-ZERO of HELL- 地獄の虚無   作:相沢something

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6_Worthy/碧に染まる叙情(修正作業中)

 

 ハルケギニアの暦は地球と異なる。

 すなわち一週間が8日。一月が4週。一年が12月、計384日が基準となる。

 

 風呂の完成した昨日はダエグ(回帰)の曜日。週の終わりの曜日であり、日本でいえば土曜日に該当した。

 ゆえに、本日は虚無(第0)の曜日。つまり日曜日と同様の──この地における、週に一回の休日であった。

 

 

「じゃ、出発するわよ。あんた馬には乗れるんでしょうね?」

 

 学院の馬にひらりと(またが)ったルイズの言葉に、真上はフン、と軽く鼻を鳴らして不敵に答える。

 

「誰にモノを言っている──?」

 

 時刻は朝餉後、九時を少し回った頃。

 空は抜けるような快晴。真青なキャンバスの上に、遠い綿雲の白が端々を彩っている。

 実に遠出日和といった按配(あんばい)であった。

 

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。貴族に対する口の利き方が()()()()なっていないようね」

「生憎と、()()()()()()()()なものでな」

 

 二人は今日、揃って街まで買い出しに向かう手筈となっていた。

 ルイズは明日の舞踏会に着けていく装飾品(アクセサリー)を。真上は私服と補助的な武器(サブウェポン)を、それぞれいくつか見繕うつもりだ。

 

「それで授業にも遅れてくるってわけ? いい大人が、聞いて呆れるわ」

「別段、俺が同行しないからといって、実技に支障が出るという訳でもないだろう。わざわざ出向く必要性を感じないな」

「むぐっ……! 好きで実技実習をスキップされてるわけじゃないわよ! いいからちゃんと出席しなさい!」

「俺は生徒でもない──」

「わたしの使い魔でしょ! 表向きは!」

 

 生徒が使い魔を授業に同行させる理由は一つだ。魔法の実習を行う際、それらの能力を利用する場合があるからである。

 専門課程の選択に、召喚した使い魔の特性が深く関与しているのも、(ひとえ)にその傾向が強かった。

 

「ほんっと、生意気……」

「フッ。君ほどではないさ」

 

 険悪なようでいて普段通りな減らず口を叩き合いつつも、馬上の二人は長閑(のどか)な草原の道を行く。

 常歩(なみあし)に速歩を交えて、トリスタニアまで約二時間ほどの道程だった。

 

(平民のくせして、乗馬まで上手い……何ならできないのよ)

 

 ルイズは横目にちらりと、平然と歩調を合わせてくる真上の姿を見る。

 自慢ではないが、ルイズは乗馬が得意だ。窮屈な屋敷を離れ、ラ・ヴァリエール領の広大な平野を駆ける時間は……幼い頃からの数少ない、心安らぐひとときであった。

 もし自分が本気で馬を走らせたら、こいつはついて来られるのだろうか? ルイズはちょっと考えたが、益体のない思考に頭を振ってやめた。

 復路ぶんの体力も残しておかなければならない。無理をさせたせいで別の馬を借りるとなると、余計な出費になってしまう。

 いくら公爵家の子女とあっても、教育上、そう頻繁に贅沢を許されるほどの仕送りは受けていないのだ。

 

 

「…………」

 

 道中で真上は一度、澄んだ上空を振り向いて仰ぐ。

 ──ひと波乱ありそうな空模様だ。呆れるように目を細めてから、前方に視線を戻す。

 

 蒼々とした草原はいつまでも、地平線の彼方まで広がっていた。

 

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 

 

「ふぅ。いい風〜! いつ見ても、あなたのシルフィードは惚れぼれするわね」

 

 その上空にて。

 恋の尾行のために友人を引っ張り出してきたキュルケは、つき出た背びれの隙間でうんと伸びをしながら、相変わらず本に夢中な傍らの友に言った。

 友の使い魔であるこの風竜(ウィンドドラゴン)は、これでもまだ幼生だというのだから……成長した(あかつき)には、どれだけの速度が出せるようになっているのか。

 キュルケは想像して心を躍らせる。その頃にはすでに、二人ともお婆ちゃんになっているかもしれないけど。

 

(…………)

 

 短く青い髪を風に乱す、キュルケとは正反対の静かなる友人──タバサは、本を開きながらも横目に尾行対象の様子を覗い、こちらも眼鏡の奥の青玉を細めていた。

 …………気付かれた。この距離、この高度で。

 只者でないことは確かだったが、これほどとは。

 

「にしても、デートだなんて妬けちゃうわねぇ。かといって、あんな高慢ちきな小娘なんかに、センセが靡くとは思えないけど」

 

 そうキュルケが独りごちる中、空と同じ色をした瞳が思慮の翳りを宿し──そして、また手元の本へと戻される。

 風竜は透き通るような紺碧の鱗を陽光に煌めかせ、軽やかに大空を飛び続けた。

 

 

 


 

 

 商売の活気に満ち溢れる、王都トリスタニアいちの大通り──ブルドンネ街。

 予定通りの時間に街壁の門まで到着したルイズと真上は、駅に馬を預け、白い石造りの街並みの中にくり出していた。

 

 

「この先をまっすぐに行けば、我らが女王陛下の御座(おわ)す宮殿が見えてくるわ。平民がよく使ってる服屋ならこっち」

 

