子連れの怪物   作:ラスキル

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意外と歳を食っているので精神的におじいちゃん?、おばあちゃんなのです。


第三話

【目覚め】

 

 ソファーに座り、怪物は眠っている。

 いつものように夢を見ていた。

 

「...っと...きなさいてば...」

 

 夢見の悪さに薄く目をあけた。

 

 昔のことを夢に見た気がした。

 最近はどうも眠気が酷い。あまりいい夢も見れないし、気分は最悪。

 夢というのは自身の記憶が元になっているのだと言う。いつのものか分からない記憶を抱えて生きるのは難しい。捨てていければ楽なんだけど、そうもいかないのだ。

 

「起きなさいって!」

 

 ...そういえば、僕はなにをしてたんだっけ。

 

「———お、は、よ、う! 目は覚めたかしら〜?」

 

 oh...目を開けるとそこには赤い悪魔の姿が。

 ああ、そうだ。確か安全な場所に案内して貰ってそれから...なんだったか。

 

「あのねえ、人がせっかく寝場所を貸して、さらには説明までしてあげてるのにいくらなんでも非常識よ!」

 

「あー、あまりにも退屈だったから、つい...悪いけど三行程度でまとめてくれないかな?」

 

「あ、アンタねぇ。人のことを馬鹿にするのも大概にしなさいよね」

 

「まさか、人聞きの悪い」

 

 悪いとは思っている。

 けど、聞けば聞くほどどうでもいい内容で、つい欠伸も出てしまう。

 なぜだか彼女の顔を見ると、話を聞く気も失せていく。なぜだろうか、と考えたが理由はよく分からない。ただ、どこぞの誰かを思い出してしまうのだ。

 怪物は反省の素振りなく、凛に再度の説明を求める。完全に弄んでいるようだ。

 

 凛はため息をつき、

 

「はぁ...いいわ。ならもう少し噛み砕いて説明してあげる」

 

 再び語り出した。

 ここ、冬木市で行われる魔術師達の大規模儀式のあらましを。

 

 

 遡ること19世紀ごろ。アインツベルン、マキリ、遠坂と言われる魔術師達が手を組み、大規模な魔術儀式を行おうとしました。

 ですが、思想の違いか、もしくは仲違いか、ある日に儀式のシステムを担当するマキリが離反してしまった。

 アインツベルンと遠坂だけでは儀式を作り上げることはできません。そこで、外部の魔術師、協会の魔術師達を招き入れなんとか『大聖杯』というあらゆる願望を叶えられる器を作り上げました。

 三百年ほど遅れに遅れましたが、ようやく魔術師達の悲願は目前となったのです。

 しかし、聖杯を得たところで願いを叶えれるのは一人だけ。当然、争奪戦が起きます。

 そこで考えられたのが『聖杯戦争』。

 この戦いに最後まで残ったのもが願いを叶える権利を得るのです。魔術師達はそれぞれ、サーヴァントという過去の英霊の写し身を使い魔として使役し争うことになりました。

 

 

「ふーん」

 

 いつの時代も、人間は近道ばかりしようとする。過程よりも結果を求めてしまう、それが正しいものだとは限らないと分かっているのに。目先の利益に囚われすぎて、本質から目を背けるのは決して良いものではない。

 しかし、怪物にとっては魔術師達が何しようが知ったことではないのだ。

 問題なのは、

 

「神秘の秘匿が魔術師の義務だろう? この状況は、その義務を放り出してる気がするんだけど...土地の管理者としてどうなのかな、遠坂さん?」

 

 怒りを微かに孕んだ声。

 なにせ、住んでいたアパートを燃やされたのだ。せっかく住み慣れて来たというのに、これではまた引っ越しをしなければならない。家財を持ち出せたから良かったものの、これを無責任と言わずになんと言うのか。

 

「うっ...それは、その、弁解のしようがないというか。

 わたしだって協会の連中がここまでやるなんて思わなかったの」

 

 怪物の至極真っ当な怒りに身を竦めながら凛は項垂れる。

 彼女も予想外のことだったようだ。

 

