スーパードクターU   作:黒い平方四辺形

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シーズン1
緋色の瞳(前編)


4月某日、トレセン学園。

入学式を終えたトレセン学園は、新しいウマ娘による新しい活気でにぎわっていた。

式の時では道には桜色の絨毯が敷かれていたが、

花が一通り散った今では葉桜が風にざわめいている。

入学したウマ娘は1人1人が各々の夢や目標を持ち、未来に向かって走り始める。

 

だがレースは勝負の世界。どれほど努力をしても、目標を叶えられるのは一部のウマ娘だけだ。

さらに、レースという激しい競技は、

時として事故や故障を引き起こすこともある過酷なものである。

健康なままでも、どれほど努力をしても叶わないこともある競技の世界。

ならば、せめてその健康を保ったまま過ごさせてやりたい―――。

それがウマ娘を応援する者たちの願いであった。

 

 

 

この日、この学園内を歩く、屈強な体を大きなマントで包んだ男がいた。

彼は神代一人(かみしろかずと)。N県T村で診療所を営む医師である。

人呼んで「ドクターK」。

彼は何世代も受け継がれてきた医師の系譜を継ぐ者、世界最高峰の医師なのである。

この日はトレセン学園の業者向けの開放日であり、医師である彼にも招待が届いていた。

 

 

「いやあ、さすがはトレセン学園、活気に溢れてますね。

入学したての初々しい子がたくさんいるなァ」

 

そう話すのは富永研太。Kの診療所に勤める医師である。

 

「しかし彼女らも大変ですよね。

まだ中高生の段階からプロアスリートとしての道を走りだすわけですから」

 

「彼女らを子ども扱いするな、富永。

若くしてプロ競技者となりうるのは囲碁将棋のようなボードゲームも同様だ。

またプロとまではいかずとも、上を目指して競技に心血を注ぐ者は、

野球やサッカーなどを代表として多くの競技で存在する。

それに俺やお前、一也のような医者を志す者も幼いころから勉学に励んできただろう。

年齢ではない、何を目指すかがその人間を形作るのだ」

 

「うへえ、K先生や一也君のことを言われちゃ何も言えませんよ。

でもまあそうですよね。二人と比べたら全然ですけど、

僕だって親に敷かれたレール、親の七光りなりにも努力はしてきたもんです」

 

今までの経験を思い出し、しみじみと浸る富永。

医学部を卒業するまでの経験、そしてKの診療所に来てからの経験を思い出すと、

彼もまた人並外れて多くの努力と経験をしてきた男なのである。

 

「あ、見てくださいよ先生。いくつかのチームがトレーニングやってますよ。

あ!あれはチームスピカだ!僕ファンなんですよォ!近くで見てきていいッスか!?」

 

「好きにしろ」

 

「やった!間近で見られるなんて感動だァ!」

 

大喜びでコースに向かっていく富永。

その姿を見て、Kは子供のお守りをしているような気分を覚えたのであった。

 

 

学園のトレーニングコースを使用するいくつかのチーム。

その中でひときわ大きな存在感を放つのはチームスピカだ。

スペシャルウィークやトウカイテイオーをはじめとして、

好成績を残すウマ娘が多く所属しているチームである。

 

コースではメンバーが並走トレーニングをしており、

マイルで勝負をしているウオッカとダイワスカーレット、

中距離で勝負をしているスペシャルウィーク、メジロマックイーン、トウカイテイオー、

コースの外で観客に焼きそばを販売しているゴールドシップと、

それぞれの適性に合わせたトレーニングをしている。

 

「行けスペ!日本総大将の根性見せろ!

スカーレットどうした!お前の目指す1番はそんなもんか!」

そう大きな声で叫ぶのはチームスピカのトレーナーである沖野だ。

 

「さすがはスピカ、ずいぶん迫力あるなあ!

前にあったアイドルのモエミちゃんの件もそうだったけど、

こういう役得があると医者やっててよかったって思うね!」

富永は嬉しそうにスピカの練習風景を眺めていた。

するとそこに。

 

「お、なんだおめー、見ねー顔だな!お客さんか?

