人が修羅に変わる瞬間
風が走り、刃が煌めく。
「ッ、おぁ!?」
「此れも避けられるんだ?」
「どーも!本当は反撃したいけどね!」
辻斬・狂想曲:オンライン、不動の絶対王者・レイドボスの『ユラ』。彼の太刀筋は『人を効率良く殺す事に特化している』と、そう断言して良い。
己の衝動の成すがまま、敵を屠って倒す事に全霊を捧げた攻撃達。歩く暴力装置。意思を持った厄災。おまけに察知能力も獣の其れだ、どんなに距離を離そうが、まるで其所に居るのが解っているかのように、必ず自身の間合いに引き摺り込んで、決して逃がさない。
「ちょおふ!?」
そして何よりヤバいのは『身体の動かし方』。シルヴィア・ゴールドバーグが『自前の体感とキャラ操作を極めた』物とはまた違う、ユラの其れは正に『武器と純粋な殺意を流動的に無作為にぶつける』、そんな戦い方だ。
何よりも相手に攻撃を『読ませない』と言うのが、単純ながらも一番エグい。特に相手を読む事を得意とするヤツには、自分みたいなタイプには相性最悪レベルでブッ刺さる。
「うおっ!?危ッ………だぁわぉ!?」
一瞬の気の弛みが命取りになる。思考を広げろ、フィールドを利用しろ、そして何よりも!
「不確定をも味方に付けろ……ってね!」
真っ直ぐ伸びる槍の穂先を回避し、米俵が重なった山を蹴って跳躍から、屋根の上に着地。ユラも其れを見て追い掛け━━━━━てこずに、槍を家の壁に突き刺して、パチンコのようにカッ飛び、抜刀の構えを取る。
「其れは『ブラフ』でしょ!」
「!」
幕末には『銃』がある。何より片手を刀に添えながら銃を奇襲で撃ってくる相手と、此方は戦った事がある。
「っお!?」
解っていても、幕末一位ともなれば其の動きに『更なる偽装』を絡めてくる。抜刀居合偽装の射撃偽装の抜刀居合がユラの狙いで、其れを『想定していた』からこそブラッドペッパーは、何とか回避に成功したのだ。
だが、ブラッドペッパーは━━━━━━ジリジリと追い詰められている。
「ハァ……ハァ……!ッ……!」
『形の無い攻撃を読み切る』のは、並大抵の事ではない。脳の思考を常に
其れがユラ程となれば、尋常ではないレベルで脳を使う。シナプスが休ませてくれと悲鳴を上げて、スタミナがゴリッゴリと削られていくのが解る。
「凄いね、何処まで『読めてるの』?」
「…………さぁ、何処まででしょう?」
不敵に笑え、限界の表情すらも手札にしろ。
「ュくッ!?」
錆び付いた刀が縦横無尽の軌跡を描く。だが、あの武器は『クリティカル』で当たらない限りは、致命傷にはならない事が『解ってきた』。
(彼の動きを『誘導』させろ!己の思考で想定した動きを、敵に取らせる為のポジショニングを『反射』で行え!そして理想の一撃をぶつけるために、あらゆる事態を『想定』するんだ!)
振り切る刀の挙動を覚え、刀以外の攻撃を覚え、踏み込みや重心を覚え、其の中に有る『付け入る隙』を探す。己の被弾を最小限に留め、相手の攻撃を最小の挙動で回避し、まるで『煙』のようにのらりくらりと動きながら、ゲームで感銘を受けて学んだ剣の師匠の動きを、己自身で
「天誅ぅぅぅぅぅぅ!」
「うおおおおお!!!天誅だぁぁぁぁぁぁ!」
「天誅ッッッッッ!」
が、此処で他プレイヤーの襲撃。今度は百名近い、当然自分も狙われている。いや、寧ろ自分に集中していたレイドボスを天誅する、絶好の
ブラッドペッパーも彼等彼女等を利用して、レイドボスへ一太刀をと動こうとした直後、ペッパーの脳裏に『声』が響く。
「ッ!?!!!!!?」
其の刹那、ユラが振り翳した無数の斬撃が迸り。先んじて回避行動を取ったブラッドペッパーを除き、天誅を仕掛けた他プレイヤー達を、彼は立ち所に一人たりとて残す事無く、ただ笑顔のままに切り捨てていったのだった。
「っ、ぐっ………」
屋根から落ちたのだろうか。背中が痛い。
敵が来ている。諦めるか?
