-ZERO of HELL- 地獄の虚無 作:相沢something
豪快な爆発音と響く悲鳴を背景に──植え込みに潜んで
────やってくれるじゃないか。
向けられる視線の先は、本塔の五階付近の壁面。
あちらの少女の杖が振られた一拍後、その箇所が盛大に爆発を起こし、大きなヒビを刻んだのである。
あの分厚い
つまり、魔法に“失敗”した結果として巻き起こった爆発が、偶然そこで発生し、偶然それだけの威力をもっていた……というだけの話である。
まったく、なんという幸運か。
黒いローブで全身を覆い、青く長い髪をフードから覗かせる影は、ここに居合わせた自分の
滔々と複雑なルーンを口ずさむと──地面に向けて短い杖を振った。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「ッ……」
今日イチの気合を込めて振った杖の先からは、火の玉どころか火花一つ出ず──。
代わりに、本塔の屋上に陣取った風竜が咥える、丈夫なロープで吊るされたギーシュの上方……の斜め後ろ……つまりは狙った箇所を外れた壁面が、本日最大といった規模で爆発した。
悔しさに唇を噛み締めるルイズとは対照的に、キュルケが軽々と放った《炎球》は、ゆらゆらと不規則に揺れるロープを簡単に焼き切ってしまう。
決着。──キュルケの圧勝、であった。
「おっほっほ! あたしの勝ちね! わかりきってたコトですけど」
勝ち誇るキュルケと、がっくりと膝をついて項垂れるルイズ。
自分を縛る綱を的にされ、迫真の絶叫を上げながら落下する哀れなギーシュはといえば、途中でタバサの唱えた《浮遊》によって救助されていた。
「…………。」
真上は感心した。
やはり、あの爆発には可能性がある。何より音がいい……と思ったかは定かではないが、厚い壁にヒビを入れるような威力の爆発を見て、肯定的な感情を抱いたのは確かであった。*
「なんという……スパルタ……」
ふわふわと地面に降ろされ、目を回しながらぐったりと横たわるギーシュ(簀巻き中)が、それでもうわ言のように抗議を呟く。
しかし、これは妥当な教育的指導の結果であるとして、誰も気に留めてはくれなかった。
無視がいちばん悲しい。ギーシュは縛られたまま黄昏れた。
「…………」
タバサはギーシュを下ろした後、両膝をついたまま俯いているルイズの姿に目線を移す。
公爵家の名誉を傷つけられ、貴族の作法──“決闘”を通してそれを撤回させる。そうまでしたい理由は理解できる。平民との
しかし……なればこそ、この二人のあいだに決闘が成立した。
安全に決着がつく形で、騒音も一回。両者とも外せば引き分け。単純明快で合理的な裁定だ。
そして、自分の友人──『火』のエキスパートであるキュルケが外す確率は、ゼロパーセントに等しい。
あとは彼女がうまく収めてくれるだろう。視線を送れば、キュルケはタバサにウィンクを返し、つかつかとルイズの正面へ立つと。
──不意に二人の横から伸びてきた影を見上げ、驚愕の表情で後ずさりした。
「な────なにこれぇ!?」
「う、うわぁあああ!! 巨大なゴーレム!!」
ズシィン、と響き渡る足音。
大きな双月に照らされて夜闇に浮かびあがる、身の丈およそ三十メイルを越えようかという高さの、寸胴な輪郭。
