あまり見直しをせずに書いたので後でこそっと、細かいところを直したり、文章の肉付けをしたりするかもしれません。
神獣と呼ばれている蜘蛛…、あの蜘蛛の正体は謎なのでとりあえず蜘蛛さんと呼ぶことにしよう、蜘蛛さんと別れた数日後、私はとある噂を耳にした。
蜘蛛さんがオウツ国の使者を殺してしまったらしい。
まあ、順を追って説明すると。
ここはサリエーラ国ケレン領で、宗教は女神教。
そして、件のオウツ国が主に信仰している宗教は神言教である。女神教と神言教の仲はとてつもなく悪い、というか、神言教が女神教を邪教と公言しているのだ。それゆえ、サリエーラ国はオウツ国に限らず、神言教を信仰している国とは険悪な関係にある。
神言教の方が信仰している人々は多く、有力な国々も国教にしていたりと、どちらかというと、サリエーラ国の人々しか、ほとんど信仰していない女神教の方が異端なのだが、…これは今はあまり関係ないので、一旦置いておこう。
オウツ国はサリエーラ国の隣に位置し、そしてサリエーラ国の中でもオウツ国に接しているのがここケレン領である。宗教の関係で仲が悪い、しかも隣国ということで、度々、オウツ国との間では、いざこざが起きるらしい。
そして、このオウツ国。最近とある大事件が発生している。エルロー大迷宮の主要な入り口の一つがオウツ国にあるのだが、その入り口を守る砦がエルロー大迷宮から出てきた蜘蛛の魔物に破壊されたのだ。
エルロー大迷宮とは、ここカサナガラ大陸と、隣のダズトルディア大陸を繋いでいる世界一の大迷宮である。海の底、その地中に広がる迷宮は、人類では攻略できないと断言されているほど、多くの強力な魔物が生息しているのだ。
ダンジョンに居る魔物の脅威を退け、人々の生活を守るための砦が破られたとなれば、民衆の不安を駆り立てるたいそう大きなニュースであるため、噂が回って来るスピードは速かった。オウツ国の威信に関わる出来事なので、なんとかして情報が出回らないようオウツ国も情報規制をかけていたようだが、無駄だったようだ。
犯人、いや人ではないから犯魔物とでもいえばいいのだろうか?まあ、その犯魔物の特徴は、蜘蛛型の魔物、この時期に急に現れた、砦を破壊するほど強い。
…まあこの事件は十中八九、蜘蛛さんの仕業だろう。
そして、その蜘蛛は世間では“迷宮の悪夢”という名前で呼ばれているらしいが、オウツ国から、“迷宮の悪夢”はオウツ国のダンジョンに生息していた魔物だから所有権は我が国にある、よってその魔物を引き渡せ、と要求されたそうだ。
オウツ国、国の威信を失わないよう情報規制をかけていたが、ここに来て完全に開き直っている。砦を壊された罰を魔物に与えなければならないなどと言っているが、蜘蛛さんの治癒の力が欲しいだけだろう。
まあ砦を破壊されて、お金は砦の再建築に大量に必要となり、痛手を負ったが何も得るものもなく、“迷宮の悪夢”に復讐するほどの力はなく…、オウツ国は被害を受けたどころか、恨みを晴らすための拳すらも振り上げることができない悲惨な状況のため、せめてなんかお金になるものが欲しい!という気持ちもわからなくもないが。
何故ここまで詳しいことがわかるかと言うと、ここで登場、件のオウツ王国からの正式な使者が、数日前にやって来たからだ。その使者は、礼儀も知らぬ無礼極まりない愚者であったため、早く出て行って欲しいという噂と共に、彼がここまで来た目的が広まった。
街の中を回って見ていると、やれ景観が悪いだの、図が高いぞ気を遣えだの、好き勝手いってくれやがった。また、外国からの使者は領主の館を借りて泊まるのだが、食事に文句をつけたり、例の転生者である領主の娘の前でタバコを吸ったり、また文句を言ったかと思ったら癇癪を起こし使用人に八つ当たりしたり、とにかく散々なのだ。これは興味本位で探知で覗いたら見た光景だ。メイドさんたちがこめかみに青筋を浮かばせて歯を食いしばって必死に耐えている様子と、心労が伺える執事の大きなため息が、とても印象的だった。
