スーパードクターU   作:黒い平方四辺形

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稲妻の行方(後編)

 

三錦への投薬後、3人は検査室に移動。

MRIを撮り、Kが分析を行った。

 

「担当医さん、これを見ろ。見つけたぞ…これが三錦さんの原発巣だ」

 

「ありましたか!!ありがとうございます!!

場所は…消化器官の神経内部?こんなところに癌…ですか…!?」

 

「ああ、これは神経内分泌癌…NECだ!」(ギュッ)

 

 

【NEC】

神経内分泌癌(NEC: Neuroendocrine carcinoma)。

増殖速度が速く、早期に転移を起こしやすい悪性度の高い癌。

神経内分泌腫瘍(NET: Neuroendocrine tumor)の一種とされ、

その中でも悪性度の強いものがこれに分類される。

NETは血流が豊富な腫瘍であるためCTやMRIでは強く造影されやすいが、

NECはそもそもが多彩な所見を示す上に、

腫瘍内部が壊死を起こすためにCTやMRIでも造影がされにくい。

NETは数千人に1人、NECは数万人に1人と言う非常に稀な疾患である。

 

 

 

 

「NEC…!名前だけは聞いたことがありますが症例を見るのは初めてです…!」

 

「転移もあるのに原発巣がわからなかったことは、NEC自体が非常に稀である上、

MRIにも映りにくい神経内部の小さな腫瘍であることを考えるとうなずける。

三錦さんが初めに受診した際の食欲不振の症状も、

消化器官の癌と考えればつじつまも合うな」

 

「くそ、こんなところにあったなんて…!

しかし、この位置と大きさならば摘出が可能なのではないでしょうか!」

 

「ああ、幸い局所的なのでこれならば原発巣の摘出と転移先の処置をし、

薬物療法を組み合わせればかなり効果は高いだろう。

だがNECは進行が速い、すぐに手術へ向けた準備を始めるぞ」

 

「わかりました、三錦さんにもすぐ説明をしてきます!」

 

担当医が病状と手術についての説明を行うと、

三錦はすべて納得して任せると言ってくれた。

 

「医療も随分進歩しとるんやな。

しかしこれでワシはどのくらい生きられる目算なんや?」

 

「転移が始まっているとはいえ致命的な臓器への転移はありませんし、

原発巣も摘出が可能です。ここから転移先への処置を行えば10年以上…

三錦さんの年を考えれば天寿を全うするまで持たせることもあり得ます」

 

「そうか…!そんならタマのことを最後まで見届けられそうやな…!」

三錦は心から嬉しそうな表情をした。

 

 

 

 

一方、トレセン学園では。

オグリキャップたちの動きを察知した者がいた。

タマモクロスのトレーナー、小宮山である。

 

「なんやコミちゃん、話って?」

 

「タマちゃん、あなたは三錦さんのこと誰かに話した?」

 

「え?おっちゃんのこと?…話すわけ、ないやろ」

 

「だよね。実はね…オグリちゃんとベルノちゃんが大阪に行ってきたらしいんだ。

しかも六平さんも一緒にね。三錦さんって六平さんと知り合いのはずだし、

もしかして彼に会うために…」

 

「…なんやて?」

 

「このタイミングで大阪に行くなんて観光とは考えられないでしょ。

前に話したけど、あの2人はタマちゃんのことをしつこく探ってたし」

 

「オグリ…あいつ…!」

 

「いや、まだ確定したわけじゃないよ!?違う理由かもしれないし!

でも…どうせならそれらしい理由を作って話しておいた方がよかったかなぁ。

そうすれば満足してくれたかもしれないし…ごめんねタマちゃん」

 

「いやコミちゃんは悪ないわ、謝らんといて。

オグリあの野郎…問い詰めたるわ」

 

タマモクロスは額に血管を浮かべながら荒々しく立ち上がる。

 

「タマちゃん!誤解かもしれないし冷静にお願いね!」

 

「ああ、冷静に冷静に…くそったれが…」

タマモクロスはまるで冷静さを欠いたまま出て行った。

 

 

 

その時、オグリキャップはトレーニングの合間の休憩中だった。

三錦のことはKに任せ、結果がわかったら教えてもらうという話になっている。

今はKを信じ、万全の走りをするために鍛える時だと決意することができた。

 

「ふう…体がいい感じだ。懐かしい気持ちを思い出したからかな…」

 

