スーパードクターU   作:黒い平方四辺形

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春の憂鬱(後編)

トレーナーが連れられて行くのを見送ってから、Kがアストンマーチャンのほうに向きなおる。

 

「さて、本題に入りましょう。

アストンマーチャンさんの症状について教えて頂けますか?」

 

「はい。えーとですね、マーちゃんは昔から春と仲良しではないのですが、

このところ、それがもっと強くなってきていると思うのです」

 

「春?春…季節の話ですか?」

 

「そうなのです。

冬が終わって春になるころから、なんだか体調が良くなくなるのです。

体が動かなくなるというほどではなくて、漠然としたものなのですが。

実はマーちゃんのお母さんもお医者さんでして…

調べてもらったことはあるのですけど全然理由はわからなかったのです。

なので伝説のお医者さんならわかるかも、とここまで来ました。わくわく」

 

「なるほど。具体的にこう、と言う症状があるわけではないんですか?」

 

「はい。あんまり具体的な説明ができなくてごめんなさい」

 

「構いませんよ。

ふむ…ではまず健康診断からやってみましょう」

 

アストンマーチャンの問診をしたり、血液検査や身体測定、CT撮影など一通りの検査をする。

しかし目に見えるような病変は特に無いようだった。

 

「特に一見してわかるような異常は見当たりませんね。

この診断だけを見たら健康そうに見えます。

さて、何が原因なのか…問診を見ても普通の生活は出来ているんですよね?」

 

「そうですね、ちょっと体調が良くないこと以外はなにも。

少し眠気が多いとか、少し気がそぞろだとかはありますけど、

食欲はあるしトレーニングもできるのです。

だいたい普通のマーちゃんです」

 

「ふうむ…そうですか」

 

Kは少し考えこんだ。

調べた限り、特に体に異常があるようには見えない。

ということは精神面からくるものである可能性を考えたほうがよさそうだ。

それも、発生がいつも決まって春先だというのなら…。

 

「時期についてもう一度確認します。

春先からと言う話ですが、いつからいつくらいまで症状が続きますか?」

 

「えーと、始まるのは冬の終わり。2月の後半くらいでしょうか。

それから春の間は大体そのままで、夏になると治りますね」

 

「なるほど…アストンマーチャンさん、ちょっとお聞きしますが。

あなたは『春』に対して、何かネガティブな感情を持っていますか?

何らかの要因で嫌っていたり、春の時期に嫌な体験をした過去があるとか」

 

「春ですか?そうですね…嫌っているというほどではありませんが…

春は出会いと別れの季節ですから。

出会いは好きなのですけど、別れるのはさみしいです。

だからちょっと好きじゃない部分はありますね」

 

「なるほど。それともう一つ。

食欲はあるという話でしたが、むしろ普段よりも大きくなったりはしていませんか?」

 

「えっ?うーん、そう言われてみるとそうかもしれません。

この前、うどんを大盛5杯ほど食べたらトレーナーさんに怒られました」

 

少し気恥しそうに答えたアストンマーチャン。

現在の検査と問診、そしてその答えによってKが結論を出した。

 

「ありがとうございます。

アストンマーチャンさん、あなたの体調不良の原因がわかりました。

トレーナーさんにも伝えたいので呼んできます」

 

アストンマーチャンの検査の間、別室で休んでいたトレーナーが連れられてきた。

 

「マーチャンの不調の原因が分かったというのは本当ですか!?それはいったい…!」

 

「お母さんたちもわからなかった原因がわかるとは…

むむむ、やりますね。さすがスーパードクターです。

いったい何なのですか?」

 

「特定の季節に繰り返し起きる不調、食欲の増大や過眠の傾向。

アストンマーチャンさん、あなたのそれは季節性感情障害(S A D)

俗に『季節性うつ』と呼ばれるものです」(ギュッ)

 

「季節性うつ…?マーちゃんはうつ病なのですか?」

 

「うつ病ですか…?確かにマーチャンはちょっとネガティブなところはありますけど、

いつも精力的に活動してますし、かなり外向的な生活をしてますよ?」

 

うつと言う名前を聞き、不安そうな顔になるアストンマーチャンとトレーナー。

 

「あまり深刻に考えないでください。

一言にうつ病と言っても様々な種類があります。

SADは確かにうつ病の一種ではありますが、

独特な性質があるため一般に想像されるうつ病とは性質が違う点が多いんです」

 

 

 

 

【季節性感情障害】

Seasonal Affective Disorder (SAD)。季節性うつとも呼ばれる。

 

