「K2」「入浴」といえば……そう、アレです。
秋も深まり、寒風が吹き始める時期。Kと富永はとある温泉にやってきた。
「おお、K先生見てくださいよ!この温泉街は結構活気がありますね!」
「そのようだな。近頃は寂れ気味だという話だったが、彼女らの活躍が目覚ましいのだろう」
Kと富永は「ゆこま温泉」に来ていた。
ゆこま温泉は療養地としてトレセン学園と提携を結んでいる温泉郷。その関係からトレセン学園のウマ娘たちも温泉街を盛り上げようと共同で活動していおり、その中でもトウカイテイオー、ミホノブルボン、ワンダーアキュート、トランセンド、ホッコータルマエの5人が中心となっている。
Kはトウカイテイオーから、富永はワンダーアキュートから、それぞれ過去に治療した縁でお誘いを貰ったので一緒に訪れることにしたのだった。
2人が周辺を散策しつつゆこま旅館に到着すると、今日も作業に来ているウマ娘たちが出迎えた。
「K先生いらっしゃい!ボクらが掘った温泉楽しんでいってよね!」
「トウカイテイオー、元気そうで何よりだ。お言葉に甘えさせてもら……ん?君たちが掘った?」
「富永先生、お久しぶりですねぇ~。あたしたちが掘った温泉で、目いっぱいゆったりしていってくださいねぇ~」
「アキュートさんもお久しぶりです。最近の活躍見てますよ!……今君が掘ったって言いました?」
Kたちと面識のある2人と違い、他の3人は直接会ったことがなかったため興味津々だった。ミホノブルボンはKと富永に対して一礼をした。
「あなたが噂に名高いドクターKですか。そして隣が富永先生ですね。ライスの宝塚記念の事故の際、おふたりのおかげで助かったと聞いております。その節は本当にありがとうございました。その時はもう1人のお医者様……たしか黒須先生という方がいらしたそうですが、今日はいらっしゃらないのですね」
「ライスシャワーの件は富永たちが現場にいて運が良かったな。黒須は学せ……いや、他の用事があるから今日は連れてこなかった」
一也がまだ学生であり、医師免許を持っていないことは言わないKであった。
挨拶を終えたミホノブルボンはKの体をじろじろと眺めている。どうやら能力を見定めているようだ。
「その肉体から感じる凄み、尋常の物ではないとお見受けします。確認させていただきましょう。
【NAME】神代一人
【破壊力 - A / スピード - A / 医力 - A / 持続力 - A / 精密動作性 - A / 成長性 - E(完成)】
!!!? こ、この能力は……私のマスターよりも遥かに上……!」
Kの肉体を解析したミホノブルボンは宇宙を眺める顔になった。
ミホノブルボンのトレーナーである黒沼はかなりのガタイをしており、トレーナーの中ではトップクラスのパワーを持つ。
街中でチンピラに襲われたときは相手をビルの屋上から投げ落としたり、大型ハンマーを相手の顔面にフルスイングしたり、相手の顔面をレンジに突っ込んでチンする等の多彩な戦闘技術で乗り切っているらしい(※誓って殺しはやってません)。
その黒沼をして敵わぬであろう肉体強度、まさしくスーパードクターである。
「ほほう、ブルボンちゃんの解析はオーバーヒートかい。それじゃあ次はこいつの出番だねん♪」
次はトランセンドがカメラを持ちながらKへと近づく。そのカメラはシネマガンと言い、アグネスタキオン・エアシャカールと共に作り上げた対象分析用装置である。
この分析結果は共同制作者のアグネスタキオンにも流れていくため、図らずもKの体を分析できたことにさぞ喜ぶことであろう。
「見せてみ、そのスーパーな実力!
