スーパードクターU   作:黒い平方四辺形

19 / 51
老いた狼(後編)

 

 

手術の日から約2か月後。

この日行われる阪神大賞典ではナリタブライアンが出走すると発表され、

予定通りに彼女がターフへと現れた。

 

しかし今のナリタブライアンは人気こそあれど、

このG2の舞台であっても勝つとなかなか思われないほどの立場である。

その理由は負け続ける姿を見せたことと、もう一つ。

前回の有記念で勝利したマヤノトップガンの出走も理由だった。

 

マヤノトップガンはナリタブライアンを見つけると、すぐさま近づき声をかけた。

 

「あ、ブライアンさん!今日もよろしくね!」

 

「……」

 

しかしナリタブライアンは無視である。

 

「ちょっとー!この流れ、前もやったでしょ!

ブライアンさんひどーい!」

 

「…まったく、お前は騒がしい奴だな」

 

「えへへ、いいでしょ?子供は風の子、元気な子!

賑やかな方が楽しいもんね!」

 

「用件はそれだけか?なら私は行くぞ」

 

「んーん!用件は別!あのねあのね、マヤは…」

 

そこでマヤノトップガンは一度息を吸い、好戦的な表情をしながら言った。

 

「マヤは、ブライアンさんに勝つよ!

ブライアンさんは、マヤが勝つところを目に焼き付けてね!」

 

「…ほう?宣戦布告のつもりか?」

 

「ちょっと違うかな、マヤはもう勝つ気満々だから!

…マヤの憧れのブライアンさん、とっても強いブライアンさん。

だけど最近調子が揮わないよね。怪我で元気をなくしちゃったのかな?

でも、それならマヤの走りでワクワクさせてあげるから!

キラキラするマヤを見て、マヤに勝つために頑張るぞーって思えるようにさせてあげる!」

 

「ふん、自分が勝つと疑わないとはずいぶん傲慢だ」

 

「あはっ、だってマヤはブライアンさんを追っかけてきたんだもん!

ブライアンさんは、自分が勝つことを疑ったことなんてないでしょ?」

 

「その通りだ。私も自分の勝利を疑っていない。

だから、先にゴールする背中を目に焼き付けるのはお前の方だ」

 

ナリタブライアンは鋭い視線でマヤノトップガンを見つめる。

マヤノトップガンは、その瞳に込められた力の強さに一瞬たじろいだ。

 

「あれっ…!ブライアンさん、もしかして…

このレース、すっごくワクワクしてる!?」

 

「ワクワク、だと?」

 

ナリタブライアンは目を閉じて少し考え、

 

「想像に任せる」

 

そう言って去って行く。

その去り際、彼女の口元がわずかに緩んだようだった。

 

離れていくその背中を見つめるマヤノトップガン。

 

「マヤ、わかっちゃった!

ブライアンさん、この前の有記念と違ってワクワクしてる!

なんでかなー?何かいいことがあったのかな?

それなら、マヤがもっともーっとワクワクさせてあげるからね!」

 

 

 

 

 

マヤノトップガンの元から離れたナリタブライアンにまた近づいてくるウマ娘。

それはサクラローレルだった。

 

「ブライアンちゃん!今日はよろしくね!」

 

「チッ。全く、騒がしい奴らに絡まれる日だ」

 

「うふふ、ブライアンちゃんが引き寄せてるんだから観念してね!」

 

「お前は私に何を言いに来た?」

 

「ブライアンちゃん、私はあなたにずっと憧れてた。

ずっとあなたと戦いたかった。でも私は体が弱かったからなかなか叶わなかった。

ずっとあなたの活躍を、歯を食いしばりながら見てきたんだ。

そして…あなたの火が弱まっていく姿も…。」

 

「それなら、私にできること。

桜が咲いて、散って行くように…もし全てに終わりが来るのだとすれば。」

 

サクラローレルの桜の瞳に紅い炎が滾る。

 

「―――あなたの光を塗り替えるのは私がいい。

あなたよりも煌めいて、先の未来に進んでみせる」

 

