サンラク 対 夜襲のリュカオーン
シャングリラ・フロンティアを始めるに当たって、楽郎はソフト到着を待つ間、ネットサーフィンで調査した項目の中に、其れは在った。
ゲームの中でたった7体しか存在せず、其の全てが唯一つの例外も無く、理不尽な強さを誇るとされるモンスター達。其の一角であり、夜の時間帯にシャンフロ全域を駆け回る、ランダムエンカウントの黒い狼というのがリュカオーン。
そして何の因果か偶然か、今現在自分の目の前にソイツは居る。
「まさか、こんなに早く出逢えるとはな…」
ゴクリと固唾を飲み込んで、サンラクは両手に握る湖沼の短剣を構え直す。あの黒狼から放たれる殺気は、此迄プレイしてきたゲームのボスすら、霞んでしまう程に濃密で濃厚で重圧だった。
星の数程有るVRゲームの中の、誰もが認める神ゲー。風や肌触りといった『普通ならば』妥協する部分さえ、一切手を抜く事無く仕上げた事で、リュカオーンの気迫も想像以上の物として、彼は感じる事が出来たのである。
リュカオーンが大地を踏み締めて、右前足を振り翳してサンラクへと襲い掛かる。右目から闇が溢れる様は、まるで月と星の光満ちる夜空に、墨汁の一閃をなぞるようで。
「ッ━━━━━オラァ!!」
ドンピシャと言えるタイミング。スキル・ジャストパリィを発動し、重ね合わせた湖沼の短剣で、リュカオーンの一撃を
身体を宙返りさせる中、刃を横薙ぎで右前足にクリティカルの斬撃を叩き込む。
「ハハッ…!フハハハハハ!確かに速ぇが、大したことねぇーな!リュカオーン!」
バックンバックンと鳴り響く、己の心臓の鼓動。タイミングをミスれば、危うく死んでいた事実を感じつつも、取り繕う様に己を鼓舞する。
リュカオーンが地面を叩き割り、衝撃波が大地を抉る中、サンラクも移動系スキルを使い、全力でユニークモンスターへ立ち向かう。
四駆八駆の沼荒野で、一人の開拓者と最強種の黒狼は、生きるか死ぬかの戦いを、夜天の下で繰り広げていく……。
戦い始めてから、一体どのくらいの時間が経っただろう。10分…いや、既に15分は確実越えたか。被弾一発で死亡してしまうサンラクは、濃厚な死の気配と死線の中で、得られたリュカオーンの情報を整理する。
全身を纏う毛皮は、最上位クラスの鎧を一本一本繊維にしたような強靭さ。加えてスピードとパワーも圧倒的。此方に其れを、嫌と言う程に見せ付けてくる。
与えたクリティカルは400は越えたにも関わらず、毛皮が堅過ぎる為にダメージが通っていない。そして耐久で優れている湖沼の短剣と湖沼の小鎚達も、リュカオーンとの戦いで消耗して、既にボロボロとなってしまった。
(確かに『理不尽な強さ』だ……夜襲のリュカオーン!だがコレは『お前を創ったヤツ』の、想定通りの強さ。つまりは『倒せる理不尽』だ………!)
(そして攻撃はディレイも絡めてくるが、意外と『安置』も多い。コイツの攻撃速度に馴れさえすれば、クリティカルを叩き出すのも不可能じゃねぇ!)
(そして何でか知らないが、戦闘始まってからもずっと闇が洩れてる『右目』。まるで『狙って下さい』って言ってる様だよなァ?!)
