スーパードクターKとドクターKもDAYSのアプリで読めるようになりました。
KAZUYAの活躍(ライトサイド)とKEIの活躍(ダークサイド)が読めますよ!
『僕に医学を教えてください!』
平身低頭しながらKに向ってそう言ったのは、和久井譲介。
彼は自分は今のままではダメだと感じ、自分を変えるためにKの下で学びたいと考えたのだ。
Kは一度断るも、譲介の師匠であるドクターTETSUも同じことを考えていたようで、
『譲介を頼む』と託され、Kも譲介を引き取ることを決めたのだった。
かつては医学を「人を支配するための道具」としか認識していなかった譲介。
しかし一也、Kとの出会いを経て、「人を救うための手段」と考えられるようになった。
(僕は変わらなくちゃならない。K先生の下で、技術、そして医師としての在り方を学ぶんだ)
【和久井譲介】
ドクターTETSUの弟子。
孤児院で育ち、親に捨てられたという引け目から荒んだ生活をしていたが、
ある日出会ったドクターTETSUに気に入られて彼の弟子となる。
KAZUYAのクローンである一也を超えるようにと育てられ、
本人の努力とドクターTETSUの教えによって高校生ながら高い医療技術を持つに至った。
初めは医学は利用するだけのものと考えていたために一也とぶつかることとなり、
さらにKとの出会いも経て徐々に医学に対する認識が変わっていった。
ドクターTETSUもそれを見ていたようで、変わりつつある譲介をKに託し、姿を消した。
幼少期のトラウマが原因で、カレー味の食べ物しか食べることができない。
譲介が村に来ると、診療所のメンバーと顔を合わせをすることになった。
「譲介も何度かここにきているから大体わかっていると思うが、改めて紹介しよう。
こちらは麻上くん。助手と看護師をやってもらっている」
「譲介くん、よろしくね」
「よろしくお願いします」
「イシさん。主に診療所の食事や清掃をしてもらっている。
人手が必要な時は助手もしてくれる」
「譲介、よろしくな。K先生の指導に従ってしっかりやるんじゃぞ」
「はい、よろしくお願いします」
「村井さん。主に再生医療に関する研究開発を行ってもらっている。
幹細胞の培養と分化によって、用途に応じた様々なものを作ってくれる。
体が弱いので研究がメインだが、俺の師匠であり手術の腕も最高だ」
「譲介くん、よろしく。ここでの経験は大きな学びになるだろう。
ドクターKの姿をよく目に焼き付けなさい」
「K先生の師匠なんですか…!よ、よろしくお願いします!」
「アグネスタキオン。ウマ娘の体について非常に詳しいので、
ウマ娘特有の疾患については彼女に聞くのもいいだろう」
「きみが譲介君か、話は聞いてる。よろしく頼むよ!
ウマ娘の話だったらなんでも聞いてあげようじゃないか」
「よろしくお願いしま…え?アグネスタキオンさん!?どうしてここに!?」
「なんだよー、私がここにいてはいけないのかい?」
アグネスタキオンは口をとがらせながら言った。
「いえ、そういう意味では…。だってあなたはGIで活躍してたようなウマ娘でしょう。
なぜこの診療所に…」
「アグネスタキオンは数年前から村井さんと共同研究を行っているのだ。
時々こうして村に来るのだが、ちょうど来ていたから紹介した。
彼女のおかげで悪性腫瘍を発光させる薬品なども開発でき、優秀な研究者だ」
「あっ、その薬品は知ってます。まさかタキオンさんの開発だったとは…」
「私も現役を退いて時間ができたし、たまに来るからよろしく。
一也君のライバルだという話だから、負けないように頑張るんだね」
「は、はい…。」
負けないように、という言葉が胸にチクリと刺さる。
集団感染による体調不良が原因で自分の責任ではないとはいえ、帝都大学医学部の受験、
一也は合格したのに自分は合格できなかったことで心にダメージがあった。
麻上の案内で、挨拶がてら村を軽く往診する譲介。
一也の同級生と言う点、Kの診療所の新入りということもあり、
村人からは概ね好意的に受けれてもらえた。
途中で熱中症になっていた老人を発見するアクシデントもあったが、
診療所の仕事に一段落がついて時間を貰えたため、部屋で勉強をしていた。
譲介にあてがわれたのは前に一也が使用していた部屋。
部屋には持ち物が多少残されていて、そのうち本や資料は勉強に役立つものも多かった。
譲介も一也の歩んだ人生は大体知っている。
小さいころからずっとこういった資料で学習をしていたのだろう。
「チッ。一也の奴、いろいろな資料を持ってるもんだ。
しっかり勉強してやがるんだな…僕も負けてはいられないぜ」
譲介は一也へと思いを馳せる。
あいつは最強の医師の遺伝子をそのまま持って生まれたクローン。
血統書付きなんてものを遥かに超えた、生まれながらにして天才であることを約束された男だ。
性格は甘ちゃんなところがあるが、実力はさすがだと言わざるを得なかった。
天才はいる。悔しいが。
だがあいつが強いのは単なる才能によるものだけではなく、
小さいころから医師となるべく努力をしていたことも理解した。
それに対して、自分は親から捨てられるような存在だし、ほんの数年前までただの不良だった。
血統も才能も、勉強量もまるで劣っているのだ。
当初の目標…きっかけは歪んだ気持ちだったが、
一也を超える医師になる、その目標はまだ残っている。
そのためにはどれだけ努力しても足りないくらいだ。
勉強を始めて少しすると、部屋のドアがコンコンと鳴った。
「ん?どうぞ。K先生ですか?」
譲介がドアを開けると、そこにはアグネスタキオンの姿があった。
予想外の訪問者に驚く譲介。
「タキオンさん…!?どうしました?」
「おやおや、勉強中だったのかい?お邪魔しちゃったかな」
アグネスタキオンは、机に積まれた資料を見て勉強中だったことを察したらしい。
しかし彼女が一体何の用だろう?
