ドゥラメンテを載せたリムジンが出発して数分後。
彼女の拘束が解かれると、キタサンブラックやトウカイテイオーの、
チームスピカのメンバーが目の前にいた。
「キタサンやトウカイテイオー…スピカの方々か。
これはいったいどういう…」
「ごめんねドゥラちゃん。
なかなかうまく説得ができなかったからさ、力技で説得をしてみようかと思って」
「説得とは、また諦めず医者にかかれという話か?
何度も断ったろう、既に優秀な医師が付いているから必要ないと…」
ドゥラメンテがそう言うと、それに反応してテイオーが答える。
「甘い、甘いよドゥラちゃ~ん!硬め濃いめ多めのはちみーよりも甘~い!
キタちゃんが話してた医者って言うのはね、その優秀な医者よりも絶対凄いから!
そう、K先生は医療界の『最強』の医者なんだ!かかっておいて損はない!」
自信満々にそう言ったトウカイテイオー。
その口ぶりからは、その医者への絶大な信頼を感じ取れる。
「そうですわ、わたくしたちが今ここにいるのもその先生のおかげ…
諦めるにしてもその先生に診てもらってからにした方がよろしいかと」
「テイオーさんとマックイーンさんまで。その医者とはそんなに優秀なのですか?」
「そりゃあもう。ドゥラメンテもボクやマックイーンの故障のことは知ってるよね?
もう無理だって諦めてたのを何とかしてくれたのがその医者、『ドクターK』なのさ」
「そうですか。あの件について、お2人を治療した方なのですか。
それならば確かに診てもらう価値はありそうです。
…わかりました。そのドクターKと言うのはどちらに?」
「今向かってるところ。N県のT村にいるよ」
「N県…!?車では数時間かかるのでは…?
それにそれでは泊りと言うことに…」
拉致されたドゥラメンテからすれば青天の霹靂のような状況なので、
どうにかしてくれと言う期待を込めてキタサンブラックの方を向いた。
それに対してキタサンブラックは…
「大丈夫だよドゥラちゃん!この車はすっごく乗り心地がいいから!
椅子もふわふわで寝心地もばっちり!」
ドゥラメンテの気持ちを特に理解していないようだった。
数時間後、N県T村。
一行はKの診療所へと到着した。
ドゥラメンテは抵抗を諦めたため車中では大人しくしていたが、
彼女のトレーナーには沖野から連絡がしてあると伝えられたのでその点は安心していた。
無駄な心配をかけるようだったら走ってでも帰る覚悟だったからである。
Kの診療所の扉をたたくと、麻上が迎え入れてくれた。
「いらっしゃい、K先生から話は聞いてますよ。
中にいるのでこちらへどうぞ」
麻上はキタサンブラックとドゥラメンテにちらちらと視線を送る。
トウカイテイオーとメジロマックイーンは治療の際に会ったことがあるが、
その2人を直接見るのは初めてだからだ。
特にドゥラメンテの結構なファンなので視線も熱くなるというもの。
一行が中に入っていくと、トウカイテイオーが興奮気味に1人飛び出して診察室に入っていった。
「K先生久しぶり!トウカイテイオー、ここに参上!」
「トウカイテイオーか、元気そうだな。脚の調子も大丈夫か?」
「ダイジョーブ!K先生に治してもらってからは故障もないからね!
