Re:大空スバルの異世界生活(執筆停止中) 作:飽和水溶液_pixiv
続きは、できれば明日投稿しようと思います。
オルタナ王国の某日某所。
大空スバルと名乗った、不思議な旅人らしい少女が去った後の裏路地。そこには本日非番をもらっている私”風真いろは”と、先輩騎士の”宝鐘マリン”が居た。
「随分と、おかしな子でしたね。……まあ、害意はなかったようでしたけど」
マリン先輩はスバルについて何やら思うところがあったようだが、概ね”敵ではない”という認識にはなったようだ。彼女もまた、二つ名を持つ優秀な騎士だ。それに私と違い、経験も実力も知能も研鑽も……まだまだ未熟な風真いろはには到底思いつかないであろうことまで、考えている。そんな先輩を、私は純粋な気持ちで尊敬しているのだが。
「悪い子には見えなかったでござるな。むしろ、元気いっぱいでとても可愛らしかったでござる!」
「いい子だったかはともかく、元気だったのは同意ですね……それよりも、スバルの言っていた二人組の話の方がマリンは気になりましたね」
マリン先輩が言っている二人組というのは、スバルから頼まれた伝言を伝えるべき相手だ。
一人は黒い髪に、白いローブを着た少女。そしてもう一人は、水色の髪に水色と白のミニスカートのドレスを着たエルフ族の女性だそうだ。
最初スバルにこの二人に会わなかったかと聞かれ、私もマリン先輩も知らないと答えた。がしかし、実のところ心当たりというものはあったのだ。
「そのお二方って、多分でござるが……現在王都で行われている王選の候補者の一人”ルーナ”様と、その契約魔術師の”ラミィ”様でござるよな?」
私の中にあった心当たりについて、マリン先輩に尋ねる。確信はないものの、スバルの言っていた特徴と一致する者はそう多くはいないだろう。時期が時期だし、可能性は高いと考える。
「恐らくそうでしょう、マリンも同じことを考えていました。スバルには悪いですけど、間者の可能性も否定できませんので知らないと言っておいて正解でした。害はなくとも、よそ者であることは変わりないでしょうしね」
「間者、ですか……風真はそうは思わないでござるなぁ」
マリン先輩の予想に、しかし私はその可能性は低いだろうと否定する。決して長くスバルと付き合った仲ではないが、それでも彼女の人間性は多少なりとも知ったつもりだ。ちょっとしたことで大声を上げる元気さに、お礼もきちんと言える礼儀正しさ。少なくとも、悪者ではないであろうと私は思う。
「勿論、マリンも断言しているわけではありませんよ。ただ、警戒するに越したことはないというだけです」
マリン先輩もあくまで、念には念をという感じらしい。
それよりも私は、スバルの話していた件の方が気になった。盗品蔵に貧民街、それにルーナ様の探し物とは……。
「……その顔、マリンにはわかります。気になるんでしょ、このお人好しの英雄さん?」
どうやら、マリン先輩に隠し事はできないようだ、彼女はこういった、相手の思考や感情を読むことに長けている気がする。それもまた、騎士に必要な素質というものなのだろう。
「実はそうでござる。さっきスバルの言っていた貧民街にあるらしい盗品蔵という場所と、ルーナ様の探し物というのが気になっているでござるよ」
「はあ、もうしょうがないですね……わかりました、ではマリンも付き合いましょう」
ため息をつきながらも、渋々私に付き合ってくれるようだ。本当に面倒見のいい先輩だな。
「でもその前に、一旦本部に戻りますよ。先日の吸血鬼の件もありますし、一応ノエルにも報告しておきましょう」
ノエルというのは、私たちが所属するオルタナ王国近衛白銀騎士団の団長”白銀ノエル”先輩のことだ。銀髪で、大胸筋がとても魅力的な騎士の中の騎士。
マリン先輩の提案に「了解でござる」と了承し、私たちは本部へと向かった。
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いろは達と別れたあと、スバルは今までの記憶を頼りに貧民街に辿り着いていた。話しすぎたのと、少し迷ってしまったせいか既に日が傾き始めている。
スバルはとりあえず、最初にぺこらの家(?)に行ってみることにした。今回はまだぺこらにもルーナやラミィにも会ってはいない。スバルの干渉がない場合この3人の追いかけっこの結末がどうなるのか分からないので、もしかしたらぺこらが既に逃げ切っていて盗品蔵に行く前に家に寄る可能性もあると踏んでのことだ。
「結構時間経っちゃったな......いそがないとっ!」
スバルは早足で、貧民街を突き進んでいく。
その途中、細い脇道のある十字路に差し掛かった。ぺこらの住処へはここをしばらく真っ直ぐだなと思いながら歩いていると、いきなり横から人影が現れてぶつかってしまった。
「あっ......」
急ぎ早の足だった為に、勢いよくぶつかってしまった。しかも何故か相手側は倒れなかったようで、何やら弾力のあるものに弾かれて尻もちまで着いてしまった。
「あ、ごめんね。うっかりしちゃってたの、大丈夫?」
「いててて……う、うん。大丈夫です......っ!?!?」
お尻に生じる痛みに耐えながら顔を上げると、スバルは咄嗟に息を吞んでしまう。額から冷や汗がつたい、背中がぞわりとする。
(な、なんでこんなところにっ!?)
