マジカル戦国大名、謙信ちゃん【完】   作:ノイラーテム

12 / 62
ここで視点は一時、武田家に移る。


外伝。武田晴信の野望

 長尾景虎は帰還に際し、守護にしか許されない文物を受け取り守護格に認定された。

他にも御剣に天盃。そして領内での処罰や防衛戦を討伐戦として許可する私敵追討の綸旨と錦の御旗といった、父為景が朝廷より受けたものをそのまま繰り返し付与された。意外にもこの事が、彼女の今後を決定つけていくことになる。何故ならば巻き込まれるようにして始まった戦いが、朝廷のお墨付きということになるのだから。

 

そして彼女を中心に東国での動きも加速していく。例えば本願寺が抱える急使が、韋駄天とも称される早足の魔法を使って甲斐の国に到着したこともその一環であった。越後の動きをコントロールするには、早い段階から調整する必要があるからだ。

 

「小笠原長時に退去を許すのですか? せっかく追い詰めておきながら……」

「そうですぞ。本願寺の斡旋で、長尾と共に村上を挟み討ちできます」

「ここは焦らずにジックリと攻め落とし、向後の憂いを無くすべきかと」

 村上義清が史実と違い隙が無いため、武田家も方針を転換していた。

信濃の南部と西部を先に攻め取り、村上家が長尾家を警戒している間にこれを追い詰めていたのだ。そこに訪れた本願寺の使者が全てを変えた。突如として武田晴信が方針を加速したとも言える。

 

「信方、虎泰。老いたか? だからこそだ」

「長尾が動き出す前に南信濃のみならず、せめて佐久まで出ておく必要がある」

「しかし書状に寄れば、信濃を小笠原へ戻せとは言わぬとありましたが……」

「信濃守を御屋形様にとまで書かれておりましたぞ」

 本願寺の調停案は『現時点での武田家』にとって有利なものとなって居た。

村上家は景虎の親族である高梨家と抗争しており、潜在的な敵と言える。これを討つことに問題はなく、北信濃の半ばを緩衝地帯にして戦いはそこで止めることになっていた。穀倉地帯である川中島四群の帰属に関しては、その産と領地をある程度を相談するとまで書かれている。

 

そして何より信濃守への任官を口利きするとまで言ってきたのだ。

そこまで彼らの伝手で用意してくれるのであれば、武田家としては万々歳。自分たちが行うべき朝廷工作までやってくれるとあっては、断る余地は無かったと言っても良い。

 

「まさか受けぬつもりですか?」

「受けるさ。少なくとも俺の十年を二年に縮めてくれるからな」

「だが重要なのは十年後だ。十年後、俺達は何処へ行く?」

「あ……」

 信濃統一は十年がかりの計算だったが、上手くいけば二年もあれば片が付く。

仮にその後に高梨家を保護する長尾家と抗争に成り、十年・二十年と戦う可能性を考えれば、この調停を受けないというのは考えられないほどだ。だがしかし、その後の武田家は頭打ちになってしまうのである。

 

この見解の差は武将と当主の差であろう。

そしてこの見地に立ち、諸将に未来を示せるからこそ……晴信は優秀で品行方正な弟の信繁よりも上の存在として認知……いや周知されていたのである。

 

「別に同盟を組んで離すなと言われる訳じゃない。だから話は受けるつもりだ」

「だが十年後に頭打ちになるのであれば、今から布石は打っておくべきだろう?」

「そしてより多くの物を受け取る為には、伊勢との盟約の可能性をチラ付かせる必要がある」

「古河管領と結ぶ……その手もありましたな」

 本願寺の調停は長尾と結んで村上を討ち、信濃の戦いを終わらせることだ。

それゆえに絶対に同盟関係と成れとは書かれて居ない。そこまで強制する事は出来ないし武田が断る可能性も高くなるからだ。そして何より、古河管領を名乗る伊勢家(後北条)の存在があった。

 

板垣信方や甘利虎泰といった老臣たちが考慮から外していたのは、単純に伊勢家とは先代の時代には不倶戴天の敵として認識していたに過ぎない。だが晴信は今川家と北条家の抗争を調停した実績がある為、彼らと同盟を結ぶ可能性はゼロでは無かったのである。

 

