薔薇”のごとき最高の芸術を、先生のご覧に入れてみせましょう」

 

 そう宣って一礼の後……銜えた薔薇を右手に移し、自信満々にルーンを唱え始めた。

 

「……」

 

 例によって口上だけはノリノリといった彼であったが、その背を眺める真上の心情は『よくわからんが、まあ無事頼まれてくれたなら有難い』といったようなものであったので、特にツッコミを入れられるような人物はこの場に存在していなかった。

 

 作業は円滑に遂行されていった。

 

 


 

 

 

 造設は夜にさしかかり、日を改めても、作業完了まで一週間余りを要した。

 いくら便利な魔法といえど、使い手の精神力が尽きればそこで打ち止めとなる。

 細部に凝ったせいなのか、ドットメイジのギーシュはたまに限界を越えてパタッと倒れたりもして、現場監督(責任者)の真上を戦慄させたりもした。

 が、それもご愛嬌である。当人にとっては。

 

 真上もそのうち彼の精神力の限界を把握し、倒れる前に強制休養をとらせることが可能になった。

 すなわち、常人には捉えられない速度で頭頂に手刀を繰り出し、研究室の床まで持ち込んで置いておくのである。

 コルベールは頻繁に研究室で寝泊まりするので、毛布や枕になるものはきちんと常備されていた。

 万事解決であった。*

 

 

 ────そして。*

 

 

「おお…………」

「これが…………」

 

 ついに、その露天風呂──通称『炎蛇の湯』は完成を見た。

 

 併設した『土竜の井戸』から汲み上げた水を、コルベールの小屋にある蒸気機関を流用した装置で煮沸消毒したのち、石の水道を通して浴槽に供給する。

 湯は貯水槽の中に通した金属管を経由するため、ある程度温度の下がった状態で給湯することが可能だ。

 浴槽は詰めれば三、四人が入れる広さになっており、一人であれば四肢を伸ばすにも充分なスペースがあった。

 そのぶん、湯船を張るには少しばかり時間を要するが。

 

 使用素材は《錬金》によって生成し、《固定化》 イモビライズ で保護を施した、大理石を思わせる精緻な模様を織り込んだ白や黒の石。

 壁は白、浴槽は黒、路や床はチェス盤のようなチェック模様のタイルとなっている。

 四隅には酸化する前の青銅……すなわち黄金色の戦乙女像(ワルキューレ)が中央を向き、篝火を構えて直立する。

 煌々と燃える炎は、夕暮れの影に覆われつつあるモノクロの浴場を、淡い橙色の光で仄かに彩っていた。

 

 しかし、目を引くのはそれだけではない。

 

 壁面にも同じく黄金色に輝く獅子の頭が等間隔に首を揃え、給湯口はさながらシンガポールの魚獅子像(マーライオン)の如く、真上にはよく解らない彫刻作品が口を開けて湯を垂れ流していた。

 路外の地面には何を思ったのか、金銀銅の三色に分かれた薔薇がにょきにょきと生えている。

 青銅は含有する錫の割合によってその色を変える。なるほど、そういった点でいえば芸術とやらに向いているのだろう。と、真上はひとまず納得した。

 

 これらは全て、匠なるギーシュの杖と裁量によって創り上げられたものである。

 

 

「…………。」

 

 …………で、あるのだが。

 

 

「…………、……?」

 

 真上もさすがに首を捻った。

 元から様々な知識を備える彼であるが、世間一般の“美的”感覚といった分野に関してまでは、残念なことにその持ち合わせも及んでいなかった。

 目の前の光景についても何か違和感があるというか、そわそわして落ち着かないような気がしないでもないのだ。

 だが、それにいまいち確証が持てない。──これはどういった扱いの代物であろうか。

 

「いかがでしょうか、先生! これは間違いなく、ぼくの最高傑作ですよ!!」

 

 ぱっと真上を振り返り、期待に満ちた視線を向けるギーシュ。

 最高傑作か、そうか。真上はその言葉をそっくりそのまま受け取った。

 

「ああ……よくやってくれた。感謝する」

 

 それに実際のところ、真上は現場の監督と、浴場に繋がるドアの新設と、小物の調達*くらいしか担当していない。

 なので、文句をつけるつもりは全くなかった。魔法でなければ実現不可能だったのだから当然だ。

 

