オグリキャップが発したドクターKの名を聞き、六平が驚いたように言う。
「ドクターKだと?オグリは会ったことがあったのか」
「む、ろっぺいも知ってるのか?私は小さいころに脚を治してもらったんだ」
「お前さんが脚を治してもらったって話は聞いていたが、それがドクターKか。
俺は直接会ったことはねえが噂は聞いてるぜ、確かに世界最高の名医だと聞くな」
「お母さんも言っていたがそうらしい。彼ならばあの人の癌も治すことができるかもしれない」
「ふーむ、噂が本当なら確かにありえるな」
「その…ドクターKって人はどこにいる人なのかは知ってるの?」
ベルノライトはその名前を聞くのは初めてらしい。
「うーん、私が会ったのはだいぶ前だから何も憶えてないな。お母さんなら知ってるかも…」
「あ、ドクターKは最近ちょくちょくトレセン学園に来てたりするらしいぜ。
スピカやカノープスの治療をしたとか聞いたぞ、聞いてみればわかるんじゃねえか?」
「なんだって!?K先生がトレセン学園に来てたのか!!全然知らなかったぞ!」
意外と身近にいたことを知って驚くオグリキャップ。
「今んとこお前さんは健康だからな、関わるタイミングがなかったな。
しかし…俺としてもあいつは旧友だから死んでほしくはねえ。
名医に一回話してみるのはいいかもな」
「そうか…ろっぺい、頼む。最後のわがままだ。
これでK先生も無理だと言ったらきっぱり諦めるから、話させてくれないか?」
「まあいいけどよ…あいつは今回のことは他言するなと言ってたぜ。
医者相手とはいえ勝手に話していいのか?」
「う…。確かに…」
オグリキャップの耳が垂れる。
「でも俺はあいつの旧友だからセーフだな。
それにタマモクロスの件を話さなきゃ別にいいだろ。
まあ仮に怒られても、どうせ体を動かせねえだろうし怖くねえぜ!」
六平はそう言ってけらけらと笑った。
「ろっぺい!!?それでいいのか!?」
「いいんだよ。死なずに済みゃあ万々歳だろ」
「六平さんも結構大胆ですね…。」
ベルノライトが困惑したように言った。
六平は早速ドクターKについて調べた。
「さて、いろんな連中に聞いたら居場所が分かったぞ。
N県のT村に診療所があって、そこにいるらしい」
「N県ですか。T村は場所がよくわかりませんが…まあまあ遠いですね。
でもどうせ大阪にいますし、寄り道と言うことで帰宅を伸ばして行ってみますか?
まだお昼前ですし今日中には着けそうですよね」
「だな。電話でもいいかもしんねえが、特別頼みに行くんだし直接出向くのが筋だわな」
「よし…!そうと決まればお土産を持っていこう。
たこ焼きやお好み焼きをたくさん買って…!」
ここは食い倒れの町、大阪。
オグリキャップが意気揚々と財布を取り出した。
「なあ。それはお前さんが食いたいだけじゃねえのか?」
その日の夕方。
いくつかの電車を乗り継ぎ、T村に向かうバスに間に合うことができた。
「ふう、何とか間に合ったな。昨日から移動しまくりで老体には応えるぜ…」
六平は移動の連続で疲弊しているようだ。
その点、若いウマ娘のオグリキャップとベルノライトはへっちゃらである。
3人がバスに揺られていると、一緒に乗っていた老女に声をかけられた。
「この村に若いウマ娘が何人も来るなんて珍しいのォ。ホレ、ミカンでも食うか?」
「おお…!かたじけない。いただきます」
オグリキャップは一瞬の迷いもなく差し出されたミカンを受け取った。
「ホレ、そこの兄さんも。ウマ娘と年頃の兄さんの組み合わせかい。
もしかしてあんたら湯治に来たんか?それならいい選択じゃぞ。
ここは穴場でな、いい湯が出るんじゃよ」
「おっと、ミカンありがとうよ。
へ、こんなじじいを捕まえて兄さんとは気が利く姉さんだ。
