スーパードクターU   作:黒い平方四辺形

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黒い足音(後編)

 

医療用カバンを持ち、ターフを全力で駆ける富永と一也。

ライスシャワーへ駆け寄った富永が声をかける。

 

「ライスシャワーさん!!大丈夫ですか!?」

 

「う…あ…い…痛い…」

 

ライスシャワーは苦痛に顔をゆがませ、あまり応答もうまくない。

富永と一也は急いでライスシャワーの体を診察した。

 

「これは左下腿部が骨折…いや、上腿部も骨折している!結構ひどい状態だぞ…!」

 

「富永先生、右上腕骨、右橈骨と尺骨も骨折しています!

頭部に強い衝撃を受けた跡はありません、おそらく腕で衝撃を受け止めたものと思われます!」

 

「わかった、ありがとう一也くん!

こんなことになるなんて、医療器具を持ってきていてよかったな…!

救護班が来るまでの間に応急処置をしよう!」

 

「はい!僕も手伝います!」

 

富永と一也は医療用具を出して骨折の処置へとかかる。

2人が応急処置を始めた直後、ライスシャワーのトレーナーも駆けつけてきた。

 

「ライス!!大丈夫!?あの、あなたたちは…!?」

 

「僕たちは医者です!右腕と左脚の骨折がひどい、あまり動かさないでください!

あなたはトレーナーですね!?救護班の様子はどうですか!?」

 

「きゅ、救護班は呼んでありますからすぐ来てくれると思います…!

ああ…ライス、こんなことになるなんて…!しっかりして…!」

 

トレーナーは比較的無事であるライスシャワーの左手を握った。

 

「あぅ…お…お姉…さ……ま………」

ライスシャワーはトレーナーの手を力なく握り返すと、そのまま意識を失った。

 

「あっ!!!ライス!!!まさか…死…!!」

 

「落ち着いてください!!脈も呼吸もあります!気を失っただけです!」

 

富永がそう言うと、トレーナーは少しだけほっとしたようだった。

しかしここで富永の脳裏にある疑問が浮かんだ。

 

(待てよ、気を失った…『だけ』?

そもそもなんで気を失っているんだ?怪我の様子は手足の骨折だけに見える。

頭部には強い衝撃はなかったと一也くんが確認している、頭部の問題でもない。

激しい骨折だが、気を失うよりは痛みにのたうち回っているほうが自然だ…)

 

富永がもう一度ライスシャワーの脈を計った。

 

(脈はある…が、速くて弱い。呼吸も速くて浅い。

こ…これはまさか…!)

 

「やばいぞ一也くん…ライスシャワーさんは出血性ショックを起こしている!!

今すぐに処置をしなくては!手術の準備だ!」(ギュッ)

 

「えっ!出血性ショックを…!わかりました!!」

 

富永がカバンからメスと針を取り出した。

それを見たトレーナーが慌てた様子で声をかける。

 

「メ、メス!?それで何をするつもりですか!?」

 

「ライスシャワーさんは出血多量の状態だ!このままだと命が危ない!」

 

「出血多量…!?なぜ!?

いろいろ擦りむいてはいますが、大した出血はないじゃないですか!?」

 

そう、ライスシャワーは転倒の際の擦過創があるくらいで、

外見上はそれほどの出血がないように見える。

 

「見た目はそうですが体内は違います!

状況的に上腿部…おそらく大腿骨の骨折が原因です!

 

大腿骨のような大きい骨は骨折しただけでもそれなりの出血量があり危険ですが、

これほどの速度で意識を失うほどの出血にはならないはず。

しかし太腿には大腿動脈と言う太い血管がある、そこが骨片で断裂されたんだ。

脈や呼吸が速くて弱いのも、意識を失うのも出血多量の症状。

しかも骨折の具合からして脚の根本の位置、止血帯では圧迫できない!

 

今すぐに処置をしなければ命にかかわります、ここで止血の手術を行います!

トレーナーさんは周囲から見えないよう幔幕を張ってください!」

 

「手術…!そ、そんな…!」

 

「僕たちは医者です!僕たちを信じてください…!」

 

富永が鬼気迫る表情でトレーナーを見つめる。

それを受けたトレーナーは目をギュッとつぶり、自身の頬を強くはたいた。

 

「わかりました…!ライスのことお願いします!

