その日は誰もがそれぞれの怖さと戦っていた。
トウカイテイオーは自分の脚をじっと眺める。
様々なレースで苦楽を共にしてきた脚だが、今日でその役目を終えることとなる。
(今日でおしまいだね。せめて最後に、とびっきりのステージを…)
「それじゃあ行ってくるね。最高のさよなら、してくるよ」
イクノディクタスはライスシャワーと会話をする。
「今日はよろしくお願いします、ライスさん。
あなたの怪我も治ったようで何よりです」
「う、うん。いろんな人がライスを支えてくれたから戻ってこれたよ。
今日はよろしくね!」
(ライスさん、まだ休養明け直後とはいえかなりの強敵。
ですが作戦通り、今は私に注意を向けてくれているようですね…)
(イクノさん、すごい気迫。きっと強敵になるね…。頑張らなくちゃ)
南坂とナイスネイチャとマチカネタンホイザはトウカイテイオーのステージ付近で待機する。
「みなさん、準備はよろしいですか?もうすぐ始まりますよ」
「ばっちりです!でもこれ絶対怒られるやつだな~。
罰としてきっとお掃除当番確定だよね!まあいっか、覚悟完了!」
「それくらいで済めばいいけどね。よし、あとはターボしだいだ、頑張れ…!」
そしてツインターボ。
レース場のツインターボは深呼吸しながら作戦要綱を呟く。
「最初はおさえて、ためてためて。第3コーナーこえたらダッシュ、一気にバクハツ。
そんで最後まで全力ダッシュでゴール…。」
「ターボ…やるぞ。みんなはすぐ、できない、勝てないって言うけど。」
「でもそんなことない!ぜったいないぞ!ターボが見せてやる!!」
「『あきらめない』ってのが、どういうことか!!」
『今年のオールカマーは宝塚記念以来15か月ぶりにライスシャワーが出走します!
大きな怪我を乗り越えたライスシャワーの走りに注目が集まります!』
『またチームカノープスからイクノディクタスとツインターボも出走!
どのような走りを見せてくれるのでしょうか!』
『ほかにも優駿たちの集ったこのレース、はたしてどのような勝負となるか!
今、スタートしました!!』
「うおおおおおお~~~~!!!!!」
ゲートが開かれると同時に、ツインターボが先頭を取った。
『ツインターボと言えば逃げ!ツインターボと言えば大逃げ!
やはりこのレースでも圧倒的な先陣を切って走ります!!』
(レースはやっぱり先頭じゃないとな!!
でも今回のターボはひとあじちがうぞ!!
いつものように全力じゃない!いくぞ、ターボエンジン…)
( 半 開 !! )
いつものように大逃げをするツインターボ。
レースのライバルも、実況者も、観客たちも、
誰もが『いつも通りのツインターボ』と認識する。
じきに失速し、逆噴射となる破滅的大逃げである、と。
だが今回のそれは、いつもとは違うのだ。
この場にいる人々の中でそれを知っているのは、
本人以外ではイクノディクタスただ1人。
(ターボさん、作戦通りの動きができています!このままいきましょう!!)
トレセン学園では、南坂たちが映像を見ながら、作戦通りの動きに一安心をした。
「ターボさん、できていますね…!一安心です。
それでは皆さん行きますよ。ここからが我々の戦いです」
「「はい!」」
南坂、ナイスネイチャ、マチカネタンホイザは目出し帽をかぶり、
トウカイテイオーのステージの音響や映像管理をしている裏方の襲撃に向かう。
そこではマチカネフクキタルとメイショウドトウが作業をしていた。
「そこまでだー!フクちゃん先輩、大人しくしてください!」
「ドトウさん、ちょっとごめんなさい!!」
「フンギャロ!?なんですかあなた方は!?」
「だ、誰ですか~!?」
マチカネタンホイザとナイスネイチャは2人に有無を言わさず、
床に押し倒して拘束し操作権を掌握した。
「は、離してください!
離してくれれば皆さんにもシラオキ様の福をおすそ分けしますよ!?
