許してください。
こんだけ期間があったのに短いです。
許してください。
「決着……ですね」
「――そのようだね」
無傷の私に、半身が焼け焦げ立つことすらままならない夏油さん。この瞬間、百鬼夜行は終わりを迎えた。
「終わった?」
突然、背後から声。
「っ! ――五条さん!?」
振り返ると、見慣れた白髪長身の男がいた。
「やあ、ずいぶんと早いね悟。ずっと見てたのか?」
「ああ。お前が愛里沙をお姫様抱っこしてぶん殴られてんのも、ドヤ顔で撃った大技を押し返されて負けたのも、全部な」
「ハハハ。相変わらず、性格が悪い」
まるで昔に戻ったかのように、自然体で話す2人。
「優太の方も終わったよ。こっちと似たような決着だった。優太が最後に放った一撃でお前の分身は消失。折本里香の解呪も成功した。主従契約を破棄された折本里香はもうすぐ消えるだろう」
「……そうか。僕の家族達は無事かい?」
「揃いも揃って逃げ果せたよ。京都の方もオマエの指示だろ?」
「まぁね。君と違って私は優しいんだ。……そうだ。コレ、返しておいてくれ」
「! 小学校もお前の仕業だったのか!!」
「まぁね」
「呆れたやつだ」
真希ちゃんと優太君のあの任務か。まさか夏油さんの仕業だったとは。自然発生と決めつけず、残穢をしっかり調べていれば分かったかもしれない。
「愛里沙」
不意に、五条さんと話していた夏油さんが私を呼んだ。
「……なんですか?」
「私から君に最後の助言だ。――今の君は危うい。考えなくていいことを、難しく考えすぎる節がある。人生、あまりごちゃごちゃと考えすぎない方がいい。……私のようになってしまうぞ」
「夏油さん……」
「……あぁ、分かっていたさ。私の理想では術師全てを救うことなどできない。非術師を消すために術師同士で殺し合うなんて本末転倒だ。その上、非術師がこなしていた役割の担い手だって急には用意できない。有用な術式持ちで協力し合うにしても今まで進歩してきた人類がいったいどれほど衰退することになるのか。……そして何より、呪い合いで生まれた世界はまた新たな呪いを呼ぶだろう。その呪いはさらに呪いを生み、それが廻りに廻って、争いは決して耐えることはないだろう。結局、私のしてきたことは子供の駄々と同じことだ。どうにもならないことを、嫌だ嫌だと拒絶していただけだったんだ。――それでも、私は今でも正しかったと思っているし、後悔もしていないがね」
夏油さんは悲しそうな顔で笑った。
その笑顔に、再び私は泣きそうになった。
「……何か言い残すことはあるか」
「……誰がなんと言おうと、
夏油さんの心の内と五条さんの心の内。どうしようもなくすれ違ってしまった二人の心の有り様が、今の二人を見るとよく分かる。夏油さんには、五条さんの気持ちが本当の意味で分かっていなかったのだろう。見てる景色が違うからとか、最強の五条さんは孤高だからとか、そんなの関係なしに――五条さんは、夏油さんがいないと寂しいと思っていたのだから。夏油さんがいれば満足だと、本気でそう思っていたのだから。
そんな五条さんを、夏油さんは置いていったのだ。
「傑――○○○○○○○○」
五条さんが夏油さんに言葉をかけた。最期の言葉は、どこまでも純粋な、本音だった。
「……はっ。最期くらい、呪いの言葉を吐けよ」
夏油さんが笑う。私は思わず目を逸らした。感情が抑えきれなくて、これ以上は見ていられなかった。
最近、こんなことが多い気がする。やはりどこまで強くなっても、性根は前世の弱い
目を逸らしたまま、五条さんの呪力が弾ける感覚を感じた。たった今、特級呪詛師夏油傑は討伐されたのだ。
◇◆◇◆◇
その後は優太君のもとに行き、折本里香の解呪を見届けた。