先生はあの黒いマントを着てないんだね。あれカッコいいのに」
「あれは余所行きの格好だからな」
トウカイテイオーがKと会話をしていると、続いて後の4人もやってきた。
「もう、テイオーったら子供のようにはしゃいで。
K先生お久しぶりです。わたくしも、あなたの治療のおかげでこの通りですわ」
「こんばんは!今日はドゥラさんのことよろしくお願いします!」
「ドゥラメンテです、失礼します」
「キタサンブラックです!お邪魔しまーす!」
「メジロマックイーン、スペシャルウィーク、ドゥラメンテ、キタサンブラック。
メジロマックイーンも元気そうでよかった。
キタサンブラックも健康と聞いているし、
皆はドゥラメンテの付き添いで来たのだな?」
「はい、それは…そんな感じですわ!」
メジロマックイーンが答えた際、少しどもった。
実際には付き添いではなく、拉致してきたのである。
まあ、わざわざ言わなくてもいいことだろう、そう思ったのだった。
「では早速診察を始めよう。まずは問診票に答えてもらってからだな。
とはいえ大まかな状況はドゥラメンテさんのトレーナーから聞いているが」
Kがそう言いながら問診票を差し出した。
ドゥラメンテが問診票を書いている間、
待っているトウカイテイオーはKの横に立っている人物を見る。
「K先生、そこの人って誰?学生さん?前にいた一也くんとは違うよね」
「ああ、彼は私の弟子だ。俺と共に医学を学んでいるところだ」
「和久井譲介です。よろしくお願いします。K先生の下で学ばせてもらっています」
「ほうほう、お弟子さんね。それじゃあ未来のスーパードクターかな~?
頑張りたまえ、このテイオーも応援しているぞよ!」
「…どうも」
譲介は、トウカイテイオーのなれなれしい態度にはあまりノリが合わないようだった。
「K先生、書き終えました」
ドゥラメンテが問診票を書き終え、それをKが見る。
基本的なことは既に彼女のトレーナーなどから聞いているのでその再確認のようなものだが、
そこに少し新しい情報があった。
「ドゥラメンテさん、あなたは腹痛に悩まされているのですか?」
「はい。ここ最近の話ですが軽い腹痛が継続しています。
お腹の具合も芳しくありません。これも私の体が衰えたからでしょうか?」
「いや、どうだろうな。そこも踏まえて診察してみよう」
そうしてドゥラメンテの診察が始まった。
聴診や血液検査、CTスキャンなどを行い全身くまなく調査を行う。
データの収集が終わると、ドゥラメンテたちは別室で待機させて分析をする。
別室で待機しているトウカイテイオーたちに対し、イシが料理を振る舞った。
「分析にはそれなりに時間がかかるでな。待っとる間飯でも食っとるとええ。
今日はウマ娘が何人か来ると聞いとったからいっぱい作っておいたんじゃ。
おかわりもあるから遠慮せずに食ってええぞ」
トウカイテイオーたち、特にスペシャルウィークは大喜びで食卓に着いた。
彼女はこの診療所に到着した段階で、
消毒の匂いなどに紛れて漂ってくる料理の匂いを嗅ぎ取っていた。
その瞬間からずっと、何か食事が出てくることを期待していたのである。
「わ~、おいしそうです!いただきます!」
物凄い速度で食べ始めるスペシャルウィークを見て、トウカイテイオーが少し慌てた。
「あっ!いくらいっぱい作ってくれたと言っても、
スペちゃんがいたらすぐ無くなっちゃうよ!?」
だがスペシャルウィークの食べっぷりを見ても、イシは余裕そうな表情である。
「ハハハ、大丈夫じゃ。
前にオグリキャップが来たこともあってな…あの時に学んだんじゃ。
ウマ娘に飯を振る舞う時は、それなりの覚悟を持った量を作らにゃならん…とな」
爆盛りをひょいと平らげるスペシャルウィークに対し、
キタサンブラックは一般的な山盛りくらいの量を盛っている。
「オグリさんも来たことがあるんですか?
あの人を基準にしたらスペさんでも問題なさそうです!」
「では私も…」
ドゥラメンテが料理を取りに行こうとして立ち上がると、しかし麻上に制止された。
「あっと…ドゥラメンテさん。
あなたは検査結果が出るまでは食事はしないようにとの指示です」
「なに…そうですか。では待たせていただきます」
ドゥラメンテは再び着席した。言動は冷静沈着だが、
美味しそうに食べまくるスペシャルウィークたちの姿を見てちょっと残念そうな表情である。
「ただ待っているのもなんですから、ちょっと私とお話しませんか?
私、ドゥラメンテさんのことはデビューした時からファンなんです!