そうすればあなた方にも素晴らしい神のパワーが…!」
「救いは…救いはないのですか~…!」
「よっしゃこっちはOK、あとはトレーナーお願い!」
「任せてください!」
ステージで観客に向けて挨拶をするトウカイテイオー。
「みんな来てくれてありがとう!
全然走れてないボクなんかのためにこんなに集まってくれてうれしいよ!」
「みんなも知ってるように、また骨折しちゃった!3回目だよ、3回目!逆に凄くない?
3回目にもなるとすっかり慣れっこ…の、つもりだったんだけどね…」
「でも…だからさ。ボクはもう…レースには…」
「レースには…。」
俯き、拳を握り、唇を噛むトウカイテイオー。
もうレースには出ない。
そう言うためにここに来たけれど、その覚悟はしてきたけれど、
それを実際に口に出すのはとても重くて苦しい。
意を決して言おうとしたとき、観客席から声が飛んできた。
「テイオーさん、私待ってます!
ずっと待ってます!また走ってくれる日を!!」
「あ…。」
それはキタサンブラック。
かつて自分がシンボリルドルフに憧れたように、
自分を憧れだと言ってくれた子だ。
自分はもうとっくに諦めてしまい、キタサンブラックにも諦めろと言って突き放したのに、
それでもまだ諦めず、手作りのお守りを握りながら、涙ながらに声援を投げてくる。
更に別な場所からも声が飛んできた。
それは観客席にいた沖野だった。
「テイオー!!エゴでもいい、我儘でもいい!!もう一度走ってくれ!!」
「トレーナー…!」
2人の声を皮切りに、観客からいくつもの声が飛び始める。
「また見せてくれよテイオーステップ!」
「ターフが一番テイオーに似合う!」
「怪我なんかに負けないで!」
「まだ負けてない!」
「これは勝ちの途中!」
「み、みんな…」
思ってもみない展開にうろたえるテイオー。
するとその時、ステージのバックモニターが止まった。
観客やトウカイテイオーが何事だとざわついた直後、
そのモニターにレースの中継が映し出される。
トウカイテイオーは驚愕し、そのモニターを凝視する。
「え…レースの中継…?先頭を走っているのは…」
そのモニターに映るのは、勝てるわけがないと切り捨てたツインターボの姿。
圧倒的な先頭を走るツインターボの姿だった。
「だりゃああああああ!!!!!ターボエンジン、全ッ!!!!開ッ!!!!」
「行っけぇぇ!!ターボ!!」
吠えるツインターボと叫ぶイクノディクタス。
ツインターボは第3コーナーを回った直後、
溜めていた脚とフラストレーションを爆発させ全力全開の走りを開始した。
『おっと、ここでツインターボが速度を上げた!?
いつもと動きが違うぞ、まだ余力が残っていたのでしょうか!?』
いつもなら先頭逃げ切りでブッちぎり、着実に失速していき最後まで持つかどうかという、
ペース配分も何もない破滅的な大逃げしかしないツインターボ。
それゆえに途中から速度を上げる、すなわち全力ではなかった走りであるという事実に、
その場のすべての者たちが驚愕した。
『さあ早くもツインターボだけが、ツインターボだけが!
第4コーナーのカーブに入ってきました!』
『ツインターボが大きく逃げる!ツインターボが大きく逃げる!!』
いつも通り失速していくであろうと予想し、
ツインターボのことを頭から消していたライスシャワー。
(ターボちゃん、まさか作戦を持って走ることがあったなんて!!
まずい…今のライスの脚じゃこの距離は追いつけない!!)