Kを画面に捉えると、シネマガンが分析を開始する。
『ピピ……ニンゲンヨウアナライズ……
⋆.˚⟡⊹₊⋆彡 ──オレが、ドクターKだ
(手術をするイメージが流れる)
(パワーで色々なものを破壊するイメージが流れる)
[スーパードクターK] 神代一人★★★★★
スピード1200・スタミナ2000・パワー2000・根性2000・賢さ2000
【スキル】
・受け継がれるKの意志 LV6
・医師
・外科
・整形外科
・内科
・小児科
・デスメタル×
・眼科
・産婦人科
・野獣の肉体
・耳鼻咽喉科
・皮膚科
・毒耐性◎
・精神科
・放射線科
・針麻酔
・麻酔科
・K式格闘術
・K式患者鎮静術
・脳外科
・心臓血管外科
etc……
評価:US5』
「すっご!!人間用の尺度とはいえスピード以外カンストしてるんだが!?これスピード以外はウマ娘でも上位レベルあるんじゃないかねぇ?スキルは所々よくわからんのもあるけど、凄いってことはわかる!」
トランセンドはKの人間離れした能力に驚愕であった。それを覗いていた富永は「次は自分を見てくれ」とトランセンドに頼んだ。
「どれどれ。こちらのお医者様は、っと……」
『ピピ……ニンゲンヨウアナライズ……
[次期・富永総合病院院長] 富永研太★★★★
スピード600・スタミナ1000・パワー700・根性1500・賢さ1400
【スキル】
・スーパードクターの片鱗 LV5
・医師
・外科
・整形外科
・ムードメーカー
・内科
・循環器内科
・脳外科
・消化器内科
etc……
評価:SS』
「ふむりふむり……パワーとスピードは健康的な一般人と言ったところだねん。スタミナは上級で、知識と根性は最上級、スキルもつよつよ。さすがお医者様だけのことはありますなぁ」
「むむむ……ありがとう。でもやっぱりK先生には遠く及ばないなあ」
トランセンドは富永の比較対象がKだったので、富永も医師としては充分すぎる、超人に近いレベルになっていることに気づいていなかった。富永自身もKに比べたら劣ることはわかっていても若干へこんでいる。Kはその姿を見て、
(お前の強さは体や技術だけでは語れない。人を救いたいという眩しいまでの情熱がお前の強さ……それにはこのオレも救われているのだぞ)
と内心で富永に感謝していた。
ホッコータルマエは伝説の医師と言われているらしいKとのかかわりを通じて、どうにか故郷の苫小牧に利益をもたらせないものかと勘案していた。
一同はしばし談笑していたが、旅館の女将である保科が手をパンパンと叩きながらやってきた。横には若女将のユノハナブルームもいる。
「さーて、挨拶はその辺にしておきな。ユノハナ、先生方をお部屋に案内しておやり」
「はーい♪それではお荷物お預かりしますね。こちらへどうぞ!」
保科とユノハナブルームに先導されて、Kたちは宿泊する部屋へと向かって歩く。道すがら保科はKをちらちらと見ながら言う。
「ドクターK……噂には聞いたことがあったけど顔を見るのは初めてだね、なかなか男前じゃないか。あたしはこう見えて昔はトレーナーをやっていてね。その時に名前を聞いたことがあるんだよ」
「ほう、元トレーナーなんですか。トレーナーから温泉旅館の女将になるとはなかなか面白い経歴ですね」
「ま、色々あってね。トレーナーの時期は幸いドクターKに頼る必要があるほどの事態は起こらなかったから会ったことはなかったが、テイオーからドクターKが色々活躍してる話を聞いたのさ。
テイオーがお礼に招待したいって言うんで日ごろの労いも兼ねて招待したわけさ。このゆこま温泉は全部ってわけじゃないが、療養のために力を注いでる部分が多いんだ。人の回復の手助けになりたいって気持ちはお医者さんと同じさね。その一環でトレセン学園と提携をしているのさ」
