とある龍の軌跡   作:紅のかっぱー

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はい、お久しぶりです。
二ヶ月更新出来なくて、申し訳ございませんでした。

さて、感想の方で原作をどこまで読んだかという質問が来ましたので、そういえば言ってなかったなと思い、ここで返答しようと思います。
exも含め書籍版、なろうの方は完読済みです。アニメについては全く見ておらず、漫画も無料で公開されている話をちらほらと読んだ程度ですね。
といっても、読み込みが浅かったり、書籍版となろう版が混ざっていたりするので、設定でここがおかしいんじゃないかという部分を見つけたら、やんわりとご指摘いただけるとありがたいです。

それでは、どうぞ。


ソフィアとメラゾフィス

 

 

「あー、えー、いぃ、ふうー、ぃえー、ぅおー、あぁ、おー」

 

「ヒュー、ヒュー」

 

 

 奇妙な声が混ざりながらも、落ちている木の枝を踏み、草を掻き分けて、私たちは進んでいく。鬱蒼とした木々が辺りには広がっていて、輝く日光は届かない。植物特有のじめっとした湿気と合わさって、涼しいながらも体にまとわりつく湿気が重苦しい、というか鬱陶しい。まだ風が吹いていればよかったものの、残念ながら森は滅多に風が吹くことはなく、吹いたとしても髪が崩れることはない微風のみ。

 

 私は前世で暑がりかつ汗っかきだった名残から、悪天候、というか特にジメジメとした暑さは嫌いだ。今の天気もまだ涼しいから良かったが、これが気温が30度を超える真夏日だったら最悪である。

 しかし、私が悪天候が嫌いだからと言っても、ザーッと地面に打ちつける雨の音や、雲が空いっぱいを包み込む曇りの日は、好ましく思う。晴れの日でも、暑くはなくカラッとした冷たい風が心地よい秋の日などは言うまでもなく、過ごしやすく快適で素晴らしい。

 

 あれ、これ私悪天候が嫌いじゃなくて、湿度が高いのと暑いのが嫌いなのでは?

 …なるほど、今度涼しくなる魔法がないかアリエルちゃんに聞いてみよう。

 なければ…、……自分で魔法を作り出すことは出来るのだろうか?

 

 魔法の発動は、まず“魔力感知”と“魔力操作”というスキルを持っていることが前提条件としてあり、それから使う魔法を選択したら自動で術式が構築され、後は自身のステータスに基づいた威力の魔法が発動される。この時に魔力を術式に注入する量を調整することで、威力を加減することも出来るのだ。

 …考えてみれば、なぜ自動で魔法が構築できるのだろうか?いや、自動じゃなくても一応できるはずだ、一度試してみたから。その時は私の技量不足で上手く出来なかったが、もっと私の魔力量が多くて魔力操作の精度が高ければ理論上は可能なはず。

 それが出来るのなら、術式の理論さえ理解できてるのなら魔法の開発だって夢じゃない。理論は何となく掴めているし、魔力量も操作もまだまだ発展途上だ。……まあ、今はまだ、“できるかもしれない”という話であって…、

 

 それはともかく、

 ちなみに、冒頭の異様な音は前者の拙い発声練習をしているのが私で、後者の今にも死にそうな呼吸音を発しているのが、私と同じく転生者で吸血鬼の根岸彰子さんこと、ソフィアさんである。

 

 ソフィアさんとその従者、メラゾフィスさんはポティマスたちエルフに襲撃されていたところを蜘蛛さんに助けられて、その後蜘蛛さんとポティマスの戦闘中にアリエルさんが割り入ってポティマスを破壊。

 そして、ソフィアさんたちはアリエルさんの庇護下に入ることを提案され、今のところ検討中。が、もし受け入れなくても人族として過ごせるように、アリエルちゃんの一声でひとまず私たち一行はサリエーラ国の首都に行くことになった。メンバーは、アリエルちゃんを筆頭に、ソフィアさん、メラゾフィスさん、私、そして白さんである。

 

 白さん…、私が以前まで蜘蛛さんと呼んでいた人だか、いや人ではないのか?…まあ、彼女は進化したのか、上半身は人間で下半身は蜘蛛の姿という、いわゆるアラクネになっていた。そして、白さんはアルビノのようで、人の方も蜘蛛の方も目は赤く体は白い、ということでアリエルちゃんが白と命名したのだ。命名をすることは多少なりとも、相手に対しての影響力を獲得できるはずだから、それを狙ってのものだろう。アリエルちゃんと白さんの様子を見るに、出来ていなさそうだが。