「は、止めを刺しに来たってわけか」

 

「うん!体が弱くなっても、ブライアンちゃんの目はまだギラギラして獰猛なまま。

だから、体の衰えだけじゃなく心まで衰えてしまう前に…

私の姿を目に焼き付けて、終わりにしてあげる」

 

サクラローレルの、強い強い意志が籠った言葉と瞳。

ナリタブライアンはそれをしばらく見つめる。

 

「…ここまで強い殺意を向けてきたやつは初めてだな。

だがお前の気持ちなど知ったことではない。私はただ走るだけだ。

この呼吸が止まるまで…!」

 

そう言ったナリタブライアンの瞳は、

まさしくぎらぎらとした獰猛な獣のようだった。

 

「ふふ、楽しみ!じゃあ今度はコースでね!」

 

 

サクラローレルが掌をひらひらとさせながら去って行く。

 

(私の身体が十分になって、ようやくあなたと戦える。

そう思っていたのに、今度はブライアンちゃんの身体が弱くなった。

こんなの酷いよね。どうしてこう、うまくいかないことばかりなんだろうなあ…)

 

(ブライアンちゃんはかつては孤高の一匹狼だった。

だけど今のあなたは群れの中の弱くなった狼。

『群れに答えなどない』と言っていたあなたが、今はバ群に飲まれる老いた狼)

 

(それなのにまだあなたの目は昔と変わらずギラギラしている。

始めはそれもあなたの強さだと思っていたけれど、今はそれがむなしく映る)

 

(あなたが寒さの中で凍てつくのなら、せめて私がはなむけを。

私の姿を目に焼き付けさせて、永劫の安らぎの眠りにつかせてあげる)

 

 

 

 

『今年の阪神大賞典、1番人気はマヤノトップガン!

菊花賞や有記念を制し、今一番勢いのあるウマ娘と言っても過言ではありません!』

 

『そしてそれに続く2番人気、ナリタブライアン!

記念と同じく、マヤノトップガンに抜かれる形での2番人気!

今度はマヤノトップガンに挑戦する立場となりました!』

 

『3番人気はサクラローレル!昨年は体の不調に悩まされてきたウマ娘ですが、

ついに本格始動、この春にひときわ強く咲き誇るウマ娘です!』

 

『出走ウマ娘が全員ゲートイン!

今、スタートしました!』

 

 

マヤノトップガンは逃げ、ナリタブライアンとサクラローレルは差し。

まずはマヤノトップガンが後続を率いてトップに躍り出る。

 

 

「よーし!マヤちん、テイクオーフ!

見ててねブライアンさん、これがマヤの走りだーっ!」

軽快に飛ばしていくマヤノトップガン。

 

(私は後方でブライアンちゃんの動きを見る。

追うに値しない走りなら、早めに追い抜いて先行の側へ回ろう)

サクラローレルは最後方でナリタブライアンの姿を視界に捉えながら走る。

 

 

そしてナリタブライアンは後方で控えながら、

サクラローレルの少し前方で走を進めていく。

 

レースが始まって少ししたころ。

ナリタブライアンの口元には笑みが浮かんだ。

 

(行ける!この動き、この力!以前の私と同じ走りだ!)

 

(心が、身体が滾る…!)

 

(負け続けて渇ききったこの私に、自由な走りという恵雨が降り注ぐ!)

 

「はあああっ…!」

 

ナリタブライアンの姿勢が低くなり、地面の踏み込みが強くなる。

その姿を見たサクラローレルは予想外の展開に驚愕した。

 

(ブライアンちゃん!?その走りは…その走りは!!

強かった頃のあなたの『あの走り』…!!!

まさか、脚が治ったの!?)

 

 

『おっと、ナリタブライアンが順位を上げていく!?

