リュカオーンの
ファステイア宿屋・101号室。
夜の帳が空に満ち、街の至る所に松明の光が灯り、NPCが運営する店が営業を終えた頃。
夜襲のリュカオーンとの死闘の果て、右目に一太刀の傷を与えるも敗れ去ったペッパーは、リスポーン地点で目を覚ます。
「敗けたわ、ちくせう……」
僅かな灯りの照らす部屋で、死闘を思い出す。攻撃・防御・スピード……何れを取っても、リュカオーンに圧倒的な力の差を見せ付けられた。悔しくないと言えば嘘になるが、ペッパーの胸の内は澄み渡るようにスッキリとしていた。
「夜襲のリュカオーン…次は敗けねぇ、其の尻絶対ペンペンしてやろうじゃない……の?」
リベンジに闘志を燃やし、右手を力強く握った時、ペッパーは自身の右手に『引っ掻き傷のような薄黒いタトゥー』が刻まれていた事に気付く。
「何だコレ…?」
タトゥーらしき物は、ペッパーがリュカオーンとの戦いで噛まれ、轢き千切られた部位に着いていたが、腕全体ではなく手である事に疑問が浮かぶ。
そして此の傷が何なのかとステータス画面を開けば、驚くべき『状態異常』がペッパーに付与されていたのである。
夜襲のリュカオーンは強敵をこそ好む。そこに善悪賢愚は考慮されず、ただ己の存在を示した者にリュカオーンは自身の呪いを刻みつける
それは己の獲物であるという
此の呪いは、黒狼を超える力にて解呪するか、黒狼を打倒する他に解く術なし
・リュカオーンの呪いが付与された部位には防具及び武器の装備が不可となります
・リュカオーンの呪いを持つキャラ以下のレベルのモンスターは一部を除き逃亡します
・リュカオーンの呪いを持つキャラは他の呪いやバフに対して強い抵抗を獲得します
・リュカオーンの呪いを持つキャラはNPCとの会話で補正がかかります
「……マーキングにしては、エグくね?」
其れがペッパーの、リュカオーンの呪いに対する第一声だった。此の状態異常をペッパーの現時点で要約すると――――
1、ペッパーのレベル以下のモンスターは自動的に逃走して、レベリングに支障をきたす。
2、呪いが付与された右手には防具と武器が装備不可で、バフによる能力上昇が出来ない。
3、呪術やデバフ関係に強くなる。
……といった所だろう。NPCとの会話に補正が掛かるという一文も、恐らくリュカオーンの存在を畏れて、まともに話さえ聞いてくれなくなる可能性が、極めて高いと思われる。
「メリットよりデメリットの方がデカイんですが、あのその……」
とにもかくにも解った事は、リュカオーンに関われば色々な意味で、無事では済まないという事だ。
「………考えようによっては、あの戦いで施された
右手に呪いが在るという事は、逆を考えるなら『右手以外』が呪いを受けた可能性も在る事。其れを踏まえれば、状況は少しだが良い方には向くだろう。
「でだ……レベルアップで獲得したスキルポイントの『計算』が合わない」
次にペッパーが目を付けたのは『ステータスポイント』。本来なら1レベル上がる毎に5ポイントが追加される仕様で、リュカオーンとの戦闘前にレベル18だったのが、戦闘後には26まで上昇していた。
此の計算でいくとポイントの合計は40になる筈だが、表示されているポイントの合計は60。どう考えても計算が一致しないのである。
「リュカオーンと出逢った事で、何かしらの『ボーナス』でも入ったのかな…?」
ユニークモンスターには、遭遇する事で手に入る特殊なボーナス『ユニークモンスターエンカウント』が有るのだが、ペッパーが其れを知るのはまだ先の話になる……
「シャンフロの情報を調べたけど、『リュカオーンの呪い』に関する記事が全くといって良い程無い。『特殊クエスト:沼地に轟く覇音の一計』も謂わずもがな………どうするか」
シャンフロからログアウトし、現実に戻った梓はスマフォでシャンフロwiki等を片っ端から知ら見潰しに、検索エンジンを掛ける。
リュカオーンの呪い、自分が受注しているクエスト――――少しでも関係が有りそうな情報を、彼は探しに探した。
だが、其れらしい情報がヒットする項目は見付からず、現状手詰まり状態に陥っていた。
「うーん…考えても仕方無いし、取り敢えず明日になってから色々やろう。其の方が心の健康に良い。飯作って食べて、明日も講義頑張るぞ!」
そう言って梓はスマフォを充電器に指し、冷蔵庫の中の残り物と小型炊飯器に残った白米で、簡単な夕食を作り始めたのであった。
「やっぱり無いなぁ…」
翌日、大学の午前中の講義を受けた後の昼休み時間でも、シャンフロの数多ある情報からリュカオーンの呪いや特殊クエストの文献を探す梓だったが、やはりというかヒットする情報は無く、進展は0のままで時間だけが過ぎていく。
「これはいっその事、掲示板でリュカオーンの呪いに対する意見を求めるか…?いや、でもユニークモンスターだもんなぁ…。
其れに色んなプレイヤーが、我先にイナゴみたいに群がりそう………」
『ユニークモンスターと接触しました』等と仮に呟いたならば、其の情報を求めて他のプレイヤーが自分の元に押し寄せてくる場面を想像した梓は、恐怖に身を震わせた。
「確かにそうなる危険はある…。あるけれど……うーん………」
おそらく、此処が『分岐点』だ。
ユニークモンスターの情報を開示すれば、有象無象に絡まれる危険が高まる代わりに、有益な情報を獲得と今後の道は見付かる。
一方、其の情報を開示しなければ、其れに関わる有益な情報を得られないが、自身の保身による道を作る事は出来る。
選べる道は2つに1つ。
梓が思い出したのは、シャングリラ・フロンティアのオープニングで流れた文章達だった。
「あぁ、そうだ。そうだった……シャンフロは『開拓者のゲーム』だよな」
開拓者とは未知を切り開く者。
バックパッカーとは己の脚で物資を運ぶ者。
「此の手の情報は何れ『バレる』時がやって来るんだ。だったら其の時に、もっと正確に伝えられるように『信憑性』を高めなくちゃな」
情報とは武器だ。真実にほんの少しの嘘を混ぜるだけでも、人は其れに踊らされる。其れがより危機的なモノともなれば、世界中はパニックに陥るのは歴史がきっちりと証明してきた。
「拓くしかないな…リュカオーンを含めた、特殊クエストの行き着く先を」
目標は定まった。此処から先は自分の、シャングリラ・フロンティアを遊ぶ理由……『原動力』だ。
「…………取り敢えずセカンディルに到達しないとかぁ……また走るんだな、俺…………トホホ」
リュカオーンの呪いに向き合い、活路を探せ