スーパードクターU   作:黒い平方四辺形

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爪先(後編)

 

「腫瘍…って、よく知らんけどやばい奴なんじゃないの!?

もしかしてあたし死ぬ!?」

 

「落ち着いてください。腫瘍と言っても良性のもので命にはかかわりません。

あなたの脚に出来ているのは爪下外骨腫という腫瘍です」

 

「そう…?いま何て?」

 

「爪下外骨腫。指の骨の先端に、余分な骨のようなものができてしまう疾患です。

それが小さい場合は特に影響がないこともあるのですが、

大きくなると痛みを感じたり、爪を変形させてしまうこともあります。

トーセンジョーダンさんのものはかなり大きく、それにより爪が変形してしまっている。

爪が変形したことによって、走った際に力が強くかかる部分ができてしまった。

以前から爪の強度が少々弱かったあなたの爪では、

その偏った力に耐え切れずに割れてしまったのです」

 

 

【爪下外骨腫】

手や足の指先の骨に発生し、骨の組織から成る良性の腫瘍。

骨の先端から骨状のものが発生し伸びていく病態。

患者は10代に多く、男性より女性に発生しやすい。

また、特に足の親指に発生することが多い。

日本ではあまり報告例のない稀な疾患である。

 

小さい物ならば痛みもなく影響が少ないが、大きく成長すると疼痛を感じたり、

爪床などが隆起して爪の変形の原因となる。

自然治癒は望めないため外科的治療によって摘出する。

 

 

 

「なるほど…そ、それで、ジョーダンの爪は治せるんですよね!?」

 

「ええ、治すことはできます。これは良性の腫瘍であるため、

これを手術で取り除けば問題は無くなるでしょう」

 

「よかった!ジョーダンもいいよな?すぐお願いします!」

 

トレーナーが喜んだ顔でそう言うと、だがKは神妙な顔をして続けた。

 

「治すことはできる…しかし手術にはそれなりの負担がかかります。

まず手術をするにあたっては患部を清潔にする必要があります。

しかし彼女の爪はこの状態だ、最低でもこの爪が割れた傷跡は治さないと手術ができない。

そのためには清潔さを保ち、化膿などがない状態にもっていかなければならない。

足先というのは雑菌が多く、体の中でも特に清潔さを保ちにくい部位なのです。

およそ1か月は爪に細心の注意を払ってもらいながら生活することになるでしょう」

 

「げえ…準備だけで1か月ってマジ…?」

トーセンジョーダンは渋い顔をする。

 

「それと、この手術痕に関しても事前準備と同じで、

治癒するまでは気を使った生活を行うことになります。

細菌感染などを起こしたらまた大変なことになりますから」

 

「気を遣うって…どのくらい…?」

 

「おそらく3か月程度になるでしょうね。

傷が塞がるのは1か月くらいですが、爪が伸びるのにはもっと時間がかかる」

 

「…あははっ、またそうやってあたしは走れなくなっちゃうんだ。

また同期のみんなに置いて行かれちゃうんだ?」

 

「ですが、これは必要な治療ですよ。

脚を治せば同期を追いかけることができるようになるでしょう」

 

「それってホントかよ!?

今までも、爪が治ったら走れるようになるって色々我慢してきた!

でもずっと無理だったし!今回もそうなんじゃないの!?

それにあたしバカだからさ、先生に言われたこと無視してこうなってんじゃん!

治るまでずっと走るのを我慢なんてできっこない!きっとまたバカなことして壊しちゃうよ!

…もういいよ。あたしみたいなのがデッケーやつになるなんて思ったのが間違いだよ。

ガッコーなんかやめて、テキトーにアパレルショップで店員でもしてるのがお似合いなんだよ!」

 

涙を浮かべ、耳を垂らすトーセンジョーダン。

走ることをあきらめたくない気持ちは大いにあるが、心が折れかかっているのだろう。

 

Kは優しい目つきとなり、トーセンジョーダンの爪を見る。

 

「君の脚はひどい状態だ。医者の指示を無視してしまったのが一つの原因でもある。

俺も医者の立場として考えると、とても褒められたものではない」

 

「…んだよ、また説教?」

 

「だが、これは君の努力の証でもある。

夢を諦めず、痛みに耐え、限界を超えてあがいた努力の脚だ。

その結果君の脚はボロボロだが…一方で、見事な走りで皐月賞を勝ち取った」

 

「……」

 

「しかしこれを治療すればどうなるだろうか?