SADはうつ病の一種で、特定の季節だけ症状を発し、

季節が過ぎると治まるという特有のサイクルを繰り返す。

最も多いのは秋から冬にかけてだが、春や夏に発症する人もいる。

 

SADは一般的なうつ病とは異なる症状が多く、

精神面でも「意欲低下や思考が進まない」「倦怠感がある」などの抑制症状の方が、

憂うつ感などの抑うつ症状よりも目立つことがある。

身体的な症状として、過眠や過食の症状が出ることも多い。

特に炭水化物飢餓と呼ばれ、炭水化物を多く求める症状がある。

 

原因は精神的なものも含めいくつかあるが、

最も多い冬型の症例では日照時間の減少が主な原因である。

 

男性より女性が発症しやすく、

日照時間の変化が原因の一つであるため赤道から離れた地域ほど症例が増える。

 

治療としては日照時間を補う光療法、SSRIという副作用の少ない抗うつ剤の投与など。

 

 

 

 

 

「何年も前から繰り返し春にだけ体調が悪くなること。

しっかり睡眠をとっても眠気が消えないこと。

食事量が増え、うどんのような炭水化物を摂取していること。

これらを考えるとあなたはSADであるというのが私の見解です」

 

「そう言われると当てはまりますね…

まさかご飯が美味しいこと、世界マーちゃん率増大計画が病気のせいだったとは」

 

「SADは多くの場合、秋の終わりから冬にかけて発症します。

それはSADの原因が日照時間の減少によることが多いからです。

なので春になるのは比較的珍しいですね。

おそらくあなたが春を少し嫌っているからでしょう…

元々日照時間の変化に弱い体質だったが、

春へのネガティブな感情が引き金となって症状として現れてしまったのかと」

 

「むむむ、そうなのですか。

マーちゃんは春と仲良しじゃないと思っていましたが、

マーちゃんが春を嫌っていたから嫌われてしまったのですね…」

 

「まあ、原因の一つとしてはそうですね。

とはいえそこを変えるのは簡単にできることではありません。

まずは物理的な原因である、日照時間の減少に対する対応で治療していきます」

 

「ふむふむ。

日に当たっているのが少ないせいだということは、

これから日向ぼっこをすればいいのですか?」

 

「それも一つの手段ですが、治療法としては人工照明を使います。

『高照度光療法』と言い、明るい光を日に1~2時間ほど浴びてもらいます。

個人差はありますが1週間ほどで効果が表れてくるでしょう。

治療の完了には一か月前後と考えてください。

うちにも一つ在庫があったはず。麻上くん、持ってきてくれ」

 

麻上が「わかりました」と答えて部屋を出て行った。

数分後、麻上が大きめのライトを持って来る。

 

「これが治療に使うライトです。点けてみましょうか」

 

Kがそう言ってライトの電源を入れると、眩い光が発せられる。

 

「うおっ、まぶしっ!!」

ライトを凝視していたトレーナーが一瞬で目を背けた。

 

「約10000ルクスの光です、これが太陽光の代わりになるわけですね。

LEDなので紫外線はありませんから体に害はありません」

 

「おお、とても明るい。これではマーちゃんよりも目立ってしまうのでは。

でも体調を治すまでは仕方ありませんね…今だけは許してあげます」

 

アストンマーチャンは燦然と輝くライトをじろじろと眺め、撫でたり威嚇したりしている。

 

「この光を毎朝最低30分以上、基本は1~2時間ほど浴びてもらいます。

光をずっと眺めている必要はないので、

浴びてる間は例えば本を読むなどをするといいでしょう。

ただし数分に一度くらいは光を眺めてください。

網膜から光が入ることが重要なのです」

 

「なるほどなるほど。

ところで先生、この子は何かお名前はあるのですか?」

 

ふいにアストンマーチャンから質問が飛ぶ。

 

「名前?そのライトですか?我々は高照度光療法器具と呼びますが…

商品名のことでしたらどこかに書いてありますよ」

 

「いえいえ、この子の名前です。ワンちゃんの名前を聞かれて、イヌとは答えないでしょ?」

 

それはその通りだが、今はライトの話をしているのでは?と思うK。

Kにはアストンマーチャンの質問の意図が理解できなかった。

 

「…名前はないですね。個体名ってことですよね?