『さあ最後の直線!ようやくライスも上がってきた!』
しかしツインターボは残り200mの標識にかかる!ライスシャワー届かないか!!』
ツインターボの顔がアップで映る。
顔は既に疲労困憊、限界近いことは一目でわかる。
だが彼女は止まらない。勝つために、諦めないことの大切さのために。
きっと自分を見ているであろう、トウカイテイオーのために。
「これが!!あきらめないってことだぁぁぁぁ―――――っ!!!!」
「トウカイテイオ―――――ッ!!!!!!」
『この相手でも逃げ切った!勝てぬレースがあるものか!できないことなどあるものか!!』
『ツインターボ、見事に決めたぞ!逃亡者ツインターボ、1着でゴールイン!!』
息も絶え絶えのツインターボ。
ゴールを通過した直後にターフに突っ伏し、そして呟いた。
「はあ…はあ…どうだ…見たか…テイオー…!」
ツインターボが勝利した姿を映し終えた後、バックモニターの画面が元に戻った。
ツインターボの姿を、体を震わせながら見ていたトウカイテイオー。
画面が元に戻った後も、画面から顔を離すことができずにいた。
すると今度は、舞台袖にいたスピカのメンバーたちがステージに乱入してきた。
「テイオーさん!!教わりたいこと、まだたくさんあります!戻って来てください!」
「頼むよテイオー!やっぱり寂しいよ!」
「戻って来て、また一緒に走ろう!」
「…戻って来い。」
「あなたがどうなろうとも、あなたにどんな不安や困難が立ちはだかっても…
わたくしは走り続けます。最強のウマ娘でありつづけるために」
トウカイテイオーへと声をかけるスピカのメンバーたち。
彼女らも、やはりトウカイテイオーが走ることを願っているのだ。
「みんなあ…。でも、ボクはもう追いつけないかもしれないよ?」
仲間の声を聴き、涙声で呟くトウカイテイオー。
「いいや、そうはさせない。俺たちが必ず君を治してやる。
だからもう一度走り出せ、トウカイテイオー!」(ギュッ)
「君の脚はきっと元に戻る!!だからもう一度立ち上がってくれ!!!」
観客席にいた黒マントの男・Kと富永も声をかけた。
「K先生、富永先生も…!」
「「「テ・イ・オー!テ・イ・オー!テ・イ・オー!」」」
どこからともなく始まったテイオーコールは瞬く間に会場を支配し、
大きなうねりとなってトウカイテイオーへと降り注ぐ。
ターボも、キタちゃんも、他のみんなも。
ボクが諦めていたのに、それでも諦めないでいてくれるんだね。
できるのかな、あんな風に。諦めなければ、またきっと…!
「うっ…ぐすっ…。そこまで言われちゃ、しょうがないな…!
みんな見てて。ボク、もう一度頑張ってみるから…!」
涙をこぼしながらそう言ったトウカイテイオー。
その頬を伝う雫は、とても暖かなものだった。
トウカイテイオーの宣言を聞いて歓喜する観客たち。
スピカの仲間やキタサンブラックはトウカイテイオーに抱き着き、
観客たちは感涙を流しながら観客同士で抱き合った。
再度バックモニターに別の映像が映り、またツインターボが映る。
今度はイクノディクタスが用意していたスマートフォンのカメラと繋がっているらしい。
『見たかテイオー!宣言通り、逃げ切って勝ってやったぞ!!!』
「色々失礼な事言ってすいませんでした!!!!!」
勝ち誇るツインターボに対して、トウカイテイオーが見事な土下座を披露した。
『せっかくなのでライスさんもテイオーさんに何か一言お願いします』
イクノディクタスに促され、
近くにいたという理由で引っ張り出されたライスシャワーも登場した。
『え、えっとね…!
ライスも大怪我しちゃって、治るのにずいぶん時間がかかっちゃったけど…
今はこうして走れるようになったよ。だからテイオーさんも頑張ってね!』
「ライス…!そうだね、ボクはきっとキミにも勝ってみせるから!
いつか勝負しようね!」
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トウカイテイオーの心が立ち直り、もう一度頑張ると決めたその日。
沖野とKに促され、かかりつけ医の病院へと移動したトウカイテイオー。
病院ではかかりつけ医が待ち構えており、
そこでトウカイテイオーの治療プランについての話が始まった。
「さて…これから君の治療について説明をしよう。
沖野トレーナーとかかりつけ医さんも交えて話し、プランはもう決めてある。
君さえ了承してくれたらすぐにでも始めたいと思う」
「わかった。注射でも手術でもリハビリでもなんだってやるよ!」
「まず君の骨折の原因から話そう。君は同じところを3度も骨折した。
同じところを3度、これには何らかの原因がある」
「それで私は、トウカイテイオーさんの脚に、
おそらく骨折する癖がついてしまったのだろうと考えたのですが…」
かかりつけ医が申し訳なさそうな表情をしながらトウカイテイオーの資料を出した。
それはこの病院で調べたカルテ類と、Kの診療結果が入っている。
「君が俺の診療所に来てくれた時にしたCT撮影でわかったのだ。
トウカイテイオーさん、君の脚の骨には腫瘍ができている」
「えっ、腫瘍!?それって…骨肉腫とかそういうの!?