 それにしても、私が初めて白さんのアラクネの体貌を見た時は驚いた。白さんの人間の顔が“若葉姫色”だったのだ。いや、少しだけアリエルちゃんの顔の面影があるな。そして、体の部位のところどころもやはり微妙に違う。

 アリエルちゃんに似ていることに関しては、アリエルちゃんと白さんが血縁関係にあるからだろう。白さんは蜘蛛の魔物でアリエルちゃんは魔族だと思っていたから、まさか血縁関係があるとは思いもやらなかったが、実はアリエルちゃん、彼女は“オリジンタラテクト”という蜘蛛の魔物の始祖だったのだ。蜘蛛さんを葬るほどのステータスに好奇心を抱いて、ダメ元で鑑定頼んだら快く承諾してもらい、知ることとなった。曰く、「私も勝手にアテナちゃんのこと鑑定しちゃったし、お互い様っしょ」だと。

 

 そして微妙に白さんと“若葉姫色”の容姿が違うのは、まあ『彼女が若葉姫色ではないから』で一蹴できるのだが。…うん、具体的にどこが違うのかというと特筆すべきは胸だろう。

 ここで、私は人の胸をじろじろと観察する趣味はないと弁明しておく。断じてそんなことはない。ただ『あれ、なんか違うな』という疑問からどこが違うのかと検証していたら胸に思い当たっただけである。…白さんより若葉さんの方が、若干だが、胸部の膨らみが大きかった、と思う。白さんがアラクネだから?いや、だったら手の長さも多少変わっていないとおかしいのではないだろうか。

 …想像以上にくだらない理由のような気がするので、まあいいか。

 

 

 それと、今、何故私が発声練習をしているのかというと、私はほぼ同年代のソフィアさんと比べて、成長が早いらしく、具体的にはソフィアさんが一歳から一歳半、二歳は超えていないころに見えるとしたら、私は二歳から三歳くらいに見える。生まれた日にちと個人差の問題かもしれないが、それよりも可能性が高いのは、私の種族である。“竜人族”という半魔物だし、一般的な人より成長が早くても不思議ではない。いや、ソフィアさんは人ではなく、吸血鬼だけど。

 まあ、私の成長は早いだろう。だから、早いうちに発声練習をして、すぐに大きくなっても喋れるように、なるべく早く円滑なコミュニケーションを取れるように、と思ったのだ。

 

 ここまでで私が言葉を発している理由はお分かりいただけただろうが、では何故まだステータス的にも赤ん坊のソフィアさんが、虫の息なのかというと、白さんが糸を操って無理矢理歩かせているから。

 …白さん、あなた何してるの?

 この恒例行事が始まった当初も、マジで何してるの?と思ったが、アリエルちゃんの見解としては、ソフィアさんのステータス向上のためだそうな。多少の無理をすることでステータスの向上系のスキルが取得できるから、早いうちから歩かせてスキルの経験値を稼いでいるとのこと。これを聞いた白さんはいつも殆ど動かさない口を一瞬引き結んで、少し居た堪れない雰囲気を出していたので、アリエルちゃんの解釈が好意的で、本人としてはそんなつもりではなかったのだろう。

 じゃあ、いったい何なんだという話になるのだが、私には関係ないし、どうでもいいかと思い当たった次第である。私は、無理矢理歩かされなくても自分で歩けるし、自ら望んで糸を巻きつけられて操られる趣味はないし、ソフィアさんが操り人形にされた時に、丁重にお断りした。多少の無茶をすればステータスが上がりやすいのなら、それなら私一人でもできるのだ。

 

 と、いよいよソフィアさんが倒れた。白さんが糸を切り離したのだろう、重力に抗う様子もなく顔から地面に落ちたが生きているだろうか。ほとんど聞こえないか細い呼吸音のもとに、メラゾフィスさんが慌てて駆け寄る。まあ、アリエルさんが、「あちゃー」と小さく言漏らし、呆れてるんだか心配してるんだか複雑そうな顔をして眺めているから、多分命はあるのだろう。