「いやいや、それほどでも……先生のお役に立てたのであれば、これほど嬉しいことはありませんとも!」

 

 前衛的(?)芸術を披露したことへの真っ直ぐな感謝を告げられて、ギーシュはニッコニコの笑顔を浮かべながら謙遜した。

 誰から見ても大喜びといった様子であった。

 彼は次いで、石材の検分を行っているコルベールにも駆け寄り、同じことを尋ねてみたりもする。

 

「どうでしょう、ミスタ・コルベール! 自分では、完璧なものを創りあげたと思うのですが!」

「うむ?」

 

 コルベールは側にやってきたギーシュを見ると、「そうだなぁ」と顎に手をやり。

 

「あくまでドット相当とはいえ、全体に満遍なく《固定化》が施されておる。これなら水分で痛むこともなさそうだ。よい仕事をしたようだね、ミスタ」

 

 そう言って、にっこりと微笑みを返した。

 ベタ褒めである。何を隠そう彼もまた、一般からはズレた感性の持ち主であった。

 

 先生二人からの太鼓判に、ギーシュは文字通り舞い踊った。

 

 

 ……さて。喜びも一入(ひとしお)といったところであるが、風呂といえばそこは、する事はひとつである。

 完成の余韻に浸り終わったなら、今度は暖かい湯船に浸かりたいものだ。

 

 というわけで、そのあと三人は仲良く、揃って露天風呂を楽しんだのであった。

 

 

 

 

 

「待て」

「ん? どうかしましたかな?」

 

 静止の声を上げた真上は*、当然のように入浴準備にとりかかる二人のことをジトっとした目で見やった。

 完成を予期したそれぞれは、三人が三人とも着替えを持ち込んでいたのである。

 

「先生! はやく入りましょう! 寒いです!!」

 

 既にすっぽんぽんになったギーシュが、身体にタオルを巻きつけて風を凌ぎながら叫ぶ。

 なら室内で待てばいいだろう……と、真上もつい瞑目して内心呟いた。

 

「いま入るつもりか?」

「ダメなんですか??」

 

 何も知らないギーシュは無邪気に問い返す。

 彼も、コルベールも、この件に関しては功労者である。もしも貢献度順で決めたならば、間違いなく真上の入浴は最後になるだろう。

 事実を正しく認識した真上は、静かに溜め息をついて諦めに至った。もう脱いでる奴もいるし仕方ない。

 

「駄目ではない。だが……」

「やや。もしや東方では、入浴の慣習も違ったりなど……」

 

 いい着眼点だ。吹っ切れた真上はひとつ深い首肯を返す。

 そして木の風呂桶を引っ掴み、中のオリーブ石鹸と手拭いをズイッと二人に示してから、次のように宣告した。

 

「この風呂に入るのであれば、今から指示する一連の手順に()()従ってもらう。いいな?」

 

 もう、この際である。

 なにも独占しようなどとは考えていなかったのだから、いっそのこと今のうちに、衛生的な利用方法を叩き込んでおくのも悪くはなかろう。

 ほんのちょっとばかり潔癖な部分のある真上は、そこはかとなく据わった目をして……そう考えた。

 

「貴様らに、“本物の風呂”というものを教えてやる────」

「は、はい────」

 

 なんだか顔つきが三割増で怖い真上のただならぬ形相に、決闘の時の『例のアレ』を思い出したギーシュは……ごくりと喉を鳴らして頷く他なかった。

 

 


 

 

 

「…………あら? こんなとこに壁なんかあったっけ?」

 

 時刻は夕暮れ時。

 ほぼ闇に覆われつつある北東側の中庭にて、使い魔を明かりにのんびりと小道を散歩していたキュルケは、立ち木の向こうに見慣れない妙な石壁を発見して立ち止まった。

 知る人は知る(そして近寄らない)、ミスタ・コルベールの掘っ立て小屋……の、すぐ裏手である。

 

「中で話し声もする……。場所的にミスタ・コルベールは居るとしても、あとは誰かしらね。同じ『火』課程の生徒?」

 