差しの作戦ではなかったのか!?まだレースは中盤に差し掛かるところ、

だが前を走るウマ娘をグングンかわして行く!』

 

観客からは大きなざわめきがわいた。

恐らくまた負けてしまうだろうと思われていたナリタブライアン。

だがその走りは、恐ろしい力強さを見る者に感じさせ、

敗北の想像などすべて吹き飛ばしてしまうような勢いだった。

 

観客席で見守るトレーナーとビワハヤヒデも、

ナリタブライアンの想像以上の走りにただ驚き、そして喜んだ。

 

「ブライアン…!差しの作戦だったのにガン無視してるな…!

ははっ!だけどあれは、あの自由な走りは!昔の走りを取り戻したみたいだな!」

 

「ああ、アイツの表情を見ろ。

あれほど楽しそうに走る姿を見るのは、子供の頃以来かもしれない…!」

 

 

 

マヤノトップガンは、かすかに聞こえる実況と観客のざわめき、

そして後方から発せられる圧倒的なプレッシャーを感じとる。

 

(なに…?なに、この感じ!これってまさか、ブライアンさん!?)

 

 

『残りおよそ1000m、ナリタブライアンが先頭をとらえた!

凄まじい速度を維持し続けている!まさかこのまま最後まで行くつもりか!?』

 

 

ついにマヤノトップガンのすぐ後方へと迫ったナリタブライアン。

マヤノトップガンがちらりと後ろを見ると、

かつてなく楽しそうに走るナリタブライアンの姿を見た。

 

「~~~っ!!やっぱりブライアンさんだ、すごい!

でもマヤだって負けないよ、ゴールにロックオン!!」

 

 

『迫るナリタブライアンを引き離すべく、マヤノトップガンもロングスパートをかける!

…っ!だが、だが引き離せない!僅かずつ詰め寄られていく!』

 

 

早くもデッドヒートを繰り広げる2人に対し、さらに後方から迫る影。

 

「ブライアンちゃん、まさかまた強いあなたに戻るなんて…!

とってもうれしいよ!その強いナリタブライアンに、私は勝ちたかったんだから!!」

 

 

『先頭残り600mを切るところ、さらに後方からサクラローレルが来た!

凄い末脚で距離を詰めていきます!』

 

 

かつてのような、真の全力の走りをするナリタブライアン。

 

(私の身体は怪我で変わってしまった。それによって私を取り巻く環境も変わった)

 

(そして再び身体が変わり、今度は元に戻ることができた)

 

(そうすると、また取り巻く環境が再び変わってしまうのだろうな)

 

(だが様々なものが変わりゆく中で、『私』はずっと何も変わっていない)

 

(心の中の渇き、レースへの思いは)

 

(かつても、この前も、そして今も…)

 

(烈火のごとく燃えている!!)

 

「いくぞっ!!!」

 

 

『ナリタブライアン、先頭に躍り出た!マヤノトップガンをかわし、さらに差を広げていく!』

 

 

「ブライアンさん…!?くっ、マヤだって…!ファイナルアプローチ!!!」

 

「ブライアンちゃん!!そう、それでこそナリタブライアンだよね!

それでこそ倒しがいが…あるっ!!!」

 

 

加速するナリタブライアンを追い、マヤノトップガンとサクラローレルも死力を振り絞る。

だがナリタブライアンの速度は衰えるところを知らず、さらに後続を引き離して行った。

 

 

『ナリタブライアン、差を4バ身、5バ身と引き離していく!

これはもはや独走状態!ナリタブライアン、その勢いのまま1着でゴール!!!

シャドーロールの怪物、完全復活!!

記念のリベンジを果たし、見事な勝利を飾りました!』

 

 

 

「はあ…はあ…」

 

ゴールをして息をつくナリタブライアン。

 

「おめでとうブライアン!」

「おかえりブライアン!」

 

そこに観客から届く、割れんばかりの拍手と歓声。

ナリタブライアンは拳を握り、喜びのガッツポーズをした。

 

 

 

 

 

ナリタブライアンのもとに、マヤノトップガンとサクラローレルが近づいてきた。

 

「はひ~…ま、負けちゃった~。ブライアンさん、ずるいよ~…。」

 

「マヤノか。言ったとおり、背中を目に焼き付けるのはお前の方だったな」

 

「もー!ずるい~!だってだって!ブライアンさん、マヤよりずーっとキラキラしてた!

