ドルダナという英傑
無尽のゴルドゥニーネの従える龍蛇の一匹、其の巨大な胴体に深々と刺さっていたアラドヴァルを引っこ抜いた後、紆余曲折を経て
「巨人族諸君よ、武器と共に生きる勇猛な竜狩りの戦士諸君よ。諸君等はドルダナについて何れ程知っている?」
ドルダナについて詳しくは知らないが、巨人族達に質問を行いつつ得られた情報と、アラドヴァルが刺さっていた状況を踏まえた『脚色吟遊詩』をサンラクは作る算段で居るらしい。
「俺は知っている!何せ彼はオディヌに匹敵する英雄だ!」
「鎮護のオディヌと放浪のドルダナ、此の二人の物語を知らぬ巨人族は誰一人として居らんだろうよ!!」
「晩年は穏やかに過ごしていたと聞くが………」
「未曾有の災禍に立ち向かい消える………、其れこそ正しく戦士の誉れであろう!!」
ヴァイスアッシュと同じ時(昔々の其のまた昔)を生きたドルダナ、晩年は隠居状態だったと巨人族の誰かが言葉を零した。
此の場に亜人種やゴブリンに
さてサンラクは此の状態を以て、如何に話を展開するか。
「アラドヴァルのドルダナ、其の勇名も嘗ての話………。彼は晩年、アラドヴァルを携えながらも穏やかに暮らしていた………。だが奴は現れた─────、諸君等は奴を知っているか!!」
テンションを上げて大声を上げる、古今東西の吟遊で用いる技法であり、ゲームならばBGMの
吟遊詩人に求められる技術はシンプル、物語に置ける重要人物は大々的に示し、そして
「其の名はゴルドゥニーネ!生きとし生きる全ての生命を憎悪し!毒を、呪いを撒き散らす、白蛇の者にして荒振る蛇神と呼ばれし者!」
「儂は知っておるぞ!其奴は『
「西果ての悪夢……『頭が四つある怪物』と聞いたが」
「いいや違う、奴の正体は『四体の
サンラクの話に同意する様に、ペッパーとサイガ-0も無言で頷く。
「何故、奴を知っているんだ?」
「確かに………何故だ?」
「おいおいディルナディアにフィオネ。俺が何処からアラドヴァルを引っこ抜いて来たか解るか?無論其のゴルドゥニーネと龍蛇相手に『戦ったんだ』よ」
ゴルドゥニーネと戦って生き延びたという事実の開示、其れは巨人族達の視線を『疑念』から『敬意』を含めた物に変えていく。
死んだら終わりのやり直しが出来ない
「此の剣はある場所に、深く深く突き立てられていた。其れこそがドルダナの最期の戦いを証明する、何よりの証拠に他ならない」
視線を集め、巨人族の話が収まるのを待ち、サンラクは話を再開する。
「此のアラドヴァルは龍蛇の一体、其の巨大なる胴に深々と突き刺さっていた。では諸君、勇猛果敢なる諸君等が戦いの果てに老いて、そして尚も生き延びていたとして、其の身が軋んで情けない程に身体が動かなくなったとして、己が故郷に山河を抉り大地を削る龍蛇が牙を剥いて現れたならば、どうする諸君?」
「無論戦うぞ!」
「拳砕け刃欠けるまで!」
「我等は武器と、半身と共に在るのだ!!」
「其れこそが巨人族の栄光!!」
「そうだ!其の通りだ諸君ッ!!アラドヴァルのドルダナは立ち上がったのだ!!山河喰らいの蛇なぞ、何するものぞと!竜狩りの英雄が恐るるには、奴には翼も爪も足りぬではないかと!!」
『『『『おおおおおおおおおお!!!』』』』
サンラクがアラドヴァルを持ち、鋒を天に向けて掲げれば、巨人族達が興奮と喝采の雨霰。
ある者は己の相棒たる武器を床に叩き付け、ある者は足踏みをして高揚を表現すれば、床を踏み抜いて罅を入れたルギニアスがディルナディアに拳骨を食らったのを目撃。
後頭部に大きなたんこぶが出来上がった彼女が、今にも痛みで泣き出しそうな表情になったのを見たペッパーは、心の内で静かに合掌する。
「軋む身体に喝を入れ、とうに消え果てた情熱を、心の炉に入れ再び燃やせば、アラドヴァルもまた主に!担いし者たるドルダナに応えるっ!煌々と燃え上がる炎こそが何よりの証左だ!!」
