タキオンはK一族の話を聞くととても喜びそう。
Report『Kの一族とT村について』
アグネスタキオンがKと出会い、彼に治療をしてもらった後。
村井と共同研究をするようにもなりそれなりの関係になったのだが、
しかしKがいかなる人物なのかについては未だによく知らなかった。
「何事においても知ることは大切だ。一度しっかりと調べてみようかねえ」
そうして「ドクターK」について調べてみるといくつかの情報が出た。
始めに出てきた情報では、「西城総合病院に勤務していた非常に優秀な医師」とのこと。
「うん…?西城総合病院…?K先生がいるのはT村の小さい診療所だろう。どういうことだ?」
アグネスタキオンがKたちから聞いた話では、KはずっとT村で生まれ、育ち、働く人物らしい。
するとこの情報とは明らかにつじつまが合わない。
もう少し踏み込んで調べてみると、「ドクターK」が活動してたのはだいぶ前からのことらしい。
しかも全国どころか世界を股にかけているようで、
クエイド医療財団の朝倉社長とも交友があるという。
やはりつじつまが合わない。
「これは何だろうねえ。今の情報から推測すると、調べて出てくる『ドクターK』は、
あの『K先生』とは別の人物ということかな?
おっと、顔写真があるぞ。それに古いニュースの映像も…」
その写真に写る「ドクターK」。それはあのK先生とよく似た顔だが、明らかに別人だった。
出てきた情報では、
「ソ連の伝説的バレリーナを襲った重度の脊椎カリエスを救うべく、
アメリカ政府とクエイド財団の全面的なバックアップを受け、
スペースシャトルに手術室を搭載して宇宙空間に移動し、
無重力空間での手術を全世界にリアルタイム配信しながら見事成功させた」
とのこと。
当時の手術映像も記録として残っている。
それを見たアグネスタキオンはしばらく動きが固まっていた。
「…………うん?情報量が多すぎないかな?
『重力があると確実に神経を損傷してしまう状態だったために、
無重力空間で手術を行う必要があった』と言う話のようだが…
いやいや、やってることが凄すぎるだろう。
こんな凄いことをしているのにあまり知られてないのはなぜなのかね…」*1
アグネスタキオンは首を傾げた。
しかし見た目にしろ活動時期にしろ、この件のドクターKは、
アグネスタキオンの知るドクターKと別人なのは明白だ。
「よくわからないが、『ドクターK』というのは複数存在するらしいね。
あれか、相撲や歌舞伎の名跡みたいに受け継ぐようなものなのか?
まあ『ドクターK』はどう考えても本名ではないものな。
すると、この『ドクターK』はあのK先生の親か何か…いや、話では親もT村にいた人物のはず…?
なんか混乱してきたな。今のK先生の情報は何かないのか…?」
しかし普通に調べても大した情報は出てこなかった。
そもそも「ドクターK」を調べるとほとんどが先ほどの人物の情報が出てくる。
活動時期や内容から考えると、今のK先生の情報はほとんど出てこないのだ。
自分の知るドクターKについてしばらく探して何とか見つかったのは、
様々な病院に出張して執刀を行う実力者であるということ、
多少有名なのは『西海大学にて分割肝移植を執刀した』ことくらいである。
これに関してもドクターKとしか書かれていなかったが、
活動時期を見るにあのK先生のことと思われる。
『不世出の天才と呼ばれていたが忽然と姿を消した「ドクターK」だったが、
しばらくしたのちに復帰、現在はN県のT村にいる』という話を見つけた。
これはおそらく、そのドクターKと自分の知るK先生は別人だが、
どちらも「ドクターK」を名乗っているから「復帰した」という認識がなされているだけだろう。
それにKの診療所についても気になるところがあった。
あそこは山中でありだいぶ田舎な、人口も少ない村。
それにしてはやけにレベルの高い医療機器や研究器具がそろっていて驚いたものだ。
あんなところにそんなものが、と言うと失礼だろうけど、
どうせやるなら人の多い都会の大病院や企業にいた方が効率がいいだろう。
村井君の研究にしたって、普通に考えたら大学病院やクエイドのような財団など、
人、設備、金が揃ったところでやる方がいいに決まっている。
いったいなぜT村に居座るのだろうか?あの村には何か特別な要素があるのかもしれない。
そこでT村についても調べてみる。
『N県T村。山がちな立地の村で、主に農業を営む村。
電車などはないが、バスは1時間に1本程度通っている。
子供の数は少なく、近ごろ小中学校が廃校になってしまった。
人口が少ないために数年前まではずっと無医地区となってしまっていたが近年改善された。』
とある。
しかし、最後の一文にアグネスタキオンが大きな疑問を抱く。
「ん?