優太君は責任を感じていたけれど、私は純粋で美しい
折本里香の幸せそうな顔を見て、優太君と折本里香、里香ちゃんの愛は、きっと意味のあるものだったんだと思った。
あれから数日、
「やあ、数日ぶり」
「ゲッ、バケモノ女」
私は夏油さんと共に戦っていた黒人、ミゲルのもとに赴いていた。
「何ノ用ダ」
「話が早くていいね。実は、貴方に任せたい人がいるんだ。――ほら、優太君あいさつ」
私の後ろに待機していた優太君がミゲルの前に進み出た。
「は、はじめまして! 呪術高専東京校1年、乙骨優太です! これからよろしくお願いします!」
少しは自信が出てきて性格も前向きになってきた優太君ではあったが、まだまだ根は変わらないらしい。面識のないガタイの良い男相手とはいえ、緊張しすぎだ。
「という訳で、折本里香を解呪して弱体化した優太君を鍛えてあげてほしい」
「ハ? 何デオレガ――」
「それが、私が君を見逃す条件だよ」
「……チッ、性格ノ悪イ女ダ」
脅は…ゴホン、交渉材料は用意してある。
日本で呪詛師として動いた前科、それも日本最大レベルの呪術テロ【百鬼夜行】という大事件の前科があるのだ。始末する理由なんてそれで十分だろう。そして、ミゲル単体であれば、私の負けはない。ミゲルに残された道は、
「ワカッタ。ソノ話ヲ受ケル」
了承しかない。
ぶっちゃけ、これは五条さんが言い出したことであるが、確かにミゲルならその強さは大したものだし、優太の才能を潰すような真似はしないだろう。人柄については知らないが、夏油さんが近くに置いていた以上外道ではないはずだ。
「しっかりお願いね。でないと……」
「ッ!? ――ワカッタ、ワカッタ! コイツノ面倒ヲ見レバイインダロウ? ワカッタカラ殺気ヲ垂レ流スナ」
「分かればよろしい」
「ハァ、バケモノ女メ」
ため息を吐くミゲルを横目に、不安そうな優太君の肩を叩く。
「大丈夫大丈夫! 優太君は才能あるんだから、きっとなんとかなるよ! 前よりもっと強くなって帰って来な」
そう言って笑いかけた。
「愛里沙さん……はい!」
うん、やっぱり逞しくなったな。里香ちゃんが離れる前は、こんなにキリッとした顔は見せなかった。今の優太君ならもう大丈夫だろう。
心配のなくなった私は、優太君達と別れ、ようやく家に帰った。
◇◆◇◆◇
家の玄関の前に立つ。ようやく、ようやく帰ってきた。寮生活になってからも定期的に帰っていたのだが、ここ最近まったく帰れていなかった。
「……なんか、ここに来ると日常って感じになるなぁ」
今まで感じていた非日常感が薄れ、日常が戻ってきた感覚になる。すごく長いこと旅をしていたような気分だ。
「さてと、とりあえず入ろうか」
『ガチャ』
「「愛里沙ちゃん!!」」
「おぅ…! 美々子、菜々子、ただいま」
自宅に帰ると、美々子と菜々子が飛び込んできた。
「ど、どうしたの?」
「五条から愛里沙ちゃんが大怪我したって聞いて、それで……」
五条さんめぇ…! 微妙に嘘じゃないのが本当にウザいな。こんなしょうもないイタズラをしてくるなんて…!
「大丈夫だよ! もう反転術式で治したから――」
「――怪我したのは本当なの?」
……なんかヤバい。二人の目の光が消えてる…?
「えーっと、二人とも? なんでにじり寄って来るのかな?」
「「………」」
よくわからんけどなんかヤバい気がする!
「そうだ! 今日は疲れたし! お寿司行こうか、お寿司!」
ここは話題を変える!
「そうと決まれば、すぐ行こう! さあ行こう!」
早口でまくし立て、タクシーを呼び、いつもの3倍の早さで外出準備を整えて家を出た。
その後、しばらくは光の灯らない目でじっと見つめられていたが、なんとか誤魔化すことに成功した。
疲れた後の寿司はすごく美味しかった。