「ハア…ハア…」
「ふう…ふう…」
決闘が始まって40分以上、未だ祐希と杏花の戦いは続いていた。互いの体は蹴りや殴打によって傷だらけで、祐希の方は杏花の短剣によって右頬から血も流れていた。
「はは、楽しいね。こんなに戦っていて楽しいことは今までないよ」
「僕も身体中傷だらけなのに良い気分です」
そう話す杏花と祐希は笑みを浮かべており、この戦いを本気で楽しんでいるのが見て取れた。
「でも……ボクは一つ不満があるんだ。キミとこうして戦っているけど、もう一つの姿は見せてくれないのかい?」
「……やっぱりそれも知ってたんですか」
「ああ、これもラピスさんから聞いていたからね。キミが中国の呪泉郷の泉に落ちてもう一つの姿を手に入れたことを」
杏花は不満を隠そうともせず祐希に問いかける。
「是非そっちの姿になったキミとも戦ってみたいんだよ。どうかな?」
「……まあ構わないですよ。じゃあ……」
バシャ!
祐希はポケットから水の入った小瓶を取り出すと蓋を開けそれを頭にかけた。
「おお……それがもう一つの姿!すごく逞しい姿になったじゃないか!」
杏花は青年になった祐希を見て感嘆の声を漏らす。
「その姿での強さはどれ程のものなのか、楽しみだ」
「この姿になっても全力でいきますよ」
「無論それを望むさ!」
そう言って杏花は一瞬で祐希に迫り攻撃を仕掛けるが……
ガキッ!
「……!?何…!?」
祐希はその攻撃を木刀でいとも簡単に受け止めたのだ。しかも片手で。元の姿だった時と違うとはいえ自身の攻撃があっさり止められたことに杏花は動揺を隠せない。
「完全に動きが止まりましたね」
ガシッ!
「っ!しまった!」
動揺して動きが止まった隙を突き祐希は杏花の腕を掴み短剣をはたき落とす。
「う…ぐうっ!」
杏花はすぐに距離を取ろうとするが、祐希に腕を掴まれており振りほどけない。
「地獄突き!」
ドスッ!
それを逃す祐希ではなく、杏花の腹部に向け自身の技である地獄突きを叩き込んだ。
「ゔ……ガア"ッ…!?」
直後腹部の痛みとそこを中心に全身を駆け巡る激痛に、杏花の表情がこれまでにない程に歪んだ。祐希が腕を放すと杏花は腹部を両手で押さえながらゆっくりと後ずさる。
ドサッ
そしてそのままうつ伏せに倒れた。
「ゔ、うぐ……はは…ボクの、負け、だ」
未だ痛みが身体を巡る中で杏花は途切れ途切れで自身の敗北の言葉を絞り出した。
「……ふぅ」
それを聞き祐希は一息吐くと倒れている杏花を抱き上げ近くにあった木の下まで運び杏花の手当てをし始めた。
「ありがとう。運んで手当てまでしてくれて」
「いえ、決着はもうついたんですから。そのままにもしておけないですよ」
杏花の手当てが終わり、自身の手当てをしていた祐希は杏花からの礼の言葉にそう返す。
「今回の勝負で、キミはボクより断然強いことがよく分かったよ。元の姿の時は互角だったけど、その姿になってからは一瞬で勝負がついたからね」
「この姿になると元の姿と比べて身体能力が大幅に上がるんで、この姿自体が僕にとっては一種の武器でもあるんです」
「そうか……ハハハ!中国の呪泉郷に行ったことはキミにとって大きなプラスになったみたいだね」
そんなことを話してるうちに祐希も自身の傷の手当てを終えた。
「それじゃあ、僕はこれで。間に合うかなぁ……」
「うん?もしかして何か予定があった感じかい?」
「えぇ、まあ……。実は………」
祐希は杏花に格闘新体操の試合を観に行く予定があったことを話した。
「そうだったのか。それは悪いことをしたね」
今の時刻は1時半位、今行っても試合は終わっているか終盤に差し掛かっている頃だろう。
「大丈夫ですよ。乱馬もこっちを優先するように言ってくれましたし、僕自身もそう決めてましたから」
「でも乱馬と約束したんですよ。決闘が終わったら途中からでも観に行くって」
「なる程……(しかしどう言うことだ?今日試合があるなんて聞いてないぞ……)ところでさっき格闘新体操って言ってたけど、もしかして試合の相手って九能小太刀だったりするかい?」
「はい、そうですけど?」
「…………」
その瞬間、杏花の顔が険しいものになった。
「ねぇ、その試合ボクもついていって良いかな?」
「え?どうしてですか?」
「ちょっと用ができたんだよ」
「分かりました、じゃあ一緒に行きましょうか」
杏花が同行を申し出たことにより、祐希は杏花と共に試合が行われている体育館へと歩き出した。
「勝者!早乙女乱馬!」
試合会場ではらんまと小太刀の勝負に決着がついているところだった。結果はらんまの勝利。小太刀の卑怯な戦法に苦しめられるも、なんとか勝利したのである。
