スーパードクターU   作:黒い平方四辺形

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爪先(前編)

 

それはトレセン学園の寮の一室。

ギャルウマ娘の1人、トーセンジョーダンが爪の手入れをしていた。

 

「いったぁ~…また割れちゃったなあ…

どーしてあたしの爪ってこうなんだろ?」

 

「あっ、ジョーダン!また爪割れちゃったの?痛そうだぁ~!」

同室のウイニングチケットが心配そうに覗き込んだ。

 

「ん、ちゃんとお手入れしてるだけどねぇ。

爪の手入れってよく知らなかったからトレーナーとシチーからいろいろ聞いてさ、

爪切りじゃなくてヤスリで削ってるし、バッファーで磨いてるし、

ネイルオイルで保湿してコートもかけて。

頑張ってるつもりだけど…なんかやり方悪いんかね?」

 

「う~ん…アタシも爪の手入れはよくわかんないなあ…

もう一回シチーに聞いてみれば?きっと教えてくれるよ!」

 

「そうだね、聞いてみっか!」

 

 

ゴールドシチーを呼び、手入れの手順を見てもらうトーセンジョーダン。

ついでにゴールドシチーの同室のバンブーメモリーも来ていた。

バンブーメモリーも爪が弱く、苦い思いをした経験があるのだ。

 

「これをこうして、こうこうこう…どうよ!?」

 

「なんだ、しっかり出来てんじゃん。アタシが教えたとおりだよ」

ゴールドシチーが感心したように言った。

 

「マジ?完璧?あたし天才じゃね?」

 

「完璧完璧。でも手入れしっかり出来てるならなんで割れちゃうんかね」

 

「ジョーダンも爪が弱いんスね。わかるなあ、アタシも苦労したっスから!」

 

「手入れの問題じゃないってことは他の理由だよね。爪って何したら変わるのかな?」

ウイニングチケットはいまいちピンことないな、と頭をひねる。

 

「アタシもそこまで詳しくはないけど…やっぱ食生活かなぁ。

モデルは爪もけっこう大事だから、ある程度は気を使ってんだ。

亜鉛とか鉄分とかビタミンを摂るといいらしいね。

ジョーダンはそういうの気にしてる?」

 

「亜鉛…鉄…?よくわからんけど、金属は食べてねーわ。

ビタミンはゼリーのパッケージに書いてあるから飲んでると思う!」

 

「ジョーダン、亜鉛や鉄はそのまま食べるって話じゃないっスよ。

えーと…ほうれん草とかかぼちゃとかレバーとか、そういう食べ物に入ってるんス」

少々呆れた顔で説明をするバンブーメモリー。

 

「あ、それなら結構食べてるっしょ!食堂のご飯はほうれん草入ってること結構あるし!」

 

「意外と食生活しっかりしてんだよね、ジョーダンって」

 

「親が健康オタクだったかんね、あたしはあんまキョーミはなかったけど。

しかもトレーナーに言われたからジャンクフード減らしたんよ。偉くね?」

 

「偉い偉い。でもそうなるともっと根本的な体質の問題なのかな。

そうなるとアタシじゃお手上げかなあ。医者には診てもらったの?」

 

「病院はヤダし行ってない!何されるかわからんし怖いじゃん?

あたし解剖とかされちゃうかもしれん!」

 

「変なこと言ってないで一度行った方がいいっスよ。

アタシは病院に行ったら爪扁平苔癬だって言われて、毎日薬を塗ってたら治ったっス」

 

「爪…ハンペンタイヘン?なんか凄そーな名前。でもバンブーさんは治ったんかあ…

あんまビビってんのもダサいし、あたしもそのうちチャレンジすっかねぇ…」

 

 

【爪扁平苔癬】

扁平苔癬の一種で、それが爪に出来たもの。

扁平苔癬とは皮膚に発疹ができる疾患だが、

爪に発生すると爪に筋が入る、爪が薄くなる等の症状が出る。

多くは原因不明で、そのままにしても1,2年ほどで自然治癒することが多い。

 

