前線拠点に帰還して
次の目標は取り敢えず飯を食って考えよう。
忘れそうになったガンスミスライセンスをル・ジニシィに取って貰い、其の間にノワ達にはスペリオルオマージュ・フロストボディのステーキ 〜柑橘系ソースを添えて〜を振る舞い、暫く待っていれば彼女がガンスミスライセンスを所得する事に成功。
此れにて晴れて古匠とガンスミスを併せ持つ鍛冶師が誕生した後、次の目標を決めんとしていたペッパーの脳裏を過った言葉が此れだった。
ディアレの魔法によるファストトラベルで前線拠点に帰還し、ル・ジニシィを海上ギルド:鍛冶師組合『鐵打ち達の集い』に連れて行き、無事に古匠鍛冶師とガンスミスライセンスを取った事を報告すれば、鍛冶師やら開拓者やらが一斉に此方へ群がっての『オハナシ』をする事となり。
次から次に来るプレイヤー達から同じ質問をされない様に、一つ一つキッチリと答え終えた頃には空腹度も良い感じに減って、今ならシャンフロでの食事を美味しく食べる事が出来ると、ル・ジニシィから新型鍛冶炉や鍛冶道具に必要な材料を聞いた後、其の脚で彼が向かったのは蛇の林檎・新大陸支店。
「い、いらっしゃ…………あ」
「今晩は、ウィンプさん」
扉を開ければベルが鳴り、賑わい満ちる店内で一人の客と視線が合えば、ドミノ倒しの如く一人また一人と此方に視線が向いて。
ペッパー達が店内のカウンターに座れば、御冷入りのガラス製のコップを持って、無尽のゴルドゥニーネの本体から分かたれた八番目のアルビノツインテールでメイド服を着ている少女…………ウィンプが仕事中だった。
サンラクはヘタレーネと呼ぶ程に『ド』が付くヘタレながらも、原初の蛇神から今も生き延びている一桁個体の『ウィンプ』が、御盆に人数分を乗せてカウンター越しに渡したので、ペッパーは店内に在ったメニュー看板に書かれた『シェフの気紛れ料理』を見て、食事は其れにする事にした。
「注文良いでしょうか、ウィンプさん」
「は、ひゃい!」
「あちらの『シェフの気紛れ料理』を五人分、よろしく御願いします」
「しぇふのきまぐれりょうり、ごにんぶん」
「ワイはお酒が飲みたいのさ、ペッパーはん」
「大丈夫かい、アイトゥイル。後々何か起きても私は責任を取れないよ?」
「…………アイトゥイルには赤ワインと三種のチーズの盛り合わせを一つ御願いします」
「か、かしこまりました………しぇふのきまぐれりょうりごにんぶんに、あかわいんとさんしゅのちゅーずのもりあわしぇ!」
彼女の声は相変わらずというか、滑舌があまり良くは無い。ゆっくり話せばちゃんと聞き取れるが、早口言葉をやれば絶対に舌を噛むと確信する程度には。
意思疎通が出来る物の、彼女は無尽のゴルドゥニーネ…………本体を倒す為に協力関係を敷いた間柄であり、其れでも彼女がアイトゥイルやディアレの命を奪ったならば、真っ先に此の手で彼女を斬り捨て、自らも存在を抹消する心意気をヴァイスアッシュに示した手前、約束を破る訳にはいかない。
尤もウィンプとサミーちゃんにも向こうが裏切らないなら、此方もまた裏切る事は無いと事前に線引きをしたので、其の明確なラインを越えない限りは此方も様子を見守りつつ、協力出来る事は協力するスタンスで行くと決めている。
「ほぅ…………ペッパーさんは気紛れ料理が好みか」
「外食は冒険するタイプなのかな?」
「気紛れ料理って何が出てくるか解らないのが楽しいんだよね」
此方を見てはガヤガヤと、プレイヤー達が話し合いをしているが其れを気にしては食事は楽しめない。食事とは穏やかな心持ちの中で待ち望み、どんな物が御出しされるのかを想像し、そして味や色彩に香りといった五感を以て楽しむ事こそが、醍醐味と言って良い。
其れから待つ事、十数分…………『其れ』は彼等彼女等の前にやって来た。