「完敗ですわ……お約束通り、今までの乱馬さまへの想いはすっぱり諦めます」
小太刀は涙を流しながら自身の敗北を潔く認めた。
「そして、明日からは新しい乱馬さまへの恋に燃えます!乱馬さま〜!!」
しかし肝心の乱馬が諦めて欲しかった自分への想いは無くならず、その宣言と共にらんまはガックリと崩れ落ちた。
「私は屈しません!必ず乱馬さまを手に入れて見せますわ!」
「何をしてるのかな、小太刀?」
突然聞こえてきた声に小太刀だけでなく、らんまやあかねもその方向へ目を向ける。
「まさか、本当に試合があったなんてね」
「お、鬼月先輩……!?」
そこには杏花が腕を組んだ姿で立っており、彼女の後ろには祐希が青年姿で立っていた。
「ありゃ、ちょうど終わっちゃった感じか」
「祐希くん!?」
「お前、どうしたんだよその怪我!?」
「はは……まあさっきの決闘でね。それよりらんまは試合勝ったんだ」
「ああ、まあな……アイツは俺のこと諦めるつもりねぇみたいだけどな……」
3人がお互いにあったことを話し合っている反面……
「これはどういうことかな、小太刀?」
「い、いえ、その………」
杏花は険しい表情で小太刀に詰め寄っていた。対する小太刀の方は顔から冷や汗がダラダラ垂れており、いつもの高飛車な態度は微塵も感じられない。
「ボクは試合は明日って聞いてるよ。今日あるなんて話は聞いてないんだけど」
「これは……あの……」
「まあ、最初から全部分かってたけどね」
「っ!?そ、そんな筈は!?徹底的に情報は隠蔽した筈……」
「………へえ、そうだったんだ」
「はっ!?」
杏花の反応を見て小太刀は両手で口を押さえた。自分がカマをかけられたことを理解したからだ。
「これは説教だけで済ませる訳にはいかないね」
「あ、ああ……」
表情がますます険しくなる杏花に小太刀は顔が真っ青になっていく。
「そこにいるキミ達も無関係じゃないよ。この一件に協力してたんだよね?」
『……っ!』ビクッ
杏花のその言葉に様子を伺っていた新体操部の面々も震え上がる。
「対戦相手への闇討ち、試合での卑怯な戦法、何より試合日の虚偽申請。罰として新体操部は一ヶ月の活動禁止、及びその期間中は奉仕作業をするように」
『え……』
「分かったね?」
『は、はいぃ……』
杏花から告げられた内容に小太刀含めた新体操部の面々は涙目でそれを受け入れた。
「すげぇ、小太刀のやつがあんなになるなんて」
「こっちまであの人の怒気が伝わってくるわ」
らんまは小太刀が怯えている様子に驚き、あかねは杏花から漏れ出る怒気を感じ戦慄していた。
「全く……済まないね、恥ずかしい所を見せたよ」
説教を終えた杏花は頬を掻きながら祐希達の元へ戻ってくる。
「杏花さん、さっき小太刀さん達に色々言ってましたけど、そんなことできるんですか?」
「ああ、ボクはここの生徒会長だからね」
「ええ!?」
杏花が学院の生徒達のトップだったことを知り祐希は驚愕する。
「元々新体操部には目をつけていてね、一回お灸をすえる意味でも罰を与えることにしたんだよ。生徒会としてこれ以上は流石に看過できないからね」
「な、なる程……」
それを聞き祐希はチラリと小太刀達の方へ視線を向ける。彼女達はガックリと項垂れており、今回の罰が余程苦しい様だった。
「(まあ、自業自得か……)」
ちょっと可哀想とも思ったが、これまで前科がありまくったことを考えると余り同情はしなかった。
「ねえ、会長と話をしてる人カッコよくない?」
「うんうん、イケメンだし背も高いし」
「どうしよう、超タイプなんだけど」
少し離れた場所にて……ヘベレケ女学院の生徒達が杏花と話している祐希を見て色々と言っていた。
「相変わらずモテるよな、祐希」
「ああ、けどアイツ許嫁の子一筋っぽいから目をつけるだけ無駄だろうけどな」
その女子達を見て祐希の友人であるはるきと海斗はそう溢した。
こうして祐希の決闘とらんまの格闘新体操試合は幕を閉じた。その後ヘベレケ女学院内では杏花から言われた通り奉仕作業に勤しむ新体操部の姿があったという。
「ふぅ、やっとついたわぁ。ここが風林町やな」
日も暮れてきた頃、町の入り口に大荷物を携えた1人の少女の姿があった。
「確かこの町にいるんやったな」
そう呟くと少女は懐から一枚の写真を取り出す。
「やっと会えるで……待っててや、祐ちゃん!」
そこには小さい頃の自分と一緒に笑顔を浮かべる幼い祐希の姿が写っていた。
はい、原作より前倒しで祐希のヒロイン登場します。