エロゲの悪役に転生した俺、勃起中はステータス爆上がりのスキルで破滅を回避する。童貞だけど 作:ゼフィガルド
「随分楽しくやっている様じゃないか」
最近は、スキルを発動しても気絶したり自死したりすることも無くなった。レベルが上がったことにより反動に耐えられるようになって来たのだろう。
ただし。使用後には、エレク本来の意識と対話する様になっていた。最初は妬みや怒りの混じった接し方だったが、今では皮肉っぽい位に収まっていた。
「そうだな。今の所は順調だ。このままいけば、死ぬイベントも回避できるかもしれない」
待ち受けていた破滅の回避が現実味を帯びて来た。後は、魔王を倒し王女を助け出せば、いよいよ目的が達成されることになると言うのに、エレクの声色は浮かない物だった。
「死亡イベントを回避したとして。なんだ?」
「なんだ。と言うと?」
「今、皆が慕うエレクはお前だ。今更、俺が表に出た所で成り代われる訳もない」
言葉に詰まった。事故のような物とは言え、俺はエレクと言う人間を乗っ取った。待ち受ける破滅から回避したとして、その後はどうなるんだろうか?
本来の俺がどうなっているかもわからない。でも、態々元の世界に戻る必要があるんだろうか?
「(元の世界は。そんなに魅力的な物だったか?)」」
元の世界に戻った所で、皆から言われた良い子を演じ続けるだけ。本音も話せず、常識に従い続けるだけの日々が待っている。
だが、この世界には甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる執事がいる。可愛らしいペットもいる。共に困難を乗り越えていける相棒がいる。何よりも希望と冒険が詰まっている。
「お前も、元の世界に戻る気なんてないだろう?」
俺の考えは見透かされていた。破滅を回避した後、いわゆるゲームクリア後の世界がどうなるかなんて分からない。精々、オマケモードとしてダンジョンのフリー探索が出来る位だ。
破滅を回避した後も、俺が居ては表に出ることができない。本来の体の持ち主であるエレクからすれば鬱陶しいこと、この上ないだろうか。
「早く出て行って欲しいのか?」
「違う。逆だ。お前にはずっといて欲しいと考えているんだ」
返って来た答えは意外な物だった。この提案には心が揺らぐ所だが、エレク本人として良いのだろうかと思う。
「そうしたら、お前はずっと俺の意識の底で沈むことになるのでは? それで良いのか?」
「良いんだ。お前を見ていて、俺は思ったんだ。必要とされていないのだと」
俺が知っている傍若無人なエレクとは掛け離れた、気落ちした声だった。その弱音に心臓がギュッと締め付けられた様な気がした。
「どういうことだ?」
「最初は、お前のことを憎んだ。俺と同じで、誰からも必要とされていない分際で、俺より上手くやっているお前が妬ましかった」
思い出すのはカリドーンを倒した直後に見た記憶の断片だった。ケイローを除いた使用人からも、父親からもまるで相手にされていなかったこと。
「次には利用してやろうと思った。お前が破滅を回避した後で、手に入れた名声を使って好き勝手にやってやろうと」
「今は違うのか?」
「……ケイローがな、お前を見ていると嬉しそうにしているんだ。当然だ。遥かに人格に優れていて、国を憂いて活躍し続ける奴が主人で誇らしくない訳がない。セレンもイアスも皆がお前のことを信じて、頼りにしている。俺が戻った所で、お前の居場所に納まれる訳が無いんだ」
目の前に靄が集まり、人の形を作って行く。輪郭がハッキリして顔の凹凸や細部が出現していくと、俺もよく知っているエレクの姿が浮かび上がって来た。
いつものように下卑た笑みを浮かべている訳でも無ければ、制裁を食らう悲壮感がある訳でもない。ただ、本当に自分の場所を無くして疲れ果てた表情を浮かべているだけだった。
「だとしたら、お前はどうするつもりだ?」
「このまま、眠る様に消えてしまいたい。今更、俺が言えた義理じゃないが。王女のことを助けてやってくれ」
「待ってくれ!」
スゥと泡のようになって消えていく。何かを言わなければいけないと思ったが、気の利いた言葉が出てこない。意識が浮上していく。
~~
「エレク様、イアス様達がお越しになられています。セレン様と共に応接室にてお待ちしておりますので」
目を覚ました直後にケイローから報告を受けたので、着替えをして向かった。
応接室では少し緊張しているセレンと、上機嫌さを隠せずにいるイアス。そして、理知的な表情を取り戻したミーディがいた。
「待たせた」
「いえ、構いませんよ。急に訪れたのはこちらの方ですから。どうしてもお礼が言いたくて」
「ご迷惑をお掛けしました。お二人のお陰で、この通り。以前よりも調子が良くなっている位です」
「本当ですか!? 良かったです!」
幸いなことに後遺症などが残ることも無く全快したらしい。セレンが我がことの様に喜んでいる中、俺も深く頷いた。
「無事に回復して良かった」
「仲間からも聞きました。あの貴重な霊薬『エリクサ』を使ってくれたのだと。本当に、感謝してもし尽くせません」
「顔を上げてくれ。礼なら、俺ではなくセレンに言ってくれ」
「どういうことですか?」
俺は横目でセレンを見た。事情を話しても良いのか? と。彼女が小さく頷いでくれたので、事情を説明した。すると、イアスは胸を張って言った。
「ならば、任せて下さい。私の友じ……恋人のミーディは回復術士でもあり、薬学においても権威です。セレン様の母君の治療に全力を賭します!」
「え!? 良いんですか!?」
「はい。貴方達が私を助けてくれたように、今度は私が貴方達を助けたいのです」
ミーディも確固たる決意の上で言った。エリクサ以外でも治せるかどうかは分からないが、この世界においてはかなりの好環境で治療を受けられるのだから願ってもない話だ。
「良かったな。セレン」
「はい!」
「エレク様は何かご希望などは無いのですか?」
俺自身の希望。と言われても、特には無い。暮らしについても整っているし、欲しい物もない。
「特には無いな。引き続き、ダンジョンの攻略を支援して欲しい」
「分かりました。このイアス、必ずやエレク様の助けとなることを約束しましょう」
固く握手を結んだ。だが、俺自身の望みとは何だろう? このまま破滅を逃れることだけだろうか? それともエロゲらしくヒロインと結ばれることを願っているのだろうか?
「どうかしましたか、エレク様?」
「いや、なんでもない」
何処かで俺は彼女達と違う世界の住人であることを意識して避けてしまっているのか。誰かに対して真摯に接することから逃げているのか。ただ、何となくそう言った立ち振る舞いをしている理由は分かる。
もしも、俺が誰かと本気で向き合った時に考えなければならない問題があるからだ。俺は、この世界に居ても良いのだろうか? と。