スーパードクターU   作:黒い平方四辺形

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時の事務人(後編)

 

 

この日の午後はトレセン学園の保健室への医療器具納入があった。

備蓄が減ってきたために注文がしてあったのだが、

注文元のメーカーの近辺で少し規模のある災害があり、

注文分は緊急の要請によってそちらに回すこととなった。

それの補填として、連携している病院等から少しずつ回してもらうことになっている。

 

「トレセン学園の保健室はウマ娘たちにとっての命綱ですからね。

常に万全の設備がそろっていなければなりません!」

 

「同意ッ!その通りだ、たづな!

業者から連絡が来たときは少し焦ったが、他の病院から回して貰えたから安心だ!」

 

「本当ですね、安心しました。あ、車が来たみたいですね!」

 

トレセン学園のために医療用品を大量に積んだ車がやってきた。

そこには数人の医療従事者と、黒いマントに身を包んだ男がいた。

 

「こんにちは。依頼のあったものを持ってきましたよ」

 

「驚愕ッ!K先生ではないか!君が来てくれるとはどういったことなのだ?」

 

Kは何度かトレセン学園に来ているため、理事長やたづなとも面識があるのだ。

 

「この近辺に出張してきていたんですが、その折にトレセン学園のことを聞きましてね。

医療器具を流すのは病院にとってはあまり気軽に行えるものではありませんから、

私も手伝いとして近隣の病院へ話をしてきたのです」

 

「ウチの病院はトレセン学園と懇意にしていますし、

それにドクターKに頼まれたら断れませんよ!

いっぱい持ってきましたから安心してくださいね!」

 

近隣の病院に勤務している彼の病院は、Kの説得によって薬品の提供を決意したのだ。

 

 

 

 

【薬のやり取り】

病院間の薬のやり取りは薬機法で認められていない。

薬品メーカー→物流センター→卸売業者→医療機関、と流通ルートが定められている。

例えばA病院の薬をB病院に分ける場合はA病院が一度卸売業者に返品した後、

B病院が改めてそれを購入するという流れになる。

 

しかしその流れを取った場合、A病院はその薬量が必要なかったとみなされ、

以降の提供量を減らされてしまう困ったシステムなのだ。

この流れの例外となったのは、東日本大震災や熊本地震などの大規模な災害だけである。

 

ただしKはそんなものに縛られるような人物ではないので、

近隣の病院を説得し、細かいことは無視してトレセン学園に提供できるようにしてくれた。

それというのも、提供してくれた病院で万一薬品が足らなくなった場合、

Kの診療所から提供するという約束をしたからである。

おかげで病院としてもある程度安心して提供してくれたのだ。

 

 

 

 

 

「あら、それじゃあこんなに集まったのはK先生のおかげでしたか!

ありがとうございます、これで安心して生活できます!」

 

「いえ、ここの学園も大きいですからね。

医者の皆様も何とかしたいと思ってくれていたところです。

お礼なら私ではなくこれを譲ってくれた病院の方々にお願いします」

 

「そうですね、みなさんありがとうございます!」

 

医療用品を持ってきてくれた医師たちにたづながにっこりと微笑んだ。

可愛いエンジェルスマイルに、医師たちはまんざらでもなさそうだ。

 

「任せてくださいよ、我々の力でウマ娘たちを支えていきますからね!」

 

「うふふ、頼りにしています!」

 

楽しそうに会話をするたづなたちを見たKは、しかし少しだけ眉をひそめた。

 

 

「感謝ッ!この医療用品はありがたく受け取らせていただく!