あれだけのサイズにも拘らず、生成時の気配がまるで感じられなかった──。タバサはしばし呆気にとられ、こちらに向かって足を踏み出した闖入者を見つめると……はっとして鋭く口笛を吹いた。
即座に
飛び乗ったタバサは地上の様子を見た。キュルケの姿はない。真っ先に避難したようだ。
……一方でギーシュはといえば、どうやら完全に置き去りにされた模様だ。必死の形相でゴーレムの進行方向から逃れようとしているが、その姿はさながら芋虫だった。
仕方なくルーンを唱え、小さな《風刃》を放って綱を切断してやる。
解放された瞬間──ギーシュは猛烈な勢いで走りだした。
そこにシルフィードが追いつき、後ろから派手なフリル襟をひょいと咥え上げる。
「ひぃぃぃいい!! は、離してくれぇぇええ!!」
「なにか言うことは」
「ありがとうございましたぁぁあああ!!!」
その下で……ルイズは目を見開いたまま、ぴくりとも動けずに、迫り来る巨大な影を眺めていた。
さらに一歩踏み出された足が──中央の小さな噴水を破壊する。
西向きの小人像が巻き込まれて粉々になり、周囲のささやかな花壇や植え込みが、滅茶苦茶に踏み躙られてゆく。
「…………っ、この……!」
惨状に、カッと頭に血が上った。
震える手が杖を振りかざす。とっさに唱えた《炎球》は、しかし今度も形になることはなかった。
──弱い爆発。ボン、とゴーレムの胸部が弾けたものの、わずかに揺れただけで怯ませることすらできない。
少し焦げた様子の表面が、パラパラと砂粒のようにこぼれ落ちる。土で形成されたゴーレムのようだった。
なぜこんなものが突然中庭に現れたのかなど、ルイズには分からなかったし、知る由もない。
けれどこれが学院を狙っていることは明らかで、その正面には自分がいる。
不意に、『逃げるわよ、ルイズ!』と叫んだ声が脳裏を木霊した。
(なに言ってるのよ、キュルケ……!)
誰もかれもが寝静まった夜。
今、これを止められるのは──自分だけだ。
化け物じみた大きさの土ゴーレムが、前方で三歩目の足を持ち上げた。
あと一歩でルイズの頭上に到達する。もしも止められなければ、自分もあの小人像のようにぺしゃんこだ。
今度こそ……とルーンを唱える舌が、
────本当に、今度こそ成功する?
さっきよりも近くに下ろされた足が、踏みしめられた地面を通して、轟音と衝撃を伝えてくる。
いままで“成功した実感”なんて無かったのに。現に今だって、唱えるルーンが、どこかぎこちない────
「動かないのか?」
「っ!」
真横の頭上から放たれた静かな声に、ルイズは思わず跳び上がるところだった。
噛みそうになった舌を慌てて奥に引っ込める。もはや見慣れた仏頂面で無粋な邪魔を入れてきた犯人へ、キッと尖った視線を送った。
「……当たり前でしょ。わたしがここで逃げ出したら、誰がこの学院を守るっていうの」
こいつが切っ掛けなのは癪だが……言葉にしたことで、少しずつ落ち着きが戻ってくる。
そうだ。応答する間が惜しい。自らの両足をしっかりと踏ん張って、ルイズは目前に迫った敵をふたたび睨み据える。
もう迷っている暇はない。実感がどうだろうと構わない、この一撃に全てを懸ける──!