「おお!我等が英雄ッ!!」
「竜を焼く英雄の炎!!」
「ええい、酒持って来いやァ!!!」
「そう言うと思って、持って来たぞぅ!!」
『『『『でかしたぁ!!!』』』』
気分は映画鑑賞会か何かのノリだ、アイトゥイルは耳栓らしき物で音の大部分(大半が巨人族の声)をシャットアウトしながら、瓢箪に入れた酒を煽っている。
此方は取り敢えず飲料水で一杯しながら、サイガ-0同様にサンラクの吟遊詩人的な脚色英雄譚の傾聴を続行、
「勝てぬ事は百も承知、全盛の頃とて決死は必定……ならば老いた英雄は賢く逃げるのか?」
『『『『否ッ!断じて否ッッッ!!』』』』
「そうだ!そうだとも!ドルダナは逃げなかった!!己よりも遥かに巨大で悪辣なる存在!即ち巨悪と相対して尚、英雄の誉れに陰りは無い!!」
「おおおおおおおおおお!!!」
「ドルダナッ!ドルダナッ!」
「灯せ情熱よ、猛れ熱血よ!老いたる英傑は果敢に立ち向かった!恐るる事はない、ドルダナとアラドヴァルが共に在るならば、千の竜とて此の手で討ち取ってみせよう!!!」
『『『おおおおおおおおおおおおおおお!!!』』』
「───だが」と、そんなサンラクの一言が大使館に響く。
味方陣営のキャラしかり、敵方の悪役しかり、プレイヤーの心に存在を刻み付ける為に出される、御約束も御約束な『過去話特有の暗い展開』であり、精神面が歪んだ理由を語る際にも扱われる物だ。
「だが諸君、既に薄々なりとも感づいているだろう。………アラドヴァルは今、我が手にある。ドルダナの手より離れたアラドヴァルは………其の雄々しく猛々しき焔は消え、悲しい程に朽ち果てていた」
巨人達の喧騒がピタリと止んで、全員の視線がサンラクに注がれる。アラドヴァルがサンラクの手に有り、ドルダナは既に居ない…………其れ即ち、巨人族の英雄の結末は変える事は決して出来ない。
出来るとすれば其れは、ゲームの中のIFルートを搭載している類の物か、或いは別の世界線を知覚している者のみなのだ。
「おお忌まわしき
「ああっ!」
「ドルダナ………」
巨人の一人が悲痛な声を上げ、別の巨人は英雄の名を呼んだ。
「アラドヴァルは竜を滅ぼす炎、さりとて他の敵に無力という訳でも無い………。だが、だが、だ………龍蛇を焼くには、力及ばず………ドルダナの身体は、取り返しの付かない程に傷付いていく………」
声色を調整し、龍蛇に挑んだドルダナがボロボロになる姿を演出すれば、巨人族達のテンションも凄まじい勢いで下がっていく。
「俺は、俺達は龍蛇を此の目で確かに見た。あまりに巨大、あまりに長大………おお、其の時俺は直感的に理解した!ドルダナもきっと、あの恐ろしき牙に屈したのだと」
「嗚呼、何と………」
「片腕を食い千切られた、脇腹を抉られた、邪悪な毒が身体を巡り、錆び軋む身体が絶叫を上げる」
「おお、そんな……」
「覆せぬ死の毒が身体を巡る痛みを知っているか? 己が命の足掻きを組み伏せ、動かなくなるまで痛め付ける、身体以上に心を蝕む激痛を………」
「ゴルドゥニーネは亀裂を刻む、蝕む毒は命を砕く………。命よ滅べ、其の身の爪先に至るまで砕け散れ……如何程の憎しみが其の毒を生み出すのか、俺には解らない」
瞑目し反応を見せないディルナディアを除いて、ディルナディアの妹のフィオネにルギニアスを始め、此の場に集った彼等彼女等のテンションは最低値まで下がりきっている。
其れはきっと、情景で理解出来てしまったから。全ての生命を憎悪し、刻まれた毒に身体が砕けて、ズタボロになったドルダナの姿を思い浮かんでしまったから。
「─────だが、アラドヴァルの炎は消えてなどいなかった」
先程の『だが』は悲しみの下方を現すが、今し方の『だが』が現すは上昇への火種に等しい。
「ドルダナの、巨人の英雄の戦う気力は血と共に失われた。削げたのは肉だけではない、闘志……心に燃ゆる炎すらもが消えんとしていた」