スバルの中の危険信号が、とてつもない勢いで警笛を鳴らしていた。
理由は明確。スバルが今一番会いたくない相手が、目の前に現れたのだから。スバルがこの世界に来て、既に二回発動している『死に戻り』。それを両方とも発動させた張本人。
「どっかケガとかしてない?立てる?」
そのぶつかってしまった相手ーーーーー吸血鬼の”夜空メル”がスバルに手を差し伸べてくる。
スバルは咄嗟に、そのメルの手から身を引いてしまう。するとメルがその反応を見て不思議そうに首を傾げた。それを見てスバルはハッとする。そうだ、今のこの世界では……少なくともまだ、メルは何もしていない。であるならば今ここでスバルがメルを必要以上に警戒するのはおかしい。もしメルに怪しまれて、その正体を知っていると知れたら……何をされるか、考えたくもない。
しかしそれでも、流石に殺人鬼に差し伸べられた手をおいそれと掴むほど命知らずにはなれなかった。
「あっ……こ、こっちこそゴメン!びっくりしちゃって!特に何ともないから大丈夫だよ!」
相手にスバルの警戒が気取られないように、メルの手を借りずに即座に立ち上がる。バレないように、気づかれないように……。
「……そう、それならよかった」
「じゃ、じゃあスバル急いでるからこれで……」
ボロが出ないうちに、ここを立ち去ろうとする。早く……一刻も早く、彼女から離れたい。
しかし、スバルが急ぎ足でその場を離れようとするといきなりメルに話しかけられた。
「あら、つれないんだね……何か、そんなに急ぐ用事でもあるの?」
「……いや別に、何もないけど……」
本音を言うならば、わざわざ返事なんかしたくなかった。しかしどこでメルの機嫌を損ねてしまうかわからないので、スバルは仕方なく前を向いたまま質問に応答する。
「ふーん、何もないんだ……じゃあ、少しだけ質問してもいいかな」
振り向かないまま、スバルは無言になる。
次にメルがどんな発言をするのか、ただそれだけに神経を集中させる。
「……何故、貴方はそんなに私を怖がっているの?」
心臓が、今までにないほど大きく跳ねた。
スバルが、メルに対して恐怖を抱いていることがバレている。何故、どうして……。
その理由を求めるように、ゆっくりと恐怖の対象の方へと振り返る。
ーーーーーーーするとスバルのすぐ眼前。あと一歩前に出たら触れ合えるくらいの距離まで、メルが近づいて来ていた。
「っ!?!?!?」
音もなく、スバルの背後まで接近していたのか。
すぐそばまで来ていた恐怖が、再度口を開く。
「それに、怒ってもいるよね。私と貴方は初対面のはずなのに……なんで?」
なにか、何か答えなければ……。
スバルは、既に恐怖に支配され切っている脳みそをフル回転させる。
「な、何言ってるのさ。スバルが怖がってる?そんなことあるわけないじゃん……」
これが今のスバルにできる精一杯の強がりだった。
頼む、これ以上言及してこないで。スバルには今メルが納得するような説明も、自分の身を守る手段も持ち合わせていないのだから。
スバルの発言に対し、自分の抱く不信感をむしろ美味しく頂くように、メルは自分の舌を唇に沿わせる。
とてつもなく長く感じられる数秒を待ち、恐怖がゆっくりと口を開く。
「……まあいいよ。今ここで騒ぎを起こすわけにはいかないから」
だから、見逃してあげる。
スバルにはそう言ったように聞こえた。
メルはゆっくりと離れ、スバルが今来た道の方へと歩き出した。
たまらずスバルはその背中が見えなくなることを確認する前に、全力で駆け出してしまった。
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「な、何とか助かったぁ……」
メルと別れた後、スバルは極度の緊張で軽く腰を抜かしてしまっていた。生きた心地がしなかったとはこういうことを言うのだろう。
しかしこんなところで休んでいる時間はない。ルーナに、ラミィにぺこらにシオンに……スバルと同じような思いをさせないために。未だに恐怖心は残っているが、それでも何とか自分の体を奮い立たせる。