回収ッ!では諸君、頼んだぞ!」

 

「う~い」「はいは~い」「仕方ないねえ」「面倒なのだ~」「ワタシに任せろ!」

 

理事長の合図とともに現れたのは、ゴールドシップ、トーセンジョーダン、

アグネスタキオン、シンコウウインディ、タニノギムレット。

最近、素行の悪さでたづなに確保されたウマ娘たちだ。

そのペナルティとして奉仕作業を命じられ、この医療用品の受け取り作業をすることになった。

 

「あっ!オメーはK先生じゃねえか!」

「あー!K先生久しぶり!」

「おやおや、K先生じゃないか!またここで会うとはねえ!」

「あっ、こないだの医者なのだ!」

 

そのうちの4人はKに世話になったことがあったため、

思いがけない再会に驚き、嬉しそうな表情だ。

 

「おや、君たちは…。久しぶりだな、調子はどうだ?」

 

「お陰様でな!スカーレットも元気だぜ!」

「あの時はありがと~。めっちゃ元気よ。てか、ゴルシたちも診てもらったことあったん?」

「最近新しい薬品を開発してね。また送るから村井君によろしく伝えておいてくれたまえ」

「あれ以降は子分も元気なのだ!安心するのだ!」

 

「おっと、いっぺんに話されてもな…。だが、全員元気そうでよかった。

今日は学園の手伝いをしているのか、偉いじゃないか」

 

『手伝い』という言葉を聞いて4人が顔を見合わせる。

4人は少し目配せをした後、

 

「ま、そんな感じ!(だぜ!)(だねえ)(なのだ!)」

 

と元気よく答えた。

 

 

Kと4人が談笑しているのを見て、面識のないタニノギムレットは少々寂しそうだった。

 

「たづなさん、あの男は何者だ?只者ではない波動(オーラ)は感じるのだが…」

 

「あの方はドクターKと言いまして、世界最高の名医と名高い方なんです。

トレセン学園でも何度かお世話になってまして、

彼女たちも彼に助けてもらったことがあるんですよ」

 

「おお、ドクターK!ウオッカたちから聞いたことがあったな!

スカーレットやブライアンを治療した医の化神(アスクレピオス)

(タナトス)に抗う黄金の腕(ゴッドハンド)を持つ者と!!素晴らしい!!!」

 

タニノギムレットが諸手を挙げてKに近づいて行った。

Kは彼女が何を言っているのかはよくわからなかったようだが、

褒め言葉であることは理解できた。

 

「ほめていただいて光栄だな。君に何かがあった時も、連絡をくれれば手を尽くそう」

 

「フッ、オマエのように完璧で究極の医師がいるとなれば、

俺たちも心置きなく我が道を歩むことができるというわけだな…!」

 

「いや、俺もまだ勉強中の身だ。医学に完成はなく、常に成長をし続けるもの。

君たちウマ娘の走りに完成がないのと同じだな」

 

「…おっと!ワタシとしたことが真理の履き違えを指摘されるとは!

クハハハハ!やはりオマエは素晴らしい男のようだな!!」

 

「フ…ずいぶん元気のいいウマ娘だ。ところで…」

 

Kがタニノギムレットの右目を指さす。

 

「君の右目。眼帯をつけているが何か悪いのか?

良ければ俺が診察するぞ」

 

「これか。気遣いには感謝するが、心配無用。

これは美学を貫く者(ウオッカ)小さき英雄アキレウス(ライスシャワー)と同じ…

俺の魂の導きによって紡がれる美学(アフロディーテ)の一つ!

ゆえに、オマエの手を煩わせるようなものではない」

 

「……怪我や病気ではなくファッションということか?

それならいいが、片目だけ使用することを長期間続けると、

眼精疲労や視力バランスの悪化に繋がるのでほどほどにしておくことだ。

片目では立体感も分かりづらいのでレースなどで支障が出る場合もある」

 

「………。アッハッハ!!」

 

タニノギムレットは普通に注意されてしまったので、

何と答えるべきか悩んだ末にとりあえず笑っておいた。

 

 

 

「諸君ッ!それではそろそろ運搬を頼む!倉庫に納めてきてくれたまえ!」

 

理事長に促され、大量の医療用品がウマ娘たちによって運搬されていった。

 

「さすがトレセン学園、めっちゃ量あるわ~。これあたしらでも1回じゃ運びきれん」

 