「いえ、大丈夫です。それで要件はなんでしょうか」
「いやね、ちょっと君と話をしてみたかったんだよ。
あ、私に敬語は使わなくていいよ。私はK先生たちにもこの話し方をするからね。
あまり敬語が好きじゃないんだ。言うのはもちろん、言われるのもね」
「そうですか…そうか。それじゃそうさせてもらおうかな」
「要件と言うのは他でもない。君から話を聞きたかったのだよ。
ドクターTETSUの話をね」
「えっ!ドクターTETSU…!」
ドクターTETSUの名が出た時、譲介はかなり驚いた表情をした。
彼は闇医者であり、ドクターKに比べると一般での知名度はほぼないはずだ。
「タキオンさん、ドクターTETSUを知っているのか!?」
「詳しくはないよ?彼は闇医者だから、調べても情報はろくに出て来やしない。
K先生や一也君から少しは教えてもらったけど、あまり教えてくれなくてねえ。
だから君に聞きに来たのだよ。ドクターTETSUの一番弟子だという君にね」
【ドクターTETSU】
闇医者であり、先代ドクターKであるKAZUYAのライバル的存在。
カサール王国で出会って以来、腐れ縁のような関係となった。戦闘能力は高く、
テコンドーの使い手であり一般戦闘員ならボコボコにできるがドクターKほどは強くない。
始めは轢き逃げや薬物による陸上選手の強化などあまり好ましくないことをしているが、
なんだかんだで本質的には悪人ではないため、
KAZUYAと協力して麻薬組織やテロ組織等と戦うこともしばしば。
闇医者なので金を払えばたいていのことはやってくれるが、
金は貰えても悪どい人間を助けること自体はあまり好きではないらしい。
死後に金は持っていけないという理由で孤児院に数千万単位で寄付することを思いついたり、
赤子の殺害依頼を無視して助けたりする、子供にはとても優しい男。
KAZUYAのことが大好きなので、彼が亡くなってからは人生に張り合いがなくなっていた。
しかし彼のクローンである一也のことを知ってからは、
恋する女子高生のような胸の高鳴りと共に人生に新たな目標ができた。
その後スキルス胃癌を患ってしまい、
初めは一也に「患者の死」を体験させるために自分の安楽死の手伝いをさせようとしていたが、
Kの施した腹腔内化学療法により一命をとりとめ、現在も投薬しながら生きている。
「確かに僕はあの人の弟子…だから割と詳しく知ってるけど。
K先生や一也もかなり詳しく知ってるはずだぞ、一也に研究ノートを渡したって聞いてるからな。
どうして教えてもらえなかったんだ?」
アグネスタキオンは少し考えこむ。
「それはおそらく2つの要因があるね。1つ目は彼が闇医者だからだろう。
K先生だって元は無免許医だったからあまり人のことは言えなさそうなものだが、
ドクターTETSUの場合は対価を払えばいろいろなことに手を出していたそうじゃないか。
だからK先生も一也君も彼のことは好ましく思ってないようだね。それが1つ」
「ああ…。それはそうだろうな。あの人は完全に闇医者だから…。
K先生や先代のKAZUYAさんとはちょっと違う。あと1つは?」
「うん、あと1つは…」
アグネスタキオンは腰をかがめ、座っている譲介と同じ高さに顔を降ろした。
そしてじっと譲介の目を見つめながら、小さな声でつぶやく。
「私が、彼の研究に興味を持ってしまうからだろうね」
軽い笑みを浮かべながら言ったそれに対し、譲介は眉を顰める。
「興味を持つって…あんた、あの人が何をやってきたのか知ってて言っているのか?」
「先ほど言った通りほとんど知らないが、一也君が口を滑らせて聞けた話で、
どこかの国でコールドトミーによる無痛覚兵士を作ったという話だけ知ってるよ。
ドクターTETSUがKAZUYAさんと出会ったのもそこなんだってね。
ドクターKとは違った方面での天才医師だと言う話だから、
通常行えないような研究を行ってきたということで興味があるんだよ」
「コールドトミー兵士は人体実験みたいなもんだったなあ…
それに興味を持つって、あんたどういう趣味をしているんだ?
弟子の僕が言うのもなんだけど、あんなのまともじゃないぞ」
譲介はアグネスタキオンのことをマッドサイエンティストを見るかのような目で見つめた。
実際、だいたいあっているのだが。
「おっと、勘違いしないでくれたまえ。私は何も、人体実験が好きなわけではないんだよ?
