トウカイテイオーの劇的な復活劇。
その日はずっとお祭り騒ぎで、大勢の人が深夜まで打ち上げなどで盛り上がった。
チームスピカも同様で派手に騒ぎまくったが、
今回ばかりは寮長や生徒会も見逃してくれたらしい。
しかしメジロマックイーンは翌日はすっかり気持ちを切り替え、
さっそくKたちと治療についての話を始めた。
「メジロマックイーンさんの繋靭帯炎、これは見る限りかなり深刻な症状です。
ですので治療実績のある幹細胞の投与でも、完治すると軽々には言えません」
「そのようですわね。わたくしも自分でいろいろ調べましたからある程度はわかります」
「幹細胞の投与だけでは治療は難しい…
なので我々は同時に3つのアプローチを行います」
「えっ、3つ…ですの?」
「まず1つ目が今言った幹細胞の投与。
これは治療の実績があり、効果があることは間違いありません。
腸骨から採取した骨髄より幹細胞を抽出し培養。
それを静脈注射と患部付近への注射をすることで靭帯の再生を促す。
これが1つ目です」
「それは主治医からも話を聞いておりました。しかし、あとの2つは?」
「2つ目は自家移植。
繋靭帯炎は、発症した箇所に治療を行っても再発する可能性がかなり高い。
なので激しい炎症を起こしている部分を切除し、無事な右脚の繋靭帯の一部を移植します。
こうすることで炎症範囲が物理的に減少し、再発の可能性も下げることができる。
自分の靭帯であるため拒否反応を起こす可能性もありません」
「なるほど…。ですが、そうすると右脚の靭帯が減ってしまうのではないですか?」
「その通り、それを補うのが3つ目です。
君の幹細胞を培養・分化させ、繋靭帯のシートを作成します。
そしてこれを炎症を起こす左脚と、採取した右脚の繋靭帯に移植。
これが生着すれば採取によって減少した分を補い、切除によって減少した分を賄えます。
この生着する過程においては1つ目の投与した幹細胞も効果的に働き、
通常よりも生着しやすくなるはずです」
「なるほど…それが3つですのね」
「移植医療と再生医療。
これを組み合わせた3つの同時アプローチであなたを治療します!」(ギュッ)
「わかりました、お願いいたします!」
「しかしこれは、体にかなり負担がかかる治療法となる。
リハビリの期間も長く必要で、根気が必要です。
なので無理にとは言いません。
以前行ったPRPの投与と、追加の幹細胞投与だけでも、
日常生活に支障がないレベルまで回復できる可能性は高い。
治療をどれほど行うのかは、あなたがどこまで求めるか、です。
もう一度確認ですが…本当にこの治療を行いますか?」
メジロマックイーンは考える。自分がどこまで求めるか?
そんなもの、一つしかないではありませんか。
「私の目標は、再びレースに出て、また勝利を掴むこと。
そのためでしたらどれほどつらい治療であっても受けますし、その覚悟は決めました」
メジロマックイーンはKの瞳を真っすぐ見つめてそう言った。
彼女にはもう、一切の迷いはない。
トウカイテイオーが与えてくれた勇気は、この胸の中で熱く燃えている。
決して諦めない。必ずや再びターフに立ち、トウカイテイオーと勝負をするのです。
「よろしい。君の覚悟は受け取った、俺たちもそれに全力で答えよう。
君の主治医さんたちと俺がバックアップする。
元の脚を取り戻せるように頑張ろう!」
「お嬢様!必ず私たちがお嬢様を治して見せます!」
「K先生、主治医!お願い致します…!」
トウカイテイオーの活躍によってメジロマックイーンの覚悟が決まり、
長く過酷な治療に向かって走り出した。
まずは腸骨から幹細胞を取り出し、それを培養する。
それと同時に幹細胞を分化させて繋靭帯のシートを作成していく。
培養が完了したら幹細胞の投与と自家移植、靭帯シートの移植。
移植の後は生着と再生までの期間を2か月取る。
これを計3回行い、炎症していた繋靭帯の大部分を新しい物へと変えていくのだ。
「主治医、これは手術の順序としてはどのようになるのですか?」
「いずれも同時に行います。何度も手術を行うのは余計な負担がかかってしまいますから。
K先生の力添えもありますので、同時に行ってもそれほど長い時間はかかりません」
