スーパードクターU   作:黒い平方四辺形

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光の先へ(前編)

 

太陽に照らされ、観客の熱気にあてられるレース場。

そのコースの少し手前、薄暗い地下バ道で佇む1人のウマ娘がいた。

 

「今回の成果が証明されれば、私の研究は新たな領域へスタートできる。

さあ、いざ!行ってみようじゃないか!」

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

私の名前はアグネスタキオン。

夢に向かって走り続ける、ごく一般的なウマ娘さ。

 

このトレセン学園は、ウマ娘が在学する学校としては国内最高峰の成績を誇る。

ここに来るウマ娘のほとんどは、高い実力と高い目標を叶えるために来ている。

無論私もその1人…なのだがね。私の目標は他のウマ娘とは少々異なるようで。

おや。先ほど言った、一般的という言葉と早速矛盾してしまったかな。

 

三冠や無敗を求めたり、ティアラ路線を走ったり、

ほとんどのウマ娘は自身の走りと成績を求めているのに比べて、

実は、私は私自身の成績にはそれほど興味がない。

 

私の求めるもの…それは『ウマ娘の肉体の可能性』を追い求めることなのさ。

 

その欲求に至ったのは私が幼いころ、それこそ物心ついたころから抱いていたものだ。

ウマ娘の肉体にはいまだ謎が多い。私はそれに興味を持った。

そして都合のいいことに、私がまさにそのウマ娘!

研究に必要な被検体が、こんなにも身近にあるだなんて、私はなんて幸運なのだろう!

 

…ところが世の中そうはうまくいかないらしい。

研究データ取得のために何度か走った時、すぐにそれに気づいた。

それは私の脚。骨は軋み、筋肉は締め付けられるようだった。

たった数回走っただけで自覚症状が出てしまう…私の脚は、脆かったのだよ。

 

それを理解した時、私の研究プランは再考を余儀なくされた。

諸々を考慮したうえで至ったプランは2つ。

 

1つは、私の脚が壊れないことを前提としたプランA。

脆さを感じてはいるものの、まだ具体的な障害が発生しているわけではない。

壊れないように脚の強化を目指し、仮にそれがうまくいかずとも、

運が良ければこのまま研究が完成するまで持ってくれるかもしれない。

そういう淡い希望が叶うことを前提とした理想のプランだ。

 

そして2つ目は、走りについてはだれかに託すプランB。

私が走れないのなら、他に走れる誰かを見つけて託せばいい。

研究自体は脚の有無にかかわらないのだから、新たな被検体が用意出来ればそれでいい。

もちろんこちらは望ましくないプランだ。自分で完結できるに越したことは無いからね。

しかしプランAが遂行できる可能性は低いのだから、

このプランBを考慮に入れた生活をしなければならないだろう。

 

私は研究のためにこのトレセン学園に来た。

ここならば多くの優駿が在学するため、私の目的に合致したウマ娘に出会える可能性も高くなる。

それに、質の高い環境ならば私の脚の延命ができ、プランAの成功率を高めること、

成功に至らずともいくらか延命できればプランBまでの余裕ができること。

こう考えるととても効率的な選択だったと思う。

まあ、研究を優先しすぎたせいで不良扱いされ、退学寸前まで至ってしまったがね!

 

だがある時、私にとって予想外な出来事が起きた。

私とトレーナー君との出会いだ。

 

その時の私は、学園にあまり魅力を感じなくなっていた。

トゥインクルシリーズに挑む多くのウマ娘が集まるこの学園、

データの収集という点では非常に効率的だ。

しかしその一方、そこに在学する学生として、私にも様々な制約が生まれていた。

授業に出る、レースに出る、指導を受ける。

学園に所属する生徒なので当然としか言いようのない義務なのだが、

それが私の研究を妨げる要素であることも事実。

データは名残惜しいがこの学園を離れ、研究に没頭できる環境に身を移すつもりだった。

 

そこで出会った1人のトレーナー。

彼はずいぶんと狂った色の目をしていてね。

私が所持していた得体の知れない薬品を一気飲みしながら、

私と共に『可能性を、果てを見たい』と言っていた。

それが私にとっても面白くてね、普通の人間に興味が湧いたのは初めてだったよ。

被検体となることも厭わないということで、彼と一緒ならばここに残る価値もあると判断。

それで今に至るというわけだ。

 