そして馬鹿というのは恐ろしいもので、その使者は蜘蛛さんの所に通い、「ペットとして飼ってやる。たかが魔物に、光栄であろう。オウツ国の寛大さに感謝してついて来るがいい」と言っていた。蜘蛛さんが何もせず、ただ見下ろすだけなので、最後は喚き散らしながらケレン領主の屋敷に戻って行く。周りの住民に迷惑をかけながら、である。
まあここまで、正式な使者が命知らずの愚者となると、オウツ国は、蜘蛛さんを手中に収めることよりも、サリエーラ国への嫌がらせが目的だろう。
そして、使者が死んだ。
領主の館で突然死んだ、不審死だった。
この領内に存在する生物の中で、こんな芸当ができるのは蜘蛛さんくらいなので、その使者が神獣様に対して暴言を吐いた天罰が下ったと、ケレン領内では言われている。
私も探知で見ていたが、確実に蜘蛛さんが殺していた。とは言っても、先に手を出していたのは、使者の方である。なんと、手下を使って蜘蛛さんに襲撃を仕掛けていたのだ。自分の思い通りにならなかった逆ギレでここまでするとは、いっそ清々しくて笑えて来る。
しかし、使者が死んだことは笑えない。
いや、人の死を笑ってはならないという道徳的な意味ではなくて、国際関係的な問題だ。一応あれでも、正式な、オウツ国の使者である。どんな事情があろうとも、正式な使者が他国で死んだとなると、その国の責任問題になり、オウツ国からの抗議は免れないだろう。
…もしかしたら、戦争になるかもしれない。
いや、むしろ、最初から戦争が目的か。元々、“迷宮の悪夢”の引き渡しでオウツ国とサリエーラ国の間にはこれ以上ない緊張が走っていたのだ。そして起こったこの事件。阿呆な使者を寄越して、戦争の口実をつくりたかったのだろう。
怒った魔物が使者を殺しても良し、痺れを切らしたケレン領の人々が何か粗相をしても良し、耐えかねた領主が早めに使者を帰すのも良し、…どのパターンでも、どんなに使者が悪くても、オウツ国に泥を塗ったという理由で、彼らは正義を主張できる。
その証拠に、つい先ほど、ケレン領主も「このままでは戦争か…」と、オウツ国からの手紙を見て言葉を溢していた。多分、「うちの使者が君の国の神獣に殺されたんだけど、どういうことなの!?先に手を出して来たのはそっちだからな!」みたいな内容だろう。戦争回避のため、かなり奮闘していたケレン領の領主にはご愁傷様でしたとでも言っておこう。
うーん、戦争か…。
エルロー大迷宮の入り口があるが、オウツ国は小さな国である。対してサリエーラ国は大国だ。国の面積の大きさという点でもそうだし、人口も兵力もサリエーラ国の方が多い。つまり、この二つの国が衝突した場合、勝つのはサリエーラ国である。
ではここで疑問。どこに負け戦を堂々と仕掛ける馬鹿がいるのか。いや、いない………、……あの使者は例外だ。まあ、個人はともかく国単位で見た時には、嬉々として負けて滅びに行く国はないだろう。
しかし、使者を送り込んで来てまで、戦争の口実をわざわざ作ったのだ。それ相応の覚悟と勝機は見出しているはず。
…いや、違う。オウツ国じゃなくて、そうか、神言宗か。これは神言宗が、女神教に対して仕掛けた戦争か。
神言宗を信仰している特に有力な国々は、ここから北にオウツ国を挟んで向こうにあるレングザンド帝国。そして、ダズトルディア大陸にあるアナレイト王国。どちらもサリエーラ国に匹敵、もしくは上回るほどの大国だ。なるほど、この二国が敵になるのだったら、サリエーラ国に勝ち目はないし、オウツ国が強気なのも頷ける。
さて、神言宗という世界最大の宗教が相手だと、サリエーラ国の負けは確定として、神言宗はどこまでやる気なのだろうか。サリエーラ国の力を削いで弱体化はまだいい方で、悪ければ完膚なきまで叩き潰されるだろう。
どちらにせよ、オウツ国に接しているケレン領は滅びると思うが、サリエーラ国そのものがなくなるような事態になるのだったら、出来ればこの国から脱出したいな。
そうだな…、元々この国からは出て、世界を見てまわるつもりだったし、この機会に逃げるか?
