多少ネタバレ注意です。育成してない人はやってみてくださいね。
あとK2の方は一也と宮坂さんが婚約したり、9本目のメスが出たりで盛り上がってますね。
本当にうれしいです。何年間も……待たせやがって……!
秋も深まり、朱く色づいた木々も散り始めるころ。辺りはすっかり暗く肌寒くなっているというのに、コースでトレーニングを行っているウマ娘とそのトレーナーがいた。
「いいぞスティル!そのペースのままあと5周だ!」
「は……はい……!」
そこにいたのはスティルインラブと、そのトレーナーだった。スティルインラブは目覚ましい活躍をしているウマ娘であり、クラシック期ではトリプルティアラの栄光をもつかんでいる。
誰からも注目される存在……のはずなのだが、本人の特殊な性格と、異様に影の薄い体質から人々からは微妙な評価であった。
スティルインラブ本人はそれを受け入れているのだが、トレーナーは納得がいかずさらなる活躍を目指し、エリザベス女王杯ではアドマイヤグルーヴを下して勝利、次のジャパンカップにおいてメジロラモーヌと激突することで話題になっている。
トレーニングを始めてからしばらくたったころ。スティルインラブが指示されたトレーニングを終了し、息を整えながらトレーナーの元へと歩いてきた。
「トレーナーさん。指示された通りできました」
「よし、ノルマ達成だな!お疲れ様!ドリンクを飲んでね」
スティルインラブは差し出されたスポーツドリンクを受け取り、何口か飲んだ。
「ふう…ありがとうございます」
トレーナーはその様子を眺めながら、申し訳なさそうに言う。
「いつもごめんな、こんな時間にトレーニングさせて。昼間はちょっと体調が良くないもんだから……」
「いえ、いいんです。私も昼間はあまり得意ではありませんのでちょうどいいです」
「そう言ってくれると助かるけどね……さて今日の予定は一通り終わったし、スティルも結構疲れてるようだし」
トレーナーはメニューを見ながらそう言うと、
「追い込むためにもうちょっとやろうか。まだ時間に余裕がある。あのメジロラモーヌと戦うのだからやれるだけやろう」
時計に視線を向けてそう言った。
スティルインラブは予定よりも多いトレーニング量を提示されたが、闘志が漲っている彼女は即答で了承をする。
「わかりました。もっともっと強くなる私を見ていてください」
そうして2人は寮の門限ギリギリになるまでトレーニングを続けたのだった。
翌日の午前中。トレーナーは学園内を1人歩いていた。
今日は会議の予定があったため、あまり好ましくない日光の下を歩くことになったのだ。眩しさを抑えるためと、とある事情からサングラスを装着している。
昨晩は夜が明けるまで仕事をしていたためほとんど休んでいないが、そもそもここ最近は布団に潜ってもろくに眠ることができないため、起きていてもあまり変わらない。
「ふう、昼間は調子悪いや。日光もつらいし。まだ昼前か……部屋でいったん休もうかな」
トレーナーが少しふら付きながら歩いていると、近くを通りがかった2人の男が目を留めた。
その男とはドクターKと富永。
2人は学園側からとある要請を受けてトレセン学園へやってきていた。
「見ろ富永、あの男を。様子が変じゃないか?」
「ですね。僕、ちょっと声かけてきます」
富永はそう言うとトレーナーに近づいて声をかけた。
「お疲れ様です!あの、なんだか体調が芳しくなさそうですが大丈夫ですか?」
トレーナーは突然声をかけられたことに驚いたが、相手が医者らしき恰好をしていたので特に警戒心はなかった。
「あ、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、たぶん寝不足なだけだと思います」
トレーナーはそう答えたものの、最近の不調が寝不足のせいだけではないことは重々承知している。一方で富永も、それほど単純な話ではなさそうだと理解した。ちゃんと診るためにも座らせたほうがよさそうに思えた。
「そうですよね、トレーナー業も忙しいでしょうし、寝不足にもなりますよね。いったん座って休んだほうがいいです。あっちのベンチに行きましょう」
「はい……そうします。あっ、おっとっと……」
富永がトレーナーの手を引くと彼はよろめき、つけていたサングラスを落としてしまった。