俺たちゃ湯治に来たわけじゃなくてな。
この村にいるって言う医者…ドクターKってのに会いに来たのよ」
「ほォ…K先生に会いにか」
Kの名を聞き、少し驚いた表情をした。
「知ってんのか、あんたこの村の人かい?診療所までの道を知ってたら教えてほしいんだが」
「まあ、ええが。しかしK先生がここにいることをよく知っとったな」
「俺たちはトレセン学園の人間でね。近ごろ結構世話になってるってんで知ったんだ」
「あー、トレセン学園の人たちかいな!確かにたまに来とるのォ。
最近ではホレ、アグネスタキオンとかいう子とは一緒に研究なんかもしとるんじゃよ」
「えっ、アグネスタキオンさんが一緒に!?」
ベルノライトは驚愕の表情を浮かべた。
「結構すごいんじゃ、あの子は。変な薬を作っとるみたいじゃが、
医療に応用できることもあるみたいなんじゃよ」
「そうなんですね…。アグネスタキオンさん、すごい人なんだ…」
「アグネスタキオンか。中距離では素晴らしい実力者だとは聞いているが、
私はまだ一緒に走ったことは無いな。そのうち戦ってみたいものだ」
オグリキャップは既にミカンを食べ終え、
老女の手元にある他のミカンに視線を送りつつ言った。
「もっと食うか?好きなだけ食べるとええ。
今の言い方、芦毛の子も結構走れる子なんか?」
「ああ、私は今度の有馬記念にも出る。
名前はオグリキャップだ、よろしく頼む」
「おお、有馬に出るんか!そりゃあ凄いウマ娘じゃな!
すまんのォ、わしはあんまりレースのことを知らんでな」
「構わないさ。このままもっと強くなって…誰もが知るようなウマ娘になって見せるとも」
「ハハハ、元気ええな!K先生の所まではまだしばらくかかる、このせんべいも食うか?」
「ありがとう…!」
「そっちの子も好きに食うとええ、お茶もあるでな」
「あ、ありがとうございます。えっと…私はベルノライトって言います。
オグリちゃんのサポートをしています」
「俺は六平、オグリキャップのトレーナーだ。
しばらくかかるんなら、おしゃべりに付き合ってくれるか?」
「ええよ、わしも暇じゃからな。わしはイシっちゅうんじゃ」
【イシ】
Kの診療所で食事を用意するお手伝いさん的な老女。
手術の際は助手を担うことも多く、その技術は一級品。
孫がKの執刀による心臓手術で救われた経験がある。
K2の1話目時点でおばあさんだったが、20年近く経った今でも見た目が大差ない。
医師ではない。
「ほお、オグリちゃんは岐阜から出て来たんか!
岐阜もええとこじゃな、五平餅が美味いっちゅう話を聞くわな」
「機会があったら是非行ってみてくれ。五平餅もおいしいし鮎やからすみもあるぞ」
「からすみ…?確か酒のつまみのやつじゃな?内陸なのにそんなんあるんか」
「あ、岐阜のからすみと言うのはお菓子のことなんです。
米粉にヨモギとかクルミを混ぜて蒸したお菓子で、とっても美味しいんですよ」
「ほォ、美味そうじゃのォ」
「それに岐阜は食べ物だけじゃないぞ。私とベルノの故郷…笠松レース場もあるんだ!」
4人はバスの中で仲良く会話し打ち解けることができたようだ。
そうして暫くバスに揺られ、辿り着いたKの診療所。
「K先生、イシが帰ったでな。
んでな、バスん中で偶然先生のお客さんに会ったから連れて来たんじゃ。
トレセン学園からはるばる来てくださったようじゃぞ」
「イシさんお帰りなさい。トレセン学園から俺に客ですか?」
「最近トレセン学園との関わりが多くなりましたね。今度は誰だろう?」
富永は一体だれかと気になる様子。
そしてイシの後ろから姿を見せたのはオグリキャップ一行だった。
「うおっ、オグリキャップだ!近くで会えるなんて…!