座って脚を曲げ伸ばしながら、かつての自分を思い出す。

走ることが叶わなかった自分を救ってくれたのはドクターKだった。

あの時、生まれて初めて自由に外を走り回ることができた。

その時の気持ちは今でも思い出せる。

自分が自由になったようで、生きることが心の底から楽しいと思えた。

その気持ちはずっと私の心を燃やしてくれている。

 

あのドクターKは亡くなってしまったそうだが、新しいK先生もきっとすごい医者なのだろう。

先生ならきっとあの人の病気を、そしてタマと私のことを救ってくれると信じている。

 

そうして休憩をしていた時、訪問者が現れた。

宿敵のタマモクロスである。

 

「ようオグリ、調子よさそうやな」

 

「…! タマ…どうしたんだ?」

 

「ちょっと小耳にはさんでなァ。オグリ、アンタ大阪旅行に行ってきたんやて?

大阪はええよな、うちの故郷や。どないなとこを見てきたか、土産話を聞かせてくれんか?」

笑顔でそう言うタマモクロスだったが、目は笑っていなかった。

 

「っ…タマ…。後で謝ろうと思っていたんだが…。

私が行ったのは君のトレーナーだった三錦さんのところだ」

 

「…そこへ行って、何してきたんや?」

 

オグリキャップは汗を垂らし、申し訳なさそうに言った。

「君が引退する理由、それを教えてもらった。勝手なことしてすまない…」

 

そう言って頭を下げた直後、タマモクロスはオグリキャップの胸ぐらを掴んで持ち上げた。

 

「ふざけんなや!人の事情に首突っ込んできよって!

アンタは何様のつもりや!?ああ!?」

 

「本当にすまない」

 

「オグリ、アンタはウチが本心を隠しとるのは知っとったやろ!

それを分かっていながら何でこんなことしたんや!

うちの心に土足で踏み込むようなマネしよって!」

 

「わかっていたさ…。調べたらタマが怒るだろうということも。

でもどうしても知りたかったんだ。私のライバルがいなくなる本当の理由を。

そしてもしも可能なのであれば、私が力になりたいと思った」

 

オグリキャップはタマモクロスの瞳を真っすぐ見つめてそう言った。

 

「……チッ」

 

タマモクロスは舌打ちをし、オグリキャップを突き飛ばす。

 

「はあ…オグリがこんな面倒なやつだとは知らんかったわ、幻滅したで。

もう知られたんならええわ、理由分かったやろ?満足やろ?

これで心置きなくウチとの引退試合ができるな?」

 

「タマ…三錦さんも言っていたぞ、君に辞めてほしくないって」

 

「うっさい」

 

「君の走りを見ていたい、それで元気が出ると言っていた」

 

「うっさい…!」

 

「彼も君を求めているんだ、タマモクロスのあの走りを…」

 

「うるっさいわ!!!」

 

タマモクロスは大声で怒鳴り、拳を壁に叩き付けた。

 

「そんなん言われんでもわかっとるわ!!おっちゃんからも聞いとる!!

ウチだってそうした方がおっちゃんが喜ぶってわかっとる!!

でも…でも無理なんや…!心がそれを許してくれんのや…!

嫌や…!おっちゃんが死んでまう…!それならせめて…

せめて死ぬまでは傍にいてやりたいんや!!」

そう言ったタマモクロスの瞳には涙が浮かんでいた。

 

「タマ…」

 

「…もう面倒で仕方ないから言うたるわ。

とてもおっちゃんには言えんからコミちゃんにしか言うとらんことや…。

うちかて完全に引退するつもりはあらへん。あくまで『一時的』なもんや」

 

「一時的…?復帰するつもりがあるということなのか?」

 

「聞いたんやろ?おっちゃんの余命、2年くらいや言うてもあくまで最大値やろ。

1年後かもしれへんし、1か月後かもしれへん。とにかくそうは長くない。

ウチの目的はおっちゃんと最後まで一緒にいることや…

だからおっちゃんがいなくなった時は戻ってくるつもりなんや。

ウチに走ってくれいうんがおっちゃんの望みでもあるからな…」

 

「それは…本当か?」

 

「ああ、ほんまや。だからもうほっといてくれ。

おっちゃんのことに『区切り』が付いたら戻ってくるからまた走ろうや。

戻ってきたとき時ウチがガッカリしないような、ウチが目標に出来るような、

オグリはそんなウマ娘でいてくれ。

だからちょっとの間だけのさよならや。いい加減受け入れてくれ」

 

タマモクロスは苦悩の表情でそう言った。

苦しくても、悲しくても、こうするほかないのだから、と。

オグリキャップもその言葉を受け止めた。

だが、それでも。

 

「タマ、三錦さんのこと…諦めずにもう少し頑張ってみないか?」

 

「は…?何を言うとるんや…?ウチの話聞いてたか?