K先生は医学部進学で数年いなくなることはあっただろうが、村井くんがいたはずだろう。
それにK先生の父親も医者だという話だったし、無医地区になるはずがない。
ということは、K先生たちが嘘をついていると…?
なんだろう、何かありそうじゃないか。俄然興味が湧いて来たねえ!」
どうやら何か闇めいたものがありそうだと気付いたアグネスタキオン。
だが彼女はそういうものも、面白そうなら気にせず踏み込んでいくタイプだった。
アグネスタキオンが初めてKと会った時に驚いたのは、その瞳に宿る底知れぬ『黒い色』だった。
自分のトレーナーも随分と狂った色の目をしていたが、
それと比較にならないほどの強烈な『色』。
だが真に驚いたのは、闇を感じるような黒い色でありながら、
その瞳に宿っていたのは暗闇ではなく、黒いままで宝石のように輝いていたことであった。
底知れぬ闇のような経験をしながらも、人を救うべく活躍する誇り高い医師。
その心持がそうさせるのだろう。
なので人間としてはほぼ信用しているのだが…
その闇がどういったものか、それには興味があった。
友人のエアシャカールの協力などを得て、
もっと深く、色々とよろしくない調べ方をしてみたところ、一つの資料を発見した。
それは西海大学のサーバーに保存されていた、
「現ドクターKについての調査報告書」というものだった。
『ドクターK、本名「神代一人」。
先代ドクターKである西城KAZUYAの後を継ぎ、現ドクターKを名乗る。
実力は先代となんら遜色はなく、非常に高い技術の持ち主である。
西城KAZUYAが亡くなった後、ドクターKはいなくなってしまったが、
それをよしとしなかった者たちによってドクターKを継ぐよう説得された。
元々N県T村の診療所にいた者だが、その高い技術に反して医師免許を所持していなかった。
そこで厚生労働大臣監視の下、西海大学附属病院で試験を行い、
その技術が認められたため特別に医師免許を発行するに至る。
正式な医師と認められてからは、T村の診療所に勤務する医師と認定され、
現在は本人も正式にドクターKを名乗り、
様々な病院に出張し執刀するなど積極的な活動をするようになった。』
「ほう、これはこれは。やはりニュースなどに出てきたドクターKは別人か。
それにしてもまさか無免許医だったとは…。
だからT村は無医地区だという認識がなされていたのか。
しかし無免許なのに最高峰の実力ということだが、親から教わったものなのかな?
