サードレマ到着、そして一悶着起きる
ファステイアを旅立って、貪食の大蛇を倒し。セカンディルで装備を整え、沼掘りとの戦いを制した開拓者達は、シャングリラ・フロンティア第3の街『サードレマ』へと辿り着く。
新米開拓者にとってのサードレマ到着とは謂わば『脱シャンフロ初心者』の証であり、1つの指標でもあるのだ。
「ふぃ~…アイトゥイル、そろそろサードレマに着くぞ」
「ようやっとって感じさね…お酒売っちょるさね?」
「分からないが…まぁ売ってるとは思う。調べた所かなりデカい街らしいし」
峡谷を沈める沼地を越え、遠くに聳える山々が見渡す荒野を歩き、ペッパーとマントに隠れたアイトゥイルは、高台から眼下に其の街を収める。
岩山に出来た大地を利用し、結婚式で見るホールケーキのような都市。中心に大きな城が建ち、中世ファンタジー系統のゲームでよくある、城下町と下町の様な構図を成しており、其所に建つ家々もレベルが高く、生活水準も相応の物だと見て取れる。
「おお、こりゃまた随分と大きな街だな…」
「せやねぇ…酒も色々売ってそうさ」
「まぁ……此れだけ大きければ、手には入るだろう」
両頬をパチンと叩くペッパー。此処からが本当の意味で『正念場』だ。サードレマに入り、ラビッツへの道を開いてエスケープし、安全圏からペンシルゴンへ伝書鳥で連絡を入れる。其の間に自分はまだ良いが、アイトゥイルが見付かった場合は、更に面倒な事になるのは間違いない。
「さてと…。行きますか」
気合を入れる。門を潜り抜けて、とっとと路地裏へと逃げ込めば、後はラビッツに逃避行して俺達勝ちだと。
そう思っていた時期が、ペッパーにもあった。
「やぁ、ペッパー君。待ちかねていたよ」
門前で如何にも最上級装備の聖剣を地面に刺して、腰まで伸びた赤髪が風に揺れ、前髪の一部を左側に束ねる、顔以外を白の鎧で纏った女性プレイヤーがニッコリ笑って立っていたのを、自分の目で目撃するまでは。
「あの~どちら様で?」
サードレマの入口にて、謎の女性プレイヤーにより足止めを食らったペッパー。其の横を行き来する、他のプレイヤーやNPCからの視線が刺さってくる。
「む…済まない、自己紹介を忘れていた。私は『サイガ-100』。クラン『
「あ、はい。ペッパーです、どうぞよろしくお願い致します」
聖剣を仕舞いながら、サイガ-100と名乗る女性プレイヤーに、ペッパーは左手を差し出して、握手に応じようとする。
「……右手では無いのか?」
「生まれつき左利きなんです。御容赦を」
此れは右手を見せたくないペッパーの方便であり、1番の理由は右手に在るリュカオーンの
何せ夜襲のリュカオーンと接触し、マーキングを刻まれたプレイヤーに会いに行ったら、別のユニークも引っ提げていた等と、芋づる式にも程がある。
「そうか、分かった」と事情を納得したのか、左手で握手に応じたサイガ-100。そして彼女は剣の様に鋭利な視線で、彼に言った。
「単刀直入に聞こう。ペッパー君、君は『夜襲のリュカオーン』と会敵して、其の実力を認められたと聞くが…本当かな?」
おそらくはセカンディルでのレクスの発言が、全ての原因だと予測したペッパーは、ある意味諦めの境地に居た。此の手の情報は尻尾が出れば、何処から徒もなく探りが入り、軈ては答えに至るものだと考えている。
同時に彼は、脳内で保有している情報を手札へと変え、切るべき内容を精査し始める。何処で何を切るべきか、そして切ってはいけない情報は、何れを提示するのが最適か、練りに練って思考していく。
「あ~…答えても良いんですが…。此処だと他のプレイヤーにも聴かれたりしますし……移動しません?」
此のサードレマの入口でユニークモンスターの名を出せば、当然ながら興味を持った他の連中が集まってくる。仮にサイガ-100との話し合いを何とか乗り越えられたとしても、次から次へとプレイヤーがやって来て、情報をせがみに来るのは明白だ。
「……確かにそうだな。一先ず移動しようか」
「すいません、こうゆうのに馴れてないもので」
「いや…私もリュカオーンの事で急ぎすぎていた。すまない」
互いに謝罪し、急ぎ足で大通りを避けて、裏路地から人目の付かない酒場を探して駆け出す。
「ふぅん…。あーくん、そうゆうことするんだ」
そして其の2人が行く先を、アーサー・ペンシルゴンが物陰から覗いている事に、気付く事はなかった。其の目に光は無く、唯々深く、暗い漆黒よりも尚黒い、深淵の闇が備わっていたのである。
サードレマ・裏通り、蛇の林檎。
人の出入りが極端に少ない此の酒場は、密会の穴場として極々一部のプレイヤーのみに認知された場所である。其の店内の一角は、今まさに地獄の三丁目の様な状態に在った。