私の称号に『神子』という厄介の種もあるし、この国にいるといずれ面倒な事態になるかもしれない。周りの環境も劣悪で、いっそ一人で生きていく方がマシだろう。
…考えれば考えるほど、いよいよここに居るメリットなくない?
唯一の心残りと言えば、お世話になったお姉さんだが、彼女なら、一緒に逃げようとか、いってらっしゃいとか言うと思う。彼女には大切な家庭があるから、国外に逃亡するのは無理かもしれないけど、少なくとも私を引き留めることはしないだろう。
…うん、よし、逃げよう。
逃げて、それで何か為すべきことがあるというわけではないけれど、このままここで朽ちていくよりかは良いんじゃないかな。
…………
決断したその日の夜、私は、お姉さんの部屋に向かう。家の中に侵入するわけにはいかないので、外の窓を叩いてみようと思う。
お姉さんの部屋は二階で、そこそこ高いところにある。だから、ステータスに頼ってジャンプして行くのは難しい。しかし、私は種族のおかげで、なんと背骨が浮き出たようなところに外骨格があり、そこから翼を生やして飛ぶことができるのだ。体に対しての翼の面積は一対一くらいとかなり大きいが今の私はベイビー。元々の身体が小さい。屋根や塀に引っかかることなく軽やかに窓の高さまで、飛翔することができた。
そして、窓を軽くノック。お姉さんが気づいて来るのをしばらく待つ。…そう言えば、私からお姉さんを尋ねることは今まで無かったなと、ぼんやりと思い出す。
唐突に、窓が開いた。
「……そう、行ってしまうのね…」
窓を開いて私を視認した瞬間、お姉さんは溢れんばかりに大きく目を見開いたかと思いきや目を伏せて、全てを悟った様子で静かに呟いた。夜風に揺られて緩やかに波打つ髪は、月光を受けて淡く輝いていて、長い睫毛が頬にそっと影を落とす。
うん、キレイな光景なのだが、それよりも私はお姉さんの理解力に吃驚している。
私は、まだ、何もしていないのに、私のここに来た目的を、言いたいことを全て理解している。
まあ、確かに、
・もうすぐ戦争が起こりそう
・私は赤ん坊らしからぬ能力を持っていて物事を判断することもできる
・私の血縁的にサリエーラ国の首都に行くとめんどくさい事になりかねない
・そして今まで訪ねて来たことがない私がわざわざ今夜来た
この情報から推察することはできるが、それにしてもこの刹那の時間でよくできたな。
…それだけ、私のことを気にかけてくれるということだろうか。
そして、彼女は月あかりを正面に受けた。
そのまま、柔らかく微笑んで、口を開く。
「私が引き留めても、貴女は行くでしょう?」
そうだね、私は行く。あなたが引き留めないであろうことを理解して、行くよ。
「……意志の強さは母親譲りかしら。
ふふ、目を見ればわかるわ。その赤い瞳は、彼女そっくり。…残念ながら、髪の色は受け継がれなかったけど……、将来は母親似の美人さんになるわよ、私がお墨付きしちゃう」
お茶目に笑った後、誰かを重ねるかのように私を見つめ、悲痛な顔になった。
でも、それでも、下手くそな笑顔を作って、私の頬を、そっと撫でる。
「あのね、私、不甲斐なかったかしら。託されたのに、私は何もできなかったわ。」
そんなことはないと思いつつも、ここで首を横に振るのは、何か違うと思い、じっと見つめ返す。
揺るがない視線に、なんだか引き込まれそうになった。
「わかってると、思うけど……。私は、貴女に着いていくことは、できない。ここに残るわ。」
コクンと頷く。
「ふふ、もう少しくらい、惜しんでくれてもいいのよ。」