とりあえずは走りながらでも、記憶の中にあるぺこらの住処へはたどり着けていた。
……しかし、何度見てもひどいものだ。元は家が建っていたのだろうと思われる、レンガ造りの古い欠けた壁。そこに倒れ掛かるように三方向に薄い木の板が張り付けてあるだけの粗末な壁と、今にも落ちてきそうな屋根。その前面には中を見えないようにするだけの効果しか発揮しない布が、申し訳程度にかけてあるだけだ。
とても快適な暮らしとは言えないし、臭いや衛生面も酷いものだ。
「……どんな世界にも、お金を持ってる人とそうじゃない人がいるってことだよね……」
本当に、親切なくらいわかりやすい世界だな。人間の本質など、たとえ日本でも異世界でも変わらないという事なんだろう。
しかし、今肝心なことはそんなことではない。ここにぺこらがいないことの方が問題だ。
「まさか、中で寝てるなんてことはないよな……」
一応念のため、スバルは少し布をめくって中を確認しようとする。
すると、後ろから人の気配とともに物音が聞こえた。
「ちょっとあんた!人の家を勝手に覗いて何やってるぺこか!」
聞き覚えのある声と語尾。スバルはすぐに振り返り、探していた人物の発見に安堵する。
「ぺこら!よかった、帰ってきてくれたんだね!!」
前回までの世界線ではどうだったのかわからないが、少なくても今回はぺこらは自分の家に一度帰ってきてくれていたようだ。
「んー?あんた、ぺこーらのこと知ってるぺこか?言っとくけど、うちには盗む物なんてなーんにもないぺこだよ」
ぺこらが少し怒りの感情を含めていった。そりゃそうだ、誰だって見ず知らずの人に自室を覗かれたら怒るものだ。
「あっ……ご、ごめんね!別に覗いたり、何か獲るつもりはなかったんだ!スバルはただ、ぺこらと交渉がしたくて来たんだよ!」
「……ぺこーらと交渉?なんだ、あんたお客ぺこか」
ぺこらはなんとかこちらの話を聞いてくれるようだ。
スバルはホッとしながらポケットに入れておいた魔法のアイテムを取り出す。
「スバルの要求は一つ、ぺこらの持ってる徽章を買い取りたいんだ!こっちは交渉材料として、純金貨5枚くらいの価値がある今巷で大流行中の”ミーティア”を提供するよ!」
そう言いながら、スバルはぺこらに向かってスマホのシャッターを切る。今度はフラッシュ機能をしっかりと切っておいた。
そして、先程撮った写真をぺこらに見せながら説明をする。
「これはね、見ての通りその空間の時間を切り取って、この板の中に閉じ込めて置けるっていう魔法具なの!多分この世界でスバルしか持ってない貴重品だよ!」
スバルの説明を、終始不思議そうにぺこらは聞いていた。
なんとか……耳を傾けてくれないかな。
「……うーん、あんたはあのどえろいねーちゃんとは別口ぺこよね……でも、嘘をついてるようには見えないぺこ」
「じゃ、じゃあ!このミーティアと徽章を交換して……」
「待つぺこ。話は聞いてやるぺこだけど、ぺこーらも相手のいう事を全部鵜呑みにするほど馬鹿じゃないぺこ」
スバルの焦る様子を見て、しかしぺこらはそれをぴしゃりと切る。しかしそれは当然だ。商売相手のいう事を全部信じられるわけではない。きちんと証拠が必要だ。
「……この町の奥に、盗品蔵ってところがあるぺこ。そこの店主のシオンっていう人に鑑定してもらうのが公平ぺこよ」
そこで、やはり盗品蔵の名前が出る。しかしそこはまずい。盗品蔵にはシオンがいるかもしれないが、そこにはあのメルも来てしまう。
が、ここでその鑑定を拒否すれば、スバルが嘘をついていることを証明してしまう事になる。であるならば、すぐに盗品蔵に行ってシオンにも話をしてしまった方が早いかもしれない。どっちにしろぺこらとメルの待ち合わせ場所はそこなのだし、シオンを避難させてあげないといけない。
スバルは苦肉の策だがと諦め、ぺこらの提案を受け入れる。
