スーパードクターU   作:黒い平方四辺形

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笹針師(前編)

 

 

「あたしに笹針を教えてください~!」

 

Kの診療所を訪れ、平身低頭しながらKに向ってそう言ったのは、

紅いボディコンスーツに白衣を纏い、変な形のサングラスをした女。

 

「帰れ」

 

Kはその姿を見て、即座に診療所の扉を閉めた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

譲介がKの診療所のメンバーとなり、1年ほどが過ぎた。

元々は一也を追って帝都大学に入るつもりだったが、

Kの下で医学を学ぶことの方に価値を感じ、大学にはいかずに弟子入りを続けることを選んだ。

彼もようやく明確な意思でやりたいものに出会えたのだった。

 

そんなある日、T村行のバスから降りた1人の女。

それは観光客と言うにはあまりにも異質すぎた。

紅いボディコンスーツ、純白だが柄のついた白衣、謎のサングラス、

そして太腿に暗器のように設置されている針。

その姿はまさに不審者だった。

 

彼女の名は安心沢刺々美。

伝説的笹針師を自称し、定期的にトレセン学園に不法侵入してくる犯罪者である。

 

 

【安心沢刺々美】

自称、伝説的笹針師。

伝説の笹針師を師匠に持ち、10年間の修業を経てついにこの時代に現れた。

実際は10年間ほぼ雑用しかしておらず、トレセン学園に出現した時が初めての仕事。

トレセン学園には度々出現するが基本的にただの不法侵入者である。

見た目も言動も怪しさ満点なのでトレーナーからは最初は相手にされないし、

ハルウララなどの誰に対しても優しく無垢なウマ娘からも不審者だと判断される。

ビューティー安心沢こと安心沢衣咲美というデザイナーの妹がおり、

刺々美とは異なり実力は本物で世界的に高評価を受けている。

 

笹針とは秘孔を突くことで肉体を活性化させる技術である。

上手くいけばスピードやパワーが上がったり、体力が回復したりするものの、

刺しどころを失敗すれば途端に体調不良になってしまう。

そのため失敗する確率が十分にある安心沢に任せるのは大きなリスクを伴う。

 

※現実の笹針は、馬に対する瀉血の技術なのでまるで別物。日本独自の技術である。

医学的根拠はなく、経験則的にも効果が怪しいため、2022年に禁止になった。

中世でよく行われていた人間に対する瀉血治療も医学的根拠はない。

血液が異常に多くなる多血症、C型肝炎によって発生する異常蓄積した鉄分の排出など、

現代では瀉血が医学的根拠をもとに利用されることがわずかにある。

 

 

 

安心沢は辺りを見回しながらスタスタと歩いていく。

 

「ワ~オ、なんて田舎なのかしら☆ここにあのドクターKがいるって本当なの?

まあ師匠がいたところも結構田舎だったしそんなもんかしら!」

 

 

彼女はいかにもな不審者であるその姿を持ちながら、一切隠すことなく堂々と歩く。

そのためT村のような田舎ではあまりにも目立ちすぎており、

即座に村人に存在が知れ渡ることとなった。

 

「なんじゃ、あの怪しい女は?針なんか持っとるぞ」

「あれだけ目立つんじゃ。誘拐犯や殺し屋っちゅうこともないじゃろうが…」

「オラは他の連中に知らせてくるわ。なんかあったら皆でとっ捕まえてやるわい」

 

T村は好戦的な村人が多い。

強盗集団がやってきたときは、逆に村総出で襲い掛かるくらいである。

今回は何事もなく終わるのだが、

村人はいざというときのために武力行使の準備をしていたらしい。

 

 

 

 

「あらぁ、ここがドクターKの隠れ家ね。なかなかイカしてるじゃない」

 

安心沢が向かったのはKの診療所だった。

外観を少し眺めた後、玄関の扉をドンドンと叩いた。

少し経つと、中からKが顔を出した。

 

「はい、どちら様ですか?」

 

「初めましてぇ~!あなたが伝説のドクターKね!

あたしは安心沢刺々美、伝説の笹針師よ!わぉ、あんし~ん☆」

 

露骨に怪しい話し方をする安心沢。

Kは眉を顰めながらもまだ冷静に対応する。

 

「…笹針師がどのようなご用件ですか?」

 

「ふっふっふ、何を隠そう、このあたし!