「見てなさい。“魔法”が使えるからじゃない……高貴な“血”を引いているからでもない……! 『敵に後ろを見せない者』を、〝貴族〟と呼ぶのよ!」
そんなありったけの、しかしちっぽけな信念を込めて、天に杖を掲げたルイズの顔を見て。
──隣の男は、さも可笑しなものを目にしたかのように「フッ、」と息を零した。
「その威勢だけは誉めてやろう」
身を屈めながらそう曰い、ルイズの腰に腕が回される。
「──ふぇっ?」
どうしたことだろう。なんだかやけに声が近い。
それがあまりにも唐突な接触であったので、ルイズの思考はうっかりショートを起こして停止した。
いったい何が起きたというのだろう? 混乱のまま見下ろした身体が、急にグッと引き寄せられて────
「うっ……!?」
「そのまま、動くなよ」
真上は、ルイズを腰から二つ折りの体勢にして脇に抱えると、ゴーレムの横へ回り込むように勢いよく駆け出していった。
背後で轟音。
無茶な姿勢で抱えられたルイズは腹を圧迫され、本日何度目かも忘れた驚愕の──あるいは、困惑の大声を上げた。
「ぇ────え゙ぇえええぇぇぇ!!?!?」
その間も、土ゴーレムは鈍重そうな足音を響かせて歩を進め、ついに本塔の直前まで到達する。
大きく腕を振りかぶると、握った拳を勢いよく──目の前の壁面に叩きつけた。轟音とともに周囲の壁が崩れ落ち、拳大にぽっかりと風穴が空く。
命中の直前にチカリと一瞬、拳が光ったようにも見えたが……思考した次の瞬間、それよりも重大な光景が視界に映った。
ゴーレムの反対側の肩に乗っていたらしき人影が、繰り出された腕を伝い、壁に空いた穴の中へ駆け込んだのである。
あの位置は確か、宝物庫の辺りだったはず────すぐに出てきた黒いローブ姿の影はやはり、なにか“太い棒のような物体”を抱えていた。
「まさか、泥棒──!? っ、逃げる気ね!」
ルイズは小脇に抱えられたまま、なんとか維持していた魔法を土ゴーレムに向けて解放した。
ドォン──と、振り向く最中の腹部に炸裂する。
相変わらずの失敗だが……威力という面で考えれば、本来の《炎球》とそう大差はないのかもしれない。非常時である現状に限り、ルイズはそのように判断した。
……仕方がない。何も起こらないよりはマシだ。
「なによ、ぜんぜん効いてないじゃない……! どうにかならないの!?」
しかし土ゴーレムはビクともしないまま、ぐるりと本塔に背を向けて、再び一歩を踏み出す。
このまま中庭の外まで逃げるつもりだろう。手も足も出ない焦燥のまま、地に降ろされたルイズは声を荒らげた。
ゴーレムとの距離は約四十メイル。その進行方向は、二人の正面を通り過ぎる形になる。影は反対側の肩の上だ。
悔しげに敵を睨んでいるルイズを横目に見やり、──真上はふむ、と思考を巡らせた。
「まずは可動部……特に膝を狙ってみろ。あれだけの体積を支える負荷が、最も集中する位置だ──」
ルイズの放つ爆発魔法の最大威力は、厚さ五メートルを超える頑丈な塔壁でさえ、大きく損傷させる規模のものだ。
そのぶん波は激しいが──比較的脆い部分に直撃すれば、衝撃でへし折れる可能性もゼロではないだろう。
「膝……?」
誰へ向けるつもりでもなかった言葉に、思わぬ指示が横から返ってきたことで、ルイズは少しだけ驚く。
自分をこの場所まで乱暴な方法で運搬してきた隣の男へ、ややじっとりとした視線を送り……そしてわずかに逡巡した後、何も手立てがないよりは……とルーンの詠唱を始める。
一発目を完全に外し、二発目を左膝の下部分に、なんとか命中させることができた。今度は威力も十分だ。だが──
(粘土──か)
焦げた部分をパラパラと零すゴーレムの内部は、案外と高密度かつ、結合力が強そうな反応を返した。
おまけに粘土質で柔軟性もあり、衝撃を大きく吸収分散してしまう構造になっている。
その観点から見れば、ワルキューレのように金属製でも中身が空洞であったほうが、むしろ有効打になりえたと言えよう。
「うそ、再生してる……! これじゃ、いくら攻撃したって倒しきれないわ!」
さらには材質が土であるからか、部分的な損傷ならばすぐに自己修復してしまうようだ。
どこかに弱点となる
「なんとかならない?」
「そうだな──あの土人形が全体として、見た目通りの質量をしているのであれば、の話だが」
苛立たしげなルイズの問いに、少し考えて真上は答える。
「バランスを崩せば多少のダメージは入るだろう、といった所か」
いま手元にある
真上はルイズに目線を向けた。
「バランス……転ばせるってこと?」
回答を聞いたルイズは、どうすればあのゴーレムを転ばせられるかを考え……とりあえず足を止めなければと、ひとまず杖を振り上げた。「待て」真上は
「真横からだ」
親指と人差し指を立て、銃の形に模した左手を、ルイズの右手に握られた杖に添える。
銃口が杖の先と共に向きを変え、照準器がゴーレムの頭部を捉えた。
「足を上げた直後──軸足があちら側にある時を狙え。やれる限り強く、な」
ルイズは思わず息を呑み、跳ねる心臓を抑える。
射線を合わせる為に──現在、真上の顔の位置は、ルイズの顔のすぐ側に存在する。
ちら……と横に目を移せば、長い前髪の合間から覗く瞳が、鋭く真っ直ぐに敵を見据えていた。
暗い夜の下、まるで青銅色のように光を反射して──。
────こ、こここ、こいつ……! かか、顔だけはいいんだから……!