「……わかったよ、なら今すぐ行こう!そしてすぐにシオンに鑑定してもらって、ちゃっちゃと取引を終わらせよっ!」
捲し立てるように言って、スバルはぺこらの背を押す。
「ちょ、ちょっと待って、あんたいきなり何ぺこ!?」
ぺこらはスバルの様子を見て静止の言葉をかけたが、それを受け入れずに歩き出した。
ここからシオンの居る盗品蔵まではそう遠くないはずだ。まだもう少し、日没まで時間があるっぽいけど……間に合うといいな。
スバルはぺこらと貧民街の街を歩きながら、先程の恐怖を再び思い出していた。その対象はもちろんメルのことだ。前回とも前々回とも、スバルは違う行動をとっている。そのことが今後の皆の行動にどんな影響を及ぼすのか、スバルはわかっていない。特に大きいのがさっきのメルとの接触だ。
『バタフライエフェクト』。最初は小さな変化でも、最終的には取り返しのつかないような大きな変化を伴ってしまうこと。どこかで聞いた言葉だが、スバルは今まさしくその状態に陥っている。
不安感に焦燥感。スバルは体中からあふれてくる嫌な汗を止められずにいた。その様子を見兼ねた、隣を歩くぺこらが気に掛けて声をかけてくれた。
「……あんた、何をそんなに急いでるぺこ?汗ダラダラぺこよ」
ぺこらなりに、気を使ってくれているのかもしれない。やっぱり根はいい子なんだな。最初にあったときも、困ってるスバルの質問に親身に対応してくれてたし。
「……何に怯えてるのか知らんぺこだけど……少なくとも今、あんたはちゃんと生きて歩けてるぺこ。まだ起こってもいないことにビクビクしててもしょうがないぺこよ」
「……何でスバルが怯えてるってわかるの?」
そうだ、スバルは怯えている。まだ起きてもいない、しかし必ずスバルに降りかかる痛みに怯えている。
「何言ってるぺこ、見たらわかるぺこよ」
そんなスバルを呆れたように、だが確かな優しさを持ってぺこらは笑う。
どうやら本当に見透かされていたようだ。しかも、それを知ったうえで励ましてくれるのか。ぺこらの言葉とその顔に、スバルは少しだけ勇気をもらった気がした。それに冷静にもなれた。
「……ありがとね、少しだけ気楽になったよ」
「別に気にすることないぺこ。話すだけならタダぺこだからな!」
なんともぺこららしい解答だな。
しかしそれでも、その無料の言葉がスバルにはよく効いた。
そのぺこらからの優しさを噛みしめながら歩いていると、ちょうど目的地に着いたようだ。この世界に来てから、既に二回訪れている盗品蔵。貧民街では一際大きい、木造の小さなお屋敷のような建物。
「ここが盗品蔵ぺこ。”紫咲シオン”っていう店主が一人で切り盛りしてる、盗品を売ったり買ったりする場所ぺこ」
建物を見上げているスバルをよそに、ぺこらが説明をしながら扉に近づく。慣れた手つきでノックノブに手をかけ、特徴的なリズムでノックする。
ゴン、ゴンゴンゴンーーーーーーーー。
するとしばらくしないうちに、中から応答の声が聞こえる。
「はいはーい、今開けまーす」
パタパタと一人の足音が聞こえた後、見た目は割と重そうな玄関扉がゆっくりと開かれる。
「おっすーぺこら。よく来たね、今ミルク入れるから」
すると中からいかにも魔女っ娘みたいな女の子が出てきた。薄紫色の長髪に、紫色の長袖服とミニスカート。それにヒラヒラのついたハイソックスに、魔女たる所以の三角帽を被っている。盗品蔵店主、紫咲シオンだ。
「ありがとうぺこシオン先輩……それと、今日はお客を連れてきたぺこよ」
そう言いながら、ぺこらがスバルの方を見た。それにつられシオンも目線をこちらに向けてくる。
「なんでも珍しい物を持ってるらしくて、それをぺこらの持ってる徽章と交換したいらしいぺこ。で、その鑑定と見届け人をシオン先輩にして欲しいぺこよ。名前は……あれ、そういえばあんた名前はなんていうぺこ?」
ぺこらに紹介されながら、自分がまだ名乗っていなかったことを思い出す。そうだよね、この世界ではまだ初対面なんだからちゃんとその態を守らないと。