「なるほど、それで今でもウマ娘のサポートをしてらっしゃるんですね」
保科の雰囲気からすると彼女がトレーナーをやっていたのは10年以上前だろう。そのころのドクターKはKAZUYAだっただろうが、Kはここでは特に言及しなかった。
「女将さん、ここはいい温泉地ですね。近頃は少し活気が失われているという話でしたが、全然そうは感じませんでした」
「それはトレセン学園のウマ娘たちのおかげさ。彼女らが色々やってくれたおかげで街も賑わいを取り戻した……さっきはウマ娘のサポートをしてるって話をしたけど、こっちも礼をしきれないくらいの物をあの子らから貰ってるよ。
さて、ここがおふたりの部屋でございます。当館で最高のお部屋ですので、ぜひゆっくりとおくつろぎ下さいませ」
ユノハナブルームが2人の荷物を置き、保科とユノハナブルームは丁寧に礼をして戻っていった。Kと富永が案内された部屋はゆこま旅館の一番高い部屋。広くて眺めも良く、設置してある家具も高級なものだった。ここならさぞかし気持ちよく泊まれるだろう。
「随分いい部屋だな。こういう豪華なところは普段縁のない場所だが、せっかくだから堪能させてもらおう」
「診療所は医療設備以外は質素ですからねェ。さて、村の温泉も好きだけど、ここの温泉も楽しみましょう!」
ザパァー……
⏱
「いい湯ですねえ、僕ここ気に入りましたよ。K先生はどうですか?」
「うむ、確かにいい湯だな。これは効能にも期待できる」
「そういえば昔から気になってたんですけど、温泉の効能ってどのくらい根拠があるんですかね?もちろん入浴によって体を温めることが良いことなのはわかりますけど、普通のお湯とどう違うのかなと」
「いくつかの研究によると、ただの湯と温泉を比較すると実際に温泉の方が保温効果やリラックス効果が高いようだ。酸性泉では殺菌効果があるため皮膚炎などに効果があり、硫黄泉では皮膚から浸透した硫黄成分が末梢血管の拡張をして血流に影響がある。あとは『温泉に来た』という心理的なリラックス効果もあるだろうからさらに効果が高くなるだろう。ここは伝説の湯とも呼ばれているようだし、楽しませて貰おう」
「はい!僕たちが戻ったら今度はイシさんたちに来てもらいましょう。きっと喜んでくれますよ」
「そうだな。そういえば道尾先生も温泉が好きだったな。教えれば喜んでくれそうだ」
そうして2人はゆっくりと温泉を楽しんだ。長湯対決やサウナ対決……のような不健康なことは一切せず、適度な休憩と水分補給を行いながら理想的な入浴をした。
2人が湯から上がり、トウカイテイオーたちに礼を言おうと彼女らを探した。しかしトウカイテイオーたちはおらず、ホッコータルマエだけ1人で休憩していた。Kは彼女に声をかける。
「タルマエさん、温泉楽しませてもらったよ、とてもいい湯だった。今度はプライベートで私の知り合いにも来て貰おうと思う。呼んでくれて感謝するよ。これ……君たちが掘ったんだって?驚嘆に値するよ」
「わあ、喜んでもらえて嬉しいです!気に入ってもらえたなら色んな人をじゃんじゃん誘って、ここを盛り上げてくださいね!実はですね……先生方を呼んだのは、テイオーちゃんが『ニシシ〜、K先生に気に入ってもらえば完璧!ドクターKお墨付きという印籠とK先生の交友範囲ならかなりの宣伝にナルヨ〜!』って言ってたからなので、投資みたいなものなんです」
「ハハハ、トウカイテイオーもなかなかしたたかだな。勿論質が悪かったらダメだが、これだけの泉質なら充分だろう。いくらかは宣伝してあげよう」
「えへへ、お願いしますね!」
Kたちは少しの間会話していたが、ホッコータルマエ以外の4人の姿は見えないままだった。トウカイテイオーとも話をしたいKはホッコータルマエに尋ねた。
「君以外の4人はどこかな?彼女らにも礼を言いたいのだが」