天才的な才能を持ちつつも、まだ笹針師としての実力が足りないのよぉ~!

そ・こ・で!伝説の医師と言われるドクターKがここにいるって聞いたもんで…」

 

そこで安心沢は頭を深々と下げた。

 

「あたしに笹針を教えてください~!」

 

「帰れ」

 

Kがそう言うと、玄関のドアが閉まった。

 

 

 

 

「ちょちょちょちょ~っと待って!!冷たすぎるわよぉ~!

少しくらい話を聞いてちょうだいよぉ~!」

 

即座に拒否された安心沢は、ドアを開けて強引に入ろうとしてくる。

 

「うちは弟子入りの募集なんてしておらん。他をあたれ」

 

「そう言わないで~!ドクターKならもんっのすごい実力を持ってるって聞いてるんだから!

そんな伝説のドクターに教わりたいの~!」

 

「断る。専門学校にでも行け」

 

Kは安心沢を押し出すと、再びドアを閉めた。

安心沢はまだいくらか騒いでいるようだが、

もう一度侵入しようとはしていないようだったのでKは診察室に戻っていった。

 

ところが…。

 

 

 

診療所を訪れた患者に対応するK。

 

「正造さん、今日はどうしました?」

 

「ああ、ちょっと腰を痛めちまってな。見てもらいたいんだが…

さっきな、なんか診療所の入り口で怪しい女がうろついておったんじゃ。先生は知っとるか?」

 

 

 

 

「大越さんは定期健診ですね。変わりはありませんか?」

 

「特に自覚症状はねえな。それより、玄関に変な女がいたんだがありゃなんじゃ?」

 

 

 

 

「四郎さん、今日はどうしました?」

 

「いでで…段差でこけちまって膝を打っちまったんじゃ。

痛みが引かないから見てもらいてえんだが…

ところで、入り口に不審な女が座り込んどったぞ。

たぶん村で噂になっとるやつじゃな…先生は見たか?」

 

 

 

 

往診から帰ってきた譲介も。

 

「ただいま戻りました。みなさん今日は特に異常なさそうでしたよ。

それよりK先生、玄関に針を持った変な女がいたんスけど知ってますか?

今麻上さんが話をしてくれてるんですが…」

 

Kはその話を聞くと、頭をボリボリと掻いてため息を漏らした。

 

「ふう…。思っていたよりしつこい奴だ。仕方ない…」

 

Kは仕方なさそうに玄関へと歩いて行った。

 

Kがドアを開けると、地べたに座り込む安心沢と、それと会話をする麻上の姿があった。

 

「あっ、K先生。えーと…この方がK先生に用事があると言っているんですが…」

 

「ドクターK~!戻ってきてくれたのね!ありがと~!」

 

「はあ…玄関にいられると迷惑だ。

話だけは聞いてやるから中に入れ、それで満足したら帰ってもらう」

 

「やったわ!これでようやくあたしにも春が…!」

 

「いいから早くしろ」

 

 

何とかKの診療所に入ることを許された安心沢。

本人は上機嫌だが、Kたちは不審者を相手する態度である。

 

 

「さて…結局君は何がしたいんだ?」

 

「よーし!ドクターKの部下さん?もいらっしゃるようだし。

ちゃんと自己紹介をするわね!ぉほん!何を隠そう、このあたしこそ―――」

 

そう言うと安心沢はビシッとしたポーズを取った。

 

「数多のウマ娘を(たぶん)導く救世主!

奇跡の腕を持つ(自称)伝説的笹針師!

その名も『安心沢刺々美』よっ!ワォ、あんし~ん☆」

 

「「「……」」」

 

診療所内に、冷たい空気が流れた。

 

「ワォ、あんし~んしてなさそ~う☆」

 

「なるほど話はわかった。じゃあこれからも頑張ってくれ。

譲介、安心沢さんがお帰りだそうだ」

 

「はいK先生。それじゃ行きましょうか安心沢さん」

 

譲介が安心沢の腕を掴んで玄関に向かって歩き出した。

 

「ま、待って待って待って!今のはちょっとした茶目っ気よぉ~!

もうちょっと話を聞いて~!!」

 

「うっ…!?この女、結構力が強い…!」

 

譲介に引っぱられながらも、その場で踏ん張る安心沢。

Kはあきれた表情で話しかけた。

 

「話があるならさっさと話せ。こっちは遊んでるやつに付き合う暇はない」

 

「おほん。ちょ~っと空気が読めていなかったようね、謝るわ。

それであたしの目的は…ドクターKには言ったけど、あたしをあなたの弟子にしてほしいの!

