ペッパー君、エンハンス商会の事を知るの巻
サードレマ・裏通りはマップが示す通り、かなり複雑に入り組んでいて、まるで迷宮のようになっている。マップを持たず、初見で其処に突撃しようものなら、確実に彷徨い、挙げ句の果ては目的地の反対側に出ていた等、簡単に起き得る事で知られていた。
「むすぅ~………」
「悪かったってトワ、随分言い過ぎた」
現実サードレマの地図を持っていないペッパーは、ペンシルゴンの案内を受けて大通りの道へと向かっている。無論、其の道中では蛇の林檎でやられた事を愚痴られているが。
「あーくん、随分私をボロクソに言ってくれたよねぇ~?なぁにか奢ってくれないと、お姉さんは許さないよぉ~?」
「すまないって…取り敢えず、討伐した沼掘りの素材を売らせてくれ、今所持金がそんなに無いんだ」
「宿屋使えなくなるまで奢ってね、あーくん?」
「流石に宿屋は使える金額は残させてよ…」
「だーめ、それじゃ誠意を示した事にならなーい♪」
蛇の林檎を出て、道行く道を歩く中で漸く何時ものペンシルゴンに戻り、内心ペッパーはホッとする。
「お、そろそろだよ。裏路地を抜ける」
迷宮に似た裏路地の終着点、僅かに顔を出せば其処には他のプレイヤーとNPCが行き交う道が現れ、連なる様々な店と家々、そして露店商が建ち並び人気に賑わうエリアに出たようだ。
「サードレマはシャンフロの中でも大きな街だから、1つの
ささ、あーくん。沼掘りの素材を売ったお金で、ペンシルゴンお姉さんに対する御詫びの品を入れたまえよ♪」
ニンマリと黒い笑みを浮かべるペンシルゴンに、ペッパーは分かったよと言って、露天の裏に出来たスペースに繰り出す。
「とは言っても、何が良いんだろうか……」
「ペッパーはん、ペッパーはん。お酒はまださね?」
「ちゃんと覚えてるよ」
アイトゥイルの酒代は持っているマーニで買うとして、沼掘りの素材を買ってくれる所は有るか、ペッパーが露天を探していると、其の向こう側に『見覚えのある商会』の店名が刻まれた建物が見えた。
「もしかして…!」
裏のスペースに出来た僅かな区切りから通りに出て、人の往来を縫うように潜り、反対側へと行って店の前に着く。其処には『エンハンス商会・サードレマ露店通り支部』と書かれた看板が。
「此処なら酒とペンシルゴンの詫び品が手に入るかな?」
呼吸を調え、余白を一つ。ドアに手を掛けて「ごめんください」と開き、中へ。店内は其れなりのスペースで、雑貨や食糧、アイテムといった品々が商品棚に並んでいる。
受付とNPCが会話をしている中、やはりリュカオーンのマーキングの影響からか、ペッパー到着から話の手が止まり、ざわついている。と、受付の1人が店奥へ走っていった。
「いらっしゃいませ、エンハンス商会・サードレマ露店へようこそ。……あら、貴方は」
其の数十秒後、眼鏡を掛ける其れなりの値のドレスを着た年配の女性が対応に出てきて、ペッパーの姿に目を丸くする。
「こんにちわ。えっと…エンハンス商会のお店ですよね ?会員証を持っているので、買い物をさせて貰えませんか?」
沼掘りの戦いを見届けた職員から貰った、エンハンス商会会員証をアイテムインベントリより取り出し、女性に提示するペッパー。
「えぇ、其れなら大丈夫ですが…付かぬことを御聞きしますが、ペッパー様でしょうか?」
「え、あっはい。ペッパーです。よろしくお願いします」
「そうですか…ようこそ御越しくださいました」
まるで王族のダンスパーティーの舞台で挨拶をするような所作で、女性は彼に御辞儀をする。
「ペッパー様の御活躍は先程、エンハンス商会セカンディル支部から発信された伝書鳥を通じて拝見致しました。もし、他の支部とエイトルドの本社に御立ち寄られる事があれば、力になるようにと指示を受けております」
既に情報が伝わっている辺り、やはり大きな規模を誇る商会なのだなとペッパーは思う。露天通り支部という事は、他のエリアにもコンビニみたく店を出しているのだろうか?
