夜襲のリュカオーン遭遇戦、決着
「あ……――――――」
腕が千切り飛ばされる感覚を、ペッパーは始めて味わった。刀で身体を斬られるよりも、肉の繊維同士の結合を力任せに外された痛みが皮肉にも、彼のトんでしまいそうな意識を肉体の内に留めたのである。
(あ~くっそ、今のを躱わされる…か。してやられたなぁ………)
右腕の損失と同時、右肩の在った場所からは血の色に似せた赤のポリゴンが噴出し、自身の
(リュカオーン相手に意気込んだのにコレって……ちょっと恥ずかし過ぎて死にたくなるな………)
体力のカウントが底を尽きるまでが、ペッパーには何時も以上にゆっくりと進んでいるように見えていた。此れが所謂、走馬灯という奴なのだろう。
巌喰らいの蚯蚓の時は丸呑みされて即死だったが、今回は轢き千切られてから、体力が減少していった。
(そういえば、セカンディルには到着してないから、またファステイアから走り直しかなぁ………。辛いなぁ、此処まで来たのに………)
カウントダウンのように体力は削れ、とうとう半分を切った。後は3・2・1の如く無くなれば、きっと自分はファステイアの宿屋で目を覚ますだろう。
だが、ペッパーの予測は思わぬ形で外れる事となる。体力の数値が3から2へ、2から1へ、そして0に――――
『ならなかった』。
「……え!!?!」
一体何が起きたのだろう。確かに自分はリュカオーンの噛み付きによって右腕を損失し、致命傷とも言えるダメージを受けた。
体力と幸運値は、どちらもステータス画面で1ポイントたりとも振っていない初期値のまま。
考えられる可能性は――――最早、1つだけ。
「まさか…『食いしばり』!?」
ゲームにおける食いしばり、あるゲームでは『乱数の女神の御乱心』だったり、またあるゲームでは『高性能気合いの鉢巻』と揶揄され、ユーザーには良くも悪くも1度は経験する現象だ。
何の因果か偶然か、運命の女神は倒れるペッパーの尻を蹴っ飛ばし、未だやれと鞭を打ってきたのだろう。そしてリュカオーンもまた、僅かに驚いたように目を丸くし。だが、既に死に体の獲物を逃す訳もなく、再び踏み潰さんと左前足を叩き付けに来る。
「うわぁぁ!?」
猛ダッシュで距離を取り、左手の致命の小鎚を解除して、インベントリからスタミナ回復の為の簡易食糧取ろうとするが問題が起きる。ペッパーはファステイアからセカンディルに急ぐために、道中で簡易食糧を消費し過ぎた為に、残されたのは1つだけになっていた。
更に追い討ちとばかりに、補給させまいとリュカオーンの攻撃が、更に苛烈に襲い掛かる。
(食糧食い過ぎた!其れに今のままじゃダメだ……!インベントリの『操作』がスムーズに出来ないと、まともに反撃さえ出来ないまま殺られる!!!)
そう考え、リュカオーンの攻撃から逃れつつ、ペッパーはステータス画面のある項目に、余った21ポイントの全てを振り込んだ。
「リュカオーン。こっからは俺の、最後の悪足掻きだ。とくと……御覧あれッッッッ!!」
残された左手で簡易食糧を食らい、スタミナを回復。再び致命の小鎚を握り締め、彼は泣いても笑っても此れが最後となる攻撃に転じる。
逃げた踵を一気に返し、ペッパーはリュカオーンに向き合いながら、己の持つ
(ヒット&アウェイ作戦の都合上、先ず相手に攻撃を『出させる』必要がある…!犬系のモンスターは、身体の構造上前足のどちらかが、地面に接地いないと3本足になり、身体のバランスを保てずに転倒する!