スピカの練習を眺めるなら見物料払ってけよ~。

今ならゴルシちゃん特製焼きそばが付いてくんぜ?」

ゴールドシップが焼きそばを持ちながら声をかけてきた。

 

「うおっ!?ご、ゴールドシップ!?

焼きそばって何!?君は練習に参加しなくていいのかい!?」

 

「細かいことは気にすんなって!

ゴルシちゃんの手料理を食べられる機会なんてそうそうないぜ?この幸せ者~!」

 

「えっ、あっ、それは、た、確かに…じゃあいただきます…?」

 

「あいよっ、毎度あり!じゃあ2食で1000円な!んじゃ後は好きに見てっていいぜ!」

 

そう言って富永に焼きそばを押し付けたゴールドシップは、

さらに別の見学者に焼きそばの売り込みをしに行くようだ。

 

受け取った焼きそばを持ちながら富永が呟く。

「ゴールドシップ…噂には聞いていたけど破天荒なウマ娘だ…」

 

「なんだ富永、その焼きそばは?」

富永の下へ近づいて来たKが怪訝な顔をして言った。

 

「あ、K先生。これはその、ゴールドシップに押し付けられまして…

あれ、そういえば2食分渡されたな?2人だって気づいてたのか。じゃあ先生、1つどうぞ!」

 

「よくわからんがまあ…いただくことにするか。

うむ、なかなか美味いな」

 

Kが焼きそばを食べながら富永に言う。

「富永、お前は結構ウマ娘に詳しいようだな。チームスピカくらいは俺も名前を知っているが…

誰がどんなウマ娘なのか、簡単に説明してくれるか?」

 

「は、はい。マイルを走る二人はウオッカとダイワスカーレットです。

ウオッカはマイル路線をメインに、ダイワスカーレットはマイルと中距離をメインにしています。

二人はスピカに入った時からライバルらしく、

どっちも負けず嫌いなのも相まってよく火花を散らしているらしいです」

 

「ふむ」

 

「中距離の三人はスペシャルウィーク、メジロマックイーン、トウカイテイオー。

スペシャルウィークとメジロマックイーンは中長距離を、

トウカイテイオーは中距離をメインにしていますね。

スペシャルウィークはジャパンカップで勝利し日本総大将と呼ばれるウマ娘ですね。

メジロマックイーンは天皇賞を二連覇、トウカイテイオーは無敗で二冠も達成した強豪です。

いずれもこれからの活躍が楽しみですね」

 

「なるほど、よくわかった。せっかくの機会だ、俺も観戦していくとしよう」

 

「K先生も興味あるんスね!なら予想しましょうよ!この勝負誰が勝つと思いますか!?

僕はマイルはスカーレット、中距離はマックイーンだと思うんですけど」

 

「うむ…」

Kは走る5人をじっと見つめた。

 

「マイルではウオッカ。中距離ではトウカイテイオーだな」

 

「ほほ~う、なるほどそう読みますか。

先生の観察眼がウマ娘の走りにも対応するのか見せてもらいますよ」

 

 

 

「よっしゃー!俺の勝ちだな!」

 

「くうっ…負けた…」

 

マイルの勝負はウオッカの勝利。

 

 

「ヤッター!ボクがいっちばーん!」

 

「ま、まだですわ!もう一度やってくださいまし!」

 

「うへぇ~、ま、負けちゃいました~…」

 

中距離の勝負はテイオーの勝利のようだ。

 

 

「うわあ、先生の予想がドンピシャだ!詳しく知らないのになんでわかったんですか!?

