-ZERO of HELL- 地獄の虚無 作:相沢something
「すやぁ…………」
荷車のような馬車に揺られ、のどかな草原のただなかを往く。
開放的なその車輌の形状は、道中で万が一襲撃を受けた際、即時に散開が可能なように、とタバサが選択したものであった。
春の麗らかな日和が心地よい。
「……ねえ、ミス・ロングビル。手網なんて付き人にやらせればよかったんじゃないですの?」
ふわ……とあくびをしたキュルケは、自ら御者を買って出たロングビルに訊ねる。
ロングビルはゆったりと微笑して答えた。
「いいのです。私は、貴族の名を失くした者ですから」
やはり本……と、何かの紙の束を読み比べしているタバサの隣に座りこんでいたキュルケは、その回答に興味をそそられたようだった。
低い柵から身を乗り出して御者台を覗き込む。
「だって、貴女はオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」
「ええ。でも、オスマン氏は貴族や平民だといった身分について、あまり拘らないお方です」
ロングビルは遠くを見つめる瞳をしながら、半ば独り言といった雰囲気の中で述べた。
「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」
反対側の柵に背中を預けていたルイズは、図々しく詮索するキュルケの姿に浅ましいものを見る目つきになり、前のめりになった肩を掴んで引き戻す。
キュルケは不満そうに振り向いた。
「なによ、ヴァリエール」
「みっともないわよ、ツェルプストー」
『貴族の名を失くした』とは、すなわち王権の下、生まれついた家名の取り潰しを受けた……ということだ。
それは“貴族”にとっては
個人に対する処罰とは違い、罪とは無関係の一族郎党をも巻き込む裁定。それもまた、高貴なる血筋に連なる者の宿命だった。
「あんたのお国じゃどうか知りませんけど、言いたくもないことを根掘り葉掘り聞き出そうとなんてするのは、トリステインじゃ恥ずべきことなのよ」
「別に、暇だからお喋りしようと思っただけじゃないの。そういうあんただって、なんでまた急に泥棒退治なんてしようと思ったのよ」
おかげさまで
「あんたが自分で志願したんでしょ。手柄がどうだの言って。わたしは単に……そう、……目の前で行われた犯罪行為が許せなかっただけよ」
少し俯き加減になりながらも、そのようにルイズは答えた。
隣に視線を移せば、同じく柵に寄りかかって目を閉じている真上の姿がある。
そのさらに向こう、いちばん乗降部に近い場所では、膝を立てて寝ころんだギーシュが能天気な寝息をたてていた。寝返りをうったら転げ落ちる位置だ。大丈夫だろうか。
「『単に』……ね。まぁなんでもいいけど、功を焦って自滅するってのだけは、よしなさいよ。オールド・オスマンも出発前に言ってたでしょ? “必ず無事に帰ってくるように”って」
気だるげなキュルケの言葉に、わかったようなことを言う、とルイズは内心で零す。
こいつは昨夜真っ先に逃げ出したくせに、まるで、あの時のルイズの行動を知っているかのようだ。
隣の男が無理やり運び出していなければ、間違いなくルイズはあのまま踏み潰されていただろう。……まあ、それが護衛の仕事といえば当然のことだし、だからといってあの運搬方法まで認めるつもりはもちろんないが。
オスマン老は出発前、自ら使用人に指示を出して馬車の準備を進めさせ、朝の食事を急いで済ませてきたルイズたち一行を直々に見送った。
期待されているようで嬉しい反面、“だからこそ必ずやり遂げなければ”という思いが強くのしかかる。
そう。この大任を見事完遂すれば、自分の才能を誰もが認めざるを得なくなるだろう。“ゼロ”などという蔑称ではなく、功績を挙げた一人の“
ルイズはさらに俯いた。
──自分は無力じゃない。そう思いたかったのだ。