 土地勘のあるルイズの先導で、二人は目的の店を順に回る。

 貴族が利用するような格調高い店舗は、そのほとんどが街の中心部の高級街に存在しているので、自然と真上の用事から済ませることになった。

 

 幅は五メートルもない混雑した通りを歩く間、真上は過ぎる街人の恰好や露店の取引から、あらかじめ無難な服装や一般的な物価を確認しておく。

 学院の外では、本来の“護衛”としての任務を遂行することになる都合上、二手に分かれて行動するというわけにもいかない。

 たいして服選びに時間をかけるような(こだわ)りもないので、手早く配送手配*まで済ませてさっさと店を出る。

 高貴な身の上であまり下賎な場所に滞在したくないルイズも、これには文句の付けどころがなかった。

 

「言うまでもないと思うけど……一応、スリには気をつけなさいよ。魔法を使われたら一発なんだから」

 

 ルイズは少々口ごもりながらも言った。

 何かしら有意義な忠告を挟んでおかないと、主人としての気が済まないのであった。実際は主人でもなんでもないのだが。

 当たり前のことを言いだしたルイズに、真上はまた呆れるような目を向けたが、特に何かを口に出すでもなく、黙ったまま彼女の背後を歩き続けた。

 

 財布は真上の預かりになっている。

 というのも、出発前に本人が自ら、唐突にコートのポケットにねじ込んできたのだ。『あんたに預けておけば安心でしょ?』と。

 『不用心なことだな。持ち逃げでもされたらどうするつもりだ?』と懐に位置を変えつつ言ってやったら、『あんたに限ってそれはないでしょ。そんなせせこましいことしてる想像がつかないわ。強盗ならともかく』と返されてしまい、自身が他人に与える印象に自覚のある真上は、それを否定する材料が見つからなかったのであった。*

 

 なお、誓って言えるが、強盗は一度もしたことなどない。

 水源を占領していた悪質な武装勢力を潰して、残った物資を拝借したことは数回ほどあるが。

 

 ──ともあれ。今回は幸運にも、流れの食い詰め者に邪魔を受けることもなく。

 二人は次に、いかにも上流階級向けといった外観の宝飾店を訪れ。店頭に並んだ流行りの品を見比べてお気に召すものを見つけたルイズが、

 

「こういうのは学院御用達の商人が選ぶおすすめじゃなくて、自分の目で店を選んでこそなのよ。流行は現場で作られるものなんだからね」

 

 と、薄い胸を反らして得意げに曰った。

 だからどうしたというのか……と、真上は思った。

 前述の通り、彼はそういった概念に関して、まったくもって興味がないのであった。

 

 そもそも彼はそれ以前に、先ほどから継続されている尾行が気になっている。

 現在も窓のガラス越しにこっそりと(?)覗きを働いているようだ。傍から見て怪しまれないのだろうか。

 しかし、となると当然────

 

「ハァイ、セ〜ンセ。何してらっしゃるの? プレゼント選び?」

「うわ、なんであんたがここにいるのよ、ツェルプストー!」

 

 ……このように、店を出る際に御対面することになる。

 あたかも偶然鉢合わせたように振る舞ったキュルケを前に、ルイズはまずびっくりして目を見開き、次いでイヤそうに瞼を下げてじとっと睨んだ。

 

「いやぁね、あたしたちは遊びに来たのよ。あ・そ・び・に。お友達とね。あなたはデートでしょ? ヴァリエール」

「な、違うわよ! そんなわけないでしょ! わたしは明日の舞踏会のために買い物に来ただけ!」

「ふーん? ホントかしら?」

 

 店先を塞いできゃんきゃんと言い争う犬猿二人の姿を、真上は面倒そうな目で見やる。出入りの邪魔である。

 そのついでに、キュルケの隣で小ぶりの本を読み耽っている、青髪の小柄な少女の方にもチラっと視線を向けた。こちらも教室で見覚えのある生徒だった。

 

 初日に閲覧した生徒名簿を記憶から回顧する。──そこに、“タバサ”とだけ記名されていた女子生徒。

 鮮明な青色には、特に染髪した際の不自然さはなく、生来の艶を保っているように見受けられる。

 タバサは他所の騒ぎなど気にも留めず、じっと自分の本に集中している様子だ。さすがに周りの動きには注意を払っているようだが。

 

「だったらセンセ。ちょうどお昼時なことですし、ご一緒にランチでもいかが? 良さそうな店を見かけたんですのよ」

「ちょっと、人の連れに勝手に話しかけないでよね! 絶対ダメよ、ダメ!」

「あんたには訊いてないでしょ、ヴァリエール。話くらい別にいいじゃないの。独占欲の重い女は後々嫌われるわよ?」

「だから違うって言ってるでしょ! というか何の話よ、それ!」

 

 真上はキュルケの前に立ち塞がるルイズの後ろで、これ幸いと目を閉じてガン無視を決め込む。真上流の“応対拒否”のポーズである。

 本に没頭するタバサ流との相違点は、同時に自らの読書欲を満たせるか否かという一点を除いて、たぶん他には存在しないだろう。

 

「とにかく! ツェルプストーの者とは絶対口なんか利かせないんだから! ほら行くわよ、マガミ!」

 