「申し訳ない、体がつらいので拾っていただけますか?」
「ええ。はいどうぞ……うっ!?」
富永はトレーナーのサングラスを拾って手渡す際に彼の眼を見た。
そこにあったのは真紅の眼。尋常なものではないことが一目でわかる。
「これは……気にしないで下さい」
トレーナーはそう言い、ひったくるようにサングラスを取って装着した。しかし富永に認識された時点で、気にされないなんてことは不可能である。しかも富永はすぐにKを呼んだ。
「K先生来てください、結構まずそうな雰囲気です!」
富永に呼ばれ、Kが近寄ってきた。
「まずいとはどんな状態だ?」
「眼が……虹彩が真っ赤になっています。眼に重大な問題が起きているかもしれません」
富永は一度咳払いをすると、真剣な面持ちに変えた。
「我々は医者でして。すみませんがトレーナーさん、もう一度眼を見せてもらえませんか?」
「はい……」
トレーナーは渋々といった態度だが、サングラスを取って2人に眼を見せた。その色の紅さは過去に見たことがなく、Kさえも驚くほどだ。Kは富永に目配せをして、この男が目的の人物だろうとアイコンタクトを送った。
「ふむ、これは……明らかに異常が発生していますね。病院には行かれたのですか?」
Kがそう聞くと、トレーナーが答える。
「病院ですか。先月あたりに病院は行きましたけど体調不良によるものです。眼科は行ってません」
「体調不良ですか。どのような原因でしたか?」
「別に何も。調べてもらっても異常は見つからなかったので、過労とかそういうものだろうという話です」
「そうですか。では、この眼の異常はいつからですか?」
「ええと……宝塚記念の少し前だったから…5月くらいですね」
「この時から一度も眼科へは行っていない?」
「はい。どうにも忙しいものでつい」
Kは少し考えると、トレーナーの腕を掴んで言った。
「今すぐに病院に行きましょう。あなたの体は間違いなく異常が起きています。すぐに入院が必要になるかもしれません」
トレーナーは『入院』という言葉を聞いて顔をしかめた。
「入院は困ります、今は大切な時期なので。区切りの付く年末ごろに病院に行く予定なのでその時にしますね」
「それはいけません。大切な時期というならこの話もそうです。今は11月。1か月も後回しにしたら取り返しがつかなくなるかもしれませんよ」
「うーん……入院ってどのくらいの日数ですか?3日くらいで帰れますか?」
「それは……難しいですね。私の見立てでは2週間ほど必要になるかと」
それを聞いたトレーナーは、Kの腕を振り払って少し離れる。
「そんなに休んでいられませんよ。これから大切なレースがあるんです。ちょっとくらい具合が悪くても我慢します」
Kは少し睨みながら言う。
「あなたの眼が今後見えなくなってしまう可能性があるとしてもですか?」
それに対してトレーナーも紅い眼で睨み返した。
「ええ構いません。私の体より担当のウマ娘のほうが大切ですので」
だがKは全く怯むことなく、トレーナーへと近づいた。
「なら無理やりにでも連れていく。それが我々にとって大切なことなのでね」
Kは再びトレーナーの腕を掴んだ。だが先程のような優しい掴み方ではなく、決して離すまいとする力が込められていた。トレーナーはそれを振り払おうとするも、力の差以前に体が弱っていたため弱弱しい抵抗しかできない。
「ぐ……離してくれ……!」
「体もフラフラで弱っているな。放っておいたらどうなるかわからない……いいからついてきなさい」
しかしトレーナーは力こそ弱いが、いつまでたっても逃げようとして暴れていた。富永もなだめようとして色々するのだが効果はなく、声は出せるので叫んだりして落ち着く気配はない。
Kは少し悩んだが、意を決した。掴んでいた腕を離し、トレーナーの首に腕をかける。
「あまり使いたくはなかったのだがな……『K流患者鎮静術・A』!」
そう言って腕で首を圧迫すると、トレーナーは抵抗もできず数秒で失神した。
【K流患者鎮静術】
Kの一族に伝わる、暴れる患者を落ち着かせるための技。Aはいわゆる締め技である。
頚動脈洞を圧迫することで迷走神経反射を起こし、脳幹へ行く血液を減少させることで対象を失神させる。
他には『医学腹パン』や『メディカル顔面パンチ(普通の人間相手には使わない)』等の技がある。