あたしに笹針を教えてくださ~い!!」

 

安心沢はそう言って再び頭を下げた。

 

「なら俺もさっき言ったな、うちは弟子の募集などしていない。

それに奇跡の腕を持つと言っているのだから十分だろう。

それじゃ話はこれで…」

 

「待ってってば~!さっきのは茶目っ気って言ったでしょ!?

あれはちょっと調子に乗っちゃっただけで…あたしはまだ実力が足りてないのよ~!」

 

「だからってなんでうちに来た?笹針を学べる場所はほかにいくらでもあるだろう」

 

「それはね…あなたのことを師匠から聞いていたのよ。

あたし、伝説的笹針師の師匠の下で10年間もお茶くみ…もとい、修業をしていたの。

その師匠は本当にすごいのよ!?も~いろんな人をブスブスっと救ってたんだから!

でも年のせいか病気しちゃって、寄る年波には勝てないって言うんで数年前に引退しちゃって。

そこからあたしが独立して仕事を始めたんだけど…

たま~~~に!失敗しちゃうこともあるのよね、そのせいであんまり人気ないのよ。

学園に行ったときは職員に見つかると追っかけまわされるし…。

それで思い出したの、伝説の師匠も認めるような凄腕の笹針師が他に1人いて…

その名はドクターKっていう、これまた伝説の医師だって人のことを!

だからここを見つけて来たってわけ!」

 

「ふむ、笹針は俺もある程度できるが…君の言うドクターKはおそらく俺ではないな。

先代ドクターKのKAZUYAさんのことだろう」

 

「えっ!?ドクターKって先代とかがあるのぉ!?」

 

「Kの名は代々受け継がれていくものなのだ。

確かにKAZUYAさんの針の技術はものすごかったと聞いている。

麻酔なしで手術ができるような、痛み止めの秘孔を簡単につけるほどだったらしい」

 

「まぁ、すごいじゃない!師匠が認めるだけのことはあるわね!

あれ、そのKAZUYAさんというのは先代ドクターK…もしかして引退なさってるの?」

 

「ああ、亡くなった。だから君の望みをかなえることはできない。

それじゃお帰りを…」

 

「ちょっと、すぐ追いだそうとしないでよぉ~!

師匠から聞いたドクターKが亡くなってたとしても、

あなたはそれを継いだドクターKなんでしょう!?

だったら凄い腕を持ってるわよね!?あたしに教えてください~!」

 

「ある程度はできるが俺の専門ではない。

君の師匠には及ばないだろう、俺では力不足になる」

 

「そ…そんなことないわ。

あなたではないみたいだけど、ドクターKのすごさは聞いてるもの。

その道20年のベテランを100点としたら、

ドクターKは専門外のことでも最低150点はつけられる腕前って!

お茶くみでも掃除でもなんでもするから~!

おねがいおねがい!あたしにチャンスをちょうだいよぉ~!!!」

 

ものすごい勢いで頭を下げる安心沢。

それを見たKは少し考えたのちに言った。

 

「断る」

 

「ど、どぉして~!?」

 

「しつこいからはっきり言ってやろう。君には『真剣さ』が足りない」

 

「し…真剣さ…?真剣さなら十分あるわよぉ…!

立派な笹針師になるために、何だってやる覚悟をしてきたんだもの…!」

 

「俺が言っているのは『命に対する真剣さ』だ。

笹針は鍼灸やマッサージと同じように、医療行為の一種とはいえ命にかかわることは滅多にない。

だが、患者の体に触れ、何が悪いのか、何をよくしたいのかを読み取り、

患者の信頼を受けてその体に針を刺す。それは医者の手術と同じようなもの。

そこに命はかけていなくとも、技術者としての魂はかけなければならない。

俺たち医師は常にその中にいる。この診療所もそう…看護師の麻上くんも、

勉強中の譲介も、『患者の命を救うために行動する』、この確たる理念で生きている。

しかし君はどうだ?先ほど『なんだってやる』と言ったが、

それは『患者のために』か?それとも『自分のために』か?」

 

「そ…それは…」

 

Kに指摘され、狼狽える安心沢。

 