救護班の人も来たようです、手伝ってもらって周りを覆います!」

 

「お願いします!一也くん、助手を頼む!」

 

「はい!部分麻酔の用意はできています!」

 

「ありがとう!処置開始だ!」

 

富永は一也から受け取った麻酔をライスシャワーに投与した。

トレーナーたちに周りを覆い隠してもらえた直後、ライスシャワーの太ももにメスを入れる。

その瞬間、切り口からは大量の血が噴き出してくる。

 

「うおっ!これはかなりの量だ…!ライスシャワーさんは小柄だから血液絶対量も少ない。

少しでも早く止めなくては…!」

 

患部を切開しながら出血点を捜索した結果、幸いすぐに発見することができた。

 

「よし、出血点発見!クリップで結紮!

これは運がいいぞ、血管は綺麗に切断されていて吻合できる状態のようだ。

これなら今つないでしまおう、一也くん4-0の糸を頼む!」

 

「はい!富永先生、本幹部以外の血管はどうしますか?」

 

「本幹部以外は太いものは結紮する!

その間は一也くんは輸液をしてくれ!生理食塩水が中に入っている!」

 

「わかりました!左腕から静脈注射でいいですか!?」

 

「それでいい、頼んだよ!」

 

富永が止血の処置に入り、大腿動脈の本幹部を吻合、出血を止めた。

そして周囲の血管も結紮しかなり出血量が収まった。

一也は生理食塩水を静脈注射し、血流の保護を図る。

 

 

【輸液】

血管から輸液剤を点滴すること。

輸液の目的には「水・電解質の補給」「栄養の補給」「血管の確保」「病態の治療」などがある。

中でも重要なのは「水・電解質の補給」で体液を正常な状態に保つことである。

 

大量出血時には血管内を流れる血液の絶対量が減少するため血圧が下がり、

体内を循環する血液の量を保つことができない。

これを補うために輸液や輸血をする必要がある。

輸血ならわかりやすいが、輸液の場合は単に水分を入れればいいというものではなく、

ナトリウムの組成が細胞外液と同等になっている生理食塩水や乳酸リンゲル液などの

細胞外液補充液を使用する必要がある。

例えば栄養補給などに使用されるブドウ糖液を大量出血時に投与しても、

ブドウ糖液は速やかに分解されたのち体全体で吸収されるため、

血管内には投与量の約8%の水分しか残らずほとんど効果がない。

 

 

 

 

 

「よし…!応急処置は完了だ!救護班の皆さん、移動をお願いします!

僕の先生が近くの大学病院にいる、話を通してくるのでそこに連れて行きましょう!

一也くん、K先生と連絡を取ってくるからライスシャワーさんの付き添いは頼んだ!」

 

「はい、お願いします!では我々は救急車まで運びましょう!

救護班の皆さん、トレーナーさん、よろしくお願いします!」

 

富永はKと連絡を取るためにその場を離れ、

一也とトレーナーたちはライスシャワーを救急車に乗せるために運び出した。

救護班が移動させ、一也は輸液を高い位置に保持しながらそれに追従する。

 

止血手術の際は観客から見えないように幔幕を張ってはいたが、

医者が入り込み周りを囲われた中で何が行われたのかはおおよそ見当がついたことだろう。

それでも運んでいる際にはライスシャワーが生存しているであろうことは判断できたので、

観客はライスシャワーの無事を祈りながらそれを見送った。

 

 

十数分後、救急車で運ばれたライスシャワーが病院に到着。

富永から連絡を受けたKは病院で設備を借り、

ライスシャワーの受け入れ態勢を整えていてくれた。

 

「富永、一也、応急処置ご苦労だった!ここからは俺も手伝おう!

患者の容体はどうだ?」

 

「左脚の骨折とそれに伴う大腿動脈断裂による出血性ショック、右腕の骨折、

転倒に伴う全身の擦過創です!大腿動脈は本幹部は吻合、周囲は結紮し、

出血性ショックへの応急処置で生理食塩水を投与してあります!

意識は相変わらず復帰しません!」

 

「よし、輸血の準備もできている。俺は損傷の激しい左脚をやる。

富永と一也は右腕の処置と擦過創の処置を頼む!」

 

「「はい!」」

 

 

「それではオペを開始する!学生諸君は俺の指示に従ってくれ!」

 

「「「は、はい…!」」」

 

(ドクターKの手術を日に2回も見られるとは嬉しい…けど…!)