「お、おまたせしましゅた。しぇふのきまぐれりょうり………『そのひのいちばでとれた、やしゃいとぎょかいのぶいやーぶぇーす』………です。あと『つけあわせのぱん』と『あかわいん』に『さんしゅのちゅーずのもりあわせ』、です………」
「おぉ…………」
トルマド(此の世界のトマトの様な野菜)をベースに玉葱やセロリに人参等に似た香味野菜と、魚介や貝達を一緒に加えて煮込んだ、海の幸に満ちた地中海由来の伝統料理が五つ、黒い丸皿にゴロゴロ入った状態で運ばれ、其の隣に置かれるは白い皿に乗った厚切りの
そしてアイトゥイルには深みを帯びた赤紫色の芳醇な香りを漂わせるワイン、付け合せに食べればより美味しく満足出来るだろうと見越したチーズの盛り合わせ、燻製・青カビ・フレッシュの三種類からなるキャストが小皿に乗って現れる。
「ご、ごゆっくりどうぞー………」
「中々の香りなのさ」
「良い匂いだ」
「
『グルン』
『ぶいやーぶぇーす、というのか』
「はい。煮込み料理の一種で、とても美味しいんですよ」
黒と桃の毛並みの人語を喋る
個性が大渋滞を起こしたカオスなパーティーが食事をしている光景、そして其のどれもが例外無く
「いただきます」と合掌、スプーンを使ってスープを掬い、静かに口へと運んで味わえば、トルマドの酸味とスープに溶けた魚貝達のエキス、更には香味野菜達は一度強火で焼いて旨味を内側に閉じ込めた上で、煮出した事によって味に深みが与えられて、塩や胡椒と香草によるアクセントが全体を引き締め、ブイヤーベースという料理を一つの芸術品として成立させたと言っても過言では無い。
「…………うん、美味い」
「美味しいのさ」
「だね、アイトゥイル」
「
『クゥン♪』
『コレがぶいやーぶぇーす………という物なのか。成程…………コレは『面白い』、様々な具を加えながらも一つに纏まり、一つの答えを示すかの如き出で立ちだ。ペッパーよ、コレをもう一皿頼めるか』
「気に入った感じですね、龍神楽。ウィンプさん、シェフの気紛れ料理を龍神楽にもう一皿御願いします」
「は、ひゃいっ!」
思考し生きる武器、
厚切りのブレッドを千切ってブイヤベースに浸し、エキスが溶けたスープが染み込んだブレッドを口に運べば、また違う味わいが生まれて五感に更なる楽しさを、身体には活力を齎し与えてくれる。
─────────が、そんな些細な幸せは何時だって突然に。己を悪と思わないドス黒い悪によって、大切な時間は邪魔されるのだ。
「おい、ヤベーぞ!樹海地帯で『レッドキメラ』が…………『
「「「「「「「「「マジで!?!」」」」」」」」」
嘗てペッパー達が赤竜ドゥーレッドハウルを討滅した際に現れ、一度倒した
ワールドストーリーが第四段階に進行し、再出現カウントが開始した事で何れ復活すると思っていたが、あの
プレイヤー達が漏れ無く『ヤバい』と慌てながら装備やアイテムを確認する中で、ペッパーはブイヤベースと厚切りブレッドを早口で食べ終え、御冷で胃に流し込んだ後に真剣な眼差しで立ち上がるや、パーティーメンバー全員分の料金をカウンターにマーニを置いて言った。
「ウィンプさん、食事代です。御馳走でした。御釣りは要りませんので、チップとして受け取って下さい」
「あ、えっ、はい!」
「ディアレさんはアイトゥイル達を連れて先に戻ってて下さい。俺は食事の時間を邪魔した、貪る大赤依をブッ飛ばして来ます」
『オレも其の貪る大赤依を叩き斬ってやろう。何、オレの折角見付けた美味い物を食う邪魔をした、れっどきめらなるヤツに一言礼をやらねばなるまいに…………!』
「解った。だがくれぐれも気を付けてくれよ、ペッパーさん」
「ペッパーはん、気を付けてなのさ」
『クゥン』
「
意志亡き始源の再臨と、命を蹂躙し冒涜する赤き飛蝗の大群の再来、其れによって温かな優しい食事の時間を邪魔された勇者が静かに、だが確かな怒りを抱いて立ち上がったのだ。
風雲急を告げる