「全くよぉ、ジョーダンがサボってなければアタシは巻き込まれずに済んだってのに」

 

「うっせーバカ!こっちはアンタがいなけりゃコスメは手に入ったんだよ!!」

 

「力仕事は私の仕事ではないと思うのだけどねえ。

しかし諸君、疑問に思わないか?我々ウマ娘の力をもってすればこの荷物は十分運べる。

だがこれは普通の人間にすれば相当な重さになるはずなのだが…

K先生は軽々と荷台から降ろしていたねえ」

 

「確かにそうなのだ。あいつ凄いな!」

 

「言われてみればまるで怪力の神(ヘラクレス)のようだ。

これも黄金の腕(ゴッドハンド)の一面か?」

 

「マジじゃん、もしかしてK先生もウマ娘だったりする?」

 

「アホか、どう見ても男だし耳も人間の位置についてたろーがよ。

でもゴルシちゃんセンサーにビビッと来るな。後でちょっと遊んでみっかな!」

 

 

一度荷物を倉庫に収めた後、二回目を取りに戻った際。

ゴールドシップはKのもとに駆けて行った。

 

「おーい!Kせんせーい!!

……とりゃっ!!!!」

 

「む、ゴールドシッ…プ!!?ぬおっ!?」

 

ゴールドシップがKに向かってドロップキックを仕掛けた。

だがKは芯をずらして受け流し、脚先をしっかりと掴み、

ほぼ動かぬままにゴールドシップを受け止めた。

 

「一体どうした急に…!?なぜ跳んできたんだ?」

 

「へへっ、ごめんごめん!K先生はガタイがいいからよぉ、飛び込んでみたくなっちった!

しかしスゲーな!うちのトレーナーなら5mは吹っ飛んでいってるぜ!ゴルシ感激!」

 

「まったく…危ないからやめておけ」

 

「はーい☆」

 

そう言ってKがゴールドシップを下におろした。

 

 

その後は普通に荷物を回収し、また倉庫へと運んで行く。

 

「おいタキオン、K先生ほんとうにやべーぞ。

アタシのドロップキックでノーダメだ。抱っこ♡された時も思ったんだが、

ありゃ地面に根を張る巨木くらいの安定感あるわ。あれ本当に人間か?」

 

「すごいねえ…。

普通の人間に興味を持ったのは私のトレーナー君が初めてなのだが、彼の場合は精神面の話。

肉体面で人間に興味を持ったのはK先生が初めてだよ。

そのうち血液とかを提供してもらえないものだろうかね…!」

 

アグネスタキオンが妖しく微笑んだ。

 

 

 

 

荷物はあらかた回収されたので、Kたちは片づけを始めている。

 

「さて、一通り終わりましたね」

 

「先生方、ありがとうございました!

すいません、先ほどゴールドシップさんが…」

 

「元気すぎるのも困りものですね。

まあ…その辺りはトレーナーさんや駿川さんのご指導に任せましょう」

 

「はい…。私からも注意しておきます」

 

「感謝ッ!これで我が学園も安心だ!

また何かあった時は、どうかご協力よろしく頼みたい!」

 

「ええ、お任せください」

 

「そういえばK先生よ、うちのたづなが少し体調がすぐれないそうなのだ。

よければ診てやってはくれまいか?」

 

「あっ、理事長!そんな大げさな…!」

 

「駿川さんが?いいですよ、診ましょう。症状はなんですか?」

 

Kが医者モードに入ったのを見て、たづなもせっかくだからと診てもらうことにした。

 

「K先生の手を煩わせるほどではないと思うんですけどね。

ちょっと体が硬くって。最近寝不足だからでしょうか…」

 

Kがたづなの身体を触診する。

 

「ふむ…確かに筋肉にこわばりがある。症状はほかにありますか?」

 

「他は…これとは関係ないと思いますけど、ちょっと口が開きにくくて。

顎関節症かなって思ってるんですが」

 

「…口が開きにくい?」

 