「ふう……これで落ち着いたな。これほど抵抗するとは思っていなかったが」
Kは失神したトレーナーをベンチに寝かし、起きないことを確認してから少し離れた。
その時。
Kも富永も気づいていなかったが、1人のウマ娘がトレーナーの下にやってきた。
「トレーナーさん、トレーナーさん……?」
Kはそのウマ娘に気づかず、富永と方針を話し合っている。
「このことは俺から理事長たちに話をしておく。富永は近場の病院に連れて行って検査してもらってくれ」
「はい、わかりました」
そのウマ娘はトレーナーを揺さぶった。
「トレーナーさん……起きて……起きてください……」
Kたちは相変わらず気づく様子はない。
「それにしても本当に暴れてましたね。あんまり力が強くなかったのは幸いでしたけど」
「うむ。しかしあの弱り方も病気が原因と思われる。喜ばしいことではないな」
ウマ娘はトレーナーが目を覚まさないことを認識し、ゆらりと立ち上がった。
「トレーナーさん……そう。あの人が、やったんですよね……。」
「それでK先生、彼の原因はどう思います?」
「そうだな、俺の見立てでは…」
「アアああああァアああああああァ!!!」
富永とKが話しているとき、不意に背後から獣の咆哮のような声が聞こえた。2人が驚いて声の方向を向くと、寝かしたトレーナーの横で叫ぶウマ娘の姿が見えた。
「何……!?誰だ!?いつの間にそこに……」
「よクも!!!トレーナーさんをォォォォ!!!!」
「うおおっ!!?」
そのウマ娘は恐ろしい形相をしながらKに殴り掛かった。Kはとっさに受け止めるも、激しい衝撃でよろめいた。ゴールドシップの飛び蹴りに耐え、並のウマ娘を凌駕するほどの身体能力を持つKでさえ、ウマ娘の本能を剥き出しにしたようなそれには押されている。
「なんだこいつは……!いったい誰だ!?」
「Kェ!その子はあの……えっと……スティルインラブです!」
「こいつがスティルインラブ!?近くにいたのか!」
スティルインラブはトレーナーが暴れだした少し後に近くを通り、Kに絞め落とされる姿を見てしまったのだ。実際は失神しているだけなのだが、冷静さを失っている彼女はトレーナーが死亡したものだと勘違いしていた。
「許さない許さない許さないユルサナイユルサナイ!!!」
とても正気とは思えない言動でKに襲い掛かるスティルインラブ。獣のごとき動きをする彼女が描く、紅く光る瞳の残光はまるで真紅のリボンのようである。
Kは人間の男としては常識外れの身体能力と高い技術を持っているため、力は強いが本能のまま単調な動きをするスティルインラブを何とか捌けていた。しかし全力のウマ娘に対処することは並大抵ではなく、対応することで精いっぱいだ。
「富永!!俺はこの子を何とかする!お前は患者を頼む!!」
「わ、わかりました!無事でいてくださいよ!」
富永は寝かせていたトレーナーを連れ、遠くへ離れていった。
Kはそれを見届けると、殴りかかってくるスティルインラブを止めるため声をかける。
「落ち着け!俺は医者で、彼は眠っているだけだ!すぐにでも病院に連れて行かねば危険だったんだ!」
「うあァあああアアアああア!!!」
しかし効果はなく暴れ続けるばかり。これほどの暴れっぷりではかなり危険だが、こちらにも鎮静術を使わざるを得ないのか……と考え始めた時、スティルインラブから渾身の一撃が飛んできた。Kはガードしたものの数メートル、木の上まで吹っ飛ばされた。
「はあ……はァ……」
スティルインラブは目の前から敵が消えたことで少しだけ動きが止まった。
その瞬間、死角から緑色の影が飛び出した。トレセン学園理事長秘書、駿川たづなである。たづなは素早い動きでスティルインラブを羽交い絞めにして動きを停止させた。スティルインラブは拘束から逃れようと体をよじるが、たづなが完全に抑えているため抜け出すことができない。
たづなは少し前、トレーナーを運搬する富永の姿を見かけて事情を聴き、現場に急行してきたのだった。
トラブルが頻発する学園において、数々の暴れウマ娘を制圧してきたたづな。レースを走る歳のウマ娘とは、そのウマ娘人生において最盛期の身体能力を持っている。だがたづなはそれらを制圧できるほどに強い力と速度があるのだが、それが何故なのかは全くの謎である。