君の脚は万全には程遠かった。だが君はそれでもなお、皐月賞で勝利をもぎ取ったのだ。

もしこの脚が治り、万全のものとなった時…その時君はどんな走りができるのか?

俺はそれが見てみたい。だから、俺に手伝わせてくれないか?

君に本当の走りを取り戻させる手伝いを」

 

「あたしの…本当の走り…?」

 

Kの言葉に続き、トレーナーが言う。

 

「俺も…俺も見てみたい!ジョーダンの本当の走りを!

俺が君に惚れたのは、君が努力を続けるウマ娘だとわかったからだった。

いろいろ苦労をしたけれど…ようやく見られた君の走りはとても素敵だった。

君と出会えてよかったと思った。それまで以上に惚れてしまった。

 

でも…今までの走りよりも、もっとすごいものが見られるとしたら。

君がもっともっと強くビッグになれるとしたら。

俺も見たい、その走りを。俺も一緒に行きたい、ジョーダンと一緒に!

 

大変なことも沢山だろうけど、俺が支える!だからもう一度頑張ってみないか?

ジョーダンは…自分がどこまでビッグになれるのか、確かめてみたくないか?」

 

トーセンジョーダンはトレーナーの真剣な顔を見た。

誰もが自分を理解してくれない中で、唯一わかってくれた人。

誰よりも自分を応援してくれた人。誰よりも自分を支えてくれた人。

その彼はまだ自分を信じてくれている。

そんなふうに言われたらさ…あたしもアツくならないわけ、ねーじゃん。

 

「…やってみたい。脚がボロッちいあたしが皐月賞勝ったんだよ?

そんなあたしの脚が治ったらさ、サイキョーになるに決まってんじゃん!」

 

「ジョーダン…!じゃあ…!」

 

「なんか色々メンドイらしいけど、ちゃんと治るまで我慢する。

今度は先生たちのいうこと絶対に聞くから。

だからあたしの脚、治して!」

 

「承知した。俺たちに任せておけ…必ず君の脚を取り戻してやる!」(カッ)

 

 

Kが治療の流れを説明していく。

 

「まずは1か月ほどの事前準備、治療の第1コーナーです。

腫瘍の摘出手術を行うには、患部の状態を落ち着かせる必要があります。

化膿していては手術ができませんからね。

 

足先というのは雑菌が多い部位なので、乾燥と消毒が重要です。

靴や靴下を履くと蒸れてしまい雑菌が繁殖しやすくなる。

なので常に素足で、履物は足先に負荷のかからない通気性のいいサンダルを履くこと。

風呂やシャワーは問題ありませんが、洗った後は乾燥させて薬を塗る。

これで無事に化膿しないまま傷が落ち着いたら第2コーナー、手術に踏み切ります。

それまで負荷は与えたくないので当然…レースやトレーニングはご法度ですよ。

化膿してしまった場合は手術が延期になってしまうので注意してください。

 

手術は全身麻酔下で行いますので、入院の準備もしておいてください。

手術後は1週間ほど入院してもらい、経過観察をします。

数日間は術部に痛みがあると思いますが、これは頑張ってください。

経過に問題がなければ退院していただきますが、

事前準備と同じく負荷をかけない、乾燥と消毒で化膿しないようにすること。

 

そして何よりも爪です。

今回剥がれた爪は元には戻らないため、取り除くしかありません。

爪が十分な長さに生え変わるまでには3か月はかかるでしょう。

それまではトレーニングにも制限がかかります。ここまでよろしいですか?」

 

Kの話を真剣に聞くトーセンジョーダンは、真っすぐな目をして答えた。

 

「ごめん、正直何言ってんのかさっぱりわかんねーわ。後でトレーナーに聞くね。

でももう覚悟決めたし。どんなことでもやってやる!そこはマジだから!」

 

「…わかった、細かいことはトレーナーに伝えておくから指示してもらってくれ。

治療期間から考えて、日本ダービーや菊花賞は諦めてほしい。

だがこれからも走り続けるのであれば、どうしても我慢してもらわなければならん。

これを乗り越えれば脚の心配は無くなり、シニアでは好きなだけ暴れられるだろう。

君の頑張りに期待しているぞ」

 

 

 

 