「ありがとうございます。今日此処に来たのは、沼掘りの素材の売却とお酒…というか葡萄酒、其れから贈り物を買いたいと思いまして」
「かしこまりました。贈り物に御要望は御座いますか?」
カリスマモデルの永遠の事だ、ネックレスや耳飾り、指輪等の装飾品は持っているだろう。だが、そういう贈り物が案外効いたりするのは、レトロギャルゲーの高飛車ヒロインに贈る、プレゼント選択で経験したことがある。まぁ、気持ちが籠っていれば一番なのだが。
「そうですね、沼掘りの素材売却で買える程度の、小洒落たネックレスでお願いします」
ペッパーはカウンターに、沼掘りとの戦いで獲得したドロップアイテムを置く。其のアイテムを精査する女性はふと、あるドロップアイテムに目を付ける。
「あら珍しい…
女性が指差したのは、沼掘りのドロップアイテムの中に有った、小さくとも綺麗な真珠の様な歯。戦った時の奴の剣山の如き歯達は皆、泥の汚れでくすんで見えていた。
「清歯…?確か頭を小鎚で叩いたからか、1本手に入りましたね…希少な物ですか?」
「えぇ。沼掘りの清歯は、モンスターの中でも清潔な部位の1つで、ネックレスは人気の品なのです。此方で装飾工の職人へ加工を承る事も出来ますよ。3日程御時間を頂きますが、依頼料はエンハンス商会で負担致します」
「本当ですか?では、其れで御願いします」
「かしこまりました。其れと沼掘りの他の素材は換金させていただきました。マーニは此方に、どうぞ御納め下さい」
仕事が早いと感心しながら、ペッパーは浮いたお金で沼掘り討伐に協力してくれたアイトゥイルへ、そこそこの値段の葡萄酒を3本購入し、商会を後にしたのだった。
「で、お姉さんに対する贈り物は3日後に完成するのね?」
「あぁ、沼掘りのレアドロップから造るネックレスで、女性に人気が有るんだとか。しかも加工依頼は会員証を持ってたからか、商会持ちになった。かなり得したぜ」
ペンシルゴンが待つ裏路地へと舞い戻ったペッパーは、状況を報告する。無論アイトゥイルの為に葡萄酒を購入したことは秘密にしている。
「其れで1つ気になったんだけどさ、其の商会って何処の物なの?」
「え、エンハンス商会のものだけど。特殊クエスト進めて、沼掘り討伐したら職員から貰ったんだよ」
此れが証拠と、アイテムインベントリから会員証を取り出し、ペンシルゴンに見せるペッパーだったが、彼女は其れを見て唖然としていた。
「いや……えっ………マジで?」
「どうした?」
驚愕にも似た表情に、疑問を投げ掛ける彼だが、返ってきたのは新たな混乱を招く事実だった。
「…………シャンフロのNPCが運営してる『ユニーク商会』って知らないの?」
「ユニーク商会?ユニークモンスターとかそういう類いのヤツか?」
ユニーク商会とは何ぞやと言った感じに聞いたペッパーに、ペンシルゴンは片手を顔に当てて、天を仰ぎながら言う。
「あぁもぅ…………………君は本当に、本当に………私の予想を超えるなぁ…………。えっとね、此の会員証は、ひっっっっっっっじょぉぉぉぉぉぉぉぉに、大切な物だから絶対に失くしちゃ駄目。イイネ?」
「いや、普通に会員証って重要だから失くさないし、失くすつもりは無いんだが…」
どうやら事の重大さに気付いていないらしい。其の会員証が何れだけの価値を持っているのかを、ペンシルゴンはペッパーへレクチャーする。
「コホン。いい?エンハンス商会って言うのは、『黄金の天秤商会』と『カルカダ=コラス商会』と並ぶ『シャンフロ3大商会』の1つでね。
特に『エンハンス商会会員証』を保有しているのは、シャンフロをメイン
もっと言っちゃえば、私達プレイヤーでもエイトルドの本社の会員限定販売所や、サードレマの上級貴族達が行ける上層エリアに構えてる店には、其の会員証が無いと入れない仕様になってるの。
更に言えば其の会員証持ちの君は、サードレマの上層エリアに立ち入れるようになってて、いざって時の逃げ場所も其れで確保出来てるって訳さ、解った?」
ペンシルゴンの説明が予想以上の衝撃で、ペッパーは思考を止められてしまった。つまるところ此の会員証は、通常なら血みどろの努力の果てに手に入る物を、特殊クエストの恩恵によって其の段階をスッ飛ばしてしまったに等しい。
もっと言うなら、此れをサイガ-100に知られていたなら、昼夜問わずに伝書鳥が飛んできて、譲渡交渉させられていた可能性すら在ったのだ。
「なぁ、俺明日死ぬのか?大丈夫か?」
「此の特殊クエストは、君が始めた事でしょ?シャンフロプレイヤー達の戦力増強っていう唯でさえ重大責任背負ってるんだから、最後までやり遂げなくちゃねぇ?」
「もう既にあちこちからの絶大プレッシャーで、押し潰されそうなんだよなぁ……」
「泣き言言わない。取り敢えず、あーくんは暫く雲隠れしておいて。色々と爆弾要素を抱えすぎてる」
ペンシルゴンの言い分は至極尤もであり、ペッパーもネックレスが完成するまでの数日間は、シャンフロから一時的に離れる事を決めたのであった………。
得た人脈は計り知れず