「はぁ……みんな黙っちゃって、つまんない。ねぇタバサ、あなたまで一緒についてくる必要はなかったのよ? こんな危なくて厄介な任務なんかに」
長い沈黙に耐えきれなくなったキュルケは、今度は隣のタバサに声をかけた。
ぺらぺらとページを捲る指は止めることなく、タバサはぽつりと呟く。
「心配」
たった一言だけだが、それだけでキュルケには充分に伝わった。
感動した面持ちで見つめるキュルケに対し、タバサは文字を追う目を伏せて「それに、」と零す。
ぱたん、と閉じられる本。
「どうしたの?」
「……今のうちに休む」
柵を背もたれにして、タバサ。
キュルケも得心したように頷いた。
「たしかに、これから敵の拠点に向かうんだものね。昨日は夜更かししちゃったし、精神力を溜めておくのも大事かしら」
またひとつ伸びをして、頭の後ろで腕を組んでから、向かいのルイズと真上に目を向ける。真上からは視線が返ってきた。やはり眠っていなかったようだ。
キュルケは思う。──この二人はルイズの側から反目しているようでいて、その実、息は不思議なくらいピッタリと合っている。
昨日の攻防だってそうだし、先ほども真上は当然のようにルイズの後ろに同行し、ルイズもまた当然のように、背後に真上を伴ってこの馬車に乗り込んだ。まったく羨ましい仲である。
しかしまあ、主従(と仮に呼称しよう)の関係が、ある程度良好なのはよい事と言えるだろう。
せっかくのオスマン老からのご厚意もある。警戒はそこの彼に任せることにして、キュルケもまた目を閉じた。
整備されていない道を行く荷馬車は、少々ばかり揺れが強い。……この振動の中でも平気で眠れるギーシュは、案外と大物なのかもしれなかった。
農村の手前で道を曲がり、
ここから先は密集する木々の根があちこちに隆起しており、馬車はおろか馬に乗ったとしても通行は難しいだろう。
「なんだか……いかにも、何かが潜んでいそうって雰囲気だな……」
背の高い針葉樹の枝葉が厚く重なるようにして空を覆い、森の中は昼間であってもなお薄暗い。
先導するロングビルの背に続くギーシュは、さっきから落ち着かない様子で、きょろきょろと周囲を見回していた。
「やだ、暗くて怖いですわ……」
機会を見つけては毎度色目を使うキュルケと、相変わらずのガン無視を続ける真上。
暗い森はたしかに不気味ではあるが、それだけだ。ルイズはふんと鼻を鳴らして挑発した。
「臆病ね」
「なわけないでしょ」
その言葉にキュルケは大きく肩をすくめると、あっさり演技を放棄する。あたかも元から反応は期待していないといった態度だ。
寸劇じゃないんだから……と呆れるルイズであるが、気分屋な当人は何ひとつ気に留めていないようだった。
それから徒歩で一時間も経たないうちに、細道は小さな広場を思わせる開けた空き地に到達した。
真ん中あたりにぽつんと建つ廃屋は、確かに以前は使用されていたものなのだろう。脇には壊れた物置や炭焼き窯が併設されており、芽の生えだした切り株が円周に残る光景から、かつてはそれらを木材に利用していたことが窺えた。
この一帯だけは太陽の光も届くからか、点在する切り株の周辺に低木の茂みが死角を作っている。空き地の手前で迂回した一行は、ひとまずそこに身を隠し、遠巻きに様子を観察することにした。
「私の聞いた情報だと、フーケはあの中に入っていったという話です」
ロングビルが廃屋を指し示したが、一見すると、人の気配はなさそうに思える。
本当にあそこに隠れているのだろうか。首を傾げるルイズの隣で、終始無言を貫いていたタバサが小さく挙手をした。
「なにか作戦があるのね、タバサ?」
すぐに察したキュルケの言葉に頷きをひとつ。タバサはその場にちょこんと正座すると、拾った枝で地面に説明図を描き始めた。
上から見た空き地の全体と、廃屋の窓の位置。一行の隠れた場所。現在地から窓の視界を避けるようにして線を引き、隠密しながら接近できるルートを提示する。