 メラゾフィスさんがソフィアさんを懸命に介抱している間に白さんは空間収納から、肉やら何やらをせっせと取り出している。

 そうか、もう食事の時間かと思い至った私は、数々ある中の手頃な木を一つ見て回し蹴りを放った。続け様に、普段は隠している、竜人の特性のひとつである尻尾を、尾骨の上に浮き出ている外骨格から出し殴打する。とうとう木はバキバキと悲鳴を上げて根本から折れた。葉と葉の擦れる音がやけに大きくて、思わず顔を顰める。が、それでも他の木々に引っかかり倒れるまではいかず、仕方はなしに背中から翼を出し飛翔する。そして、何回か回転し勢いそのままに硬い翼で中間あたりで真っ二つに、切った。ようやく丸太が地面に倒れ込んだので、あとは手刀で適当に枝を払ったら、即席の椅子の完成だ。

 白さんやアリエルちゃんにやってもらった方が、それより白さんに空間魔法で椅子を取り出してもらった方がはるかに効率がよいのだが、私のステータス向上のための修行も兼ねて自主的にやらせてもらっている。

 

 我先にと腰を下ろすと、ソフィアさんを丁寧に抱えたメラゾフィスさんも少しの距離を空けてそっと座り込む。

 

 すると、肉の焼ける音が聞こえたので見てみると、白さんがフライパンで、なんかすごい毒々しいナニかを焼いていた。えっと、肉…?あれは、肉でいいのか?虹色の光沢がかった鮮やかな紫の、生々しく血生臭い肉っぽい何かがそこにあるのだが、私の中の常識がそれを肉と認識するのを拒んでいる。

 私に釣られてそちらを見たメラゾフィスさんは露骨に表情をこわばらせた。言葉には出ていないが、目は口ほどに物を言う。「今からあれを食べるんか…」と言うかのように、赤い瞳が濁った。

 そこで僅かに回復したのか、ぐったりしているソフィアさんが身を捩り、軽くメラゾフィスさんの身体を叩く。それを確認した彼はソフィアさんを座らせた。

 

 タイミングが良いのか悪いのか、それとほぼ同時に出来上がった毒入りサンドウィッチを私たちは受け取る。

 

 

「あり、がと」

 

 

 お礼を言った私に白さんは無表情のまま一つ頷き、今度は赤い血の滴るような、それはもう一般的に肉と呼ばれるものを焼き始めた。それを横目に、

 

 

「いただき、ます」

 

 

 躊躇なくそれに齧り付く。うん、苦くて酸っぱくて不味い。咽せ返るような野生の動物の臭みが口の中を充満するし、とてもじゃないが美味しいとは言えない代物だ。

 味覚というのは、毒や腐ったものを体の中に取り込まないように、それらを“不味い”と、“食べてはならない”と認識するようにされているのだ。つまり何が言いたいのかというと、自ら毒を食らわば、美味しいわけがない。

 が、“毒耐性”というスキルの取得のためにはこれがかなりの旨みになるし、実はそこそこ栄養もある。味と見た目とお腹を壊すかもしれないリスクがあること以外は満点をつけてもいい食べ物なのだ。…人間の食べ物としては、結構致命的かもしれない。

 まあ、私は食べ物の味にあまり興味がないので、普通に食べ進めているけど、ソフィアさんは今焼かれている美味しそうな肉を羨ましそうに何度も見ていた。それを見かねてか、メラゾフィスさんが白さんに声をかける。

 

 

「白様、せめてお嬢様にはまともな食事を出していただけませんか」

 

 

「……」

 

 

 あ、白さんがフリーズしている。

 無表情でメラゾフィスさんやソフィアを瞳に映しているから、眼中にないというか、興味がなさそうに見えるが、よくよく見ると、瞳孔が動いているため動揺しているのが確認出来た。

 …薄々気づいていたが、白さんってかなり重度のコミュ障だよね。表情は動かない、喋ろうともしない、喋っても単語のみで、その単語すらも発するのに時間がかかる。

 今の状況の場合でも、多分「ダメ」くらいは言いたいのだろうけど…。

 

 

『無駄よ、どうせ言っても聞きやしないわ』

 

 

 ソフィアさんが念話でそう言う方が早かったようだ。

 …まあ一応、適当にフォローくらいしとくか。

 

 

「たぶん、わたしたちの、どくたいせいの、スキルレベルを、あげるためだと、おもうよ。だから、たべたほうがおとくじゃ、ないかな?」

 

 

 だよね?というふうに白さんへ目配せすると、少し間があってから首を縦に振る。白さんからの好感度が上がったような気配を感じたのに対して、ソフィアさんが少し嫌そうな顔をされた。

 

 うーん、やっぱり今世でも私はソフィアさんに好かれてはいないようだ。今世での初対面の時も念話を通して『久しぶり、いや初めましてと言うべきかな?前世では竜田仁美って名前でやってましたアテナです。よろしくね、えっと、根岸さん?』と、言ったのだが、特に前世での名前を言った時点で顔のパーツを中央にぐしゃっと寄せられたので、地雷だったのだろう。