アンタ、耳と頭と悪いんはどっちや?両方か?」

タマモクロスはまた激高寸前の表情でオグリキャップを睨みつけた。

 

「私の耳は悪くない。頭は…勉強は得意とは言えないが。

まだ三錦さんは諦めていない。今治療のプランを練っているはずだ。

だからタマも諦めてはいけない」

 

「おっちゃんが治療を…?それが無理やからこういう話になっとるんやで…?」

 

「伝説の医師と言われるK先生が診てくれているんだ。

走れるようにはならないと言われた私の脚を治してくれる、

そんなすごい技術を持った人だ。きっと三錦さんも治してくれるはずだ」

 

「は、伝説の医師やて?ゲームのやりすぎちゃうか?

そんなもんがいるなら………いたら、よかったのになァ」

 

タマモクロスは三錦に思いを馳せ、遠い空の向こう、故郷の方角の空を眺めた。

 

その時、オグリキャップとタマモクロスのスマートフォンが同時に鳴った。

 

「誰だ…ろっぺいだ…!もしかして…!」

「誰や…おっちゃん…!?なんや…!?」

 

 

『ようオグリ、休憩中悪いな。早めに伝えておきたかったからよ』

 

「大丈夫だ。用事と言うのは…」

 

『三錦のことだ、K先生から連絡あってな。

精密検査をしたら原因がわかって、運よく手術しやすい場所にあるんだと。

だから今すぐに治療をすれば10年は持ちそうだってよ』

 

「そうか…!じゃあそのことをタマにも…!」

 

『タマモクロスには三錦が直接連絡するって話してたらしいぜ。

オグリから伝える必要はあるまい。まあ言いたいなら好きにすればいいが』

 

「いや…それならきっと…今、タマと電話で話しているのが…」

 

 

 

 

『ようもしもし、タマか?』

 

「おっちゃん…!どうしたんや急に…!」

 

『どうしても急ぎで言っておかないといけないことが出来ちまったからな』

 

「そ、それはなんや…?」

 

『タマ、お前こっちに帰ってくんな。医者に調べてもらったらな、

お前に看取ってもらうなんて無理そうってことになったんや』

 

「それってどういうことや!?」

 

『おう、それはな…』

 

「それは…?」

 

『……』

 

「……」

 

『……』

 

「はよ言えや!!」

 

『ええツッコミやな!

でな、ワシの癌はある程度治療できるらしいわ!

まず確実に10年くらいは生きられるやろって。

だからタマに帰ってきてもろてもしばらく死ねそうにないわ』

 

「そ…それは…ホンマなんか…?つまらん冗談ちゃうやろな?」

 

『こんなつまらん冗談言うたら関西人の名折れやで。ホンマのことや』

 

「ホンマ…ホンマなんやな…!もしこれで冗談言うたらウチが引導渡すで!?」

タマモクロスの瞳から涙がこぼれた。

 

『ホンマや。だからタマ、お前はワシのことなんかほっといてレース続けろや』

 

「よかった…よかったわ…!

でもレースな…。レース…ウチ、会見で引退する言うてもうたし…」

 

『んなもん気にすんな、受けんジョークでスマン言っとけばええやろ。

まあゴタゴタ抜かすやつもおるやろうけど、そんなんタマの走りで黙らせればええ』

 

「ウチの走りでか…」

 

『本当にレースに飽きた言うんなら別にええけどな。どうなんや?』

 

「ウチは……」

 

タマモクロスは目を閉じてこれまでの事を思い出す。自分を生んでくれた両親、

走る楽しさを教えてくれたおっちゃん、一緒に中央で戦ってくれたコミちゃん。

オグリとは何度だって勝負をしたいし、オベイには次こそリベンジをしたい。

 

「ウチは、まだ走りたい!」

 

『おう、そうやろな。ワシも見たいわ、タマがどこまで行けんのかを』

 

「…しつこいようやけど、ホンマなんやな?ホンマに治療できるんやな?」

 

『ああそうや。すぐにでもやるべき言うからもう準備始めとる。

ただな、状況的に手術は有記念の日になるらしいわ。

だからタマの走りは見れなさそうや、すまんな』

 

「…ええよ。おっちゃんにはこれからも何度だってウチの走り見せたるから。

それに運が良かったかもしれんで?