「スティルさん落ち着いてください!あの方は変な人じゃありませんよ!」
「たづなさん……!?離してください!あいつは私のトレーナーさんを殺したんです!!」
「殺されていません!寝ているだけです!その方はお医者さんです!あなたのトレーナーさんを助けるために来てくれたんですよ!」
「えっ……!?」
拘束され動けないことと、見知った顔のたづなの言葉だったからか、スティルインラブにも通じたようで暴れるのを止めた。冷静に考えればこんな白昼の学園内で殺人など起こすはずもなく、どうやら誤解そうだと認識したようで、雰囲気も落ち着きを取り戻しつつある。
そこで、吹っ飛ばされていたKもこちらに戻ってきた。パンチをガードした腕は少し痛そうだが、特に怪我はなさそうだ。
「ふう……どうやら落ち着いてくれたようだな。たづなさん、ありがとうございます」
「K先生!すごい吹っ飛ばされてましたけどお体は大丈夫ですか!?」
「ええ、殴りの威力は吹き飛ぶことで受け流しましたので。後ろに壁があったら危なかったかもしれませんね」
スティルインラブはKの姿を再び視界に収めたが、もう暴れる様子はなかった。紅い眼光もほとんど落ち着いている。
「あの!トレーナーさんを助けるというのはどういうことですか?さっき貴方は彼の首を絞めていたじゃないですか!」
「あれは暴れる患者をおとなしくさせるためにやっただけです。首を絞めたのではなく意識を落としたのです。
私はドクターK。たづなさんや他のトレーナーから依頼されたんです……君のトレーナーの体がおかしいから一度見てほしいと。彼とここで出会ったのは偶然でしたがね」
Kと富永が学園の近くに来たのは別の仕事があったからだが、少し前にたづなや他トレーナー、アグネスタキオンら複数人から、『スティルインラブのトレーナーの様子がおかしいので機会があったら診てほしい』と依頼を受けていたのだった。なので近場の仕事が終わった後で学園を訪れたのである。
たづなに会って話を聞いてから本人の元に向かう予定だったのだが、偶然出会ってしまったためこういう事態になった。
「そ、そうだったんですね……!あの、たづなさん、もう暴れませんので離していただけますでしょうか」
たづなはもう大丈夫そうだと判断し、スティルインラブの拘束をやめた。解放されたスティルインラブは頭を深々と下げてKに謝罪する。しおらしくなり、心からの謝罪をするスティルインラブを見ると、先ほどの姿とはまるで別人のように思える。
「大変申し訳ありませんでした……!勘違いして我を忘れて襲ってしまうなんて……!はしたない……穴があったら入りたいです」
「いえ、あまりやるべきではない強引な行動を取った私に非があります。私も無事ですから気にしないでください」
「申し訳ありませんでした……。でもお医者様なのにすごいですね。我を忘れた私が攻撃したのに平気だなんて」
「いろいろな状況に対応するため鍛えておりますのでね。『野獣の肉体』と呼ばれることもありますよ」
Kがそう言うと、スティルインラブはKの体をまじまじと眺めた。マントで隠れているが、迸る生命力からはまさに獣の如き力を感じる。心が獣である自分に対し、ドクターKは体が獣なのだろうと感じた。
トレーナーさんもこのくらいあったらすごくいいな……とちょっと思った。
「あの、それでトレーナーさんはどういう状態なんですか?体調や目の様子がよくないことは私も知っていますが」
「事前に聞いていた症状と、実際に見たところからある程度の目星はついているが詳しくは病院で。私の相方が彼を連れて行ってくれているので向かいましょう。道中であなたからも彼の症状についてのお話を伺いたいですな」
そうしてKとスティルインラブはたづなと別れ、2人でトレーナーが連れていかれた病院へと向かった。
移動中にトレーナーについての話を聞いてみると、「虹彩が赤くなった」「視界がかすむ」「耳鳴りや幻聴が聞こえる」「体がやけに疲れている」「頭痛がする」などなど。もはや不調のバーゲンセールである。しかしこれらもKが想定している病気の症状と一致していた。
2人が病院に到着すると、そこの医者と富永が出迎えてくれた。富永は、特に怪我もなさそうなKの姿を見て一安心した。
「K先生!よかった、無事でしたか。あれで無傷とはさすがはスーパードクター!
