ペッパー、ユニークシナリオを受注するの巻
電器店にてベルセルク・オンライン・パッションこと便秘の中古品パッケージ版を購入し、都内某所のアパートに帰って来た梓は、手洗いうがいを行って簡単な夕食を作り始めた。
献立は白米に葱と油揚げの味噌汁、そして豚挽肉を加えた野菜炒めに、プチトマトをデザート代わりにした夕飯を作り、何時も通りに「いただきます」と合掌して食し、何時も通りに「ごちそうさまでした」と合掌し片付ける。
皿を洗い、食後にホットミルクで一息着いて、シャワーを浴びて寝間着に着替えつつ、水分補給とトイレを済ませ。布団を床に敷いて、VR機材や水分補給用のペットボトルを近くに配置し確認を取る。
「水分補給よし、機材チェックよし……時間はそろそろ8時くらいか…。夜はビィラックさんが言ってた、リュカオーンの残照が刻まれてる
となると、現状使えるのは
今の段階で自分の使える武器を把握し、機材を頭にセッティング。布団に寝転がり、梓はペッパーと成ってシャンフロの夜の世界に降り立つのであった。
「お、ペッパーは~ん。こんばんわ~さね~」
開眼一声、目の前にはアイトゥイルが自分を覗き込む様に座っており、吐息が若干酒気を帯びて臭い。彼女の手には瓢箪水筒と串焼きが握られ、其の近くの机には以前ティークが作ってくれた、マッドフロッグの串タン焼きが皿に置かれている。
窓の外に目を移せば、煌々と輝く美しい満月が夜空に昇り、雲一つ無い夜天を星の瞬き以上の輝きで、ラビッツと兎御殿を含めたフロンティア全域を、隅々まで照らしているかの様な美しさがあった。
「成程、此れは風情の効いた月見酒ですね」
「こんな良い夜に月見て酒飲まないなんて、勿体無いのさ……ペッパーはんも一口如何かいな?」
「気持ちは有り難いですが、これから待ち人との約束が在りまして。とても大事な話らしく、内密かつ口外禁止の厳戒令が敷かれた情報なんですよ」
ユニークモンスター・墓守のウェザエモン。因縁深きアーサー・ペンシルゴンが、此方のユニーククエストとの交換取引で俺に提示…もとい交渉から降ろさせない為に、先制パンチでぶちかましてきた特級レベルの爆弾要素。
他者にバレないように立ち回り続けてきた甲斐が、漸く実ったのだと安堵した束の間、夜闇を切り裂くように窓枠に1羽の梟がやって来て、自分に手紙を渡してくる。
画面には『
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あーくんへ
このメールが届いてるって事は、シャンフロにログイン出来てるみたいだね。四駆八駆の沼荒野で取引した時に話したけど、墓守のウェザエモンに関する情報を教えるよ。
今日を含めた満月の日の夜に、サードレマから行ける千紫万紅の樹海窟で、月の光が当たらない苔の壁が在るんだ。画像を貼っておくから、其処で私は待ってるよ。
《画像》
あと重々承知してるとは思うけど、此方に来るまでに誰かに付けられたりしたら、全力で振り切ってね。やむを得ない場合は、PKしてでも情報隠してくること。
まぁ、あーくんの事だから上手くやれると思うし、自分の手を汚したくないなら、おねーさんが張り切って暴れてあげちゃうから、多分問題無し。
ちゃんと来てね?……待ってるからね。
アーサー・ペンシルゴン
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内容が内容なだけあって、PKしてでも漏らすなという強い意志を感じる文面。にも関わらず、最後の一文だけ何故だかしおらしいのに、ペッパーは強烈な違和感を感じた。此れは本当に『あの』ペンシルゴンが、自分に送ったメールで間違いないんだよな?………と。