「ど、同時なのですね。そうすると繋靭帯のシートが完成してからになるのですね?」
「その通りですが、実はもう繋靭帯のシートは完成しております」
「えっ!?」
「メジロマックイーンさんには黙っていたのだが…以前から主治医さんたちとは話をしていてね。
君の治療を行うために、できる限りの手を尽くそうという話になった。
君が治療を受ける覚悟ができた時、すぐにでも開始できるようにと、
主治医さんから君の幹細胞を提供してもらって俺の診療所で作成していたのだ」
Kが初めてメジロ家を訪れた時のこと。
その時に主治医から受け取った幹細胞を利用して、
繋靭帯のシートをあらかじめ作成していた。
『村井さん、これがメジロマックイーンの幹細胞です。
これから繋靭帯の作成をお願いします』
『承知しました。繋靭帯は靭帯と筋組織のハイブリッド器官…
作成するにもなかなか手間がかかりますからな。
それでもバイオ3Dプリンターの力もありますし、
年末までには何とか用意できると思いますぞ』
『よろしくお願いします。
これが上手くできれば治療期間と再発の危険性がかなり改善されますから』
『お任せくだされ。旦那様やK先生、そして私の理想のためにも、
この村井、再生医療に関しては命を懸けて取り組んでおります。
その経験を存分に振るわせていただきますぞ!』
そうして村井が熱心に作成に取り組み、
有馬記念の10日前に1回分が完成してメジロ家に提供された。
現在は次の手術に向けた分を作成中。
「そうでしたのね。主治医もK先生も、わたくしを待っていてくださったのですか…。
ありがとうございます。その信頼に応えるためにも、
わたくしもできうる限りの努力をすると約束いたしますわ!」
Kたちが事前に行っていた準備によって、
既に幹細胞の培養も繋靭帯のシートも出来上がっている。
よって1回目の移植手術は数日後に行われることになった。
「それでは主治医さん、よろしくお願いします」
「はい。これよりお嬢様の脚部手術、
術式は繋靭帯炎の治療を目的とした繋靭帯の切除と移植、
幹細胞の投与を行います。K先生、助手の皆、よろしくお願い致します」
「よし、患者への全身麻酔、入眠を確認。
私は左脚の繋靭帯炎の処置にかかりますので、
主治医さんは右脚の繋靭帯を採取できるように準備をお願いします」
「承知しました」
Kは患部である左脚、主治医は採取のための右脚の手術を行う。
「さて、患部の炎症はPRPの投与で少し治まってはいるものの、依然として激しい。
ここは炎症部位の切除をするとともに、少量の筋膜切開を行い内圧を下げておこう。
炎症部位の2割ほどを切除し、ここに右脚の繋靭帯と培養繋靭帯シートを接続する」
「K先生、右脚の開放は完了いたしました。いつでも採取が可能です」
「ありがとうございます。では右脚から繋靭帯の一部を採取する。
これを左脚の患部に移植、縫合して生着を待つ」
K自身が切除と採取を行ったため、
形状は手術前と全く同じに見えるほどぴったりとつなぎ合わされた。
「おお…さすがはK先生です。形状が全く同じですね。
では私は右脚の採取部分に培養繋靭帯シートを移植します」
主治医は右脚の繋靭帯へ、培養繋靭帯シートを移植する。
採取された形状に合わせてシートを整え、こちらも綺麗に移植された。
「主治医さんの腕も素晴らしい。さて、これでメインの手術は終了です。
患部を縫合し、幹細胞の投与を行いましょう」
手術創が閉じられ、幹細胞の投与を行う。
静脈注射と筋肉注射を同時に行うことで、組織再生を大きく促していく。
「よし、これで手術は完了です」
「はい!K先生、助手の皆、ありがとうございました。
こまめな検査を行いながら、問題がなければ次回は2か月後です。
またよろしくお願い致します!」
手術完了から数時間がたち、覚醒したメジロマックイーン。
自身の脚を見て、手術が無事に行われたことを理解した。
「ふふ、さすが主治医とK先生。見事ですわね…。」
「お嬢様、お目覚めになられましたか。ご気分はいかがですか?」
「あら、じいや。傍にいてくれたのですね。
麻酔の影響か、少しふわふわしますけど…特に問題はありません」
「安心いたしました…!