「……………………………………」
「……………………………………」
(き、き、気まず過ぎる……………)
どうしてこうなった。片やアーサー・ペンシルゴンの放つドス黒いオーラ、片やサイガ-100の他者を押し潰す圧力に、ペッパーは板挟みにされていた。
サイガ-100と共に蛇の林檎に入って席を取って数十秒後、アーサー・ペンシルゴンが何時も通りの透かした笑顔で入店、そして一変して真顔で同じ席に座ってきて、現在に至っている。
「ねぇ、サイガ-100さん。ワタシこれからペッパー君と大事な大事な『オハナシ』が有るんだけど、席を離れてくれない?」
滞った空気を裂き割る様にペンシルゴンが、サイガ-100に話を切り出す。彼女に視線を向けながらも、一瞬此方にも視線を送ってきて、気が緩む暇を与えてくれない。
「聞かれて困ることでもあるのか、アーサー・ペンシルゴン?私はペッパー君に、聞かなくてはならない事が有るのだが」
ペンシルゴンの発言に対し、サイガ-100もまた圧を沈める所か、更に強い圧を以て真正面からぶつけに来る。此れでは話が進む気配がない、どうしたものかと考えるペッパーは勇気を出して発言する。
「あ、あの!サイガ-100さん!リュカオーンの話なのですが、実は前にペンシルゴンに話していて…他のプレイヤーに話す場合は一度連絡を入れてねって、口酸っぱく言われていたんですよ!………本当にすいませんでした!」
嘘ではあるが、事実であるかのように話すペッパー。無論ペンシルゴンはそんな話を聞いてはいないし、そんな事は初めて聞いた。
「ね!?そうだよね!??ペンシルゴン!?ユニークを無闇矢鱈に流したら、どうなるか分かったもんじゃないから、慎重に扱った方が良いって先輩として教えてくれたんだよね!?」
思いっきり汗がダクダクと流れ、目は完全に泳ぎまくっている。此れはもう駄目か…そう思っていた。
「………そうだよ、サイガ-100さん。ペッパー君は私がシャンフロを奨めて、始めたばかりの初心者君なんだ。数日前に『ユニークモンスターのリュカオーンと遭遇して、善戦したらマーキングを受けちゃったよぅ。ペンシルゴン先輩どうしよう(泣)』って私にメールで泣き付いてきちゃってさぁ…。
先輩としてアドバイスしたんだ。其の情報は簡単にプレイヤーに明かしちゃダメだし、もし聞かれたら私に連絡して、立ち会った状態で話すようにって、釘を打っておいたの。まぁ、サイガ-100さんに話す前に相談したから、今回は許すけど………ねぇ?」
何を思ったのか、はたまた自分を立てたことを良しとしたのか。ペンシルゴンは持ち前の話術で、サイガ-100に其れらしい理由を伝えていく。
中盤辺りで凄く癪に障るような言い方と、即席捏造メール文章も言ったし、此方に一瞬送る視線は未だに鋭いままだが此の一瞬で、よくもまぁアドリブを効かせたなと感心した。
「………成る程、そうだったか。報連相はとても重要だ、良い後輩だな」
天音 永遠の話術は、嘘を真に、真を嘘に錯覚させる。俺はコイツの嘘に、何度も幾度と騙されてきた。だからこそ解る――――嘘の張り合いで、コイツに勝てるヤツはそうはいない。
「でしょ?ギリギリ何とか間に合った形になったわけさ。じゃあ………話し合いを始めましょうか」
此処からが本当の意味での戦い。情報という名の見えない手札を用いた『化かし合い』だ。
「ペッパー君。先程言ったとは思うが、私は君がリュカオーンに認められたという情報を聞き付け、サードレマまで足を運んだ。理由は単純、私は――――いや、クラン:黒狼は『夜襲のリュカオーン打倒』を最終目標と位置付け活動している」
サイガ-100は語り始めた。自分が何故此処まで来たのか。自分が何を求めているのかを。
「恥ずかしながら、私達のクランは幾度と無く奴に返り討ちにされ続け、攻略への糸口を掴めずにいた。だが、そんな中でリュカオーンと戦い、実力を示したプレイヤーの情報を得てね。調べていく内に君へ辿り着いた…という訳だ」
彼女は夜襲の情報に餓えていた。自分達が黒い闇の狼を前に唯々蹂躙されていく中で、其の狼に実力を示した者が現れた事を。
吉報であった。暗く深く、先の見えない闇の中に在った。そんな中、ペッパーの存在はリュカオーン攻略に繋がる光明、謂わば一筋の光だった。
「で、サイガ-100さん。目的はペッパー君が持っている『リュカオーンの情報』でしょ?」
「無論だ。奴の攻撃パターンや動き、どんな些細な事であっても良い。其れが奴の攻略に繋がるのであれば、クラン:黒狼は如何なる報酬も惜しまない」