「ち、ちわーっす、大空スバルしゅば。えっと、さっきぺこらが言ってた通り鑑定してほしいものがあるんだよね」
「その”しゅば”っていう変な語尾なにぺこ」
だからお前だけには言われたくない。
「……ふーん、なるほどそういう訳か。私は紫咲シオン、盗品蔵のオーナーだよ。とりあえず二人とも中に入りな、詳しい話はその後で!」
シオンに促され、シオンとぺこらは部屋に入った。
室内に入ると、壁には何の変哲もないランプが掛けられている。その周りにも甲冑や剣、骨董品などが並べられていて、一見するとそういう特殊な酒場に見えなくもない。部屋の中央辺りにはいくつかのテーブルや椅子が並んでいるが、それをスルーし一番奥のカウンター席にスバルとぺこらが並んで座る。するとシオンがぺこらにはミルクを、スバルには「粗茶だけど」と謎の液体をくれる。
だから、何が入ってるんだよこれ。
「それで、スバルが持ち込んだ珍しいモノって何なの?あと、欲しがってる徽章も」
そういわれ、まずはぺこらからと例の徽章を取り出した。それを手袋をしたシオンが受け取り査定を始めていく。
黒い下地に、光沢のある三角形の石。その真ん中には赤い宝石が埋め込まれていて、周りには龍の模様が象られている。しばらくシオンがそれを調べた後、「なるほどね」と言いながら徽章をぺこらに返した。
「見たところ、特に何の変哲もない徽章って感じだね。確かになんか魔術っぽいものが織り込まれてるみたいだけど、それ自体もたいして複雑な物でもなさそうだし……この真ん中の宝石にちょっと価値があるだけだね。良くて純金貨一枚って感じかなぁ」
純金貨一枚。つまり日本円で例えると10万円くらいの価値ってことだ。それでも結構な物な気がするけど……。
シオンの査定結果を聞き、ぺこらが「なーんだ、結構苦労して手に入れたのにその程度ぺこなのか」と若干不服そうだ。
「じゃあ、次はスバルの番だね」
そいいいながらスバルは例の”スマホ”を取り出しカウンターの上に置いた。
「……なにこの板。これが珍しいモノ?」
シオンが興味深そうにそれを観察する。まあ最初は、説明するより見てもらった方が早いか。
スバルはスマホ持ち上げて画面を操作し、カメラアプリを起動する。そして背面についているレンズをシオンに向け、シャッターを押す。
ーーーーーカシャッ。
シオンが「え、今何か音がしたけど……」と驚いているところに、すかさず今撮ったシオンの映る写真を見せる。すると、それを見たシオンはさらに驚いた様子を見せた。
「え、何これ。私?」
「これはね、今巷で流行りの”ミーティア”だよ!スマホって言うんだけど、ここの空間の時間を切り取って、それをこの板の中に閉じ込めておくことができるの!」
それを見て、シオンが考えるような仕草をした。「ちょっと詳しく見てもいい?」と聞いてくるので、スバルはそれを了承しシオンに渡す。
触ったり、眺めたり、たまに何かぶつぶつと言いながら色々と確認し、それが終わるとシオンがスマホを手渡しで返してきた。
「それで、どうぺこ?これは価値のあるものぺこなのか?」
鑑定の結果に興味津々そうなぺこらが、カウンターから身を乗り出しながらシオンに聞いてくる。スバルも結果は知っているが、少し緊張する。もしここでこれにはこれっぽっちも価値が無い、なんてことになったら交渉どころではなくなってしまうからだ。
シオンからの回答を2人で待っていると、なぜかシオンが気難しい顔をしながら
「……スバル、とんでもない物を持ち込んでくれたね」
と言った。
え、何でそんな顔をするんだろうと不思議に思ったが、既に前回でスマホの価値を査定してもらっているので、驚くことはわかっていた。
「すごいでしょコレ、スバル的には純金貨5枚くらいの価値だと思ってるんだけど!」
スバルが若干興奮気味に言うと、しかしシオンはそれを否定するように首を横に振った。
え、なんで!?確かに前回査定してもらったときは、シオン本人が「純金貨5枚は下らない」って言ってたのに!?