それでしたら、お嬢様がお目覚めになられたことを主治医たちに報告して参ります」
そう言うとじいやは速足で出ていき、主治医とKを連れて来た。
「お嬢様、手術は無事に成功いたしました。
これからしばらくは患部の炎症と移植部の生着具合を確認していき、
問題がなければ2か月後に同様の手術を行います」
「メジロマックイーンさん、お疲れ様でした。
患部や体調におかしな点があった場合はすぐに報告してください」
「主治医もK先生もありがとうございました。
問題があれば必ず報告いたしますわ」
「今後のスケジュールですが…この手術は計3回行うので、
2回目は2か月後、3回目は4か月後を予定しております。
3回目の手術を終えたら2か月の休養を経て、本格的なリハビリを開始いたします。
まず軽いトレーニングで3か月、レースに向けたトレーニングはその後です。
レースへの復帰は最低でも1年はかかるとお考え下さい」
「構いません。テイオーだってレースに戻るのには丸一年かかったのですから。
わたくしだってできますわ。なにせ、わたくしはメジロのウマ娘。
そして、トウカイテイオーの唯一無二のライバルなのですから!」
メジロマックイーンがにっこりと笑った。
長い戦いとなるとしても、その先にある未来へ真っすぐ前を見て踏み出した。
トウカイテイオーがくれた勇気がある限り、もう諦めない。
1回目の手術から2週間ほど経った頃。
メジロマックイーンがメジロ宅でリハビリを行っていると、来訪者が現れた。
唯一無二のライバル、トウカイテイオーだ。
「やぁマックイーン!調子はどう?」
「あら、テイオー!調子は上々と言ったところですわ。
主治医たちに調べてもらっているのですが、
患部の状況は手術の甲斐があって随分と良化しているそうなんですの」
「そっかぁ、よかったじゃん!」
「来月には2度目の手術を行い、順調にいけば3度目の手術でほとんど完治できそうです。
そうなればまたトレーニングに戻れます。楽しみですわ」
「よーし、トレーニング再開の時はボクが並走してあげるね。
このテイオー様が脚を貸してあげる!」
「あら、それは遠慮なくいただきましょう。
わたくしの復帰のための糧となっていただきますわ」
「糧、ねえ。でもボクはどんどん成長しちゃうから、どれだけ食べても追いつけないかもね?」
「あーら、それは逆ではなくて?わたくしはまだあなたに負けたことはありませんわよ?」
「あっ、言ったなー!1戦しかしてないくせに!
お互い故障しなくてもう1回やってたら、絶対ボクが勝ってたもんね」
「いいえ、わたくしが連勝しておりました」
「アハッ!その言い方、マックイーンも元気みたいだね!
それでこそマックイーンって感じ!」
「テイオーこそ。心身ともに十全のようですわね!」
「おかげ様でね。まー、今の話じゃないけどさ、
1戦しかしてないとはいえ、ボクはまだキミに負けたままだ。リベンジしなくちゃね。
だけどそれは強いマックイーンでいてくれないと、勝ったって何の意味もないからさ。
戻ってくるのずっと待ってるよ。それで、絶対勝負しようね!」
「ええ、待っていてください。時間はかかってしまいますが、必ず戻って見せますわ!
それまでずっと、わたくしの『ライバル』のトウカイテイオーでい続けてくださいね!」
2人は再び約束を交わした。
かつて叶わなかった、かけがえのない勝負を。
「さーて、せっかくだからお茶しない?なんか珍しそうなお茶を買ってきたんだよね!
糖質の吸収を抑えるって書いてあるから、
あんまり運動できないマックイーンにはちょうどいいかと思って!」
トウカイテイオーがバッグから何かのお茶を取り出した。
「お茶ですの?ギムネマ茶…聞いたことありませんわね。
紅茶とはずいぶん異なりそうですが、健康茶なのですね。
せっかくですのでいただきましょうか。
じいやに頼んでお茶請けを出していただきますわ」
じいやがケーキやクッキーを用意し、お茶会が始まった。
さっそくトウカイテイオーが持ってきたお茶を淹れてみる。
「色も香りも、やはり紅茶とは違いますわね。緑茶とも違いますか…
なんというか、青々とした草の香りと言いましょうか?」
「ほんとだね、独特の香りがするよ」
「どれ、味は?ん…。け、結構渋いですわね。
健康茶と考えるとこんなものなのかもしれませんが。
ティータイム向けのお茶ではないかもしれませんわ」
お茶を飲んだメジロマックイーンは渋い顔をした。
「確かに…。でも、これならケーキがいっそう美味しく感じるかも!」
「一理ありますわね、健康茶と共にケーキを食べるのはいささか矛盾を感じますが。
ではケーキをひとくち…」
メジロマックイーンがチョコレートケーキを食べると、頭にハテナを浮かべ、もう一口食べた。
「………け、ケーキが…ケーキが甘くありませんわ…!
