外では手術中のランプが灯り、そしてKによる執刀が行われる。
「患部は前腕部なので局所麻酔で手術をする。
蜂窩織炎は抗菌薬の投与で済むが、より効果の高い静脈投与を行おう。
深部では壊死性筋膜炎に移行しつつあるため切開して排膿、
患部のデブリードマンと念入りな洗浄を行う」
「はい!」
「では手術開始だ!」
「まずは数か所の皮膚を切開し、膿疱を排除する!」
「筋膜の壊死は幸いにも軽微なので切除は最小限で済むな。
血栓や神経の壊死は見られない、これならば腕の機能に影響はなさそうだ」
「創部にはドレーンを入れて数日は生理食塩水を流し続ける、
持続潅流ドレナージを行うのが良いだろう」
Kの技術によって激流のように手術が進められていく。
助手をする医師たちは、ドクターKの実力は噂以上だと恐れるのであった。
手術が行われる中、シンコウウインディは外で待機していた。
心配はしているが自分は特にやれることがない…
と思ったので先ほど医者に言われた病気。
壊死性筋膜炎について調べてみることにした。
「さっきの医者は死ぬこともあると言ってたけど本当なのか?
風邪やインフルエンザだって死ぬことがあるし、
本当でもイタズラに大げさなこと言ってるだけかもなのだ…」
そう思って調べてみると、致死率3割、予後不良、手足の切断など、
非常に恐ろしい説明がたくさん出てきた。
※超激ヤバな感染症なのでググると悲惨な症状の画像がいっぱい出てきます
「うわああ!!ほんとだったのだ!!こんなことになるのだ!!?
よかった…症状は軽いって言ってたのだ。
しかしこんなのになるなんて、ウインディちゃんの子分のくせに生活態度がなってないのだ!
…そういえば原因って何なのだ?何したらなるのだ?」
「えーと…原因は外傷からの細菌感染。
細菌が口から入ったりしてもなることがある。
だいたいは切り傷、擦り傷、刺し傷などの傷からの感染。
ほかには咬傷、つまり噛み傷…」
「えっ…噛み傷…?」
噛み傷。
シンコウウインディにはかなりの心当たりがあった。
自分がトレーナーへ噛みつく時は大体が左腕だった。
そして手術するのも左腕らしい。
そういえばこないだ、封印の力がどうとか言ってたのでスルーしてしまったが、
トレーナーが左腕に包帯を巻いていたのは自分が噛みついた直後だったような…。
「も…もしかして…トレーナーの病気って…」
「ウインディちゃんのせいなのだ…?」
シンコウウインディが、体を小さく震わせた。
約2時間後、手術は無事に完了した。
「原因は主に嫌気性の細菌であるため手術後は開放創に、
今後は抗菌薬を投与しながらHBOにもかけて2週間程度治療を継続する。
念のため原因菌の特定のための解析もしておこう。
皆、サポート感謝する」
「お疲れ様でした!」
【HBO】
高気圧酸素治療(HBO:Hyperbaric oxygen therapy)。
大気圧よりも高い気圧環境の中に患者を収容し、
この患者に高濃度の酸素を吸入させる治療法。
急性の一酸化炭素中毒や減圧症の治療選択肢として基幹病院に広く採用されている。
通常の血液では酸素はヘモグロビンと結びついた「結合型酸素」として運ばれるが、
HBOの環境下に入ると血液中に直接溶け込む酸素が大幅に増加する(溶解型酸素という)。
溶解型酸素はヘモグロビンを介さずに酸素を運搬できるため、
貧血(ヘモグロビン量の低下)などに影響されることなく全身の酸素不足を解消できる。
また、高濃度の酸素は嫌気性の細菌に効果が高いので、
重度の感染症に対しての治療法としても使われる。
手術中のランプが消灯。
Kとトレーナーが外へと出て、待っていたシンコウウインディに話しかける。
「お疲れ様でした。手術は無事完了しましたよ」
「ただいま、ウインディ。待っててくれてありがとう」
すると青ざめた表情のシンコウウインディが素早く近づいてきた。
「ほっ…!本当にちゃんと治ったのか!?本当なのか!?」
「ええ。幸い初期段階で対応できましたからね。
経過観察は必要ですが、おそらく予後は良好でしょう」
「そ、そうか…!よかったのだ…!」
シンコウウインディは心の底から安堵する表情を見せた。
「いやあウインディ、この先生めちゃくちゃすごかったよ。
周りのほかの医者が全員怖れ戦くような速さと正確さでやってくれたみたいだ。
こんな人に掛かれて本当ラッキーだ、ウインディのおかげかな?」
「ウインディちゃんの…おかげ…?」
「手術前に言ってたろ、ウインディに仕えてるおかげだって。
それなら俺は幸せ者…」
トレーナーはそこでシンコウウインディの表情が苦しそうなものになった事に気付いた。
喜ばせるつもりで言ったのだが、予想に反した表情だ。
「ち…違うんじゃないか?ウインディちゃんの『おかげ』じゃなくて…
ウインディちゃんの『せい』なんじゃ…?」
「えっ?」
トレーナーは驚いて声を上げる。
「医者!!今回の手術って、原因はなんだったのだ!?