 

 

 

トーセンジョーダンが爪に不安を抱えながら過ごす、そんなある日。

トレーナーと共にトレーニングをしていた時、突然彼女の爪先に激痛が走った。

 

「……っ!つ、爪が…!」

 

「ジョーダン、どうしたんだ!」

 

トーセンジョーダンの顔からは玉のような脂汗が滴り、

靴には赤い染みが広がっている。

まともに立つこともできないらしく、苦痛に呻きながらその場でしゃがみこんでしまった。

 

「大変だ!救急車を呼ぶからな!もう少し頑張れ!」

 

トレーナーはすぐに救急車を呼び、ともに病院へと向かっていった。

 

 

搬送先の病院で医師があきれたように言う。

 

「まったく、この状態の爪に、人工爪を上から重ねてたなんて…」

 

トーセンジョーダンの足の爪は深くまで裂けて、赤黒く変色していたのだ。

 

「でも…こんなの大したことない!あたし走れる!走れるから!」

 

トーセンジョーダンの強がりを諫めるように医者が言った。

 

「爪と言っても軽んじないでください。あなたたちウマ娘はレースをするたびに、

我々人間とは比べ物にならないほどの負荷が脚部にかかっています。

いくら地面からの反発を母指球で受けようとも、足先…爪にかかる負荷も半端ではありません」

 

「でも、テーピングすれば…!」

 

「無理したせいで細菌が入ったら?足先を庇うように走ったせいで、他の部位を怪我したら?

実際、我慢できないほどの痛みを今回覚えたのでしょう?」

 

「う…」

 

「たった一度の選択で、あなたはこれからの人生をふいにするかもしれないんですよ。

これ以上傷がひどくなったらもう走ることができなくなるかもしれません。

まずはこの状態が治るまではレースは禁止です。薬を処方しますから、必ず塗ってください。

そして出来るだけ傷を清潔に保ち、負荷をかけないように生活すること。いいですね?」

 

「……」

トーセンジョーダンは何も答えない。

 

「負荷をかけないこと!いいですね!」

 

「はい…」

 

医者が少し語気を強めて言うと、トーセンジョーダンは小さい声で返事をした。

 

 

 

処方された薬を貰い、病院を後にするトーセンジョーダンとトレーナー。

 

「ジョーダン、ごめんな。俺はトレーナーなのに、

君の足がそんなことになっていると気付かなかったなんて…」

 

「トレーナーのせいじゃないっしょ。あたしが言わなかったから…ごめん。

それに…あたしの爪が弱いから悪いんだわ…」

 

「足はまだ痛むか?とにかく、焦らずゆっくり治していこうな」

トレーナーが心配するように言うと、トーセンジョーダンが切り出した。

 

「トレーナー。あたし、皐月賞に出る」

 

「…なんだって?さっき医者に言われたろ?レースは禁止だって」

 

「だって決めたんだもん!その後どうなってもいいから!皐月賞には絶対に出る!

でなきゃ…やめる!走れないならこのまま引退するから!」

 

語気を荒げてそう言う彼女の顔は、真剣なものだった。

ふてくされて言ってるわけでも、投げやりになって言ってるわけでもない。

 

「だって!一生に一度の機会なんだよ!?なのにまた爪のせいで諦めるとかさあ…!」

 

 

トーセンジョーダンは思い出す。トレセン学園に来てからの自分の生活を。

 

昔はこうじゃなかった。トレセン学園に入学する前は自由に走り回っていた。

走った時は、友達からも先生からも褒められてうれしかった。

勉強もろくにできない自分だけど、レースならみんなに認めてもらえた。

それがうれしくて、もっとビッグになりたくて、トレセン学園を目指した。

入学するまで、自分史上最強に頑張った。

 