「…ねぇ、いつでも戻って来ていいの。」
「楽しかったから、……。」
「楽しかったの、本当に。
貴女と出会えたことを、女神様に感謝するわ。」
「いや、これは貴女に感謝しなくちゃね。」
「生まれて来てくれて、ありがとう。」
「あと、……そうだね、何を言えばいいのかな。」
「……ずるずると長引かせるのもダメね。」
「もっと離れがたくなっちゃう。」
「…最後に、私からと、あなたの母親からの、伝言よ。」
「『愛してる』」
…………
あの後、取り敢えず北に抜けてレングザンド帝国に行こうと決めて、歩を進めた。
と、ちょうど戦争が始まるところだったようで、そこで足を止める。それが、ここ、オウツ国とサリエーラ国の間にあるザトナ平原だ。
その端の方の小高い丘で、私は両軍を見下ろす。
ピリついた空気の中、隊列を作りズラッと肉眼では数えきれないほどの兵士たちが並んで向かい合っていた。壮観である。一応探知で数えてみると、サリエーラ国側が約42000。対するオウツ国側は約53000。オウツ国軍の後方にいる他の国からの援軍や義勇軍、そして神言宗の抱えている兵士たちを含めるとこうなった。
やはり、神言宗が敵だったか。サリエーラ国に確実に勝てるよう、人数も揃えて来てる。
しかもここは平原で、地の利も両者なし。こうなると、単純な物量がものを言うだろう。魔法がある世界だと言っても人間一人一人の力はあまり変わらないし、仮にサリエーラ国に勇者がいても、このサリエーラ国の状況は覆せない。
もちろん、蜘蛛さんのような規格外がいれば別だけど。
…うん、ここに居るのだ、蜘蛛さん。
と言っても、私の居る位置とは反対側の森だけど。
なんで、ここに居るんだ?先ほど、探知で人数数えていた時に、見つけたのだが。いや、私もここで観戦でもするかと思って留まっているから、人のことをどうこう言えないのだが。
しかも、戦場の上空、それもど真ん中に飛び出したし。と思ったら、無駄のない魔力操作、正確無比な術式展開で大規模魔法を発動させ、オウツ国側を派手に葬った。
そこからは、怒涛の展開。
サリエーラ国側の指揮が一気に上がり、オウツ国側は阿鼻叫喚、指揮なんてなくなる大混乱。
しかし、一人の少女の登場により、蜘蛛さんとその少女の戦闘が始まり、巻き込まれた両軍が滅茶苦茶に。
小さな男の子がオウツ国側から姿を見せて、まさかの三竦みになり、そして少女の発動した魔法と同時に、蜘蛛さんの気配が消失。
蜘蛛さんより強いあの少女は何者なんだとか、小さな男の子の正体とか、蜘蛛さんはどうなったかとか、色々気になることはあるけれど、それよりも今はここから離れよ、う…。
…無理だ、少女に見つかった。瞬く間に距離を詰めて、私の脇に手を差し込み、抱っこされる。少し身を捩ってみたが、かなりしっかり手を私の体に密着させて苦しくないギリギリの力加減で持たれていて、逃げられない。
「赤ちゃん?こんなところに」
不思議そうな顔でじーっとキョロキョロとあらゆる方向から見てきた。抵抗は無駄だし、脱力してされるがままになる。
さて、蜘蛛さんと戦っていたこの少女は、殺意を剥き出しで蜘蛛さんを蹂躙していた。そう、蹂躙だ。あの神話級の強さの蜘蛛さんを一方的に叩きのめしていた。私がここで暴れても彼女に傷ひとつつけられないし、ましてや天地がひっくり返っても、逃げることすらできない。