ウチの走りを直接見たら興奮しすぎて心臓止まってまうかもしれへん」

 

『はは、そしたら白い稲妻の電気ショックで起こしてもらうわ。

…ワシがタマと初めて会った日の衝撃は忘れられん。

あの時の心臓の高鳴りは…タマを見ると今だって同じようになるんや』

 

「おっちゃん…じゃあこれからも見とってや。

おっちゃんが育てたウチの走りを!」

 

『ああ、楽しみにしとるで!』

 

「…ところでおっちゃん、そっちにオグリが行ったってホンマか?」

 

『ああオグリキャップな。ホンマに来たで、ワシも驚いたわ。

ワシを治療してくれる医者がK先生いうんやけど、なんや随分高名な医者らしくてな。

たぶんオグリキャップのトレーナーの六平さんのツテで呼んでくれたんやろ。

だからオグリキャップにもよろしゅう伝えといてや』

 

「オグリに…か。うん」

 

『タマのことを随分気にしてたで、いいライバルを持ったな。

しかしわざわざワシんとこまで来るような奴や、結構しつこい性格と見た。

腑抜けた走りだとたぶん負けるで、気張って行くんやで』

 

「もちろんや…!ウチの勝利をおっちゃんの祝いに捧げたるからな!

こうなったらウチも遊んどる場合やないな、トレーニングせんと。

そうだ、おっちゃんのことってコミちゃんには話してあるんか?」

 

『コミちゃんには軽くだけやけどな、治療できるってことは伝えたで』

 

「そうか!じゃあすぐ行くわ!おっちゃん、手術頑張ってな!」

 

『なあに、手術なんてワシはベッドで寝とるだけで済むから楽なもんやで!

タマこそ頑張れよ!楽しみにしとるからな!』

 

「ああ!それじゃ…またなおっちゃん!」

 

電話を切ったタマモクロスは、体を小さく震わせながら小さくガッツポーズをしていた。

自分はもう諦めていたのに、まだ別の道があったなんてなぁ。

タマモクロスは流れていた涙を拭い、前を向いた。

視線の先にいたのはオグリキャップ。

 

「オグリキャップによろしゅう、か…」

 

おっちゃんの言葉を思い出す。きっと本当にオグリキャップのおかげなんだろう。

自分は出来なかったことが他人のオグリキャップにやられたとなると情けなくもなるが、

今はそれ以上に喜びと感謝の気持ちが心を埋めていた。

 

 

「…なあオグリ、今おっちゃんから連絡来たわ。

治療ができるようなって、10年くらいは生きられるんやと」

 

「そうか。それは良かった」

 

「そしたらなんや?さっきはおっちゃんが死んだら復帰する言うたけど、

それを待っとったらウチはオバちゃんになってまうかもしれへんな」

 

「オバちゃんになったタマか…うん、タマはオバちゃんでも可愛い気がするな」

 

「か、可愛いは違うやろ!それに10年後はまだ20代や!大人のレディとか言えや!

…ま、そういうわけや。こうなるとおっちゃんの寿命よりも、

ウチの競技者の寿命の方がよっぽど短くなってしもうたやんけ」

 

「そうかもしれないな…。それなら、タマはどうするんだ?」

 

「うん…。いろいろ騒いでしもうたから恥ずいけど…まだレース続けようかと思うわ。

おっちゃんもこれからも期待しとる言うてくれたしな」

タマモクロスははにかみ、照れくさそうに小さく頬をかきながら言った。

 

「そうか…!それは良かった…!」

オグリキャップもはにかんだ。

 

「オグリ…おっちゃんのことでオグリがなんかしてくれたみたいやな?」

 

「私か…?私は何もしてないぞ。やってくれるのはK先生だ。

私の脚を治してくれた…あっ、それは違う人だった。

でもすごい実力を持っている医者で、その人がやってくるんだ」

 

「そうか、でもそれを紹介してくれたんがオグリなんやろ?