しかし研究を続けるうえで自覚していく、プランAの難しさ。

やはり私の脚の温存は不可能と判断せざるを得なかった。

研究はプランBへ全面移行させなければいけないらしい…。

その分岐点があの皐月賞だった。

危なげなく得た勝利、周囲は誰も私の抱える問題に気づいていない。

でも私はあの時に、いつ壊れるともしれない亀裂のようなものを感じたんだ。

 

こうなれば仕方ない。プランBに移行した今、自分の脚がどうなろうと構いやしない。

それならば壊れるまで使い潰してやろうと思い、日本ダービーも走ったし、

同様に月桂杯も出るつもりだった。

 

だがあの時。

あの時、彼があんなことを言ったから。

 

『君と一緒に、限界の先へ行く』

 

私らしくもない、非効率的な道を歩みたくなってしまったんだなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

Kの診療所でテレビを見る富永。そこに流れるニュースでは、

『アグネスタキオンの月桂杯辞退』の文字がでかでかと表示されていた。

 

「あーあ、またアグネスタキオンが変なことしてるよ。

実力はあるウマ娘なのに、こういうことされちゃうからいまいち推せないんだよなァ」

 

ニュースを見ながらぶつぶつと文句を言う富永。

一緒に見ている麻上も軽く同意したようだった。

 

「ですねぇ。私もタキオンさんの走りを初めて見た時はビビっと来てファンになったんですけど、

あんまりやる気を感じられないのはちょっとな…って思っちゃいます。

実力はあるのに走るのは好きじゃないんでしょうか?」

 

「まあそういう人もたまにいるよね。

なんかトレーナーのことをモルモット扱いして人体実験してるって噂だし…

ちょっと危ない子だよねえ」

 

 

【麻上夕紀】

Kの診療所に勤める看護師。とある事件に巻き込まれて酷く傷つき、

自殺を図っていたところをKに救われ、その後Kと共に働くようになった。

看護師としてはかなりの実力を持つ。

 

 

 

「でも富永先生と麻上さん、彼女の皐月賞やダービーの走り見ました?

あの時の走りは凄く気合が入ってるように見えましたよ。

とてもやる気がないような人には…」

一也もアグネスタキオンの走りを何度か見たことがあるらしく、

その時の姿を思い起こすと、走りに関しては真剣だったと感じていた。

 

「一也くんもあれを見たのかい?いや、確かにそうなんだよね。

走ってるときそのものはやる気を感じるんだけど…

その割にデビューの時点で出走を渋ってたみたいだからよくわかんないよ」

 

「何かしら、走るのは好きだけどレースは嫌い、ってことかも?

それにしたってもう少し外面というか、体裁よく立ち回ればいいのに。

やっぱり走りは凄いのよねえ。日本ダービーのこれ、ビビっときちゃうもの」

 

麻上が日本ダービーの映像を流すと、富永と一也もそれに見入った。

 

「うーん、本当走りは凄いや。だから惜しいよなァ。

ちゃんと頑張ってる姿を見せてくれれば大ファンになってたのに」

 

「やっぱり少しの手抜きもない、全力の走りに見えますね。

走る姿はとても美しいですが…」

 

 

3人がアグネスタキオンについて議論を交わしているところに、Kが帰宅してきた。

「帰ったぞ。む…3人で何を見ている?」

 

「K先生おかえりなさい。これはアグネスタキオンが走った日本ダービーのレースです。

月桂杯を突然辞退したってことで話題になってるのは知ってます?