いや、でも待ってください。ここに来るということはまさか故障でも…?」
オグリキャップの顔を見た富永はすこぶる嬉しそうであったが、
状況を考えてすぐに真剣な顔に戻った。
しかしオグリキャップは満面の笑顔で話し始める。
「おお…K先生だ!久しぶりだな!会ってもう一度お礼を言いたいと思っていた。
あの時、私の脚を治してくれてありがとう…!」
「む…?お礼だと?俺は君の治療をした記憶はないが…」
「ああそうか、すまない。10年以上も前の話だものな、忘れていても当然だ。
私は小さいころ脚が弱く走ることなんてできなかった。
でも、それを治してくれたのがK先生だったんだ。
あの時の事、とても感謝している」
「10年以上前…か、なるほど状況が読めたよ。
オグリキャップさん、君の脚を治したのは俺ではない。
それを治療したのは先代ドクターKのKAZUYAさんだ」
「え、先代…?」
「ドクターKとは代々受け継がれる名前なのだ。
先代ドクターKのKAZUYAさんは亡くなってしまったが…
今は俺がそれを継いでドクターKを名乗っている」
「そうなのか…。人違いだったか、すまない。
そうか…私を治してくれたK先生は亡くなったのか…。」
オグリキャップは悲しそうな表情をする。
「でもあなたはあのK先生とそっくりだな。兄弟?それとも親子なのか…?」
「俺は単なる親戚だ。こちらの一也はKAZUYAさんの息子。
いずれ俺の後を継いで新たなドクターKとなるだろう」
「く、黒須一也です。初めまして」
「K先生に子供がいたんだな。体格もいいし顔もそっくりだ。
きっといい医者になれるぞ!」
自分を治してくれたK先生ではなかったが、その家族に会えて喜んでいるオグリキャップ。
しかしそろそろ本題に入るぞ、と六平に突っつかれたため目的について話を始めた。
「実はK先生に会いに来たのは私の治療ではないんだ。
私の大切な人…が、大切にしてる人。それを治療してもらいたいんだ。
伝説と謳われたK先生ならば治すことができるのではないかと思って。
私の知っているK先生ではなかったようだが、
後継ぎというのならきっと同じように凄い医者なのだろう?
可能ならどうかお願いしたいんだ」
「ふむ…その患者の病状はなんだ?カルテとかはあるか?」
「カルテはないな…。病気については癌と言っていた。転移もしていると」
「転移をしているのか。何の癌だ?」
「えっと…一応聞いたんだが、なんだっけベルノ?」
「はい、原発不明癌と言っていました。
転移については胃や腹膜に転移しているという話でした」
「原発不明癌…!なかなか厄介だな」
【原発不明癌】
念入りに検査をしても原発巣が判明しない癌のこと。
原発巣が不明であるため通常の検査で発見されることは無く、
転移した部位が見つかって初めて癌だとわかる。
そのため癌と発覚した時点で根治は困難なことが多い。
原発不明癌は癌のうち約5%程度発生するが、不明なものは全て纏めてこれに分類されるため、
根本の原因にはあらゆる可能性があるので臨床形態は様々である。
このことも治療の難しさに拍車をかけている。
「そういえば癌にはステージというのがあると聞いているぞ。
転移するとステージが上がって危険になるとか。
三錦さんはどうだったか聞くのを忘れてしまったな」
「その認識は概ね正しいが、原発不明癌についてはステージの評価は行わないのだ。
ステージというのは治療法を選ぶ際の基準であり転移の有無だけで決まるものではない。
腫瘍の大きさや深さでも変化するが、原発不明癌の場合その腫瘍が不明であるためだ」
「そうなのか。それで…治すことはできるのか?」
「原発不明癌は転移をしてからようやく発見される癌であるため治療が難しいことが多い。
俺も直接患者を診なければ何とも言えんな」
「それならどうか一度診てもらえないだろうか。
もし治ればその人も、タ…他の人も救われるんだ。
それに、私も…。」
「K先生よ、そいつぁ俺にとっても古い友人でな、できれば死なせたくねえ。
交通費とか手間賃は俺が出すから、どうか頼まれちゃくれねえか?