さっきの混乱を引きずったまま強張るルイズの顔を──真上は訝しげに覗き込んだ。
応答も反応もない。視線をこちらに向け、大きく瞠目したまま静止している。
「──?」
何事だろうか、と真上が内心で首を捻った瞬間。
ショートしたルイズの思考回路は、魔法よりも先に、“ぼむっ”と爆発した。
「え、……えぇぇえいっっ────!!!」
半ば*ヤケクソがごとく振り下ろされる杖。凝視する二人の正面を、ゆっくりと通過していくゴーレム。
…………涼しげに吹き抜ける、さわやかに澄みわたった風。
「…………」
「…………。」
ぼごーん、と遠くのほうで爆発音が鳴った。
二対の目線を横切ったゴーレムは、ずしんずしんと歩いて外壁を跨ぎ、学院から離れると……ぐしゃっ、と盛大に土煙を上げながら崩れて、動かなくなった。
「…………話は聞いていたか?」
「………………。」
聞いていた。が、耳を通り抜けてあさっての方向に飛んでいってしまった。
横からのジトっとした圧力やら、自身のプライドやら後悔やら何やらに居たたまれなくなったルイズは、ぐぐぐ……と、ぎこちなく下を向いた。
崩れたゴーレムの上空では、タバサの使い魔である風竜が旋回を続けている。
ギーシュは回収され、キュルケは自力で避難した。ルイズは御覧の通り。
己の任を全うした真上は、ゴーレムの崩れ去った方角を眺めながら……不意に逆の方向、誰もいない闇の中へ目だけを遣ると──ひっそりと、挑発的にその視線を細めた。
────王都のみならず、昨今トリステインの国中を騒がせるという“その噂”を、
曰く、『東西南北あらゆる貴族を恐怖の底に陥れる“神出鬼没の大怪盗”』──〈土くれ〉のフーケを名乗る
また曰く、そいつの目当ては宝物庫に眠る“マジックアイテム”で、壁や錠前は《固定化》をも上回る《錬金》で名前の通り
それをさも面白おかしげに話す道端の酔っ払いどもは、犯行例を自らの武勇伝のように語ってはゲラゲラと品のない笑いを上げていた。一般の平民と貴族の温度差はこの通りだ。
一方、被害を受ける当の貴族らは、自尊心やら功名やらに目が眩んだかで危機感に薄い者もいれば、過剰に警戒を敷いて気が立っているという者もいる。
かたや身の回りに控える従者にも付け焼き刃のような武装を施してみたり、片や“やれるものならやってみろ”とばかりに伝家の宝を喧伝して回ったり。
その様相は、忠誠心に篤い民からすれば頭の痛くなるものであり、同時に関係の薄い下町の民などからすれば、どう転ぼうともいい見世物であるようだった。
「な、なんということだ……宝物庫の周囲は全方位に『スクウェア』クラスの《固定化》が掛かっているというのに……」
「いや、これは完全に物理的な衝撃で破壊されております。恐らくは例の土ゴーレムによるものでしょう!」
「これだけの高さにある分厚い壁を、《錬金》も使わずにゴーレムだけで──だと? とんでもない化け物ではないか……!」
さて。他方、このトリステイン魔法学院にて教鞭を執る諸賢はといえば──御覧の有様だ。
警戒を強めるか否かの以前に、あたかも遠い国の騒動を耳にするかのような
《固定化》とは違い、《静音》にはデメリットがあるということだ。……どうりで、裏手の庭であれだけ爆発音を響かせても、本塔の人間が誰も出て来なかったわけである。*
「衛兵は何をしていたのだね! 異常があれば当直のメイジに報告する義務があるだろうに!」「ひぅっ」
「その当直が不在であったため、そのまま引っ込んでいたそうです。所詮は平民、あてになりませんな」
「昨日の当直は…………おっと、ミセス・シュヴルーズではありませんか。ミセス、如何に申し開きをされるおつもりで?」
「も、申し訳……申し訳ございません……」