必要ならばやるべきだとは思っているから、嫌いではないし忌避もしないがね。
私がドクターTETSUに興味を持ったのは彼の理念が私と類似しているからさ。
彼の理念は『人間の力を極限まで引き出し、ウマ娘をも超える人間を作ること』。
私の理念は『ウマ娘に秘められた肉体の可能性を引き出すこと』。
私も彼と同じなのだよ。肉体の限界を追い求めて研究をしていることがね…」
それを聞いて、譲介の警戒も少しだけ薄れた。
「なるほどな…確かにあの人はそういう目的で生きて来たって話だ。
だけど、やってきたことは相当なものだぞ?
だからK先生たちもタキオンさんに教えなかったんだろうし。
それを僕が教えていいもんかな…」
迷ったそぶりを見せる譲介にアグネスタキオンが言う。
「なあに、気にしなくていいさ。
私がK先生たちに言われたのは『教えるつもりはない』というだけだから、
つまりK先生たち以外から教わることを禁止されたものではない。
というわけで頼むよ!」
「そういうことを言ってるんじゃないんだけどな…
まあ、僕も口止めされてるわけじゃないしいいか」
ルール的な話じゃなくて内容の危険さの話だよ、と思いつつも語り始める譲介。
ドクターTETSUは闇医者で、昔はかなりあくどいこともやっていたし、
彼との出会いからして色々な経緯があるため複雑な感情だが、
譲介はドクターTETSUのことを心から尊敬している。
しかしKや一也からは嫌われていることも知っているので普段は話題に出来ないし、
ドクターTETSUのことを純粋に褒めてくれる者に会ったのも初めてだった。
自分以外にも彼のことを理解してくれる人がいるのだと少しうれしかった。
アグネスタキオンからの頼みだからではなく、譲介自身が彼の話をしたいと思った。
譲介はアグネスタキオンに知っていることを一通り話した。
コールドトミー兵士の開発、薬物による陸上選手の強化などの研究をしていたが、
なんだかんだで悪行と呼べるような行為はそれほどしておらず、
世界を回って活躍し、テロリストを倒して世界を救ったりしていること。
アグネスタキオンはずっと興味深そうに話を聞いていたが、
ドクターTETSUの兄である真田武志の話、
殺人ウイルスを消し去るためにニューセルゲイ共和国を国民ごと核で焼き払った話をしたときは、
耳を大きく絞ってものすごい形相になっていた。
これは話さない方がよかったのかもしれない。
「ふぅン、なるほどね。ドクターTETSUはやっぱり優秀な研究者でもあるんだね。
ドーピングで陸上選手の強化をした…という点はちょっとあれだな。
私はドーピングのようなつまらないことはしないんだ。
薬で一時的な強化をしても肉体に宿る可能性が見られるわけではないからね。
ただ話を聞く限り、一時的な増強ではなく持続性はある強化のようだ。
これは案外、私の目指す方面と近いのかな…?やっぱり本人とも話をしてみたいものだ!」
興奮気味にそう話すアグネスタキオン。
Kたちの懸念通り、ドクターTETSUの研究へ大いに興味を持っているのがよくわかる。
一方で世界を救う活躍をしていたことにはそれほど反応を示さなかった。
「K先生たちの予想通りだな…。凄い興味持ってるじゃないか」
「ハッハッハ、これに興味を抱かずにいられるものかね!
人間の可能性を探る研究、私の同志と呼べる者に対して!
私はK先生たちとはスタンスが違うからね、こっちは医者ではないし。
それに…君だってそうなんじゃないかな?
随分と誇らしそうに語っておいて、彼の研究に興味がないとは言わせないよ」
「うっ…!」
譲介は図星を突かれた。
今は医学に対して真摯に向き合おうと考えているので、
ドクターTETSUのしてきたような研究を行うつもりはないが、
大いに興味をひかれたことは事実である。
前のように歪んだ精神状態のままだったら、
ドクターTETSUの研究を引き継ぐようなこともあったかもしれない。
「た、確かに僕も興味はあるさ。でも、それを実際にやろうとは思わない。
心の中で思っていることと実際にやることは天地の差があるだろ?