そうして寮に戻ってきたトーセンジョーダン。

今回は医師の指示に従い、きちんと部屋で脚の手入れをしていた。

今日も昨日も一昨日も、指示された通りに処置をする。

毎日気を使いながらの生活は手間はかかるが、決めたことを貫く気持ちは強かった。

 

「さて、シャワー浴びたし薬塗っか。

ちえー、約束は守んなきゃだけど結構メンディーだなー。

サンダルだけだからおしゃれな靴も履けないしなー」

 

その時ドアがノックされ、ゴールドシチーとバンブーメモリーが顔を出した。

 

「ジョーダンちゃんとやってるっスね!それ塗り薬っスか?」

 

「おっす。おー、偉いじゃん」

 

「あ、シチーとバンブーさん。まーね。今回のあたしはガチガチのガチだから」

 

「素晴らしいっス!!!!ぜひこれを受け取ってほしいっス!!!!」

感激しているバンブーメモリーが紙袋を差し出した。

 

「およ?ナニコレ?…あ、サンダルだ!しかもめっちゃデザイン良くね!?」

 

「バンブー先輩に頼まれてさ、アタシが見繕ったんだ。

風通しが良くて丈夫で足先に負荷かからなくて、そんでもってオシャレなやつ…って。

だいぶ盛り盛りの要望だったけど、アタシもガチで探してきたわ」

 

「爪で辛い思いをしたのはアタシもっスから、気持ちはよーくわかるっス。

だからそれと戦うジョーダンのことを応援してやりたいんス!

サンダルを履かないといけないって話っスから、いいやつを履いてもらおうと思って!」

 

「バンブーさん…シチー…ありがと!あたし頑張るから!」

 

 

 

それからトーセンジョーダンはKの指示に従って、真面目に爪の回復に努めた。

本人の努力と周りのサポートの甲斐もあり、化膿することなく治癒できた。

 

約束の1か月後。

 

「ふむ…トーセンジョーダンさん、頑張ったな。期待していたよりも綺麗な状態だ。

これなら問題なく手術ができる。…心の準備はいいかな?」

 

「…よ、ヨユーだし。手術なんて全然怖くねーし。

どうせなら滅多切りしてもらってもいいし?」

トーセンジョーダンの体は若干震えていたが、覚悟は決まっているようだった。

 

「よし。俺たちに任せておけ。君の脚を取り戻すぞ」

 

「うん…!お願い…!」

 

 

手術室に移動したKとトーセンジョーダン。

手術の助手として、トーセンジョーダンの担当医もいた。

 

 

 

それはKがトーセンジョーダンを診た日、帰る直前のこと。

 

『今日はありがとうございました。

爪下外骨腫…私は経験が足らず前回の時に見抜くことができなかった。

もしあの時見抜けていたら、ここまで酷くならなかったかもしれない。

事の重大さをもっと真剣に伝えられたかもしれない。

それに患者の気持ちにも気づくことができなかった。

私の未熟さで、危うく患者の脚を壊してしまうところでした…!』

担当医が深々と頭を下げる。

 

『前回のカルテを見せてもらったが、あの時点で爪の傷は相当な深さだった。

あの状態では爪下外骨腫による隆起や変形を見つけるのは難しかっただろう。

まずあの傷を治してから詳しく調べようと考えた君は間違っていない』

 

『でも…私があの時気づけていたらこんなことには…!』

 

『医者は神ではない。どれほど努力をしても救えないこともあれば、

どれほど気を付けていてもミスをしてしまうこともある。すべてを完璧にやるのは不可能だ。

だが…それでも我々医師は完璧を目指さなくてはならない。

それが患者の人生にかかわってくるのだからな。

今回の件で君は学びを得た。次同じようなことがあった時には気づけるようになるだろう。

反省をしたら次に活かすことだ、俺もそうやって成長してきた』

 

『はい…!それにしてもあなたは…

ドクターK、話はいろいろ聞いています。とてつもない技術の持ち主だと。

私のような若輩者では足手まといになるかもしれませんが、

彼女の手術に参加させてもらえませんか!?

担当医だった身として、彼女の治療を手伝いたいんです!』

 

『とんでもない、俺から頼もうと思っていたところだ。

是非お願いしたい。ともに彼女を救おう』

 

『はい!』

 

 

 

(ドクターKの技術は見るだけでもかなりの経験になるはずだ。

この機会を見逃さない!次に活かすためにも!)