「さて行くとしますか。アイトゥイル、ゲートをお願いします。それとゲートを開いた後は、其処で待機してて貰えますか?」
「其の人とぉ~密会す~るんさ~?」
「そうですね…二人だけで会いたいと言ってましたから」
「ほいさ~。わかったぁよ~。ワイは待機しててええんやなぁ?」
「はい。ゲートを開いた後、物陰に隠れてやり過ごして欲しいです。密会が終わり次第、直ぐに戻りますので」
「了解さ~」と酔いどれ気味になりながら、アイトゥイルはゲートを開き、サードレマの裏路地に出たペッパー。物陰にアイトゥイルは隠れ、彼は暗闇に紛れて人目を避けながら、千紫万紅の樹海窟へと向かう。
彼女と交わした契約を今こそ果たす為に、彼は樹海へひた走る。
千紫万紅の樹海窟に辿り着いたペッパーは、ペンシルゴンからのメールの画像を頼りに、苔の壁に沿いながら歩きつつ、彼女との合流を目指す。
ホラルマッシュルームの光や、木々の間から溢れる月光が、昼間とはまた違う幻想的な世界を樹海に彩り、昆虫達もまた命の循環に身を投じている。
そんな世界を横目にしながら彼は苔壁を視界に納めて進んでいき、数分程走った先で月明かりが当たっていない苔壁と、木の影に隠れていたペンシルゴンを発見する。
「お、来たね。あーくん」
「待たせたなら、すまん。トワ」
「ううん、私も丁度今来たところ。あーくん、誰にも付けられてないよね?」
「あぁ。問題なく」とペッパーが言い、ペンシルゴンは周りを見渡し、更には聞き耳を立てて、周りに他のプレイヤーが居ないかを確認した。
「…………OK。ちゃんと振り切ってるね。偉いよ、あーくん」
「其れくらい重要案件なんだろ?慎重にいかなくちゃな」
「うん。其れじゃ『セツナ』の元に案内するよ」
光苔の極一部……月明かりが照らされていない壁に、ペンシルゴンが手を置いて擦るように調べると、壁は崩れて人が一人通れるくらいの小さな穴が出現する。
「隠し通路か…」
「そ。此処を見付けたのは偶然で、必要なアイテムを樹海窟に取りに来た時に見付けたの」
ペンシルゴンの後に続く形で、ペッパーは穴の中を進んでいく。そして穴を抜けた先、二人の目の前には満月の輝きが一面に広がる、樹海窟とは別の吹き抜けたエリアが現れた。
地面には周りを囲うように、無数の彼岸花達が咲き乱れ、其のエリアの中心地点には、枯れ果てた大樹が一本聳え立ち。
其の根元には、幽霊の様に透明な『現代の服装』に身を包む、髪を三つ編みにし、下唇より少し離れた場所にホクロが有る、一人の女性が凭れ掛かって座っている。彼女は此方に……というよりは、ペンシルゴンに気付くと落ち着いた静かな声を発した。
『あら…アーサー。久し振りね』
「やっほー『セッちゃん』、1ヶ月振り」
彼女がセッちゃんと呼び、親しげに話している。本来、PKプレイヤーはNPCとの好感度補正が最悪まで下がるのだが、どうやら此のセッちゃんことセツナなるNPCは、例外のように見えた。
と…彼女はペッパーの方を見て、こんなことを言ってくる。
『今日は何時もの人達と違うのね』
「うん。彼はペッパー、私の後輩。そしてウェザエモンをはっ倒す『切り札』の
現在のペッパーのレベルは30。弱いと言われても仕方無い事実である。しかしセッちゃん━━━━『遠き日のセツナ』は、首を横に振りながら言った。
『ううん…そうじゃないわ。『クロちゃん』の『強い気配』と『強い想いが籠った物』を、一緒に持ち歩いている人、私は初めて見たの。ふふふ……あの娘も、貴方を相当気に入ったのね』
セツナが言っている『クロちゃん』とは、十中八九『ユニークモンスター・夜襲のリュカオーン』と見て間違いない。しかし装備せずに、アイテムインベントリに入っている筈の残照刻んだ致命の包丁の存在を、何故彼女が気付けたのか。