そしてタキオンさんの場合…失礼だが、『やる側』の人間に見える」
「いい分析だね、その通りさ。
私は必要とあらばたいていのことは気にせずにやるウマ娘だからね」
アグネスタキオンはそう言いながらニヤニヤと笑みを浮かべる。
譲介は再び、彼女をマッドサイエンティストを見るかのような目で見つめた。
「コールドトミーの話、痛覚をなくすというのは持続性がなくて危険な感じがするな。
痛覚は生物の大切な感覚であり、危険を伝える信号だ。
一時的には限界を超えるほどの動きを出来るかもしれないが、
ダメージを受けても気づけずそのまま体が崩壊しそうなものだ」
「それは僕もそう思う。医学的には無痛症と呼ばれる状態だな。
ドクターTETSUがやったのは手術による後天的なものだが、
生まれつきそういう人間…先天性無痛無汗症という病気がある。
書いて字のごとく痛みを感じず、汗もかけない疾患だ。
その患者はいつ死亡してもおかしくないような危険な環境で生きることになる。
軍人やアスリートが急にそういうことになったら、
筋肉や関節に異常が発生しても自覚できずにすぐ体が壊れるんじゃないかな」
【先天性無痛無汗症】
全身の無痛を主症状とする難病。
神経障害の一種であり、温痛覚障害に自律神経障害を合併する遺伝性疾患は
「遺伝性感覚性自律神経性ニューロパチー(HSAN)」と呼ばれ、
そのうちの4型と5型が先天性無痛無汗症と分類される。
温度や痛みの感覚が消失し、発汗能力が低下するため、
そもそも怪我をしやすいうえに怪我や病気になっても気づくのが遅くなり、
発汗しないことにより体温調整機能が上手く働かず様々な症状を引き起こす。
生まれた時から頻繁に体調不良を起こすため何らかの病気があることはすぐわかるが、
痛みを感じないことは客観的に判断しづらいため判別に時間がかかることも多い。
乳児期では痛みを感じないせいで舌や指を嚙み千切ってしまうこともある。
遺伝病であり、発症した人物の血縁者に同様の症状が出る確率が高い。
発症するのは日本人とイスラエル人に多い。
「まあそうだろうよねえ。特にウマ娘なんかは元々の出力が高いから、
体を酷使すると痛覚があってもどこかがおかしくなる場合がかなり多い。
私もそうだったが、K先生に治してもらったんだよ」
「へえ、タキオンさんはK先生の患者だったのか」
譲介は意外そうな顔をした。
アグネスタキオンについてはそれほど詳しく知らないが、
現役時代は特に故障したような話は聞かなかったように思う。
「そうとも、それが縁でこうして共同研究をすることになったのさ。
数年前の話…私は足が速いんだが、その出力に対して脚の耐久性が足りなくてね。
レースを続けると脚が壊れて使い物にならなくなると判断したんだ」
「なるほど、だからK先生に治療を頼みに…」
「いや?どうせ脚が壊れるならそれまでは走れるだけ走っておこうと思ってた。
治せるようなものだと思ってなかったというのもあるが、
壊れるならそれはそれでいいかと思ってね。
しかし本当に壊れる前にK先生が私の異変に気付いてわざわざやってきたのさ。
さすがはスーパードクターのK先生だよ」
「わざわざ治療に来てくれたのか。K先生らしいな」
譲介は前にKに言われたことを思い出した。
虐待しているのだと勘違いしてとある家庭を襲いに行ってしまったとき、
そこに現れたKは「病気の可能性があるなら確認する」と、
わざわざ出向いて来ていたのだった。
あの時は自分の間違いの恥ずかしさ、叩かれたことへの悔しさ、母子の愛情への妬ましさなど、
そういった歪んだ感情のせいで理解していなかったが、あの行動こそがドクターKの姿なのだ。
先代のKAZUYAもそういう人間だったことは、師匠からも聞いている。
「そうか…。ウマ娘にとってはレースは人生そのものという人も多い。
あなたは体が壊れてしまうとしても、最後まで走り続けたかったんだな。
それに気づいて治療するK先生もさすがだな…」
譲介は、アグネスタキオンにもアスリートとしての誇りのようなものがあるのだと少し安心する。
しかしそれが全くの誤解であることはすぐにわかった。
「いやいや?別に私はレースで走りたかったわけじゃないよ?
単にウマ娘のデータ集めにちょうどいいからやってただけさ。
優秀なウマ娘が出るレースに出て、間近で観察するのはとても効率が良くてね。
ついでに自分の走ったデータも使えるし」
「…は?」
「私にとってのレースは単なるデータ集めの一環だからねぇ。
私がしたいのは昔から『ウマ娘の可能性を探る』、それだけさ。
トレセン学園に入ったのもそのデータ集めに適しているという理由だし、
うまく研究時間がとれなさそうだったから退学しようとしたこともあったっけ。
まあ…考えが少しだけ変わる出来事もあったが」
考えが少しだけ変わった出来事…
アグネスタキオンは自分のトレーナーのことを頭に浮かべた。
自分がレースに出る理由は、データ集め以外では彼の思いに報おうとしたことだけだった。
「えーと。タキオンさんは研究がしたくてトレセン学園に入って、
研究時間が取れなかったから辞めようとしたこともあって、
レースに出るのは単なるデータ集めで、そういう理由でGIを何度も勝利して、
そんなすごい実力があるのに自分の脚が壊れること上等で、
治療もせずにデータ集めのためにレースに出てたと…?」
譲介は頭をボリボリとかきながらアグネスタキオンの言っていたことをまとめた。
理解不能で頭を抱えているような顔である。
「まとめるとそんな感じかな。
いやあ、改めて言われると一般的ではないことがよくわかるねえ」
「本当だよ。タキオンさん、あんたやっぱり…」
譲介は途中まで言って口をつぐんだ。さすがに失礼だと思ったのだ。
「やっぱりマッドサイエンティストじゃないか!」と叫びたい気持ちを抑えるのに苦労する。
「どうした譲介君、『やっぱり』…なんだい?」
「いや、何でもない!」
「ん~?いいから続けたまえよ!なんて言おうとしたのかな~?」
アグネスタキオンは何の言葉が続くのかを十分把握しているが、
譲介に対して楽しそうにちょっかいをかけていった。
少ししてから、お茶を淹れてくるといって出て行ったアグネスタキオン。
1人になった譲介は、アグネスタキオンのことを考えてみる。
アグネスタキオンは明らかに異常者の部類だが、
自分の道を突き進む姿は尊敬できる。
師匠であるドクターTETSUと同じような考えを持ち、
K先生たちと共に研究をして人やウマ娘の医療に役立っているらしい。
学生の段階、いや、話からするとそれより前からずっと、
確固たる意志の元で生きてきているウマ娘のようだ。
それに比べて自分はどうだ?