「さっきの話を聞く限り、君は患者を救うためじゃなく、

自分の地位や名声を望んで笹針師を目指しているようだな。

そんな者に教えることは何もない。これ以上俺が話すことは何もない。

お帰り願おうか。譲介、バス停まで連れてってやれ」

 

「わかりました。それじゃ行きましょう」

 

譲介が安心沢の肩に手を置くと、安心沢は無言で俯きながら立ち上がった。

真剣さがないとはっきりと言われ、反論する言葉や食い下がる元気も出なくなったようだ。

譲介と安心沢は2人で外へと出て行った。

 

残った麻上が呟く。

 

「あの人なんなんでしょうね。師匠のもとで10年修行をしたらしいですし、

その後この診療所まで来るくらいだから熱意自体はあるんでしょうけど…

言動が明らかにふざけてますね。K先生の言った通り、真剣さがないと思います」

 

「KAZUYAさんのことを知っていたようだし、師匠と言うのは確かに実力があるのだろう。

そのうえで10年間お茶くみをしていたと言っていたが、

お茶くみだけなのは冗談としても施術を行うことはほとんどなかったようだな。

それはその師匠も俺たちと同じことを感じたからだろう。

筋はあるが笹針師としての真剣さがない、まだ施術をさせる段階にはないと」

 

麻上が意外そうな顔をした。

 

「あ、筋はありそうなんですか?」

 

「一応な。持っていたあの笹針、手入れはきちんとされていたようだ。

道具の扱いには人のなりが現れる。その点においては悪くはない」

 

 

 

 

バス停に向って歩く譲介と安心沢。

安心沢はトボトボと歩きながら、悲しそうに独り言をつぶやいている。

 

「ぐすんぐすんっ…。ボロボロに言われちゃったわ。あたし、もうダメなのね…」

 

譲介はしばらくの間黙っていたが、バス停についてから安心沢に話しかけた。

 

「よければ聞かせてほしいんですが…あなたはなぜ笹針師を目指してるんですか?」

 

「えっ…?あたしが?なんで…なんでかしらね。

うん、きっと他に何もできることがないから…かしら。

あたしは妹がいるんだけどね、その子はとっても優秀な子なの。

ビューティー安心沢って知ってるかしら?服のデザイナーで名も売れてるわ」

 

「ビューティー安心沢…名前だけは聞いたことがありますね。

あなたの妹さんなんですか」

 

「そ。あの子は小さいころからデザイナー気質でね…

小学生のころは四六時中自分が考えた服の絵を描いていたわ。

才能もあったんでしょうけど、好きこそものの上手なれって言うわよね。

毎日毎日楽しそうに服をデザインして…成長しても同じまま。

学校もそういう方面に行って、卒業後は独立してデザイナーになった。

それはとても喜ばしいことだし、あたしも嬉しかったわ。

 

だけど…それと比べるとあたしは、って劣等感を感じてたのよね。

やりたいことが何もなかったから、やりたいことに真っすぐ向かっていく妹が眩しかった。

あたしが笹針師を目指したのは『なんとなく』だったの。

偶然師匠に拾われて、そこで笹針を教えてもらったわ。

楽しいとは思ったけれど、あたしの意志とは言えないでしょうね。

さっきドクターKが言ってたわね、あたしには真剣さがないって。

それを師匠も気づいていたのね。

だから一度もあたしだけで施術をさせてくれたことは無かったわ。

師匠が病気で引退になっちゃっても、でもあたしはこの生き方しか知らないの。

だからどうしても立派な笹針師になりたいのよ、これしかないから…!」

 

譲介は安心沢の話を聞いて、思うところがあった。

 

(この人は昔の僕と同じだ。卑屈になって、やりたいことがない。

偶然得られた機会で医学の道に進み、だけど歪んだ考えのまま。

それを問題だと理解できても自分を変えられなかった、昔の僕に)

 

「安心沢さん…僕も、あなたと似たようなものでした。

僕は何もやりたいことがなく荒れた生き方をしていた。

でも偶然医学を学ぶ機会を得て、今はK先生に師事しています」

 

「あなたは…譲介くん、って呼ばれてたわよね?