そんなのむしろボクの脚が治らないってことになるんじゃ!?」
「君の場合は骨肉腫とは異なり良性の腫瘍だ。
君の骨の腫瘍、それは類骨骨種と言う」
【類骨骨種】
骨に出来る小さな良性骨形成性腫瘍。サイズは大きくても2cm以下。
かなり小さい腫瘍であるためレントゲン検査などの画像検査でも、
ほとんど映らないことがよくあり見逃されやすい腫瘍。
10代までの小児に多く、中高年ではまれである。男女比では男性に多い。
類骨骨腫はどの骨でも発生しうるが、
50%の患者は大腿骨および脛骨を中心とする脚の長管骨に発生し、
脊椎の椎弓、手の短管骨などにも発生する。75%が皮質、25%が髄質に生じる。
特徴として、多くの場合疼痛があり、夜間に痛みが増す性質がある。
成長期に発生すると、骨の形成に影響が及ぶ場合がある。
治療は高周波アブレーションによって腫瘍を破壊するか、切除手術によって行う。
または無理に手術をせず、鎮痛薬を服用し続けて痛みだけを抑えて対処する場合もある。
「君の左脚の脛骨にこれが発見された。これが骨折の原因になっていたのだ」
「申し訳ありません、もっと早く私が気づけていれば…」
かかりつけ医が申し訳なさそうに頭を下げた。
「トウカイテイオーさんの腫瘍はかなり小さく、レントゲンでは全く映っていない。
いつも単純な骨折だったからレントゲン以上の調査をする必要も薄かった。
顕著な症状である疼痛も、まだ小さい腫瘍であるためか自覚症状は無いようだな。
君を診たのが俺だとしても1度目の骨折で気づくことはできなかっただろう」
「そっか…痛ければわかったかもしれないんだね。痛くなくてむしろ運が悪かったのかあ…
そういえば、ちょっとその辺が痛いと思ったことはあるよ。
でもそれは骨折が原因だと思ってたから、腫瘍ができてるなんて思いもしなかった」
トウカイテイオーは今までの事を思い返した。
確かに痛みを感じたことはあったけど、そんなすごい痛みだったわけではないし、
こんな腫瘍は知らなかったから、自分がそうだなんて想像したこともない。
「この腫瘍は小さいとはいえ、腫瘍である以上骨に異常を生み出す。
腫瘍の部分だけ骨の強度が落ちてしまい、また部分的な硬化などで不均一な骨になり、
君の走りの力に耐えられず骨折を発生させた。
骨折が治っても腫瘍は消えないから、また同じ場所で骨折が起きる。
その繰り返しで3度目の骨折まで起きたというわけだ」
「ボクの脚はそんなことになってたんだね。
じゃあこれって治せるものなの?」
「腫瘍を高周波や切除手術によって削り取れば治る。
良性腫瘍であり命にかかわることは無いので対症療法を選ぶこともあるのだが、
君の場合は走りたいという願いがある。それならば除去を行うこととなるだろう。
また君の場合は骨折の際に腫瘍が飛び散り、少し広範囲に広がっているようだ。
こうなると高周波よりも切除手術を行った方がよいだろう」
「切除手術か~…。いいよ、わかった。
ボクはもう諦めたり逃げたりしないから。
どんな手術だって乗り越えて見せる!」
すんなりと了承をしたトウカイテイオー。
その顔には、もう治療に対する迷いや恐怖は微塵も感じられなかった。
「よし、了承してくれたようだな。
そうしたら俺たち以外にもう1人…治療のための助っ人を呼んである」
そこでKが人を呼ぶと、小柄で小太りな男性が入ってきた。
「ようやく私の出番ね!私もテイオーちゃんの治療に全力を尽くすわ!」
「うひょっ!なんか濃いキャラの先生が入ってきたね!?」
Kに勝るとも劣らない濃い医者の登場に、トウカイテイオーと沖野も驚いた。
「彼は寺井先生、整形外科医としては世界でも指折りの実力者だ」
【寺井台助】
美容整形クリニックを営む医師。
主に美容整形や脂肪吸引などの施術を行っている。
しかし整形外科医としての実力はとても高く、特定分野においてはKも彼を頼るほど。
アメリカ留学によって高度な技術を学んだが、
怪我や病気から患者を救う医療の在り方の他に、
美容整形によって患者の心を救う医療の在り方もあると思い、
美は魂を救うと信じて美容整形の道を選んだ。
オネエ気質であり男が好きだが、Kのように整った顔よりも、
ゴリラのような美と対極の野性的なゴツゴツとした男が好み。
「K先生たちから話は聞いてるわ。
やだもー、私がテイオーちゃんの復活に携われるなんてとっても嬉しいわ!