もしよろしければアストンマーチャンさんが名付けてもいいですよ」

 

「本当ですか!それではこのマーちゃんが名付け親(ゴッドマザー)になりましょう。

そうですね、太陽のように輝く光という意味の…

『サンサンはな丸』というのはどうでしょうか!」

 

アストンマーチャンはキラキラとした目でKを見つめた。

Kは微妙な表情をするが、興味がないので断る意味もない。

 

「い、いいんじゃないでしょうか。これからはそう呼んであげてください」

 

Kはそう言ってチラリとトレーナーの方を向くと、トレーナーも微妙そうな顔をしていた。

着ぐるみを着て村を練り歩くほど仲のいいトレーナーだが、

どうやらネーミングセンスに関してはアストンマーチャンと異なるらしい。

 

 

そうして治療の方針が決まり、帰宅の準備をするアストンマーチャンとトレーナー。

 

「それではK先生。ありがとうございました。

サンサンはな丸は大切に預かりますからね」

 

「ええ、よろしくお願いします。

治療が終われば使う必要がなくなりますので、

そうしたらこちらに送っていただければと思います」

 

「わかりました。それとスーパードクターと呼ばれる有名なK先生に聞きたいことがあるのですが!」

 

「私に?なんでしょうか」

 

「ズバリ!先生が有名人になった方法を知りたいのです!

マーちゃんはスーパーマスコットとしてみんなに知られるウマ娘になりたい。

そのためのノウハウやアドバイスがあったら教えてください!」

 

アストンマーチャンとしては治療と同じくらい重要な要素であり、

かなりの期待を込めて耳も尻尾もぶんぶん揺れている。

Kは、少し考えてから答えた。

 

「まず聞いておきたいんだが…君が目指すものは何だ?

有名人になることなのか?」

 

「そうです!マーちゃんのことをみんなに知ってほしいのです!」

 

「そうか。それだとオレが参考になるかな…?

オレが有名になったのは目的ではなく結果に過ぎない。

オレは医者として研鑽を続けた結果、今の自分になっただけだ」

 

「むむむ、高い実力によるものと。シンプルなのです。

会長さんと似たようなものですかね」

 

「会長…シンボリルドルフのことかな。

まあ同じ話だな、実力があるから皆に知ってもらえる。

ハルウララのように、勝てなくても挑み続ける姿が有名になるパターンもあるが」

 

「ウララさんの人気を否定するわけではないですが、

マーちゃんは負けて人気になるのは目指してないですね。

やはりレースの実力を高めるのが常道なのでしょうか」

 

「そうだと思うぞ。アイドルのような路線に進むなら別かもしれないが…

何事にも近道はそうそうないからな。

それにしても君はなぜ人気者になりたいんだ?

話を聞いた限りだと、アスリートとして実力を上げることよりも優先しているように見えるが」

 

「理由、ですか…」

 

アストンマーチャンは言うべきかを少々考えていたが、口を開いた。

 

「先生もお医者さんなら知っていますよね。

お母さんがお医者さんでしたから、わたしも知っています。

命は流れていきます。上流から下流へ。そして海に流れていくことを」

 

「ふむ…命はいつか亡くなる、ということかな?」

 

「誰も、いつしか海に行くことは決まっています。

だから、少し寂しいけどそれはいいんです。決まってることですから。

本当に悲しいのは忘れられることです。

誰かも言ってましたよね、『人は二度死ぬ。体が死んだ時と、忘れ去られたとき』。

一度目は避けられないですが、二度目は避けられます。

みんながマーちゃんを憶えていてくれれば、マーちゃんはずっと生きていられるのです。

だからみんながマーちゃんを忘れないような『跡』を残したいのです」

 

「そうか…」

 

Kはアストンマーチャンの話を聞いて、独特の死生観を持っているらしいことを認識した。

隣にいたトレーナーはずっとうんうんとうなずいていたので、どうやら同じ考えらしい。

 

「アイドルになることも考えたことはありますが。

マーちゃんは可愛さに自信はありますけど、一番とまでは言い切れませんよね。

美意識は人によって違いますから。

それに比べてレースは単純です。勝った子が一番です。

走るのは好きですし、自信もあります。だからレースで跡を残すんです」

 

「なるほどな。それなら、これから頑張るといい。オレも応援しているよ」

 

「ありがとうございます。

きっと先生のように実力でもみんなに知ってもらえるように頑張ります。

ですからマーちゃんを忘れないでくださいね」

 

「ああ…ただ、一つ言っておこう。

オレは医師として関わった人たちのことはすべて憶えている。

そしてこの先もずっと忘れることは無いだろう。

だから君がこの先どんな人生を歩んだとしても、君のことを忘れることはないよ」

 

Kがそう言うとアストンマーチャンはよほどうれしかったのだろう、

耳をピコピコと動かして満面の笑みになった。

 

「ありがとうございます!