それでその…サインとか、いただけたりは…?」
麻上がおずおずと色紙を差し出すと、ドゥラメンテは流れるようにサインを書いた。
ファンサービスには慣れているのでこのくらいはお手の物である。
サインをもらい大喜びしている麻上を見て、
故障してからはファンサービスする機会も少なくなったな、と思い返した。
「あなたは、私のファンなのですね」
「ええ!デビュー当時から他者を圧倒するような、オーラを纏うような姿。
あの強い姿、私はウマ娘じゃありませんけど憧れちゃいました!
そして『最強』を体現するような素晴らしい成績!本当にかっこいいですよ!」
「そうですか。ありがとうございます。
これで治療ができれば、またその思いに応えることができるのですが」
麻上の純粋な顔を見て、ドゥラメンテは『最強』について思案する。
キタサンブラックにしろトレーナーにしろこの麻上にしろ、
こうやって他人は自分に対して未だに期待を持っている。
それに対して、肝心の自分が諦めている状態だ。
だが他人はこちらの苦労を知らないからこそでもあり、
無邪気に期待されるのも今は手放しでは喜べなかった。
一方、Kは検査の結果を譲介にも見せながら分析し、大体の結論を出した。
「ふむ、これなら幹細胞の投与で脚の回復は十分見込めそうだな」
幹細胞の投与。
前にアグネスタキオンやメジロマックイーンにも施した治療法である。
様々な細胞に分化する性質を持つ幹細胞を投与することで、弱った部位の回復を図る治療法。
Kの診療所ではアグネスタキオンとの共同開発によってより効果の高い手法が完成しているが、
まだ法的に認められた手法ではないのでKの診療所でのみ法律を無視して勝手に行われている。
「脚の方はそれでいいとして…譲介、お前はこの患者をどう診る?」
Kはそう言うと問診票や測定データを譲介に渡した。
譲介はそれを受け取ると全体をじっくりと眺めていく。
「ええと…患者は脚の問題とは別に腹痛を訴えている。
痛む場所は下行結腸付近。それなら腹部のCTを見てみるか…どれどれ…。
おっ、これはびまん性の腸管浮腫か。血液検査は…うん、白血球やCRPが高いな」
譲介はしっかりとデータを読み込み、診断を出した。
「先生、これは『IC』ですね?
患者の年齢やCT画像を見る限り、一過性のものと思われます」
Kはうなずきながら答える。
「正解だ、俺も同じ診断だ。
まだ発症から日が浅いようだからタイミングが良かったな。
それでは結果を伝えに行くぞ」
Kと譲介がドゥラメンテたちのいる部屋にやってきた。
部屋ではドゥラメンテと談笑する麻上と、
食事を終えて満足そうにしているスペシャルウィークたち。
「ドゥラメンテさん、診断が出た。伝えるから診察室に来てくれ」
Kは結果を伝えるためにドゥラメンテを誘導する。
「承知しました。では行くぞキタサン」
「うん!」
ドゥラメンテはキタサンブラックを呼び、
続いて「ボクも」「私も」「わたくしも」と、その場の全員が移動しようとした。
それを見たKは少し眉をひそめた。
「ちょっと待て。診断結果を伝えるんだ、ドゥラメンテさん1人にしてくれないか?」
Kがそう言うが、ドゥラメンテは特に気にしていない様子である。
「いや、私は構いません。わざわざ連れてきてもらったので、結果くらいは聞かれてもいいかと」
「ふむ…わかった。だったら移動する意味もないな、ここで言おう。
検査の結果、治療は十分に効果があると判断した。
勿論それなりの時間…半年ほどはかかるだろうが、復帰の見込みはある」
「本当ですか…!?」
「ああ。今は故障の際に腱や靭帯が受けたダメージが回復していない状態だ。
周辺細胞の再生と活性化を促す幹細胞投与を行えば元に戻っていくだろう」
「そうですか…!ぜひお願いします!」
ドゥラメンテは小さくガッツポーズをした。
表情にも嬉しさがにじんでいる。
そこに、本人よりもよほどうれしそうな表情でキタサンブラックが寄ってきた。
「ドゥラちゃん!よかったね!また前みたいに戻れるんだね!」