 正直、今世の名前もわからないから前世の名前で呼んだのにそこまで露骨に嫌な顔されると、めんどくせえなコイツという感情が芽生えなくもなかったが、よくよく考えれば首都に着けば別れる可能性があるのだ。それまでの短い付き合いだと思えば、別に好かれる必要もない。もちろんそのまま同行する可能性もあるが、わざわざ嫌われている相手に好かれようとするほど暇じゃない。

 ということでソフィアさんは放置、という結論に達した。ああ、いや、ソフィアさんは吸血鬼という種族らしいからそれには興味があるかもしれない。でも、私が吸血鬼について問いかけても素直に話してくれるだろうか。

 

 そんなことを考えながら食べ進め、最後の一口を口の中に放り込むと、あちらから珍しく話しかけてきた。

 

 

『……お得って、いくらステータスのためとはいえ、こんな毒物出されてるんだから、もっと文句くらい言ってもいいんじゃないかしら。』

 

『いや、私は特に。』

 

 

 もぐもぐしながらも間髪入れずに答えると、また嫌そうに眉を顰められた。

 …これは憶測になるけど、ソフィアさんから見て私は白さんの信者、もしくは金魚の糞みたいな扱いになってるのではないだろうか。

 彼女の視点からだと、毒を出されても泣き言を一切言わずにケロッとしていて理解不能。その上、道中では白さんのフォローに回ってたので白さん全肯定botみたいになってたからな、私。

 

 だから白さん、いや、より正確に言うなら“若葉姫色”のことが嫌いなソフィアさんは私にまで当たりが強いのではないだろうか。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ちょっとズレてるかもしれないが気持ち的にはこんな感じだろう。

 正確に言えば私は若葉姫色には確かに引っ付いて回っていたが、白さんは別人だし、食べ物に文句を言わないのは興味がないからだし…、という。

 うん、というか本当に疑問を持たざるを得ないのだけど、なんで白さんが若葉姫色ではないと見分けられないんだろう、ソフィアさん。こんなに分かりやすいのに。

 

 あと考えられる理由としては、まあ、私は操られてないからなあ、白さんに。ソフィアさんだけ無理矢理歩かされてるというのは理不尽だし、少し八つ当たりめいた感情があってもおかしくない。

 これも正確に言うと、私は自分の足で歩いているし何なら魔法の上達のためMPがなくなるギリギリまで魔力操作や魔法の解析、魔法のスキルレベル上げをやっているため、負担はソフィアさんよりはるかに重い。HPもMPもSPも無くなる寸前なのだ。

 

 …舌を使って歯と唇との間に挟まった肉も掻き出し、飲み込んでから

 

 

『それよりも、私はなんでソフィアさんがそんなに白さんに対して反抗的なのか気になるなあ。

 …だってさ、私はソフィアさんより強くて、そんな私よりも遥かに白さんの方が強いんだよ?生殺与奪の権利だって当然私たちにはなく、白さんとアリエルちゃんが握ってる。なのに何で、酷い仕打ちを受けてるからーっていうだけ他のことはなんも顧みず、被害者ヅラしてそんなに嫌悪感を丸出しにするの?』

 

 

 至極不思議そうな顔を作って、少し愛らしく、ほんの少しだけわざとらしく、あざとく見えるように、若葉姫色の仕草をそっくりそのまま真似てみて、首を傾げて言ってみる。ソフィアさんは頭に血が昇ったのか、赤ちゃんらしいふっくらとした頬を真っ赤にした。迫力に欠けるその赤ん坊らしい様子に、ふふっと、思わず口からこぼれ落ちたかのに笑ってやると、さらに激豪して睨め付けてくる。

 

 

『…あんたねぇ!「まあまあ、落ち着きなってソフィアちゃん。ここで体力使っちゃうとこの後の白ちゃんのしごきに耐えれないよ。」

 

『……アリエル、さん』

 

「…それから、アテナちゃんも。わざとでしょそれ、ソフィアちゃんをあんまり煽らない。あと、はいこれ今日の分ねー。」

 

『はーい、ごめんねソフィアさん。アリエルちゃんもありがとう。』

 

 

 いつの間にか消えていたアリエルちゃんは大型の魔物の死骸をドンと私の目の前に置く。私が飛びついて、皮を剥いでいくとソフィアさんは、あっさりと態度を変えた私にすっかり毒気を抜かれていた。