夢と目標を持って入学したトレセン学園。だけどその生活は思っていたのと全然違ってた。

入学して間もなく、爪が痛むようになった。

よくわからないけど、わからないなりに自分で調べてお手入れをした。

でも全然回復はしなかった。

 

爪が痛むせいで選抜レースを逃してしまった。

機会を逃した分、他の人に追いつくために頑張った。

そうしたら今度は爪が割れた。また選抜レースを逃した。

次もそう。その次もそうだった。何度も何度も繰り返した。

 

最初は怪我を慰めてくれていた教官たちも、次第に態度が変わっていった。

自分のことを信用しないようになっていた。

レースに出ない理由は怪我ではなく、サボっているのだと思われてしまうようになった。

 

やる気がないウマ娘だとレッテルを張られた。

誰も自分に期待しなくなった。応援されなくなった。

そう思われていると感じるたび、心がすり減っていった。

 

いつしか自分のやる気も失っていた。

こんなことなら学校にいる意味なんてない。

やめてもいいやと投げやりな気持ちになっていた。

 

だけどそのギリギリのところで出会ったトレーナー。

他の誰もがわかってくれない中で、1人だけ自分のことを理解してくれた。

学園に来てから初めて、走ることを本気で頑張れるようになった。

このトレーナーと一緒に頑張りたいと思った。

 

自分自身の目標を目指せるようになって、

そしてそれを達成することでトレーナーも喜んでくれる。

だから皐月賞を目指してずっと頑張ってきたのだ。

 

 

「あたしは…!もうレースを失いたくないの!!

やっと勝って、勝って、勝ちまくって!すげーヤツになれるって思ったの!

なのに…!爪にぜんぶぜんぶ奪われてさあ…!クラシックすらもダメって…

全然、夢なんて叶わないじゃん…!!もうイヤ…!イヤだよぉ…!」

 

涙ながらに感情を吐き出すトーセンジョーダン。

トレーナーも彼女の気持ちはとても理解できる。

一緒に努力してきた今までと、それが無駄に終わる悲しみが。

 

トレーナーはどうするべきかを迷っていた。

医者からは禁止だと明言されてしまった。言っていたこともすべて正論だった。

ここで無茶をしたら、後々まで影響を及ぼす瑕疵が生まれるかもしれない。

 

だが、今の彼女の気持ちも大切なのだ。

一生に一度の機会を逃すなんて、簡単に受け入れられるわけがない。

 

単に怪我を押して走ったとしても、それは彼女の競争人生が狭まるだけだ。

だがその前に可能性という選択肢を奪ってしまえば、彼女自身の心が折れてしまうだろう。

 

体を考えるか、心を考えるか。

どちらも一生に響く可能性のある重大な事柄だった。

トレーナーはしばらく考え、話を始めた。

 

「ジョーダン、じゃあ『我慢』できるか?」

 

「できるよ!こんな痛さくらい…!」

 

「違う、我慢するのは痛みじゃない…」

 

トレーナーの出した結論は。

トーセンジョーダンの脚を第一に考える。

そのうえで勝つためのトレーニングも続けるのだ。

 

「皐月賞に向けたトレーニングは続ける。その分、遊ぶ時間は無くなるぞ」

 

「…! じゃあ…!」

 

「すべてをレースにかける覚悟はあるか?」

 

そういわれたトーセンジョーダンは少しだけ驚いた表情をし、

 

「あるよ。あんにきまってんじゃん」

 

「わかった。じゃあ目指すぞ、俺と一緒に!」

 

結局、医者に言われたことに逆らうこととなってしまった。

この道を選ぶことに後悔はない。だがそれならば必ず成功させなくては。

そう強く決意するトレーナーだった。

 

 

 

皐月賞当日。

 

トーセンジョーダンの爪が割れてから数週間。

医者の指示は無視してしまったが、常に清潔に保つことは意識した。

毎日のケアのおかげか、何とか皐月賞にもっていくことができる状態になった。

 