「貰うぞ!天誅!」
「っ!させる━━━━かぁ!」
足を払い敵を転ばせ、置いた刀の刃先で喉を貫き、返り討ちにした瞬間。ブラッドペッパーの脳内で、思考の歯車が『噛み合う』。其れは『カチリ』と噛み合って、其れにより巨大な工場の生産ラインが、一気に回り出すように。
ユラが屋根から降りてくるのがスローモーションに見えながら、ペッパーは最小限の動きを絡めた回避行動で此れを躱わす。
「!」
限界ギリギリと言えるブラッドペッパーの肩を使った息遣い。スタミナを使い切ったと思われる鈍重な避け方。だが、ユラは『攻めなかった』━━━━━━其れはきっと
「嗚呼━━━━
ゾワリとレイドボスの毛が逆立ち、口角が吊り上がる。恐怖等では断じてない、此れは
彗星の如く現れ、一日目で初心者の洗礼を退けたプレイヤー・ブラッドペッパー。自分を殺した敵を決して忘れず、最終的には斬り倒して見せた此の男は、遂に此の瞬間に、レイドボスとの戦いの最中に『一線』を踏み越えて見せたのだ。
『プレイヤーの行動原理の理解』━━━━━其れが幕末のプレイヤーが先に進む為に、己の殻を破る為の条件。
「今の攻撃………『天が俺に教えてくれたから』避けられた」
経験値稼ぎ、戦闘欲求、誰かを叩っ斬りたい。大小賢愚を問わず、誰しもが抱える
全ては天が保証してくれる。天が赦してくれる。悪いのは天の仕業。責任転嫁する為の『合言葉』。
「━━━━━━『天誅』………!!」
そう。其れこそが、天誅なのだから。
「良いね……良い……」
「視界や思考が冴えた気がするよ。ユラさん」
「やる?」
「勿論!」
此れ以上の言葉は要らない。伝えるならば戦いの中で示すべし。
ブラッドペッパーとユラの戦いは過熱の一途を辿り、そして………終わりを迎えた。
結論から言うが、やはりレイドボスは『単騎』では届かない相手で。あれから一分、残されたスタミナと思考をフルスロットルで彼にぶつけるも、右腕と両足を斬り飛ばされて、彼には最後まで致命傷を与えることは出来なかった。
其れでも最後の最後に、あの錆びた刀の連刃を潜り抜けて、右腕を犠牲にしながら、彼の頬に僅かな切り傷を残す事が出来たので良しとする。
辻斬・狂想曲:オンライン………幕末の不動の一位の実力は伊達や酔狂等では無いと、ブラッドペッパーは此の日、此の瞬間、其の身を以て味わった。
「強ェ……」
負けた悔しさが全身に乗し掛かると同時に、自分の今の全力をぶつけた上での敗北を噛み締めていると、レイドボスのユラが此方に歩いてくる。其の表情は、何処と無く満足気にも見えた。
「強かったよ」
「どうも………完敗だったけど。あぁ、そうだ……介錯を頼めるかな?」
打算等何も無い、心からの願い。其れに彼は何を思ったのか、コクリと小さく頷いて。
「ブラッドペッパー、
「ユラさん、
ニッコリ笑顔の後に、最後の台詞を吐き捨てて。
そして復讐に燃えるブラッドペッパーの首を、ユラの刀が斬り飛ばし、此の戦いは終わりを告げた。
何時か必ず届かせる