そして、蜘蛛さんに向けられていた殺意。蜘蛛さんは先ほど見た通り沢山の人や魔物を殺しているから、そこで恨みを買われたのかもしれない。しかし、もしそうでないとしたら。もし、仮に蜘蛛さんを狙ったものではなくて、転生者を襲うことが目的としたら…。
…このガッチリホールドされている状況はどうしようもないので、まあいいか。
特にできることもなく、ボーッとしたい気分になって、空を見上げて黄昏ていたら鑑定の感じの不快感。
赤ん坊で、一人で、傷はついていない、そして孤児ではない衣服のキレイさ、どう考えても、自分でも怪しいと思うので鑑定くらいは当然か。
「転生者か…、」
その呟きで、意識は引き戻される。転生者、という言葉そのものよりも、話された言語に。
日本語だったのだ。
もしかして、彼女も転生者なのだろうか。
「赤ん坊だっていっても、転生者かー。どうしようなぁーーー、うーん。
えーっと、アテナちゃん?だっけか。家は?」
家、と聞いて首を横に振る。持ち上げられて筆談もできないので、ジャスチャーで答えた。もっと言いたいことと聞きたいことがあるけど…、スキルポイントがもったいないが念話のスキルと取るか?
私が決断するその前に、彼女の方が先に動いた。
『ごめんごめん。気が利かなかったね。
あーあー、聞こえますか…、今貴女の脳内に直接語りかけています…。』
地球の、特に日本特有のネタを知っている。転生者…、なのだろうか?
流暢な日本語を話せて、日本の定番ネタも知っていて、そしてこの殺伐とした世界ではまあまあ珍しい部類に入る常識人っぷり。転生者でない方がおかしいのだが……、なんと言うか腑に落ちない。
彼女の魂に、なんとなく蜘蛛さんの気配がするからなのだろうか。そして、彼女本来の魂が経年劣化したかのようにボロボロだからなのだろうか。
…魂がボロボロになっているのはこの世界の住民の全てがそうだったのだが、彼女は特に酷い。何故、この世界の人たちだけそんな状態なのかはわからないが、私も蜘蛛さんも、多分他の転生者も、彼らに比べたら傷ひとつない。
ああ、だからおかしいのか、同じクラスの転生者だとしたら、彼女の魂に、そんなに“スキル”は根付いていない。
『聞こえますよ。初めまして、アテナと言います。前世では竜田仁美という名前でした。』
『あっ、これはどうもご丁寧に。』
抱えられながらも頭を下げて自己紹介をした私に釣られて、彼女も頭を下げる。
…うーん、なんというか、話している内容とか仕草を見るに、彼女は先ほどまで殺戮をしていたとは思えないほどの常識人だ。念話を繋げてくれたことといい、私に気を遣ってくれていることが明確にわかる。
顔を戻した彼女はふふんと明るく笑って、言った。
『さて、名乗られたら、名乗り返すのが礼儀だよね。私はアリエル、魔王アリエルだよ。気軽にアリエルちゃんって呼んでね!』
ここで思わず私は目を丸くする。
…魔王か。うん、この世界には魔王と勇者がいる。魔族の代表で魔王、人族の代表で勇者と、ちゃんと称号としても定められているのだ。そして、この二人を中心に魔族と人族は争いを続けている、らしい。魔族については、あまりよく知らないけど人族より長生きで強いと言われている。
…サリエーラ国、魔族のいる場所からかなり離れているから、魔族の話題なんて普段しないから、本当に分からないんだよな。
この目の前の自称魔王、ーいやとんでもない強さだったから、自称ではなくて、正真正銘魔王なんだろうー、を見るに、見た目は人族とそんなに変わらないのだろうか。
にしても、随分とフレンドリーな魔王もいたものだ。
『じゃあアリエルちゃん、敬語めんどいから外してもいい?』
