あえる ヤれる アイドル『TRK26』全裸生活 作:添牙いろは
僕がこの学部を選んだのは……一応、人口のおよそ半分を占める高齢者のことをしっかりと見据えていかなくてはならない……みたいに言ってはいるけれど。対外的には。でも、本当のところは……僕がどうしようもなく弱いから。今後歳を取ってさらに弱くなったら、僕はどうなってしまうんだろう――そんな不安に押されて、進路を決めたところはある。
それにひきかえ――操さんはどこまでも強い。色んな意味で、強い。誰に対しても。そんな彼女が何故福祉の大学に? と疑問に思っていたけれど……これ以上話すと大学を特定されかねないので、一先ず伏せておく。もし公開情報となったら、操さんの口から語られるかもしれない。……いや、語らないだろうな。だから、僕から言うことではないのだと思う。
そんな、福祉の学校には似つかわしくない――もっと言えば、こんな僕にこそ似つかわしくない操さん――まるで抜き身の刃のようで――はっきりいって、分不相応な一目惚れだった。一方で、彼女から見て僕のようなウジウジした男は普通に嫌いらしく、このままだと嫌われちゃうなぁ、と思って……それで、どうせ嫌われるのなら、最後に殴られでもした方がある種の思い出になるんじゃないか……と半ばやけっぱちで。
校舎裏に手紙で呼び出したとき――操さんは本気で果たし状の類だと思っていたらしく、僕はチンピラの使いっぱしりとあしらわれそうになってしまった。お前らの
その後のことは絶対他言するな、と操さんからも厳命されているので、僕から言えるのはここまで。だから、大切な思い出として僕だけのものにさせておいてほしい。きっと、あんな操さんを見たのは僕だけだろうから。
操さんは男嫌いで有名だけれど……それは正確じゃない。あの人は、気に入らない男に容赦がないだけで。空手有段者だから素人に直接の暴力は振るわないけれど……寸止めくらいなら平気でやるからなぁ。その度に、僕はヒヤヒヤさせられる。
一方――知らない人には絶対に想像もできない秘密――本人は秘密のつもりらしいけど、結構知ってる人も多くて――けど、恐れ多くて誰も指摘できないこと――彼女のもうひとつの顔――それは『AV女優』だ。
しかも、いわゆるアイドル系というか、とてもキャピキャピした感じの。ツインテールのウィッグを着けて、カラフルな縁のメガネも掛けて。普段の操さんがその話をすることはない。隠している、という雰囲気も感じる。だから、僕から聞くこともない。本人が秘密にしようとしている限り、僕も――けど、やっぱり気にはなるので、動画は全部持っている。それもまた、操さんには秘密だ。
けれど、もし操さんのAV活動が僕とつき合い始める前からだったら……ちょっとショックだったと思う。もしかしたらそっちが本当の顔で、凛々しい操さんは作り物……なんて疑ってしまったかもしれないから。
けど――きっと、僕とつき合い始めたことで……異性方面に関する見識が広がったのかもしれない。それにまつわる欲求不満なところもあるのだろう。僕なんかが、女のコひとり満足させられる男ではないことは重々承知している。だから……なんて献身的なことを言うつもりはない。僕より相応しい男の人とヤリたいことをヤッている操さんは……やっぱり可愛くて……そんな操さんが僕の彼女だと思うと、誇らしい気持ちになるのだった。みんなが、僕の恋人を可愛いって認めてくれてる。それは、まるで自分のことのように。
そんな操さんと、授業があった頃は毎日一緒だったけど……休みに入ると忙しくなるんだろうね。きっと、AVの仕事の方が。これまでは週に一度はデートをしていて……けれど、三月に入った頃からそれもなくなって。ただ、僕が嫌われただけならいいのだけれど、操さんに何かあったんじゃないか、って心配になってしまう。
でも、今日――僕は操さんの自宅に呼ばれた。操さんは、基本的に人を家に呼びたがらない。それは多分、『もうひとつの顔』に関するアイテムを多数秘蔵してるからだと思うけど――だからこそ、僕が招かれたのは意外だった。
場所は、引っ越しを手伝ったから知っている。知り合いがオーナーやってて、安く住ませてくれるから……と操さんは言っていた。けれど、本来そういう理由で引っ越すような人ではない。オーナーである知り合い――しかも、場所は新歌舞伎町――多分、AV業界の人だ。だからきっと、ここに住んでいるのはAV女優ばかり――きっと、悪い男から狙われることもあるのだろう。そんな女のコたちを護りたい――操さんは、そういう人だ。
その建物の名前は、メゾン・ニュー……――いや、本当にニュー、で名前が止まっている。おそらくは、新歌舞伎町だけに『ニュー歌舞伎町』みたいな名前だったと思われる。けど、何を思ったか『歌舞伎町』の部分だけ看板を外して、ニューで登録しているらしい。何がどう新しいのかわからないけれど……機会があったら聞いてみたい。
彼女の部屋は二階なので、階段で上がる。呼び鈴を鳴らすと、操さんはすぐに出てきてくれた。
けど――
「お、おぅ……ワリィな、こんなカッコで」
え……お風呂上がり……?