「シオン先輩、ぺこーらにはこれ結構すごいものに見えたぺこよ?ミーティアって言うのがどういうものなのかあんまりわかってないぺこなんだけど、少なくとも魔法を発動していたみたいぺこだし……もしかして、偽物とか?」
スバルが驚愕した様子でいると、隣のぺこらもその結果に疑問を抱いたようだった。説明のできない現象が、いま確かに起こっていた。であるならば、多少なりとも正体のはっきりしている宝石よりも価値があると思うのだが……。
しかし、そのぺこらの発言にもシオンがまた首を横に振った。
「……とりあえずは鑑定の結果から言うんだけどね……正直、シオンにもコレの価値はわからないって言うのが正しいかな」
「どういう事ぺこ?」
スバルも疑問に思ったが、ぺこらが代わりに聞いてくれる。
「えっとね、まず最初に言っとくとスバルの持ち込んだこれ……”スマホ”はミーティアじゃないんだよ」
それを聞き、ぺこらがさらに首を横に傾げた。
しかし、スバルはそれを聞いてドキッとしてしまった。
「スバルがスマホの効果を実演してくれた時におかしいと思ったんだよね。スバルは確かに、最初これを”ミーティア”として私に説明してくれたよね。でもその『空間を切り取る』という行為をした際に、本来ミーティアを発動すると必ず起きる魔力の反応が全くなかったんだ。この私が感知できなかったってことは、精巧な造りだからだけではちょっと説明できないし……だからそういう意味では、これは『ミーティアの偽物』ってことになるね」
ま、まずい……スマホがただの現代社会の科学力を終結させただけの、電波もネットもない異世界ではろくに使う事の出来ない板切れだってバレた!?前回の査定の際も、それについてはシオン自身が指摘してたけど……その時は特別珍しいモノだで納得してたじゃん!
「なるほどぺこ。つまりそれは、価値の無いただの板切れってことぺこな」
「……いや、むしろその逆だよ」
「…………へ?」
どうやってそのスマホの価値を再構築しようかと脳をフル回転させていると、思ってもいないシオンの回答に気の抜けた反応をしてしまった。
「さっきも言ったでしょ、シオンにもこのスマホの価値がわからないって。確かにこれはミーティアじゃないよ。けど、スバルの言っていた『空間の時間を切り取って、この中に閉じ込めた』という行為を間違いなく実行してみせた。しかも魔力を消費せずに、魔術の反応もないままに……つまりこれは、『今の魔法学的観点からは説明のできない異物』ってことになるの。そして、魔法のようなことができるのにその仕組みを根本的に説明できない物なんてこの世界にはほとんど存在しない」
あれ、ちょっと待って。もしかしてこれって前回の査定の時よりも大事になってない?世界の異物とか言われてるんだけど。
「スバル、こんなものをおいそれと表に出さない方がいいよ。それはこの世に二つと無い貴重”すぎる”代物。悪いけど、シオンにはそれに値札をつけるなんてとてもできないし、例えここがひっくり返ったとしても買い取るお金なんて用意できないよ」
そういわれスバルは少し気圧される。と、とんでもない事になってきてしまった。スバルはただこのスマホを売って、そのお金で徽章を取り返したいだけなのに……。
「こ、これにそんな価値があったなんて……はっ!?シオン先輩!!さっきぺこーらも、スバルにそのスマホを使ってもらったぺこなんだけど……」
「はぁ!?嘘、本当に!?やばいってそれ!……もしこのスマホに”使用回数制限”でもあったら……一回使うのに、一体いくらかかるんだろう……」
スマホが売れないことに悩んでいるスバルを尻目に、なぜかぺこらが青ざめた顔をしている。
しかし、本当にどうしたものか。
