「またか……」
ヒーロー科には丸々休める夏休みなど存在しないが、全く無い訳でも無いのだ。
無論、学科に関係無く教師には長期の休みなんて存在しないのだが、相澤の机の上のは普段の業務以外に設備の使用申請書が数枚、先日のiアイランドで事件に巻き込まれたヒーロー科の生徒達からだ。
強化合宿前の貴重な休みを使って少しでも早く強くなりたいと……張り切って行動したのに何の役にも立なかったと拳を握りしめて悔しさを滲ませる生徒達の姿を思い浮かべながら他の提出予定の書類と重ねる。
「まあ、やる気があるのは結構な事だな。問題は……」
今回の件、公式発表はオールマイトとマウントレディの活躍で解決した事になっており、クソデカ光線で裏奴が援護した事になってはいるが、実際は目立つのを面倒臭く感じた彼女の希望とヒーローの威信の為に隠蔽された事実は相澤も知っている。
「本人が引き受けてくれて助かったな……」
ギガントマキアが更生した結果発覚した個性の研究者だった医者の犯行、病院内部に秘密の研究室を発見したものの本人には逃亡を許してしまったが、都市伝説クラスの大物ヴィランとの繋がりが発覚した事もあって公安関係は随分と慌ただしい。
そして、裏奴の個性の詳細を調べろという突き上げも強くなり、どうするかと悩んでいたのだが……。
『夏休みにジョン達を連れてキャンプに行く予定だったし、合宿施設のトイレとお風呂を使わせて貰えるなら構わないさ』
ジョンという個性によって知能を得た存在をキャンプ場に連れて行くのは個性関連の法律上問題があるという理由での発言であり、その他の条件も宿泊先に問い合わせた結果、知り合いだから構わないとの返答があった。
無論防犯の理由上から場所については伝達していないが、これで一旦は解決だ。
「問題は例の時間を吸い取る能力と……」
手にしたのは一枚の写真、写っているのは一人の少女であった。
夏休み期間を使った個性強化の為の強化合宿、一時は倒錯的変態集団と認識されるヴィラン連合やギガントマキアをペットの様に扱っていたという黒幕の存在もあって中止が検討されたものの厳重な警戒体制の上で決行される事になった。
そのバスの中、B組の面々が乗る車内にて注目を浴びる者達の姿が三名と一匹。
「それにしても強化合宿って何をするんだろうね。猛獣を放った閉鎖地域でサバイバルとか? 死んでも構いませんって同意書は書いたかい? マイフレンド」
「いや、流石にそこ迄は……無いよな?」
「かぁいいねぇ、かぁいいねぇ。ジョンは本当にかぁいいねぇ」
「おい、渡我姉。ちょっと私にも腹毛を触らせてくれよ」
「ヌー!」
裏奴とジョン、そして彼女の姉である被身子と、隣でジョンに手を伸ばすバーニン。
この本来ならば参加する筈のないメンバーに注目が集まるも話し掛ける雰囲気でも無かったので生贄に差し出された心操が相手をする中、バスは目的地に向かって進むのであった。
いやいや、僕には自分の個性を詳しく調べさせる義務なんて無いし、そもそも個性を使った職業に就く予定も無いのに、それを分かっている先生達も大変だねえ。
オールマイトの不調を流石に公安も把握しているんだろうし、AFOとやらの話を口止めされた事から相当危険な相手だろうって予想出来るけれど、重症なオールマイトの生き血を啜って保たれる今の社会の存続に必死だと思うよ。
まあ、僕はそんな平和な社会だから面白おかしく暮らせるんだけれど、普通にドン引きだよ。
「こういうのをシャバの空気が美味しいって言うんですよねぇ」
今回僕としては基本的に断って良いんだけれど、前からちょこっと申請していた事が通るからってのが能力の調査を受け入れた理由だ。
なんと少年院にて個性カウンセリングを受けても進展が殆ど見られず、そもそも逃亡に適した個性だから難しいはずだった姉さんの仮出所が認められたんだよ。
少年院では自由に口に出来ないだろう姉さんが好きなお菓子やジュースを食べつつ膝の上に乗ったジョンをなで回す姉さん、事情を詳しく知らない生徒は兎も角、ブラドキング先生や心操はちょっとだけ警戒しているみたいだね。
個性が発現するようになって整備されたこの制度、発信機付きの腕輪と近くにヒーロー免許保持者を置くことで姉さんみたいな性格破綻の逆模範囚でさえ特例があれば刑期終了前に出てこられる。
特例? 色々と黙って置く事とか今回の能力の開示とか、後はホークスがなんか話していたみたいだけれど、姉さんが出られたって事が一番なのさ。
「有りがちな言葉だよね、それ」
「じゃあ、裏ちゃんが悪人に捕まったとして、実は変身して入れ替わった時の台詞で”お姉ちゃんは妹を守るものなのです”とかはどうです?」
「それも有りがちな感じだよね。まあ、その場合は僕も普段はしている自重を止めるだろうけれどさ」
「え? 裏ちゃんが自重なんてしているんですか?」
「初耳だな……」
「ヌーヌ!?」
姉さん、マイフレンド、そしてジョンが結構酷い。
僕、これでも好き勝手しない様に気を付けているのにさ。
バスに揺られる事数時間、バーニンと姉さんがジョンにポーカーで惨敗して明日以降のお菓子を全て取られた頃、漸くバスは止まるんだけれど窓から見る景色はサービスエリアって感じじゃない。
山の中の道路で、ガードレールの先は遠くまで広がる森林だ。
「あれれ? サービスエリアの売店で何か食べたかったのですが、どうしたのでしょう」
「まあ、様子見で良いんじゃないかな? ヒーロー科が好きな、既に始まってるって奴さ」
他の生徒が降りて行く中、後部座席の僕達は最後まで残っていた。
あっ、心操は僕達が降りない事で何かを察したみたいだけれど、ヒーロー科だから仕方無いって感じで降りて行っているね。
ブラドキング先生も僕達は車内で待機って手で指示して来るし、このまま大人しくしていようと外を眺めていると知り合いのヒーローチームが姿を見せた。
『煌めく眼でロックオン!!』
『猫の手 手助けやって来る!!』
『どこからともなくやって来る…』
『キュートにキャットにスティンガー!!』
『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!!』
今年結成十二年を突破したヒーローチーム(一人は新婚の女性)の登場に姉さんは固まっていた。
「ヒーローって大変ですね、裏ちゃん。色々な意味でお姉ちゃんはヒーローになるのを反対するです」
まあ、猫耳メイド風のコスチュームだし、何と言うか……あはははははは!