インターホンにカメラは付いている。だから、やってきたのが僕だと知って無防備に――にしては、ちょっと様子がおかしい。実際、操さんはちょっと恥ずかしそうだ。それに改めて見てみれば――風呂上がりでさえない。髪も濡れていないし……けど、頬は紅潮して、ちょっと可愛い。
これも、僕の前だけで見せてくれる操さんなのだけど――カメラの前では楽しそうに脱いでいるのに対して、僕の前ではあまり裸になることはない。かといって、僕が嫌われてるとも思っていない。基本的に僕の前で裸になるときは、もちろん……セックスするときだけど、そんな操さんはとても嬉しそうだから。
実際、操さんは――早く入れ、とか、扉を閉じろ、とか、そういう類の理由で僕を急かすことはない。ただ――僕に見られていることだけを恥じらっている。
「ま、まったくよぉ……見慣れてるんだろ、こんなもん」
こんなもん、と操さんは言うけれど、何度見ても操さんは可愛い。男勝り、と呼ばれる彼女に余分な贅肉はない。腕も、足も、しっかりと引き締まっている。それは胸も同じこと。それでも――本当に最低限、女のコであることだけはちゃんと示してくれる立派な乳首と、控えめな乳輪。下の毛は少なめながらも、大切なところを見張る槍のよう。そこは、隠れたふたつの丘にも守られていて、その隙間が女のコの筋をスッっと作っている。
どこを見ても、操さんは可愛い。けれど、その視線が――操さんは苦手なようだ。
「ほ、ほら、アホ面晒してないでとっとと来いよ」
操さんはくるりと踵を返す。その仕草はキビキビしているけれど――裸の女のコとなると、どうしてもしなりとしてしまう。お尻もすっきりとして控えめで――まさに、男の娘のような――もちろん、男根は生えていないけれど。男らしい身体に女のコの可愛らしさをトッピングした――操さんは、そんな女のコだ。
操さんが奥の部屋に座ると、僕は台所でお茶の用意を。招かれてるのは僕だけど――シンク周りの収納を決めたのも僕だし。あまり使われていないらしく迷うこともなかった。その間、操さんはこっちに背中を向けている。後ろ髪は長くないが、ウィッグを付けるために必要最低限は伸ばしているようだ。そこから広がる肩は綺麗で、見ていて飽きない。だから、きっと僕からの視線には気づいて――あえて、何も言わないのだろう。操さんはそんな人だ。
ふたつのマグカップに緑茶を注ぎ、僕は操さんの待つ座卓の前に腰を下ろす。けれど、僕から何を言うことはない。きっと、操さんに話したいことがあるはずだから。そして、操さんはこういうときに徒に間を延ばさない。
「あー……えーと、オレ、四月の頭、授業休むから」
「どうして?」
「どうしてもだ」
操さんが言いたくないのなら、僕は聞かない。それはきっと――今月前半に会えなかったことの続きなのだろう。それは、AVの仕事の都合……もしかすると、劇場の方かもしれないな。
操さんは、AV女優の傍ら、ストリッパーとしてステージに上がることもあるようだし。僕にはあまり区別はついていないけれど、操さんにとってはどちらも大切なはずだ。何しろ……本棚の上には仕事用の眼鏡が置きっぱなしにしてある。こういうところ、やっぱり雑だなぁ。でも、そんな操さんが可愛いと思う。だから、そこにはあえて触れない。
「デートはできる?」
その一言で――操さんは啜っていたお茶を咽させてしまった。やっぱり、そういう単語は苦手らしい。
「った……くよぉ……着いて早々次のデートの計画か? 今日を大事にしろよ、今日を」
「うん、そうだね。久々のデートだものね」
強調する必要もなく、これは家デートと呼べるものだ。
「ずっと会いたかったから……嬉しいよ」
操さんも嬉しかったらしく、ようやく強く微笑んでくれる。
「お前が寂しがってるだろーから……誘ってやったんだよ」
けれども、重々承知している通り、今日のお誘いは軽くない。もし、言葉のままの理由だったら……わざわざ僕を呼ぶことはなかった。操さんは何らかの理由でこの家から――近所から離れられない――あ、だから大学にも来られないのか。
色々と一本につながって――やっぱり操さんは可愛いな、と思う。けれど、その感性はどこまでも格闘家としてのもので。狙われている場所には敏感でも――そこに込められている想いに対しては鈍感だ。
「……着いて早々ヤりてぇのか? ……ハァ、だから全裸でなんて出迎えたくなかったんだよ」
操さんが誰かの指示に従うのは珍しい。大抵の気に入らないことは拳で解決してしまうから。だから――こうして裸になっているのは――きっと、操さんにとって大切な人、もしくは、大切な場所の都合なのだろうな、と思う。
そして、そんな悪態をつきながら――それでも僕を家に呼んでくれた。それは――僕もまた、操さんにとって大切な人のひとりなのだろう。
操さんは、身体を隠すことは余計に恥ずかしい、と思っているフシがある。だから、あえて腰に手を当て。
「オレの裸で欲情しちまったか?」
それは、僕のことを茶化すように。けれど、僕は操さんに対しては正直だから。
「うん、だって操さんの裸は可愛いもの」
すぐにでも抱きたいくらい。
そこで僕はちょっと座る位置を変えた。本当に姿勢を直すくらいのつもりで。けれども、操さんはピョンと立ち上がる。
「こ、こんなところで襲うなよ!? べ、ベッドでな……あ、シャワー浴びるか? オレの方はもう浴びておいたけど……」
ここで、一緒に浴びたいな、なんて言ったら……きっとまた慌てるのだろうな。けど、大丈夫だよ。僕も来る前に汗は流しておいたから。
部屋に着いたらきっと――こんな感じになるのだろうと思って。