僕だとたぶん一発で死んでますよ。それでスティルさんは落ち着いたんですか?」
Kは富永の言葉に少し違和感を覚えた。
「スティルさんが落ち着いたって……見ればわかるだろう?」
「え?見れば……ってなにをです?」
「ここにいる彼女がまだ冷静じゃないと思うのか?」
Kはそう言ってスティルインラブの方を向く。しかし富永は怪訝な顔をしていた。
「ここにいる……?……ん!?あ!?あれ!?
本当だスティルさんいる!!申し訳ありません、なぜか見えてませんでした!」
「どういうことだお前……?」
富永はようやくスティルインラブのことを認識した。彼女はやけに影が薄いので、大人しくしていると傍にいる人にすら気づかれないことも多いのだ。Kも富永も気づいていないが、そもそもスティルインラブに襲われたこと自体、2人とも彼女の気配に気づかなかったことが原因の一つである。
「私、昔から影の薄い体質ですので仕方ありません。それより、トレーナーさんの状態はどうなのでしょうか?」
「あ、ああ。トレーナーさんの検査は一通り終わりました。彼自身はまだ眠ってますが通常の眠りのようです、よほどお疲れなんでしょうね。眼に関してはかなり症状が進行していますね。重度の炎症と網膜剥離が起きています」
「ふむ。では元の原因と考えられる疾患はどうだ?」
「来る前に伺っていた話も加味すると……これは『原田病』かと。血液検査もやっていますが、確認する必要もなさそうです」
「うむ、俺も同じ見立てだ。スティルさんから聞いた症状も概ね当てはまる」
【原田病】
正式名称は「フォークト・小柳・原田病」。原田病と略されることが多い。
昔「フォークト・小柳病」と「原田病」がそれぞれ別の病気として報告されていたが、原因が同じであることが判明したため2つを合わせた名前となった。
原田病は眼に症状が現れたことで疾患に気づくことが多いが、眼、神経、聴覚、皮膚の症状を示す多臓器疾患である。自分の体のメラニン色素細胞に対し、異常な免疫反応が生じることが原因で発生する。全身に様々な症状が現れるが、眼ではぶどう膜炎を起こしていくつかの症状が現れる。
また、この免疫反応により眼のメラニン色素細胞が減少すると、目に存在する脈絡膜の色が薄くなることで眼の血管が透けて見えるようになり、眼の中の色が赤くなることがある。これを夕焼け状眼底といい、原田病に特徴的な所見である。
メラニン色素細胞は日本人を含むアジア人が多く持つため、世界的にはアジア地域において発症頻度が高い傾向にある。
「詳しくは本人に話をしたいんですが…寝てるんですよね。僕、起こして連れてきます」
富永がトレーナーを連れてこようとすると、スティルインラブも立ち上がった。
「あの、私もついていきます。トレーナーさんは寝ていたから病院に来たことを知らないですし、来る前に嫌がっていたなら起きた時にびっくりすると思うんです。でも隣に私がいれば安心してくれるかと」
「確かにそうだ。じゃあ一緒に行きましょう」
富永とスティルインラブがトレーナーが寝ているベッドに向かった。富永は道すがら、トレーナーが治療を渋ったら説得するのを手伝ってほしい旨を伝えるとスティルインラブは快諾する。この世で彼より大切なものなどありはしないのだから。
トレーナーの元へ着くと、富永は彼の肩を揺らして起こそうとするがどうにも起きない。どうするか、と考えているとスティルインラブが自分に任せてほしいと言ってきた。
「貴方へ私の心を込めて……。
トレーナーさん、起きてください……♡」
スティルインラブはトレーナーの耳元で呟くと、その途端トレーナーが飛び起きた。
「うおっ!?スティルの声が聞こえた!!」
「ふふ、おはようございます」
「おお、さすが愛の囁きだな」
富永は腕組をしてうんうんと唸った。
「スティル!俺は一体……」
目が覚めたトレーナーは困惑していたが、傍にスティルインラブがいるからか比較的落ち着いている。しかし状況を知らないため、それを把握するべく辺りを見回した。
いかにも病院らしい雰囲気と、学園で会った白衣の富永がいることでだいたい分かった。