『おっノリが良いねー。オールオッケー、どんと来い!』
『ありがとう。えーっと、家の話をしてたんだっけ?戦争が始まるから、元の家から出ていって、今家ないんだよね』
『はえー、そうなんだ。大変だね。』
『そうなんだよー、ちなみにさっきアリエルちゃん日本語話していたけど、もしかして転生者だったりする?』
『あー、そっか、うん、確かにそれはそう思われても仕方ないけど、私は転生者じゃないよ。ちょっと色々あって日本語が話せるだけで。』
『…その色々っていうのは、アリエルちゃんの魂にくっついている蜘蛛さんの気配と、何か関係あるのかな?』
ここで、アリエルちゃんがピタリと静止する。そして、低い声で、私に尋ねてきた。
『……もしかして、アテナちゃん。あの蜘蛛と知り合い?』
『うん、まあ、そんな感じ。』
『あー、そっか。』
アリエルちゃんは私を地面にゆっくりと置いて、鬱陶しそうに頭をガシガシも掻く。苛立ちを抑えきれてないようだ。
…いや、それよりも大きいのは…、これは恐怖?恐怖を誤魔化すために、怒りを意識しているのか。
…この唯ならぬ様子を見るに、どうやら蜘蛛さんと、なんらかの確執がある、と思われる。
そんな陰鬱な様子を振り払うかのように、アリエルちゃんはパッと顔を跳ね上げた。しゃがみ込んで、私とわざわざ目を合わせる。
そして、先ほどまでとは別の人格になったかのようにガラリと雰囲気が変わった。私の探知内にいる、ありとあらゆる生き物が一斉に離れていくのを認識する。ああ、そっか、彼女は魔王だったなと、再び知ることになった。
アリエルちゃんの赤い瞳が、さらに紅く、ぼんやりと光ったような気がして、私もアリエルさんの眼を見つめた。
『じゃあ、アテナちゃん。…あの蜘蛛がどこに行ったか、知らないかしら。』
『知らない。』
『…本当に?』
『本当に。』
じっと何十秒か、真剣な眼で見つめ合った後に、アリエルちゃんがふぅ、と息を吐いた。
『ごめんね、ちょっと“威圧”しちゃって。…うーん、我ながら余裕がなかったというか、大人気なかったね。うん、マジですまんかった。』
『いや全然、大丈夫だよ。』
『そっか、ありがとね』
『いえいえ』
「大丈夫」という発言を、私が気を遣って言ったものだと思ったのか、お礼を言われる。本当になんともないから、大丈夫なんだが。
アリエルちゃんは、「よっこらせ」とおっさんくさい掛け声で立ち上がり、少しバツが悪そうにやや目線を逸らしながら話す。
『……概ね、君の想像通りだと思うよ。
同じ方法で私の眷属も殺られたんだけど、あの蜘蛛は私の魂を侵食して来たんだよね。まあ抵抗してたら、融合しちゃって、魂がぐっちゃぐちゃに混ざった…それを阻止するために殺そうとしたんだけど…。
私の中にある魂が消えてないってことは、殺し損ねちゃったみたい。』
『なるほど…』
転生者ではないのに日本語が話せる理由、戦っていた理由、そして、怯えている理由もそれか。魂が融合してきたことで、蜘蛛さんの記憶や人格も継承されたんだな。
自分が自分でなくなってしまうことの恐怖。それは、もしかしたら、死ぬよりも重いのかもしれないな。
でも…、
『…気休めかもしれないけど、アリエルちゃんの傷を塞ぐように蜘蛛さんの魂が包み込んでいるから…、本質はアリエルちゃんのままだと思うよ。』
『…ありがとう』
疲れたかのように笑い、彼女は戦場の方を見て、つられて私も同じ方向に視線を向けた。
