ホントにすみません。
目を開けると、一面の花畑に立っていた。晴れやかな青空、咲き誇る色とりどりの綺麗な花々、空を行く鳥達。来たことはない筈なのに、ひどく落ち着く空間だった。
「ここは…? もしかして天国か?」
「違うよ。ここは私の生得領域」
呟きに返答があった。
驚いて咄嗟に振り返るとそこには、
「な!?」
「驚いた? 私は貴方。いや、貴方の身体と言った方がいいかな」
「僕の、身体?」
「そう。まあ正しくは5歳の頃、貴方がこの肉体に入り込む前までの、この身体の持ち主ってこと」
「あ……」
よく考えればそうだ。前世を思い出す以前の僕は、前世とはまったく違う性格をしていたし、前世を思い出してからはなんとなく他人事のように思っていた両親の死を、本気で悲しんでいた。
前世の記憶に影響されたにしては変化が大き過ぎる。実際は、5歳の頃から前世の記憶を思い出し始めたのではなく、僕の魂がこの身体を乗っ取っり始めていたのだ。
「それは……」
「貴方が罪悪感を感じる必要はないよ?」
「え?」
「わざとじゃないのは分かってる。それに、私は貴方に救われたんだから」
救われた? 肉体を乗っ取った僕に?
「私、自慢じゃないけど、人より成長早かったの。だから、まだ幼くても、お母さんもお父さんも本当にいい親だって分かってたし、愛されてる自覚もあった。私が何かする度に褒めてくれたし、ワガママも聞いてくれた。二人共大好きだった。だから、お父さんお母さんの死体を見た時、死のうって思った。まだ5歳の子供が何言ってんのって感じだけど、本気で生きてる意味が分からなくなった」
……僕にはその気持ちを理解することなんて出来ない。一番近い感情としては、夏油さんが闇堕ちした時の感じだろうか? きっと、僕の想像を超える絶望だったのだろう。
「明日死のうって思ってた。その日は家に人が居て、誰もいない時じゃないと失敗するからって。そして夜、眠ったら―――ここにいた」
恐らく、僕の魂が肉体を乗っ取ったのだろう。
「身体の様子は分かったよ。ここにいても、外の情報は明確に理解出来る。だから、混乱した。今何が起こっているのか。今身体を動かしているのは誰なのか。疑問はいくつも浮かんだ。混乱も落ち着いて、事態が飲み込めてきて湧いてきたのは、怒りだった。身体を動かせなくては死ねない。二人の下に逝けない。早く身体を返せってね。ここで叫び続けたよ。ここ、体力が減らないし、声も枯れなくてね。何時間も、いや何日も叫んだ。そしたらさ、少しずつとある記憶が頭に入ってきたんだ」
青の瞳が僕を捉える。綺麗で、澄んだ瞳だった。
「貴方の記憶だよ。貴方が記憶を思い出していくのと同じように、私も貴方の前世の記憶を知っていったんだ」
微笑みを浮かべ、楽しい思い出を語るかのように。
「貴方が遊んだ記憶、勉強を嫌がって怒られた記憶、貴方が大好きだった漫画やアニメの記憶、貴方の両親の記憶、貴方が友達を作ろうとして失敗した記憶。貴方の思い出も黒歴史も全部。全部知った」
恥ずかしい筈なのに、僕はそんなことも忘れて、彼女に魅入っていた。僕に語りかける彼女が、余りに透き通った笑顔をしていたから。
「そしたらさ。応援したくなったんだ。どこにでもいるような弱い人間なのかもしれない。けど、私にとっては会ったことないタイプの人だったからね。不器用で、卑屈で、根暗で、でも優しくて、私とアニメの趣味が似てて………死のうとしてた私を、結果的には助けてくれた。それに、貴方が私として日々を過ごしているのを観るのは、面白かったし楽しかった。施設での日々も、五条さんや夏油さん、家入さんとの日々も、天内さんや黒井さんを救えた時も。いい事ばかりじゃなかったけど、それでも貴方は、私に色んな世界を見せてくれた。あのまま死ぬ筈だった私に。だからね」
そして彼女は僕の手を握って、
「ありがとう。貴方がいたから、私は救われたよ」
満面の笑顔で、僕にそう告げた。
目の前がぼやける。もっと彼女の笑顔を見たいのに、拭っても拭っても勝手に瞳から涙が溢れてくる。
「ふふふ。泣き虫なのは変わらないね」
彼女はそう言って、泣き止まない僕を優しく抱き寄せ、頭を撫でてくれた。胸の奥が温かくなって、余計に涙が溢れてくる。もう堪えきれなくなって、彼女の胸に顔を埋め、声を上げて泣いてしまった。
◆◇◆◇◆
「落ち着いた?」
「うん……ごめん……」
「全然いいよ」
いや気まずい!!