 論争の末にルイズはそう言い放つと、真上のコートの裾を掴んでずんずんと歩きだした。

 ちょっと嫌そうな顔をした真上だが、この場を離れたいのは同意見なので、裾を引き寄せて取り戻しつつ後に続く。

 何はともあれ、今が昼飯時なのは確かだ。最後の目的地に向かう前に、どこかで休憩を挟むとは思うが……先日のように顔を突き合わせて食事を摂るのは、あれきり御免被りたいものである────。

 

 

「残念。邪魔さえ入らなければ、もっと真正面からアプローチできるのに」

 

 ふう、と溜め息をつくキュルケも、しかし態度はとりわけ名残惜しそうな様子を見せるでもなく。

 彼女はむしろ楽しげに次の手を考え始めると、隣の微動だにしないタバサの肩を組み、

 

「あたしたちもお昼にしましょ。約束どおり、あたしの奢りでね」

 

 と囁いた。耳打ちされたタバサは、ようやく本から顔を上げる。

 その心なしか輝いたような眼差しに微笑みを返してから、キュルケは再び尾行を開始。

 “目標”の入った喫茶店のすぐ近くのカフェを訪れ、金と色気にモノを言わせて席を確保し……それから、やってきたウェイターに澄ました顔で、二人分の注文内容を告げた。

 

「こちらの店のブレンドを二杯と、サンドとパスタのメニューをひと通り全部。それから、はしばみ草のサラダを()()()()お願いするわ」

 

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 

 

「……まあ、薄々そんな気はしてたけど……。なんで、あんたとわたしが、いっつもこんな風に向かい合わなきゃならないわけ?」

 

 (イヤ)な予感とは的中するものである。

 さすがは首都というべきか、休日に訪れる喫茶店はどこも満席、あるいはそれに近い盛況だった。

 よって予約を失念していたルイズは席を選べず、案内されるまま二人掛けのテーブルにつくことになった……という事の次第だ。

 とどのつまりの、また対面席である。勘弁してほしい──と、二人は揃って思った。

 

(およ)そ一週間半振りだな」

「貴族と平民が同じテーブルにつくなんて、ただでさえありえないのに……。こんな不景気な顔した男とだなんて、せっかくのパイが食べづらいったらないじゃないの」

「同感だ。先に予約を取るべきだったのでは?」

「そのようね。今回の事は教訓として、次からはそうすることにしましょう、……。」

 

 むすっと黙りこんだルイズは、デザートに頼んだパイをひと口。好物のベリーがカスタードの上にたくさん載った、彼女一番のお気に入りだ。

 貴族も利用する雰囲気のいい店だけあり、お味もなかなか。口元を緩めたルイズは、ちょっと機嫌を持ち直した。おいしい。

 食べ盛りの気分は現金なものであった。

 

 一方の真上はというと、黙々と紅茶のカップを傾け、既知の銘柄との差異を(つぶさ)に分析していた。前に贈答品だか何だかで振舞われたことがある。

 その際には『プリンス・オブ・ウェールズ』だとか耳にした憶えがあるが、ここのメニューにも同一の固有名詞が記載されていた。

 なぜか味も似ている。硬水と軟水の違いはあるかもしれない。

 

「…………」

 

 カップを受け皿に戻しながら、通りの向かいに並ぶ建物の一角──それもこちらと同じ二階のバルコニー席を、視界の隅でひっそりと捉える。

 堂々と、むしろ気付いてほしいと言わんばかりに、赤毛の女がこちらに凝視をくれている。キュルケであった。

 ルイズは目の前のパイに夢中といった様子で、この現状にもまったく感付く気配がない。

 あれだけの熱視線を完全にスルーできるとは、大した神経……もとい食い意地の持ち主である。

 

 しかしその点について考えるならば、あちらの連れである少女の食いっぷりに敵う者は誰もおるまい。

 なにせ山脈のように広げられた大量の料理が、少し目を離した隙に忽然(こつぜん)と姿を消している。一際高く聳えていたはずのサラダですら、一分と経たないうちに平野と化していた。

 わけがわからない。あの体積はどこに消えているのだろうか。さながら《錬金》やゴーレム創造の真逆である。

 メイジとはいったい────。

 

 …………まあ、それはそうと。

 真上はしばらく暇な時間を持て余し、思考を脱線させながら遠い青空を眺めていた。

 

 

 


 

 

 ……さて。あまり心休まらない、いっときの食事休憩の後。

 

 ルイズと真上の二人は、今度は旧市街の大通りから道を一本外れ、場末の閑散とした裏路地を歩いていた。

 路面には所々にゴミや汚物が転がっている。管理の届いた表通りと違い、こちらは非常に不衛生な環境だった。

 

 顔をしかめつつも、しかし足取りは淀みなく歩を進めていたルイズは、四辻にさしかかった辺りで一度立ち止まり、周囲をきょろきょろと見回しはじめる。

 

「えっと……ピエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺なんだけど……」

 

 真上の側でも地図は確認済みだ。記憶から照らし合わせた方向に、剣の形に抜かれた銅板のぶら下がる軒が目に入る。

 

「あ。あった──!」

 

 発見したルイズも小声で嬉しそうに呟き……表情を引き締めなおすと、真上を振り返って「あれよ」とぶっきらぼうに指し示した。

 自国の都の案内には自信があるのだという、ささやかな体面維持だ。実際はそこまででもないのだが。

 

 小窓から覗える店内は薄暗く、辺りには微かに煙のにおいが立ちこめている。

 短い石段を上り、軋む羽扉を押し開いて、ルイズは躊躇なく店の中へと足を踏み入れた。

 