(患者ってライスシャワーかよ…!宝塚記念、応援していたんだが…!)

(こんなにひどいけがをするなんて…ライスシャワーがかわいそうだ…)

(助手が私で大丈夫かしら…!?もし失敗してライスちゃんに何かあったらどうしよう…!)

 

Kは元々学生への指導のためにこの病院に来ていたので、

今回の手術にも教授と医学生が助手として手術に参加してくれた。

しかし患者があのライスシャワーであるということに動揺する者は多かったようで、

医者は患者が誰であっても平常心を保った判断をしなければならないということも、

今回のKの訪問によって学ぶことになったのだった。

 

 

 

「まず血管の吻合から行う!結紮した血管を可能な限り接続する!

そして骨折部は大腿骨はスクリューで固定、脛骨と腓骨は創外固定!

割れた膝蓋骨も鋼線締結法で固定して安定させる!」

 

「橈骨と尺骨はピンニングする!上腕骨の術式は髄内釘固定!」

 

「擦過創は程度が深いものはデブリードマンして縫合します!」

 

 

手術はKと富永主導の下で進められ、2時間後に無事完了した。

 

 

「患者は麻酔が切れるまで監視室に移動し容体を観察!

これで手術は終了だ!全員、助力に感謝する!」

 

「「「お疲れ様でした…!」」」

 

 

 

ヘビーメタルとも表現される強く激しいKの手術に2度も携わった学生たちは、

これまでに経験したことがないほどの疲労を味わっていた。

 

「いやあ~…ドクターKって本当凄いな…。

早さも丁寧さもケタ違い、ウチの教授たちが見劣りするくらいだよ」

 

「ほんとほんと。あの技術力は尋常じゃないよ。

あんなふうになりたいとは思うけど、先は長そうだなァ…」

 

「ドクターKはものすごかったけど、私が驚いたのは助手の2人よ。

どっちもまだ若かったのにドクターKについて行ってたわ、

もしかすると教授と同じくらいの実力はあるんじゃないかしら?」

 

「思った。特に一也って呼ばれてた人、あの人まだ高校生くらいじゃないのかしら?

手術に携わっていいのかと思ったけど、みんなスルーしてるし実力もあったからいいのかな」

 

「ドクターKに聞いたらあの2人は弟子らしいよ。

さすがドクターKに鍛えられただけのことはあるよな」

 

「すごいなあ、僕たちも負けてられないな。勉強頑張らなきゃ」

 

「そうだな!でも今日はちょっと…疲れて無理だ…!」

 

あまりにも強烈な医師であるドクターKと遭遇した学生たち。

しかし太陽のような激しすぎる輝きを放つドクターKに照らされても心は折れることがなく、

各々がKを目指すべき1つの星として医学道を邁進していくのだった。

 

 

 

 

Kは富永と一也にねぎらいの言葉をかけた。

 

「富永、一也、今日はご苦労だった。

お前たちがいなければライスシャワーを救うことはできなかっただろう。

よくやってくれたな」

 

Kからのお褒めの言葉に、富永は嬉しさで少し頬を染めながら答えた。

 

「いえいえ、医者として当然のことです。

それにK先生が医療用具をしっかり持っていろと言ってくれたから助かりましたよ。

普段なら麻酔までは持ち歩きませんからね、忠告ありがとうございました。

それに一也くんもよく手伝ってくれてありがとう」

 

「僕は本当ちょっと手伝っただけですから。富永先生がいてよかったですよ!

ライスシャワーさんが転倒した時、迷いなく向かっていく姿がカッコよかったです!」

 

「はは、あの時は夢中だったからなァ。それに一也くんも一緒に来てくれたしね。

それにしてもライスシャワー…こんな大怪我なんてかわいそうだなあ。

命に別状はなさそうでよかったですけど、まだレースはできるんですかね…?」

 

「それは本人の気力次第だろうな。幸い骨折部はそれほど酷い損傷ではなかった。

彼女は小柄な分体重も軽いから衝撃も多少は少なかったのだろう。

差しの動きだったので他人を巻き込んだり後続に踏みつぶされたりしなかったのも不幸中の幸い。

受け身を取ったから腕は折れたが頭部に異常はなかった。

リハビリをすれば復帰は可能だろう」

 

「そうですか…!また走る姿を見たいな…!