一同が半円になってそれを覗き込む中、真上は一人、怪訝そうな……何か奇妙なものを見たような目で、タバサの座る姿に視線を向けていた。
──どこからどう見ても正座である。
「ふぅん……まず偵察兼囮役が中を確認して、フーケがいたらおびき出す作戦ってわけ。なかなか良さそうな案ね」
もしもフーケがあの小屋の中に潜伏しているのなら、全員で近づくのは危険が伴う。
よって、まずは一人が忍び寄って付近の安全と待ち伏せの確認をし、罠があれば掛かったふりでおびき出す。誰もいなければ全員で小屋を調査。中で油断しているようなら、逆にこちらが奇襲をかける。
生徒四人の話し合いの末、方針はそのように固まった。
「しかし、その囮は誰がやるんだね? 言っておくが、ぼくのワルキューレは隠密行動には向かないぞ」
などと大真面目にギーシュが宣言しつつ、一同に問い掛ける。
ここは身軽であり、なおかつ実戦経験もある自分が行くべきだろう──と立候補しようとしたタバサがそれを告げる前に、こちらも今まで沈黙していた真上が静かに一歩踏み出し、遮蔽にしていた木の陰から姿を現した。
「ちょっと──」
「そこで待っていろ」
引き止めかけたルイズを一言で制し、真上は半開きになった木の窓を一瞥すると、ゆっくりとした足どりで迂回路を辿る。
相手は少なくとも、あの大きさのゴーレムを操れるような──『トライアングル』クラスの実力はあるメイジだ。他の魔法に関しても、相応に使いこなすと想定しておくべきだろう。
タバサは少し考えて……念のため、自分は後方支援に備えることにする。周囲の射線や地面の罠を警戒した重心移動から鑑みるに、こと経験だけで言えば、彼のほうが遥かに適任であろうことが察せられたからだ。
周辺の風の動きを感じた限り、不審な気配はない。フーケがあの中に居るならば、外から不意を打たれる可能性は低いはず。
逆に、森の中で潜伏しているとしたら……それに気付けるかどうか分からない。メイジである自分が警戒を担当するとしたら、こちらだろう。
もちろん、他のケースも考えられなくはないが──。
タバサはひそやかに気を引き締め直した。
真上は危なげなく小屋の壁まで接近すると、窓の隙間から屋内を覗く。
埃の積もった床やテーブル、転がったままの椅子。休憩用と思しき粗末な木のベッドにも使用した形跡はなく、見える範囲に罠も存在しない。目につくのは、ドアからキャビネットまでの動線上における埃の乱れだけだ。
家具の配置から射線の計算を終えると、おもむろにドアの前へ移動する。中にも外にも何者かの気配が感じられないことは確認済みであり、警戒を要するものといえば、知覚できない魔法による罠くらいだった。
ドアの正面から斜めに位置をずらして立ち、無造作に蹴り開ける。吹き飛んだドアが壁に激突して大きな音をたて、隠れていた一同は驚いていっせいに顔を出した。
「ご、豪気だなぁ……さすがは先生だ」
やはりというべきか、発動した罠はない。音の届いた近辺に動く気配もない。
それらから奇襲の可能性は薄いと踏んで、真上は顎で一同を招く。扉を失った入口から離れ、小屋の角に近い壁に背を預けた。
「あのね……なんでわざわざ壊すのよ……」
「いいじゃない。誰も使ってないんだし。ああいう思いきりのいいところもステキよ、センセ」
額を押さえながら近づいてきたルイズの文句に、なぜか楽しげなキュルケが言い返して真上にウィンクを送る。
タバサは哨戒を担当する真上をちらりと見つめると、入口から屋内へ杖を振って探査し、中へ踏み込んだ。
次いで気負った様子のないキュルケと、きょろきょろと挙動不審なギーシュもその後に続き……他方でルイズはというと、調査には三人いれば充分と考えたのか、真上をまねて入口を挟んだ反対側の壁に寄りかかった。
「……なによ。文句ある?」
やや呆れた視線を向ける真上をルイズは咎めるが、杖を片手に腕を組んだまま、その場を動こうとはしなかった。