それを聞いたとき、Kの表情が途端に険しくなった。

 

「ちょっと失礼、顔を見せてください。うむ、確かに…。

最初に会ったとき思ったんです、何か表情に硬さがあるな、と」

 

「ひゃっ、ちょっとくすぐったいです…!」

 

Kはたづなの顔も触診し、じっくりと感触を確かめた。

 

「駿川さん…あなたはここ最近、怪我をしませんでしたか?」

 

「怪我ですか?うーん…特にないと思いますけど…」

 

「最近と言っても、60日以内くらいで考えてください。

大きな怪我でなくていい、擦りむいたとか何か刺さったとか、

そう言った些細なこともないですか?」

 

「ああ、それなら…確か3週間くらい前でしょうか。

柵の片づけをしていたら釘が手に刺さったことはありました」

 

Kの目がカッと大きく開く。

 

「手を見せてください。傷跡はこれか…。

もしかして、その釘は錆びていませんでしたか?」

 

「錆び?まあ、雨晒しの柵に使われていたものですから多少は…」

 

「いかん…!駿川さん、あなたはすぐに病院に移動しなければならない。

場合によっては緊急手術になります!」

 

「えっ!?私、何かそんなに悪いんですか!?」

 

「悪いなんてものではない…あなたのその症状。

それは破傷風だ!」(ギュッ)

 

 

 

【破傷風】

破傷風菌が作り出すタンパク毒の神経毒(テタノスパスミン)による神経疾患。

破傷風菌は世界中のどの土壌にも普遍的に生息しているため、

どこに暮らしていても感染の危険性がある。

発症すると致死率は50%ほど。

 

破傷風菌の芽胞が創傷から侵入し、創傷部の嫌気環境下で芽胞が発芽し増殖。

生産された毒素が血行性リンパ行性に広がり、

末梢運動神経、脳神経、交感神経が脱抑制され、破傷風の症状を呈する。

感染から発症までの潜伏期間は3~21日、平均は10日。

感染状況によっては数か月の潜伏期間の場合もある。

 

最も一般的な初発徴候は開口障害。肩こりや舌のもつれ、顔がゆがむ等もある。

悪化していくと頚部、体幹、四肢の筋肉群の痛みを伴う痙攣、

全身性の強直性の発作様の活動や、重症になると全身の痙攣、呼吸困難が起こる。

また、交感神経の過活動により自律神経が不安定になり、

頻脈、徐脈、高血圧、低血圧、多汗などの症状が認められる場合もある。

最も多い全身性破傷風は集中治療を施しても致死率が10%~20%程度である。

その他局所性破傷風、頭部破傷風という分類がある。

 

破傷風の毒素は多くの生物にとって猛毒だが、種によって差が大きい。

体重1kg当たりの致死量はモルモットを1とすると、

サルは2倍、ヒツジは4倍、ウサギやイヌは数百倍、

ネコやハトは数千倍必要となる。

我々の世界の馬はモルモットとほぼ同じ。

ウマ娘もそれに準じ、普通の人間の半分の量で死に至る。

 

 

 

 

「えっ…破傷風ですか!?私、前にワクチンを打っているはずですけど…!」

 

「破傷風ワクチンの接種は義務付けられていますが、それは幼児期と小学生のころ。

ワクチンの効力は徐々に減少していき、

効果的な免疫を得るなら10年に1度は接種することを推奨されています。

駿川さんは接種から10年以上経っているでしょう?

ワクチンの効力が薄れていていることは十分に考えられる。

我々はちょうど病院へと帰るところだ。一緒に来てもらいますよ」

 

「は、はい…!」

 

「よもや破傷風などとは…!