頑張れライスシャワー…!」

 

富永がライスシャワーが元気に駆ける姿を想像し、一筋の涙を零した。

 

 

その横で一也がKに耳打ちをする。

 

「K先生、ライスシャワーさんの事故は命に別状はなく乗り越えました。

これで母さんの予知も乗り越えられたんでしょうか?」

 

「わからん…今回は助かったがまた別の何かがあるのかもしれん。

油断はできない、容体の急変がないか俺が見ておく」

 

「わかりました、お願いします」

 

 

 

 

翌日、目が覚めたライスシャワー。

見知らぬ天井を見上げ、自分がベッドに横たわっていることを認識する。

そう、自分が昨日転倒してしまったことを思い出した。

 

「いたた…!脚も腕も色々なのがくっついてる…!

全然覚えてないけど、手術してもらったんだね…」

 

固定具だらけの手足を見て少しため息をつくライスシャワー。

周囲を見渡すと、少し離れた位置でトレーナーが寝ているのが見えた。

彼女は手術が終わった後からずっとそばにいてくれたのだ。

 

「お姉さま…!あっ…ライス、お姉さまにいっぱい迷惑かけちゃった…

どうしよう、怪我をしたのがお姉さまのせいにされちゃったら…!」

 

ライスシャワーがそう言って少し青ざめる。

その声が聞こえたのか、トレーナーも目を覚ましてライスシャワーを見た。

 

「ん…ライス!!目が覚めたのね、よかった…!

大丈夫…なわけないよね!ごめんね、痛い思いさせて…!」

 

トレーナーが駆け寄り、無事な左手を強く握りしめた。

 

「生きててよかった…!怪我をしたときね、近くにいたお医者さんが助けてくれたのよ。

そこで処置をしなかったら死んでたかもしれないんだって。

本当によかったわ…!」

 

「そうなんだ…運が良かったんだね。でも…ごめんねお姉さま。

走ってるときに脚がすごく痛くなって、そのまま転んじゃった。

ライスが無理なことしちゃったからだよね…」

 

「そんなことない、悪いのは私よ。あなたの体を理解してあげられなかった。

ごめんね、こんなに痛い思いをさせて…!

あなたの体が治るまで、ずっとそばでサポートするから…!」

 

「……大丈夫だよ、ライスは1人で頑張れる。お姉さまはお仕事頑張ってほしいな」

ライスシャワーは顔をそむけながらそう言った。

 

「えっ…!どうしてそんな…!

っ…!そうだよね、わ、私じゃ…

あなたをそんな風にした私じゃダメだよね…!」

ライスシャワーに拒絶されたと思い、頭を抱えるトレーナー。

 

「ち、違うよ!そういうことじゃないよ…!

こんな怪我をして、ライスはもう走れないでしょ。

走れないウマ娘を構うより、お姉さまは別な子を見つけて頑張った方がいいと思って…」

 

「いや、そう悲観することは無いかもしれんぞ」

 

そこに入ってきたのは1人の医者。

 

「あ…あなたはドクターK!」

 

「あっ、前に健康診断してくれたお医者さん…どうしてここに…?」

 

「ライス、この人は医者の世界ではとっても有名な天才医師さんなんだって。

医学生に教えるために偶然この病院に来ていて、

あなたの手術をしてくれたのもこの先生なのよ」

一通り状況を説明されていたトレーナーがライスシャワーにも伝えた。

 

「そうなんですね…あ、ありがとうございました」

 

「いえ、私は医者ですから。患者を助けるのは当然のことです」

 

「聞けばコースで応急処置をしてくれたのも先生のお弟子さんだとか。

本当に助かりました、ありがとうございます!」

 

トレーナーは深々と礼をした。

しかし今気になるのはさっきの言葉である。

 

「そ、それでさっきおっしゃいましたよね、悲観しなくていいって。

それはどういう…?」

 

「ええ、ライスシャワーさんの骨折は比較的くっつきやすい状態で予後は良好です。

普通に歩けるようになるまでそれほど時間はかからないでしょう。

それと先日行った精密検査の結果がちょうど役に立ちますが…あなたの骨はかなり健康です。

しかもウマ娘の身体能力ですので、リハビリは必要ですがこのまま治療を続ければ…

またレースに戻ることは十分可能と思われます」

 

「ほ、ほんとですか…?」

ライスシャワーの表情がパッと明るくなる。

 

「ええ、もちろん君の頑張り次第ではあるがね。

でも大丈夫、君を支えてくれるパートナーが傍にいるんだろう?」

 

Kがそう言ってトレーナーの方を向くと、トレーナーは決意を込めた表情で言った。

 

「もちろんです!!私が全力でライスを支えます!