「ミセス! そのように泣いたって、秘宝は戻ってはこないのですぞ!」
なんとも悠長な押し付け合いの挙句、責任を被せられた教師が啜り泣く。
全てが終わってからゾロゾロと現場まで雁首揃えにやって来て──星を違えども、硬直した組織というのは何処も同じようなものらしい。
「…………えー、それはそうと……いったい何が盗まれたのです?」
つい先ほどまで、己の研究室で机に突っ伏したまま爆睡をこいていたらしいコルベールが、ペンの痕がついた額を摩りながら、気まずそうな小声で周囲に尋ねている。
……この男は一つの物事に熱中すると、視野はおろか聴覚までもが
「ん? 何なに……『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』……なんですと!?」
横の壁に刻まれた声明を指してやれば、コルベールは仰天した声を上げて慌てふためいた。
そしてハッと口元を抑えると、押し殺した声で何やら耳打ちをしてくる。
「実は
そんな事を告げられても反応に困る。言っている間にも当人が姿を現しているが。
「これこれ。寄ってたかって女性を苛めるものではない。始祖ブリミルもお怒りになるじゃろうが」
「オールド・オスマン!」
オスマン学院長は相変わらずのように見えたが、有事の際はさすがに毅然と振舞うことも可能らしい。粛々と当直を怠けたことのない教員はいないことを指摘している。
……生徒の前ですべき話だろうか、それは。
「この中の誰もが、もちろん私も含めて……みな油断しておったのじゃ。責任があるとするなら、我々全員にあると言わねばなるまい」
「おお、オールド・オスマン……! あなたの寛大なる慈悲のお心に感謝いたします……!!」
「ほっほ。ええのじゃ、ミセス。ええのよ…………むほほ」*
宝物庫には現在、事件を目撃した(当事者とは言うまい)昨夜の生徒四名が招集を受け、集合していた。
事件発生から一時間以上が経過し、日付が変わった頃になってようやく事情聴取を受けた一同は、長々と余計な話をさせられた末、日が昇るまでの四、五時間程度を睡眠に充てた計算になる。寝付けなかった者もいたのか、一部はまだ眠たげな顔つきをしている。
そこにこんなものを見せられたのだから、当人らは堪ったものではないだろう。
「コホン……で、犯行の現場を見ていたというのは誰だね?」
「この四人です」
学院長の態度に安心した
このような際、
────真上はあたかも無関係といった顔をして、衆目の集中を回避した。
「ふむ……君たちか」
オスマン老は、我関せずとばかりに目を閉じた真上のことをじーっと見つめたが、真上はまったく意に介さない。
「……うむ。ではミス・ヴァリエールから、もう一度、当時の状況を詳しく説明したまえ」
プチ根比べは真上が勝利した。
「は、はい。あの……」
ルイズも真上を一瞬ちらっと見たが、関わるつもりが無さげなことを悟り、諦めてオスマン老に向き直る。
「突然大きなゴーレムが現れて、ここの壁を殴って壊したんです。殴る瞬間に拳が光ったように見えたんですが……一瞬だったので、よく分かりませんでした」
「ふむ……とすると、壁をどうこうするではなく、魔法でパンチの威力自体を強化したのかもしれん。その発想はなかったのう」
オスマン老は額に指を当てて唸った。
壁が破壊された要因には、ルイズの爆発によるヒビ割れも関わってはいたのだが……それを察しているのは真上とタバサくらいなもので、ロープに集中していたルイズやキュルケは(そして当然吊られていたギーシュも)、《炎球》に照らされた数秒の間に気付くことはなかった。
二人もルイズの立場が悪くなるような事は述べず、結果として、フーケの脅威がやや強調される程度に留まったのだった。