K先生よ!たづなのことを頼むぞ!!!」

 

「任せてください。では行きましょう、1秒でも早く対処しなくてはならない!」

 

心配そうに見つめる理事長と共に、Kたちは病院へと向かった。

 

 

 

「さて…まだ軽度な段階なのは幸いだった。

まずはTIG(human tetanus immune globulin:抗破傷風人免疫グロブリン)を投与し、

破傷風毒素を中和する。次にメトロニダゾールを投与、体内の破傷風菌を減らしていく。

感染源となった手の傷は、菌が嫌気性なのでデブリードマンして解放創に。

このまま2週間ほど治療を続ければ予後は良好だろう。

症状が落ち着いたらワクチンも投与しておこう」

 

 

 

まだ軽度な段階だったため、深刻な症状にはなっていないたづな。

治療そのものも素早く済んだが、それでも2週間ほど入院することとなった。

 

「さて…破傷風は外的刺激によって筋肉の痙攣を誘発する危険性があります。

駿川さんは軽度なのでそこまで神経質にする必要はありませんが、

退院まではこの遮光カーテンを貼った個室にいてください。

お見舞いも構いませんが、大きな音が発生しないような状況でお願いします」

 

「K先生、ありがとうございました。破傷風の事は知ってはいたんですが、

ワクチンを打った経験があったのであまり気にしておらず…。

でも、気を付けないとこういうこともあるんですね」

 

「免疫力が減少していくことはあまり知られていませんから仕方のない事です。

とはいえ傷が出来たらしっかりと洗浄することは大切ですよ。

破傷風以外にも細菌やウイルスに感染する可能性がありますからね」

 

「はい…今後気を付けます」

 

 

 

【破傷風ワクチン】

主成分として一般的に「破傷風トキソイド」が使用される。

四種混合(DPT-IPV)のワクチンを2,4,6,15~18カ月時と4~6歳時に接種、

二種混合(DT)のワクチンを11~12歳時に摂取することが義務付けられている。

四種混合はジフテリア(D)、百日せき(P)、破傷風(T)、ポリオ(IPV)、

二種混合は:ジフテリア(D)、破傷風(T)のワクチンである。

 

破傷風ワクチンの効果は時間の経過によって減少し、

効果的な免疫を得るなら10年に1度追加接種を行うことが推奨される。

また、破傷風ワクチンの義務化は1968年からなので、

50代以上の人間はほとんど受けていない。

 

破傷風ワクチンは破傷風菌に対する免疫ではなく、

破傷風の毒素に対する免疫を作り出すワクチンである。

破傷風毒素(テタノスパスミン)をホルマリンで処理をすると、

体内に入れても毒性はないが免疫を得られる免疫原性となる。

このような処理をしたものをトキソイドという。

 

このトキソイドによって毒素への免疫を得ると、

毒素に対する抵抗力が同時に原因菌も排除してくれるようになる。

破傷風菌そのものは、感染した後でも破傷風菌への免疫を得ることはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

一通りの作業が済んだので、たづなが少し起き上がった。

理事長が持ってきてくれた荷物を漁り、そして帽子をかぶる。

 

「おや、院内でも帽子をかぶるのですね。駿川さん、あなたは…」

 

たづなは何かを言おうとするKの口に指を当てる。

 

「K先生、女性は秘密を着飾って美しくなるんですよ♪」

 

「フフ…そうですね。それがあなたの求めるものならば、私は何も言うことはありません」

 

 

Kとたづながしばらく会話をしていると、理事長が部屋に入ってきた。

 

「安心ッ!治療が済んだと聞いたぞ!K先生には心から感謝する!」

 

「おや、理事長さん。破傷風の患者は刺激を与えないことが大切なので、声は控えめに。

それとまだ治療は完了していません。ここから破傷風毒素と破傷風菌の除去をするので、

このまま2週間ほど入院していただきます」

 

「おっと、声はすまない。嬉しかったもので…失礼した。

2週間か、こんな状態で言うのもなんだが、たづなは最近働きすぎていたからな。

せっかくだからゆっくり休むと良い」

 

「理事長…でも。私がいなくて学園は大丈夫でしょうか?