今回のことを招いたのは私の管理が悪かったからです…!

だからせめて、少しでもライスの力になりたい!」

 

「あなたも覚悟はできているようですね。

しかし今回の件はあなた方が悪いということは無いですよ。

原因となった骨折はおそらく疲労骨折の一種ではあるでしょうが…

しかし私が診察した時も異常は確認できませんでしたから。

でも私がもっとしっかり確認しておけばこうはならなかったかもしれません。

本当に申し訳ありません」

 

Kがそう言って頭を下げる。

 

「いえいえ!!検査結果については凄く細かく説明してくれたじゃないですか!

あれで見つからなかったのなら、あの時は何も問題がなかったってことですよ!

先生のせいじゃありません!」

 

「そ、そうですよ…!ライスの生活が良くなかったんです…!

でも検査してもらったときに何かがあればよかったのにね…やっぱりライスって不幸…?

だけど先生たちが助けてくれたのなら、運が悪くても最悪ではないのかな…」

 

「そ、そうよ!きっと大丈夫!

体を治して、またあなたの走る姿をみんなに見せてあげましょうね!」

 

「みんなに…そうだよね、みんな心配してるよね。

あぅ、ブルボンさんとかにガッカリされちゃってないかな…」

 

ライスシャワーの耳が垂れるのを見て、トレーナーがスマートフォンを取り出した。

 

「ちょっと待っててライス!昨日から学園のいろんな人から電話来てるんだから!

あなたが起きたこと伝えてあげなくちゃね!」

 

そう言って電話をかけると、ハルウララ、ゼンノロブロイ、ミホノブルボンから応答が来た。

 

『ライスちゃん!目が覚めたんだね、よかった~!

体痛くない?大丈夫?』

 

『ライスさん、お体の具合はどうですか?

お怪我はひどいようですけど、命は無事でよかったです…!』

 

『ライス、目が覚めたんですね。ステータス【安心】を確認』

 

「わ、みんな…!ライスのこと心配しててくれたんだ…!

ごめんね、心配かけて…!」

 

『私たちより、ライスさんが無事でよかったです…!

みんなで明日お見舞いに行きますね…!』

 

「ロブロイさん…!そ、そんな…お見舞いなんていいよ…!こっちは遠いし…!」

 

『待っててねライスちゃん!私たちが元気を届けに行くからねー!

がんばれがんばれ、ライスちゃーん!』

 

「ウララちゃん…!ふふっ…!」

 

『ライス、元気そうでよかったです。積もる話もありますが、それは明日直接話しましょう』

 

「ブルボンさん…。ごめんね。

ブルボンさんの目標になるって言ったライスがこんなことになっちゃって…」

 

『ライス。あなたは私の目標です。

私が大怪我をしたとき、あなたがいたからリハビリを頑張ることができました。

もうじき私は復帰ができる…だから、今度は私があなたの目標になれればと思います。

私はいつまでも待っています。あなたと再びレースで競い合える日が来ることを』

 

「ブルボンさん…」

 

『ライスちゃんリハビリ頑張ってね!私も応援するから!

治ったら私とも競争しようね!』

 

『私も応援してます!何でもサポートをしますので、諦めないでください…!』

 

「ぐすっ…!ブルボンさんもウララちゃんもロブロイさんも…ありがとう…!

みんなの声を聴けて、元気が出たよ!

お姉さまと、みんながいるから、ライスはまた頑張れるよ…!」

 

ライスシャワーの瞳から流れるのは冷たい悲しみの涙ではなかった。

前を向いて未来に進むための、明るく温かい涙。

友人たちの温かい声を聞いて、ライスシャワーはまた立ち上がる決意をしたのだった。

 

 

 

その後お見舞いに来た友人たちと実際に会ったことでさらに元気になったライスシャワー。

軽いリハビリを早くも始め、復帰に向けての意気込みは強いようだった。

 

事故から3日後、ライスシャワーの元に一人の女性が訪ねて来た。

 

「こんにちは、ライスシャワーさんのお部屋ですか?」

 

「はい、そうです。あなたは…?」

トレーナーが応対すると、入ってきたのは見知らぬ女性。

しかしライスシャワーとは面識があった。

 

「あっ、前にライスがぶつかって転ばせちゃったお姉さん!