「ジョーダン…大丈夫か?」

 

「うん。アンタもケアに付き合ってくれたし。

絶対に持たせるよ、この『皐月賞』中は」

 

「俺は…皐月賞の後も、ジョーダンに走ってもらいたいよ」

トレーナーは少し悲しそうな表情でそう言った。

 

「…………わかってる。だからいつも以上に爪に気を付けて来たんだし。

でも、今はこれに集中したい。その後、ひっどいことになるかもだけど。

あたしのレース、これで終わるかもだけど。

お医者さんが言ってたことに逆らってまで出るって決めたんだもん。

全部をこのレースにかけるって、覚悟決めて来たんだから」

 

そう言ったトーセンジョーダンの瞳には、恐れも後悔もない。

ただこのレースにかける覚悟があふれ出していた。

それを見ると、トレーナーはただ頷くことしかできなかった。

 

「ああ…そうだな…。」

 

(でも俺には…君のレースがここで終わる覚悟はできていないんだ…)

 

 

 

 

 

『最終コーナーを回り、トーセンジョーダンがトップに躍り出た!

2番手との差は2バ身差、このリードを保てるか!?』

 

 

レース終盤のトーセンジョーダン。

序盤、中盤は予定通りの動きができたが、ここにきて問題が発生する。

これも予想の範疇と言うべきだろうが、またしても爪が痛み出したのだ。

 

(ヤバい、また爪が痛くなってきた…でももう知らん。

どんだけ痛かろうとどうでもいいし、爪が剥がれたって関係ない。

脚がぶっ壊れようが、このまま死のうが知ったことか!

あたしの夢、皐月賞!絶対に…絶対にとってやる!!)

 

「ぐっ…うあああああ!!!!」

 

 

『トーセンジョーダン、さらに加速しリードを広げていく!

トーセンジョーダン1着です!クラシック三冠、

初戦の王者となったのはトーセンジョーダンです!』

 

 

 

「すご、あんな子いたんだ!」

「やっぱ三冠路線熱いわ…!面白い子いんじゃん…!」

 

観客席からは熱気が舞い上がり、トーセンジョーダンの実力に感激したものも数多かった。

その観客たちの中にいた1人、黒いマントに身を包んだ男。

彼は顔をしかめながら、関係者エリアである地下バ道へと向かっていった。

 

 

 

 

勝利の余韻に酔いしれながら、地下バ道へと戻ったトーセンジョーダン。

そこには信頼するトレーナーが待っていた。

 

「よっしゃー!あははっ、あたしやったよ!あたしが皐月賞で1着だ!」

 

「ジョーダン!!!」

 

「トレーナー!見てた?見てたっしょ?

あたしもやればできんの!…ってなんか凄い顔してない?もっと喜べし?」

 

「ジョーダン…足が!」

 

「足?…あっ。やば…」

 

トーセンジョーダンの足には血がにじんでいた。

当然、爪の傷が悪化してしまったことによるものだ。

異変はレース中に自分で気づいていたが、それを無視して走り続けた。

覚悟はしていたが、恐れていたことが実際に起こってしまったのだ。

 

【コンディション獲得:凸凹ネイル】

 

 

 

「大丈夫か!?すぐ対処しないと…!」

 

「そんな慌てんでもいいっしょ、さっきまで走れてたんだし。

けっこー平気だった…って…う…ヤバ。

なんか血を見たら急に痛くなってきたわ…」

 

「く、また病院で診てもらわないと…!」

 

トレーナーとトーセンジョーダンが慌てている中、男が近づいてくる。

黒いマントに身を包んだ屈強な男。そう、ドクターKだ。

 

「ちょっとよろしいですか。私は医者です。

トーセンジョーダンさんの足を見せてもらえませんか?」

 

「あ、お医者さんですか!?よかった、お願いします!