途中になってしまっている仕事がいくつもありますし…」

 

「無用。トレセン学園を無礼(なめ)るでない。

たづなはとても優秀だが、君の同僚たちもまた優秀な者たちだ。

君の穴埋めなら問題ないだろう。

それにな、君がいない間のサポートとして学生諸君も名乗りを上げてくれているのだ。

これも君の人望があってこそだ、とてもありがたい話だな!」

 

「まあ、そうなんですか。みなさんが…」

 

たづなはうれしそうに微笑んだ。

 

「なので安心して休みたまえ。

だが…たづなが戻ってくる日を待っているからな。

私の大切な秘書、大切な右腕は君しかいないのだから!」

 

「理事長…!ふふ、それじゃあ今はゆっくり休ませていただいて…

戻ったらいっぱい頑張りますからね!」

 

たづなは気合を入れるように小さくガッツポーズをした。

 

「こらたづな…!今までも頑張りすぎだと私が言ったばかりではないか…!?」

 

 

 

 

 

 

トレセン学園ではたづなが入院した情報は即座に学内を駆け巡る。

 

 

トレセン学園の生徒会。

シンボリルドルフはメンバーを集めて緊急会議を開いた。

 

「さて、諸君も知っていることと思うが、たづなさんが破傷風で入院したとのことだ。

虎嘯風生、我々がたづなさんから受けている恩を返す時。

やるべきはたづなさんが行っていた業務をサポートする事だ。

生徒会としてはマスコミ対応や生徒指導を担うべきかと考えるが、

皆の意見はどうだ?」

 

ナリタブライアンが手を挙げた。

 

「おや、ブライアン!なんでも言ってくれ!」

 

「概ね賛成だが、会長は座っててくれ。アンタは参加する必要はない」

 

「な…!?なぜだ…!?私では力不足だと…?」

 

思いがけない言葉に狼狽するシンボリルドルフ。

そこにエアグルーヴが口をはさんだ。

 

「ブライアン…なぜもっとわかりやすく話さないんだ。

いいですか会長、あなたはもうすでに相当な量の業務を担っています。

これ以上増やせば今度はあなたが倒れてしまうかもしれない。

なので我々の結論としては、人員を増やして対応をします。

マルゼンスキーやシービーも手伝ってくれると言っておりましたので、

会長は今以上の業務は増やさないでください」

 

「なるほど、とても良い考えだ。さすがはエアグルーヴとブライアンだな。

しかし私は生徒会長という身。最初くらいは私が率先して動くべきかと考えるが…」

 

仕事をしなくていいと言われたシンボリルドルフは

しかし未練の残った顔でそう言った。

 

「会長、我々の結論は変わりません。あなたは今まで通りでお願いします。

あなたの誇るトレセン学園の生徒たちを信じてください」

 

「そ…そうだな。優秀な者たちが集うこの学園だ。

わかった、たづなさんの件は君たちに任せる。

堅忍果決…私はここで座して待とう」

 

シンボリルドルフは頼れる仲間に感謝するとともに、

自分を参加させてくれないことに一抹の寂しさを感じたのだった。

 

 

 

 

「たづなさんがいない間も、風紀は我々が守るッス!」

 

「私もここは頑張り時だね!」

 

「最強の学級委員長の力、今こそ発揮するときです!!!!」

 

バンブーメモリー、ナリタトップロード、サクラバクシンオーは、

風紀委員、学級委員長としての仕事を更に頑張ってくれるようだ。

 

 

 

 

「たづなさんが入院なんてね。

たづなさんもK先生にお世話になるなんて、たづなさんもあたしらの仲間入りって感じ?」

 

「やっぱり頼れる医者だぜ。ところでジョーダン、せっかくたづなさんがいないんだし、

おめーも好きなだけサボれるってもんだな!」

 

「んなことしねーわ。そんなことしたらたづなさん悲しむっしょ。

それにな、あの時サボったのだってど~~~しても欲しいコスメがあったからで、

サボったの半年ぶりくらいなんだからな!」

 

