あの護衛任務から1年が経った。
「ヨシ、成功」
「マジかよ。お前何で俺より先に習得すんだよ」
「才能ですかねー。」
「ハッ。才能で俺が負けるわけねぇだろ。」
「ぐぬぬ――じゃあやってみてくださいよ。【領域展開】」
「ぐぬぬぬ」
私は五条さんと領域展開の練習をしていた。
「コツとかなんかねえの?」
「何ていうんですかね。なんかこう、自分の術式と結界術をうまく混ぜ合わせるというか……説明が難しいですね。何せ感覚的な事なので」
「ふーん。ま、もう形にはなってるしすぐできるだろ」
「五条さんならすぐできますよ」
「おう。……てかさ。傑、最近様子がおかしくないか?」
「そうですよね。心配なんですけど、聞いても大丈夫の一点張りで」
そうなのだ。五条さんが最強に成った事で私達は別々で行動する事が多くなった。夏油さんの闇堕ちの一番の原因である天内さんの死は避けた筈だが、最近夏油さんの様子がおかしい。
「一年前のアレが、堪えたのかも知れねえ。」
「? 何かあったんですか?」
「一年前、護衛任務が終わって数日後、天内と傑が買い出しに行った時、盤星教の連中があいつら囲って、暴言吐き散らして襲い掛かって来たんだと。それに天内が傷ついてよ。泣きじゃくりながら帰って来たんだよ。お前は任務で居なかったけどな。その時の傑の顔、明らかに殺意がこもってた。誰に向けられてたかは、想像するまでもねぇ」
「……そんな、ことが」
私は絶句した。
つまり、もう闇堕ちフラグは建ってしまったということ。もし、美々子と菜々子の件や灰原さんの件があれば、原作通り夏油さんは呪詛師となってしまうかもしれない。
でも、私はもう、一回原作を変える事に成功しているのだ。今回も、変えてみせる。
◇◆◇◆◇
灰原さんが死んだ。
私が任務で長期間高専に離れた隙に例の任務があったのだ。私が帰ってきた時には灰原さんだった物は布に包まれていた。こんな時のために、他者に反転術式をかけられるようになったのに。こんな時のために、七海さんや灰原さんとは仲良くしていたのに。
「私が、もっと速く帰って来ていれば……」
「愛里沙のせいではないよ。少し落ち着け」
夏油さんが声をかけてくれた。彼の目元にはくまがあり、顔色も悪かった。
「夏油さんも寝てないでしょう? 体、大事にしてください。」
私は夏油さんに言う。
「あぁ。そうするよ」
そう言って、夏油さんは微笑む。だが、私には無理しているようにしか見えなかった。
◇◆◇◆◇
2007年9月、私はある村落の呪霊討伐任務に向かった。そして呪霊を祓い終わった後、ある牢屋に連れて行かれた。そこには、ボロボロの女の子が二人、震えていた。
「……これは…原作の…」
確かに夏油さんが闇堕ちするのも納得の、胸糞悪い光景だった。私は、
「私が今から秘伝の術でこの村の災いを取り除きます。丸一日かかるので、その間、自分の家から出ないで下さい。」
村人全員にそう伝え、村人達がいなくなった後、
「もう、大丈夫だよ。名前を教えてくれるかな?」
「……枷場美々子。」
「……枷場菜々子。」
「美々子ちゃん、菜々子ちゃん。私と、家族にならない?」
◇◆◇◆◇
あれから、私は二人を高専に連れて帰り、夜蛾先生と交渉して、呪術師として二人を高専に留める事を認めて貰った。そして、二人と一緒に暮らす事になったのだが、
「あのー、菜々子ちゃん?美々子ちゃん?」
「「何?愛里沙ちゃん。」」
「私、そこまでオシャレに気を使わないっていうか、まだ6歳だし別に髪型とか化粧とか別にいいかなっていうか…。」
「愛里沙ちゃん!愛里沙ちゃんはめちゃくちゃ美人だし、私達と同い年とは思えないくらい成長早いし、絶対にオシャレに気を使った方がいいよ!ね、美々子?」
「そうだよ!愛里沙ちゃん!」