「えっとさ、シオン。これどうしても買い取ってもらえない?スバルはどうしても、その徽章が欲しいんだよ」
それが無ければ、ルーナと仲直りすることができない。いや確かに、この世界ではまだルーナと喧嘩をしているわけではないが……それでも、スバルが受けた今までの恩を返したいのだ。
スバルは縋るようにシオンにお願いする。
「むりむりむりむり!!シオンが生涯借金の、体を売る生活になっちゃうよ!……ていうか、どうしてスバルはそんなにこの徽章が欲しいの?さっきも言ったけど、ものすごい貴重な物でもないんだよ?」
そういわれ、スバルは黙り込んでしまう。
「……確かにそうぺこ、何で”みんな”これを欲しがるぺこ?」
さっきまで青ざめていたぺこらが、次は泣きそうな顔をして聞いてきた。
ぺこらの言うみんなとは、恐らくメルとその依頼主のことだろう。そもそもの話、ぺこらがその徽章を盗んだのもメルからの依頼のはずだし。
……仕方がない、ここはもう正直に話してしまおう。
「……スバルがその徽章を欲しがってるのは、それを持ち主に返すためなんだよ。スバルには、その持ち主にどうしても返したい恩があるんだ。……だから、頼むよぺこら。スバルにできることなら何でもするから、その徽章を譲って!お願いっ!!」
自分の正直な気持ちと、本人に返したいという事を包み隠さずに伝える。そのうえで、どうにかスバルにできることで納得してもらえないかと頭を下げてお願いする。
しかし、それを聞いたぺこらが不思議そうな顔をした。
「盗んだ者を持ち主に返すぅ?……スバル、あんたそれ本気で言ってるぺこか?」
「うん、本気だよ。スバルはそれを持ち主のあの子に返したい」
ぺこらの疑問に、スバルは真剣なまなざしで答える。それを聞き、ぺこらは少し考えるような仕草をする。
しかし、しばらくするとぺこらはスバルの期待に反した結論を出してしまった。
「……これがただ何となく盗んだ物だったら、少しは話を聞いてやったかもぺこだけど……悪いけどスバル、これは元々ある奴からの依頼で盗んできたものぺこよ。だから今お金の払えないスバルに「はい、いいですよ」ってこの徽章を譲るのは、やっぱりフェアじゃないぺこ」
もっともな意見だ。何をどう解釈しても、きっとぺこらの言っていることが正しい。
でも、違うんだ。そのぺこらに依頼してきた相手はただの殺人鬼だし、ルーナも徽章を盗まれるような悪い子じゃないんだ。
しかしスバルのそんな切な願いも、ぺこらには届かなかったようだ。
スバルが縋るような視線をぺこらに向けている。そんな中、突如玄関扉のノック音が室内に響いた。
その音に、スバルの心臓が過剰なほどに反応した。
ーーーーードクン。
え、嘘。まさかメルがもう来たのか……?
壁に設置されている窓の方を見ると、既に日がかなり傾いていて今まさに日が沈みそうなくらいになっていた。
すると、スバルの緊張感の張りつめた様子に気が付かないぺこらが
「あ、もしかして依頼人のねーちゃんかもぺこ。ぺこーら出てくるぺこ」
と言って扉の方に近づいていく。
ダメだ、行っちゃだめだ。もしその扉の先にいるのがメルだったら……。その時、スバルは前回の世界線で起こったぺこらの最後ーーーーー首から上と下が切り離されてしまったあの姿を思い出してしまった。
あんな思いは、二度としたくない。その一心で、スバルは叫ぶ。
「開けちゃダメだよ、ぺこら!!……殺されるぞ!!」
「はぁ?あんた何言ってるぺこ」
しかしスバルの静止を、ぺこらは聞き入れない。そのままドアノブに手を伸ばし、扉を引き開ける。
「なに物騒なこと言ってるわけ?いきなり殺したりしないわよ!」
そこには、一人の『姫』が立っていた。