「うっひょー、ジョーダンが偉い奴に見えるなんてアタシも焼きが回ってるぜ。

でもまー、アタシも遊ぶならたづなさんが戻って来てからだな!」

 

トーセンジョーダンとゴールドシップは、

たづなさんがいない間はまあまあ真面目に過ごしている。

 

 

 

 

たづなの病室に訪れた者も。

 

「たづなさん。(しとね)に伏せるとは驚いたが、魂の輝きは強いままのようだな。

折しも、かの医の化神(アスクレピオス)の手にかかれて僥倖というものだ」

 

「たづなさん、お見舞いに来ました。

災難でしたね、俺たちも早く治るよう祈ってますから!」

 

病室に来たのはタニノギムレットとウオッカだ。

 

「あら、ギムレットさんとウオッカさん。お見舞いに来てくれたんですか?」

 

「ああ、聞けばたづささんの肉体の曇りは俺の美学に端を発するものだと。

ワタシは破壊は好きだが、意図せぬモノに影響を与えるのは本意ではない。

俺にも心痛の念がある…この贈り物(ドロン)を受け取ってくれ」

 

タニノギムレットは綺麗な花を手渡した。

 

「まあ、ありがとうございます。破壊行為はダメですけど…

でも今回の事は私の不注意ですから気になさらないでください。

お2人も、怪我をしたらしっかりと洗ってくださいね!」

 

「ククク…全くその通りだ。俺も警戒せねばな。

そしてもう一つ、これも使うといい」

 

タニノギムレットが今度は袋を手渡した。

 

「これはなんですか…って、革手袋?」

 

「おおー…!カッケェ手袋っすね…!」

 

手渡されたのは革手袋。

タニノギムレットが厳選した、頑丈だが柔らかく、そしてカッコいいデザインのものだ。

 

「そうだ。今後柵を輪廻に就かせるときはそれを使うことだ。

ワタシもそうすることにする。同じ過ちは繰り返さない…

それがヒトをヒトたらしめる叡智(メーティス)なのだから」

 

「ありがとうございます。

でも…ギムレットさんが破壊するのをやめてくれれば全部丸く収まるような…」

 

「残念ながらそれは不可能だ。

俺とたづなさんが銀河に描く美学が異なっているからな…。

だからこそそれが必要となるのさ…!」

 

「も、もう…!」

 

たづなはタニノギムレットの堂々とした破壊続行宣言に少し困った顔をした。

 

 

 

その後、たづなの病室にはトレセン学園の職員やトレーナー、学生たちも多く訪れた。

これも彼女の人望によるものだろう。

ただし…

 

 

 

「本日の学級委員長の奮闘ぶりをたづなさんに報告しなくればなりません!!!!!

トレーナーさん、一緒にお見舞いに行きましょう!!!!!」

 

「バクシンオー。

君は明日も学級委員長なんだから毎回報告すると毎日になってしまう。

戻って来てからまとめて報告しような」

 

 

 

 

「たづなさんがわ゙い゙ぞゔだよ゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!!

ハヤヒデ、タイシン!!!一緒にお見舞いに行こう!!!!」

 

「落ち着けチケゾー。彼女は病に伏せている…

素人の我々が行くより、専門家である医者に任せようではないか」

 

「だね。戻ってきたらお祝いをしてあげればいいでしょ」

 

 

 

 

「ネイチャ!イクノ!タンホイザ!たづなさんのお見舞いに行こー!