今日はマヤがキラキラして!マヤがブライアンさんをワクワクさせるはずだったのに!

マヤの方が、すっごくワクワクさせられちゃった!」

 

「ふふっ、私もブライアンちゃんの走りを見てワクワクしたよっ。

止めを刺すつもりだったのに、ぜーんぜんダメだったね。

でもそうする必要もないよね。だって、強いブライアンちゃんが戻ってきたんだもん!」

 

「ふん、ローレルも当てが外れたようだな。

私は変わらない。今までも、これからも渇きを潤すために走り続ける」

 

「ブライアンさん、かっこいー!

じゃあね、今日マヤをワクワクさせた責任を取って、また勝負してね!」

 

「…なんで私のせいになるんだ」

 

「うんうん!私ともまた勝負しようね、ブライアンちゃん!」

 

マヤノトップガンとサクラローレル。

2人から放たれる羨望の眼差しと、好戦的な眼差し。

ナリタブライアンはそれをこれ以上なく心地よく感じられた。

 

(こいつらは強い私にも、弱い私にも、いつも変わらず勝負を挑んできた。

私を恐れて逃げていった連中とはまるで違う。

私に落胆して離れて行った連中とはまるで違う。

ふっ、面白い奴らだ)

 

「…春の天皇賞。私は次にそこで走る。

もしもまた私に負けたいというのなら、そこに来い。

またブッちぎってやる」

 

「やったー!じゃあマヤも出るから、また勝負だね!」

「わあ、楽しみ!次こそ強いあなたを倒して見せるからね!」

 

 

 

ナリタブライアンは2人と次の勝負の約束をして、地下バ道へと戻った。

そこには自分を支えてくれたトレーナーと、姉のビワハヤヒデが待っていた。

 

「おめでとうブライアン!いい走りだったぞ!」

 

「おめでとう。昔のお前に戻ったようだな」

 

「トレーナー、姉貴…。感謝する。こうなれたのも2人のおかげだ」

 

「礼には及ばんよ。お前が強くなってくれると、私もさらに強くなれるのだからな。

言ってしまえば私自身のためにやったことだ」

 

「俺はブライアンをサポートしただけで、頑張ったのはブライアンだ。

元の強い君に戻れたのは、君自身の力だよ」

 

ビワハヤヒデとトレーナーは謙遜したが、

ナリタブライアンの素直な感謝の言葉がうれしかったのか、頬が少し赤くなっていた。

 

「ふっ。だがこれで満足するつもりはない。

走ることへの渇望は、今も私を前へと進ませる。

その先には―――姉貴。追い抜きたいアンタの背中が待っているのだからな!」

 

「ほう、嬉しいことを言ってくれる。

私もお前の姉として恥じない走りを取り戻さなくてはな」

 

「やっぱり変わらないな、ブライアンは。

じゃあこれからも走り続けるぞ、ブライアン!」

 

「無論だ。さあ行くぞ!いつかこの渇きが潤うまで、アンタと共に!」

 

 

 

 

 

 

 

 

阪神大賞典から数日後。

Kの診療所に大きな荷物が届いた。

麻上がそれを受け取り、重そうな顔をしながら中へと運んできた。

 

「K先生あてに何か届きましたよ。けっこう大きいですね。

差出人は…ビワハヤヒデさんですって」

 

「ビワハヤヒデ?