「それで、肩に乗っていた黒いメイジが、宝物庫の中から何かを……太い棒みたいな物で、多分『破壊の杖』だと思いますけど……盗み出したあと、またゴーレムの肩に乗りました。ゴーレムが後ろを向いて歩き出して……外壁を越えたあと、森の近くで崩れて、ただの土の山になったみたいです。ミス・タバサが上空にいたので、そこから見えていたと思います」
ルイズの順を追った証言を聞き、オスマン老は鷹揚に首肯した。
「ふむ、参考になるの。ミス・タバサの視点からはどうじゃった?」
タバサもこくりと頷いた。
「……黒いローブを纏ったメイジ。身長175サント前後。長い髪。体格は普通か、細め。ゴーレムが崩れた時、土煙に紛れて姿を喪失。逃げたと仮定するなら、森の中へ」
すると、隣で聞いていたキュルケが驚いた様子でそれに続く。
「あら? あたしが下から見た時は、そんなに背が高くは見えなかったけど……見間違いかしらね。あれだけ大きいゴーレムだったし、遠近感が狂っちゃったのかも」
あっさりと述べたキュルケだが、その言葉を聞いたタバサは、俯き加減に何事か思案する様子だ。
「では最後に、僭越ながら、ぼくが見立てた例のゴーレムの見解を……」
「そっちはいいわよ。探してるのはフーケ本人でしょう?」
「ええ、そんなぁ」
ばっさりと切り捨てられたギーシュは、残念そうに両手を広げたが……言いたかったことは先に全部言われてしまったので、当人としても別にそれで構わないようだった。
「ううむ、人物像は多少見えてきましたが……あの広い森を捜索するとなると、骨が折れますぞ」
「なにか足どりのヒントがほしいところじゃの。こんな時こそ、ミス・ロングビルの出番なんじゃが……ときに、彼女はどうしたね?」
オスマン老は周囲の教師に訊ねる。教師たちは顔を見合わせた。
「そういえば、朝から姿を見ていませんな。騒ぎになった昨晩は、あちこち駆け回っていたようでしたが」
混乱していた現場の整理も、滞っていた事情聴取を手配したのも彼女である。
働き過ぎでまだ寝ているのでは? という空気に一同がなった頃。
「────
深碧のような緑髪を颯爽と靡かせ、涼やかな声と共に現れた学院長秘書・ロングビルに、教師一同は“ざわっ!”と振り返る。
集中する衆目の中でも落ち着き払った彼女は、至極真面目な顔つきと声色で、己の仕事内容を簡潔に学院長へ報告した。
「フーケの居所を突き止めました」
「な、なんですと──!」
一同が動揺する中、オスマン老はどこか自慢げな様子で何度も頷いてみせる。
かたやコルベールはあわあわとロングビルに駆け寄り、何やら場違いなことを口走りなどした。
「仕事が早いの。さすがは、私の選んだ学院一優秀な秘書じゃ」
「姿が見えず心配しましたぞ! 怪我などはされておりませんかな!?」
ロングビルはコルベールに微笑を返し、「ええ。危険なことはありませんでしたわ」と告げて、オスマン老に視線を戻す。
「森に詳しい近在の農民に聞き込んだところ、もう使われていない小道を通り、奥の廃屋に入っていった“黒ずくめのローブの男”を見たそうです。おそらく、彼がフーケで、廃屋はフーケの隠れ家ではないかと」
それを聞いたルイズは瞠目して叫んだ。
「黒ずくめのローブ!? それです、間違いありません! すぐ追いかけましょう!」
グッ、と拳を握り主張したルイズを、驚いたようにロングビルは見つめ……そして微笑ましげに、堅かった表情を和らげる。
そこでやっと自身の勢いを自覚したルイズは、慌ててちょっと恥ずかしそうにかしこまった。
オスマン老はふむ、と髭を撫でながら、そんな二人を眺めている。
「いや、ここはやはり王室に報告して、衛士隊を派遣してもらうべきでは──」