それに厚生労働大臣が免許を発行とは…そんな仕組みがこの国にあったとは聞いたことがない。
大っぴらに出てないことを考えると、この辺はこっそり行われたことらしいね。面白いなあ」
K先生の情報は多少なりとも知ることができた。
無免許だったという話なのでやってることに違法性はあるが、
技術を考えるとやはり十分信頼に足る人物のようである。
だがこの違法性のある部分について、あのT村の住民たちが知らないとは思えない。
ああいう閉鎖された地区というのは、得てして詳しい情報が共有されるもの。
ということは、村の人々はそれを承知しながら生活していたということになる。
言ってしまえば「グル」ということだ。
違法な医師がおり、しかしそれを許容される村。
その環境の成り立ちにも興味があった。
「よし。今作っている新薬ができたら、提供するという名目でT村に行ってみよう。
K先生たちに話を聞くのと、村の環境をじっくり調べてみたいものだね」
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アグネスタキオンの脚の治療はT村で行われたが、
研究について村井と協力しているため、そちらの用事でも時々T村を訪れることがあった。
今回はそれを利用してT村を堂々と訪れることにした。
村の中を歩き回っていると、時々村人に話しかけられる。
村には数回訪れているため患者兼研究者として存在を知られており、
そもそもアグネスタキオン自体が割と有名なウマ娘であるため、
村人からの認知も比較的あったためである。
なのでよそ者と言うほど警戒されてはいないが、しかし村人から信用されているわけでもない。
アグネスタキオンがしばらく歩き回っていると、とあるものを見つけた。
小さめの丘に大量に設置された四角い石だ。
古ぼけた石も数多くあるが、手入れがなされているらしく汚らしいということは無い。
それは「授け手」の墓。T村で数百年もの間続けられている、
移植のためのドナーとなった者の眠る墓である。
違法性を認識しているためか、それともレシピエントの一部となって生き続けているためか、
その墓には名が刻まれていない。
【授け手】
ドクターKの住むN県T村では、数百年も前から移植手術が行われている。
それは現在でも続いているが、必要とあらば法律も無視して行っている行為である。
命が助からない状態になった村人が発生した場合、
年齢制限やドナー登録など法的な制約を無視し、
臓器や手足などを摘出し、必要としている人間に振り分けられる。
この移植手術に関し、T村ではドナーを「授け手」、レシピエントを「受け手」と呼ぶ。
「おや?これは何だろう。石には何も書いてないな。
遺跡のようなものかな?それにしては綺麗だが」
「コラァ!おめえ、そこで何やっとるんだ!?」
アグネスタキオンがその石を眺めたり触ったり、
周辺でうろちょろしていると後ろから怒鳴り声が飛んできた。
村人の憲三である。
【憲三】
T村の住人、一也の「お初」。
一也が初めて手術を行ったのが憲三であり、そのことを自慢に思っている。
鼠径ヘルニアを発症した際に手術してもらった。
ちなみにK先生のお初は東吉という男。
「おおっと、これはあなたのものかな?申し訳ない、何かと思って調べていたのさ」
「お前さんはアグネスタキオン…。それは墓じゃ!そんなじろじろ見るもんじゃねえぞ!」
「おや、墓だったのかい。知らずにすまないね。
でも墓にしては名前とかが何も書いていないようだが…?
それに墓ならば別な場所にあったはずだね。じゃあこれはどういう墓なんだい?」
アグネスタキオンは疑惑の目で憲三を見た。
憲三はしまった、と思いそれらしい話でごまかすことにした。
「ああ、それはだな…。えっと…その墓は古い墓でな。
ちょっと独特な宗教によるものなんじゃ。
なんでも、死後の魂は皆同じところに帰るっちゅうことで、
皆が同じところに戻るから名前を刻む必要もなかったっちゅうわけじゃ」
「ほー、なるほど。古いものだったんだねえ。
と言うことは今は使用されていないと?」
「ああ、今はみんな普通の墓に収めとるな。お前さんが見たのはそっちの方だべ」
憲三のその言葉を聞いたアグネスタキオンが小さく笑みを浮かべる。
小さな笑みではあったが、憲三もそれに気づいた。
彼は、自分が言ったごまかしを見透かされていると直感した。
「なるほどありがとう。では私は失礼するよ。お墓で遊ぶ趣味はないからねえ…」
「お、おい…!ちょっと…!」
引き留める声を無視して憲三の下から離れるアグネスタキオン。
今言われた言葉、「古い墓で今は使っていない」。それが嘘であることにはすぐ気が付いた。
「形状からして墓というのは納得できるが、『今は使っていない』だと?
確かに古い石が多いが、端の方にあったのは明らかに新しい石だった。
せいぜい10年以内に設置されたものだろう、というのがね。
今の彼は60代にはなるだろう、10年程度で『古い』などという表現をするはずがない」
アグネスタキオンは状況を整理してみる。
現ドクターKの神代一人は無免許医だった。
だがその技術は世界最高レベルであり、ただの無免許医のレベルは遥かに超えている。
その技術には大きな才能と弛まぬ勉強、そして多くの経験が必要なはずだ。
だが彼は無免許医だったため、つい最近まで村の外に出たことは無いらしい。
それは彼の功績が殆ど見つからないことから考えても事実だろう。
ならばいったいどこで経験を積んだのだろうか?