血と、煙と、肉の焦げた酷い匂い、そして四肢が潰れた凄惨な兵士たちの残骸と、戦闘の余波で地形が一変した大地。生き残った兵士が慌ただしく、戦後処理をしていてあちらこちらへと動き回っていた。いつの間にか夕暮れになっていて、生々しい戦場を赤く染め上げている。
『…さて!これからアテナちゃんはどうするの?行く宛とかある?』
『正直ノープランで飛び出して来たから、レングザンド帝国でも行ってみようかな程度しか…』
『ほーん、そっかそっか…、なるほどね。』
『ん?どうしたの』
『…あのさ、じゃあもし良ければ私と一緒に来ない?』
『……なるほど?』
『どう?魔族領では衣食住も保証するし、道中もちゃんと面倒見るし…、悪い話じゃないと思うけど』
『…………それは…、蜘蛛さんと交渉するためか、それとも転生者としての価値を私に見出しているためか…。
どっちか?両方?』
『あちゃー、バレてら。』
アリエルちゃんはそう言ってカラカラと笑った。棘のあることを言ったが、この人は…
『確かにそれもあるんだけどねー。
“若葉姫色”と“竜田仁美”は前世で結構仲良かったし、アテナちゃん優秀そうだからこっち側に来てくれないかなーとはぶっちゃけ思ってる。
けど、その打算は半分くらいかな。もう半分は、まあ、同情。…神様が転生者のこと気にしてるっぽいから、その贔屓もあるけど。』
『…まあ、そうだよね。アリエルちゃんごめんね、意地の悪いこと言って。』
『あー、いいのいいの。元はと言えば打算ありきで提案したこっちが悪いんだからさ。』
殺戮していた人に言うのにも滑稽で可笑しな言葉かもしれないけど、彼女は多分優しい人だと思う。
魔王だし、ついて行ったら色々教えてくれて面白そうだけど、でも一人で旅すると決めたし、どうしようと迷う。
…いや、ひとつ大事なことを聞き忘れていた。
『あの、アリエルちゃん』
『んー?』
『私めっちゃ食べるけど大丈夫そう?』
『あぁー、そうなんだ。ふふん、大丈夫やで、魔王アリエルちゃんの財力と権力とパワー舐めてもらっちゃ困るぜ。』
『具体的には、一食成人男性十人前分。』
『多っ!何その十文字熟語、赤ん坊が食べる量じゃないでしょ、え、アテナちゃんせいぜいまだ生後一年だよね!?
いや、まあ、大丈夫だけどさ。』
『オッケー、じゃあお世話になります。よろしくね!』
『よしきた、任せとけ!』
よし、これで生まれて来てから私を苦しめた食糧問題はこれで解決した。今まで、魔物の死骸を集めて回っては野草を収穫するの、結構面倒だったのだ。
それから、機械を身に纏ってサイボーグになっていたエルフ、アリエルちゃんが言うにはエルフの族長であるポティマスという男と蜘蛛さんとのケレン領主の館での戦闘中に、アリエルちゃんが乱入し、そしてポティマスの身体を破壊。そこには、根岸彰子さんの転生体とそしてその従者もいたが…、なんだかんだで、蜘蛛さんと休戦協定を結べたようだ。
突然だが、私は常に『探知』を発動させている。
だから、もちろんのことこの街に神言宗の軍隊が攻め入っているのも確認していた。
次々と、魔法を探知してはヒトの反応が消えていく。
そして今、私の探知内から、この街でいや世界で一番慣れ親しんだ、反応も、消失した。
原作では、前世の名前は「叡智」のスキルを持ってないと見えないという設定だという訂正をいただきましたので、アリエルが主人公の前世の名前を知っていたのを修正しました。
また、主人公に関しては、元々そういう設定だったのでそのままでいきます。ナチュラルに人の魂が見える主人公ですので、そういうことも出来るんだなくらいの認識でお願いします。