二人で同じ方向を警戒してどうするのか──と思ったが、それで視界から姿を消されても他ならぬ真上が困る。彼の仕事の最優先事項は彼女であるからだ。
ルイズの逸らした目線の先には、地面に指先をつけたロングビルの姿がある。ロングビルは首を振って立ち上がると、小屋の前に立つ見張りの二人へ、このように声をかけた。
「やはり……足跡は入っていった状態のまま、どこにも向かった形跡はありませんでした。念のため、付近に手掛かりが残っていないか調べてまいります」
ぱちくりと目を瞬かせるルイズの前で、落ち着いた様子のロングビルが背を向けて歩き出す。
そこへ、ルイズの横にいる真上から声が掛かった。
「ミス・ロングビル。単独行動は危険では?」
壁越しの背後では、何かを見つけでもしたのか、わぁわぁと二人分の騒がしい声がする。
目の前のロングビルは振り返ると、にこりと微笑んで答えた。
「大丈夫です。そう遠くまでは行きませんし、いざとなれば、魔法で逃げることもできますから」
ルイズはまた瞬きをして、率直に他人を心配する態度をとった真上を見上げた。
こっちに対してはなんか嫌味っぽかったり、回りくどい言い方をするくせに……。そんなだから、いつもいまいち意図が伝わってこないのよ、と一人でむすくれる。
真上もそれ以上は何も言わず、黙ってロングビルの背を見送っていた。
それについ、ルイズは突っかかるような物言いをしてしまう。
「あんたにも他人を心配することがあるのね」
そりゃ、自分みたいな小娘より、ミス・ロングビルのような大人の女性を相手するほうがいいんでしょうけど──などと、ルイズが何故だかもやもやした胸中で思いながら、もういちど横を見上げると。
「……」
真上は“何を言ってるんだこいつ”みたいな目つきで心外そうに、そんなルイズのことを見ていた。
ルイズも同じような顔になった。*
「ねえルイズ。張り切ってたところ悪いんだけど……」
と。その合間にちょうど割り込むような形になって、入口からひょっこりとキュルケが顔を出す。
キュルケは妙な顔で見つめ合う左右の二人を、きょとんとした表情で見比べたあと……気の抜けたようにルイズに視線を戻し、言いかけていた話の続きを切り出した。
「中で見つかっちゃったわ。『破壊の杖』」
「……え?」
ルイズが戸惑いながらも屋内に足を向けると、中央の頑丈そうなテーブルの上に、件の『破壊の杖』が鎮座させられている状況がはっきりと視界に映った。
宝物庫見学の際に目にした覚えがある。間違いなく、学院に保管されていたのと同じものだ。
長さは一メイルと半分弱。乾いた砂のような色をしていて、見たこともない金属で作られている円柱形の太い棒に、でこぼことした同じ材質の奇妙な装飾が目立つ。
「うそ……本物じゃないの。こんなにあっさり見つかるなんて……」
「そこのキャビネットに立てられてたのを、この子が発見したのよ。鍵も掛かってなかったみたい」
あまりにも不用心すぎる。罠かとも疑うが、当のフーケは未だに現れていない。
辺りは不気味なほどの静けさに包まれていた。
「フーケはどこに行ったのかしら。ちょっと外出中……とかじゃないわよね」
「そんな間抜けなら、捜す手間がかからなくて助かるんだけど」
ルイズの言葉に、キュルケは肩をすくめる。
床や家具を調べていたタバサもぽつりと呟いた。
「生活した跡もない。フーケはただ、これを置きに来ただけ……」
いったい何のためにだろうか。隠しておいたというには、他にもっとマシな手段がありそうだし、囮であったにしても反応がなさすぎる。
四人は困ったように顔を見合わせた。
「なあ、今のうちに学院へ戻らないかい? 盗まれたものを取り返せたんだし、これだけでも十分な成果じゃないかね」
「そんなわけにはいかないでしょ。わたしたちはオールド・オスマンから直々に使命を授かったのよ」
ギーシュの後ろ向きな意見に、ルイズは叱咤を飛ばすが……かといってフーケの出方も行方もわからない以上、ここであれこれ悩んでいる訳にはいかないかもしれない。