 

 外から見えたとおり、店内には壁の小窓とランプくらいしか光源がない。

 木煙管(パイプ)(くゆ)らせながら奥のカウンターに肘をついていた親父が、胡散臭げにルイズのマントと紐タイの五芒星を見やり──次いで、その背後の真上と目が合うと、納得したような表情を浮かべて体勢を直した。

 

「らっしゃい。うちは何でも揃ってまさあ」

 

 ランプの灯りに照らされて、角に佇む甲冑の曲面が滑らかに光っている。

 壁に飾られた無骨な盾や兜、そして弓。無造作に箱の中に立っている槍と、留め具で固定された斧。棚に展示されるように並ぶ剣、ナイフ、なぜか石ころやダーツまで…………。

 不審そうに見回すルイズを横に、真上は店内を一瞥すると、カウンターへ近づいて店主に直接目当ての物を告げる。

 

投擲用(スローイング)ナイフを見たい」

「へい。いくつご入用で?」

「六だ」

「お待ちを」

 

 普段使わない種類の得物なこともあり、真上の腕では片手に三本が限度だった。

 技量の問題とは思っていない。小指まで駆使して四本を扱うような奴は、単に少しばかり器用なだけだろう。

 

 店主は真上の注文を受けて一度引っ込み、しばらくして奥から商品を持ち出してきた。

 しかしルイズの目には、それが指定した本数以上あることが簡単に見てとれる。

 真上も真上で、時間をかけてじっくりと吟味しているし……ルイズはつまらないとばかりに鼻白む。

 武具に興味のない彼女にとってみれば、この時間は当然ながら暇なのであった。

 

 退屈を持て余したルイズはぶらぶらと店内を闊歩しつつ、棚の売り物をじろじろ眺めて「ナイフならここにあるじゃない」と小声でぼやく。

 自分で選ぶなら、こっちのほうが早いのに。なんでわざわざ在庫から確認するのか。

 続いて下の段の、くたびれた中古品らしき剣の山々にざっと目を通し……その存在感のある一振りの上を、視線が過ぎ去ってから思わず戻ってきて二度見した。

 

 まともな売り物には到底見えない、ボロボロの長剣だ。

 刀身にはあちこち錆まで浮いていて、どうして店頭に置いてあるのかさえ不思議な代物だった。

 

『────おい、そこの娘っ子。その目はなんでえ。喧嘩売ってんのか』

「…………は?」

 

 唐突に響き渡る、荒くれじみた低い男の声……に続いて、怒り半分、戸惑い半分といった調子のルイズの声。

 男の声がしたと同時、真上がこちらを振り返ったのが視界の端に映ったが、今はそちらに意識を向けている場合ではない。

 カタカタと鍔の部品を動かして喋りだした失礼なボロ錆剣を、ルイズは片眉を跳ね上げて睨みつけた。

 

「……これって、インテリジェンスソード?」

『あたぼうよ。デルフリンガーさまだ。()きやがれ!』

 

 店主へ確認するような言葉を投げかければ、錆剣自身がそれに反応して答えを寄越す。

 魔道具(マジックアイテム)の中でも比較的よく知られている、意思を宿した魔剣……市場に流通するのは珍しいこととはいえ、こんな品質では買い手もつかないだろう。

 

「やい、デル公! 誰の客に向かって失礼な口利いてんだ!」

『客だあ? けっ、()()()もできねえ貴族の娘っ子が、武器屋の客になるかってんだ! 冗談じゃねえ!』

 

 店主も扱いに困っているのか頭を抱えつつ、錆剣と口喧嘩をおっぱじめた。

 けして広くはない店内で悶着を起こさせるには、両者ともに声量が少々やかましい。ルイズはくいと顎を持ち上げて店主へ問うた。

 

「口の悪い剣ね。黙らせられないの?」

「そこらの鞘にでも入れりゃあ、おとなしくなるんですがね。まったく……剣を喋らせるなんて、どこの物好きな魔術師が始めたんでしょうかねぇ……おっと」

 

 溜め息をつきながら歩きだした店主は、カウンターを抜ける途中で足元の木箱を蹴っとばし、中身を散乱させてしまった。こちら側にはめったに出てこないのだろう。

 モタつく店主を(しり)目に、真上はルイズの隣までやって来る。

 

『そっちのスカした野郎もそうよ。そのナリでケチなナイフ投げてりゃ満足ですってか? おでれーた! おれたち武器に対する侮辱にも等しいね……ん? ……おお!? てめ、おい、その筋肉は何のためにあると思ってんだ! こんなもん()()()なんかにゃ勿体ねえや! 上等気取ってんのもてめえのツラだけにしやが──』

 

 カチリ。

 真上は黙ったまま、持ち上げた錆剣を鞘に納めた。

 錆剣は静かになった。

 

「……お騒がせしやした」

 

 店主はバツの悪そうな顔をして、一言添えた。

 

 

 

 …………話を戻して。

 六本を選別し、それらを納める鞘や革紐なども纏めて購入し終えた真上は、それとなく身を傾けて店主に耳打ちした。

 

「この店に火薬はないのか?」

「へ? そりゃ、なんだってうちに……」

 

 言いかけたところで、彼は意図を察する。

 見た目は五十がらみの、いかにも傭兵あがりといった体格をした店主は……ルイズの様子を一目覗うと、すぐに視線を戻し、ニンマリとした笑みを浮かべてみせた。

 