「連中、町に結界を張ったのよ。()()()()が終わるまで解けない結界をね。町から出る人間がいなければ状況が外に伝わるはずもないし、目撃者ごと消してしまえば秘匿はできるもの。

 全部終わった後でガス漏れ事故やら、災害とか誤魔化すのでしょうね」

 

 現代では情報技術も発達し、神秘の秘匿は非常に困難になっている。

 だが、魔術師達は自身の願いのためになりふり構わない方針のようだ。

 聞けば、時計塔の君主も参加しているようで、彼らにとっては下剋上の機会でもあるのかもしれない。なんにせよ、いい迷惑であることには変わりない。

 

 さて、どうしたものか。

 

「...君も大変なんだね」

 

「ええ、頭が痛くなる程にね。貴方のおかげで悪化しそうだけど」

 

「照れるね」

 

「ほめてないっつうの!」

 

 うーむ、表情の変化が面白い子だ。実に揶揄い甲斐がある。

 最初は警戒心の塊のようだったけど、こちらに敵意がないと見ると即座に状況に対応する。その判断力、才能をどこぞの女神と比べるのは失礼だったようだ。

 

「冗談さ。

 まあ、君たちが何しようがどうでもいいし、関わる気もないけど。僕はあの娘に危害が及ぶならこの町ごと.....そういえば、立香は?」

 

「貴方がうとうとしてる間に家中を駆け回ってるわよ。本当、元気で好奇心旺盛な子ね。

 まあ、あまり暴れられても困るからアーチャーが面倒見てるはずだけど。待って、アンタ今とんでもないこと言おうとしてなかった?」

 

 しまった。膝の上に抱えてたはずなのにすっかり忘れていた。

 あの子はまだ4歳になったばかりなのだ。好奇心旺盛で、目新しいものに飛びついてしまう。子供というのは困ったもので、ふと目を離した隙に消えてしまう。慣れない子育てのせいもあってか、肝が冷える毎日である。

 

 どこにいるのかと視線を巡らせた時、ドタドタと騒がしい足音が近づいてくる。

 

「あー! お父さん起きてた!」

 

 広い家の探索に満足したのか、勢いよく飛び込みながら帰ってくる立香。

 それを仰け反りながら受け止める。

 

「おっと。

 こらこら、人様の家で走り回っちゃダメだ。 それに前から言ってるだろう?勝手に離れちゃダメだって」

 

「えー、だってお父さんすぐ眠っちゃうから、たいくつなんだもん」

 

 ん゛ん゛。それは、確かにそう。

 

「この家すごいよ! 広いし、よくわからないものたくさんあるの!あとねえ、赤いおじさんがいっぱい遊んでくれた!」

 

 夢中で冒険譚を話す立香。

 広い家という今の家とは違う環境は、少女の心を弾ませてしまう。

 

「...立香は広い家の方が好き?」

 

「うん! あのね、広かったらねえお部屋いっぱい作るの! えっとお、立香のお部屋でしょ!あとお父さんのお部屋、あとはお本を読むとこ!それとねえ...」

 

 なら、ちょうどよかったのかな。

 この町を出たらまず、大きな家を建てよう。この子が幸せに暮らせるような立派なものを。今度は火災保険もしっかり入らなければ。

 

「まったく、おま...君の娘には手を焼かされたよ。所々走り回り、タンスをよじ登り、飛び降りる。そして、」

 

「あ、赤いおじさん!」

 

「...おじさん呼びはやめてくれないか」

 

 若干疲れ切った様子のアーチャーが戻ってくる。

 そういえば面倒を見てくれたらしい。意外と良いやつなのかも。

 

「お疲れ様アーチャー。それにしても意外と面倒見が良いのねアンタ」

 

「はぁ、冗談はよしてくれよ凛」

 

「ふふっ、サーヴァントなんかより世話役のがお似合いだね。うん、雇いたいぐらい」

 

「勘弁してくれ...それで?君はこれからどうするのかね?」

 

「そうね。家には戻れないから、大人しくしていたいとこだけど、あまりこの町に留まるわけにはいかない」

 

 魔術師がこの町にたくさんいる。更にはサーヴァントも。出会えば争いは避けられないだろう。だから、この家に留まるのも一つの手だ。

 しかし、彼女達が敗退してしまえばここも安全ではなくなる。優先順位を間違ってはいけない、この子を安全に守るためには...