 

 

『そういやソフィアさんって、吸血鬼なんだよね?私はこんな感じで肉を大量に食べないといけないんだけど、ソフィアさんは血を飲まなくて、体調とか悪くなったりしないの?大丈夫?』

 

 

 そこに私は質問を畳み掛ける。それも、本気でソフィアさんを心配するように気遣わしげに。

 早く答えてと催促するように作業を一時中断してソフィアさんの目を見つめた。

 

 

『…えっと、私は吸血鬼のデメリットが無くなる“真祖”っていう称号を持って、その、だから平気なのよ。別に血を飲まなくても』

 

 

 私の急な態度の変化に混乱して目が泳いでいるが、周りの目もあるし答えなければならないと思ったのか、気圧されてしどろもどろになる。

 うーん、それにしても見事なほどに感情が顔に出やすい。

 

 

『へー、そうなんだね。良かった、ソフィアさんが無事でね。』

 

 

 私が白々しい薄っぺらな笑みを貼り付けて返すと、ようやく何かおかしいと思い当たったのか口をつぐんで目を逸らし、黙々と毒入りのサンドイッチを食べ始めた。

 

 まあ、ソフィアさんを揶揄いがてら知りたかったことも聞けたし、もう話す必要はないだろうと、私も剥いだ皮から覗かせた肉に喰らいつく。

 

 …しかし、“真祖”か、へぇー。

 滴り落ちる真っ赤な血で汚れた口の周りを、乱雑に手で拭い取ってやった。

 

 

 

 

 

 それから幾日か経って、二人きりになるタイミングを見計らい、私はメラゾフィスさんに話しかける。あまり交流がない私からの突然の誘いに、メラゾフィスさんは少々疑問に思ったのか、私に視線を合わせるため片膝をついて「なんでしょう」と若干首を捻った。

 

 あまり悠長にしている暇もないと判断し、早速本題を切り出すために空間収納から私の手にすっぽりと収まるほどの小瓶を取って、差し出す。

 

 

「これ、どうぞ」

 

「! アテナさん、これは…」

 

「はい、わたしの、ち、です」

 

 

 私がわざわざ、これを渡した意味。そう、吸血鬼であるソフィアさんの従者である彼もまた、彼女と同じく吸血鬼なのだ。元々は人族だったメラゾフィスさんは、先のパティマスとの戦いで死にかけた結果、ソフィアさんに血を吸われて見事吸血鬼に。

 

 

「…いいえ、これは受け取れません。もっと自分の身体を大切になさって下さい。」

 

 

 そんな、人としての倫理観がそのまま残っている彼から見れば私は、まだ赤ん坊にも関わらず自分の身を削ってでも他人に施しを与える、なんとも献身的で優しい人にでも見えているのだろうか。

 まあ別にその認識でも構わないのだが、このまま人情味溢れる人ムーブをしていても飲んではくれないだろう。キッパリと手のひらをこちらに向けて、首を横に振るメラゾフィスさんからは、強い意志が伺い知れる。

 

 と言うことで、少々本音を漏らすことにする。

 

 

「わたし、ひとじゃ、ない。りゅうじんぞく、ていう、はんぶんにんげん、はんぶんまもの。だから、のんで、わたしの、ちが、どっちに、ちかいか、おしえてほしいです。」

 

 

 彼はソフィアさんとは違い、“真祖”でも何でもないただの吸血鬼だ。だから地球の伝承通り、血を飲まなくては生きていけない存在。

 最初の方は魔物の血を啜って、なんとか吸血衝動を抑えていたようだが、やはり口に合わないのか不味いという感情が溢れるかのように何度かえずいていたのを耳にした。

 それにも限界があったか、街から帰ってきた時に顔色は悪かったものの肌にツヤが出ていたため恐らく人の血を啜ったのだろうということは想像に難くない。

 

 つまり彼はソフィアさんとは違って、魔物の血の味も、人の血の味も両方知っている。私の血がどちらに近いかを確かめるためには打ってつけの人材だ。

 

 

「わたしは、しれて、おとく。めらさんは、ちがのめて、おとく。そうほうに、めりっとが、あります。」

 

 

 初めての吸血で顔色が悪かったのは、人から勝手に血を貰うという行為に罪悪感を抱いたからだろう。だから、こうして交渉によって人に近いかもしれない血を貰うというのは、心が軽いしデメリットもない。

 それでも渋る、悩む様子を見せるメラゾフィスさん。しかし先ほどまで頑なに拒む様子を見せていたから、もう一押しだ。

 