レース中は綺麗な走りだしやる気も溢れてるのに何でああなのかなって話してまして」

 

「どれ。見たことは無かったが、これがアグネスタキオンの走りか。

確かに全力で走っているようにしか見えんな。

巷で言われているなまけ癖のウマ娘のイメージからは遠い…」

 

Kはそのレースをじっくりと観察する。

 

「ふむ…。まあ彼女も1人の人間だ。

俺たちにわからない彼女なりの事情というのがあるのだろう」

 

「そうスね。ウマ娘は変わり者も多いですし、彼女も気難しいタイプなのかな」

 

「……」

Kは少し考えるしぐさをしてから、通常の業務へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

数日後、トレセン学園。

 

「さてさて、再びのプラン変更とは予定が狂ったねえ。

一度諦めたプランをまた採択するなんて、いわばプランCと言おうか。

しかしどのような方法で向かっていくべきか―――」

 

アグネスタキオンがあれこれと考えながら学内を歩いていると、

大柄で黒いマントに身を包んだ男に声をかけられた。

 

「初めまして。君はアグネスタキオンさんですね?」

 

「むっ?いかにも私はアグネスタキオンさ。しかし…誰だい君は?

ここはトレセン学園、職員以外に男性はいないはずだがねえ。

なんという怪しさ。あれか、不審者というやつか?それともパパラッチかな?

通報されるのと、ウマ娘の力の前にひれ伏すのとどちらが良いかい?」

 

「怪しさなら、授業の時間だというのに散歩をしている君も大概ではないかな?」

 

「おや、痛いところを突くねえ。それで、いったい何の用だい?」

 

「私はK。医者をしていてね…君と話したいことがある」

 

「ふぅン、医者か。白衣じゃない医者というのもいるんだねえ。

そういえばこの学園には時折、針で肉体強化を図る医者のような不審者が出現すると聞くが、

あれは君のことだったか」

 

「針で…?私も注射針なら持っているが…それは人違いですね。

おそらく笹針師というものでしょう。笹針は医者とは異なります」

 

「なんだ人違いか。君はちゃんとした医者なのだね?

まあいいだろう、ちょっと考えが行き詰ってたところでね。

気分転換にはよさそうだし話を聞こうじゃあないか」

 

そうしてアグネスタキオンに連れられ場所を移す2人。

木陰で気持ちのいい場所だが校舎からは遠く微妙な位置にあるベンチ、

他人に見つかりづらいためアグネスタキオンのお気に入りだった。

 

「ここはお気に入りの場所でね。校内からは見えない位置で、

人通りも少ないからサボっていても発見されにくいのだよ。

それで話とは何かな?私の研究に参加でもしていただけるのかい?」

 

「今日私が来たのは君の脚の話だ。

アグネスタキオンさん…君は脚に何か問題を抱えているのではないか?」

 

Kはアグネスタキオンの脚を見つめて言う。

アグネスタキオンは一瞬耳をピクリと動かし、動揺した気配を見せた。

 

「なんだ、参加志願者ではないのか。しかし変なことを言うね。

自慢になるが…私は皐月賞とダービーを制したウマ娘だよ?

最高とは言わずとも、十分な実力があると自負しているんだが。

それとも何かな、あの走りを見ても私が手を抜いているとか、

もしくは足に問題があって力を出し切れていないとか、そういうふうに思ったのかい?

それならとんだ思い違いさ。私は全力で走り切れているよ」

 

それでもアグネスタキオンは表情を崩さずに答える。

しかし他者の動揺を見ぬくのはKにとっては朝飯前である。

 

「ふ…人は何かをごまかそうとするとき饒舌になるものだ。

やはり君も自分で問題を感じているんだな?」

 

「む…もったいぶるようなことを言うねえ。

言いたいことがあるならはっきり言ったらどうなんだい?」

アグネスタキオンはムッとした表情で言う。

 

「うむ、ならばはっきりと言わせてもらうが…

君は『自分の体が壊れてもいい』という気持ちで走ってるだろう。

俺が感じたのは『力を出し切っていない』とはむしろ逆、

『すべてを絞り出そうとする覚悟』を君から感じたのだ」

 

「…何を見てそう判断したのか、お聞かせ願えるかな?」

 

「君のダービーの走りを見せてもらった。あの時の走りはまさに全身全霊。

魂を込めた走りと言っていいような走りだった。

だが君の昔の走りを見てみた時…自身の全てを賭けて走るその姿に疑問を持ったのだ。

皐月賞の走りと比べてもやはり違いを感じたよ。

『未来を見据えた走り』と『今だけを見た走り』、その違いをな」

 

Kの言葉を静かに聞いていたアグネスタキオン。

しばらく無言で考え事をしていたが、ようやく口を開いた。

 

「……ずいぶん的確な分析だね。ここで無暗に否定して、他言されても困るな。

ハッハッハ!認めるとも!君の言う通りさ!