でもどうしてお医者さんがここに…?」

 

「トーセンジョーダンさんのレース、見せてもらいました。

なかなか見事なものでしたが…終盤、足先を庇うような動きに変わりましたね?

足に異変が起きたのだろうと思い確認に来たのですが…当たりだったようですね」

 

「スゲー、お医者さんってそんなのわかんの?天才じゃね?」

 

「まずは君の足が優先だ。どれ…」

 

Kがトーセンジョーダンの靴を脱がし、足の状態を確認した。

 

「これは…爪が完全に割れている。爪床もぐちゃぐちゃだ。

今すぐ病院に向かった方がいいな。かかりつけの病院はどこです?」

 

「え、かかりつけって…」

 

「この爪には治療の跡がある。どこかの病院で診てもらったのでしょう?

こんな風になるのも初めてではないはずだ、前回のカルテも見たい。

だからよほど遠くの病院なら別ですがその病院に行きましょう。

車がなければ私が用意します、すぐ行きますよ」

 

「え、えーっと…」

 

トレーナーは少し迷った。

この皐月賞、医者の指示であるレース禁止を無視して出たものだからだ。

同じ医者に掛かったらどれほど怒られるかわからない。

 

だがトーセンジョーダンの傷を見る。

自分はトレーナー、彼女のこの脚を治すのが最優先事項だろう。

どれほど怒られたとしても仕方ない。彼女のためになるのならば…

 

「車は俺が持ってます。かかりつけの病院も遠くはありません」

 

「そうですか、医師として私も同行させてもらいますね。

勝ったのに残念でしょうが、ウイニングライブをやっている場合ではない。

今すぐ出発しましょう」

 

トーセンジョーダン故障の旨は運営に伝えられ、

ウイニングライブはセンター不在となってしまうのだった。

 

トーセンジョーダンとKはトレーナーの車に乗り、かかりつけの病院へと向かった。

その道すがら、Kが足の応急処置を施す。

 

Kが連絡してくれたため、病院に着くと担当医が待ち構えてくれていた。

 

「トーセンジョーダンさん…!大丈夫ですか!?」

 

「私が応急処置をしておきましたが、ごく軽いものです。

続きをお願いできますか?」

 

「もちろんです!あなたは…?」

 

「医者です。偶然居合わせましてね。名をKと言います」

 

「K…K!?もしかしてあのドクターKですか!?」

 

「ええ…現在のKは私です」

 

「すごい、ドクターKは本当にいたんですか…!

っと、とにかく中に入ってください、処置をしましょう!」

 

担当医は3人を院内に入れて傷の処置を始めた。

 

「処置の間、彼女のカルテを見せてもらえますか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

処置の間、Kは断りを入れてからトーセンジョーダンのカルテをじっくりと読み込んでいく。

 

 

「ふう…ひとまず止血と消毒は終わりました。痛みはどうですか?」

 

「んー…割とガチめにつらたん…」

 

「そうですか…その状態なら痛いでしょうね…。

しかし、以前診察した者の意見とすれば、この程度で済んだのは奇跡的です」

 

「え、あたしの足ってそんなヤバいん?」

 

「ええ…。こちらに到着するまでにK先生が施してくれた処置、

それと事前のテーピングも功を奏したのでしょう」

 

「ねえ、せんせ。これってちゃんと治療すれば治んの?」

 

「そうですね…爪がもう殆ど剥がれかかっていますからね…。

先ほどこの程度で済んで奇跡的と言いましたが、爪の根元が無事で本当によかった。

爪の根元、爪母と言いますが、それが爪を作っている部分です。

ここが大きく損傷してしまうともう爪が生えてくることはありません。

そうなれば、あなたは今後レースに出ることができなくなっていたでしょう」

 

「うげっ…そんなんだったんだ…」

 

「前回言いましたよね、傷がひどくなったら走ることもできなくなるかもしれないと。

なぜそれを無視してレースに出たんですか?走れなくなることが怖くなかったんですか?」

担当医は、抑えてはいるものの怒りを込めた表情で質問をした。

 

「それは…」

トーセンジョーダンが何を言おうか考えながら少し俯くと、トレーナーが割って入る。

 

「そ、それは俺が悪いんです!