治療費についてはそいつも結構稼いでるはずだから心配いらねえ」
「ふむ…。俺は医者だ、人を救う使命がある。
それに君はKAZUYAさんに何かあったらドクターKを頼れと言われたということだしな。
いいだろう、一度診てみよう。治療できるかについてはここでは保証できないが」
「そうか…!ありがとう…!」
「それでその患者はどこにいる?」
「その人は大阪のこの病院にいます」
ベルノライトが住所を書いた紙を手渡した。
「よし、一刻の猶予もない場合も考えられる。明日にでも行ってみよう」
「よろしく頼む…!」
一通り話がまとまったところでKが時計を見た。
「さて、いい時間だがもう帰りのバスはないな。君たちは今夜どうするつもりだ?」
「どうする、ろっぺい?」
「勢いで来ちまったから考えてねえな。この村には宿はあるのか?」
「これと言ったものはないな…うちの空き部屋があるので貸してもいいが」
「うちって、この診療所か?泊めてくれるんなら有り難いな。オグリとベルノもいいか?」
六平がそう言って2人の方へ振り返ると、ベルノライトの尻尾が逆立っていた。
「と…泊まるって…ここにですか?」
「そういわれたろ。なんかあるか?」
「いえ、その、ここって…病院、なんですよね…?」
ベルノライトは身を縮めながら今いる部屋の外を見る。
既に夜であり診察時間も過ぎているため診療所の廊下はとても暗い。
古めかしい建物と相まって、まるで吸い込まれるかのような雰囲気である。
「なんだおめえ…もしかして怖いのか?」
「こっ!こわ!怖くなんて…!…………アリマスケド」
「そうビビんなって。ここは地方の診療所だ、都会の大病院と違ってそうそう死人は出まい。
幽霊が出るにしても大した量じゃねえはずだ、なあ先生?」
六平がそう言って診療所のメンバーを見る。
「「「「「……」」」」」
すると、K、富永、一也、麻上、イシは全員無言であった。
それを見た六平は一筋の汗を垂らし、
「まあ気にすんな。もし幽霊が出ても賑やかになっていいだろ。
一緒にトランプでもすればどうだ?」
「よくありませんよ!!無理です!!」
「じゃ…じゃあオグリキャップさんとベルノライトさんは私の家に泊めましょうか?
私の家はすぐそこですし、女同士の方が気楽に過ごせるかと思いますから」
麻上が少し笑いながらそう提案した。
「本当ですか!ありがとうございます!オグリちゃんもいいよね!?」
「ん?まあ私は構わないぞ。でも私は別にここでもいいのだが…」
「だめだよ!!オグリちゃんに何かあったらいやだよ!!
ここは六平さんに任せようよ!!」
「お、おお…まあベルノがそこまで言うなら…」
「おい、俺は何かあってもいいってのか?」
イシがエプロンを付けながら言う。
「さて、今話した通りどうせ宿なんかもねぇ田舎じゃ。
バスで一緒になった縁じゃし飯食っていくか?
わしはこれからK先生たちの食事を作る所だから一緒に作ってやってもええぞ」
「ほ、本当か!嬉しいな、よろしく頼む!」
オグリキャップがよだれを垂らしながらそう言った瞬間。
「あっ」「やべえ」「あー」と、事情を知る者から声が漏れた。
30分ほどたって出来上がった夕食を机に並べる。
「ごちそうになるだけじゃ悪いから」ということで、
オグリキャップとベルノライトも調理を手伝った。
「ホレできたぞ、夕飯じゃ!おかわりもあるからたっぷり食べるとええ。
オグリちゃんは大盛にしといたでな!」
「ありがとう…おいしそうだ!」
「「「いただきます!」」」
全員で食前の挨拶をし、食べ始めて少ししたころ。
ふと見ると、オグリキャップの皿は既に空となっていた。
「美味しかった…!お代わりを貰っていいか?」
「えっ!?もう食い終わったんか!?ウマ娘っちゅうんはこんなに食うのが早いんか!」
まだ数口しか食べていなかったイシはオグリキャップの凄まじい摂食速度に驚愕した。
「イシさんよ、これはこのオグリがすげえだけだ。
すまんがこいつは残ってるのを全部食う。覚悟してくれ」