「へえ、お客さん、珍しい得物をお使いになるようで。ちょいと今は取り置きがありませんで、ええ。次に来られる時までには手配しておきまさあ」

 

 真上も微かに口端を上げ、短く応答する。

 

「──では、次の機会に」

「お待ちしておりやすぜ。旦那」

 

 それを最後に、真上は背を向け、店主は再びパイプに火を点す。

 手持ち無沙汰にダーツを弄っていたルイズは、こちらへ近づいてくる真上を見ると唇を尖らせた。

 

「終わったの?」

「ああ」

「じゃあ帰るわよ。まったく……待ちくたびれたわ。お詫びにきちんとエスコートしなさい」

 

 つんと上を向いたルイズの口振りを鼻先で一笑して、真上はドアへ向かい……壁の一角に目を向けると、ふと歩を止める。

 

「…………」

「……マガミ?」

 

 真上の顔を訝しげに見上げたルイズは、彼の目線の先を追い────

 

「…………。」

 

 ──そこに両刃の大戦斧を発見した。

 

 いや、確かに斧は平民にとって一般的な武装らしいが、それにしたって明らかにサイズがデカい。

 こんなものを持ち運ぶつもりか? とでも言いたげな視線をルイズは真上に送る。

 

 真上も少しばかりソレを眺め、爽快さと運搬の手間を考え込むと。

 

 ────まあ、ナシだな。

 

 潔く諦めた。〝アレ〟はそもそもが運用面で便利すぎるのだ。

 使いたければ最悪、敵から奪えばいいだろう。現地調達というものである。

 

 

 …………店を出て空を見上げれば、まだ陽は高い位置に浮かんでいた。

 時刻は午後三時前といった辺りだろう。今から帰路につけば、夕暮れまでには学院に戻れる計算だった。

 

 石段を下りて路地に出たところで、真上は静かな声を四辻へと向ける。

 

「……おい。詮索は止めておけ」

 

 出し抜けに発せられた声に、はて何事かと、後に続くルイズが首を傾げると……なんと曲がり角から『てへ』と言わんばかりのキュルケが姿を表した。

 

「ツェルプストー! あんたまさか、わたしたちを()けてきてたの!?」

「だって面白そうなんですもの。結局、何をプレゼントさせたのかしら? それとも贈った側?」

「だからそんなのじゃないって、何回言わせたらわかるのよ!」

 

 油断していたルイズはまたも驚かされるはめになり、(まなじり)を吊り上げて闖入者に詰め寄る。

 それをのらりくらりと躱すキュルケの後ろには、本に没頭したままのタバサの姿もあった。

 真上がタバサに視線を向けていると、それを察知したタバサも、すっと真上に青い瞳を向け返してくる。

 

「…………」

「…………。」

 

 ぼけーっとした眼差しと、上向きの三白眼が交差する。

 

 ──そのまま、示し合わせように無言で歩き出した二人の後を、犬猿二人が「なんであんたまでついて来るのよ!」「帰る場所が一緒なんだから仕方ないでしょ?」などと言い争いを続けながら追随した。

 

 裏路地を抜け、景観に貧富の差が顕著に現れる旧市街の大通りを移動し、都市の南へ延びるブルドンネ街まで戻る。

 路傍に綿々と続く露店市場は、午前と変わらない雑然とした賑わいをみせていた。

 マントを見て道を空ける人波の間隙を縫い、ようやく街門の駅に到着した……かと思えば、今度は慌てた様子で駆け寄ってくる馬丁の姿が厩舎から現れる。

 

 彼は怯えた様子でタバサに近寄ると、おどおどと厩舎の裏手を指し示した。

 見れば、体長六メートルはある青い竜が──はぐはぐと何かを貪っていた。肉だ。

 

〔………………〕*

 

 竜はじとっとした目でタバサを睨んだ。

 睨まれたタバサは無表情のまま、ぽりぽりと指先で鼻の頭をかいている。

 貪られているのは──遠目に見た限り、周囲の人間から与えられた鶏肉のようであった。

 馬ではない。一同は安心した。

 

「ねぇセンセ。あたしたち、行きはあの子に乗ってきたんだけど、帰りはご一緒しませんこと? 馬よりずっと速いのよ!」

 

 そのまま、チャンスとばかりに真上に詰め寄るキュルケだったが、すかさず一歩引いた真上との間に滑り込むようにしてルイズが割り込んだ。見事な連携である。

 

「ダメ。いくら速かろうがなんだろうが、向こうで馬を借りて来たんだから、帰りも馬に決まってるでしょ。返さなくてどうするのよ」

「そんなの馬丁にでも任せればいいじゃない。運送代もケチるくらい余裕がないわけ?」

「あるわよ。余裕くらい。でも、だからってムダなお金を使うものじゃないわ」

 

 他方で青い竜ことシルフィードは、すぐ自分のごはんを忘れる主人に抗議の視線を送りつつ、なにげなく白コートの男に目をやり……突如『!?』といった顔つきになって後ずさった。

 

〔きゅ…………きゅい! きゅいきゅい! きゅい!〕

 