ドルダナがどう生きて、どう戦って、どう死んだのか、其れを誰も知る事は出来ない。其れでも彼が最後に『何を成し遂げたか』は、ゴルドゥニーネの本体とペッパーにサンラクが知っている。
「だが諸君、戦士は常に武器と共に在った。其れは、アラドヴァルは、常に
何時だったかペンシルゴンは、議論に置ける山場は相手に反論を許さない勢いで詰める事をモットーとしていると語り、サンラクも其の点を重視している様だ。
「言葉は無くとも其の輝きは、千の言葉よりも雄弁にドルダナへと語り掛けた!!───諦めるのか?と………」
巨人族達が各々の武器に視線を向ける。一呼吸分の隙間を開け、低く………静かに………絶対に聞き間違えない様にハッキリと、全員に届く様に放つ。
「諦めるのかドルダナ、私を握る者よ。お前が屈するのであるならば私もまた刃を収めよう。武器とはそういう
鞘に納められたアラドヴァルで床を叩く。小さくコンと鳴る音は、まるでアラドヴァル
「アラドヴァルは折れていない!例え炎が通じずとも、私はまだ戦える!!答えろドルダナ!お前はもう戦えないのか?応えろドルダナ!戦えると言うのなら、其の心が折れていないならば!私を握り、立ち上がれッッッ!」
先程よりも強く床を打ち、鞘よりアラドヴァルを引き抜き天井に鋒を向け、サンラクは叫ぶ。
「砕けんとする身体を起こし、残された闘志を滾らせ、ドルダナは立ち上がった!手招く死の誘惑を払う手、握るはアラドヴァル!おお、想起せよ諸君!死を振り切り、死へと走る英雄の背を!そして其の姿をッッッ!!」
「おお………!」
「四体の蛇がドルダナへと襲い掛かる、錆びた肉体に滴る血潮、
「おぉおお………!」
「最早其の刃がゴルドゥニーネ本体へと届かぬ事は百も承知!だがドルダナは知っていた!勝利と栄光は必ずしも同一ではないのだと、敗北なれど輝く救いが在ると!死して尚も成し遂げる偉業を、人は其れを矜恃と呼ぶのだとッ!!」
テンションが
斯く言うペッパーやサイガ-0達も聞き手の一人になっている事からも、サンラクの吟遊ロールプレイの腕前が相当な領域に在るのだと、理解するのに充分過ぎる物である。
「駆け抜ける足、一歩地を踏む度に力を増していく。握りしめた手、血と汗のぬめりを捩じ伏せる程に強く!睨む眼光は槍の如く!!おお、ドルダナ!巨人族の英雄!!槍を、剣を振るう者よ!燃えよ魂、血肉を糧に一撃をッッッッッッ!!」
まるでドルダナが乗り移ったかの様な、最期にして渾身の力を振り絞り、龍蛇の巨体にアラドヴァルを突き刺すが如く、大使館の床にアラドヴァルを突き立てる。
「……………果たして、ドルダナ最期の一撃は龍蛇の一体、其の背に深く深く突き立った………。例え焼き滅ぼす事叶わねど、灼熱の刃は蛇の肉に食らい付いた………。幾度皮を脱いだとて決して抜けぬ程に…………さらばアラドヴァルよ、さらばドルダナよ。言葉なく剣は刺さり、言葉なく英雄は墜ちていく………」
長く語らい、語り手サンラクが息を吐く。絵本の読み聞かせを終えた親が、子供に物語は終わりだと伝える様に。最後に伝える事を伝え、幕引きとする様に。
「───そして時は流れて今。僭越ながら一人の小人がゴルドゥニーネへと挑み、幾星霜を経て朽ち果てども約束を……英雄の武器としての務めを果たし続けていた剣を、龍蛇の巨体より引き抜いたのだった………御静聴、感謝します。あ、其れから床貫いてゴメンネ」
床に突き立てたアラドヴァルを引き抜き、抜き放った鞘へと収めて金具でガチリと、零れ落ちぬ様に止める。
そして其の音が…………サンラクがアラドヴァルを収めた、正に其の瞬間。
─────────!!!!!!!!!!!!!!
静寂の坩堝に在った大使館を巨人共の大歓声が、誇張ではなく『其の物』を激震させたのだった…………。
脚色付きの英雄譚