これも医者の観察眼の賜物ですか!?」

 

「まあそうだな。だが詳しいことは…あそこのトレーナーに聞いてみろ」

 

 

 

「よーしお前ら、まずはお疲れ。勝ったウオッカ、テイオーにはあとでご褒美をやろう」

 

「やったー!」「よっしゃ!」

 

「負けた3人は反省会だ。…お前ら、なんで負けたのか理由分かるか?」

 

沖野がダイワスカーレット、スペシャルウィーク、メジロマックイーンの3人に尋ねると、

いずれも細部は異なるものの、

概ね「日頃のトレーニング不足だと思います」という回答が返ってきた。

 

「なるほど確かにそれはある。今後のトレーニング強度について考える必要があるかもな。

だがな、まずスカーレット。

お前は今日集中力が欠けてたように感じたぞ。ちゃんと走りに集中できていたか?」

 

「えっ…?えっと…そういえば少し…」

 

「何か悩みや不安でもあるのか?ここで言いづらいことなら後で構わないが…」

 

「いえ、そういうわけではありません。

すいませんでした、気持ちの切り替えができてなかったんだと思います」

 

「そうか。練習だからと言って気を抜いてはいけないぞ。次は気を付けるように。

次にスペとマックイーンだ。お前ら…さっき理由を何だって言ったっけ?」

 

2人は声をそろえて「トレーニング不足」と答える。

 

それを聞いた沖野の顔が若干引きつり、こう続けた。

「そうかそうか。それじゃあもう一つ聞くが…

お前ら2人、昨日の夕方はどこで何をしていたのかな?」

 

その問いを聞いた途端、スペシャルウィークとマックイーンの顔色が悪くなる。

 

「どうした?答えてくれないのか?ん?」

 

「あ…あの…」「その…」

しどろもどろになる2人。

 

「思い出せないなら俺が代わりに答えてやろうか。

昨日はお前らを尊敬しているという新入生に囲まれて賑やかに過ごし…

放課後に歓迎の意を込めて数人と遊びに行った…スイーツブッフェの店に!」

そう言った沖野のこめかみには血管が浮いていた。

 

「「……!!」」

2人の顔からは冷や汗がだらだらと流れている。

 

「その後輩の1人が言ってたぜ?お前ら2人は食べっぷりも凄かったってなぁ…!

今日の記録が悪かったのはそれが原因なんじゃねえのか!?」

 

「ひえええ、ご、ごめんなさい~!ちょっと食べすぎた自覚はあったんですけど、

今日のトレーニングで消費すればいいと思いまして…!」

 

「も、申し訳ありません!少し羽目を外してしまいました…!」

 

「うん、2人は今日のカップケーキ無しな。ビタージュースだけで回復しろ」

 

「そんなぁ~!」「よよよ…!」

 

「ったくもう…。さて、テイオーとウオッカは特に問題なしだな。

だが記録はベスト更新ならず、まだまだ追い込んでいこう」

 

「はい!」「ハーイ!」

 

 

沖野の評価を一通り聞いた富永が言う。

「な、なるほど。先生はダイワスカーレットの集中が欠けていること、

スペシャルウィークとメジロマックイーンが太り気味であることを見抜いていたんですか。

でも、集中力の有無はともかく、太り気味なのは普段を知らないのによくわかりましたね」

 

「普段を知らなくても動きを見ればある程度分かる。

普段よりも体重が重い人間が走ると、走り方にムラが出る。

力のかけ方や踏み込みの強さ、スタミナ管理などが通常時と異なるからな」

 

富永は感心しながらそれを聞いた。

「うーん、さすがK先生だ。動きに関しては僕もちょっとは違和感を覚えたんですけど…

問題があると感じることはできませんでした」

 

「何事も経験だ富永。お前が違和感を持てたのも、

『普段の彼女らを知っている』というお前の経験によるものだろう。

アプローチの仕方はどこからでもいいが…あとはその違和感から何を感じ取るか、

その違和感を具体的に言語化できるか、そのあたりだな」

 

「はい、精進します!」

 

「うむ、では行くぞ富永」

 

「あ、もう帰っちゃいますか?」

 

「違う。今から行くのは…チームスピカの所へだ」

 

「え、スピカの所!?挨拶…じゃないっスよね!?」

 

Kは特に答えることは無く、沖野らチームスピカの下へと近づいて行った。

 

 

 

「さて、トレーニングはいったん休憩だ。

休み終えたらミーティングをしてからまた再開するぞ」

 

沖野がそう話していたところに、Kが近づいて言う。

 

「こんにちは、トレーニング拝見させていただきました。

さすがはチームスピカさんだ、見ごたえがありましたよ」

 

「待ってくださいよK先生~!お疲れ様です、スピカの皆さん!