譲介くんは立派なのね。ドクターKの弟子になるなんて」

 

「僕はそんな立派な人間じゃありませんよ。

医学を学ぶようになったきっかけは医学は人を支配できるもの、そんな認識だったんです。

人を救うことなんて頭になく、自分がいかに優れているかを誇示するための道具だった…

でも、あるときそれが間違いだと気付きました。

そしてそんな自分を変えたくてK先生に教えてくれるようお願いしました。

初めは歪んだ理由だったけれど、それでも今は医学と出会えたことに感謝しています。

今は少しでもK先生に近づけるように勉強しているところです」

 

「そうなの…。ふふ、やっぱり立派に見えるわ。あたしとは大違いね」

 

「あなたの姿勢は僕から見ても真剣さが足りないと思います。

しかし、K先生が言っていたことを覚えていますか?

『真剣さがない、自分のため、そんな者に教えることは無い』。

これって裏を返せば、あなたが真剣だったら受け入れてくれたってことだと思うんです」

 

「えっ、そ、そうなのぉ?でも弟子の募集なんてしてないって言ってたわ」

 

「確かに募集はしていませんが、K先生は人を受け入れてくれますよ。

僕も看護師の麻上さんも、ボロボロの所を拾ってもらえてここにいるんです。

今は独立したそうですが、昔は富永さんという弟子もいたそうです。

だからきっとあなたも…K先生が認めてくれれば」

 

「認めてくれれば、ね。あたしに…できるかしら…?」

 

「さっきも言いましたが、あなたには真剣さが足りません。

根底にある意識を変えるのが簡単に行かないことは僕も身を以て知っていますが、

もしそれができたらもう一度話をしてみる価値はあると思います」

 

安心沢はしばらく沈黙したのち、ベンチから立ち上がった。

彼女の表情に、いくらかぼ気力が宿ったように見える。

 

「譲介くんありがとう。あたし、帰る前にもうちょっと考えてみるわね。

あたしに真剣な気持ちがあるって思えたらもう一度頼んでみる。

でもそういう気持ちになれなくて…ダメそうだったら諦めるわ」

 

譲介は安心沢の様子を見て少し微笑んだ。

 

「そうですか。あなたの中にもそういう気持ちがあること、祈ってますよ」

 

「うん。それじゃ、縁があったらまた会いましょうね」

 

安心沢はバス停から離れ、1人でどこかへ歩いて行った。

その後ろ姿を見届けた譲介。

 

「ふう…少しは考えが変わってくれたかな。

ああやって反省する気持ちがあるなら、真剣な気持ちもあると信じたいもんだ」

 

診療所に戻りながら、追い出すときのKの顔を思い浮かべる。

不信感だらけの安心沢に対しても、そこには嫌悪感などはなかったように思える。

 

「K先生、まだバスが来るまでにだいぶ時間がある状態で、

僕を名指ししてバス停に連れて行けと言ったってことは…

こういうことでいいんですよね」

 

譲介は、これはKからの安心沢を励ましてやれというメッセージだと受け取った。

自分の経験から、彼女に共感できるところがいくつかあった。

あれだけ歪んでいた自分も変わってきたのだ。彼女にだってできる可能性は十分ある。

今はその可能性を信じたいところだ。

 

「しかし1人で歩いて行っちゃったけど、安心沢さん大丈夫かな?

この村は公園も喫茶店もないし、ちょくちょく熊も出るんだよな」

 

 

譲介の心配をよそに、安心沢は持ち前の不審者スキルを駆使して立派な隠れ家を構築していた。

森の中の綺麗な水の湧くポイントの近く、太い木の上に寝床を作った。

 

「都会と違って橋の下とかは使えないけど、木がたくさんあるから楽ちんね!

木の上なら森の熊さんが来ても登ってこられないでしょ!ワォ、あんし~ん☆」

 

 

安心沢は木の上に陣取ると、Kや譲介に言われたこと、自分の真剣さについて考え始めた。

 

「真剣さねぇ…あたしが笹針を純粋に人のためと思っていた時期ってあったかしら?」

 

安心沢が笹針と出会ったのは偶然のきっかけだった。

笹針そのものは珍しくないが、笹針を強烈に意識することになったきっかけ。

 

それは安心沢が中学生のころ。

そのころの自分は将来やりたいことがなく、学校に行く意味が分からなかった。

周囲の友人と話をすると。

 

『私は将来パティシエになりたいの!だから製菓学校に行こうかと思ってるわ』

妹と同じく、将来に明確なビジョンを持っている友人もいれば、

 

『将来?全然決まってないよ~。テキトーに行けそうな学校行って、

テキトーに入れそうな会社探すかな。世の中の人って大半がそんなもんでしょ?』

自分のように何も目標がない友人もいた。

 