「キタサン…ここに連れて来てくれたのは君たちだった。感謝する」
「いいのいいの!困ったときは助け合いでしょ!」
キタサンブラックとドゥラメンテが嬉しそうにしているのを見て、
トウカイテイオーたちは後方で腕を組みながらうんうんとうなずいていた。
ドゥラメンテはひとしきり喜んだあと、Kに向かって頭を下げた。
「では先生、治療を宜しくお願いします。
私はいつでも、明日からでも問題ありません。
先生の予定に合わせますので」
「ああ、治療は任せておけ。
しかしさっきの話と別に、重大な話をしなくてはならない」
「重大な話ですか?」
「そうだ。君は治療は明日からでもいいと言ったがそうはいかない。
何故なら君は…今日から入院をしなくてはならないからだ」
「入院…?それはなぜです」
「ドゥラメンテさん…あなたが訴えていた腹痛、あれは体の衰えが原因ではない。
病気だ。君は今、虚血性大腸炎と言う病気にかかっている!」(ギュッ)
病気と宣言され、ドゥラメンテの表情が少し曇る。
「虚血性…大腸炎?それはどのようなものですか?」
「うむ、読んで字のごとく虚血性の大腸炎。
すなわち、血流が乏しいことが原因で起こる大腸の炎症だ」
【虚血性大腸炎】
虚血性大腸炎(ischemic colitis:IC)。
大腸の粘膜の中にある血管の血流が阻害されることによって、
大腸粘膜に炎症が起き、びらんや潰瘍ができる疾患。
血流障害は太い主幹動脈の閉塞ではなく、
それよりも末梢の細い動脈の攣縮によって起こる限局的かつ可逆的な微小循環障害である。
虚血とは、主に動脈の血流量が低下、途絶することを言う。
具体的な原因といえるものはないが、糖尿病、脂質代謝異常、血管炎など血管因子の疾患、
便秘、加齢に伴う動脈硬化、ストレスによる血管収縮などが引き金になる。
虚血性腸炎には、大きく分けて一過性型、狭窄型、壊死型の3つがある。
もっとも多いのが一過性型で、全体の約65%を占める。
次に多いのが狭窄型で全体の約25%、残りの約10%が壊死型。
一過性型は血流が回復すると短期間で寛解することが殆ど。
とはいえ放置すると腸管狭窄や腸閉塞まで悪化する場合もある。
狭窄型は炎症が持続することで血管壁が肥厚し、
血管内腔が狭くなり血流低下を引き起こす。
治療には1か月以上かかることもあり、長引くことが多い。
壊死型は他と異なり血流が回復しない不可逆的な症状であり、
腸管に壊死を引き起こし敗血症なども併発することがある。
壊死部を切除するために緊急手術が必要になることもあり、
症状や治療法が他と異なるため狭義では別な疾患に分類される。
「いくつか分類があるが軽度な部類で、発症して日も浅いから治療は難しくない。
だからあまり心配はしなくていい。
原因として挙げられるのは糖尿病や代謝の異常などだが、調べた限りそれは無かった。
ほかには運動不足や生活習慣の乱れ、ストレスのような一般的なものだな。
こちらに関しては心当たりはあるだろう?」
「はい、脚を故障してからは上半身のトレーニングばかりでしたから。
部位によっては運動不足となっていると思います。
それに、故障に伴ってストレスも色々感じています」
「だろうな。元々走りに命を賭けるウマ娘だ。
急に走れなくなったら体に不具合が起こるのも当然と言える。
とはいえ重症ではないのは幸いだ。治療をすれば10日ほどで治るだろう」
「そうですか。ではそちらの治療もよろしくお願いします。
治療とは何か手術や投薬を行うのですか?」
「いや、悪性なタイプだったり症状が長期化していれば別だが、君の場合は必要はない。
治療法は腸管を安静にする保存的治療で問題ない。
方法は単純明快。腸管を安静に、すなわち10日ほど『絶食』をすることだ。
だから君には食事を待ってもらっていたのだ」
「と、10日も絶食ですか!!!??」
Kが治療法を告げると、部屋に悲痛な気持ちのこもった声が響いた。
声の方を向くと、スペシャルウィークが絶望の表情で佇んでいる。
「絶食って…あれですよね?