「ばかもの、王室なんぞに知らせている間があれば、フーケも森一つ余裕で越えてしまうわ!」
弱気な主張をするコルベールを一喝し、顎から手を離したオスマン老は、教師一同を鋭く睥睨して宣言する。
「身に降りかかる火の粉も己で払えぬようで、何が貴族じゃ! 嘆かわしい! これは魔法学院の問題じゃ、当然我ら自身の手で解決する!」
普段見せる様とはうって変わった、威風堂々たる学院長の姿であった。ロングビルは目を細め──それをどこか眩しそうに見つめる。
コルベールはちょっと悲しげな顔になって、俯いた。
「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」
そう言って、オスマン老は教師一同を見回すが……己の杖を掲げようとする者はいない。
誰もが困ったように周囲に視線を送り合うだけだ。
「おや? どうした! かの大怪盗を捕まえて、名を上げんとする貴族はおらんのか!?」
呆れたように発破をかけるオスマン老だったが、その目の前で、すっ、と一本の杖が上がる。──ルイズであった。
途端に教師一同はざわめいた。
「ミス・ヴァリエール! 何をしているのです、あなたは生徒ではありませんか──!」
「誰も掲げないじゃないですか」
驚きのあまり仰け反るシュヴルーズの指摘に、ルイズは唇を引き結んで言い放った。
別に、“わたしも連れて行ってください”と言うつもりが、こうなってしまっただけだ。元からそのつもりである。
コルベールはぎょっとして周りを見回すが、他の教師もポカンとしているだけだった。
その一方で、ロングビルがルイズの肩にそっと手を置き、にこりと微笑んで頷いてみせる。
はっとしたルイズはロングビルを見上げ……少し嬉しそうに、こちらもこくりと返した。
「ふん……ヴァリエールには負けてられませんわ」
キュルケも溜息まじりにひとつ零して、胸の間から*杖を取り出し、ルイズに続く。
それを見たタバサも、無言で片手に携えた杖を持ち上げた。
ギーシュは────
「やれやれ──。そんな危険な場所へ、レディたちだけに向かわせるわけにはいかないね」
意外にも、すぐに胸元に差した薔薇を掲げて、ついでにゆるくウェーブした前髪をかきあげた。
とにかくキザったらしい仕草を挟まないと気が済まない男であった。
「みんな……」
ルイズは目を丸くして三人を見つめた。
正直に言ってしまえば、あの時逃げ出さなかった自分以外、誰も杖を掲げないと思っていたのだ。
キュルケなんか、「あなただけに手柄を独り占めされたら困るのよ」などと
見くびっていたことを取り繕うように、ルイズはつんとすました顔を作って言った。
「ありがとう……なんて言わないからね。さっさとあの
「言われずとも。あなたこそ、ぺしゃんこにされないようにせいぜい気をつけなさい」
二人は不敵に笑い合い、教師たちの前でもお構いなしにバチバチと火花を散らす。
オスマン老はニコニコと笑った。
「そうか、そうか。ええのう、青春じゃのう。ではミス・ロングビル、かれらの手伝いを頼んでいいかね?」
「元よりそのつもりですわ」
「お待ちください、オールド・オスマン! そんな危険に生徒を晒すわけには……!」
堪らないと言わんばかりに割り込むシュヴルーズ。
そこそこ槍玉に上げられた割には、案外へこたれていないように見える。恰幅と同じく、もしかすると神経も図太いのかもしれない。
「では、君が行くかね?」
「いえ、あの、ちょっと体調が……」
さてはて。
──表情を改めて、オスマン老は厳粛にタバサを見つめた。
「ミス・タバサは、若くして『シュヴァリエ』の称号を持つ騎士だと聞いている」
タバサは何の反応もなくぼけっとしているが、『シュヴァリエ』といえば、最下位ながらも純粋な“功績”によって