「あー、テイオーちゃんたちは源泉を掘ってるところです。山の方にいますよ」
「源泉を掘ってるだと?本当に凄いな……。タルマエさんも一緒に掘っているのだろう?」
「はい、私もやってます!今日も朝から掘ってたんですけど、疲れちゃったので休憩してるんです」
「そうか。オレは温泉を掘ったことがないのでどのような苦労があるのかは知らないが簡単ではあるまい。それこそ温泉に浸かって休むといいな」
「そうですね。頑張りすぎちゃったのかなあ……疲れもあるし、なんだか目もしばしばするし」
「ほう、少し見せてくれるかな。何かの病気ということもあるかもしれん」
「そうですか、せっかくですしお願いします。伝説のお医者さんに診てもらえるなんてラッキーですね」
Kがホッコータルマエの目を診察すると、いくらかの充血と角膜の白濁が見えた。
「うむ……確かに少し良くない状態だな。目の異常は最近始まったのか?」
「最近というか今日ですね。温泉の掘削中に違和感が出てきたので中断して休んでるんです。お湯が少し出てきてたからもうちょっとだったのになあ」
その言葉を聞いて、Kと富永が眉を顰めながら顔を見合わせた。
「K先生、まさかとは思いますが……」
「ああ……。タルマエさん、その源泉を掘っていた時、何か臭いはしませんでしたか?例えば腐卵臭のような嫌な臭いが」
「あ、それ少しありました。でも少ししたら慣れたからあんまり気にならなかったですよ」
「いかん!!」
「まずい!!」
その瞬間、Kと富永が顔を青ざめながらガバッと立ち上がった。予想外の動きにホッコータルマエは一瞬体をビクッとさせた。
「タルマエさん、その源泉に連れて行ってくれるか?今すぐに」
「え?いいですけど……どうして急に?」
「富永、お前は女将さんに頼んで検知器を持ってきてくれ。持っているはずだ。オレは今すぐに現場に向かう」
「わかりました。源泉の場所は責任者の女将さんも知ってますよね?」
「は、はい、知ってますが……」
「よろしい、では案内を頼む。一刻も早く向かわねばトウカイテイオーたちに命の危険もある!」(ギュッ)
「え、ええ~っ!!?」
その頃トウカイテイオーたちは源泉を掘り終えて休憩をしていた。ホッコータルマエが言っていたように残りは僅かだったので掘削は少し前に終わっていたのだ。今は吹き出た湯が溜まって源泉付近は大きな湯舟となっている。4人は少し高い位置からそれを眺めていた。
「いい感じに溜まったね!ここは温度もちょうどいい感じだし、ボクら以外に誰もいない山中だし……」
「これはあたしらで一番風呂を貰っちゃいましょうかねぇ」
「掘削によりステータス【疲労】を確認。温泉にて回復シーケンスに入ります」
「ギリギリまでやってくれたタルマエちゃんには悪いけど……うちらで一番風呂貰っちゃうよん♪」
そうしてトウカイテイオーたちが温泉に入ろうとしたとき、掘削場の上の方から声が聞こえてきた。
「おーい、みんなー……!」
「おやぁ、今の声はタルマエちゃんじゃないかねぇ?」
「声紋認証一致、タルマエさんと識別されました」
「おやおや、いいところに来てくれたねん。そんじゃタルマエちゃんを待って一緒に入りましょ」
「だね!おーいタルマエー!こっちこっち、掘り終わったから一緒に入ろうよー!」
トウカイテイオーがホッコータルマエへと呼びかけると、少ししてから人影が近づいてくる。しかしそれはホッコータルマエではなくKだった。Kはかつてないほど慌てた表情で全力疾走していた。
「待てェ!その温泉に入ったら死ぬぞ!!」
「「「「ヒョワァーッ!?」」」」
トウカイテイオーら4人は、ホッコータルマエかと思ったら違う人物が出てきたので、全員が驚いて耳も尻尾もピンと逆立てた。人が来ない場所とはいえ一応屋外なので念のためバスタオルは巻いていたが、突然の濃い顔の男の登場にはビックリ仰天。