医学を真面目に学ぼうとは思っているが、何か具体的な目標があるわけではない。
一也よりも優秀な医師になりたいという目標自体はあるが、
差し当っての目標であって、人生の目標や生きる信念ではない。
師匠であるドクターTETSUは「人間の可能性を探る」、
新しい師匠であるK先生は「医師として人を救う」、
一也は「医師として、Kを継ぐ者となる」、
宮坂だって「一也と並べるような立派な医師となる」という意志がある。
その中で自分だけが何もない。
自分がしたいことがなんなのかわからない。
医学はそれしかできることがないから続けているだけだ。
医学を学んだきっかけが不純だったから、
それが間違いだと気付いたら自分の中が空っぽになってしまった。
自分の中に確たるものがあるみんなが眩しくて仕方ない。
「羨ましいなァ…」
譲介がそうつぶやくと、扉が開いてアグネスタキオンが戻ってきた。
「お待たせしたね。それで、何が羨ましいって?」
アグネスタキオンは譲介のつぶやきが聞こえていたらしく、
わけを尋ねながら紅茶を差し出してきた。
譲介は少し顔を赤らめながら、ごまかそうとした。
「い、いや…何でもない。紅茶か、ありがとう」
紅茶を受け取ろうとして手を伸ばした譲介だったが、
手に取る寸前にカップを引き下げられてしまった。
「ちょっ…僕にくれるわけじゃないのか?」
「さっきから君は不用意な発言が多いよねえ。
言いたくない、聞かれたくないことをつい口ずさんでしまうようだ。
あまりいいことではないから気を付けた方がいい。ほら、紅茶だよ」
アグネスタキオンは紅茶を机の上に置いた。
譲介はゆらゆらと湯気を立てるカップを手にしないままじっと眺め、
アグネスタキオンは紅茶を飲みながら譲介の様子を観察していた。
しばらく沈黙が続いた後に、譲介が口を開いた。
「タキオンさん。僕は、あなたが羨ましいよ」
「私が?どうしてだい?君もウマ娘になりたいのかな?」
「そうじゃない。確固たる意志で生きているのが羨ましいんだ」
「確固たる意志、ねえ。まあ確かに私には人生をかけるべき信念があるが。
しかしね、そんなものはあってもなくても生きていけるものだよ。
君はどうしてそれが欲しいんだい?」
譲介は俯いて暗い表情をした。
「僕は…僕には何もないんだ。やりたいことが何も。
僕が医学を学び始めたのは歪んだきっかけだったんだ。
僕は親に捨てられ、孤児院で育った。
中学の頃は不良になり、暴力で周りを支配しようとしていた。
その時、たまたま出会ったドクターTETSUに喧嘩を売られてそのままボコボコにされた。
でもその時の僕を気に入ってくれて、彼に引き取られることになった。
医学を学ぶにあたって教えてもらった心構え…それは、
医学は人の命を操る、すなわち『人を支配する力』だということ。
僕の役割もドクターKの後継ぎである一也を倒すこと。
そう教えられ、それを求めて学び始めたんだ。
性根が歪んでいた僕は、言われた通りに人を支配できる力を得たい、ドクターKを越えたい、
その意識だけで全力で医学を学んできた。
だけどK先生や一也と出会って、その考えは間違ってると気付いた。
人を支配するものではなくて、純粋に人を救う姿を見て、僕がおかしいんだと気付いた。
僕もそうなりたい、変わりたいと思ってK先生に弟子入りを志願した。
K先生は受け入れてくれたし、ドクターTETSUも僕を送り出してくれた。
だけどそうしたら、僕の中にあった、
社会への憎悪によって支えられていた意識の糸がぷっつりと切れたみたいなんだ。
人を支配する力が欲しいという気持ち、それが自分のすべてだったから。
間違いだと気付いて、それが失われた後で心に残ったものは空っぽで煤けた心だけだった。
やりたいことが何もないんだ。僕はどこへ向かって歩いて行けばいいんだろうか?
タキオンさんもK先生もみんな自分の意志で歩いているのに、
僕にはそれができていない。だから羨ましいんだよ…
自分というものをしっかり持っているタキオンさんが」
譲介は苦しそうな顔をしながら心情を吐露した。
恵まれない幼少期と青年期を過ごした彼は今、遅いモラトリアムの時期にいる。
自分がどこにあるのかを手探りで探しているような状態だ。
「…ふぅン。私はカウンセリングをしに来たわけじゃないんだが。
こんな性格だからあまり向いていないからね。
でもまあ、話のお礼にと思って持ってきたお茶はお気に召さなかったようだし…
少し話をしてやるかね」
アグネスタキオンは、机の上に置かれたまま冷めつつある紅茶を眺めて言った。
「あっと、紅茶が嫌いなわけじゃ…」
「と、ちょっとその前にこの機器をつけよう。
心配しなくていい、ただの心拍や脈拍、体温を測る装置だ。
会話の中で君の身体的な変化を集めるだけだよ」
アグネスタキオンはそう言って譲介の指先に機械を取り付けた。
「慰めてくれるのはいいが、僕には余計な発言をしない方がいいと言っていたのに、
タキオンさんも大概じゃないのか…?」
「いいから聞きたまえ。
まず聞きたいのは、君が医学を学び始めた動機についてだね。
人を支配する、一也君を越えたい。
それが歪んだきっかけだと言っていたが、何が歪んでいるんだい?」
「え…?医学は人を救うためのものだ。
それを単なる承認欲求や敵愾心の解消のために使うなんて…」
「別にいいじゃないか。患者からすれば医師の気持ちなんて知ったことじゃないよ。
そりゃあそういう気持ちを前面に出して露骨に態度が悪かったら話は別だが、違うだろ?