 竜はこそこそとタバサに近寄ると、小さな背に隠れるようにして身を縮めながら鳴く。

 図体に似合わない挙動と甲高い鳴き声に対し、吠えられた(?)真上はといえば、頓狂な鳴き声だな……とか思いつつ、無感情にじっと眺めていた。

 目が合うと大抵の動物に逃げられる真上は、このような扱いには慣れっこであったので、特に不思議に思うこともなかったのであった。

 おまけに主人であるタバサも関与する気がないらしく、ぬぼーっと突っ立ったまま再び本のページを捲り始める。

 

 結局、事態に収集がついたのは、ルイズが言い争いを切り上げて厩舎に戻ってきてからの事になった。

 

 

 


 

 

 

 そして、その夜────

 無事に学院へと帰りつき、夕餉と入浴を済ませた後のこと。

 

 

 暫しの仮眠を終えたルイズは、ひっそりと静まりかえった寮塔を抜け出して、独りヴェストリの広場を訪れた。

 

 平民にも使える、音の合図だけで点灯する魔法のランプをその場に置き、すぅっ、と深呼吸を繰り返す。

 疲労は取れた。頭は冴えている。体調(コンディション)は良好。

 

 ────大丈夫。

 

 やれるはず。

 ルイズは真正面を見据え、きりりと表情を引き締めた。

 

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 

 

 図書館で借りた歴史書を黙読していた真上は、腹の底に響く微かな振動を察知し、視線を上げた。

 窓の外──向かいに見えるルイズの部屋からは、十分ほど前に明かりと気配が消えている。

 寮塔の門限はとうに過ぎたはずだが……念の為にと、警備に適した位置の部屋を自室に用意させたのは、どうやら正解だったようだ。

 

 防犯意識の欠片もない学院の警戒態勢に呆れ半分、真上は部屋の窓から──すなわち土の塔の三階、高さは十五メートル程度もある──飛び降り、壁を蹴って落下のベクトル(向きと速度)を緩和すると、身を翻して静かに着地する。

 すでに四塔の入口は施錠されているが、帰りは当直の詰所から鍵を借りるか、今日も研究室に篭っているであろうコルベールを叩き起こすかすればいい。

 次からは出て行く人間にも気を配らねばならないな、と思考しつつ、真上は振動の発生源へと足を向けた。

 

 

 

 

「────何をしている?」

 

 言外に“こんな夜更けに”と付け足すようにして、その男は足音もなく、姿を現しながらそう問うた。

 

 地面には同心円状にクレーターが広がっている。

 表面の芝は吹き飛ばされ、中央は十サントほどの深さまで(えぐ)れていた。

 

「見ればわかるでしょ。……魔法よ」

 

 ルイズはただ前だけを向いたまま、変わらず杖の先に神経を集中させつつ、そう答えた。

 

「なんの用?」

「どこぞで爆弾魔の如く、騒音を撒き散らす奴がいるものでな。喧しくて夜も眠れたものじゃない」

「そう。誰が爆弾魔ですって?」

 

 地を這うような機嫌をした声で、ルイズは言葉を吐き出す。

 

「ゼロがなによ。爆弾魔がなによ。今度こそ本当に《サモン・サーヴァント》を成功させて、本物の“使い魔”を喚んでやるんだから。そうすれば、平民のくせして生意気なあんたなんか、お役御免でサヨナラなんだから」

 

 それを聞いた真上はしかし、むしろ嬉ばしそうに「ほう」と双眸を細めただけだった。

 ────こいつ、他人事だと思って。ルイズは余計に腹が立った。

 

「バカにしてると、今度こそ痛い目見るわよ。わたしに“使い魔”ができさえすれば、あんたの身分を保証する理由なんか、誰にもなくなるんだからね」

「馬鹿にしてなどいないさ。君が“ソレ”に成功してさえくれれば、俺にも此処に留まる理由がなくなるんだからな」

「くっ…………」

 

 減らず口を──との言葉を、ルイズは無理やり飲み込む。

 こいつが大人げないのは今に始まったことではない。いちいち気分を害していては、こちらの身がもたないだろう。

 やっぱりロクでもないわ、とルイズは思った。

 

「いいわよ。あんたはそこで存分に大口叩いてれば。わたしの《サモン・サーヴァント》が成功するまではね」

 

 そうすれば、無理にこちらに付き合わせる必要も失せる。

 いくら無礼でも生意気でも、そうまでして拒絶する相手を、強引に連れ回すつもりはルイズとてないのだ。

 だって“使い魔”というのは、もっと献身的で、従順で、主人への思いやりがあって、優しくて────。

 

 ────だから、()なんていらない。

 

 真上はルイズの再開した詠唱を聞くと、黙って瞑目し、また静かにその場を離れていった。背を向けた姿が視界から外れる。

 

 再びの爆発。

 

 ルイズは唇を噛み締め、また口語の詠唱を始めた。何度でも。何度でも挑み続ける。

 そうしてしばらく爆発の音だけが、誰の姿もない広場に響き渡った。

 

 

 

「…………っ、……はぁ……」

 

 やがて、ルイズは疲労に息を荒らげ、大きく肩を上下させる。

 威勢よく啖呵を切ったはいいものの、成功の兆しはひとつとして見えない。

 星空を見上げれば……『フリッグ』の日を前に、大きく鮮やかな色に染まった双月の位置は、先と比べて明らかに動きをみせていた。

 

「……まだよ」

 

 小さく呟き、──再び爆発がひとつ。

 今までよりも一際に小さいものだった。

 