「うん。この見知らぬ天井とお医者さん、病院だなここ。
確か俺は学園を歩いていたら……あなたに会ったんでしたね。それで少し体を診てもらってから……入院を勧められて断って……」
どうやらトレーナーは無理やり連れてこられたことを忘れているようだ。思い出されても困りそうなので、スティルインラブは経緯を思い出そうとするトレーナーの思考を遮った。
「はい。急に具合が悪くなったトレーナーさんを、このお医者様が連れてきてくださったんです」
「そうでしたか、ありがとうございます」
「いえ、医者ですから当然ですよ。それより、具合に問題がなければ説明をしたいので移動願えますか?」
富永ら3人はKの所へ戻ると、Kは診断のデータをまとめてくれていた。
「さてトレーナーさん。単刀直入に言いますとあなたは『病気』です。
病名は『原田病』。免疫機能の異常により、眼を始めとした全身に症状が現れる病気です。
あなたの眼ですが、その真っ赤な虹彩……これは重度の虹彩炎、それに加えて夕焼け状眼底と呼ばれる症状によるものです。さらに両目に網膜剥離が起こっているので視界も悪くなっている。
頭痛や倦怠感、羞明感……光がいつもより眩しく感じること、耳鳴りやめまい。こういった症状もこの病気の特徴です」
「そんなに色々起こるんですね。学園で言いましたが、病院で検査してもらったときは異常は発見できず、という結果だったんですが」
「その時は眼の状態が治まっていたという話ですから、診断ではわかりにくかったのかもしれませんね。
発病したのは約半年前という話でしたね?私が治療を急いでいる理由なんですが、この病気は発病から半年を過ぎると慢性化し、治療が長引く上に予後も悪いことが多いのです。
今はそのギリギリの状態……今すぐに入院するべきです。2週間ほど入院すれば症状はかなり鎮静化するはずです」
「わかりました。でも来週ではいけませんか?ジャパンカップ、スティルのレースがもうすぐなんです」
トレーナーがまた、病院へ連行される前に言っていたようなことを言い始めた。
「 だ め で す 」(ギュッ)
Kは凄まじい眼光を放ちながら言った。鍛え上げられた肉体から放たれるそれは、大型の獣さながらである。
「あなたの状況はかなりギリギリですし、日常生活にも支障が出ているのでしょう?そんな状態で続けることを認めるわけにはいきません」
「でも……」
「トレーナーさん」
なおも渋るトレーナーの手を、スティルインラブがギュッと握った。トレーナーは彼女をの眼を見ると、強い意志を感じる瞳だった。
「トレーナーさん、私は大丈夫ですから入院してください。レースまであと少し、今は微調整だけの段階です。貴方が教えてくれたトレーニングを反復すれば問題ありません。細かい作戦などを考えてくださっていると思いますが、それは入院していてもできるはずです。私は……あなたに良くなってほしいです」
確かにスティルインラブの言うことは正しく、トレーナー自身もわかっている。しかし彼は、自分が見ていないときに彼女の『本能』が暴れださないかを気にしているのだ。今はもうほとんど制御できてはいるが不安は拭えない。まあ、理由はそれだけではないのだが。
「スティル……本当にいいのか?」
「はい」
「入院となったら、レース場にも一緒には行けないぞ」
「構いません。貴方が私を想ってくださるのであれば……お傍にいなくとも、私の心は貴方と共にあります」
トレーナーはスティルインラブの顔を見て、入院することを決意した。彼女は何よりも自分の心配をしていることがわかるからだ。ここで強く拒否をして無理に一緒にいても、心配させることがメンタルの不調につながる可能性もある。
「わかった……入院するよ。前日まではこれまでのトレーニングを反復して、終わったら報告はしてくれ。
当日のサポートは別のトレーナーに頼んでおく。俺はゆっくり休んで治療するから心配しないで。
俺の心も、君と一緒だよ」
「はい……。どうか心はお傍にいさせてください」
トレーナーの言葉を聞いて、スティルインラブはにっこりと笑った。