左腕って…その…ウ、ウインディちゃんが…
何度か噛んだことがあったような気がするのだ…!」
声を震わせながらKに向かって言うシンコウウインディ。
トレーナーとKは顔を見合わせた。
シンコウウインディの行動が元々の原因だと後で伝えるつもりだったが、
どうやら手術を待っている間に自分で理解したらしい。
「原因はそうですね…お察しの通り、彼の噛まれた傷からでしょう」
「こんな…こんなことになるなんて思わなかったのだ…
もしかしたら死んでたかもなんて…ご、ごめんなさいなのだ…」
耳を垂らして涙目で謝るシンコウウインディ。
トレーナーはそれを見て、ちゃんと謝れるようになって随分成長できたものだと嬉しくなった。
今回の件は激しめのショック療法みたいなものかもしれないが。
「ウインディ、そんなに気にしないでくれ。
先生に言われたんだがな、痛んできたのに放置した俺も悪いんだ。
まあその、強く噛むのは少し控えてもらえると助かるが…」
「うん…。お前にいなくなられたら困るのだ…。
これからは気を付けるのだ…。」
Kはずいぶんしおらしくなったシンコウウインディを見て、
反省しているなら、と説教するのをやめた。
「反省しているようですからとやかくは言わなくてよさそうですね。
まあ、噛むにしても傷にならない程度でやることです」
「わかったのだ…。あの…トレーナー以外にも噛んじゃったことがあるのだ。
その人たちも、もしかして…こうなるのだ…?」
「可能性はありますが…壊死性筋膜炎になることはかなり稀です。
まず血が出るほどではない、歯形がつく程度なら体内に細菌が入ることはありません。
それ以上だと傷から入った細菌によって蜂窩織炎などの感染症になることはありますが、
痛んだり腫れたりしなければ問題はない事がほとんどでしょう。
まあ気になるなら病院で検査してもらうのも悪くありませんが」
「そうなのか…。どうもなのだ…」
かなり落ち込んだ様子のシンコウウインディ。
だがトレーナーがしばらく励ましてやっていたので、
最後の頃は高笑いをするくらいの元気が出たようだ。
トレーナーはこのまま2週間ほど入院することとなったため、
シンコウウインディは1人で寮に戻って行った。
シンコウウインディは帰宅する道すがら、自分の噛みついた相手について考える。
(ドトウとかデジタルとかパーマーとかヘリオスとか、他にもいろいろ…)
(ウインディちゃんは結構いろんな奴に噛みついたのだ)
(でも傷になるような強い噛み方をしたのはそんなに多くないはず…)
「あっ…!」
先日、ヒシアマゾンに噛みついて反省させられたときのことを思い出した。
あの時のヒシアマゾンの左腕には包帯が巻かれていた。
もしかして、トレーナーと同じようなことがヒシアマゾンにも…?
「や…ヤバいのだ…!!」
静かに歩いていたシンコウウインディだったが、全速力で駆けて行った。
シンコウウインディは寮に戻った後、真っ先にヒシアマゾンのもとへと向かう。
「おーい!ヒシアマ!!」
「おっ、ウインディ!戻ってきたのかい!
聞いてるよ、あんたのトレ公が入院したんだってね。
大変だね、アタシにできることがあったら手伝ってやるからね」
「ヒシアマ!左腕の調子はどうなのだ!?
腫れたり、赤くなったり、痛んだり、熱が出たりしてないか!?」
「な、なんだい急に。この前噛みついた傷のことを言ってるのかい?
だいたい治ったよ、まだちょっと跡が残ってるけど」
ヒシアマゾンが左腕をさする。
傷はもうすでに包帯も取れていて、うっすらと歯形が残ってる程度である。
「ごめんなさいなのだ…!あのときっ…!き、傷から血は出たのだ!?」
「血…?ちょっと出たかな。反省してくれたならうれしいけどね。
出来るだけやめるんだよ、人を噛むのは…」
ヒシアマゾンは思いがけず謝られたのに驚きシンコウウインディの顔を見ると、
彼女の表情がかなり青ざめているのに気付いた。
「ど、どうしたウインディ?顔色が悪いじゃないか…」
「ヒシアマ!!今すぐ病院に行くのだ!!」
「は!?びょ、病院!?どうしたんだい急に!?」
「傷から感染症になって死ぬかもなのだ!!今すぐ調べてもらうのだ!!」
「いやいや、もう傷はふさがってるし平気だよ」
「皮膚の下で進行が進むこともあるのだ!!素人判断するななのだ!!」
シンコウウインディは地団駄を踏みながら言った。
「もう…なんなんだい。わかったよ、明日行ってみるかね。
姐さんはこれから夕食の手伝いしてくるから、ウインディは部屋に戻りな」
「明日じゃ駄目なのだ~!発症したら数時間で死ぬのだ!!
ウインディちゃんもついてってやるから今すぐ行くのだ!
ヒシアマが行くべきなのは厨房じゃなく、病院なのだ!!