この二人、私が(私は3月生まれだから学年は一つ上)同い年って分かった途端、凄い押しが強くなった。二人と一緒に暮らす事になってから2週間、私は任務の合間に彼女達に女子力を鍛えられて過ごすのが日課になった。
その時の私は、灰原さんの事以外上手く行っていると思って、油断していたのだ。
◇◆◇◆◇
「今、何て?」
「傑が自分の家族殺して逃げたってよ。」
五条さんが告げる。
「一体、どういう?」
「俺にも分かんねえよ!!……すまん、イライラしててつい。」
「それは、大丈夫です……」
変えられなかった。夏油さんが、あの優しい夏油さんが、あの気配りが上手で、そのくせ時々デリカシーのない事を言っては首をかしげる、私の尊敬してる先輩である夏油さんが、沢山の人を殺す呪詛師に成ってしまった。
涙が溢れてくる。
「何で!何で!!」
何で、こんな事になるのか。頭が働かない。涙、疑問、後悔、それらが絶え間なく己の内から湧き出る。
私は、泣く事しか出来なかった。
◇◆◇◆◇
しばらくして、
「そんなくよくよしないの。ね?愛里沙。」
「……はい。」
タバコを咥えながら硝子さんが励ましてくれる。私達は今、息抜きという事で新宿に来ていた。
「火、いるかい?」
声がした。振り向くと、
「や」
呪詛師、夏油傑がそこにいた。
「犯罪者じゃん。私達に何か用?」
硝子さんが気軽に聞く。
「運試しってとこかな」
「ふーん?」
そういえば、原作でこういうシーンがあった気がする。
「一応聞くけど冤罪だったりする?」
「ないね。残念ながら」
「重ねて一応、何で?」
「術師だけの世界を作るんだ」
「ははっ。意味わかんねー」
「子供じゃないんだ。誰でも彼でも理解して欲しいとは思わないさ」
「どーせ誰も理解してくれないって腐るのも、それなりに子供だと思うけど? あ、五条?」
そして五条さんに電話をかける硝子さん。
「さて、五条が来るまで話でもしようか」
こちらを向く夏油さん。
「……何でですか?」
私は叫ぶ。
「何でそっち側に行っちゃったんですか!! 何で一人で、何で私達と一緒に乗り越えようとしてくれなかったんですか!! 私は―――」
「……すまない。私が決めた事だ。もう、悩むのも疲れた」
「もう、引き返せないんですか?」
「それは、君もよく知っているだろう愛里沙。私はもう、呪詛師だ。」
「――それでも!!」
「……ここまでだ。愛里沙、悟と変わってやってくれ」
後ろを振り返ると、五条さんがやって来ていた。
「説明しろ、傑」
「硝子から聞いただろ? それ以上でも以下でもないさ」
「だから術師以外殺すってか!? 親も!?」
「親だけ特別というわけにはいかないだろ。」
「んなこと知らねえ。意味ない殺しはしねぇんじゃなかったのか!?」
「意味はある、意義もね。大義ですらある。」
「ねぇよ!! 非術師殺して術師だけの世界を作る!? 無理に決まってんだろ!! できもしねぇことをセコセコやんのを意味ねぇっつーんだよ!!」
「傲慢だな」
「あ?」
「君にならできるだろ。悟。愛里沙でもかなりの確率で成功させられる事だ。自分にできることを他人には『できやしない』と言い聞かせるのか?」
五条さんの目が見開かれる。
「君は五条悟だから最強なのか?最強だから五条悟なのか?」
「……何が言いてぇんだよ。」
「もし私が君になれるのなら、この馬鹿げた理想も地に足が着くと思わないか? ――生き方は決めた。後は自分にできることを精一杯やるさ」
「待てよ!!」
「まだ、何かあるのかい?」
「愛里沙は、お前の事で3日間、飯も食わずに泣いてたんだぞ!! お前は、そんな愛里沙の願いを無視するってのか!?」
「! ……すまない、愛里沙」
こちらを振り返る夏油さん。
「体は大事にしてくれよ」
そう言って、微笑みを残し、夏油さんは人混みに入っていく。
五条さんが構える。
「殺したければ殺せ。それには意味がある」
五条さんは、夏油さんを追わなかった。