じいや、このケーキはいったいどのような…!?」
「ケーキでございますか?これは有名なケーキショップのものでございます。
甘くないなんてことはあるはずがありません」
「でも甘くないんですの!味見してみてくださいまし!」
「で、では失礼しまして…」
じいやがケーキを少し口に入れた。
「どうです?甘くないでしょう?」
「いえ…チョコレートの豊潤な香りと、優しい甘みが広がります。
有名なだけの実力を感じる味わいでございますが…」
「ええっ!?じゃあおかしいのはわたくしの方なのですか!?」
ショックを受けるメジロマックイーン。
じいやはいったい何事だろうと考えた時、テーブルの端に置いてあるお茶を見つけた。
「む、これはギムネマ茶!お嬢様、これをお飲みになられたのですか?」
「え?ええ。テイオーがお土産と言って持ってきてくれた健康茶ですの。
じいやは知っているのですか?」
「知っております。このお茶を飲みますと…
しばらくの間、甘みを感じる力が弱くなってしまうのです」
【ギムネマ茶】
正式名称は「ギムネマ・シルベスタ」。ヒンドゥー語で「砂糖を壊す者」を意味する。
ギムネマはインド原産の植物で、東南アジアや中国南部などの熱帯・温帯地方に自生する。
このギムネマの葉から抽出したお茶は、植物の青い匂いと強めの渋みが味わえる。
特筆すべきはこのお茶を飲むと暫くの間甘さを感じにくくなること。
ギムネマに含まれるギムネマ酸という成分が舌の味蕾と結合し、
甘さの味覚を麻痺させることでこの現象が起こる。
さらにギムネマ酸は小腸の糖を吸収する受容体を塞ぎ、糖の吸収を抑える効果もある。
糖の摂取を抑えたい場合に有効な成分である。
「なんですって!!テイオー、なんのつもりでこんなものを…!」
メジロマックイーンがトウカイテイオーを睨みつけると、
トウカイテイオーは涙目でケーキを食べていた。
「んええ~!ケーキもクッキーも全然甘くない~!ナンダヨモー!」
「って、あなたもですの!?」
「変なもの買ってきちゃったなぁ…。
じゃあ口直しにこっちのナツメ葉茶ってのを…」
トウカイテイオーがもう一つお茶を取り出すと、
じいやはそちらについても効能を知っていた。
「テイオーさま。失礼ですが…
そちらのナツメの葉も、ギムネマ茶と似たような効果がございます」
「えええ~~~!!!」
「もう…!テイオーはどこでこんなもの買ってきたんですの!」
「ボクだって良かれと思って買ったんだよ~!」
せっかく始まったお茶会だったが、
トウカイテイオーのせいで全く美味しくない時間となってしまったのだった。
ただ、舌に触れなければ味覚は変わらず糖質抑制効果だけを享受できるだろうということで、
メジロマックイーンはギムネマ酸を抽出したサプリメントを作らせたらしい。
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いくつかの季節が巡り、木々が青々と生い茂り、強い日差しと蝉の声がにぎやかな季節。
どこかのトレーニングコースに佇む、2人のウマ娘がいた。
「お待たせいたしました」
「ううん、ぜんぜん!…やっと一緒に走れるんだね。」
「ええ。」
2人はコースのスタート位置に並んだ。
「芝2400、天気・晴れ。バ場状態・良。」
「負けて泣いちゃっても知らないから。ボク、最強のウマ娘だからね!」
「望むところですわ!」
1人がコインを高く打ち上げた。
コインは日の光をキラキラと反射させながら飛び、芝へと落下する。
それと同時に、2人のウマ娘が勢いよくコースを駆けて行った。