先生は有名な方のようなので、

私がいなくてもいろんな人が憶えててくれるでしょうけど…

私も先生のことはずっと忘れませんからね」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

診断が終わり、アストンマーチャンとトレーナーは帰っていった。

どうやらバスの最終便に乗れたようだ。

 

帰り際、トレーナーには着ぐるみ着用はやめておけと割ときつめに言っておいたので、

さすがに着ることなく帰っていったようだった。

 

 

「アストンマーチャン、か。若いのに不思議な死生観を持っているな」

 

Kがそうつぶやくと富永も同意する。

 

「そうですね。でも言ってることはある程度は理解できましたよ。

特にこの村にいるとね」

 

「フッ、そうだな。祖先から受け継がれてきたKの称号。

個人そのものは忘れられても、Kの名は忘れられることは無いだろう。

そして授け手も、あの墓と受け手がいる限り忘れられることは無い。

そういう意味ではいつまでも生き続けていくことだろうな」

 

「ですねェ。この村は連綿と続いてきた歴史の体現者ですから。

あの子も今後どんなレースを見せてくれるかちょっと楽しみですね。

忘れられない跡を残す…口だけじゃなく結果を見せてくれることを期待しますよ」

 

Kと富永が話していると、イシがお茶を持ってきてくれた。

 

「ホレ、お茶が入ったぞ。

しかしなァ、わしはレースを見んともあの子を忘れることは無さそうじゃ。

いくら老い先長くないといっても、一生忘れられそうにないわ」

 

「あ、お茶ありがとうございます。

そんなにすごかったんスか?噂の着ぐるみ…」

 

富永がお茶をすすりながら眉をしかめて言った。

イシは姿を思い出すと、また不気味な感覚が背筋を伝った。

 

「ああ、普通に怖いぞ。富永にもアレを見せてやりたかったわい…」

 

 

 

 

 

 

 

診察の翌日。

 

アストンマーチャンは早速、高照度光療法を始めた。

いつもより1時間ほど早く起きて、光を浴びながら勉強をすることにしたのだった。

 

「治療のこの時間はお勉強に当てましょう。

病気になってもめげずにひたむきに頑張るマーちゃん…

これは後々いいエピソードになるのです」

 

そうしてライトを点け、光を浴びるアストンマーチャン。

騒いでいたわけではないが、その眩しさで同室のノースフライトが目を覚ました。

 

「んん…なんだか眩しいですね…。それ、なんですか…?」

 

「おや、フーちゃんを起こしてしまいましたか、申し訳ない。

しかしこのマーちゃんよりも輝くものをご存じないとはいけませんね。

紹介しましょう、LEDライトのサンサンはな丸くんです。

フーちゃんとは『ライト』仲間ですよ」

 

「名前じゃなくて、光ってる理由の方を聞いてるんですけど…」

 

「これは失礼。

実はマーちゃんはとある病気になりまして、この光を浴びるのが治療なのですよ。

ですので向こう一か月くらいは朝に1時間ほど浴びることになります」

 

「そうなんですか、早く良くなるといいですね。

マーちゃんのためにも、私の睡眠のためにも…。」

 

ノースフライトは翌日以降、アイマスクを着用して寝るようになったらしい。

 

 

 

高照度光療法の効果は上々で、1週間後には実感できるくらいの効果があった。

体調が良くなりトレーニングを増やし、さらに日を浴びる好循環でみるみる回復していった。

 

約1か月後、アストンマーチャンの調子は完全に復調。

近場の病院で診てもらっても問題なしと言うことで、ライトをKに返却することとなった。

 

そして診療所に届いた箱は…異様な大きさだった。

明らかに貸したライト以外に何かが入っていることだろう。

 

富永や麻上は疑惑の目をしながら箱をポンポンと叩いた。

 

「随分でかい箱っスね…。

前のビワハヤヒデみたいにバナナでも入ってるならいいんですけど」

 

「そういう普通の物を入れてくる感じじゃないですよね。

例の着ぐるみでも入ってるんじゃないですか?」

 

「いやァ、まさかね…」

 

「あんなものを送られても困るがな。とにかく開けてみよう」

 

そう言ってKが箱を開封すると、中には貸したライトと共に、

大量のマーちゃん人形が入っていた。

どうやら1ダースはあるようだ。

 

「なんだこれは…」

 

その場の全員が困惑する。

中をよく見ると手紙が入っているようだ。

そちらも開けて中を見ると、アストンマーチャンからの手紙だった。

 

 

 

『K先生、診療所の皆さんへ。

お世話になったアストンマーチャンです。

サンサンはな丸はとても活躍してくれて、マーちゃんは元気いっぱいになりました。

春と仲良くなれてうれしい限りです。

 