 

「K先生!準備完了です!」

 

「よし、麻酔吸入開始!」

 

手術の準備が完了し、トーセンジョーダンに全身麻酔をかけていく。

 

「患者、入眠を確認しました!」

 

「よし、指を切開する!患部露出!腫瘍を摘出していくぞ!」

 

Kが手際よく切開、腫瘍の切除、縫合を行っていく。

その凄まじいスピードに、助手をする担当医はついて行くのに精いっぱいである。

伝説のドクターK、その手腕に畏敬の念を覚えていた。

 

(ドクターK…なんて人だ!この手術自体は俺にだってできる。

だがこの人はおそらく俺の倍くらい作業が早い!なのに丁寧さも間違いなく俺以上!

伝説の医師とは聞いていたが本当に伝説級だ!)

 

 

「よし、手術終了だ!君もご苦労だった。あとの処理は頼む!」

 

「は、はい…!ありがとうございました!

とんでもない技術でした!勉強になりました!」

 

「こちらこそありがとう。優秀な助手のおかげで手際よくオペができたよ」

 

「そんな…!でも、ありがとうございます!」

 

(本当にすごい人だった。俺もドクターKみたいになりたい…!

全部は無理でも、せめて皮膚科医としては同じレベルになってみせるぞ!)

 

担当医はKに触発されて一層のやる気を出した。

彼はこれからも成長を続け、いつしか皮膚科医として名を馳せる医師になるのだった。

 

 

 

 

 

手術終了から時間がたち、麻酔から覚めたトーセンジョーダン。

 

「ふげぇ~…あれ、ここ病院のベッド?

あー、あたし手術してもらったんだっけ」

 

「お、起きたかジョーダン!大丈夫か?」

 

「おー、こんなんヨユーっしょ…。

よくわからんけど、これであたしの脚は治ったワケ?」

 

「その辺は先生に説明してもらうから呼んでくる!

ちょっと待っててくれ!」

 

 

トレーナーがKを呼び、手術について説明がされた。

 

「トーセンジョーダンさんお疲れ様でした。手術は問題なく行えました。

腫瘍は完全に取り除けたので、もうこれで爪に心配はありません。

 

ここからは手術による痛みを乗り越え、爪の再生を待つことです。

経過に問題がなければ1週間後に退院し、前と同じように脚に気を使った生活をしてもらいます。

手術の傷が癒えたら脚のトレーニングをしてもいいでしょう。

ただし爪が再生するまでは脚を鍛えるなら指に負荷のかからないトレーニング、

例えばエアロバイクのように、かかとで行えるものだけにしてください」

 

「おけまる水産!んで、爪がちゃんと生えたら走ってもいいってことっしょ!?」

 

「その通り。そこからが君の治療の最終コーナーと言ったところだ。

傷が治っても勝てなければ目標は達成できないものな」

 

「先生わかってんね!見ててよ、本気出したあたしの実力を!」

 

 

トーセンジョーダンの術後経過は問題なく、予定通り退院した。

その後も医師の指示を守り、傷が癒えるまで優しく丁寧に扱い、

癒えてからは爪に負荷のかからないトレーニングで鍛えていった。

そして爪が十分伸びてからは走力トレーニングに打ち込んでいく。

そこにはもう、爪に不安を抱えて夢に躓く少女の姿は無くなっていた。

 

 

【コンディション解消:凸凹ネイル】

 

 

 

 

 

「さて、先生方からもお墨付きをもらったな。ジョーダン…君の脚はついに治った。

ここから本格的にトレーニングを行っていくが、目標とするレースを決めたい。

何か希望はあるか?」

 

「うーん…三冠はなくなっちゃったしな。あたしに向いてるのってなんだろう?」

 

「特に希望がないならアルゼンチン共和国杯はどうだ?

君の適性にはあっているし、これを足掛かりにGIへ向かっていくウマ娘も多いレースだ」

 

「国…クニ?どこの国だか知らんけど、海外でもなんでもいってやっか!」

 

「アルゼンチン共和国杯な。日本のレースだよ。国際交流のレースなんだ」

 

「なんだ、日本なら気楽じゃん。ここで一発かまして、

その勢いのままシニアで全部のGI取ってやる~!」

 

「全部は無理だが、その意気だ!やるぞジョーダン!