「信濃の確実な確保、それは良いだろう。街道整備すれば塩も金も落ちる」

「だが先行きの無いこの国に何が残る? また飢饉が起きれば金は出て行くばかりだ」

「それゆえにこの話は受けるとしても、絶対にソレだけで終わらせてはいかん」

「美濃か? 三河か? それとも上野か? あるいは相模へか? その道を模索するのは十年後じゃない、今だ!」

 ここまで来れば重臣たちにも理解できた。

武田家の本領である甲斐は元もと豊かな国ではない。二十万石は一応越えているものの、平野は少なく川は荒れ放題で厄介な風土病まである有様だ。二十万石は額面そのままであることは滅多になく、飢饉になる事やその補填に金を使う事は今から予想できるほどである。だからこその信濃攻略であり、穀倉地帯である川中島の大部分を欲していたのである。

 

「美濃は同じ山国で状況は変わらんが、少なくとも周囲との軋轢は少ないか」

「三河は厄介な土地柄だが、本願寺の調停を受ければ港の一つも獲れるやもしれん」

「佐久まで出れば少なくとも上野は伺える。伊勢と戦うか、結ぶかは別にしてな」

「伊勢と戦う事を決めるならば相模も良い。その場合は今川に河東を思い出させるとしようか。逆に伊勢と組むならば何処を切り取ろうか?」

 甲信地方は四方を山に囲まれているが孤立しているわけではない。

周囲の勢力に脅かされるのか、それとも進むのかでまるで違った状況になるとも言えた。親族である今川家は考慮から今は外すとしても、四方の何処に伸長するかが今後の課題になるだろう。

 

「なるほど。御屋形様のおっしゃることがようやく理解出来ましたぞ」

「そうだ。調停は受けるにしても何時までか、何処を目指すかを明確にせねばならん」

「漫然とこの調停を受けて、北信濃を切り取って終わりでは先が無いのだ」

「この話で動かされるだけではならぬ。状況を動かすのは我らで無くてはな!」

 もし、この話を此処で終わらせるならばそう難しい話ではない。

だがその後の飛躍を考えるのであれば、それで終わらせてはならないのだ。何らかの条件を付け、あるいは動きを匂わせて誘ったり、本命の目標からは覆い隠すような努力が必要だろう。ここで本願寺なり長尾家の協力を得られるのか、あるいは将来的な敵に回るのだとしたら、まったく変わった話になってしまうのだから。

 

「これといった腹案は俺にもある。だが一人の案では凝り固まってしまおう」

「相手が何らかの窮地で揺らいだ隙を突けば、春日山であろうと駿河であろうと落とせる」

「皆の際限なき思案を聞くとしようか」

「はっ!」

 晴信には未来に向けた案がある。その上で自分のアイデアも聞いて貰える。

そうと知って俄に重臣たちの意欲が盛り上がった。物語の上では信玄という絶対君主とそれを支える家臣たち……と言った風情であるが、実際には寄り合い所帯の盟主に過ぎない。その上で晴信には、こうやって意欲を盛り上げて皆を導く才能が有ったのである。

 

「御屋形様は春日山と駿河を挙げておられましたがあそこは鬼門でござろう」

「ほう、何故だ信方? 治部はともかく弾正は留守にすると思うが」

「人質の可能性にございます。我らの親族ならまだしも……」

「そうだな。本願寺から人質を派遣されては藪蛇に成りかねん」

 最初に出たアイデアは長尾家と今川家を狙わないというものだった。

晴信としても駄目そうな例として掲げた上で『やろうと思えばやれるぞ!』と武門の棟梁としての意地を見せておいたのだ。そしてその意を汲んで板垣信方が否定して、周囲に説明を行ったという流れである。

 

「そうか。……彼奴等と敵対と成れば、その後がやり難くなりますな」

「春日山を落とせば塩も酒も港も獲り放題なのだがな。流石に坊主共は駄目じゃ」

「城一つを殺し尽くしても幾らでも湧いて出ますからなあ」

「そういうことだ。連中が物別れするまではありえまい。ではどこを切り取る? あるいは何を得る?」

 心底惜しそうな顔をしつつも家臣団の意見は一致した。

このプランならば信濃を完全に併呑できるうえに、港町周辺を切り取れるのはとても魅力的なのだ。だが人質と称して本願寺が入り込んでいる場合、理屈をつけて狙われ続けるだろう。それこそ長尾家どころか、一向宗全体が越後を奪いに来る可能性があった。人間と違って門徒全体を駆逐できない以上は、考慮から外さざるを得まい。