心ばかりのお礼として、非売品のマーちゃん人形試作品マーク2を送ります。

じきに公式発売もされますが、こちらは非売品なので希少価値が高いですよ。

たくさん送りますので、保存用、布教用、展示用などにご活用ください。

できれば皆さんにかわいがっていただきたいですが、

転売などをしてくれてもマーちゃんの輪が広がるのでOKなのです。

もっと欲しくなったら連絡ください。いつでも送ります。

 

また何か具合が悪くなった時は伺うことがあるかもしれません。

その時はまたよろしくお願いします。

 

みんなのマスコット アストンマーチャン』

 

 

 

「本気か?これを礼として送るとは…」

 

Kが眉間をギュッと寄せていると、富永が手紙がもう一通あることに気づいた。

 

「あ、もう一通あるみたいですよ。こっちは…トレーナーからみたいです」

 

 

 

『K先生、診療所の皆さんへ。

 

この度はアストンマーチャンの治療をしていただきありがとうございました。

指示していただいたとおりにするとみるみる良くなり、

今ではすっかり元気になりました。

仮に今後も再発するとしても、原因と対処法を教えて頂けたので安心です。

 

さて、今回はまことに申し訳ございません。

この手紙と共に、マーチャンの人形が大量に送られていると思います。

私も何度も説得したのですがうまくいかず、自分の力のなさを痛感するばかりです。

思いのこもった人形であるので、

差し出がましいことですが、捨てるのはご容赦いただきたいです。

マーチャンの文にもあると思いますが、

フリマサイトなどで売ってもらっても構いませんので、

どうにか捨てる以外の方法でお願い致します。

 

またお世話になるときがあるかもしれませんが、

その際はよろしくお願いします。

次は決してこのようなことがないように致します。

 

アストンマーチャンのトレーナーより』

 

 

 

 

「…ですって」

 

「トレーナーとアストンマーチャンが2人で一緒になってやったのかと思ったが違ったようだな」

 

「着ぐるみを着てバスに乗るような変人でも、その常識はあるんですね」

 

麻上がライトを片した後、3人は大量の人形の前で佇む。

これどうするんだ、と各々が悩む中、

ひとまず個数を数えて整頓しているとイシもやってきて、

それを見た瞬間目を見開いて驚いていた。

 

「バスで見た時から思っとったが、本当どうかしとるな。

わしが見た着ぐるみはこれがそのまま大きくなった感じじゃな」

 

イシがマーちゃん人形を一つ手に取りながら呟いた。

そういえば、とKが少し前に沖野と会話した時に聞いた話を言った。

 

「この前沖野さんと会話した時に、

アストンマーチャンの学園内での暮らしぶりを聞いてみたんですが。

あのトレーナーが大きい銅像を手作りして勝手に学内に設置したのを見つかり、

理事長室に連行されたそうです」

 

「銅像を!?あいつ学園内でもそんなことしとるんか!よくクビにならんな…。

しかしこの人形、どうするんじゃ?送り返すか?」

 

「さすがにそれはちょっと。でも実際どうするべきか…」

 

Kがちらりと富永へ視線を向けた。

 

「富永、お前ウマ娘が好きだろう?どうだ?」

 

「え、えーっと…まあ好きですけどね。じゃあ1つ貰っておきますか…」

 

「沢山あるから遠慮しなくてもいいぞ。2個でも3個でも」

 

「遠慮してないっス!1個でいいです!」

富永は手と首をぶんぶん振って拒否をした。

 

「そうか…。あと、麻上くんもウマ娘は好きだったよな」

 

「ま、まあそうですね…じゃあ私も1つ…。

いいです1つで!家があまり広くないですから!」

 

「そうか。じゃあイシさんは…」

 

「わしはいらん」

 

「…はい。村井さんもまあ、いらないだろうな。

後はどうするか…この人形、確かに相当な思いが籠っている雰囲気があるな。

捨てたら祟りがありそうな気がしてくる」

 

「うちの村ってウマ娘に興味ある人あまりいないですからね。

そうですね…ここに来た患者にでも配ればいいんじゃないですか?

アストンマーチャンも成績は良好のようですから知ってる人もいると思います」

 

「そうだな。まあ、そのうち捌けるだろう」

 

 

それから、Kの診療所にマーちゃん人形が見本として1つ置かれることとなった。

患者に勧め、欲しがった人にはくれてやり、3か月ほどたって全部を配り終えることができた。

 

その後アストンマーチャンがスプリンターズステークスで勝利してから彼女の人気が増え、

公式からもマーちゃん人形が発売されると、

この人形はレアものとしてマニアに知られる存在となったとか。

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