しばし考えて、ルイズは真上に意見を訊くことにした。
「マガミ、あんたはどう思う?」
壁越しに問いを投げかけると、ややあって真上が面倒そうに姿を覗かせる。
「……なぜ俺に訊く」
「あんたがいちばん慣れてそうだからよ」
質問したにも関わらず、真上から返答は戻ってこない。
ルイズは目を丸くした。──ルイズにも一目で判る範囲で、真上が
真上はこの星に飛ばされてから初めて、己が驚くに足る事象に遭遇したと感じた。
明らかにこの地の技術水準には不釣り合いな『兵器』が──真上の活動する時代では既に骨董品と化している類の、少々特殊な品だったが──テーブルの上に鎮座している光景は、さすがの真上にも、そこそこの衝撃を与えたのである。
いわゆる、“ロケットランチャー”……成形炸薬を詰め込んだ高速飛翔体を射出し、標的の装甲を穿ち貫いて内部構造にダメージを与える携行兵器。
確かに自分や自分の使う銃もここに存在してはいるが、“現代において”この星へと転移するような経緯を辿った人物や物品が他に有るとは、真上は全く想定していなかった。
いや──可能性としては有り得るが、
‘とある筋’が漏らした情報によって、真上はフーケの正体に関しては、ほぼ確信のある状態で察しがついている。
だが、彼は警察や探偵といった職に就いているわけではない。フーケのとった不可解な行動の理由や目的について、正確な推論を導き出すことは現実的でなかった。
ゆえに真上が警戒したのは、第一に“共謀者からの襲撃”である。遮蔽の存在しない草原や、視界の悪い森の小道、廃屋の探索中に包囲を受ける状況も考えられた。当然本人が奇襲を仕掛けてくる可能性もある。
しかし、首尾よく
それについては『フーケ』の手口であれば可能性はある、と言える。
その必要があるかという点では……口止めや身代金、国外逃亡に必要な手形との交換など……“人質”を得る為の手段といった例であれば、真上にも考えついた。メリットよりもデメリットのほうが遥かに大きいと思われるが、それを判断するのはフーケ本人である。
一方で、最も可能性が高いのは“アリバイ作り”だった。ここで我々捜索隊と一戦交えるという演出をすれば、今後その人物が疑われることはまずないだろう、と。
だがしかし、その予想も
狩人が獲物をみすみす手放すだろうか? それが毒物か
“では、そうではないとしたら?”──真上がいま直面している問題はそれである。
想定外が重なり、呆気にとられた時間が僅かばかりにもあったのが事実だった。靴底から伝わるごく微かな振動で『ソレ』を察知した真上は、次の瞬間、廃屋内に声を張り上げた。
「──ッ、全員表に出ろ!」
タバサの反応は早かった。キュルケも即座に事態を把握し、「敵襲ね!」と叫ぶ。
呪文を詠唱したタバサは『破壊の杖』を掴み、小柄な身体を活かして窓から一跳びで外に出る。
ドアを失った入口から飛び出したキュルケと、それに続いてギーシュも「あわわわ」と転がるように脱出していった。
ルイズはいつでも魔法を撃てるように杖を握りしめて、廃屋から出ると、すぐに敵影を探して周囲を見回す。
「っ──!?」
すると振り向いた先で、フーケの土ゴーレムが上半身を地面から出し、横薙ぎに廃屋を殴り飛ばそうとする瞬間を目撃してしまった。
思わずぎゅっと目を瞑ったルイズの身体を、飛び込んできた真上が庇うようにして乱暴に地面に伏せる。
バコォッ! と音を立てて小屋の上半分が粉砕され、木材の破片が二人の上にも降り注いだ。
それが収まるのを待った後、真上はどきまぎするルイズの上から身を起こし、黒い服や髪についた木屑を煩わしげに払い除ける。
倒れた時に頭を打たないように、そして自分の体重が掛からないように──おそらく最大限に配慮された体勢だった。
「あ、ありがとう……」
「早く立て」
恥を忍んでルイズが礼を言ったにも拘わらず、真上はゴーレムから目線を外さず突っけんどんに言い放つ。