 

「本願寺を引き込むのであれば三河でしょうな」

「うむ。一部を彼奴等にくれてやり、港だけは確保する」

「御屋形様がおっしゃった案ではないか。だが悪くはない」

「問題は治部大輔さまがどう出るかですが……」

 本願寺の話から三河案が出るのは当然の流れだ。

三河は豪族と国人たちが乱立しており、それぞれに頑固な連中が旧来の姿勢のままいがみ合っていた。そこまでならば何処でも同じであろうが、特に問題なのが一向宗の門徒が多い事である。だが逆にいえば、本願寺の協力が得られれば攻略は難しくないのではないかと思われたのだ。

 

だが、そこで問題なのが今川家の行動であった。

今川治部大輔義元は東三河に影響を与えており、他の三河州の要請を受けて尾張から進行する織田三河守信秀と戦っていたのだ。もし三河に動くとしたら今川家と争う可能性があるし、協力するとしたらその影響から港だけに絞るとしてもかなり厳しい事になるだろう。

 

「そうだな。三河の場合は治部の思案が全てだ」

「少なくとも織田との戦いには俺たちが前に出る必要がある」

「奴の尖兵として戦った上で、切り取った場所を残せるほどに大勝せねばならん」

「もし動くとすれば、治部が河東群を取り戻す際に後ろを引き受けるのが前提だな。一向宗と折半では割に合わん」

 武田家が今川家の代わりに犠牲を負い、なおかつ侮られない戦力が必要だった。

それを考えれば今川家の三河侵攻に合わせるというよりは、今川家を伊勢家と争わせる為に、引き渡し協定の交渉中である駿河の河東群を巡って争う時がチャンスだろう。その時ならば織田家に背中を突かれないために、今川の方から頭を下げてくる可能性が高いので、どさくさに紛れて港を含む地域を占領しても文句は言われまい。

 

「だが治部が河東に出るのであれば、我らも津久井を抜く案もある」

「どうだ虎昌、やれるか? 一部の兵を残して小田原以東を抑えられるか?」

「やろうと思えば可能ではありましょう。しかしその条件では補給が続きませぬ」

「むしろ津久井から向かって来る兵を食い止めている間に、他を落とす方が余程早いかと」

 今川家と連動する場合、武田が相模に攻め入る手もあった。

その場合は甲斐から続く津久井城を制圧するか、封鎖している間に周辺を切り取る必要がある。だが伊勢家の本拠である小田原城が相模の南西部にある為、ここを抑えながら他の城を切り取っていく必要があったのだ。はっきり行って二つの城を取り囲んだまま、他の城を取りに行くのは無謀であろう。武田家でも最強とされる飯富虎昌ですら勝てるとは言わなかった。

 

「だろうな。その場合は津久井を包囲すると見せて時間稼ぎになる」

「こちらが津久井を落とすのが難しいように、連中も岩殿山を抜けはせぬ」

「なるほど。それでせめて佐久を落としておく必要があると」

「佐久から上野の西・南と行くならば切り取り易いでしょう」

 難所を攻略するよりも他を落とした方が早いのは当然だ。

力のある伊勢家から領地を切り取るよりも、その傘下に加わったばかりの連中を叩く方が余程早い。現在は山内上杉に従っているのだが、このままならばやがて伊勢家に靡くだろう。その時に『関東管領にお味方いたす』と適当な名分を掲げて攻め入れば、労せずして土地を広げられるだろう。

 

「では御屋形様の本命はこちらと?」

「治部次第だと言ったぞ。伊勢と仲を戻すのであれば話はまるで変わって来る」

「まあ縁戚どころではござらぬからな」

「そうだ。伊勢の勢力が強大だと諦めるか、あるいは伊勢が傾いて河東を差し出す可能性も有る。むしろ治部はそれを狙うだろうな」

 伊勢家は今川家へ何度となく娘を出している。

それゆえに縁故は強く、重臣として支えていた時代もあったためにその影響力は測りきれなかった。二代目氏綱の時代になって与えていた領土の没収をしたり、影響の強すぎる兄たちと争った義元の時代になって、家中の混乱に乗じて河東群を奪われるなどかなりモメていたのだ。