どうしてここに…!?」

 

「あ、憶えててくれたのね。あの時はごめんなさいね、私も不注意だったわ。

あなたの事故のニュースを見て心配してたんだけど、

あなたを手術してくれたK先生は私の親戚なの。

だからいてもたってもいられなくて、失礼かなとは思ったんだけど場所を聞いたのよ。

これ、お見舞いの果物よ。いっぱい栄養を取って元気になってね」

 

訪ねてきたのは麻純だった。

大きめのフルーツ籠をトレーナーに手渡し、ライスシャワーの傍に寄る。

 

「あ、ありがとうございます。そうですか、私も話は聞いてます。

ライスがぶつかってしまったそうですが、異常はありませんでしたか?」

 

「ええ、大丈夫だったわ。それよりライスシャワーさんがこんなになるなんて…」

 

麻純はそう言いながらライスシャワーの手に触れた。

その時、麻純の顔がとても明るくなった。

 

「元気出してね、きっと治るわ!私も応援してるから!

あなたの走る姿を映像で見せてもらったの。とっても綺麗でファンになっちゃった!

次のレースでは、必ず観に行きますからね!」

 

「えへへ…お姉さんありがとう。先生も頑張れば復帰できるって言ってたし、

ブルボンさん…ミホノブルボンさんやゼンノロブロイさんも応援してくれてるんだ。

だから絶対!絶対復帰するから、ライスのことを応援してくださいね!」

 

「ええ…!ずっと応援してるわ!」

 

麻純はライスシャワーたちとしばらく会話を楽しみ、お辞儀をして病室から去った。

そしてKの下へと赴く。

 

 

「麻純さん、遠路はるばる来ていただきありがとうございました」

 

「いえ、K先生に言われなくても私から頼もうと思っていたことですから」

 

「それで、ライスシャワーはどうでしたか?」

 

「はい。…彼女の手に触れた時、とても暖かいものを感じました。

黒い霧が晴れるような、暗い闇が晴れるような、そんなものを。

今は命が潰える姿ではなく、未来に向かって走る姿を感じるようでした」

 

「そうですか…!それなら、彼女の死の運命は…」

 

「きっと…乗り越えられたんでしょう。ありがとうございました。

あなたがいたから彼女は生きている…!」

 

「私は手伝っただけで、死を防いでくれたのは一也と富永です。

お礼ならそちらに言った方がいいでしょう。

そして私からもお礼を。麻純さん、ありがとうございました」

 

「え、私?私は何も…」

突然お礼を言われ、困惑した表情の麻純。

 

「いいえ、あなたの忠告があったからライスシャワーの命が助かったのです。

あなたから教えられていなければ、私たちが事故に立ち会うことは無かった。

そうなれば彼女は死んでいたのでしょう」

 

「…そうですか、そういうふうに考えることもできるんですね」

麻純は小さく微笑んだ。

 

「そうです。あなたの力が、1人の命を救ったのです。

…あなたのその能力は気分がいいものではないのは存じています。

しかし人を救うこともできたのだ、と言うことは忘れないでください」

 

Kの言葉を聞き、麻純は自分の手をじっと見つめた。

人が死ぬことを見つめることしかできなかったこの力が、

忌まわしい力だと思っていたこの力が、

本当は人を救うこともできるというのなら。

 

「…私、この能力で見えたものは運命だと思っていました。

決められていて、覆せない運命だと。

人が死ぬのをただ見つめるだけ…そんな呪いのような力だと。

でもK先生たちが教えてくれました。

運命は受け入れるものではなく、立ち向かうものだと…!