リュカオーンに繰り出させるべき
スキル:アクセルを発動し敏捷を高め、スキル:ステップワークとタップステップの重ね掛け、リュカオーンの
夜襲は左前足を斜めに掲げる。此れまで何回死を見たか、安全圏は既に頭の中に構築済。避けられる……そう思っていた。
リュカオーンが左前足での攻撃を『僅かに』遅らせ、斜めに振り払ってきた。
「は!?マジかよ、お前!!?」
攻撃緩急を意図的に付ける『ディレイ』と呼ばれるフェイント技術を、此処で使ってくるとはペッパーには予測出来なかった。
「ぐお…おおおおお!」
心臓が弾けるような『鼓動』を鳴らし、踏み込んだ足は更に加速して。ディレイで狂った僅かな誤差を埋め、右へ『鋭角』を描くようにターンし、リュカオーンの右前足に接近。
振り上がる右前足と己の位置、着地した左前足の位置を把握しながら、両足のステップを刻み続け、踏み付け攻撃を誘い込む。
そして足が着弾する瞬間、足の甲に飛び乗って周囲に飛び散る岩や爆風を回避。
踏み付けを躱わし、右前足の甲から一艘跳びで強化した脚力で跳躍したペッパーは、左手に握った致命の小鎚を振るい翳し。
リュカオーンの右目に向け、
リュカオーンは其れを瞼を閉じて弾く。ガンッと鉄がぶつかる音、ゆっくりと眼を開いた其の視界に映ったのは。
空白となった左手で
右腕を噛み千切られた後、ペッパーは残していたポイントを『
万が一が、もしかしたら、なるかもしれない――――そんな可能性に備え、残しておいたポイントが、此の局面で文字通り『生きた』。
噛み付きも、前足の攻撃も間に合わない、まさに超々至近距離の肉薄。眼を閉じんとしたリュカオーンよりも早く、ペッパーのスキルの1つで、スタミナ消費で攻撃速度を高める『ブートアタック』で、加速された刃が一瞬速く瞳孔へと突き刺さり。
『ガルッ…!?』
「っ……おおおおおおおお!スピックゥエッジィィィ!」
此の戦いで『初めて』、リュカオーンが痛みによる悲鳴を挙げ。そしてペッパーは僅かに残されたスタミナを全消費して、ありったけの力で夜襲の右目に深く、深く刃を突き立て――――『一文字』に切り裂く。
致命の包丁には切り裂いた感触が確かに刻まれ、リュカオーンの右目からは黒色の闇が放出。
彼の渾身の一撃を受け、ダメージからか其の身は数歩、後ろへと下がる。
だが、それでも。暗闇は晴れる事は無く。
積み上げた布石。渾身の一撃。
全てを懸けても尚、夜襲は沈まなかった。
「嗚呼…くっそ……」
着地したペッパーは、致命の包丁をアイテムインベントリに仕舞い、近くに落ちた致命の小鎚に手を伸ばす中で、一歩また一歩と歩み寄るリュカオーンを見上げながら、言葉を溢す。
スタミナが底を尽き、食糧も無くなった━━━即ちスタミナ回復の手段を失った以上、リュカオーンの攻撃を回避する事も、弾いて反撃する事も出来ない。
正真正銘、本当のチェックメイト。
「………これでも膝すら付かない、か。認めるよ、リュカオーン………『今回は』お前の勝ちだ」
だが次は――――『俺が勝つ』
刻んだ其の『傷』、忘れるなよ
致命の小鎚の面と不屈の意思を宿す目で、ペッパーはリュカオーンに宣言する。対するリュカオーンは、彼の宣戦布告をどう受け取ったか、口角を僅かながらに上げて、グルッと笑ったように見え。
直後、振り上げた右足でペッパーを頭から踏み潰し、彼の奇跡的に残っていた
『リュカオーンの
其れは呪いか祝福か
原作改変点 リュカオーンの呪いの付与条件
本来なら前衛職で5分間ノーダメかつ即死攻撃で魔法・アイテム・スキル未使用でHPが全損しない、もしくはレベル差100以上の相手にノーダメで一定数のクリティカルを入れる事が前提です。
しかしペッパーは、後衛職ながらリュカオーンに認められて呪いを付与されました。
これが一体何を意味するのか………