教師の間だけでなく、完全に気配を絶っている真上*以外の全員にどよめきが走った。
「ミス・ツェルプストーはゲルマニア、ミスタ・グラモンはこのトリステインにて、それぞれ優秀な軍人を数多く輩出する家系の出。彼女は強力な『火』の魔法を操り、彼は他でもない“ゴーレム”の扱いに優れていると聞く。ミス・ヴァリエールも名門の出で……まぁその、うむ、なんだ、使い魔がすごい強いからの」
は? と、つい期待してしまっていたルイズはうっかり口に出しそうになったが、それはそうと各所への配慮が入り交じったような表現は、怒るより先に少々呆れ笑いを誘う。
なにせ『使い魔が強い』とは極めてシンプルすぎるうえに、言われている対象は使い魔でも何でもないただの平民である。どういうことだろうか。
一方その評判の
「この四人に勝てるという者がいるのなら、前に一歩出たまえ。いないなら、私はかれらにこの事態を託す」
当然、先ほどのように、その言葉に動く者はいない。
静まりかえった宝物庫の中を見渡し──オスマン老は威厳のある声を張り、重々しく告げた。
「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
それは貴族にとっての誉れであり、生まれもった使命でもある。
直立した生徒四人は「杖にかけて!」と唱和し、各々の誇りを込めて恭しく礼を返した。
────パン! とそして手を叩き、オスマン老は続けて軽い調子の指示を教師らに飛ばす。
「さて。そんじゃ残りの諸君らは、全員協力して、朝餉の時間までにここらを片付けとくように。そっちのミスタ…………えーと、ホントに誰じゃったっけ?」
「ギトーです!! お忘れですか!」
「あー、そうじゃったの。さっきから怒りっぽくてかなわん君には、宝物庫の目録から、残りの収蔵物を確認する任を進ぜよう。なんならミセス・シュヴルーズに手伝ってもらいなさい。ちゃんと仲良くやるんじゃぞ?」
そんな感じでぱっぱと収拾をつけたオスマン老は、改めて自身の秘書に向き直った。
「では──君たち捜索隊の移動には、馬車を用意しよう。森の中まではそれで向かうのじゃ。近在の農民というと、いつものお得意先かの?」
「ええ、左様ですわ。馬でも往復で四時間はかかります。馬車となれば、その倍はかかるかと」
「承知した。すぐに取り掛かろう」
学院長の言葉に、礼をして場を辞そうとするロングビル。
しかし、その背を呼び止め──齢にして百を越えるとも噂される古老は、静かにこう語った。
「この度の事件が明るみになれば、学院の名誉を大いに毀損する一大事となろう。しかし、最も大事なものは、我らの名誉にあらず。──他でもない、諸君らの“
寿命が尽きるまではボケずにきちんと待っとるからの、とおどけた形に締めて、高齢の学院長は厩舎へと向かうために去っていく。
あまり笑い事ではない冗談だが……ロングビルはひとり、唇をゆるやかな弧に結んでみせた。
「ええ──もとより、そのつもりです」
端では、散乱した瓦礫やら大穴やらの始末を命じられた教師一同のあいだで、がやがやとした騒がしい声やルーンの詠唱が飛び交っている。
各々の信念を交えつつ、学院の早朝は過ぎてゆく。
〈おまけ〉(おふざけです)(スパロボBX基準)
▼真上 Lv35 性格:超強気
格闘:252 技量:225 回避:227
射撃:259 防御:197 命中:230
<精神コマンド> SP:104
直感(25) 集中(20) 強襲(35)
▽ルイズ Lv5 性格:超強気
格闘:160 技量:127 回避:135
魔法:ーーー 防御:107 命中:135
<精神コマンド> SP:64
不屈(15) 集中(20)