なによ、と少々顔の赤いままルイズは思ったが、目の前の土ゴーレムは両足まで完成して、いまやしっかりと地面を踏みしめていた。
うかうかしていたら踏み潰されてしまう。察してすぐに血の気が引き、顔をしかめたルイズはパッと跳ね起きた。
不意に、風向きが変化する。
渦を巻いた風はやがて大きな竜巻となり、背中からゴーレムをすっぽりと包み込んだ。
次いで横から炎が放射され、竜巻は炎を帯びて荒れ狂う。
ルイズはそれを見てピンときた。タバサとキュルケの魔法だ。
土ゴーレムは炎の熱に表面の水分を飛ばされ、暴風に乗せて四方に砂を撒き散らす。
──が、どうやら威力が足りない。火力を増そうにも、ここは深い森の中なのだ。危険すぎて手が出せないのだろう。
竜巻が弱まったところでルイズが爆発をぶつけても、焼石に水でしかなかった。
「無理よこんなの──!」
向こうでキュルケの叫ぶ声が聞こえる。ルイズはくっと唇を噛みしめた。
複数の方向から飛んできた攻撃に、ゴーレムは迷うような動作を行っている。隙は作れたようだが、しかしそれ以上の効果はない。
やはり、どうにかして昨日の方法を試みなければ。しかし、そのチャンスはあるかというと……。
ルイズが苦悩するその間、真上はサッと周囲を見渡し、先ほどまで捕捉していたフーケの気配を探っていた。
バラバラに逃げたらしいタバサ、キュルケ、ギーシュの気配は感じられるものの──フーケのほうは流石盗賊と言うべきか、今のところ所在を掴めそうにない。呆然としていた隙が惜しまれる。
上空に待機していた風竜が空き地の端に着陸し、主人を乗せて再び舞い上がった。主人であるタバサの手には、例のブツが握られているのが見える。
ゴーレムは上空に逃げたそれには構わず、頭部の向きを戻し、緩慢に片足を持ち上げた。こちらを攻撃対象に定めた様子だ。
真上はひょいとルイズを左肩に担いだ。
「一度距離を取る。動くなら、落とさないという保証はない」
やっぱりこうなるのか、とルイズは二重の悔しさに唸りながら……しかし、了承するほかに道はなかった。
──タバサは『破壊の杖』を落とさないように抱え、シルフィードを真上たちの進行方向に向かわせた。
あの土ゴーレムを自分たちの魔法で破壊するのは困難。この杖であれば、もしかしたら可能なのかもしれないが……効果のわからないマジックアイテム、しかも学院の管理物である品を使用する、という博打には踏み切れなかった。
シルフィードは小道の少し開けた場所に降り立つ。真上もそれを見越して進路をとっていたようで、すんなりと退避が済んだ。ゴーレムの腕が唸りを上げて迫るが、空に逃げたシルフィードを捕まえる術はない。
「どうする?」
タバサは真上に問い掛けた。
が、そこにルイズが割り込んで、当然というように彼女の意見を述べる。
「決まってるでしょ。フーケを捕まえないと!」
意気込むルイズに、「どうやって?」とタバサは再び問う。
「あれを倒すのは無理」
ゴーレムは隠れたキュルケやギーシュを探しているのか、木々を薙ぎ倒しながらうろうろと歩き回っている。
密集した木々の上から人物を探し出すのは至難だ。そう簡単に見つかることはないと思っていいだろう。
しかし、それもどれだけ続くか分からない。上空にいるこちらの視点と、地上三十メイル程度にある視点とでは、見え方も違うはずだ。救出はなるべく急がなくてはならなかった。
「やってみなくちゃ、わかんないじゃない! 昨日はあとちょっとのところだったもの!」
そうでしょ! と言ってルイズは真上を見やるが、真上は呆れた視線を返すばかりだ。
威勢をそがれたように、言葉に詰まったルイズは俯いて表情を歪め、静かに拳を握る。
「…………」
タバサは考える。
眼前の彼女の“自身”に対する評価はおそらく、誰よりも低いであろうことを、タバサは察している。過剰なまでの尊大な態度は、すなわち自信がないことへの裏返しだ。
真上と出会ってからしばらくして、その傾向は若干薄れたように見えたが……それでも劣等感は人一倍にあるだろう。