しかし自分が違うのは、やりたいことがないからと言っても、

「じゃあ適当にやればいい」という考えになれなかったことだ。

目標もないのに意味もなく学校に行く、それに意味を感じなかった。

目標がない人間でもなんとなく生きられるような人間に育てる、

それが学校というものなのだろうが、自分はそれになじめない爪弾き者だった。

 

だから学校に行く気があまり起こらず、サボってどこかに出かけることが多かった。

かといって不良と言うわけでもなく、なにかあればいいなと言う漠然とした気持ちの元、

いわゆる自分探しをしているようなフラフラとした状態。

 

そんなある日。

バスに乗って移動をしていた時、居眠り運転の車にぶつけられ、乗っていたバスが横転した。

死人こそいなかったものの多数の怪我人が出て、自分も腕を骨折して全身打撲。

痛みにあえいでいる、その時に出会ったのが師匠だった。

偶然居合わせた師匠は、救急隊員が来るまでの一時的な対処として、

怪我人たちに笹針による麻酔を施していた。

痛みがスッと軽くなり、笹針とはなんてすごいものなのだろうと感心した。

笹針を施してくれたことに感謝するとともに、

たくさんの怪我人を楽にしていく姿をカッコいいと思い、

そしてたくさんの人から感謝される姿を見て羨ましい、自分もそうなりたいと思った。

誰かのようになりたい。こんな思いは初めてだった。

 

怪我が治った後であの時の笹針師を探して方々を歩き回った。

ようやく見つけたその笹針師に半ば無理やり弟子入りをした。

初めは基礎のキすら知らなかった完全ド素人の自分を、よく受け入れてくれたものだと今は思う。

普通に考えたらドクターKのように断るだろう。

基礎から技術を教えてもらい、専門学校に通う時期もあり、

決して1人で施術をさせてくれることは無かったが、助手として仕事を手伝った。

 

弟子入りをしてから約10年。師匠が年のせいか病気がちになり、引退することとなった。

しかし自分はまだ独立できるような実力は持ち合わせていなかった。

だから師匠が別な笹針師の所へ紹介してくれる話も出たのだが、

その時の自分はいまだに独り立ちさせてくれなかったことへの苛立ちを募らせていた。

今考えると、技術だけではなく精神面の未熟さも原因だったのだろう。

体よく断るため、また学校に行くなど自分で道を探すと言って師匠と別れた。

 

そしてその後、好きなウマ娘が集うトレセン学園を訪れ、

成功したり失敗したりしながら腕を振るってきた。

だが元々無許可で侵入して勝手に施術を行っているため学園側からは常に警戒されているし、

最近は入り口の監視カメラにAIを搭載して、

自分が近づいたら即座にたづなさんが飛んでくるようになってしまった。

さすがにこれはいかんと思い、きちんとした実力を得て学園の許可を得るべく、

師匠が話していた凄腕の笹針師、『ドクターK』に弟子入りをしようと考えたのだった。

 

 

「ダメだわ~!考えてみると、最初からずっと真剣さなんてないわ~!

今もう一回勉強しようとしてるのはウマ娘ちゃんの近くにいたいから。

師匠に憧れたのは人を助けているからじゃなくて単にカッコよかったから。

そのあとずっと師匠の下にいたのは他に何もやりたいことがなかったから。

そのくせ…独立させてくれないことにイライラして、

1人で無許可な施術を行って…何よもう、全然ダメじゃない!」

 

安心沢は頭を抱えた。

真面目に考えれば考えるほど自分の愚かさが浮き彫りになる。

 

 

『ごめんなさい、間違えたみたいね…。ワォ、さようなら~!』

『あらぁ、失敗しちゃった!?…ワォ、さようなら~!』

『ん…!?間違えたかしら…!?ワォ、さようなら~!』

 

 

施術をしたとたんに体調を崩したウマ娘を見て逃走したことが何度あっただろう。

 

「何してんのかしらね、あたし」

 

じっくりと考えてみてわかった。

人を救うことなんて自分には向いていないらしい。

真剣さも考えてみる限り全然思い出せなかった。

やはり諦めるのが一番いいように思えた。

 

「譲介くん、励ましてくれてありがとうね。

でもやっぱりダメだったみたいだから…このまま帰るわ。さよなら」

 