患者からすれば体が良くなることが最優先。医師の気持ちなんて関係ない、結果が全てだ。
表面上だけいい人らしく振る舞ってくれれば何の問題もない」
「そ、そんなことはない!医学はもっと高尚なものなんだ!
人の命を救う神聖なもので、だから医師は昔から尊敬される存在で…」
「いいや違うね。医学も科学もそうだが、それ自体は単なる技術、手段だ。
刃物、銃、爆薬などと変わらないよ。
医者は出力される結果がいいから尊敬されるだけで、高尚も神聖もない。
どれほど素晴らしい精神性をしている医者でも腕が悪ければ話にならないからね。
それなら君の師匠のように、闇医者だろうと技術が高い方がよっぽどいい。
まあ技術を悪用し始めたらまた別だけど」
「だったら僕は悪用していた人間だろ?医学を利用していただけだ」
「私が言っているのは技術の話、内心は関係ないよ。殺人に利用したりするなと言う話さ。
さっき言ったが、医療は結果さえ出れば問題はないものだ。
その点君はちゃんと人を助けて来たそうじゃないか。なら問題ないね」
「ありがとう…。でもどうしても思ってしまうんだ。
承認欲求と敵愾心…そんな気持ちでこの世界に入ったのは間違いだったんだろうって。
K先生や一也のような高尚さも、タキオンさんやドクターTETSUのような信念もない。
だから今の僕は地に足がついていないような…何をすればいいかもわからない、
他に出来ることがないから仕方なく続けているだけの男だ」
「ふぅン。随分こじらせているようだねぇ。
だったら君も今から高尚さを目指した生き方をすればいいだけだろう。
きっかけなんて初めの一瞬でしかない要素だよ?そんなのに囚われたって仕方ないのにね」
「タキオンさんみたいに割り切れれば楽なんだけどな…」
「私の知ってる例を話そうか。トウカイテイオーは知っているだろう?
彼女がレースの世界に入ったきっかけは『シンボリルドルフのようになりたい』だったそうだ。
ただかっこよく映った相手の真似をしたいだけ、これに高尚さを感じるかな?」
「高尚さはないかもしれないけど、よくある話じゃないか。
それにスポーツと医学は違う。スポーツこそ結果が全ての世界だろう」
「そりゃあ間違いだ。スポーツほど高尚さが求められるものはない。
スポーツはそれ単体では利益をほとんど生み出さない。
ゆえに金を支払ってくれる観客がいて初めて興行として成り立ち、
興行として成り立っているから我々アスリートはその道で生きていける。
観客が喜ぶことが大前提なんだよ。だから『スポーツマンシップ』なんて言葉があるのさ。
汚い手段を使ったり、やる気が感じられない者はどれほど結果を出そうと好ましく思われない。
そう、私のようにねぇ!」
アグネスタキオンは両手を掲げ、誇らしそうに言った。
「えっ…タキオンさんは好ましく思われてなかったのか?」
「さっき話したが、私はレースそのものには興味がなかったからなぁ。
やる気がない、相応しくないと連日バッシングの嵐だったよ。
悪意はあるが嘘は書かれていなかったので私は気にしなかったがね。
さて、君が羨ましいと言った私は高尚さの欠片もない、世間的にはクズの部類だ。
どうだい、羨ましくなくなったかな?」
「…いや、あなたはずっと自分の信念を貫いてるんでしょう。
尊敬できることは変わらないさ」
「君はろくでもない扱いをされている私を尊敬できる、そういうことさ。
ドクターTETSUだって同じだろ、君が彼を尊敬する理由は高尚な人間だからじゃない。
高尚とか何とかいろいろ理屈を言っているが、
君は結局のところ自分が引け目を感じているだけのことだ。
気に入ってるものは高尚なものじゃなくても認めているのだからね。
きっかけが良くなかったと思うのは構わないが、それに囚われても仕方ない。
仮に間違いだと思っているならその経験を次に活かせばいいだけだ、違うかい?
化学もそう、間違いや失敗はよくあるけど次はそれを避けるだけ。
反省はするが、それに囚われていたら進歩はないからね」
「そう…なのかな。僕は過去に囚われているだけなのか…」
「君は自分を変えるためにここに来たんだろう?