おっちゃんが言っとったで、オグリによろしくってな」

 

「紹介か、それは確かにしたぞ。そのK先生は私の恩人なんだ、別人だけど」

 

「恩人で別人…?どういうこっちゃわからんな…?でも…」

 

タマモクロスがオグリキャップに近づき、その手を強く握りしめた。

 

「ありがとうなオグリ…!

おっちゃんはオグリのおかげで長生きできるようになったわ…!

本当にありがとう…!色々きついこと言ってしもうてホンマにすまん…!

ウチはあんたに感謝しなくちゃならんかったのに…!」

 

オグリキャップもその手を握り返した。

 

「気にするなタマ。私も君の気持ちを無視して勝手にやってしまったことだ。

怒られて当然だと思うし…そうだ、ちゃんと謝ろうと思っていたんだ」

 

オグリキャップはそう言って土下座をしようとした。

 

「ちょちょちょい!待て待て待て!土下座なんかいらんて!」

タマモクロスが慌ててオグリキャップの体を引き留める。

 

「でも私は君の気持ちを土足で踏みにじるようなことをした。

ちゃんと謝らなければ…」

 

「ええってええって!!ウチも散々失礼なことしたやろ!

わかった!オグリが土下座するならウチもするわ!」

 

「それはダメだ。タマの服が汚れてしまう」

 

「なんやねん!だったらもうお互いさまってことでチャラにしようや!

お互い謝らなくてええことにするで!ええな!」

 

「うーむ、タマがそう言うのなら…」

 

「よーしOKやな?もうお互い謝るのは無しやで。

でもウチはオグリには感謝はせんとな。ホンマにありがとうな」

 

「いいんだ…。私がタマのことを知りたかった。

私がまだタマと走りたかった。それが理由なのだから」

 

「…やっぱおもろい奴やな、オグリンは。

だったら飽きるまで付き合うたるわ。有も、その後も、一緒に走ろうな」

 

「ああ…!望むところだ…!」

 

「楽しみやで、オグりんとのレース。

それじゃあウチは戻るで、有に向けたトレーニングせんといかん。

それはオグリもやろ?邪魔したな!」

 

「ああ、タマもトレーニング頑張ってくれ。私も頑張る。

また会おう…有記念で!」

 

「おう、受けて立つで!」

 

オグリキャップとタマモクロスはもう一度強く握手をしてから別れた。

大切な人が死んでしまう。辞めたくないのに辞めるしかない。

大切なライバルが辞めてしまう。やめる理由も教えてくれない。

 

はじめは心に大きなしこりがあった2人だったが、

それが解けた今はレースに真っすぐ向き合うことができるようになった。

2人の心は、冬の青空のように澄み渡っているのだった。

 

 

 

 

 

 

記念当日。

 

その日、大阪の病院では朝から三錦の手術準備が行われていた。

 

手術室のベッドに横たわる三錦にKが声をかける。

 

「三錦さん、準備はよろしいですか?

タマモクロスさんのレースは見せられなくて申し訳ないですね」

 

「準備は万全やで。タマのことはええ、どうせこれから何べんも見られるんやからな。

そういうふうに先生方がしてくれるんやろ?ありがたいわ」

 

「任せてください。第一目標は10年の生存、

最終目標は癌と付き合いながら天寿を全うすること。

今日はその第一歩です、頑張りましょう」

 

「おおきに。それじゃ、頼むで!」

 

患者へ全身麻酔をかけ、手術が始まった。

 

「今回は腹腔鏡手術ですべて処置する。まずは原発巣のNECの摘出。

続いて転移先の胃、腹膜、肝臓の病変部の処置を行う!」

 

「はい!」

 

 

Kが腹腔鏡を入れて手際よく切除を行っていく。

管子がまるで手足のように思えるほどの巧みな動きに、

周りの医者からは感嘆の声が溢れていた。

 

(すごい…腹腔鏡なのにここまで正確な動きができるとは…!)

(俺が直接メスを握ってもここまでできるかどうか…!まさに伝説の医師だ…!)

(早く、それでいて丁寧!こんな手腕は見たことがない!)