あなたがデビューしたころからファンだったの!力いっぱい頑張るわね!」
「よ、よろしくお願いします…。」
トウカイテイオーは困惑しつつも、あのK先生が信頼するほどの人なら…と、
寺井の事を信用することができた。
「さて、それじゃあ早速手術の内容説明に移るわ。
あなたの場合レースを走るウマ娘だから腫瘍は除去しなくてはならない。
そのためには切除手術を受ける必要がある。これはOK?」
「うん、わかった」
「さすが、ちゃんと覚悟ができてるようね。とても立派だわ!
それでどんな手術をするかと言うと…まず腫瘍のある部位を切除し、
骨の切除した部分の修復としてイリザロフ法を使うわ。
これは骨延長手術と言った方がイメージしやすいかしらね」
【イリザロフ法(骨延長手術)】
重度な骨折や病変部の切除によって骨が短縮してしまう際や、
骨の先天性疾患や軟骨無形成症のサポートとして行われる手術。
骨の失われた部分の再生や、短すぎる骨を伸ばすために行われる。
オーソフィックス、テイラーと呼ばれるタイプもある。
骨を一度切断してから外側に取り付けた器具で固定し、
切断面が治ろうとして作った仮骨をゆっくり引き延ばすことで骨の全長を延ばしていく。
きちんと処理をすれば痛みはあまりないが、患部の細菌感染に気を付ける必要があり、
大きめの器具を数か月つけることになるので日常生活がしにくくなるデメリットがある。
仮骨は1日1㎜ほど伸びるのでそれに合わせて固定器を移動させる。
仮骨が出来上がったら、それが骨として固まるまで待てば治療完了である。
「骨延長手術なら聞いたことあるよ。なんかごつい機械を付けるやつでしょ?」
「あーら、物知りね!その通りよ、あれは創外固定器と言うの。
見た目は拷問でもしてるみたいに見えるけど、痛みもないし結構早く終わるわ。
あなたの骨を見せてもらったけど、だいたい2cm切除すればOKよ。
骨延長手術は1日1mm伸ばせるから3週間で元通り骨がくっつくわ。
そこから新しい骨を固める必要があるけど、あなたは若いウマ娘だし1か月くらいで済みそうね。
つまり計2か月間頑張れば、あなたの脚は元通りってワケ!」
「2か月…!そのくらいで済むんだ!」
「ごめんなさいね。
切除した部分を人工骨などで補う方法もあってそちらはもっと早く済むけど、
それだとレースのような激しい運動はお勧めできないの。
やっぱり自分の骨が一番よ!だからちょっと我慢して頂戴?」
「いいよ、大丈夫!年単位でかかるのだって覚悟してたんだ。
2か月ですむなんて短すぎて驚いてるくらい!」
「まあ、テイオーちゃんはメンタルも強いのね!