本当の君の実力を、世界に見せつけてやろう!」

 

「おーっ!」

 

 

 

アルゼンチン共和国杯当日。

 

「へへ、見てよこれ。ヘリオスとパーマーとシチーとバンブーさんと…

あとこの前あたしん所に来たギャル軍団。

みんな揃って応援してくれてるし。いったいいつ仲良くなったんだかね。

でも、燃えるわ。こんなんゼッテー情けないとこ見せらんないじゃん」

 

ダイタクヘリオスから送られてきた応援の動画を見て、顔をほころばせるトーセンジョーダン。

 

「やる気はばっちりだな。体の…爪の調子はどうだ?」

 

「問題なっしー。あの2人のせんせ、めっちゃ天才だったわ。

こんなことならとっとと病院行っとけーって話なんよね」

 

「過ぎたことを言っても仕方ない。

今日は経過観察の最後として、レース後の状態を見てもらう日だ。

爪もレース結果も、最高のものを持っていくぞ!」

 

「おーよ!ま、見とけって!」

 

 

 

 

『最終コーナーを回り、注目のトーセンジョーダンは3番手!

足をためながら前を窺っているようです!』

 

 

(これまでも何度かレースに出たけど、いっつも爪のことばっか気にしてた。

すぐ痛くなるし、痛くならなくても不安で仕方なかった。

でも…今日は違う。これからは違う!もう何の不安もない!

あたしのガチの走り、見せてやる!!あたしはもっとビッグになるんだぁぁぁ…っ!)

 

 

『おっと、ここでトーセンジョーダンが加速した!

先行する2人を追い抜きトップに躍り出た!』

 

 

「はああああっ!!!これがあたしの、全力だ―――っ!!!」

 

 

『トーセンジョーダン、そのままの勢いで後続を引き離し、見事に1着!

このアルゼンチン共和国杯で勝利を飾りました!』

 

 

場内では、トーセンジョーダンに対する歓声が沸きあがっていた。

 

「ジョーダンさいこー!」

「マジかっけーわ!」

応援に来ていたギャルウマ娘仲間も大喜びしている。

 

 

「おっしゃああああ!!見たかーっ!

あたし、いけんじゃん!全然いい感じじゃん!!」

 

このアルゼンチン共和国杯ではシニア級のウマ娘も出走している。

それに打ち勝ち、得た勝利。トーセンジョーダンは自身の足が確かに治り、

自身の脚がシニアにも通用すると強い自信を持てるようになった。

そして、観客たちの前で高らかに宣言をする。

 

「あたしもっとビッグになっから!

次はアレに出るし!えっと―――有記念!!!」

 

 

 

 

その後、かかりつけの病院へ移動する。

今日が最後の経過観察だ。

いつもの担当医が診察をしてくれた。

 

「…はい!完璧ですね、もう何も問題ないでしょう!

レースも見ましたよ、見事な走りでした!」

 

「へへ、先生あんがと!先生と、あとK先生がいたから、

あたしもこうやって走れるようになったんじゃんね!」

 

「K先生は凄かったですね。

最初からあの方が見てくれていたらもっと回復が早かったかもしれませんが…」

 

「いやいや、先生も天才っしょ!ずっとあたしの治療してくれたじゃん!

そのおかげでこんな元気になったもん。最初はごめん、逆らったりして」

 

「いえ…最初は私の方こそ申し訳ありませんでした。あなたへの気遣いが足りなかった。

それに私は天才ではありませんよ。

わからないことはたくさんありますが、勉強をして乗り越えているだけです。

それにK先生も…あの人は確かに天才でしょうけど、その上で凄い努力をしている人です」

 

「そうなん?なんかシンパシーわくわ。あたしも友達が天才天才って褒めてくれてさ、

まあそれはそれで嬉しいんだケド、あたし結構努力してっからな?みたいな」

 

「そうですね、あなたはたくさんの努力をしたから今こうしていられる。

これからもあなたの走りを見せてくださいね、応援していますよ」

 

「ありがと!先生も頑張ってね!」

 

 

こうして最後の経過観察も無事に終えたトーセンジョーダン。

脚の不安を無くした彼女に恐れるものなど何もない。

シニア級では、持ち前の猪突猛進ぶりを活かして暴れまわることだろう。

 

 

 

 

寮に戻ったトーセンジョーダンの前に、

頭にタオルを巻いて腕組みをしている1人のウマ娘が立ちはだかった。

 

「おうジョーダン!アル杯見てやったぜ!結構やるじゃねえか!」

 

そう声をかけたのは破天荒で唯一無二、空前絶後で前代未聞、

前人未到の傾奇者、葦毛の変怪ゴールドシップである。

 