爪のケアをしながらやれば大丈夫だろうと勝手に思い込んで!

俺が素人判断でジョーダンに指示をしてしまった!悪いのは俺です!」

 

「はあ…!?ち、違うっしょ!あたし…あたしが言ったからじゃん!

皐月賞に出してくれないなら学校辞めるってわがまま言ったからじゃん!

トレーナーのせいじゃない!」

 

「皐月賞に出られなければやめる…と?」

担当医はその言葉に反応して聞き返す。

 

「だって一生に一度きりのチャンスじゃん!どうしても、どうしても出たかったの!

先生がやめろって言ってるのもわかってたよ!でもどうしても出たかった!

足がどうなったっていいから出たかったの!

だからトレーナーにムリ言って出してもらったんだよ!」

 

「……」

担当医はトーセンジョーダンの叫びを聞き、

それまでの怒りの表情を悲しみの表情へと変えた。

 

「そうですか…。そうですよね、ウマ娘にとって人生で一度だけの大舞台…。

出たいと思って当たり前です。それなのに気持ちを理解せずに、

私が頭ごなしに抑えつけるようなことを言ってしまったのか…」

 

「いや、先生もジョーダンも悪くありません!

危険だとわかっていながら出るように指示をした俺が…!」

 

「さっき言ったっしょ!トレーナーじゃなくて…!」

 

トーセンジョーダン、トレーナー、担当医が言い合っていると、

カルテを読み終えたKが戻ってきた。

 

「3人とも、自分の問題を認識しているのなら言い争う必要はないだろう。

運が良かっただけではあるが、手遅れにはならなかったのだからな」

 

Kは1人ずつ顔を向けて諭すように言った。

 

「トーセンジョーダンさん、あなたは自分の将来を考えるべきだった。

レースに出たい気持ちはわかるが、君に何かがあったら悲しむ人間が多くいる。

今さえよければ体を壊していい、なんて気持ちを俺は認めない」

 

「…は~い」

 

「トレーナーさん、あなたはやるにしても医師に相談してからにするべきだった。

今回この程度で済んだのは運が良かっただけだ。彼女の脚は壊れていても不思議じゃない。

相談しておけば何かもっといい方法を考えられたかもしれないのだから」

 

「申し訳ありません…」

 

「担当医さん、あなたの行動に間違いはなかったが、患者の心を理解するべきだった。

禁止にしてもやってしまう可能性を感じていれば、対策を練られたかもしれない。

患者が求めるのならば、可能な範囲を模索するか、もしくはしっかりと説得をする。

そうすれば今回のことは起こらなかったかもしれない」

 

「面目ありません…」

 

「各々反省はするとして、まずは治療のことを考えましょう。

担当医さん、あなたの見立てはどうですか?」

 

「そうですね…爪の根本は無事ですがそれ以外はもう駄目でしょう。

ここは自然の再生を待つしかないと思います。

元々の原因、爪がおかしくなった理由は爪甲縦裂症か爪甲剥離症、

もしくは爪扁平苔癬あたりでしょうか?これから調べてみようかと思いますが…」

 

「再生に関してはそれでいいでしょう。しかし原因については心当たりがある。

レントゲンを撮ってもらえませんか?」

 

「レントゲンですか?わかりました」

 

 

撮影されたレントゲン写真。

それを見ると、足の指の骨の先に白い影が映っているのが確認された。

 

「K先生、これはまさか…!」

 

「うむ…やはりな。トーセンジョーダンさん、この白い影を見てください」

 

「うわあ、何その影!まさかあたしガンだったりするん!?」

 

「これは癌ではありません。しかし、あなたの脚には腫瘍ができています」(ギュッ)

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