状況的にはこの村の中としか考えられない。
それを考えると…先ほど見たおびただしい数の墓石。
墓だというのに名も刻まれぬ墓石。
その下に眠る者はいったい何者だろうか?
先ほど声をかけてきた村人は嘘でごまかしていたが、明らかに事情を知っているようだ。
それはきっと、亡くなったことを大っぴらに言えないような存在だからなのだろう。
そしてここは半ば閉鎖された山中の村。
『何か』が起きても、隠蔽すれば大っぴらになることはまずないだろう。
つまり。
「ひょっとすると…人体実験とか医療事故とか、
K先生の成長の過程で生まれてしまった犠牲者に対する墓か…?」
アグネスタキオンは小さい笑みと共に、一筋の汗を垂らした。
一方、憲三はアグネスタキオンと別れてすぐにKの診療所に向かった。
「K先生、おるかね?」
「おや、憲三さん。どうしました?」
Kはカルテを整理する手を止め、憲三の方へ顔を向けた。
「いや、診てもらいに来たわけじゃなくてな。
最近村にちょくちょく来とるアグネスタキオンっちゅうウマ娘がおるだろう?
今しがたその子と会ったんだが…授け手の墓を調べとったんじゃ。
無遠慮に弄ってるから、つい墓だということを言っちまって、
だったら名前がないのはなんでだと聞かれたから適当にごまかしたんだが…
どうもなんか余計なこと言っちまったらしくてな、俺の話が嘘だと気付いてるらしい」
「そうですか…授け手の墓を」
Kは少し眉をひそめた。
「すまねえ、何が悪かったかわからんが余計なことしちまった。
K先生からなんとかごまかしておいてくれねえか?」
そこでKは少し考えこんだ。
「うむ…アグネスタキオンは最初から俺や村の特異性に気づいていたフシがある。
具体的に何がというのはわかっていないと思うが、だからこそ調べているのでしょう。
しかし彼女とは今後も共同研究を続けていくつもりだし…
彼女にはある程度説明してもいいかもしれません」
「ほ、本当か?大丈夫なんか?」
「彼女自身も勝手に薬学の研究と人体実験を行っているようですからね。
この村がやってきたことと似たようなものです。
おそらく受け入れてくれるでしょう」
「う~~ん…まあK先生が言うなら俺は構わんが…
じゃあ申し訳ないが、どうするかちょっと頼んますわ!」
「ええ、教えてくれてありがとうございました」
憲三が帰った後、Kが少し考えこみ、村井のことを呼び出した。
「村井さん、お疲れ様です」
「K先生こそお疲れ様でございます。
それで、私に話と言うのは何でしょうかな?」
「アグネスタキオンについてです。
今日も来ていますが、どうやら授け手の墓を調べていたそうなんです。
彼女はこの村に何かあることを薄々わかっているようですし、
これからも共同研究をするなら村のことを話してもよいかと思いまして」
「ああ…そういうことでしたか。村に初めて来たときからそういう傾向はありましたな。
この小さい村に、K先生や最新の医療機器がある辺りがなぜなのかは気になっていたようです。
私が見る限り、知りたいことがあったら手段を選ばず、また諦めることもなさそうな様子。
彼女を放置しても良いことになるとは思えませぬ。
それならば話してもよろしいかと思います。口は堅そうですしな」
「村井さんも同意見なら話しておきますか。
知らぬまま村をウロウロされると、村人からどう思われるかもわかりませんし」
その少し後、Kに呼ばれて診療所を訪れたアグネスタキオン。
村井も一緒におり、何か重大なことなのだろうと察した。
出方を探るため、まずは当たり障りのない話題から入っていく。
「やあK先生、話とは何だい?私の治療過程に何か問題でも?」
「いや、それは問題ない。話と言うのは君が調べていること…この村にまつわる話だ。
他言しないと約束してくれるなら詳しく話してやろう」
「おっと、ストレートに来たね。なら話が早くて助かるよ。
口は堅い方でね、人に話さないと約束しよう」
アグネスタキオンは出方を探る必要はなさそうだと知り、表情が軽くなった。
「よし、まず聞いておこう。君はどのくらいのことを知っている?」