 

 と、誰かに裾を引かれる。

 不安そうに怪物を見上げる立香の姿がそこにあった。

 

「お父さん」

 

「ん? どうしたの?」

 

「お家、帰れないの?」

 

 怪物は返答に困る。

 しまった。つい顔に出してしまったらしい。

 立香が涙を浮かべてしまう。弱ったなあ、不安にさせてしまったようだ。

 

 怪物はオロオロとなんと宥めようかと思案する。少女の悲しむ姿は見たくないのだ。

 けれど、娘は家に帰れないのが不安じゃないようで、

 

「クマさん...」

 

「え」

 

「クマさん、置いてきちゃったの」

 

 そのクマのぬいぐるみは、怪物が立香の誕生日に買ったものだった。

 それ以来すごく大切にしてくれて、いつも一緒に持ち歩いている。この子にとっては父親からの何より大切なプレゼント。

 

「ああ、それなら大丈夫。ちゃんと、全部持ち出してきたから」

 

 娘に対して笑みを浮かべ、怪物は懐から一本の鍵を取り出した。

 それは一見すると何も変哲もない唯の鍵であるが、怪物が魔力を込めるとその形を変化させていく。

 

 ガチャリと音がしたと思えば、空間が揺らぎ黄金の波紋が開かれる。その波紋の中に広がるのはとても測ることのできない巨大な蔵。

 

「ええっと、どこいったかな。これじゃない、これでもない.....んもう、邪魔!」

 

 怪物は波紋の中に体を突っ込み探し出そうとする。

 

 しかし、怪物には本来の蔵を開くための目がない。精々、空いている隅の隅を倉庫がわりに使うのがやっとのこと。

 急いで家財丸ごと投げ込んだのが運の尽きとでも言うべきか。この中には、彼/彼女が生きてきた数万年の思い出という名のガラクタたちが積もりに積もっている。ので、探し物を探すのは麦藁の山から針一本を探し出すようなものだ。

 

「ちょ、ちょっと。散らかさないでよ! というか何よそれ?!家で物騒なもん開かないでよね!」

 

 ポイポイと辺りを散らかしまくる怪物に注意する凛だったが、ふと、転がってきた石に目がいく。

 

「石ころまで転がってきて....ん?」

 

 手に取ってみると、それは石ころなどではなく、磨けば輝く宝石だった。

 それがゴロゴロと次々に転がってくる。

 

「あ、アーチャー、こ、これ」

 

「むっ...驚いた。処理やテリ、価値も一級品のものばかりだな。

 哀れなものだ。宝石達も持ち主に恵まれなければ、石ころ同然に過ぎないとはね」

 

「こんな価値のあるものを塵みたいに...アンタ、一体どういう神経してんのよ!」

 

 罵声を背中越しに浴びせられる。宝石魔術を駆使する彼女にとって我慢ならなかったのだろう。

 でも、使い道があまりないので埃をかぶってしまうのはしょうがないじゃないか。

 

「価値と言っても、僕はコレクターじゃないんだ。お金に困ったときに市場に売り捌くぐらいしか使い道がなくてね、っと。あったあった」

 

 ようやく探し物が見つかったようだ。

 ぬいぐるみを立香に渡す。

 

「クマさん!」

 

「ふぅ、散らかして悪かったね。すぐ片付けるから」

 

 日頃から整理しなきゃね、と言いながら怪物は指を鳴らした。途端に散らばった宝石達は波紋の中に吸い込まれていく。

 

「あぁ...」

 

「凛、君という奴は」

 

 口から手が出るほどの代物に後ろ髪が引かれる凛。それをアーチャーは呆れた口調で嗜める。

 

「じゃあ、話の続きを...どうかした?」

 

「別にぃ」

 

「凛」

 

「あぁもう、分かったわよ! それで?アンタ達はどうするの?」

 

 なんで怒り気味なんだろうか。

 まあ、それはそれとして。

  