サンラクは思う━━━━『アレ』は明らかに誘っていると。理不尽の塊であり、権化であるユニークモンスターの、攻撃が確実に届くであろう『傷痕』。もし其所を狙ったのなら、自分はタダでは済まない事になる。
「戦いには卑怯も、ひったくれもねぇんだ!弱点晒したままで居るのを、しっかり後悔しやがれ!」
狙うは闇を今も尚、涙のように溢し続ける右目。全力移動でリュカオーンの踏み付けに合わせ、サンラクは片手の小鎚を包丁に切り替えて跳躍。全神経を唯一点、此の一撃に集束させて見定めた。
黒く、黒く、唯々黒く━━━━充血したように、真っ黒に染まった右目に向けて、致命の包丁の鋒を振り翳し、彼はスクーピアスを叩き込む。
が━━━━━━━
ガッギィィィ!と黒板を爪で引っ掻いた様な、嫌悪感を催す異音が響き、リュカオーンの瞼に刃が阻まれた。
「…まだまだァ!!」
サンラクが切り替えた小鎚の面を、包丁の持ち手に目掛けて振った瞬間。リュカオーンが瞼を力強く開くや、包丁の刃を押し上げて、サンラクの身体が浮かされる。
目の前に写るは、リュカオーンの鋭き牙達。狙いは噛み付き攻撃。
「チィッ…!」
小鎚と包丁の側面を構え、ジャストパリィの構えを取る。弾き次第、再び右目を狙いに━━━━━
『ォォォオオオオオオオオオオオオン!!!』
がしかし。彼の耳に轟いたのは、狼が月に吼える様に噛み付きではなく、闇夜へ遠吠えるリュカオーンで。其の咆哮が響いた瞬間、サンラクを襲ったのは『全身が金縛り』を食らった様な『硬直』だった。
(な…!?咆哮、いやフェイント…か!?其れよりも、身体が動かねぇ!?何だこ━━━━)
次の瞬間にサンラクの両足は、チェーンソーかギロチンでバツン!と断たれた感覚。
力任せに筋肉と骨を引き千切れ、慣性によって其の身は宙を舞い、背中から四駆八駆の沼荒野の岩肌へ、乱雑に叩き付けられていた。
「………ゴフッ……!!」
背面の圧迫で肺から空気が漏れる。噛み千切られた両足から、叩き付けられた背中から、赤いポリゴンが放出されて体力が減っていき━━━━━━
其の進行は、残り僅か『1』で止まる。
(現実は……何時だって甘くねぇ。突然覚醒してスキルで一発逆転とか、謎の高ランクプレイヤーに助けて貰ったりだとか。そんな『奇跡』早々起きはしない)
岩肌に凭れつつ顔を上げれば、此方に歩いてくるリュカオーンの姿が映る。一歩、また一歩と、確実に己の命を狩り執る、死神の足音にも聞こえて。
(………いや、奇跡なら既に『起こってる』。幸運が働いたか知らんけど、体力が全損して無いわ……じゃあ『食いしばり』か?
サンラクが脳内で喧嘩をしている内に、眼前にはリュカオーンが迫っていて。だが不思議と、満足感が在る。全力を出しても届かなかった、最強の相手に自分の目標が定まったのを感じた。
「決めたよ。ラスボスとかストーリーとか、そんなもんはもう、どうでも良い。今は無理でも………いつか必ず、お前を倒すからな」
絶望に屈する事は無く、サンラクは致命の包丁の鋒を翳して、リュカオーンに宣った。
「其れまで、誰にも倒されるんじゃねぇぞ………!夜襲のリュカオーン!!!」
彼の言葉と最後に見せた行動に、夜の帝王は何を想ったのか。然して口角は上がり、リュカオーンは『グルッルッ』と笑い、其の眼は一瞬だが『そのつもりよ』と言った様も見えて。
直後に開かれた口と牙達を以て、サンラクの胴体を断絶し、残っていた体力を削り切り、仕留めたのであった………。
「……………へ?」
セカンディルの宿屋にて、初めてのリスポーンを経験したサンラクは、死亡と同時に起きた己の変化を確認するべく、ステータス画面を開く。
其所に在ったのは、進化したスキルや新規習得したスキル、大きくレベルアップした事等々。しかし諸々含めても、全てが胴体と足に刻まれた『リュカオーンの
一通り確認し終えたサンラクは、一人呟いた。
「あれ、これ詰んでね?」
━━━━━━と。
刻まれた呪いは、強者に認められた証