「それに答えると私の理解度に合わせて情報も隠されそうで嫌なのだが…まあいいか。
かつて活躍していた『ドクターK』こと西城KAZUYAが死去し、
それを継いだのが現ドクターKであるあなた、神代一人。
最近まではこの村の中だけで生きており、最高峰の医術を持ちながら無免許だった。
ならばこの村とはいったいどういう環境だったのか?それを調べているところさ」
「ふむ…俺のことも知っていたか。では話しておこう。
Kの一族にまつわる話と、この村で受け継がれている『しきたり』についてを―――」
Kはアグネスタキオンへ、K一族の歴史を話した。
Kの一族は遥か昔から高度な医療技術で活躍してきたこと。
しかし高すぎる技術は時の権力者に狙われる危険が多かったこと。
それゆえ表舞台に立つようなことはせず、裏社会に生きる医者として生きてきたこと。
それでも危険が消えないため、万が一の際のバックアップとして分家が生まれたこと。
その分家の一つが自分の一家、神代家であること。
KAZUYAは亡くなってしまったが、息子の一也はまだ幼かったため自分がKの名を継いだこと。
このT村は神代家と共に生きてきて、医学の発展のために村人すべてが協力体制にあること。
「随分壮大な話だねえ。血のつながりと言うのはウマ娘である私としては親近感が湧くよ。
そうか、そんなに長い歴史を持っていたとはね…。
それで、あの丘にある、名の刻まれぬ墓というのは…?」
アグネスタキオンに墓の話題を出されると、Kは少し思いを馳せた。
あの墓の数は、自分たち神代家が看取った命の数と同じなのだ。
「あれは『授け手』の墓だ。この村ではドナーをそう呼ぶ。この村の歴史は長いが、
特に移植医療については移植が一般的ではない時代から積極的に行ってきた。
事故などで脳死や致命的な内臓損傷に陥った者から、
健康的な部位を摘出し必要とする者へと移植する。
これについては必要とあらば法律を無視して行ってきているので村人も皆説明はしないのだ。
君も知るイシさんも。彼女の孫は心臓に疾患があり、
数年前に授け手からの移植で生き延びることができた」
「なるほど、ドナーの墓だったのか。
私はてっきり、K先生が医学的に成長するまでの過程で生まれた犠牲者なのかと」
あの墓があまりネガティブなものではないということがわかり、
アグネスタキオンは少し安心したようだった。
「俺の一族は親などからみっちりと技術を叩き込まれるからな。
さすがにそういう犠牲者を生んだことは無いが…
移植が一般化してきたここ数十年よりも昔の場合は、
移植手術がうまくいかずに亡くなることもあったかもしれないな。
あの墓に眠る者は、その命を他人に授けてくれた者。
だから犠牲という後ろ向きな言葉ではなく、『授け手』と呼ぶのだ」
その後は村の状況について詳しく教えた。
村人は月に2回の献血を義務付けられており、
交差試験も詳しく調べられているため輸血の必要が生じた際は迅速に用意できること。
村人も医療についてしっかり教育されるため、
半数くらいの村人は手術の助手ができるくらいの実力があること。
薬学についても詳しいので、変な薬を見れば一発でわかる者が多いことなど。
T村の特殊な環境に、アグネスタキオンも驚きを隠せないようだった。
「私も色々な研究をしてきたつもりだったが上には上がいるものだね。
数百年もの間、村ぐるみで医療の研究を行ってきたとは…」
「君も化学者なのでわかるだろうが、人体の研究はどれほど続けても終わりはない。
これから先も続いていくことになるが、この村にはウマ娘はほぼいないからな。
先祖たちもウマ娘についてはなかなか研究が進まなかったようでデータが少ない。
だから君と共同研究をしたかったのだ」
「なるほど、私としても願ったりな話さ。
ここのレベルの高い研究機器はさすがに私だけじゃ用意できなかったからね。
お互いのためにも今後とも協力よろしく頼むよ」
「ああ、こちらこそ。
まあこれで村のことはわかってくれたか?」
アグネスタキオンは少し考えるそぶりを見せた。
「ああ、村のことも、ドクターKのことも理解できた。
でもせっかくだからもう一つお聞かせ願えるかな?