トレーナー君や、私と交流のある他のウマ娘にも気づかれていなかったから、

誰にも気づかれていないと思っていたんだがねえ!

まさかちょろっと見ただけのお医者様に看破されてしまうとは予想外だったよ。

どうだろう?他言しないでくれるのならば、詳しい経緯を話してもよいのだが。

ほら、医者には守秘義務というものもあるのだろう?よもや断りはしまいね?」

 

「ああ、他言はしない」

 

「それならば話しておこう。私の求めるものを―――」

 

アグネスタキオンは自分のプランについてかいつまんで話した。

そして今、自分の脚に限界を感じプランBを選んだこと。

だがその覚悟を揺らがす出来事があり、プランAを続ける方法を模索していること。

 

「そういうわけでね。君は脚を大切にしろと言いたいのだろうけど、

ちょうど大切にしながら研究ができるような方法を考案しているところさ。

だから心配してもらわなくて結構だよ」

 

「それならばちょうどいい。俺が来たのは君を諫めるためだけではないのだ。

君の脚を強くする、その方法があるからだ」(ギュッ)

 

「私の脚を強くする方法、だって…?ふむ…それは本当かい?」

 

「ああ、可能性は高い」

 

「ふぅン。私はずっとそれを研究してきたがいまだ見つからないのだがね。

まあでも、確かにあり得るか。

私は科学者として研究してきたが…医学方面からのアプローチはしていなかったな。

だが急に言われても信じるべきか?初対面の君を…」

 

構内に堂々といるくらいだから怪しい人物ではないのだろうが、

だからと言って自身の目的に役立つ人物とは限らない。

アグネスタキオンは品定めをするようにKの顔をジロジロと眺めた。

 

「……ふむ。君の目の色は随分と黒く深い色だね。

だがそれなのになぜだろう、君の目には眩しさを感じるよ。

初めて見たね、黒く輝く光というものもあるんだなぁ…。

よろしい。走りを見ただけで私を理解してくれた君を信じようじゃないか!」

 

「お眼鏡にかなったようですね。よし、それなら私の診療所に来てほしい。

そこには研究所も併設されていてね、その施設でないと作業ができんのだ」

 

研究所と聞いてアグネスタキオンの瞳が少し輝く。

 

「ほぉー!研究所!親近感が湧くねえ!そうだねぇ、医学もそういうものだものな!

医学と科学、見据えるものは違えども志は同じというわけだ!」

 

「では放課後になったら案内をしましょう。

授業が終わったら連絡を貰えますか?」

 

「いやいや、そんな面白そうなこと待っていられないよ!

善は急げというだろう?君の予定が良いのならすぐにでも向かわせてほしいね!」

 

「いいのですか?君は学生では?」

 

「既に授業をさぼってうろうろしている娘に話しかけておいて今更だろう。

そうだな、ちょっとばかし準備をしたいから30分後に校門で落ち合おう。

おっと。その研究所、規模はどのくらいか教えてくれるかな?」

 

「規模か…建物の大きさは広い家屋くらいだろうか。

研究者は私含めて数人というところですね」

 

「ほほう、私と同じく少数精鋭か。ますます興味深いねぇ。

では30分後。よろしく頼むよ」

 

 

30分後、アグネスタキオンは時間通りに現れた。

 

「やあやあ待たせたね。せっかくだから、

私の研究成果も参考になるかと思って少々持っていきたかったのだよ。

医学と私の科学が交われば新たな反応が生まれるかもしれないからね」

 

「それはありえますね。君もその若さでも科学者として一流だと聞いています」

 

「ハッハッハ、それほどでもあるよ。

しかし君、研究者仲間なんだしタメ口で構わないよ。

年下の私がこれだけ好き放題喋ってるのだから、そっちの方がバランスもいいだろう」

 

