若葉姫色という人間は異質だった。
いや、人間と言うにはあまりにも美しすぎた。
癖のないサラサラの長い黒髪、きめ細かく吹き出物ひとつない白い肌、均一の取れた黄金比を描く艶かしい身体、そして何より恐ろしいまでに整った貌。
他の人の追従を許さないほどに完成された美貌は確かに異質だろう。
しかし、彼女はその美貌以上に、人間と言う存在を超越したナニカを持っていた。
ヒトじゃないものが、ヒトのふりをしている歪さ、とでも言えばいいのだろうか。
ともかく、人の理解の及ぶような存在ではなかったのだ。
それゆえ、私は彼女のことが理解したかった。
だって面白いじゃないか、未知のものは。ただそれだけだ。それだけでも、私には私の人生以上の価値があると思った。私は彼女に興味を持った、知りたいと思った。
そして、この学校生活を逃すともう二度と彼女には会えない、そんな予感がしたから、私は積極的に彼女に話しかけた。彼女には学校中の人々が畏怖の念を抱いていたが、私はそんな些事はどうでも良かったのだ。
周囲の人は遠巻きに彼女を眺め信奉し、私だけが彼女に話しかけたことから、学校生活で彼女と一緒に過ごした時間が一番長かったのは私だと断言できる。
…いや、訂正しよう。彼女に話しかける人物は私以外にもいた。彼女をいじめていた篠原さんだ。
うん、ある意味勇者である、彼女をいじめるなんて。
こう言うと貶しているように聞こえるかもしれないが、私は精一杯褒めてる。普通の人間ならたとえ彼女が気に入らなくても、その感情よりも恐怖の方が勝るだろう。
そして、周囲から止められても続けていたのがまた凄い。篠原さんとよく一緒にいた友達は「若葉さんはヤバいって!」とよく言っていたような気がするが、それでも篠原さんは激情に駆られて、いじめを続けた。
その内容は彼女の机にカミソリを入れたり罵詈雑言を浴びせるなどの、まあかなりベタなモノだった。
そして、そんな篠原さんのいじめに対して彼女は少しイラついていた……、かのように思えた。
…確かに、私はかなりの時間彼女と一緒にいたという自負があるが、それほどの期間を過ごしても、彼女の表情や動作から感情を読み取るに至らなかったのである。
………やっぱり、彼女は面白いな。
まあ、それはともかくとして、
死ぬまでの高校生活の間に彼女、『若葉姫色』のことは理解することが出来なかったが、彼女特有の雰囲気については見慣れているし、たとえ彼女の外見が変わっていたとしても見抜ける自信がある。
そして、そんな私から言わせてもらうと、この目の前の蜘蛛は、絶対に『若葉姫色』ではない。
確かにこの蜘蛛にも、強者の雰囲気というか、底知れないオーラがある。
しかし、根本的に違う。
何がどう違うのかは上手く説明できないが、あえて言うのだとしたら存在の大きさだろうか。この蜘蛛には強さで圧倒されたが、『若葉姫色』には強さではなく、格の違いで圧倒された、…とでも言えばいいのだろか。
…ともかく、全然違うのだ。私じゃなくとも、他のクラスメイトでも、よっぽどの鈍感ではない限り、気がつくだろう。それほどに、違う。
では何故、この蜘蛛は自分のことを『若葉姫色』だと名乗ったんだ。ここで嘘をつく必要があるのか?