君のお弟子さん、先代ドクターKの息子さん、一也君のことを」
一也の名が出た時、Kと村井は少し目つきが鋭くなった。
「一也のことを?何か知りたいことがあるのか?」
「いやね…K先生は話が早いからストレートに聞くけど、彼は『何者』だい?
先代ドクターKの息子だという話だけれど、私が調べた限りでは彼に子供はいなかった。
一也君はまだ若いというのに、瞳に宿る意思はあなたたちにも匹敵する強いものだった。
あとまあ…化学者がこんなことを言うのもなんだが、
彼には『何かある』というのを勘で感じるんだよ。
運命的な何かがまとわりつき、それと戦っている、そういった雰囲気をね。
自分で調べてもいいのだが、教えてもらった方がスマートだろう?」
Kと村井は顔を見合わせ、相談を始めた。
「どうしますK先生?一也くんのことまで話していいものでしょうか」
「大きな問題はないとは思いますが…軽々に言えるようなことではないですね。
しかし放っておくと勝手に調べられそうですし、ここで話してもいいかと思います」
「そうですな。ほっておくといいことにはならんでしょうな、彼女の場合」
Kはアグネスタキオンの方に向き直った。
「アグネスタキオン。一也のことは話してもいいが…話したことについて、
絶対に一也にその話題を出さない、絶対に一也を調べたりしないと約束できるか?」
「おお、話してくれるのかい。そんなことでいいなら約束するよ。
もちろん、ちゃんと教えてくれるのならだけどね」
「約束だぞ。なら教えるが…一也は、KAZUYAさんの本当の息子ではない。
KAZUYAさんのクローンなのだ」
「…え?クローン?」
アグネスタキオンはまた驚きの表情を見せた。
「KAZUYAさんは子供がいなかったが、KAZUYAさんはKの一族の中でも最高の能力があった。
その血が残らないことを納得しなかったKAZUYAさんの叔父が作り出したクローンだ。
クローンと言えば何かと異常が起きやすく、寿命が短いことで知られるが…
一也はパーフェクトクローン、そういった不具合が一切ない。
だから今後も1人の人間として生きていくだろう」
「そんなクローンが…!すごいな!
倫理的な問題はともかく、研究成果として発表されれば世界が震撼するだろうね!
パーフェクトクローンというのがどういう体をしているのか調べてみたいな!
この診療所でも彼の事を研究しているのかい!?」
アグネスタキオンが興奮し、目をキラキラさせているのを見て、
Kがその肩に手を置き、少し力を入れて抑えながら真っすぐ目を見て言った。
「アグネスタキオン。
一也のことを調べることはしない、そう約束したな?守ってもらうぞ」
それを言ったKの顔は平静ではあったが、背景が歪みそうなほどの強い迫力だった。
アグネスタキオンは他人の迫力に押されるようなウマ娘ではないが、
Kに念を押されて少し冷静になった。
いや、冷静というよりは状況に気付いて動きが止まった様な感じだろうか。
「あっ、そうだったね!…やられたねぇ、絶対に興味持つとわかっていたんだな。
くっ…惜しい、非常に惜しいが!約束したからには守るさ…。」
アグネスタキオンは露骨にがっかりしながらも、約束は守る姿勢を見せた。
「じゃあ調べない代わりにK先生たちが教えておくれよ。
ここで彼の事は研究してるのかい?
彼は自分がクローンだと知っているのかい?」
「一也の研究はしていない。あいつはあくまで普通の人間なのだから何もすることはない。
ただ、一也も自分の出自は知っているし受け入れてもいる。
だがセンシティブな話題だからな、当然だが普段は話題に出さない。
内心でどこまで納得しているかは本人にしかわからないな」
「なんだ、調べてはいないんだね。まあ私に調べるなというくらいだから当然か。
しかし自分の事は知っているんだね。自分がクローンだと言われたら内心は幾何のものだろうか?