「そうか、ではそうさせてもらう」

 

「よし、いざ出発だ!」

 

 

 

 

 

Kの診療所では、一通り村人の検診を終えた富永がぐったりとしていた。

 

「かーっ、今日は不調な人が多かったなあ…すっごい疲れたよォ」

 

「お疲れ様でした、富永先生。皆さん喜んでましたよ」

 

「麻上さんもお疲れ様。いやーしかし、K先生は凄いね…

僕も麻上さんも村井さんも一也くんもいないときから1人でやってたんだから。凄すぎるよ」

 

「ふふ、まあK先生は年季が違いますからね。富永先生も十分ご立派だと思います」

 

「そう言ってもらえるとうれしいねぇ。K先生を追い越せる日を目指して頑張るよ!」

 

 

そうして診療所で富永と麻上が休んでいると、入口が開く音がしてそちらを向く。

 

「帰ったぞ。2人ともご苦労だったな」

 

「お帰りなさいK先生。聞いてくださいよ!

今日は足折ったとか言って藤沢さんちに飛んでったんスけど…」

 

「おっと、話は後だ。今日は患者を連れてきている」

 

「患者ですか?先生が直々に連れてくるなんて珍しいですね。

それでその人はどこにいるんです?」

 

「ん…?」

 

Kが辺りを見回すが誰もいない。

廊下を覗くと、別な部屋をのぞき込んでいるアグネスタキオンが見えた。

 

「おい、その辺を見回るのは後にしてくれ」

 

「おっと!すまないね。つい好奇心に駆られてしまった」

 

スタスタと早歩きしながら入室するアグネスタキオン。

 

「さて、ここがK先生の研究所かい!

随分と辺鄙な場所だと思ったけど、周りの景色からイメージされる通りの建物だねえ!」

 

彼女は楽しそうに辺りをジロジロと眺めている。

その予想外の訪問者に富永と麻上も驚きを隠せないようだ。

 

「うおっ、ア、アグネスタキオン!?患者ってアグネスタキオンですか!?」

 

「わあ、本物!こんなに近くで見られるなんて嬉しいわ!」

 

「ハッハッハ!お招きいただき感謝するよ!

こちらのお2人は部下なのかい?」

 

「そちらは富永と麻上、俺の診療所で働いてもらっている仲間だ。

君の治療も手伝ってもらうつもりだが構わないな?」

 

「いいとも、君の仲間なら他人へ情報を漏らすこともないのだろう?

宜しく頼むよ!」

 

「よ、よろしくです…。K先生、どういう話になってるんですか?

僕、何も聞いてないですけど」

 

「うむ…これからアグネスタキオンさんの治療を行うのだ。

お前たちにも少し手伝ってもらうことになるだろう」

 

「治療…怪我か病気でもあるんですか?」

 

「表現が難しいねぇ!体内に爆弾が発見されたとでも言おうか。

私の脚は今にも壊れそうなのだがね、それをどうにかしてくれるという話なのさ!」

 

「脚が壊れそう…!?本当ですか!?」

突然の登場に動揺していた富永だったが、

話を聞くと一転して真剣な面持ちとなる。

 

「おや、それを聞いた途端君の目の色が変わったねぇ。

なんだこいつは、という不安の目から一気に医者の目になったようだ!」

 

「脚の爆弾というのはなんですか?ジャンパー膝とか?」

 

「いや、そういった具体的な感じではないんだ。

抽象的で悪いがね…でも確実に感じるのだよ、脚が壊れる予感がね」

 

「なるほど…。K先生は原因についてアタリが付いてるんですか?」

 

「いや、治療法についてはある程度決めているがこれからきちんと調べる。

というわけで検査だ。アグネスタキオンさん、こちらへ」

 

「はいはい、よろしく頼むよ」

 

血液やその他もろもろの検査をし、Kが分析を始める。

 

「お疲れ様。分析が終わるまでしばらく待っていてくれ」

 

「ふう。体を他人にじっくり調べられるというのは少々疲れるね。

さて、どのような結果が出るのやら」

アグネスタキオンは少し背伸びをし、首を回して体をほぐす。

 

「お疲れ様ですタキオンさん。結果が出るまでは待合室に移動しましょうか。

お茶とコーヒーならどちらがいいかしら?」

麻上が退室を促しながら言うと、アグネスタキオンの耳が激しく揺れた。

 

「いやいや、そんなにサービスしてもらわなくても結構だよ!