そう考えると、忌み嫌ってきたこの力も、役立てることがあるのかもしれません」

 

「きっとそうですよ。一也もKAZUYAさんのように医者を目指していますが、

それは運命で決まっているからではありません。

誰かに決められたわけではなく、一也自身が選んだ道を歩んでいるのですから」

 

「ええ…!K先生、これからも一也のことをよろしくお願いします…!」

 

「お任せください。私も、一也がどんな人間に成長していくのか楽しみですよ」

 

 

麻純の力は呪いの力。そう思っている時期もあった。

しかし運命とは決まっているものではなく、変えられるものだと知った。

呪いの力ではなく、福音をもたらすこともできると知った。

 

これを機に麻純は看護師職へと復帰し、

KAZUYAの妹、KEIの下へ行き医療の世界へ戻ったのだった。

 

 

 

 

 

事故が起きてから10日ほど経った日。

ライスシャワーの入院する大学病院で少し騒ぎが起きていた。

 

 

「ふう、休憩休憩。勉強もきついのに、

実習も頻繁にあるってやっぱ医学部は大変だ…」

 

学生が1人休憩をしていると、同期の仲間が通りかかる。

 

「おっ、お前休憩中か!?お前もライスシャワー好きだったよな!

休んでる場合じゃねえぞ、暇なら手伝え!」

 

「何、ライスシャワーが!?まさか容体に異変が!?」

 

「いや、そうじゃねえ!とにかく来い!」

 

同期に連れられて向かったのは病院内の調理室。

ここでは患者への食事が作られている。

 

「おい、ここは調理室じゃねえか。どういうことだ?」

 

「昨日からライスシャワーがリハビリ開始になって、食事制限もなくなった。

そしたらな、ライスシャワーってかなり大食いなんだ…!

調理師の人たちだけじゃ手が足らねえから、

調理は無理だが配膳とか皿洗いを手伝ってくれって頼まれたんだよ!」

 

「な、なんだって!?ライスシャワーは健啖家って聞いたけどそんなにか!?」

 

「オグリキャップやスペシャルウィークほどではないようだが相当だ。

小さい体だがウマ娘だけのことはある…!

でだ、俺たちは医学生の立場だから私的感情で会うのは遠慮してたが…

このチャンスを使えば仕事として俺たちはライスシャワーに堂々と会える!」

 

「お前…天才か!!よく俺を誘ってくれたな!

よし!!今から俺たちはスーパー給食師だ!!」

 

 

そうして彼らはライスシャワーの食事を運びに行った。

 

「失礼します、おかわり持ってきましたよ。

ウマ娘さんですからね、どんどん食べて栄養を取ってくださいねー」

「必要とあらばいくらでも持ってきますから!遠慮なく言ってくださいね!」

 

2人が食事を置くと、ライスシャワーが笑顔でお礼を言った。

 

「わあ、おいしそう…!みなさんありがとうございます…!」

 

その天使のようなほほえみに、ライスシャワーの大ファンである2人はメロメロである。

 

(よっしゃあああああ!!俺にこんな笑顔でお礼を言ってくれた!!超嬉しい!!)

(めちゃくちゃカワイイな…!まるで天使!守りたいこの笑顔!!!)

 

 

 

「本当ありがとうございます。ライスはけっこうたくさん食べる子なので…

沢山いただけてありがたいです」

 

トレーナーも食器を片づけながらお礼を言った。

 

「いえいえ!!これも仕事の内ですから!!」

「何かあったらいくらでも言ってください!」

 

「とても頼もしいです、ありがとうございます。

さてライス、それじゃこれを食べましょうか。はい、あーん♪」

 

「えへへ…あーん♪」

 

ライスシャワーは利き腕を骨折しているので、食事はトレーナーが食べさせてあげていた。

 

 

その姿を眺めた後、空の食器を持って部屋から出た学生2人。

 

「あーん…してたな…」

 

「ああ、してたな…」

 

「超かわいいな…」

 

「だな…」

 

「俺もトレーナーに代わってライスシャワーにあーん♪してえ…」

 

「は?てめえはあの2人の尊い空間を穢す気か?

ふざけたことを言ってると二度とメスを握れねえ体にすんぞ?」

1人が青い炎を湛えて血走った瞳で睨みつけた。

 

「…………ごめんなさい」

 

「俺たちは見守るだけだ。ライスシャワー、あの小さなヒーローを…!」

 

「だな…!」

 

 

 

 

 

 

「お姉さま、次はそれがいいな」

 

「承知しました、お姫様。それでは…あーん♪」

 

「あーん♪」

 

お姉さま、ブルボンさん、ウララちゃん、ロブロイさん、マックイーンさん、お医者さんたち、

他にもライスを応援してくれるみんな…

ライスはまた走れるようになるために頑張るね!

それできっとまた、ブルボンさんやみんなと勝負するんだから…!

 

 

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