さすがに普通はかなりのショックを受けるだろうねえ…
そういえば、前にクローン人間を作ってそこから臓器を抽出していた組織の事件があったっけ。
もしかしたら自分もそのために…とか思ってしまいそうなものだ。
その時の脳波や心拍の変化などを見て見たかったな…」
アグネスタキオンな感想を聞いていた村井は汗をダラダラと流しながら目をそらしていた。
村井はそのクローン組織の元幹部であり、一也を研究材料にしようとして襲った経験があり、
一也がクローンであることを本人に教えたのも村井なのである。
「クローンについては私も少し考えていることがあってね。
普通の人間もそうだが、私のような『ウマ娘』は『因子』が体に与える影響は殊更大きく、
そして『異世界の魂を受け継ぐ』と言われている。
つまりだね…例えば私のクローンを作ったとしたら、それは『誰』なんだろうか?
異世界の魂と言うのは複数個体に宿れるのだろうか?
宿れないとしたら、クローンだとしても構成要素が『アグネスタキオン』ではなくなるだろう。
別な魂が宿るのか?それとも魂が宿らず死人のようなものになるのか?
発現する『因子』はオリジナルの私と同じになるのか?
とても気になるよ」
「む…それは確かに少し興味があるな…
だがクローンの研究はやめておけ。ろくなことにならない」
「まあそうだろうね。私も研究の手段にはあまり拘らないタイプだが、
クローンはさすがに尻込みするよ。そもそも簡単に始められるものでもないし」
その後アグネスタキオンはいろいろなK一族の話、KAZUYAやKEIの話も聞いて過ごした。
血統と技術、そして誇りを受け継いでいくK一族のことは感心し尊敬しているようだった。
(なお、KEIがしでかしたテロ行為については伝えなかった)
3人が話をしているうちに夜になり、一也が学校から帰宅してきた。
「ただいま帰りました。あっ、タキオンさんだ。
今日も村井さんとの研究で来てたんですか?」
「やあ一也君、お帰り。だいたいそんな感じさ」
アグネスタキオンは一也を見つめた。
まさか彼がクローン人間だったとは想像もしなかった。
自分がクローンだと知り、それを受け入れるのはいろいろ苦労もあっただろう。
だが遺伝子が同じであっても、己が誰かは自分で決めるものだ。
彼から感じる強さを見れば、きっとKAZUYAとは別の人生を歩むであろう。
それはそれとして、クローン人間が存在するなど知らなかったからとても興味はある。
血液、細胞、DNA、因子…調べてみたいことはてんこ盛りだが、
調べないと約束してしまったので仕方ない。
こんな貴重なサンプルが目の前にあるのに!非常に…っ!残念だが…!
「お疲れだろう、紅茶でも入れようか?」
「ありがとうございます。それにしてもタキオンさん…
何か僕の顔についてますか?凄い目つきですし、それに苦虫を嚙み潰したような顔してますが…」
「いや大丈夫、ちょっと悩みがあるだけさ。
とても近いところにあるのに、なのに手が届かない存在があってね」
アグネスタキオンは遠い物を見つめるような目で一也の身体を眺めた。
彼女は冷静さを取り戻すために、慣れたルーティーンでお気に入りの紅茶を淹れる。
診療所の皆にも配ったそれは、飲んでも体が光ったりしない、
純粋にとても美味しい紅茶だった。
【Report】
ドクターKは遥か昔から続く医師の家系の末裔。
先代ドクターKは本家の西城KAZUYA。
あまり表舞台には立たなかったが、その生涯で様々な功績を残している。
現ドクターKはK一族の分家である神代家の神代一人。
T村の住民と協力し、無免許のまま非常に高い医療技術を持った。
現在は免許を発行されているが、公にできない経緯である。
T村は数百年にわたり村全体で神代家と共に医療の発展に力を注いできたそうで、
村人のほとんどは医学生程度の知識を持つらしい。
黒須一也は西城KAZUYAのパーフェクトクローン。
クローン生物に起こりがちである疾患が一切ない、完璧な人間として生まれたとのこと。
私の研究にも役立つかもしれないので非常に興味深い存在だが、
調べたりしないと約束してしまったため実に歯がゆい。
いつか不可抗力で調べる機会が得られることを期待する。