ごはんも、おやつも食べちゃいけないっていう、あの絶食ですよね!?
それを10日もするんですか!?し、死んじゃいませんか!?」
Kは少し「こいつは何を言っているんだ?」という顔をしたが、すぐ真顔に戻って説明した。
「そうしなくては治らないのでな。
絶食と言っても点滴で栄養補給はするし、
ゼリー飲料のような負荷の少ないものなら摂食しても構わない。
数日我慢するだけで治るんだ。ここは我慢してもらわないとな」
「仕方ないとはいえ、そんな辛いことをしなくてはいけないんですね~…!」
「あの、スペシャルウィークさん。私なら平気ですので…
脚の故障と比べたら、数日の絶食など比べるべくもありません」
ドゥラメンテが少し困った顔でスペシャルウィークを慰める。
スペシャルウィークにとっては、故障のような重大な問題にも匹敵する苦痛なのだろう。
スペシャルウィークはドゥラメンテの肩をがっしりと掴み、涙を流しながら言った。
「ドゥラさんは強いんだね…!私、応援していますから…!」
「は、はい…ありがとうございます」
その日は、ドゥラメンテはさっそく診療所に入院する態勢に入り、
ドゥラメンテを除くウマ娘は麻上の家へ泊ることになった。
麻上はこういった際、有名なウマ娘と一緒に過ごせるので役得だと喜んでいるのだった。
運転手だったじいやはKたちと一緒の部屋に泊まったようである。
これから脚の治療を行うことと、虚血性大腸炎の治療を行うということで、
ドゥラメンテはしばらく入院することになった。
キタサンブラックたちはドゥラメンテをKに任せ、トレセン学園へと帰っていった。
翌日にはドゥラメンテの家族やトレーナーが着替えなどを持ってお見舞いに来たり、
診療所は少し賑やかな状態になる。
しかし5日も経つとあとは1人で過ごすこととなり、
ドゥラメンテは見るからにさみしそうな雰囲気なのだった。
絶食中なので運動も許されず、やることもないのでぼんやりと、
周辺の散歩や読書をして覇気がなく過ごしているだけである。
今後の治療で脚が治ることは心の底から嬉しいのだが、
諦めようとしていた自分の弱さのことで落ち込んでいるようだ。
その様子を見て、譲介がドゥラメンテの部屋へと向かった。
ドゥラメンテのいる部屋をノックして返事をもらうと、
譲介は部屋の中へと入った。
ドゥラメンテは絶食中のため少しやつれているが、
管理はKたちがしっかり行っているため血色はいい。
「ドゥラメンテさん、体調はどうですか?」
「和久井さん。体調は問題ありません、空腹なのが少し辛いですが」
「そうでしょうね、でもあと数日の辛抱ですから頑張りましょう」
譲介はひとまず定型の話をしつつ、何を話したものかと思案した。
「そういえばドゥラメンテさんは凱旋門賞を目指しているんでしたよね?」
「ええ。私の使命は私が『最強』であることを証明すること。
そのためには日本のレースだけでなく世界へと脚を伸ばす。
そして凱旋門賞で…劇的ではない、約束された勝利を得る。
それが私の目的です」
「最強の証明…ですか。インタビューでも何度か聞いたことがあります。
その証明と言うのはどうしてしたいんですか?」
「私の一族は、ほとんどが一流のアスリートです。
分野はそれぞれですが、父も母も親戚も、皆一流。
私はその一族の結晶のような存在…ですので最強であることは目標ではなく決定。
だから挑戦ではなく『証明』すると宣言しているのです」
「なるほど…」
譲介はドゥラメンテの話を聞いて、Kの一族と似たようなものだと思った。
なるほど、自分とは真逆の存在だ。
「アスリートの一族ですか、先生と似てますね。
先生は数百年も連綿と続く医師の一族の末裔です。
そしてその実力はおそらく世界でも最高、最強でしょう」
「先生はそのような方なのですか。
凄い方だ、私が望む姿に到達しているのですね。
それに比べ私は…自分の弱さに恥じ入るばかりです」
「弱さ?十分強いと思いますけど…」
「先生方がおっしゃるように、私の脚はまだ治る余地があった。
それなのに私は諦めて引退しようと考えていました。
それは私の心の弱さが招いたものです」
「そういうことですか、気にすることはありませんよ。
誰でも大きな怪我をしたときは落ち込むものです。
でも今はもうそんなこと考えていないんでしょう?」
「しかし、今回のことはキタサンなどに助けて頂いただけです。
私の力では解決できなかった…」
「キタサンブラックさんたちがあなたを助けてくれたのもあなたの実力ですよ。
あなたが強かったから、あなたを好きになったから、
あなたを助けたいと思ったんでしょう。
2人はライバルなんでしょう?