私は客ではなく、むしろ助けてもらっている側なのだからね。

というわけでお茶は私が淹れるとも!給湯室の場所を教えてもらえるかな?」

 

「えっ?でもお客様はお客様ですし…」

 

「ふふ、麻上君は丁寧なのだねえ。ではこうしよう。

私を客だと扱っていただけるのなら、私の意見を尊重してほしい。

今日はご挨拶と思っていい茶葉を持ってきたのさ。

淹れ方にコツがあるのでぜひ私自らが淹れたいのだよ」

 

「う~ん…まあそこまでおっしゃるのならお任せしようかしら。

給湯室はあちらの部屋ですよ」

 

「なるほど、感謝するよ。では少々待っていてくれたまえ、いい茶を用意するから」

アグネスタキオンは荷物をごそごそと漁り、給湯室へ向かっていった。

その際に後ろを振り向いて一言。

 

「そうそう、私のお茶は緑茶ではないよ。紅茶さ」

 

 

数分後、人数分のカップを持って上機嫌でお茶を運んでくるアグネスタキオン。

 

「やあやあ、お待たせ。冷めないうちに飲んでおくれよ。

けっこういいところの茶葉でね、種類はディンブラと言うんだよ。

私の好みを言えば砂糖をたっぷり入れるといいのだが、

とりあえず無糖にしてあるのでお好みで入れてくれたまえ」

 

「ありがとうございます。

こっちでお菓子を用意しましたから、一緒に食べましょうね」

 

「これはありがたいねぇ。

ではこれは麻上君。こちらはK先生。こっちは富永君。

ではどうぞ」

 

「ありがとうございます」

「ああ、ありがとう」

「ありがとう!」

 

そうしてアグネスタキオンは3人の前にカップを置く。

だがこの時、彼女の目に妖しい光が灯っていたことに気づいた者は誰もいなかった。

 

 

 

「まあ、とてもいい香り。味も素敵ね、茶葉のほのかな甘みを感じるわ」

 

「うむ、確かにいい香りだ。淹れ方もしっかりしている。

尖った特徴のないバランスの取れた味だが、渋みは少々強めのようだな」

 

「ほんとですね、おいしいや。紅茶もいいもんだなァ。

この辺だと訪問検診で出してもらうのってほとんどが緑茶だから新鮮だよ」

 

「そうだろうそうだろう。ぜひその調子で感想を教えてくれたまえ」

 

 

(アグネスタキオン。評判は悪いけど、こうしてみると悪い子じゃないみたいだなぁ。

わざわざ紅茶を入れてくれたし、マスコミの偏向報道だったのかもしれないな。

よし!ちょっと気合入れて今回の件を手伝うぞ!なんかやる気が出てきた!)

アグネスタキオンを見つめる富永は、次第にやる気が出てきたようだ。

いつの間にか検診での疲労も回復し、力も漲っている。

 

「…ん?なんかやたらと元気が出て来たな…?これもいいお茶の効能か…?」

 

富永が自分の体調がよくなっていることに気づいたと同時に、

Kと麻上が怖れおののくような視線を自分に向けていることに気づいた。

 

「と、富永先生…!?」

 

「どうした富永、その脚は!?」

 

「え、脚?って…ええっ!?」

 

富永が自分の脚を見ると、なんとそこには…

黄緑色に発光する自分の脚があった。

 

「おわっ!な、なんだこれ!僕の脚が光ってる!なにこれ!?」

 

「人体が発光するなど俺も見たことがない…!

しかし原因として考えられるのは…アグネスタキオン。君が淹れた紅茶か?」

 

「アーハッハッハ!その通りさ!

いやね、彼の様子を見ていたらどうもお疲れの様子だったろう?