治療が必要な患者かもなのだ~~~!!」
シンコウウインディは必死の形相でヒシアマゾンの手を掴み、
ぐいぐいと外に引っ張り出そうとした。
ヒシアマゾンはシンコウウインディがあまりにも必死なのが気になるが、
心配してくれてるみたいだし…と悪い気はしなかった。
「あーもう、引っ張るなって…!分かったよ!!
ウインディがこんな必死になるなんてね。夕食はオバちゃんに任せるか…。
じゃあついでにあんたのトレ公の見舞いでも行くかね。
急に入院になったって話だから、着替えとか持ってってやった方がいいだろ?」
「あ!それはいい案なのだ!!子分を助けてやるのが親分だもんな!
よし、とっとと準備して行くのだ!!」
シンコウウインディとヒシアマゾンはトレーナーの入院グッズを用意してまた病院に戻った。
帰ったのにまた戻って来たのでトレーナーには随分驚かれたが、
着替えなどを持ってきてくれたことを喜んでくれた。
ヒシアマゾンの腕はKが検査した結果、特に問題はなかった。
シンコウウインディは大げさだと笑っていたヒシアマゾンだったが、
シンコウウインディのトレーナーの状況を聞いたときはちょっと怖がっていた。
2週間たち、無事に退院したトレーナーがまたシンコウウインディとのトレーニングに戻る。
左腕には手術創がまだ残っているが、痛みも腫れもなく概ね元の状態に戻っている。
「いやあ、ずいぶん待たせてしまってごめんなウインディ。
体もしっかり治ったから今日からはずっと付き合ってやれるぞ!」
「ま、待ってはいないけど…よく戻ってきたのだ。
またよろしくなのだ!」
「ああ!」
トレーナーの入院以降、シンコウウインディによる、
物理的な問題が起こる可能性があるイタズラの頻度は激減した。
自分のイタズラがとんでもない事態を引き起こしたことは、
シンコウウインディの考えを強烈に改めるきっかけになったようだ。
ただし水やり用ホースをリアルな蛇ペイントにするような、
相手を驚かせるだけのイタズラは続けている。
トレーナーの謝罪行脚は終わらない…。
特に人を噛むことはしないよう努めているようで、あれ以降めっきりしなくなったが、
やはり噛みたい欲求があるのをを我慢してるだけなのは見て分かった。
トレーナーはストレス発散にと硬いグミやガムや固焼きせんべいを与えてみた。
シンコウウインディはそれらをおいしそうに食べていたが、
噛みつくのと噛んで食べるのは違いがあるのか、
微妙にストレス解消とまではいかない様子である。
「よーし、お疲れウインディ。今日も頑張ったな」
「ふん、このくらい余裕なのだ。でもまあ続きは明日にするのだ」
トレーニングを終え、シンコウウインディが汗を拭きながら歯をカチカチと鳴らした。
やはり噛みつきたいという衝動があるようだ。
「なあウインディ…しばらく我慢してるようだが、俺には噛みついたっていいんだぞ?
他の人にはだめだけど、俺はウインディのトレーナーだからな」
「そ、そうなのだ…!?」
勢いよく振り向き目を輝かせるシンコウウインディ。
だがすぐに落ち着いて耳をしゅんと垂らす。
「でも…ウインディちゃんのせいでお前がああなっちゃったのだ。
噛みたいけど、お前に死なれたら困るのだ…」
「大丈夫だよ、ほら。手術してもらったからもう腕は痛くないししっかり動くよ。
それに先生も言ってたじゃないか、傷にならない程度ならいいって」
「う~…」
「やりすぎないように練習ってことでさ、トレーナーを頼ってくれていいんだぞ。
ほら…!」
トレーナーが右腕を差し出した。
シンコウウインディはそれをじっと見つめる。
「…本当に、いいのだ?」
「もちろん」
「そうか…。それなら、そうだな!
実はちょっと歯がうずうずしていたのだ。口さびしいというか…。
やめろって言ってもやめないからな!」
シンコウウインディは嬉しそうに尻尾をブンブン振り回す。
「こい!」
「それじゃ、傷がつかないように…甘噛みなのだ…!」
シンコウウインディは口を大きく開けて…
「あむ―――っ!」
トレーナーの右手に優しく噛みついた。
「ガブガブ…あむあむ…ぷはぁ…♪
まだまだなのだ…!弱いぶん、いっぱい噛むのだ…!」
シンコウウインディはトレーナーの右腕に何度も甘噛みをした。
久しぶりに噛みつけてとても満足そうな表情だ。
それを見ながらトレーナーは考える。
(俺はなにをやっているのだろうか?
そう、これはあくまでウインディのストレス発散のためにやっていること。
俺には全くやましい気持ちはない。一切ないぞ。
トレーナーとしての指導だし、仕方なくやってることだ。うん。間違いない)
「あむ…あむ…♪」
(…………甘噛みされるの、気持ちいいな)
そんなこんなで、2人のレース人生はまだまだ続くのだった…!
ウインディちゃんとトレーナーってクリスマスの街中でガブガブしてるのでかなり凄いことしてますよね。
温泉に行くと一緒に寝るとか言い始めますし、うまぴょいな関係になるのも時間の問題だな…!