僕にもわかります、ライバルがいてこそ強く成長できるんだってね」
「ライバル…そうか、そうでした。
彼女は私のライバルなんですよね」
ドゥラメンテはキタサンブラックと健闘を称え合った宝塚記念を思い出した。
自分の成績にしか興味のなかった自分が、初めて気になった相手。
他人はすべて通過点に過ぎないと思っていた中で、
ライバルだと認めることのできた初めての存在だった。
ライバルができた矢先に長期休場になってしまったから仕方ないとはいえ。
また一緒に走ろうという誓いを忘れはしなかったが、
ライバルとして研鑽を高め合う相手であるという認識がどこか欠けていた。
強さを手にするには、強さだけを求めていてはならないと、
トレーナーからは教わっていたのだが。
「私は彼女に負けたくないと思っていたんでした。
ライバルを作り、それを喰らうことでさらに強くなれる。
私が復帰したら必ず彼女は挑んでくるでしょう。
それを返り討ちにするためにも、気合を入れていかないといけませんね」
落ち込み気味だったドゥラメンテの目に力が宿った。
ライバルとのレースを意識することで魂が鼓舞されたようだった。
「頑張ってくださいね。ドゥラメンテさんの活躍、僕も楽しみにしてますから」
「ありがとうございます。必ず元以上の強さに復帰しますので、
治療のほどを宜しくお願い致します」
「ええ、任せておいて下さい」
ドゥラメンテに元気が戻ったのを確認し、譲介は自分の部屋へと戻っていった。
「ふーっ、メンタルケアは苦手だな。あんまり僕の性格と合ってない気がする。
…いや、そんなこと言ってちゃだめか。僕は変わるって決意をしてここに来たんだから」
譲介はもっと人と話せるようにならないといけない、話術についても勉強するか…と考えた。
それと先ほどのドゥラメンテとの会話の内容を思い返す。
ドゥラメンテは有名な一族であり、生まれついてのエリートだ。
その点はKの一族であるK先生と一也も、親が医者だったドクターTETSUも似たような状態。
それに比べて自分は血筋はカスのようなもの。
父親も母親も大した人間ではなく、しかも自分を捨てたような連中。
母親の方は捨てた後で思い直してはいたようだが、
再開する前にそのまま生き別れたからこのザマだ。
母親のことはもう恨んではいないが、結果的に子を捨てる親だったことに変わりはない。
とはいえ、その出来事があったから今の自分があり、
ドクターTETSUやK先生と出会うことができたとも思っている。
だから今更そのことを悔やんではいないし
師匠たちのことも心から尊敬しているが、それはそれとして。
「フン、エリートの一族なんてクソくらえだね。
僕は雑草みたいなもんだが、努力すればエリートに勝てるってことを証明してやるぜ」
譲介はライバルである一也よりも強い医師に、
そしていつかはドクターTETSUやKのような医師になることを改めて誓ったのだった。
それから数日後。
計10日の絶食を経て、ドゥラメンテの虚血性大腸炎は綺麗に回復した。
そこからは脚の治療を始め、3か月の治療と3か月のリハビリ、
計半年をかけてドゥラメンテはレースに復帰することとなった。
治療の際や定期的な検査では診療所まで来てもらっていたので、
そのたびに麻上は役得と喜んでいたのだった。
そしてついに訪れたドゥラメンテの復帰レースの日。
そこには大勢のファンが押し寄せ混雑していた。
それはもちろんドゥラメンテの姿を見ることができるからだが、それだけではない。
ドゥラメンテを追っている同じレースに出る他のウマ娘、
それらも豪華なメンバーがいるからである。