「ウワァー!?オトコノヒト!!」
トウカイテイオーはあまりの気の動転に、思わず近くにあったスイカ大の岩をKに向けて放り投げた。
「ぬおぉっ!?」
「わひゃぁっ!?」
今度はKと、そのすぐ後ろにいたホッコータルマエが驚愕する。2人は飛来する岩は回避したがその勢いで斜面を転がり落ちてきた。その流れを見ていたミホノブルボンが、顔を青ざめながら言う。
「あの、テイオーさん。あれはドクターKでは……?」
トウカイテイオーはハッと我に返り、こちらも顔を青ざめた。
「ヤバーイ!ヤッチャッタ!!K先生、タルマエ、大丈夫!?生きてる!?」
「むむむ……。オレたちは大丈夫だ!それより全員、今すぐそのまま温泉から離れてこちらへ来い!!今すぐだ!!」
「え、何事!?」
トウカイテイオーら4人は、状況は把握できないもののひとまずKたちのいる方へと斜面を登って行った。Kは4人の姿を確認し、安堵のため息をついた。
「ふう……どうやら無事なようだな」
「K先生どうしたのさ?ボクらと一緒に温泉に入りに来たー、ってわけじゃなさそうだけど」
「この位置にいても多少は臭う……君たちはこの刺激臭に気づいているか?」
「臭い?ああ、なんかちょっと臭いけど温泉ってこんなもんじゃない?そんな物凄くってほどじゃないし」
「いいや、それはな……」
Kが説明を始めようとしたところで、後から富永とユノハナブルームも駆けつけてきた。
「はあ、はあ、はあ……K先生……!みんなはどうですか……おわっ!?」
「皆さん無事ですかー?あらっ」
バスタオル姿のウマ娘たちを見て、富永は赤面しながら顔を背けた。ユノハナブルームも驚いている様子。一瞬その場が沈黙したのち、Kが言った。
「……まずは全員、服をちゃんと着てもらおうか」
トウカイテイオーらがきちんと服を着た後、Kは気を取り直してトウカイテイオーたちに状況の説明を始めた。
「この周辺にいると感じる腐卵臭。これは硫化水素の臭いだ!」
【硫化水素】
硫化水素は水に溶けやすく、極めて強い毒性を持つ。また気体は強い可燃性を持つ。自然中には火山ガスや温泉中に溶け込んでいることがある。また汚泥が硫酸塩還元菌による嫌気性発酵することで発生し、下水道の中に充満している場合がある。空気よりも重いため、窪地や下水管内などの低い空間や換気の悪い空間に溜まる性質がある。
10~50ppmでは、濃度が高くなるにつれて嗅覚が麻痺して臭気を感じなくなるが、目の粘膜への刺激などが現れる。まだ人体への重大な影響はない。
50~600ppmでは、まだ代謝による処理が間に合うため即座に重大な問題は生じないものの、濃度と曝露時間によっては呼吸器に致命的な症状を与える場合がある。
700ppm以上では、体内の代謝が間に合わなくなり、硫化水素が脳神経細胞に影響を与えるようになる。数呼吸で意識消失、呼吸の麻痺や停止、即死など致命的な急性中毒が起こる。
50ppm程度の硫化水素に暴露されると、眼に痒みや痛みが生じたり、角膜の炎症や白濁が発生する場合がある。
温泉地などでよく言う「硫黄のにおい」とは、この硫化水素のにおいである(硫黄単体は無臭である)。
ウマ娘たちも硫化水素が臭いことと毒物であることくらいは知っていたが、その性質まではよく知らなかったようだ。Kはユノハナブルームが運んできてくれた検知器を起動させた。
「では富永、気を付けながらあの温泉に近づいてみてくれ。もちろん警報が鳴ったら戻ってこい」
「オッケーです。さてさて……」
富永が検知器を持ちながら、ゆっくりと温泉へと近づいていく。すると最初に4人が休憩していたあたりでビービーと警告を示す警報が鳴り出し、さらに進むと退避を促す警報に変わったので富永は戻ってきた。