ほら見て、早く治るようにってターボが書いたの!!」

 

ツインターボが出した半紙には、『一秒息災』と書いてあった。

知らない単語に、ナイスネイチャが質問をする。

 

「ターボ…それ何よ?」

 

「一秒で病気が治ってって言葉!早く治ってって気持ちを込めたんだ!」

 

「ターボさん、正しくは『一病息災』です。これの意味は、

『持病の一つぐらいある人の方が、健康な人よりかえって体を大切にするので長生きをする』

…です。病人に渡すのはふさわしくないかと…」

 

「えーっ!!!間違えちゃった!!!」

 

「ターボは優しいねぇ。でもでも、たづなさんが戻って来てからターボの元気な姿を見せた方が、

きっと喜んでくれるよ!だからみんなでトレーニングしよっか!」

 

「そうか、そうだな!じゃあトレーニングに急げー!!!」

 

 

 

破傷風の治療時は外部刺激を抑えなければならない。

病室に来たら騒ぎそうなウマ娘に対し、理事長から周囲の世話役に通達が行っており、

サクラバクシンオー、ウイニングチケット、ツインターボらは『出禁』となっていた。

 

 

 

 

 

 

2週間後。

治療の成果がしっかりと出て、たづなは無事に退院することとなった。

 

「K先生、お世話になりました。

追加のワクチンを打ったとはいえ、今後は気を付けて生活します」

 

「それがいいでしょう。生徒たちにもしっかりと対応してあげてくださいね」

 

「そうですね。厳しい勝負の世界で生きるウマ娘たち。

せめて怪我や病気のない健康な生活をさせてあげたいですから!」

 

「そしてそれを支えるあなた方、学園の職員さんにも…ね。

また何かあったら連絡ください。私で力になれることであればなんだってしますよ」

 

「頼りにしてます、K先生!それでは、ありがとうございました!」

 

 

 

退院したたづなは、2週間の休養の効果もあり、

入院前よりも圧倒的に元気になっていた。

 

 

 

駆けていくスペシャルウィークを追いかけるたづな。

スペシャルウィークの背後から追いついて肩に手を置いた。

 

「スペシャルウィークさん、待ってください!」

 

「あっ、たづなさん!どうしました?」

 

「あなたのトレーナーさんが忘れ物をしてまして。

これ、届けてあげてくださいね!」

 

「わあ、わざわざありがとうございます!

たづなさんに迷惑かけて…トレーナーさんはしばいておきますね!」

 

「ふふ、ほどほどにしてあげてくださいね♪」

 

たづなから書類を受け取ったスペシャルウィーク。

別れからしばらく経って、ふと思った。

 

「あれ…?そういえばあの時の私、全力スプリントだったはず…?」

 

 

 

 

「タイキシャトルさん、門限過ぎてますよ!寮に戻ってくださいね」

 

「ノウ!今日は楽しいパーティー!もうチョット遊んでから帰りマース!」

 

「ダメです!戻ってください!」

 

「ノーノー!ここはダットのごとく…オサラバデース!」

 

たづなの静止を振り切って逃走を始めたタイキシャトル。

それを受けたたづなは即座に追跡を始めた。

 

「あっ…!逃がしませんよ!!」

 

「ノォォォウ!?たづなさん、ベリー・ベリー・ファスト!!」

 

 

 

 

「あたしの名は『安心沢刺々美』!ワォ、あんし~ん☆

君の愛バを強くする秘孔を圧してア・ゲ・ル♪」

 

「こらー!!!あなた、また学園に不法侵入しましたね!?」

 

「ぎゃはー!?やば、見つかった!

ここは逃げさせてもらうわ!さようならー!」

 

逃走する不審者を、たづながものすごい勢いで追いかける。

 

「待 ち な さ い !!!」

 

「おっひょー☆たづなさんいつもより早いわね!!!

あたしの自慢の脚がグエッ!!」

 

「確保しました!!!これから警察を呼びますからね!!」

 

「あらぁ!?これギャグで済ましてくれる奴じゃないのかしら!?

ワァオ☆安心できないわ~!!」

 

 

 

 

 

 

 

たづなは部屋にあるポスターを見つめる。

 

『幻のウマ娘。鮮烈な印象を残し、ターフを去った。

彼女の伝説は今もなお語り継がれている―――』

 

 

「うふふ、今日も頑張ろう!」

 

彼女は今日も明日も、ウマ娘が健やかに育ち、

レースが末永い発展を続けることを願いながら、

ウマ娘たちを献身的に支えていくのだった。

 

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