「え、ええよ。ちょっと驚いたが…この食べっぷりは見てて気持ちがええわ。
わしも年取ってからはあんま量が食えんからな。こういう若い子を見てると嬉しくなるんじゃ」
「それにしても食べるのが早いな…。喉に詰まらせないように気を付けて食べてね」
富永はオグリキャップの健啖家という話を知っていても驚きを隠せない様子である。
オグリキャップは六平の言う通り、余っていた食事をすべてお代わりで食べ終えた。
アレンジしながら使うから3日分は用意しとったんじゃが流石じゃ、とイシは笑っていた。
夕食後、オグリキャップとベルノライトは麻上の家に移動。
その晩はガールズトークで盛り上がったらしい。
ただし彼氏の話は麻上があからさまに避けていたため、
そこについては誰も触れないようにしていたようだ。
六平は富永と共にオグリキャップの話で盛り上がった。
富永は子供のころから六平トレーナーを知っていたようで、
六平の担当だったウマ娘についての話もじっくり聞かせてもらえた。
翌日の朝、一也の登校に合わせる形でオグリキャップ一行とKも村を出発。
Kに治療を頼むと何度も言って、オグリキャップ一行はトレセン学園へと帰っていった。
その日の午後、件の病院へと到着したKは病院側に事情を話し、
担当医の協力を得て三錦のカルテを読ませてもらった。
「いやあ、あのドクターKが来てくださるとは。
三錦さんの病状は我々にも手に負えない状態なんですが、
ドクターKならば何か手立てが見つかるかもしれませんね。
よろしくお願いします」
「ふむ…原発不明癌と発覚したのは20日ほど前か…。
詳しく検査をしてもまだ原発巣はわからないのだな?」
「はい、初めに腫瘍マーカーや病理学的検索をしました。
さらにPET/CTや免疫組織化学的検索、細胞診なども行いましたが、
未だに同定はできておりません」
「筋金入りの不明さのようだな。そこまでやってもわからないとは」
「何か他の方法があるでしょうか…?
転移が胃や腹膜にありますが、それを切除したところで、
原発巣を除去しない限りどうせ同じことになってしまいます。
どうにか同定ができればいいんですが…」
「原発不明癌は治療の難しい癌だ。
そもそもの病変部が発見できない以上、対症療法しか仕様がないからな。
原発巣を発見するために念入りな検査をしてもなかなか見つけるのは難しいとされている。
だが…今は違う!技術の発展により、
従来では発見できなかった病変部を発見することが可能になったのだ!」(ギュッ)
「発見が可能に…!?それはどのような方法ですか!?」
Kはカバンからある小瓶を取り出した。
「ごく最近開発されたばかりの、この特殊な造影剤を使う。
これはPDT用の腫瘍親和性光感受性物質に新型の発光材を組み合わせたものだ」
【PDT】
光線力学療法(PDT:photodynamic therapy)。
腫瘍や癌細胞に集まる性質のある光感受性物質を利用した治療法。
腫瘍親和性光感受性物質は静脈注射するとその物質が腫瘍や癌細胞に集中する性質を持つ。
その後その部位に対してレーザー照射を行うと物質が光と反応、
活性酸素を放出することで腫瘍や癌細胞を壊死させる。
日本で認可されている腫瘍親和性光感受性物質はフォトフリンとレザフェリンの2種。
適応は肺癌、胃癌、食道癌、子宮頸癌、悪性脳腫瘍等。
比較的早期の患者に対して使用されることが多い。
「この薬品を経口投与すると、体内の癌細胞に反応しそれが発光を始める。
さらに水分量が変化し癌細胞の密度も変化する。
この状態でMRIによるスキャンを行うと微小転移なども含め、
従来のCTやMRIでは検出できなかった病変部も確認することができるのだ」
「すごい…!初めて聞きました、そんな薬品!名前は何というんですか!?」
「名前はまだない。先ほど言った通り開発されたばかりなのでな。
これは俺と俺の仲間、それとウマ娘の協力者によって完成した全く新しい薬品なのだ。
だが効果は保証する」
「ドクターKが開発した薬品ですって…!?すごい…!って、あれ…!?