「こりゃあかなりの濃度ですね、あの温泉に入ったら本当にやばかったかもしれませんよ。よりによって窪んだ場所にありますし」
「危ないところだったな。これは充分に硫化水素中毒になるほどの濃度がある」
鳴り響く警報を聞き、トウカイテイオーは少し身震いした。
「こ、こわ~。でもなんだろ、ボクらはウマ娘だから鼻には自信があったんだけどなぁ。あんまり臭くはなかったから大したものじゃないと思ったんだけど」
「それは逆なのだ。硫化水素は濃度が低い段階から強い臭いがするが、一定の濃度まで行くとその毒性によって嗅覚を麻痺させる。つまり一定の濃度を超えると、むしろ臭いを感じなくなるのだ」
「ヒェ~……知らなかった……」
「嗅覚に軽い麻痺が出る程度の濃度なら、短時間の曝露では大きな問題はないはずだが、念のためあとで軽い処置はしておこう。とはいえ無事でよかった」
一同が安堵していると保科がやってきた。富永から話を聞いて一緒に来たのだが、ウマ娘であるユノハナブルームや若い男である富永と違って走る速度がだいぶ遅かったのだった。Kが状況を説明し、全員無事であることを伝えると保科もほっと胸をなでおろした。
「はあ……よかったみんな無事で。本当に申し訳ない、これはあたしの責任だ。この辺では硫化水素はかなり低濃度でしか出たことがなかったから油断していたよ……だけど検知器は倉庫には用意してあったんだから、きちんと持たせておくべきだった」
保科は落ち込んだ顔をしながらトウカイテイオーたちに頭を下げた。しばらく頭を下げた後、しかし顔を上げると怒りの表情へと変わっていた。
「ただねえ。あんたたち……源泉が出ても泉質を調べるまでは入るなと言っておいたはずだろう?これまでもこっそり入っていたのかい?」
5人はしゅんとしながら頷いた。元々保科からはそういう指示がされていたのだが、周囲に人の気配がなく温度に問題がないときは掘った者が一番風呂に入っていたのだった。
「硫化水素についてはあたしが言ってなかったのが悪いけどね。温泉っていうのは色々とよくない成分が入ってる場合があるんだよ。
例えば重金属が溶けてたり、レジオネラ菌とかの細菌が入ってたりね。特にこの温泉……だいたい40℃くらいかな?これは細菌の繁殖にはちょうどいい温度だし」
「「「「「ごめんなさい……」」」」」
ウマ娘5人は耳を垂らしながら反省した。
「まあとにかく無事でよかった。この湯は硫化水素の処理は必要だけど、見た感じ泉質自体は良さそうだよ。ちゃんと処理すれば充分に温泉として使えるさね、みんなありがとう」
その後に行った泉質調査では成分に問題はなく、白濁した湯で濃度の高い硫化水素型の硫黄泉とわかった。美肌効果や代謝促進の効果もあり、適切な処置をして開放されてからは人気の湯となったようだ。
ゆこま温泉は休息地として活性化し、今は多くの人々に人気となった。
イシと麻上は、Kたちが帰宅した後2人で訪れた。
「うん、K先生が言うだけあっていい温泉じゃな。T村の温泉とは泉質が違うから新鮮でええわ」
「ですねえ。それにリハビリとかにも効果あり、ってことで話題ですもんね。うちの温泉でもやればできるんですかね?」
「うーん、試す価値はあるかもしんねえな。村井さんは後で一也ちゃんと一緒に来るつもりらしいから、ここのことをちょいと調べてもらうか。参考にできるかもしれん」
「そしたらうちの村も人気の観光地になったりして……」
「うん……。このゆこま温泉っちゅうのはな、わしが若いころは結構有名な温泉地だったんじゃが、時代の流れでだんだん寂れた温泉街になっちまったんじゃ。それがこれだけ賑わうようになったわけじゃ。T村も秘湯みたいな扱いじゃなく、もっと宣伝して客を呼んだ方がいいかもわからんな。ホレ、前はうちの村は
「そうですね、それで若い人が増えたらいいですよね!」