 

「おねがい、します。どうしても、しりたいんです。だから、のんでください、おねがい!」

 

 

 ほんの少しだけ涙目になり、上目遣いで言ってみると、効果は抜群だ。…あからさまに懇願になったのだから当然か。

 ぼやけた視界の中、メラゾフィスさんはグッと言葉を詰まらせ、小さく息を溢した。

 

 

「…わかりました、……味の感想を伝えれば良いのですね。」

 

「はい、ありがとう、ございます」

 

 

 私が破顔すると釣られて、向こうも安心して顔が弛緩する。そして壊れ物に触れるかのような丁寧な手つきで、恐る恐る小瓶をそっと受け取った。

 

 

「…では、頂きます。」

 

「はい、ぐいっと、いっちゃってください。」

 

 

 硬く目を瞑って一気にあおると、赤い血が小瓶を伝った。そして味をしっかりと感じるためにか、何度か舌の上で転がす。味覚以外の五感をシャットアウトするために、目も閉じて。

 

 

 

 その間に私は、遠くでアリエルちゃんとソフィアさんが会話しているのを確認する。

 五感強化のスキルで聴覚の強化と、そして探知のスキルで音の波長を確認し、何とか会話を聞き取れる、という距離なので、メラゾフィスさんは二人の会話に気づいてすらいない。

 メラゾフィスさんとソフィアさんにお互いの会話を聞かれないように、ここまで気を使わなくてはならないのも、かったるいとは思う。

 しかし、この二人の事情がなかなかに面倒くさい。

 

 ソフィアさんに吸血されてメラゾフィスさんは吸血鬼になったわけだが、急に御伽話に出てくるような化け物になってしまって困惑しないヒトがいるわけがない。しかし、その化け物になってなければ、ソフィアさんもメラゾフィスさんもポティマスによって殺されていた。そしてメラゾフィスさんにとってソフィアさんは、仕えていた領主から託された大切な存在。

 なぜ自分がこんな目にあったのかという恐怖と怒り、しかしその感情に支配されて振り上げる拳の行き場は、大事な大事なお嬢様になる。しかしそんな八つ当たりはできない、恨むわけにもいかない、そしてそのお嬢様を守るために自分は血を啜ってでも生きなければならない。いざ血を啜ると罪悪感に苛まれる。

 吸血鬼になったんだから仕方がないよね、と割り切れる性格なら良かったものの、メラゾフィスさん本人の生真面目さによって、どんどんと負の感情だけが積み上げられていく。

 

 しかし、当事者でもあるソフィアさん、なんかメラゾフィスさんが悩んでいることはわかるが、何でそうなっているかがわかってない。それで、今アリエルちゃんにそのことを相談している。

 …いや、お前のせいだよ。やむを得ない状況ではあったけど、それでも当事者が理解してないのは盛大にツッコミたくなる。部外者のアリエルちゃんや白さん、私の方が状況を把握しているのはどう言うことだ。

 いや、当事者だからこそか?罪の意識があるからこそ、敢えて目を向けないようにしているとか?まあ、うん、第三者の立場にならなければ見えない景色もある……、それにしても鈍い気はするが。…だからアリエルちゃんに説教されているんだよ、ソフィアさん。

 

 側から見たら、なんともまあ哀れで、そして少し滑稽だが、まあアリエルちゃんが下手に突き回さないで、ソフィアさんの成長を促して二人の問題で解決させようとしている以上、こちらもそれに従うとするか。

 

 

 

 メラゾフィスさんは、十分過ぎるほどに口に含むと、やがてゆっくりと、微かな音を立てて嚥下した。

 恐る恐る目を見開くと、急な明るい視界に目が慣れていないのか顰めっ面をしながら目をパチパチさせてから、何とも言えない困り顔を作った。

 

 

「その、何と言えば良いのでしょうか。……ええと。」

 

「しょうじき、びみょうですか?」

 

「…はい、そうです。魔物特有の臭みはありませんが、他に…少々独特な風味がします。栄養も人のそれとちょうど半分といったところでしょうか。不味くはありませんが…、美味しいとは……」

 

 

 まあ、予想通りと言えば予想通りか。吸血鬼の味覚から言っても、私は半魔半人らしい。この結果に満足して、私は口角を上げて言う。

 

 

「なるほど、ごきょうりょく、ありがとう、ございました」

 

 

 まあ、アリエルちゃんに従う方針とはいえ、私はやりたいことをするだけだ。

 

 

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