ペッパーの疑問は、唯々積もるばかりである。
「………ペッパー君、取り敢えず後で『オハナシ』有るから逃げないでね?」
「拒否権を行使します」
「駄目に決まってるでしょ?」
「さいですか」
そして其れを聞き逃さないのが、ペンシルゴンというプレイヤーであり、ペッパーは残照武器の存在を開示する事が無情にも確定してしまった。
『貴方のお陰で、昔の事を思い出せたわ……ありがとう、ペッパー』
朗らかに微笑んだセツナに、残照武器の事を許す形で「…どういたしまして」とペッパーは言う。
「早速だけどセッちゃん、ペッパー君に『アイツ』の事を話してあげられないかな?」
ペンシルゴンの言葉に『……わかったわ』とセツナが言って、ペッパーの目の前には画面が表示された。
提示された画面にはそう表記されており、下には選択肢が出現。ペッパーはペンシルゴンの方を見ると、彼女は小さく頷いていた。意を決してOKボタンを指先で触れると、シナリオ開始を告げる表記と共に、セツナが静かに語り始める。
『彼……ウェザエモンは、私の恋人。ちょっとしたすれ違いで私が死んで…其れからずっと………ずっと、私のお墓を守り続けているの』
墓守のウェザエモンなる存在は、セツナの墓を守り続ける者。長く、永く、永劫なる時間を墓守として捧げているのだと言う。
(永劫の墓守…………其れがウェザエモンなのか)
『私が死んでから、どれだけの時間が経ったかわからないけれど…。気付いた時には『こう』なっていた…死んだことを、未練に思っている訳じゃないのにね』
木に右手を添え、セツナはそう言って話を続ける。
『過去とは終わり…。終わってしまった過去であって、誰かの今…未来を縛るものじゃないの……。だから今もあの人が、私の
ゲームであれば幾らでもセーブ&ロード、そしてセーブデータのリセットでやり直し、過去や現在、そして未来さえも変える事は出来る。
だが現実は、過ぎた過去は巻き戻す事も、やり直す事も出来ない。人生とは、やり直しもリセットも不可能の、1回個っきりのライブゲーム。
ウェザエモンは今も尚、セツナを喪った過去に囚われ、時計の針が止まったように、未来への歩みを止めているのだと、ペッパーは思う。
セツナは木から空に淡く輝く満月に視線を移して、ペッパーとペンシルゴンに言った。
『彼は私が構築したプログラ……ん……魔法で結界を構築したの。月光の宿す魔力を利用して座標を次元の裏側に『反転』させる事で、誰にも干渉出来ないようにした』
(ん…?今、プログラムって言おうとしたか?)
セツナの台詞にペッパーは疑問を抱くが、彼女はウェザエモンと戦う際に必要な、重要な事を話していく。
『でも『新月の夜』に……月の光が失われた時、結界に綻びが生じて、彼が居る『裏座標』に通じる道が生まれるの』
詰まる所━━━━墓守のウェザエモンは満月の夜の時間帯に、NPCのセツナと会話してシナリオを受注し。2週間後に訪れる新月の夜の時間帯に、此処から裏側に居るウェザエモンとの戦闘を行うという事だった。
「此処から行ける裏側で、ウェザエモンと戦う事になるのか」
ペッパーの言葉に、セツナは静かに頷き。二人の方に向き直り、彼女は頭を下げながら言う。
『どうか、あの人を。……ウェザエモンを眠らせてあげてください』
彼女から感じる切なる願い。
そうしなくてはきっと、彼女自身も報われる事は無いのだろう………と。そんな考えを抱いていた矢先、ペンシルゴンがセツナへと堂々と言ってみせた。
「任せて、セッちゃん。私は必ず最強のメンバーを揃えるよ。そしてセッちゃんを困らせてる、頑固者のウェザエモンを張り倒してあげるから!」
外道の権化、悪辣の魔王、黒幕が相応しい称号たるペンシルゴンが、こうも熱く、溌剌とした言い方をしている事に、ペッパーは心中で風邪を引いてしまう。