いや、すごいとは思いますが、それはつまり、未認可の薬品ということでは…?」
「それがどうした?俺は医者だ、人の命を守るために存在している。
法律を守るためではない。君はどうだ?」
「…! 命を……。そうですね。私も同じです」
担当医は少しだけ考えたが、Kと同じ考えのようだ。
「命を救うためなら…未認可の件は聞かなかったことにします。
それはきっと栄養ドリンクか何かですもんね!」
「ふっ、元は本当にそうなのだがな。
さて、転移があることを考えるとモタモタしている暇はない。今すぐ検査をするぞ」
「わかりました。しかしドクターK、その薬は患者にも内緒で使用しますか?」
「いや、未認可という話はしておこう。
副作用もあるのでその上で受け入れてもらいたいからな」
「もしそれで拒否された場合は…?」
「そうしたらこっそり使用する。
これは無味無臭なので食事に混ぜれば気づかれることは無い。
極力患者の意志に沿うが、命にかかわる場合はこだわっている場合ではない」
「そ、そうですか…なるほど。
私も患者を救うのが最優先と考えます。お手伝いします」
「よし、では患者の下へ行こう」
「タマモクロス現役引退、か…。」
三錦は病室で新聞を読んでいた。
タマモクロスの引退発言はどこのメディアでも大々的に取り上げられ、
発言から数日たった今でも大きな反響を呼んでいる。
理由は『レース人生に満足した』というような内容であったが、
それを言葉通りに受け止めた者は不真面目だと怒ったり、
嘘であると感じた者は様々な憶測を勝手に語る。
これからもしばらくは話題に事欠かないだろう。
しかしそれはポジティブな話題ではないことが残念だ。
そこで病室のドアがノックされ、Kと担当医が入ってきた。
「おや担当医さん、お疲れさん。隣の人は…初めて見る人やな」
「ええ、臨時で来ていただいた方で、K先生と言います。
これからあなたの治療に携わってもらいます」
「Kです。三錦さんは有名なトレーナーさんだそうですね?
私もあなたが復帰できるよう尽力しましょう」
「K先生か、よろしゅうな。でもワシの癌はもう手遅れなんやろ?
前に言うたけど、あんまりきつい治療はしとうないで?
どっちかと言うとな、とっととくたばりたいくらいに思うとるんや」
「そんな弱気なこと言わんどいてください。
このK先生は我々の世界ではとても有名な医者で、素晴らしい技術を持っています。
三錦さんのことを救うことができるかもしれません」
「そういうてもなァ…少し寿命が延びるくらいならむしろ迷惑やで?」
「迷惑…?なぜですか?」
三錦はため息をつきながら新聞を2人に見せた。
「この記事見てくれや。担当医さんには言ったが、
K先生はワシがタマモクロスのトレーナーだったってこと知っとるか?」
「ええ、あなたの経歴は聞いております。タマモクロスさんの件もですし、
中央の六平トレーナーと鎬を削るようなトレーナーだったとか」
「せやせや、すごいやろ?今となっては懐かしい話やな。
でもこの新聞見てみ、タマモクロスが引退するんやて。
その理由知っとるか?ってまあ隠しとるし知るわけないやろうけど。
それがなぁ、ワシの介護をしたいからゆうとるんや」
「介護、ですか…」
「何度断っても頑として首を縦に振らんかったわ。
アイツはまだまだ現役の真っ最中、引退なんてもったいなくて仕方ないんでな。
しかもその理由がトレーナーだったワシのためだなんて、自分が情けないわ」
「でも、それだけ大切に思ってもらえているということでしょう?
残念かもしれませんが、恥じることはありませんよ」
「んなこと無理や。あいつの輝かしい道をトレーナーのワシが絶ったんやで?
けどな、一応一つだけ解決する方法があると気付いたんや…」
「方法とは…?」
「簡単な話や。タマが辞めるんはワシのため。
つまりワシがいなくなれば辞める理由がなくなるっちゅうわけや」
三錦はそう言ってにやりと笑った。
「なっ…!三錦さん、それは死にたいということですか!?」
担当医が驚き、声を上げた。
「そうや。どうせワシは死んでまうやろ?だったら早い方がええ。
流石に自殺するとそれが心の傷になるやろうからやらんけど…
もし病死という形で安楽死させてくれるんなら今すぐやってほしいくらいや。
タマはワシが死ぬこと自体は受け入れとる。病死なら乗り越えてくれるはずや」
「いけませんよそんなの!!まだ治療する道を探しましょう!
諦めないでください!!」
担当医は凄い剣幕で三錦に詰め寄った。
「はは、死なせろは冗談や。やったらお医者様が捕まってまう、そら申し訳ないわ。
でもな、今言ったように少しくらい長く生きられても意味ないんや。
だから今後は何の治療もせんでええんちゃうかと考えとる」
「そんな…」
担当医が肩を落とすと、Kが三錦に声をかけた。
「三錦さんの気持ちはわかりました。しかしもう一つ解決する方法があります。
それはあなたを治療することです」
「K先生もそういうこと言うんやな。治療は無理って話聞いとるで?