 

 

「よし、NECの摘出は完了だ。他の部位に影響が少ない、摘出可能な場所でよかった。

摘出した腫瘍は分析に回し、プレシジョンメディシンの準備に取り掛かってくれ」

 

「了解です!」

Kに手渡された腫瘍を1人の医師が受け取り、遺伝子解析を行う部署へと運んで行った。

 

 

 

【プレシジョンメディシン】

精密医療と訳される治療法。癌治療に利用されることが多い。

現在の抗癌剤は癌の部位、胃・肺・腸・甲状腺・乳腺などに対して使用するものとされている。

しかし部位が同じ癌だからと言って同じ抗癌剤が効果があるとは言い切れず、

抗癌剤を使用しても効果が薄いことがしばしば発生する。

プレシジョンメディシンでは癌細胞のゲノム解析を行い、

ドライバー遺伝子と呼ばれる癌の発生や増殖に直接影響のある遺伝子の中で

どれが異常をきたしているかを確認する。

それによって患者の癌に最も適用できる抗癌剤を選定する手法である。

ただしゲノム解析に数十万円の費用が掛かり、

抗癌剤も想定部位が異なる箇所に使用する場合は適用外の使用となり保険が適用されないため、

費用がそれなりにかかる治療法でもある。

 

 

 

 

「それではここから転移巣の処置に移るぞ。

転移先は小さいが数が多い、可能な限りすべて処置を行う。ここからが本番だぞ」

 

「か、可能な限りすべてですか!?」

 

「そうだ。放射線治療や薬物治療は体への負担が大きい。

それなりに年を取っているこの患者にはできることなら少なくするべきだ。

摘出すべきところは摘出し、それ以外はPDTによる処置を施す。

転移先の位置は先日のMRIで確認できている」

 

「K先生、これがその資料です、モニターに表示します!」

三錦の担当医は用意していたMRIの写真を表示した。

 

「よし、まずは腹膜から行くぞ!」

 

「わ、わかりました!よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

手術が開始されて数時間経った頃。

中山レース場では有記念の出走準備が進められていた。

その出走者の意気込みの際、タマモクロスはまたも世間を揺るがす発言をしたのだった。

 

 

「あー、タマモクロスや。みんな応援してくれてありがとうな。

ほんでな、この前言ったやん?ウチのレースはこれで終いやって。

…あれなぁ、なかったことにしてええか?」

 

発言にざわつく観客や記者たち。

 

『ラ…ラストランと言っていましたが、撤回するのですか!?』

 

「あの時は本気でそのつもりだったんや。

でもな、なんか色んなことがあってな。ちょっと欲が出てきてもーた。

だからウチ、騒がせてしもうたんはホンマ悪いと思うとるけど…

この有記念をラストランにするっちゅう話…なしにするわ!」

 

タマモクロスは両手を合わせてスマンと謝った後、

今度は拳を掲げて高らかに言った。

 

「ウチを応援してくれた奴ら!ありがとうな!噓ついたことになってすまんけど、

お詫びに白い稲妻の走りをこれからも見せたるから堪忍してや!

最強のウチがいなくなる、ってほくそ笑んでた奴ら!ぬか喜びさせてすまんな!

これからもレースを荒らしていくからかかってこいや!

この有記念はラストランやない!白い稲妻タマモクロスの新たな門出や!!」

 

タマモクロスの引退撤回。

彼女を応援していた多くの人たちは、驚喜し大きな声援を飛ばした。

これからもタマモクロスの走りを見られる。

これが見納めだと肩を落としていた者は喜びに打ち震えるのだった。

 

 

会場内外のざわめきが止まらない中、タマモクロスに続いて出てきたウマ娘。

その名はオグリキャップ。

 

「オグリキャップだ。みんな応援ありがとう。

タマ、引退撤回と聞いて嬉しいぞ。これでこれからも君と戦えるな。

この有記念で天皇賞の借りを返す。その次のレースではジャパンカップの借りを。

さっきタマは『最強は自分』だと言ったが。いいや…勝つのは、私だ!!」

 

オグリキャップもタマモクロスに続くように、凛々しい顔で高らかに宣言した。

 

 

 

 

 

藤井も記者として有記念の現場に来ていた。

 

「オグリキャップもタマモクロスも、どっちもええ顔や。

ちゃんとわだかまりが解けたんやろな…。教えた甲斐があったってもんや。

これからもこの世代はおもろなるで!次のレースが今から楽しみや!