それなのに昔のことを引きずってるんじゃ非効率的じゃないか。
忘れろとは軽々に言えないが、とりあえず心の片隅に置いといて、
今やれることをやったらどうなんだい。目標も特に無いというならなおさらね。
時間は待ってくれないのだから、まずやれることをやってみて、
その間に何か目標を見つければいいんだよ」
「そうだなァ…。変わりたくてここに来たのにこんなのじゃダメだよな。
気持ちの問題はすぐには変えられないと思うけど…
とりあえず今できること、勉強をやれるだけやっておくか」
「それでいいだろ。トウカイテイオーとシンボリルドルフの話のように、
君はK先生やドクターTETSUのようになりたいとかそんな感じでいいんじゃないか?」
「あの2人みたいに…か。なりたいけど、まだ遠すぎる目標だな。
僕はまずは一也を目指すよ。あいつを越えてやりたい気持ちは一応残ってるんだ。
K先生に医学を教えてもらえるなんて最高のチャンスだもんな!
あいつが学校に行っている間に僕は実戦で成長させてもらう…!」
譲介にとってKとTETSUは雲の上のような存在だが、いつかは追いついてやりたい存在でもある。
だがまずは自分にとってのライバル、一也を追いかけてやりたいと思った。
あちらは大学に進学してしまったが、自分はK先生や村井さんに医学を教えてもらえるのだ。
大学よりもはるかにレベルの高い世界が今自分がいるここにあることに気づく。
明確な目標がなかったとしても、ここで真面目に学べばかなりの成長ができることは間違いない。
「おー、ようやく元気が出たみたいで何よりだ。
私も興味があるねえ、約束された天才である一也君と、
どん底から這い上がった君がどのような勝負を繰り広げるのか…」
「話を聞いてくれてありがとう。
僕みたいな雑草じゃどうなるかわからないけど、とりあえず勉強できるだけしてみるよ」
「雑草という名の草はないよ。
君の経歴が何であれ、一也君の血筋が何であれ、結局は自分が何を成すのかさ。
まあ才能や環境と言う点において差が出やすいのは事実だが…」
「一也やK先生は言うまでもないけど、ドクターTETSUも医者の家系だったからなァ。
タキオンさんだっていいところの家系だって聞いてるし…
僕みたいに親に捨てられるような奴とは違うんじゃないか?」
「私かい?まあ確かに母も祖母もGIウマ娘だからなぁ、いい血筋と言える。
しかし見たまえ、足の速さはともかく性格は見ての通りだからね。
良家の異端児と皆から腫れもの扱いをされていたよ!
いい血筋と言うのはね、メリットであると同時にデメリットにもなりえるのさ」
「そういうものなのか。
確かに生まれた時から役割を押し付けられるのもプレッシャーになるよな…
やっぱり僕は雑草でいいよ。雑草のしぶとさと生命力を見せてやるぜ」
アグネスタキオンと話して少し胸のモヤが晴れた譲介だった。
ふと、譲介は先ほどアグネスタキオンが言った言葉が少し引っかかった。
「約束された天才」と言っていたが、自分が一也に対する認識と全く同じ言葉だ。
「少し聞きたいんだが…
タキオンさん、あなたは一也のことってどのくらい知ってるんだ?」
「あー、一也君ね。君と大体同じだよ。
彼が先代ドクターK、西城KAZUYAさんのクローンだってことは知っている」
「あなたも知っていたのか…!凄いなタキオンさんは。
それを話して貰えたってことは相当信頼されているんだな」
譲介はアグネスタキオンのことを尊敬のまなざしで見た。
「ハハハ、それは少し違うかな。私は一也君には特殊なファクターがあることを察してね、
K先生と村井君に聞いたら教えてくれたのさ」
「それで教えてくれたのなら、つまり信頼されているということじゃ?」
「その時前提として伝えておいたのだよ、『教えてくれないのなら自分で調べる』とね。
そうしたら『絶対に調べないこと』を条件に教えてくれたよ。
ほっといたら私が何をしでかすかわからないという話だったねえ…。
いや、まさか人間のクローンだとは思わなかったから了承してしまったんだが、
あの約束のせいで一也君を調べられなくなったのはいまだに少し悔やんでる」
アグネスタキオンは悔しそうな顔をした。
あの約束をしなければじっくりと調べることができたのに、と根に持っているのだ。
「な、なるほど…信頼されてないというか、負の方面に信頼があったということか。
しかしタキオンさん…やっぱりマッドサイエンティストでは…?」
譲介は三度、アグネスタキオンをマッドサイエンティストを見る目で見つめた。
譲介が机の上のカップに視線を向ける。
「そうだ、紅茶があったっけ。
せっかく淹れてくれたものだし、冷めちゃって申し訳ないけどいただきます」
「飲むのかい?私が君に元気になってもらいたくて心を込めて淹れた紅茶だ。
しっかり味わって飲んでくれたまえ」
譲介はすっかり冷めた紅茶を手に取り一口含んだ。
その紅茶の味わいは、今だかつて経験したことのないものだった。
口の中に広がったのは紅茶の豊潤な香りではなく、異常なほどの甘味なのだ。
「!!? 甘っっっ!!なんだこれ!?」
「どうだい、お気に召したかな?それが私のおすすめの飲み方さ」
「いや、甘すぎて紅茶の味がよくわからないって!砂糖をどれだけ入れたんだ!?」
「飽和量だよ。ああ、もちろん今の温度じゃなくて淹れた時の温度ね。
今は冷めちゃったからいくらか析出しているだろう?」
譲介がカップの底を見ると、溶けきれずに結晶化した砂糖が見える。
「うわ、砂糖が沈殿してる…!いやいや、どう考えても入れすぎだろ…」
そう言いつつも全部飲み干した譲介。
口の中が甘ったるくて仕方ない状態となってしまった。
「ふーっ、紅茶と言うか香り付きの砂糖水を飲んだような気分だ。
申し訳ないけど次淹れてもらえる機会があったら無糖でお願いするよ」
譲介の言葉を、アグネスタキオンはさみしそうな顔で受け取った。
「残念だなあ、私の嗜好と合う者はいないものだろうかねぇ」
譲介が紅茶を飲んで数分後、彼の部屋の中で叫び声が響いた。
何事だとKや麻上が部屋にやってくる。
「なんだ今の叫び声は!譲介、何かあったか!?」
「け、K先生!!見てください、ぼ、僕の腕が!!どうなってしまったんでしょう!?」
譲介が顔を青くしながら見せてきた腕は、ピンク色に発光していた。
それを見た途端、Kも麻上も頭を抱えた。
「あらら~。たぶんタキオンさんのやつですね…」
「それは…。おいアグネスタキオン、お前またやったのか…?」
そう言ってKはアグネスタキオンを鋭く睨んだ。
「やったとは表現が良くないねえ。彼を元気づけようとした結果そうなっただけだよ。
別に光らせることが目的じゃないのだから」
「えっ?タキオンさん?これタキオンさんの仕業なのか?いったい僕に何を…?」
譲介は困惑しながらアグネスタキオンに尋ねた。
「さっき紅茶を飲んだろう?