「げっ、ゴルシだ…!」

 

トーセンジョーダンは身構え、露骨に嫌そうな顔をする。

それもそのはず、ゴールドシップはあいさつ代わりと称して、

出会い頭にドロップキックやラリアットをかましてくるのだ。

 

「んだよその顔は。せっかく褒めてやってんのに」

 

「まあ…それは受けてやるし。あんがと。」

 

「おめーの脚も治ったようだから、そろそろアタシらも雌雄を決するときだな…」

 

「は?何をどうするって?」

 

「……アタシらも決着をつける時だな。」

 

「へえ、喧嘩売るってこと?別にいいよ、あたしももう万全だから。

あんたなんかにゼッテー負けねーし」

 

「お前、年末に有記念に出るんだってな?」

 

「誰かに聞いたん?そのとーり。

すげーヤツもいるだろうけど、あたしがぶっ飛ばしてやる!」

 

「なら決めた。年末のGIなんて燃えるよな、アタシもレースに出るわ。

それでどっちが早くゴールできるか勝負しようぜ」

 

「ほーん。受けて立つ。あたしが勝ったらゴルシ、

アンタはあたしに二度とちょっかい出すの禁止、そんで一生敬語で話せよ」

 

「いいぜ。じゃあアタシが勝ったらお前にドロップキックを行う」

 

「それいつもと同じじゃん!…いや、でもそれならあたし損しなくね?

よっしゃ!勝負だゴルシ!」

 

 

 

 

そうして迎えた有記念。

 

…そこにゴールドシップの姿はなかった。

 

 

「ゴールドシップいないんですけど。何やってんだあいつ?遅刻か?」

 

その言葉を聞いたトレーナーが言う。

 

「ん?ゴールドシップが応援に来てくれる予定なのか?」

 

「ちゃうちゃう。応援じゃなくて勝負するって話をしたの」

 

「勝負…?なにで?このレースでか?」

トレーナーは怪訝な顔をした。

 

「トーゼンっしょ、他に何があんの?」

 

「いや、他にと言ってもな…このレース、ゴールドシップは出ないぞ」

 

「えっ!!?なんで!?まさかアイツ人気足んなかったの!?」

 

「いや、人気は十分あったけど出てないぞ。出走表見ればわかるだろ、ほら」

 

トレーナーが出走表を見せると、そこにゴールドシップの名はない。

 

「マジじゃん!!!なんだよアイツ!?」

 

わけわかんね、と言いながらトーセンジョーダンはゴールドシップに電話をかける。

 

「おいゴルシ!!あたしと勝負するっつってたろ!なんでいないの!?

アンタから喧嘩売ってきたのに逃げんのか!?」

 

『おいおい何言ってんだ、アタシもちゃんとレースに出るぜ?』

 

「はあ!?有の出走表見たけどアンタは載ってねーよ!」

 

『そりゃおめーの勘違いだ。ちゃんと名前も載ってるぜ』

 

「え…!?どういうこと!?」

 

『勘違いしてるって言ったろ?アタシは有には出ねーから。

アタシが出るのは東京大賞典だ。年末のレースに出るとしか言ってないだろ?

こっちは今全冠埋めしてるとこなんだわ』

 

「東京大賞典…なんで!?勝負するんじゃないの!?」

 

『勝負はすんぞ。前に言った通り、早くゴールできた方の勝ちな』

 

「早く…?あ、タイム勝負ってこと?

……ちょいまち。東京大賞典ってどんなコースよ?」

 

『ダートの2000mだな』

 

「おい!!そっちの方が500mも短いじゃんか!!」

 

『勝負は勝負だ。おまえも納得してたんだから取り消しは効かないぜ~。

ゴルシちゃんが天気予報をお伝えします。

来週からはトーセンジョーダンさんにドロップキックの雨アラレが降るでしょう♪

あ、アタシはそろそろクリスマスサーモン屋台の時間なんで。チャオ~!』

 

そう言い残し電話が切れた。

 

「ゴ…ゴールドシップゥ~!!!!!」

 

 

その有記念でトーセンジョーダンは優勝は逃したものの好成績を残した。

強きギャルウマ娘として有名になり、シニアでの活躍が注目される1人となった。

 

それはそれとして、ゴールドシップとの勝負は2000m相手にタイムで勝てるはずもなく、

今まで通りドロップキックを受ける日々が続くのだった。

 

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