と、それはそれとして…」

 

藤井が自分のスマートフォンを見る。

 

「三錦さんからのブチ切れメール、これどうしたらええやろな。

オグリちゃん、もしかしてボクん事話してしもうたんか?」

 

 

 

 

 

 

 

レース開始直前の地下バ道。

タマモクロスと、それを送り出す小宮山。

 

「タマちゃん、三錦さんの手術には付き添わなくて本当によかったの?」

 

「ええやろ、ウチが行ったところでなんか変わるわけやない。

手術で頑張れるんはおっちゃんとお医者さんだけやで?

だったらウチは自分が頑張れることをやらなあかんやろ」

 

「ふふ、そうだね。今のタマちゃん…すっごい楽しそう!」

 

「はは、胸のつかえがとれたからやろなぁ。

そんで…オグリとこれからも勝負できるんは、ウチも凄い楽しみや」

 

「私も楽しみ!タマちゃん、それじゃあ頑張って。

タマちゃんの実力、オグリちゃんに叩き付けてきてね」

 

「任せとき!ほな、行ってくるで!」

 

 

 

同様にオグリキャップも、六平とベルノライトに送り出される。

 

「どうだオグリ、行けそうか?」

「頑張ってね、オグリちゃん!」

 

「2人ともありがとう、調子は完璧だ。

観客席には北原やマーチたちもいるしな…私の走りを見てもらおう!」

 

オグリキャップは自身の脚をじっと見つめた。

 

「…このところ、『どうして私は走るのか?』って考えていたんだ。

未だにはっきりとは答えが出ないけれど…なんとなく見えてきたんだ。

それは『私は走ることが好きだ』、と。

レースで走るだけじゃない、トレーニングをしているだけでも楽しい。

走ることができなかった昔の私があったからなのだろうか?

でも、なんにしても。このレースも、タマとの勝負も、その先の未来も。

今の私は心から楽しみにしている!そしてこのレース…勝ってくるぞ!!」

 

 

 

 

ゲート前で顔を合わせたオグリキャップとタマモクロス。

 

「ようオグリ、調子よさそうやな。ええ顔しとるで」

 

「タマこそ。とても楽しそうな顔をしている」

 

「せやなぁ、オグリのおかげやで。ありがとうな。

でもオグリも物好きやなぁ。ほっとけばそっちが最強のウマ娘になれたろうに、

ウチを引き留めたせいでこれからも黒星が続くことになるやんけ」

 

「私は負けないぞ。最強の名をタマに任せてはおけないからな」

 

「言うやん、ほんならそろそろ行くかいな。

ウチとオグリ、どっちが最強なのか…勝負で決めてやろうや」

 

「いいとも。これから何度だってタマを打ち負かして見せる」

 

「望むところや、返り討ちにしたる。『何度でも』…な!」

 

 

 

『さあ年末の中山レース場!本日は過去にない大きな盛り上がりを見せています!

最強と謳われるタマモクロスのラストランと言われたこの有記念!

その最後の雄姿を目に焼き付けようという人々で埋め尽くされていました。

しかしその発言は先ほど撤回され、タマモクロスの新たな門出となるとのこと!

その発言に喜ぶ人々の熱気で、真冬にもかかわらず汗が流れ出すほどです!

そして最強のタマモクロスに挑むはオグリキャップ、ディクタストライカをはじめとした

12名の優駿たち!果たしてどのウマ娘が勝利の栄光を掴むのか!』

 

『今…ゲートが開かれました!!』

 

 

 

そのレースの主役は白い稲妻、芦毛の優駿タマモクロス。

電撃の如きキレた脚でターフを駆けるウマ娘。

 

そしてそれに対するは芦毛の怪物オグリキャップ。

地を這うような踏み込みで、恐るべき末脚を叩き出すウマ娘。

 

誰もが呼吸を忘れ、目を見張るような激しい勝負。

そのレースを終えた時、オグリキャップはこう呼ばれるようになった。

灰の怪物(GRAY PHANTOM)』と。

 

『白い稲妻』と『灰の怪物』。

彼女らは更なるウマ娘との出会いを経て、

のちに『永世四強』と呼ばれる世代を作り出すのだった。

 

 

 

 

 

レースが終わり、ウイニングライブが行われている時、

タマモクロスのスマートフォンに一件のメッセージが入っていた。

『手術、無事完了』―――。

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