そういえば、そのうちナリタブライアンの治療のお礼を送ると言っていたな。

恐らくそれだろう、開けてみよう」

 

荷物を開けてみると、バナナが大きな房で丸ごと入っていた。

 

「…バナナ?」

 

Kが怪訝な顔をすると、横から見ていた富永が話に入ってくる。

 

「おお…凄いバナナっスね。

これ、アレですよ、ビワハヤヒデってバナナが大好きなんですけど、

その中で特に好きなのがこのバナナらしいです。けっこう高級品なんスよ!」

 

「そうなのか、後で礼を言っておくか。だがこの量は…この診療所だけではきついな。

ウマ娘基準で食べ物を送られると食いきれん、後で村の人に配ろう」

 

バナナを箱から取り出すと、手紙も一通同梱されていた。

当然ビワハヤヒデからの物である。

 

「あら、手紙も入ってますよ。ビワハヤヒデさんはマメな方なのね」

 

「手紙か。どれどれ…」

 

 

 

『ドクターK、診療所の皆様

 

拝啓

春風駘蕩の候、診療所の皆様はますますご健勝のこととお慶び申し上げます。

 

先日は私の妹、ナリタブライアンの治療を行っていただき心から感謝いたします。

おかげでナリタブライアンは昔の脚を取り戻し、去る阪神大賞典で見事な勝利を掴みました。

これもひとえに診療所の皆様の力によるものです。本当にありがとうございました。

ナリタブライアンもあなた方への感謝の言葉を何度も言っておりました。

 

また、ドクターKに施していただいたもう一つの治療。

そちらも大成功しており、姉としては安心する限りです。

 

心ばかりの品ですが、御礼として私の愛用するバナナを送ります。

農薬などが不使用で、栄養満点のおすすめの品です。

皆様で召し上がっていただければ幸いです。

 

私たちはウマ娘ですので、また何か怪我や病気をしてしまう可能性があります。

またお世話になることがあるかもしれませんが、その際はどうぞ宜しくお願い致します。

 

最後にもう一度、本当にありがとうございました。

 

敬具』

 

 

 

「字も内容も丁寧ですね。

ブライアンさんのお姉さんですけど、性格は随分と違いそうです」

 

「ふっ、そうだな。

だが、どちらも走りに対しては貪欲なところは一致している」

 

「その辺は似た者同士っスね!

ビワハヤヒデが回復したら、姉妹対決が始まるでしょうから楽しみだなァ!

ところで…」

 

富永が手紙の中の一文を指さして言った。

 

「この『もう一つの治療』ってなんです?

脚以外になにかやりましたっけ?」

 

「そうか、富永たちには説明してなかったな。

これはビワハヤヒデとナリタブライアンのトレーナーから頼まれたことなんだが…」

 

 

「えっ、偏食をなくし、野菜を食べさせるようにした!?」

 

富永と麻上の驚いた声が診療所内に響いた。

 

 

 

 

 

 

トレセン学園の学食。

席に座るナリタブライアンの前の皿にあるのは一汁三菜、いや四菜?

程よい量のタンパク質と炭水化物、多めの野菜たちだった。

そしてそのナリタブライアンの両側を挟むようにして座るのは、

あのマヤノトップガンとサクラローレルだ。

 

「はい、ブライアンさん!サラダいっぱい持ってきたよ!」

「はい、ブライアンちゃん!お浸し、漬物、煮物もあるよ!」

 

「……」

 

ナリタブライアンはそれをひどく苦々しい顔で見つめたのちに食べ始めた。

 

「なんでお前たちが私の野菜を持ってくるんだ。ほっといてくれ」

 

「だめだめー!マヤはヒシアマさんから直々に頼まれてるもん!

今日はブライアンさんがおいしく野菜を食べられるように手伝ってあげて、ってね!」

 

「チッ、そんな事されんでもちゃんと食う。ほっとけ」

 

「だーめ♪私もハヤヒデちゃんから頼まれたんだもの!

ブライアンちゃんが、脚の調子が戻ったからと言って、

野菜を避けたりしないか見張ってね、って!」

 

「アマさんも姉貴もおせっかいすぎる…!