 気まぐれに行先を変えた風向きが、立ちこめた土煙をルイズの許へと運ぶ。

 目元を乱暴に拭った。

 いつの間にか、本塔の壁際で背を預けていた真上が、ゆっくりと歩いて近づいてくる足音がする。

 

「……こんな『運命(さだめ)』なんか認めない。わたしは今度こそ本当に、自分の力で、自分の使い魔を“召喚”してみせる──」

 

 そう震える声で紡がれた言葉に、真上は溜め息のような呼吸を洩らした。

 俯いていたルイズは、上目にキッ、と睨みつける。

 

「……本当はね。呪文を唱えるときって、身体の中で、何かしらの“手応え”を感じるそうなのよ。でも……わたしはそんなこと、()()()なかった。だから……」

 

 杖を握った拳に力を込めて、噛み締めるように言葉を選ぶ。

 だから──“契約”をして確かめたかったのだ。自分が彼を召喚したのだという“証明”を以って、その成功を。

 

「…………個人的な所感を述べるとするのであれば、」

 

 ルイズの独白めいた物言いを聞いた真上は、やがて徐に瞼を開き、彼女の前髪から覗く鳶色の瞳を見つめ返した。

 物怖じのない、躊躇いも配慮もない、ただ単純に真っ直ぐなだけの視線。

 明るい碧月の光に照らされて──彼女を見据えるその瞳は、まるで神秘的な色合いに輝いているようにさえ見えた。

 

「無理を押して結果を求めるよりも──現状、出来る範囲から手を着けるほうが、幾許かは建設的であるように思えるが」

 

 内心の読めない無表情で、いつものように平坦な声色で。

 そして、幾分か硬い口調で、彼はそう告げた。

 

「…………。」

 

 ────()()()範囲? 無理を押して?

 これは煽りなのか、それとも、珍しく心配しているとでもいうのか。

 本心を測りかねて、ルイズは押し黙った。

 

 重苦しい沈黙が降りる。地面に向かって目を逸らし……もういちど見上げた時には、彼はもう瞼を閉じて、ルイズの視線を遮っていた。

 

 

 

「あらあら。こんな夜更けに、人知れず逢瀬のひととき? お熱いのね」

「っ! ツェルプストー!」

 

 突如──分厚いはずの沈黙の幕を突き破り、これ見よがしに爪を磨きながら、女優の登壇が如くキュルケが姿を現した。

 三度目の驚きに愕然とするルイズを見て、ふっ──と笑い、続いて怪訝そうに歩みを止めると、彼女は剥き出した地面を見やる。

 

「ヴァリエールったら、ヴェストリの広場に穴でも開ける気なの? 何、このクレーター」

 

 そう言って、眉を顰めるキュルケ。その傍らには────

 

「真夜中。うるさい」

〔きゅいきゅい! ……きゅい!〕

 

 友人からまたもや出動要請を受けたタバサと、二人を運搬してきた風竜も……なぜか、真上のほうに向かって二言添えた。

 タバサは節くれ立った大きな(スタッフ)と、そこそこの大きさがある本を、それぞれ片手に所持している。本は日中会った時とは別のものであった。

 そして、おまけに遠くのほうからも声がひとつ。

 

「あれ、先生? と……なんだか大所帯だね。きみたち、こんな時間まで何をやっているのかね?」

 

 どうやら、こっちは本当におまけであるようだ。

 ほかほかと暖かそうな湯気を立たせながら、気の抜けた顔をしたギーシュまで現れた。どう見ても風呂上がりだ。

 

「……あなたこそ、こんな時間に何をしてるの? ギーシュ」

「うん? ぼくはだね、あの美しい月を眺めながら、明日の舞踏会で贈る詩を考えていたのだよ。すると不思議なことに──気がついたらこんな時間だったね」

 

 言外に“こんな夜更けに風呂に入ったのか”というニュアンスを込めた──この中で男性陣を除き、唯一あの事実を知っている人物である──キュルケの問いに、ギーシュは仰々しく肩をすくめて答えた。

 爆発音は? という顔を一同はした。この様子だと、たぶん気付いてすらいない。

 

「ちょっと、いま大事なところなんだから! あっちに行ってなさいよ!」

 

 急に現れた三人と一匹(二人と一匹とおまけとも言う)に、ルイズは慌てた様子でぶんぶんと両腕を振って、この場から追い払おうとする。

 だが、その態度を見たキュルケはキラリと目を光らせると、自信たっぷりにこう返した。

 

「大事なところって? まさか、さっきから唱えてる《サモン・サーヴァント》が関係してるのかしら?」

「うっ」

 

 聞かれていた──。隠したかった事実を突きつけられて、思わずたじろぐルイズ。

 キュルケは確信を得たように目を細めた。顎に手を当て、 少々首を傾けると、挑発するかの口ぶりで述べる。

 

「ワケありみたいだとは思ってたけど、そういうこと。あんがい噂話もバカにできないものね」

「うぐうっ……!」

「なあに? もしかして図星? 『春の儀式に失敗したから、使い魔の代わりに、()()()()()の平民を連れ回して誤魔化してる』っていうのは」

 

 衝撃でわなわなと震えるルイズに、さらに勝ち誇った顔をするキュルケ。

 続けて放たれた言葉に加わる下品なニュアンスに──ルイズは一転して怒りを顕にした。

 