当の本人は気にしてないけど、ちゃっかり胸に顔埋めちゃったよ!!今は女だけど元男って知ってる人の胸に!!
僕が脳内で悶えていると、
「……ホントはもっと話したかったけど、時間がなくなってきちゃったし、これからの事、説明しないとね」
少し悲しそうな顔で彼女は告げた。
「時間?」
「今、私達の身体は頭を【天逆鉾】で貫かれてる。時間も経ってるし、普通だったら死んでるね」
「まあ、そりゃそうでしょ」
五条さんでも頭にアレ刺されたら死んでたらしいし。
「でも、ある方法を使えば、今から生き返る事もできるんだよ」
「宿儺みたいに?でも、天逆鉾を頭に刺されてるんだよ?」
「もう抜かれてるよ。だから反転術式は無効化されない。ただ、脳が仮死状態になってるからこのままじゃ反転術式は使えない」
「じゃあ、使えるようにする方法があるって事?」
「そういうコト。まあ簡単に言うと、縛りで無理矢理仮死状態の脳を動かして反転を使う」
「へ? そんな事できるわけ?」
僕は、すぐにそれを聞いた事を後悔した。
「私の魂の完全消滅と引き換えなら、それも可能だよ」
「――え?」
「前、伏黒パパと戦った時、死にかけたでしょ? あの時も、原作知識の後半部分の消去の縛りで無理矢理脳に刻まれてた十種影法術を呼び覚ましたんだよ。こっちのリスクリターンを考えれば、釣り合いがとれてたみたいだね」
「ちょっと待ってよ……」
「今回は殆ど死者蘇生みたいな事をやるからね。これくらいの縛りじゃないと釣り合いが――」
「待てって!!」
僕は叫んだ。
「なんで!? なんで君が消滅しなくちゃいけないんだよ!!」
「これが一番の解決策なんだよ。分かるでしょ? いてもいなくても変わらない私が消えて、貴方が残る」
「でもそれじゃ――」
「私はいいの。もう十分救われた」
言葉が続かない。否定したいのに、消えなくていいって言いたいのに、僕の頭はそんな都合のいい方法を考え出してはくれない。どうしょうもなく、彼女が正しかった。
「もう、そんな顔しないでよ」
彼女が困ったように笑う。
「そんなに私に生きてほしいって思ってくれるのなら、私のお願い、聞いてくれる? 最後のお願い」
「……お願い?」
最後の際だというのに、こちらを真っ直ぐに見る彼女の瞳はどこまでも澄んでいた。
「まず、私の事を忘れないでほしい。そうすれば、私は貴方の思い出の中で生きていられる」
「っ、もちろん…!」
「次に、できれば女の子として生きてほしい。伏黒パパのアレから今まで、私の影響で少し考えが女の子に寄ってたと思うけど、これからも、女の子として振る舞ってほしい。一人称も『私』で」
「分…かった…」
また涙で前が見えない。声も思うように出ない。
「そして最後、幸せに生きて、笑って死んでほしい。できればおばあちゃんになってから。私の分まで」
「あぁ…あ…あ…」
「アハハ。何それ。カオ○シみたいになってるよ?」
そして、彼女は
『チュッ』
「大好きだよ、■■君。これからも頑張ってね。私からの、最初で最後の応援♡」
彼女は笑った。少しずつ輪郭が透けて、後ろの花畑と同化していく。
ただ、透けていく彼女の頬を煌めく一雫の涙が―――
「愛里沙!!」
「え?」
「ありがとう!!」
涙を堪え、笑顔で告げた。あの涙に、罪悪感で返す事はしない。助けられたら、ありがとう。それだけでいいのだ。
彼女は少しの間呆けた顔をして、そして、
「アハハ!どういたしまして!!」
満面の笑みでそう言って、消えた。
そして、私の意識も落ちていった。私は、意識がなくなるその時まで、頬に残った温もりと、彼女の笑顔を感じていた。