それじゃあ早速日程調整をして…一日でも早く治れるように頑張りましょうね!」
「先生方…みんな、ボクの脚をよろしくお願いします!」
「うふ、お任せあれ!私やK先生たちが元通りにしてあげるわ!」
「ああ、それが俺たち医者の使命だ」
「必ず治して見せます!腫瘍を見逃してしまった分…せめて除去は完璧に行います!」
「僕もトウカイテイオーさんの走りを楽しみにしていますよ!」
Kたち4人の医師が、トウカイテイオーの復活に向けて動き出した。
手術に向けた日程調整をKと沖野で行っている際。
寺井がトウカイテイオーに近づいてこっそりと聞いた。
「テイオーちゃん。あの沖野って方があなたのトレーナーさんなの?」
「うん、そうだよ。変なトレーナーだけど結構頼りにはなるんだ!」
「まあ、テイオーちゃんにも信頼されてるなんて素敵な男性なのね。
それであの方…………その、独り身なのかしら?」
「…えっ?」
トウカイテイオーは驚いて勢いよく振り向いた。
「癖毛や無精ヒゲで結構私好みなのよね。もし独り身なら狙っちゃおうかと思って!」
「あっ、あー…。えっと、どうだろ…?」
トウカイテイオーは沖野を取り巻く女性陣を想像した。
自分は特に何もないが、スピカの他メンバーはどう思ってるだろうか。
それにリギルのトレーナーとも結構仲がいいって聞いてるな。
いや待てよ、寺井先生みたいに女だけじゃなく男もあり得ると考えると、
南坂トレーナーとか黒沼トレーナーとも仲がいいはず…?
「えっとね…詳しくは本人に聞かないとだけど、
仲がよさそうな候補がちらほら思い浮かぶかな…?」
「あらぁ…残念ね…!それなら仕方ないわ…!」
元々Kたちによって水面下で進行していた話でもあり、
トウカイテイオーや沖野もすぐにでも始めたいということで、
2日後に早速手術が執り行われた。
「これより左膝下脛骨骨幹端部切除を行う。
全身麻酔OK、患部付近を切開!」
「腫瘍は目視ができないためCTガイド下でマーキングする。
これで正確に患部を切除することができる!」
「よし、予定通り切除2cm!患部周辺の廓清完了!」
Kの執刀の後、続いて寺井による執刀へとバトンタッチされる。
「ここからは私の出番ね!ハンマーと骨ノミ用意!
これで患部の下5cmの位置で脛骨を切断するわ!」
「切断した骨の位置調整、周辺の筋組織や血管、腱などの処理をし、
脚の切開創をを塞いでいきます!」
「そうしたらCTで患部を撮影して位置を確認しながら、骨幹端部と切断した脛骨、
脛骨下部の3カ所にワイヤーを貫通させて創外固定器を装着!」
「あとは術部の洗浄と固定の再確認をして終了よ!
みなさん、お疲れ様!」
手術の日から5日後。
トウカイテイオーの術部は順調に進行していった。
「さあ、今日も伸ばしていきましょう!
さすがテイオーちゃんね、思ってた以上に仮骨の形成が早いわ。
この成長速度ならもう少し伸ばす速度を早くしてもよさそうね!」
「わあ、ほんと!?さっすがボクだね!」
「これなら走力トレーニングに戻るのに2か月もかからないかもしれないわね!
治療中に筋力を衰えさせないためにも、
リハビリを無理しない範囲でしっかりとやっておきましょう!」
「よーし、ボク頑張るよ!走れるようになるの、楽しみだな~!
それで、今度こそマックイーンに勝ってやるぞ!!」
「うふふ、頑張って頂戴ね!
マックイーンちゃんもステキなウマ娘さんだけど…
テイオーちゃんならきっと勝てるわ!」
「ありがとう!先生たちみんなが治してくれたボクの脚で…
またテイオー伝説を作って行くからね!!」
脚の治療が順調に進み、ご機嫌のトウカイテイオー。
Kや寺井の実力と、かかりつけ医のサポートもあり、
骨の形成は非常によく進行していった。
これならマックイーンとの再戦もそう遠くないだろう。
次こそは、今度こそは、マックイーンに勝って!春天のリベンジをしてやる!
一方、秋の天皇賞に向けて自主トレーニングをしていたメジロマックイーン。
「…じいや。主治医を呼んでいただけますか?
ちょっと、診ていただきたいんですの」
自らの使命を果たすべくストイックにトレーニングを続け、
そしてトウカイテイオーとの再戦を心待ちにするメジロマックイーン。
彼女の脚に、何かが起き始めていた。