僕、皆さんのファンだったから間近で見られて感激しました!」

 

いかつい体つきで黒マントを羽織ったKの姿に驚くスピカのメンバー。

黒マントを見てカッコいいと内心喜ぶウオッカ、

落ち着かないのかきょろきょろとあたりを見回すスカーレット、

ボクの赤マントの方がカッコいいもんねと対抗意識を燃やすテイオー、

迸る迫力に気圧され気味のスペシャルウィーク、

あまり気にせず減量のことを考えているマックイーン、反応は様々だ。

 

沖野も少し驚いたようだが、彼もまた変人であるためあまり気にはしていない様子である。

「おや、こんにちは。あなたは…記者さんではない…ですよね?

隣の方はその白衣…するとお医者さんですか?」

 

「ええ。我々は医者です。何度かトレセン学園のウマ娘の治療に携わったことがありましてね、

その縁で今日の開放日に招待されたんです」

 

「そうなんですね、その節はどうも。

もちろん医者にかかるようなことが起こらないのが理想なんですが…

お恥ずかしい話、気を付けてはいるものの怪我や病気を完全に防ぐことはできませんで」

 

「それは仕方ありませんよ、何せトップアスリートの世界ですからね」

 

「そう言っていただけると助かります。もし何かあった時、どうかよろしくお願いします」

 

「ええ、お任せを」

 

富永が自慢げに言う。

「ふふふ、このK先生は医者の中でも世界最高峰、伝説の医師と言われるほどの腕前なんですよ!

僕も医者ですが腕前はまだまだで、先生の下で日々学んでいるところです!」

 

「ほー、それは凄い。どおりでオーラに溢れているわけだ。

そうだ、もし時間がおありでしたらトレーニングの相談に乗っていただけませんか?

これから彼女らのトレーニング強度を徐々に上げていく予定なんですが、

オーバーワークにならない範囲で調整するために医師の意見も聞く予定だったんです」

 

「なるほど、聞きましょう」

 

「ありがとうございます!では部室から資料を持ってきますので少々お待ちください」

そう言った沖野はスピカのメンバーへ振りむいて言う。

「よし、じゃあみんなは休憩していいぞ。いったん解散だ。

時間になったら部室に集合するように」

 

沖野がそう言うとスピカの面々はその場を離れて行く。

しかしそこでKが1人に声をかけた。

 

「おっと、ダイワスカーレットさん。ちょっといいかな?

君に少し聞きたいことがあるのだが…」

 

「え、アタシですか?」

 

「ああ」

 

「あの…うちのスカーレットに何か気になることでも…?」

沖野が不安そうに尋ねた。

 

「ええ、少しね…場所を移そう。あなた方の部室にお邪魔させてもらえますかな?」

 

「わ、わかりました。スカーレット、ついて来てくれ」

 

「は、はい」

突然の指名に戸惑いながら、Kと富永を部室へ案内する沖野とスカーレット。

 

 

「どうしたんスかK先生?彼女に何か問題が?」

富永は状況は察しつつも、理由を把握できていないためまだ困惑しているようだ。

 

「えっと…K先生、というんですか?アタシに何か…?

アタシ、トレーニングしたばかりだから少し汗を流したいですし、

この後のミーティング用の資料も纏めたいんですけど…」

 

「少し気になる点がね。ちょっと目を見せてくれるかな?」

 

「目…?わかりました…」

 

そうしてスカーレットの右目をじっくりと観察するK。

 

「「……!」」

Kのその姿を見て、富永と沖野は何かを察した。

 

「ふむ、なるほど…」

 

「ダイワスカーレットさん。

あなたがこれから行くべきなのはミーティングではない…病院だ!」(ギュッ)

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