其の言葉に偽りはない。彼女の目はリュカオーン討伐に向けて、ひたすらに情熱を燃やし続けている。モチベーションとはゲーマーにとって、センスや才能以上に大事な要素だ。
如何に才能が有ろうと、何れだけのセンスを秘めようと、何らかの理由で萎えてしまえば、全てが無へと変わってしまう。其れを維持する事は、簡単なようで逆に難しいのである。
「……1つ、聞いても良いですか?サイガ-100さん」
「何だ、ペッパー君」
彼女の言葉をペッパーは信じた。故に彼は――――『右手』を見せる。
「此れは俺がリュカオーンと戦い、其の中で刻まれたマーキングという名前の『呪い』です。コレを解くには『聖女の祈り』が必要であると、説明文にはありました。其の聖女を……知っていますか?」
リュカオーンが認めた強者の証を見た、ペンシルゴンとサイガ-100はペッパーを見る。実力を示した存在へ、ユニークモンスターは呪いを掛けると聞いていたが、実際2人にとって実物を見るのは初めてで。
特に初期勢のサイガ-100は、此れまでの数多のプレイヤー達で、真に呪いを受けた者を見たのは初めてだった。
「………あぁ、知っている」
呪いの解除――――ペッパーにとって其れは、封じられた右手の解禁による『二刀流』の復活。手数の確保だけでなく、斬撃と打撃をモンスターに叩き付けるスタイルを取り戻せるようになるという事だ。
「其の名は『慈愛の聖女イリステラ』。シャングリラ・フロンティアで唯一『全ての呪いを解除可能』なユニークNPC。喩え其れが『ユニークモンスター』から受けた『呪い』であったとしても、彼女の祈りであれば消し去れない道理は無い」
「成程…」とペッパーは溢す。一先ず呪いを解除する方法は見付かった。其所に目を付けたか、サイガ-100はこんな提案をしてくる。
「もし望むなら、黒狼は聖女イリステラに君を合わせる為の段取りと手筈を整えよう」
「へぇ…流石、最強クラスのクラン:黒狼。リュカオーンの情報を得るためなら、シャンフロのアイドルに会わせる為に奔走するんだね」
「当たり前だ。其れくらいするという覚悟を示さねば、君を前にしてペッパー君から情報は得られないからな」
其れだけサイガ-100にとって、ペンシルゴンの存在は厄介なのだろう。
「分かりました。でも、俺がリュカオーンと戦ったのは1度だけ。持ってる情報も、役に立つか保証は出来ませんよ?」
「其れでも構わない」
彼女の意思は変わらない。ならば、彼女の覚悟に此方も答えなくてはならない。
「先ず、夜襲のリュカオーンの攻撃パターンですが、前足での振り上げや横薙ぎ払い、斜めからの振り下ろしに返し刃の様に上げる攻撃を使ってきます」
思い出すのは、あの夜の決闘の記憶。リュカオーンの攻撃を一手一手を思い出し、言葉に変えていく。
「全ての攻撃は発生が兎に角速く、反射神経が優れていない俺は、常に適切な距離を取っていないと回避するのが困難でした。
其れと、リュカオーンには打撃系統武器と衝撃は効くみたいで、斬撃系統の武器は目に刺せて――――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ…ペッパー君」
説明をしていく最中、サイガ-100は困惑を含んだ声で。ペンシルゴンは信じられないとばかりに、ペッパーに言う。
「君は、たった1度しか戦っていないのだろう…!?あの攻撃の中で、適正距離を保ちながら…!あまつさえ、『あの』リュカオーンの目に…刃を、突き立てたと言うのか…!?」
「ペッパー君、其れ…ホントの事なの?」
「……えぇ。俺はアイツに後出しを狩る形でしか、攻撃を当てられませんでした」
ペンシルゴンも、サイガ-100も、両者共に言葉が続かない。ユニークモンスターは其の全てが、理不尽の塊であり権化。そんな理不尽に抗い、一矢報いてみせたペッパーは、2人からすれば『ユニークモンスター』と戦える戦力と数えるには、十分過ぎる要素だった。
「まぁ…俺がリュカオーンとの戦いで得られた情報はこんな物ですね。サイガ-100さん。御力になれそうに無ければ、本当にすいません」
リュカオーンの目を切り裂き、残照を刻んだ
「………………ペッパー君」
そんな折、サイガ-100が口を開く。
「私は最終的に、君からリュカオーンの情報を聞ければ良い……そう思っていた。だが、気が変わったよ。此れは私の、いや…クラン:黒狼からの言葉だと思って貰って良い」
そう言って立ち上がった彼女は、ペッパーに右手を差し出して、言ったのだ。
「君を『スカウト』したい。君の力を私達の下、リュカオーン討伐に際限無く奮って欲しい」
――――――――――と。
黒狼が胡椒を手招く