 外壁沿いの木々に隠れる、まるで秘密基地のようなその外観に……ほんのりとキュルケは好奇心を刺激される。

 秘されたものは暴きたくなるのが人情というものだ。特に、解放的気質のゲルマニア生まれであれば尚のこと。

 随行していたフレイムに「しーっ」と“静かに”の指示を出すと、彼女は壁に忍び寄って耳を(そばだ)てた。

 

『…………を……なるほど、…………ですね』

『うむ、……して……の…………だけで、……』

 

 はっきりと聞き分けられるのは二人。中でもコルベールは確定だ。

 口ぶりからすると、あと一人くらいは居そうな感じもあるが……。

 

(この声、もしかして前に二股バレ(ボロ出し)してたギーシュ? あいつ『土』じゃなかったっけ。なら授業とは関係なさそう──)

 

 と、そこまで考えた瞬間。彼女の優秀な耳が、ギーシュと思しき声の発する『先生』という呼びかけを捉えた。

 

(──『先生』? ミスタのことかもしれないけど……あいつが言ってるってことは、もしかして……)

 

 思ってもみなかった偶然の邂逅を想像して、つい歓びの笑みが零れる。

 あの日……ただの平民とは思えない、危険そうな香りを纏って現れた男。

 冷たい瞳の奥底で、凍てつくような炎を燃やしていた彼。

 〈微熱〉のキュルケが求めて止まない『火』を宿す“センセイ”の姿があるかと思えば、彼女の行動は早かった。

 

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 

 

「ほわぁ〜……星が綺麗だ……」

「熱めの湯に、冷たい風が心地よいですなぁ」

「…………。」

 

 日本式の衛生的な入浴法を厳守させるため、真上が直々に二人を指導した後。

 三人は湯船に肩まで浸かり、それぞれ思い思いの方向を眺めていた。

 

「湯の暖もりに包まれながら、夜空に輝く星々を仰ぐ……なるほど、いい詩を閃きそうだ。こういう(くつろ)ぎ方もよいものですね」

「うむ、同感だよ。こうして遠い異国の情緒を味わえるというだけで、手間をかけた甲斐があったというものだ」

 

 まったりと露天風呂を楽しむ二人を傍目に、真上は特に感慨もなく浴場を見渡す。

 空には地球のものとまるで違う星図と、青と赤──大小二つの巨大な月が浮かんでいる。

 何処を見ても知らないものばかりだ。それは少しだけ、新鮮に感じられた。

 

 …………と、真上は不意に眉間を顰める。

 時折かけられる言葉に短い応答を返しながら、それとなく背後の浴槽際に身を寄せておく。

 天井がないのは換気を考えてのことであり、湿気が篭るよりは掃除の手間がマシだろう、と判断した故の選択であった。

 しかし……彼はひとつ先入観に囚われていた。

 彼の常識には今まで存在しなかった概念について、それが戦場に限らず、日常生活においても容易に()()される危険性があるという点に……ひいては、この地に露天式の風呂が存在しないらしいことへの理由について──今やっと思い至ったのだ。

 

 

「ねぇセンセ? 何して────あ」

「あっ」「やや?」「……」

 

 後方の頭上から放たれた声に、ひっそりと片手でこめかみを押さえながら……真上は神妙に己の中の認識を改めた。

 

 …………やはり、天井は必要だったかもしれない。

 

 

*
(料理人と給仕以外、例えば衛兵などはこの時間に簡単な朝食をとるのだ)

*
(正確には別の恒星であるはずだが、そのように呼称されていた)

*
※料理はスタッフが美味しく分け合いました。

*
(真上はルイズが下す批評への信用を、また一段階上げた。)

*
(?)

*
便利な圧縮構文だ。

*
依頼されたマルトーとシエスタは大喜びしていた。

*
止上上




〈人物情報〉
▽キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー
 ヴァリエール家の因縁の宿敵(おとなりさん)、ゲルマニアのツェルプストー家からやってきた留学生。当然のようにルイズのクラスメイト。身長171サント、ボンキュッボンの18歳。
 二つ名の〈微熱〉の通りに、いつもささやかな(?)恋の情熱を燃やす遊び人。ギーシュの比じゃない〇股っぷりはもはや賞賛に値……するわけではないと思われる。さすがに。

 遊び相手に真上を選んで拒絶され、彼の本性を垣間見たことで、逆に本気になりそうな予感がしている。
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