Kの診療所ではそのレースの放送を皆で見ていた。
「ドゥラメンテさん頑張ってねー!応援してるわよ!!」
何か他の作業をしながら冷静に見ているメンバーの中で、
ひとり応援に熱が入りまくっている麻上。
「麻上さんはこう、なんていうかタフなウマ娘が好きなんスね」
「当然よ!私は人間だけど、強いウマ娘に憧れてるから。
成績だけじゃなくて、タキオンさん、ブライアンさん、ドゥラメンテさんみたいな、
自分の確固たる意志を貫くようなウマ娘が好きなのよねぇ。
私もそうありたいって思えるから」
「ああ、その気持ちはちょっとわかりますよ」
控室から出て、しばらくぶりにレースへと向かうドゥラメンテ。
「久しぶり…本当に久しぶりのターフだ」
地下バ道で感慨深そうにつぶやく。
わずかに漂ってくる芝の匂いを、懐かしそうに嗅いでいる。
そこへキタサンブラックが近づいてきた。
「ドゥラちゃん、この日をずっと待ってたよ。
宝塚記念で交わした約束をようやく果たせるね!」
「キタサン…私がこうして復帰できたのは君がきっかけだった。
感謝しているが、私は君に報いる手段がなくて申し訳ない。
このレースも勝つのは私だしな」
「むむっ!?」
ドゥラメンテが申し訳なさそうにキタサンブラックに言った。
それは本当にそう思っているのだろう、自分が負けることは無いと。
それを受けキタサンブラックは一瞬耳を絞ったが、すぐに元に戻した。
(そういえば私もゴルシさんの引退レースで似たようなこと言っちゃったもんなあ…)
キタサンブラックは気持ちを入れ直し、ドゥラメンテを正面から見つめる。
「ドゥラちゃん、あなたは強いウマ娘。私は一回も先着したことがないし…
病み上がりのこのレースだってきっと、最強の名にふさわしい走りをすると思う。
前に聞かれた『私が成し遂げたい何か』、それは『みんなを笑顔にすること』。
だけど、それと同じくらい強く燃えている、成し遂げたい願い…
それがドゥラちゃん、あなたに勝つことなの」
そこでキタサンブラックは一度大きく息を吸い。
「だから今日勝つのは私だよ、ドゥラメンテ」
「…!」
キタサンブラックの真剣な表情を見て、ドゥラメンテが少し驚く。
彼女はサトノダイヤモンドと勝負をしたとき、
友人ではなくライバルとして宣戦布告をされた。
そして春の天皇賞では同じように宣戦布告をした。
あの時と同じく、ただまっすぐに戦う気持ちが湧いている。
ドゥラメンテも自分の力を証明するという内向的な目的だけではなく、
今はライバルに勝ちたいという新しい気持ちも持ち合わせている。
宝塚記念で得た他者を意識するという新しい感情は、
彼女に更なる強さを与えてくれた。
「いいだろう。返り討ちにしてやる、キタサンブラック」
2人が火花を散らしていると、そこにサトノダイヤモンドとサトノクラウン、
シュヴァルグランもやってきた。
「
「キタちゃんもドゥラさんも、よそ見してると差されちゃいますよ?」
「ぼ、僕も…君たちに負けるつもりはない、から…!」
ドゥラメンテは一同をじろりと見渡すとにやりと笑った。
「何人でも来るがいい。
君たちが強ければ強いほど、私の強さが際立つというものだ」
ドゥラメンテから発せられる、空気が震えるような迫力。
それはもう故障で弱っていたころの雰囲気は欠片もない。
二冠をとった時のような、最強を体現するような堂々とした姿だった。
帰ってきた最強のウマ娘・ドゥラメンテ。
ライバルという新しい力を手に入れた彼女は最強を証明すべく、
数々の国内レースを走り、そして凱旋門賞へと挑んでいくのだった。