あれにね、私が開発した薬品…いわゆるエナジードリンクの成分を入れてあったんだよ。
心配無用、無味無臭だから味は変わってないよ。
勉強を頑張っていたみたいだから元気が付くようにと思って入れたのさ。
頭が冴えるし集中力も増し、記憶力も増加する優れモノだよ。
それに糖分は脳のエネルギーとなる。勉強に最適なドリンクというわけさ」
「あっ、元気が付くようにって精神面じゃなくて肉体面の話だったのか…。
いや、エナジードリンクでなんでこうなるんだ!?聞いたことないぞ!」
「大丈夫、原理は私にもわからないからね。まあ光ること以外に副作用はないから安心したまえ。
私を紹介してもらった時の話憶えてるかな?癌細胞の発光材はその発光現象を応用したものさ。
君も医者なら何か応用方法を考えてみるといい、可能な範囲で研究してあげよう」
「あれってこういうことだったのかよ!?
K先生、これって本当に悪影響ないんですかね!?」
譲介は落ち着かない様子で腕を振り回す。
「うむ…。今までのことを考えると、恐らくは本当にない。ただ光るだけだ。
しかし変な薬を勝手に投与するのはやめろと言っていたはずだが?」
「変じゃないよ、実験は済んでるし副作用も(光ること以外)ないことは確認済みさ」
「それでも飲ませる前に説明しろ!」
少し怒っているKに対し、アグネスタキオンは表情を変えずに肩をすくめるだけだった。
「タキオンさん…自分が作った薬を他人に飲ませるのは考えた方がいいぞ。
ドクターTETSUの父親は、良かれと思って患者に自作の薬を使ったら薬機法違反で捕まって、
失意の下に獄中自殺したそうだ。あんたも気を付けた方がいい」
譲介は腕の光が目にやかましいので、長袖に着替えて腕を隠した。
「そりゃあ気の毒な話だが…
私がそうなると困るね、捕まると研究ができなくなってしまうではないか!
まあここはひとつ、同じ診療所仲間のよしみで黙っていておくれよ!」
特に悪びれることは無くニヤニヤとしているアグネスタキオン。
彼女ならおそらく獄中でも研究を続けそうだな、と誰もが思った。
またしても得体の知れない言動をとったアグネスタキオンに対して、
それを見つめる譲介の目つきは意外にも穏やかなものだった。
なぜなら彼はもう納得してしまったのである。
アグネスタキオンは、まぎれもないマッドサイエンティストであると。
【Report】
ドクターTETSUは優秀な研究者でもあり、人間を強化する研究をしていた。
倫理的にアウトなことは多くしているが、私も人のことは言えないのでノーコメント。
内容は興味深いものが多く、私でも手を出さないような研究をしていたため参考になった。
ウマ娘をも超える人間を作ることが目標だったそうだが、その願いが叶うことは無いだろう。
なぜなら私は逆にウマ娘を強化する研究をしているためだ。
最近は病のために体力が落ち、自分の研究はあまり行っていないらしいのが残念。
闇医者としては現役で活躍しているそうなので、一度話をしてみたいものである。
弟子である和久井譲介は現在、K先生の下で学ぶ弟子となっている。
ドクターTETSUに教わったため技術としては既に医者になれそうなほどの腕前のようだが、
K先生いわく性格に難ありとのことで、まずはそこを治すことからだという。
本人も自覚しているようで、自分の性格や生き方について悩んでるようだ。
K先生の指導と本人の望みもあるので、恐らくそのうち良くなるだろう。
彼にはドクターTETSUの情報を教えてくれて感謝する。
紅茶の趣味は私と合わないらしい。
この後譲介は、Kから「KEIのことはアグネスタキオンに絶対に話すな」と口止めされました。