だから彼のカップには私が作った滋養強壮の薬を混ぜておいたのさ。

安心したまえ、無味無臭のものだから紅茶の味や香りに悪影響はないよ」

 

「味なんて知らないよォ!体の悪影響は!?これ治るんだよね!?」

 

「む、味というのは大切な要素だよ。私もかつては割と無頓着だった方なのだが、

最近はやはり味覚が人体に及ぼす影響についてそれなりに…」

 

「おい、そんなことを聞いているわけではない。真面目に答えろ」

Kが少し怒った顔でアグネスタキオンを睨む。

 

「ふふ、冗談が過ぎたようだね。

でも本当に大丈夫だよ。それは私やモル…トレーナー君も時折使用しているし、

稀に他のウマ娘やトレーナーにも提供しているんだ。

単なるエナジードリンクとでも思ってくれればいい。

体に悪影響はないよ、本当さ。疑うなら私も飲んだっていいよ」

 

「ほ、ほんとだろうね…?でもエナジードリンクだったらなんで体が光るんだ…?」

 

「それがねぇ、なんで光るのか作った私にも理由がわからないのだよ。

主作用は滋養強壮、光るのは単なる副作用だからね!

別に特殊な物質を配合してるわけでもないんだが、なぜだろうね。

発光の時間は大体6時間程度だよ。朝には消えているから安心したまえ」

ケラケラと笑いながら答えるアグネスタキオン。

 

「うむ…皮膚が光るのは俺にも意味が分からんな…。

皮膚の温度は通常と変化はないようだ。やはり生物発光か…?

指摘されるまで気づかなかったことから本人には違和感もないようだな。

皮膚表面でルシフェラーゼでも生成されているのか…?」

Kは富永の発光する脚を興味深そうに観察する。

 

「わからないねぇ。私も最初は理由を考えたものだが、

今の結論としては『悪影響がないならまあいいか』だ。

ほら、確か君たち医療の領域でも全身麻酔とか、

仕組みがよくわからないが効果があるから使おうってものがあるのだろう?」

 

「確かに医療でもそういうことは多くあるな。

全身麻酔の仕組みが100年以上不明だったのもその通り。

しかし最近の研究でついに分かったのだ。

全身麻酔は薬により中枢神経系の脂質ラフトが分解されるとPLD2という酵素が放出され、

TREK-1というタンパク質と結合してカリウムを過剰放出。

それにより電解バランスが崩れニューロンが活動を止め意識を失う…というものらしい。

あとは胃薬であるH2ブロッカーは詳しい仕組みは解明されていないが、

関節内の石灰を溶解させる効果があるため関節痛の治療に役立っている」

 

「ほう、全身麻酔はついに解明されたのか。

とはいえ今までわからなかったのだから似たようなものだよねぇ。

まあこの薬の場合、理由がわからないのは副作用の方という違いはあるがね…」

 

「う~ん…すごい不気味だけど、確かに元気は出たよ。

光ってること以外は別にデメリットはないのならまあいいか…?

でもさあ、飲ませる前にせめて一言言ってくれよ」

富永は自分の脚を眺めながら、とても苦い顔をした。

 

「いやあ申し訳ない、配慮が足りなかったね。

君に元気になってもらいたい一心でつい先走ってしまった。

この通り謝罪するよ」

そう言って頭を下げるアグネスタキオン。

 

頭を下げてはいるが、全く悪びれた様子はなかった。

反省してないことは明白だったが、何を言っても効果がなさそうなので、

Kも富永もこれ以上の追及はやめておいた。

 

「しかしこれはかなりの光量だな。

使いようによっては医療にも応用できるかもしれん」

 

「可能性はありますね。これがなぜ発光してるのか知らないって話っスけど、

例えば癌細胞とか腫瘍に反応して光るようにできれば手術の際に目印になるかも」

 

「ほう、この副作用を役立てようというのかい!

さすが医者だ、なるほど確かに使えるかもしれないねえ。

私は暗いところで明かりを確保するくらいにしか使ってなかったよ」

 

「それはそれで役に立つかもしれませんけど…相当不気味ですね…」

麻上は暗闇の中で脚だけが発光している人間を想像し、背筋をぞわぞわさせた。

 

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