「それ以上の侮辱は許さないわ、ツェルプストー。その品性に欠けた口を慎みなさい」

「そちらこそ身の程を弁えることね、ヴァリエール。あんたごときじゃ、“センセイ”には逆立ちしたって釣り合わないわ」

「誰がこいつなんかと……!」

 

 ──タバサはその問答の間、先ほど真上が一瞬浮かべた()()を思い返していた。

 しかし、それが‘何に’対して向けられたものなのか、確証は得られない。ゆえに、黙ったまま様子見に徹した。

 

「────決闘よ! ツェルプストー!」

「またそれ? 今度はセンセに頼りっきりなんて無様な真似はしないでしょうね、ヴァリエール」

「当然でしょ!」

 

 杖を向け合う二人。そこへタバサが《テレキネシス》 念力 でキュルケの杖を、真上が直接ルイズの杖を取り上げる。

 ただでさえ、一方が爆発音をたれ流し続けていたのだ。これ以上の騒音と問題の継続は止めてもらいたいものであった。

 

「近所迷惑」「いい加減にしろ」

「まあ、そうだけど」「うぐぐ……返しなさい!」

 

 わちゃわちゃとする四人を見ながら、完全に部外者と化したギーシュは、少し離れた所でぼけーっと突っ立っていた。

 元来、目立ちたがり屋の彼である。放置されてなんとなく寂しくなった彼は、つい口を出して、一同の気を引きたくなってしまった。

 なお──彼の欠点は口が軽く、おまけに考えなしなところである。

 

「なんだかよくわからないけど、()()()()()というのは大変なんだな。うん」

「「「…………」」」

 

 とはいえこれは少々ばかり、ニュアンスが良くなかっただけの話である。

 しかしながら、それがコミュニケーションに於いては、一番重要なことでもあった。

 賢明な真上は腕を組んで顎を引き、目を閉じて気配を絶った。“無関与”のポーズである。

 

「…………ねえ、ギーシュ。念のため聞くけど……あんた、モンモランシーには謝ったの?」

「よく聞いてくれたね、ルイズ。正直きみのせいもあるとは思うんだが、この際もう追求しないことにしたんだよ。よって明日、満を持して、彼女のためだけに作った詩とともに褒め讃えることで、機嫌を直してもらおうかと──」

 

 ああ、うん。もういいわ。と、ルイズは思った。

 

「そういえば……あなたってマガミ『先生』のこと、なんで名前で呼ばないわけ?」

「……あ」

 

 続いたキュルケの質問に、ギーシュはどうしたことか、何か痛いところを突かれたといった反応をした。

 真上もその点については同意見だったので、目を開けて彼のほうにチラっと視線を送る。ギーシュはちょっと上空を仰いだ。

 

「も、もちろん呼ぶさ。呼べるとも。マぎゃッ────あれ?」

 

 あれれ? とさらに追加して、ギーシュは深く首を傾げた。

 真上も、その場の全員も──みんな察した。

 ……ルイズはつい気になって、盛大に名前を噛まれた当人の表情を窺ってしまったが、まあ、当然あんまり判らなかった。

 

 その一方で、“閃いた”という顔をしたタバサが(判別できるのはキュルケだけだ)ちょいちょいと隣の真上を手招きし、ひそひそと何事かを呟く。

 身長の低いタバサに合わせて身を屈めた真上は、僅かに意外そうな顔をすると(凝視していたルイズには判別できてしまった)ちらりとギーシュを見…………フッ、とひとつ笑って。

 

「それでいい」

「交渉成立」

 

 はたから見ているルイズには何だかよくわからないが、二人の間で取引が成立した。

 ……何を企んでいるのだろうか? 眉根を寄せるルイズの前で、今度はキュルケに歩み寄って耳打ち。──ニッコリと笑顔で頷きが返され。

 そして。

 

「……ん? きみは……ええと、タバサといったっけ? なぜぼくの後ろに回……えっ? ちょっ、このロープは何、待った、なぜ引っ張っいきなり何をするんだねきみはああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ…………」*

 

 最後にルイズはキュルケから、()()()()()()“決闘”のやり方を聞いて────乗った。

 

 

 

 ………………。

 

 

 ──────── ド ワ ォ !

 

 

*
(学院の手形を見せれば、定期便での配送が予約できる。基本的には生徒や教師の特権だ)

*
俗にいう論破である。……それで論破されていいのか?

*
(ごはん…………)

*
ナチュラル=ボーン=シツレイことギーシュ・ド・グラモン




〈用語解説〉
ドワォ[副]:ダイナミック企画所属・石川賢作品(例→ゲッター)に於ける、盛大な爆発の効果音。あるいは武器や技などの豪快な擬音。オノマトペ。
[別表記]ドワオ[類義語]ズオ,ドワワワワ,(他)[関連語]虚無る

 なお、マジンガーは永井豪作品。

〈人物情報〉
▽タバサ(本名不詳)
 トリステイン魔法学院2年生。しかし14歳。ルイズのクラスメイトとしてはたぶん最年少と思われる。外見は12歳くらいに見られる眼鏡っ娘。身長は142サント。
 読書好きでいつも本を読んでおり、難読本も実用書も平気で(たしな)むが、一番のお気に入りは英雄譚を記した絵本だったりもする。二つ名は〈雪風〉。

 “タバサ”とは本来ペットにつけるようなニュアンスの名前であり、秘された本名も含めて、真上と並ぶくらい謎の多い人物である。なお、その真上とは波長が合う模様。
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