安心沢は村から離れるために歩き出した。

時刻は既に夜になっており、バスは無くなっているし辺りも暗い。

しかしこの状態で村にいる気も、バスに乗るために朝まで待機する気も起きなかったので、

街まで歩いていくことにした。距離はだいぶあるが、一応歩いていけない距離ではない。

 

「あーあ。笹針師をやめるとしたら次は何したらいいのかしら。

他に取り柄なんてフルマラソンの大会で優勝できることくらいしかないわ。

ウマ娘ちゃんたちよろしく陸上選手でも目指そうかしら…」

 

そんなことを考えながらしばらく歩いてた時。

道端からガサガサと物音が聞こえた。何者かの気配もする。

 

「うひょぉっ!?もしかして熊さんかしら!?

いくらいい女だからってあたしを食べるのはやめてちょうだい~!」

 

安心沢が身構えるも、特に襲ってくることは無かった。

様子をうかがってみると、そこにいたのは1人の男だった。

襲ってくるような感じではなく、むしろ息も絶え絶えと言う様子である。

 

その男はその男で、安心沢のことを夜道を1人で歩く変な格好の女だな、と内心思いつつ、

もはやなすすべがないので縋るような気持ちで声をかけた。

 

「あー…ようやく人を見つけたよ。

道に迷って、ようやく道路を見つけたのは良かったんだけど、もう歩けなくてね…

申し訳ないけど助けてもらえないかな…?」

 

「あらぁ、大変!道に迷ったって遭難でもしたの?」

 

「恥ずかしながらその通りでね。登山に来たのは良かったんだけど、

ミスって地図やスマホや食料を入れたリュックを崖から落としちゃって。

道がわからなくなって3日くらいさまよってたんだが、やっとこの道路を見つけたんだ。

道をたどればどこかに行けるんだろうけど、でももう疲れて動けなくて…

救急車とかを呼んでくれると助かるんだが…」

 

「救急車ね、ちょっと待って!」

 

安心沢が連絡するためにスマートフォンを取り出すと、

そこに表示されたのは無慈悲な『圏外』の文字。

 

「あっ!ここ電波届かないから呼べないわ!どうしましょ…!?

と、とりあえず…あたしも食料は持ってないけど水ならあるからこれを飲んでちょうだい。

少しは楽になると思うわ」

 

「ああ、ありがとう…!助かるよ…!」

 

男性は安心沢からもらった水を飲み、少しだけ元気が出たようだ。

 

「どうかしら、15キロくらい歩けば近くの村までたどり着けると思うけど歩ける?」

 

「ちょ、ちょっと無理かなァ…。車が通るまで待つしかないかな…?」

 

「うーん、この道って車通りが殆どないっぽいのよね。

朝まで待っていればバスとかが通るとは思うけど…

この辺は熊も出るらしいの。下手に待ってると熊さんのご飯になっちゃうわ…」

 

「確かに…俺も迷ってる間に2回くらい熊らしい姿を見かけたんだよね」

 

安心沢はどうしたものかと考え、一つ名案を思いついた。

 

「そうだ!あたし笹針を持ってるの!これで元気が出る秘孔を突けばいいわ!

そしたらもー、メキメキモリモリと元気が湧いてくるわよ!

そうすれば村まで歩けるくらいの体力は回復するはず!」

 

「き、君は笹針師なのか。元気が出るって本当かい?」

 

「ええ、伝説的笹針師の下で10年も修行したんだから。あたしに任せて!」

 

「それなら頼むよ、なんとか歩けるようになればいいから」

 

「よーし、出でよ笹針!見つかれ秘孔!それじゃブスっと…」

 

安心沢がいざ男性に笹針を刺そうとしたとき、脳裏にKの言葉が浮かんだ。

 

 

『君は命に対する真剣さが足りない』

 

 

「っ…!」

 

安心沢の動きが止まった。

ブスっと大成功することだけを考えていたが、もし失敗したらどうなるだろう?

今まで失敗してしまったウマ娘たちは、刺した途端に見る間に体調を崩していた。

あの時は元が健康なウマ娘だったからそれほど大きな問題にはならなかったのだろうが…

この男性は今にも死にそうなほど衰弱している。

これでもし失敗し、体調を崩すような悪影響が出たらどうなる?

最悪の場合、自分が施した笹針が原因で命を落とすかもしれない。

 

(ドクターK…!笹針でも命に関わる場面、あったみたいよ…!)

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