いや、冷静になれ、嘘をついているという可能性も含めて、しっかり考えるんだ。
可能性①、実は他のクラスメイトで『若葉姫色』に憧れて嘘をついてしまった。(もしくはただのジョーク)
可能性②、転生によって記憶の混同が起き、『若葉姫色』の記憶を持った他のクラスメイトが生まれてきてしまった。
可能性③、何者かによって『若葉姫色』の記憶植え付けられた全くの別人。
可能性④、何者かによって洗脳、もしくは脅されて言わされている。
だいたいこんなところか、…うーん。
可能性①については、こちらは『鑑定』をすれば一発だ。この蜘蛛が嘘をついている様子はなかったから、可能性は低いと思うが。他のクラスメイトだとしたら、言動でなんとなくわかると思うし。
…まあ鑑定が確実か、後で『鑑定』してもいいか聞いてみよう。
可能性②は……、ほぼあり得ないな。この蜘蛛も『鑑定』を持っているため、自分で自分を『鑑定』すれば、ステータスに記載されている前世の名前くらいわかるだろう。
もちろん、記憶を元にステータスに前世の名前が記載されるシステムかもしれないが…、それよりも可能性が高いのは魂に刻まれた名前をそのまま反映する、という方法である。転生によって、魂の存在を認識した私はステータスやスキルと魂の関係を調べていたのだが、かなり密着しているというか…、魂にステータスやスキルがへばりついている、という印象だった。それだけ密接なのなら、記憶よりも魂の方が優先されるのではないか?と思う。
…まあ、それにしてもあり得ないと思うが。記憶の混同が起きているということは、『若葉姫色』にも大なり小なり影響を受けているはずだ。けど、私には、あの『若葉姫色』が、たかが転生というその程度のことで影響を受けるとは到底思えない。
可能性③、正直これが一番ありそうである。
そもそも“転生”がそう簡単に、偶然でたまたま起こるとは思えないため、何らかの目的を持った誰かが私たちを転生させた、と考える方が自然だ。
そしてその誰かが、他の人物に『若葉姫色』の記憶を植え付けて、転生させたと…。でも、誰が、何のために?
…“何のために”かは検討もつかないが、“誰が”は、もしてして………。
…いや、これ以上はただの私の妄想だ。
可能性④は、こちらも挙動を見たり、鑑定をすればわかる…と思う。脅されていたとしたら多少の違和感はあるだろうし、流石にスキルなしで洗脳はないだろう。
…まあこれも何のためにかは、想像がつかないのだが。
さて、ここで動揺してしまうと、いずれのパターンにせよ、どう転ぶかはわからない。とりあえず、不自然ではないよう、無難に「久しぶりだね」とでも返しながらここまで考えたが…。
そして、何故か蜘蛛は「久しぶり」と返しながら、ポカンとしているような…。
うーん、わからん。やっぱり鑑定してみないと、どうにもならない。
先に他の転生者を知っているかを聞いてみて、そして『鑑定』をしてもいいか頼んでみよう。
「転生したのは私たちだけなのかな、他の転生しているクラスメイトって誰か知ってる?」
「根岸祥子さんが、領主の娘として転生してた。あの教室にいた人たちは全員転生していると思う」
「領主って、ここのケレン領の?」
「そう」
「ちなみに、根岸さんは人族だった?」
「吸血鬼」
「そうなんだ。私たち、そろいもそろって人外だね。転生特典かな」
「ほとんどは、人族に転生しているらしい」
「そうなの?」
「直接見たわけじゃないけど、信憑性は高いと思う」
「へー、そっか。」
クラスのにいた全員が転生か。そして、ほとんどが人族、と…。
納得できる話ではある。魂と肉体は強い関係を持つため、死んだときに魂に変化がないのなら、前世もヒトで、今世もヒトというのは不思議じゃないし、むしろ私たちみたいに魔物に転生している方がおかしいのだ。
でも信憑性というか…、まずこの蜘蛛の正体がわからないから、イマイチ信用できないんだよな。だから、ソースを知りたいけど、……うーん、言いたくないみたいだな。何となくだけど、ちょっとだけ、この蜘蛛の感情の機微がわかってきた。
そして、あの質問からやや放心気味。
やっぱり、この蜘蛛も自分が『若葉姫色』じゃないって、勘づいているのか。