それを覆すために、彼女は命を張ろうとしていた。
ここで逃げ出したら、ひょっとすると彼女は、二度と前を向いて歩むことはできないのではないか。そう思えるくらい、今まで彼女は必死になって生きていた。
真上のフォローがあれば大丈夫かもしれないが、しかし彼は彼で、別にルイズに対して好意的というわけでもないようで……関係は複雑そうだ。
否。首を振って思考を切り替える。
今は二人の事情について考えても意味はない。フーケを捕らえに行くべきか、退くべきか。行くとしても、どうやってゴーレムの追撃をかわすのか。それを想定しておく必要がある──。
「タバサ。わたしを降ろしてくれる?」
タバサは掛けられた言葉に驚いて思考を中断し、はっとルイズを見つめた。まるで覚悟を決めたような声をしていたからだ。
ルイズはタバサの抱える
「それ、『
「無謀。効果も、使い方もわからない」
「なんとかするわよ」
その言い様を聞いて、タバサは少々内心で呆れた。
ルイズは諦めてなんかいない。あの土ゴーレムですら、『なんとかする』気でいるのだ。
勇気と無謀は別物だが、紙一重でもある。可能性がわずかでも存在するなら、それに賭ける価値はあると──彼女は心からそう信じていた。
「本気?」
「当然よ。わたしはルイズ・ド・ラ・ヴァリエールなんだから」
そして、当人は至極“大真面目”だといった声色で、そのような見得を切ってのけた。
「フ、──」
すると、思わず零れたとばかりに鼻で笑った声がして──タバサとルイズは揃って、唖然と真上を振り返った。
二人分の注視を受けた真上は、なおも唇に薄く笑みを浮かべながら、心底から愉しげな目線をルイズへと送っていた。
ぞくり──と。得体の知れない冷たい何かが、向けられたルイズの背筋を駆け上る。
「相変わらず、威勢だけは一人前だな──」
表情といい、言外に嘲笑のニュアンスを含んでいそうな物言いである。
……たじろいでいたルイズは、次の瞬間には青筋を立てていた。
「うるさい。あんた昨日、あいつを
「さあな。多少はダメージが
「こ……こいつ……!」
しれっと言ってのける真上に、ルイズの声が一瞬震える。本気でキレた時の合図であった。
「どど、ど、どうせ
ばん、と両手で鱗を叩いてルイズが吼える。
背中の上で喧嘩されたうえに巻き添えをくったシルフィードが〔きゅい!!〕と怒りの声を上げるが、もはや二人には関係のない話だった。
「何も?」
真上はさらに挑発するように、ルイズの放った言葉を拾って繰り返す。
「少なくとも、
「あんですって!?」
決死の覚悟をヤケクソ扱いされたルイズは、うっかりと引き摺られてガラが悪くなったが──幸か不幸か、空の上には誰も指摘しようとする者はいなかった。
そんなある種の異様な迫力を前にしても、真上は涼しい顔で余裕の笑みを深めてみせる。それがなおさらルイズの神経を逆撫でた。
「だったら何ができるっていうの!? まさか、あんたがコレを使うってんじゃあないわよね!」
ルイズの怒号に真上はタバサを見、例のブツを示して「貸してみろ」と曰う。
ちょっと困惑したような顔のタバサがそれを渡すと──彼女が彼の
ニヤリ、と凄むような表情をルイズに近づけて、問うた。
「試してみるか?」
〈おまけ〉
▽タバサ Lv18 性格:普通
格闘:196 技量:176 回避:181
魔法:202 防御:143 命中:178
<精神コマンド> SP:72
直感(25) 集中(20) 闘志(30)
▽キュルケ Lv12 性格:強気
格闘:176 技量:156 回避:151
魔法:181 防御:143 命中:158
<精神コマンド> SP:71
不屈(15) 必中(20)
▽ギーシュ Lv6 性格:弱気
格闘:159 技量:139 回避:133
魔法:155 防御:130 命中:136
<精神コマンド> SP:75
幸運(40) ひらめき(10)