全く…そんなに信用がないのか、私は!」

 

「まあ、ブライアンちゃんは今までが今までだからね」

 

「好き嫌いはダメだよ、ブライアンさん!」

 

「…チッ!!」

 

文句を言いつつもしっかりと野菜を食べるナリタブライアン。

野菜を嫌い、肉を好む彼女が変わったのは約3か月前。

Kと会ったあの日からだった。

 

 

 

 

『さて。治療の準備に関しては俺の方で準備をするので問題はないが…

ナリタブライアンさんにもひとつ、やっておいてもらわなければならないことがある』

 

『何だ。やるべきことがあるのなら、どんなことでもしよう』

 

『ああ、それは――――野菜をしっかり食べ、肉はほどほどにすること。

すなわち食事管理をしてもらう』

 

『なん…だと…?野菜…!?』

 

『そうだ。君の血中成分などを見たところ、野菜に含まれる栄養素が少なく、

逆に肉由来の栄養素が多い。これはだいぶ偏った食生活をしている、違うか?』

 

『…まあ、私は肉が好きだが。だがアマさん…うちの寮長や姉貴に睨まれているから、

それなりには野菜も食っているはずだぞ』

 

『だがそれでは足りないのだ。もっと多くの野菜をバランスよく摂取する必要がある。

それに多く摂取している肉にも問題があるな。

肉に含まれる必須アミノ酸の一種であるリジンは、

過剰に摂取すると肝機能障害を引き起こす危険もある。

そう言ったことによって、手術に影響が出る可能性がある。

ここは従ってもらいたい、脚を治すためにもな』

 

『…そう言われては断れんな。やるべきことがあるならやると言ったばかりだ。

わかったよ、姉貴やトレーナーと相談して考えてみる』

 

『よろしく頼む。

一応言っておくが、脚が治ったら食事管理も終わりだと考えてはいかんぞ。

食事の管理は君の強さをさらに引き上げてくれる。

強さを貪欲に求めていく君なら、やるべきことの一つのはずだ』

 

『くっ…。わかった、やってやるさ…!』

 

 

 

あの時、そういった話があったのだ。

だがこれは完全な嘘ではないものの、ビワハヤヒデとトレーナーに頼まれて打った一芝居。

野菜を嫌がるナリタブライアンも、医者に言われれば変わると予想してのことだった。

健康のために行われるものなら、医者の嘘は方便である。

 

 

 

そのような真実は知らぬまま、嫌々ながらも野菜を食べていくナリタブライアン。

 

「私もな、心底嫌ではあるが…このことは受け入れているんだ。

変わらないために、変わらなければならないこともあるのだと。

だから野菜を食うことに文句はないし、やめるつもりもない。

だが、どうしても納得いかんことが一つある」

 

「納得できないことって?」

 

サクラローレルが聞くと、ナリタブライアンは遠くのテーブルに視線を向けた。

 

「私が納得できないのはあいつらの存在だ」

 

そこにいたのは『怪物』仲間のオグリキャップ。

そして『日本総大将』のスペシャルウィークだった。

2人の前にある食事は、まさしく『山』盛り。

本人の身体よりも体積が大きいようにしか見えない。

一体どこに入っているのだろうか?

 

「私は医者に栄養バランスを考えろと言われて従っているんだ。

だったらあいつらは何なんだ?何故あいつらは平気なんだ?

クソッ、納得いかない…!!」

 

歯ぎしりをするナリタブライアン。

 

「あの2人は…マヤにもわかんないなぁ。個人差としか言えないかも…」

 

「本当にすごいよねあの2人。私があれを食べたら死んじゃうと思う」

 

オグリキャップとスペシャルウィークの食べっぷりを見つめるナリタブライアンは、

とても悔しそうな表情だった。

 

「肉が少ない…心が、身体が渇く…!

この飢えはもはや走ることでしか癒すことはできん…!

マヤノ、ローレル、今日の放課後は併走に付き合え。

断る権利はないぞ。お前たちが言ったんだ、今日は私のお目付け役だとな」

 

 

「わあ、楽しそう!いっぱい走ろうね!」

 

「マヤ、ワクワクしちゃう!」

 

「ふっ、お前たちを喰らい、私はさらに前に進む!

その糧となってもらうぞ!」

 

 

脚が治り、完全復活を果たしたナリタブライアン。

彼女の中に灯る火は、彼女の、周囲の、観客たちの心をも激しく燃やすのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。