あと、フランクな話し方に変えてみたが、怒る様子はなし。懐が広いのか、それとも『若葉姫色』としての前世の私との会話の記憶を持っているのか…。
うーん、この蜘蛛のことは鑑定をしないとこれ以上はわからないな。
それから、根岸さんか…。
根岸さんの前世での印象としては、人の顔にこんなことをいうのはダメだけど、彼女の顔は一般的に言う美人ではなかったから、自分の顔は醜い、と卑屈になっていた女の子、という感じだった。
だから、彼女はクラスメイトから話しかけられても跳ね除けて自分からも積極的にクラスメイトに近づくことはなかったし、クラスメイトも彼女が何を考えているか分からず話しかけることはなかった。
そして、周りからも“リアルホラー子”略して“リホ子”という面白くもない安直なあだ名をつけられていたのである。
そして、彼女は私に対していい感情は向けていなかった、というか敵意すら向けられていたと思う。
言っておくが、私は彼女に何もしていない。話しかける用事があったら話しかけていたし、向こうから話しかけることがなかったら会話すらしていなかった。
まあ姫色さん以外のクラスメイトと同じ対応である。
好かれていなかった理由としては、根岸さんは、『若葉姫色』のその容姿の美しさに嫉妬したから、だと思う。
うん、私に直接関係はないけど、私は姫色さんとよく一緒にいたから、彼女の美しさのおこぼれに預かっていたとでも思われていたのかもしれない。
あー、それと、私もそれなりに顔は整っていたし、成績はかなり良かったからというのもあると思う。
といっても華はない上、吊り目で顔の印象が怖いから意図的に眉を下げ、頰を上げ、目を細め、優しい印象にしなきゃ受けが悪いのだが。
まあ、そんな前世の話は置いといて、
根岸さんがケレン領の領主の娘か。
一応私もケレン領に住んでるけど、根岸さんは貴族で私は庶民。しかも、私は庶民の中でも、両親がいない、娼館に住んでいる、ということでかなり下の地位だろう。
両親がいないとかなり体裁が悪い。そしてどこの世界でも水商売をしているところは下にみられる、この一年でそれを実感した。まだ、裕福な家の奴隷の方が扱いがマシかもしれない。
そんな訳で、私は根岸さんとは接点を持てなさそうだし、持てたとしても、彼女に好かれていなかったから、うーん、仲良くなっていざという時に頼るのも難しそうだな。
うん、根岸さんは一旦無視。
…そろそろ、聞いてもいいか。
「鑑定してもいい?」
直球すぎるかもしれないけど、多分、下手に回りくどいのは嫌いな性格だろう。
まあ、万が一機嫌を損ねられたら、聞きたかったことはほとんど聞けたし、このままさよならして逃げよう。
蜘蛛は一瞬悩むそぶりを見せ、また地面に日本語を書いた。
「どうぞ」
許可が出たので、早速鑑定する。
『鑑定』。
……。
…ちょっとこれは予想外だったかもしれない。
私は、まず名前より先に、この蜘蛛の膨大なスキルと高すぎるステータスに目がいってしまった。私と転生した時期が大体同じくらいだとすると、一年でここまで伸ばしたということだ。
蜘蛛型の魔物の最初の形態は悪い意味で有名だ。それは、人族の子供でも倒せる、とてつもなく弱いスモールレッサータラテクトである。
世界一の迷宮であるエルロー大迷宮から来たとされるこの目の前の蜘蛛は、そんな弱い状態でその過酷な環境の中、強くならなければ生きていけなかったんだろう。
…それにしても、高すぎる気がするが。人類が総力をあげてやっと倒せるか倒せないか、と言われる神話級の魔物というのが、大体ステータス10000以上の魔物を指す。しかし、この蜘蛛のステータスは大体20000から30000だ。神話級を軽く超えている。
どういう経緯でそうなったのかが気になるところだが、それよりも今は名前の欄の方が重要だ。
と、蜘蛛の名前の欄を見て、私は絶句した。
名前 なし
…まず、名前がない時点で可能性①と②はない。
そして、④も限りなく低い。状態異常を示す表示が、鑑定してもどこにも出なかったのだ。
というかそもそも、この強すぎる魔物を脅す、もしくは洗脳するとかどこの誰が出来るんだ。
残るは、可能性③のみ。
じゃあ、目の前の蜘蛛は、いったい何者なんだ。
そして、誰が、何のために、そんなことをした。