イシと麻上はしっかりと温泉を楽しみ、村に戻るころには前から元気な2人がさらに元気に活躍するようになったのだった。
沖野、南坂、黒沼は担当ウマ娘たちと共に何度か訪れており、たまたま一緒になったので一緒に入浴している。
「相変わらずいい湯だなここは。テイオーやブルボンに感謝しないとな」
「そうですね。ターボさんたちもここが気に入ってるようですから。ただテイオーさんと一緒に入るとサウナ対決とかをし始めるので困ったものです」
「ブルボンもいい仕事をしたものだな……」
そう呟いた黒沼からは、いつになく疲弊した雰囲気が出ていた。思わず沖野が声をかける。
「黒沼、お前なんか最近妙に疲れてないか?過労気味なんじゃないのか?」
「それともまたチンピラにでも絡まれましたか?」
「いいや……これは自分のトレーニングの疲れだ……」
「トレーニングですか?黒沼さんはいい体してますから鍛えてるとは思ってましたけど、やりすぎて仕事に支障があるならよくないですね」
「そうなんだが、これはブルボンからのたっての頼みでな。無碍にはできん」
「ブルボンから?なんだそりゃ」
「お前らも知っての通り、『ドクターK』はすごい強靭な体をしているだろう。あれを超えるくらい強くなってほしい、と随分真剣な顔で頼まれてな……」
「ぶっ、目標がK先生かよ!あの人はゴルシのドロップキックを正面から受け止めるんだぞ……いくら黒沼のガタイが良くても相当厳しいと思うぜ」
「私も彼は片手で車を持ち上げられるとか聞いてますけど……」
「正直俺もきついと思ってはいるが……まあ行けるところまで行ってみる。ジェンティルドンナのトレーナーとも協力してトレーニングしていてな、あいつも最強の肉体を目指しているようでちょうどいいんだ」
黒沼やジェンティルドンナのトレーナーは、トレーナーなのに自分の体を鍛えることに心血を注いでいるらしい。沖野と南坂は若干引き気味であった。
「そ、そうか。まあがんばれよ……」
「うちのチームはパワーを必要としないメンバーなのでありがたいですね……」
六平と北原もオグリキャップたちと共に温泉を訪れた。
「いや、こいつぁいい湯だな。じじいの体には沁みるぜ」
「ですねえ、中年の体にも沁みます」
「オグリの体にもよさそうだな。あいつプールは嫌いなくせに温泉は好きだからな」
「水が嫌いってわけじゃないんですよね。温泉好きだから効率よく休息ができるからよかったです」
「休息はいいけどよ、オグリの食事はお前どうにかしてくれよ。道中で見ただろ?温泉饅頭、温泉玉子、温泉にんじんを貪る姿を……」
「はい……ほっとくとオグリが太る代わりに俺の財布が痩せちゃいますからね……」
「ベルノもツカサもあまり止める気ねえみたいだし、ユニヴァもゴッドも元からあてになんねえからな。お前だけが頼りだ」
そうは言うものの、北原の力ではオグリキャップの勢いを止めるのはやはり不可能だった。元々の体質もあるしその分トレーニングを行うことでオグリキャップは太らずに済んだが、北原の財布はやせたかなしい姿となった。
ゆこま温泉を訪れた者は、効率の良い休息と温泉の成分によって多くの不調が改善する。しかし一部にそうではない場合もあるようで……。
「スティル、今度一緒にゆこま温泉に行こうか。人が来ない山奥の秘湯もあるらしいよ」
「まあ素敵、お供します♡」
「楽しみだよ、また君との思い出が増えるな」
「うふふ、私もとっても楽しみです♡食べ物も何もかも、全部食らいつくしてしまいたい……♡」
お医者様でもゆこまの湯でも治せぬ病を、さらに悪化させてしまう者もいたのだった。
ゆこま温泉。そこは心も体も癒してくれる温泉郷。疲れているとき、体を痛めたとき。それを癒すお手伝いをするここへ、皆様ぜひお越しください。
皆さんもプライベートで温泉を掘るときは、ケガや火山ガスや細菌にお気を付けくださいね。