「…お前がこうも熱く言ってみせるなんて、随分意外だわ。もしかしてペンシルゴンのそっくりさん?」
「よし、ペッパー君。今すぐ切腹して謝るなら、おねーさん許してあげちゃうけど、どうするかな~?」
良かった本物だと、土下座で謝る形で切腹を回避するペッパー。
「まぁ、なんだ……人が不幸になる様をゲラゲラ笑ってるペンシルゴンが、こうもNPCに入れ込んでのが珍しくてな」
「私だって、ちょっとくらい熱くなったりするよ…」
そう言ったペンシルゴンは、セツナの方に視線を向ける。透明ながらも、此方を見て微笑んでいる彼女を見ながら、言葉を紡いでいく。
「セッちゃん…セツナは何と言うか、こう……話の背景的にも、自分に重なるというか……他人事のように思えないっていうか……」
出し渋る彼女だが、俺には何となくコイツが言いたい事が解った。当たればきっと面白い事になる筈だ、なので此処は当ててやろう。覚悟しやがれ魔王め。
「…あ~。つまりアレかペンシルゴン。セツナに対して『
肩で笑うように、ペッパーは言ってやった。ゲーマーが其のゲームを好きになる時には、様々な要因が働く。ゲームシステム、プレイ中に流れるBGM、壮大で手の込んだストーリー等、人によって変わってくる。
其の中でも『特定のキャラクターを好きになったり』、『自分自身に強く重ねたりする』事は割合的にも多く、かくいうペッパー自身も、数々のレトロゲームをプレイし、好きなキャラや自身に重なるキャラが見付かったりした時は嬉しい物があった。
「……そうですよ、ええ、全く以て其の通りですよ!笑えば!?ゲームで熱くなってる私を、笑ったらどうですかペッパー君!!!!」
図星というか、大当たりというか、顔を真っ赤にしてるペンシルゴン。そんな彼女を見たペッパーは、口角を吊り上げて胸を張り、堂々と胡座座りで。しかし其の眼は、キラキラと輝きながら言ったのである。
「笑わねぇよ、ペンシルゴン」――――と。
「ゲームで熱くなる?そりゃ結構だ。キャラに本気の感情移入?大いに結構!其れは今、此の瞬間、そして刹那に。
今、ペンシルゴンはセツナを救いたいと強く願い、そして未だ誰も彼もが倒せていない、絶対強者たる最強種の一角を落とすという、前人未到の偉業を成さんと挑戦している。
「ゲームは所詮『遊び』だ。時間が来れば中断するし、エンディングが終われば現実に戻る。そんな『遊び』だからこそ、人は『真剣』になれるし『夢中』にもなれる。だからこそ、此の一瞬一瞬を楽しみ抜いて、最後に笑って『嗚呼、愉しかったな』ってゲームを終われたなら。
其の時は、製作者や開発陣でも誰でも無い……お前の『勝ち』なんだよ。ペンシルゴン」
ゲーマーとして、思いっ切り言い切ってやった。自分にしては少しばかり、彼女に熱く語り過ぎただろうか。
「……ふふふ!あははははは…!あぁ、確かに…!確かにそうだ。…そうだったね……君は何時だって『ゲーム』の時は、其のスタンスだったね。ペッパー君」
そんな俺の言葉に、ペンシルゴンは笑った。其の笑いは恥ずかしさ等ではない、感謝に似た笑い声のようで。
「相手はシャンフロで、誰もが攻略出来ていない最強のモンスター、墓守のウェザエモン。けど、君のお陰で俄然燃えてきたよ」
座る俺に、ペンシルゴンが手を差し伸べて来て。俺は其の手を掴み取り、立ち上がる。
「やろう、あーくん。最強種討伐を」
「あぁ、お前との取引だからな。最後まで責任は果たすぜ、トワ」
満月が照らす、雲一つ無い月夜の下、二人の男女が共に夢を叶える誓いを立てた。ユニークモンスター討伐という偉業へと動き出す。
「それはそれとして、オハナシはサードレマの
「デスヨネー」
遠き日のセツナの願い、ペンシルゴンの想い