 怪物は凛に向き合う。 

 

「君たちさえよければだけど、少しの間同盟を結びましょうか?」

 

「...一応聞くけど、どうして?」

 

「どうしたもこうしたも、この町から一刻も早く出たいのさ。長居して、他の魔術師やサーヴァントと鉢合いたくない。

 ああ、誤解はしないでほしい。聖杯には興味ないし、対価はここを避難場所として使わせてくれればいい。悪い条件ではないだろう? 君は少ない対価でもう一騎のサーヴァントを得たと考えればいいんだ」

 

 凛は顔を顰める。

 怪物の提案は破格の物だ。アーチャーとの戦闘を見るに怪物の能力は申し分ない。彼/彼女がいれば勝ち残ることもできるかもしれない。

 しかし、疑問が浮かぶ。

 

「私、貴方の信用を買うほどのことをしたのかしら? この瞬間でも貴方を殺すこともできるのよ?」

 

「ふふっ、強がるじゃないか。でも、君はそうしないだろう? あの女神とは似ているようで違う。それだけで十分なのさ」

 

 似ているけど違う。

 怪物はそう笑った。

 

「...そんなに似てるの?私とその女神って」

 

「う〜ん。 君とあの糞は似てるけど、即座に状況を掴む洞察力と判断力、そして才能に甘んずることなく努力する姿勢...どれを取っても君の方が優れている。 

 君こそ、聖杯戦争のマスターを名乗るのに相応しい存在だ」

 

「なっ、そ、そんなに言われると悪い気はしないけど...えへへ、ちょっとアーチャー。貴方も少しぐらい見習いなさいよ」

 

 やれやれと肩をすくめるアーチャー。彼の目は相変わらず怪物の方へ向いている。同盟を反対するわけではないが、目の前の怪物が信頼できるかどうかは別問題である。

 

 とにもかくにも、同盟は結ばれた。

 聖杯戦争が終わるまでのひと時の間、正義の味方と怪物は手を組む。お互いの大義は違えど、守るべき物があるのは変わらないのだから。

 

「まあ、これだけ似ているんだ。性格に多少難があっても、目を瞑ってあげるから安心してくれ。うっかりとか、守銭奴とか」

 

「アンタ、喧嘩売ってる?」

 

「まさか」

 

 前途は多難である。

 

 

「じゃあ、立香。少しの間、このお姉ちゃんと待っていなさい」

 

 怪物はアーチャーと共に戦場に赴く。

 娘の為に、彼/彼女は戦うのだ。

 

「お父さん...ちゃんと帰ってくる?」

 

 立香は心配そうに親を見上げる。

 それを解消させるように怪物は子を抱き上げ笑った。

 

「勿論。お父さんが約束を破ったことないだろう?」

 

「あるもん。 この前、おやつ買ってきてくれなかった」

 

「ん゛ん...そう、だっけ? じゃあ、今度はおもちゃ付きのおやつ買ってあげるから、ね?」

 

「...本当?」

 

「ああ、本当だとも。約束だよ。だから、信じてくれるかい?」

 

「うん! 早く帰ってきてね!」

 

 勿論だとも、と怪物は大きく頷いた。

 

 

 

 それを、凛とアーチャーは見ていた。

 “親子“をではなく、正しくは、彼らの後ろにある鏡を。

 

(疑っていたわけじゃないけど、本物だったのね)

 

 鏡には、立香が映っている

 ()()だけが映っている。

 

(君の決定に意見するわけではないが、よかったのかね? あれは人類の敵だ。いくら人の皮をかぶろうとそれは変わらない)

 

(...しょうがないでしょ。放り出しちゃえばなにするか分かんないし、手綱を握れるだけマシよ)

 

 娘を抱く怪物の姿は鏡には映らない。人間の要素など見た目以外カケラもない。

 

 彼/彼女は、正真正銘の人類史を否定する“怪物“なのだから。




今の彼/彼女は体を人間寄りではなく、戦闘向けの◼️◼️として
作り替えている...まあ、それはおいおい

次回はまた、幕間を挟みます。
過去の怪物と、アタランテの話を。

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