気休め言わんといてくれ」
「気休めではありません。あなたの患った原発不明癌は治療が難しいのはその通りです。
しかしそれは肝心の病変部が発見できないことが大きい。
それを解決する新薬がここにあります」
そう言ってKは例の新薬を取り出した。
「なんや、けったいな色しとる薬やな…」
その薬品は青紫色の見た目をしていた。
「ええ、従来とは全く異なる新薬です。これは効能の高い造影剤で、
飲めばMRIによって原発巣を発見できる可能性が非常に高くなります」
「非常に…ほんまか?」
「本当です。あなたの場合は念入りな検査にもかかわらず原発巣が発見できない。
ですがそれは裏返せば発見できないほど小さい原発巣と言うことでもあります。
見つけて摘出することができれば余命は格段に長くなるでしょう」
「ふむ…」
「それと自分で言うのは何ですが、私は世界最高峰の名医であると自負しております。
必ずやあなたのお役に立てるでしょう。
運が良かったですね。私が闇医者だったら治療費に1億円は請求するところですが、
高額医療費制度のおかげで95%は割引できますよ」
「ぷっ、そらお得やわ」
「あなたは自分が死ねば『タマモクロスさん』が救われると言いました。
ですが我々は『あなたのこと』を救いたいと考えているのです。
そして、あなたが救われればタマモクロスさんも救われるはずです。
救われるのが1人と2人、どちらがお得ですか?」
「…そんなら、2人やなァ」
「やってみませんか、三錦さん。
タマモクロスさんだって、自分が立派に走る姿をあなたに見てほしいと思っているはずです。
完治の保証まではできませんが、5年以上の生存…
タマモクロスさんが現役を走り終えるまでの時間を手に入れられる可能性は十分あるんです」
「……」
三錦は考え込み、沈黙が起きた。
そしてしばらくたってから口を開く。
「先生、その薬見せてくれんか?」
「どうぞ。これは経口投与、つまり飲み薬です。
それを飲んでいただければ検査を始めることができます。
実はこの薬は開発されて間もないため名前も付けられておりませんし、
薬としての認可もまだです。ですが効果は保証しますよ。
どうしても使用に不安があれば他の方法を考えますが…」
「ふうん、これを飲めばええんやな」
三錦はそう言うとその薬を一気に飲んだ。
「あっ!?三錦さん!急にそんな…!」
担当医は慌てるが、あまりに急だったため止める暇もなかった。
「ふう、味は大したことないな。茶の代わりには向いてへん味や…」
三錦の目に力がこもり、Kと担当医に視線を向ける。
「ワシは死ぬことを覚悟していたんや、怖いことなんかないわ。
それにもし仮に変な薬で死んでもうても、ワシにとっては都合ええしな。
で、飲んだで。これで検査を始められるんか?」
「ふふ、なかなかの胆力をお持ちのようだ。
あなたのように強い意志を持った方だと治療の効果も高まりやすい。
早速MRIを撮りに行きましょう。これで原発巣を発見し、本格的な治療に移ります」
「先生方、さっきは情けないこと言ってすまんかったな。
ワシもちょっとナーバスになってたみたいや」
三錦はそう言って頭を下げた。
「先生方は必死でワシのことを治そうとしてくれとるっちゅうのがわかっとらんかった。
ワシも覚悟決めたで、タマの予定をひっくり返して度肝抜かせたる。
くくっ、タマの驚いた顔が目に浮かぶようやな!」
「ええ、我々でやってやりましょう。
それでは検査室に移動します…が、その前にこの帽子をかぶってください」
そう言ってKが帽子を手渡した。
「なんや、帽子?ワシはまだ放射線治療はしとらんからハゲとらんで?」
「逆です、頭髪が残っているからかぶるのです。
その薬の副作用を話す前に飲まれましたのでね。鏡を見てください」
「鏡…うおっ!?なんやこの髪は!?」
三錦が鏡を見ると、自分の髪が逆立ち青く輝く姿が映っていた。
「副作用、それは…
実害はないのですが、飲んで数時間の間は髪が青く発光してしまうのです」
ちなみにドクターKの世界も幽霊が実際にいます。
スーパードクターKの25巻を講談社のサイトで試し読みするとその話が読めるよ!