 

奪われたまま以前に伊勢家が上杉家との抗争で危険な状態になったことがあった。その時に武田家と同盟を組んで争った事があり、結果として『いずれ河東群を返却する』という条件で和睦したのである。問題なのは史実よりも伊勢家が強い事もあってそのまま上杉を圧倒してしまった事もあり、返却の約定がおざなりに成ってしまったのだ。

 

「つまり長尾の介入で管領家が盛り返し、そこで今川が動くと」

「俺はそう見ている。その時に三河に出るか、それとも上野か」

「その時に備えた橋頭保として、南信濃と佐久は確実に抑えておく必要があるのだ」

「「はっ!」」

 晴信は自分の手で信濃を落としたいと焦ったわけでも何でもない。

未来を見据えてより有望な手段を選ぶために、その時に用いる侵攻ルートや戦力確保として時間を必要としていたのだ。最初は晴信を止める気であった諸将も、今では熱気にあふれてどうするべきかを話し合っている。この件で晴信が得た者は二つ。諸将からの尊敬と……そして友誼を踏み躙って今川やこれから味方となるかもしれない長尾家を倒す場合の反感を知ることが出来たのだ。

 

「しかし、御屋形様。伊勢の側に付く可能性はありますか?」

「奴らが関東管領ごと長尾を踏みつぶせるかどうかだな」

「治部の仲介で三家が手を組むこともあるだろう。だがそれは俺が好きに動いた後だ」

 当然ながら、この流れを誘導した晴信が考えなかったはずはない。

今川家は武田家とも伊勢家とも縁戚があり、今川を中心にするならば同盟を組み易いのだ。だが、現時点で同盟を持ちかけて意味はあるだろうか? 少なくとも今川家は河東群を取り戻すことを重要視するだろうし、三河への援軍の話は本願寺の話を受けてからでないと意味が無い。そして伊勢家と組む場合の独自利益はなんだ? 西上野を落とすという意味ならば別に長尾家と手を組んでも良いのだ。

 

そういう意味では両天秤に掛けておいて、途中までは長尾家と組んだ方が良い。

その上で油断をさそって伊勢家と争わせても良いし、どちらかが大きく疲弊すれば討って出るのも良いだろう。伊勢家と和睦を結び、その仲介で今川を動かすことに利益はある。また長尾家との間を取り持つのは難しいが、一時的な和睦の仲介くらいは可能だろう。その意味でもやはり、現時点で伊勢家につくことはありえなかった。

 

「ひとまず治部が余裕をもって動けるようにした方が良いのは確かだ」

「本願寺の仲介が表に見えた辺りで使者を送る」

「親父の影響がない連中の中から、誰が良いかを今の内から見ておくぞ」

「はっ」

 武田家から詳しい計画を聞けば今川家にとって利益は大きい。

その上で伊勢家とは違い、こちらと共同歩調で動く意味はあった。逆に伊勢家と共同歩調を組む意味が現時点でないのであれば、ここは今川を晴信の思い通りに動かすことが必要だろう。その際に今川に送る使者は重臣であっては大事だと見抜かれてしまうし、旧来の重臣たちは追放した父信虎の影響も強かった。

 

そこで今川に侮られない程度の役職に付けるという理由を付けて、重臣たちに若手の側近を重用するという三つ目の利を示したのである。




 今回は前回の話を武田ビジョンで考察した話になります。
あくまで本願寺が話を仲介するよーというだけで、受けるかは別ですしね。
なおこの話の時点である天文十九年~二十年の段階では三国同盟は成立しておりません。
文学上だけですが二十三年に第三次河東一乱もあるので、景虎の出世が数年早ければ、こんな事態もあり得るでしょう。

というか北条家が史実よりも強いので、少し叩いてから同盟組むかどうか考えないと
その後に風下にたってしまいますしね。この時点で従属するような国力でもなく、叩いてから考える感じ。一見、転生者である景虎に優しい流れに見えて、周囲は利用し尽くす考えになります。

なお最後まで語られなかった美濃攻めですが……。
斎藤家が傾くか出来る事がなくなってからで良いんじゃないですかね?
山越えして強敵だと言われてる斎藤道三と戦うとか割に合いませんし。
それなら上野に行くか、面倒だけど三河に行く方がマシな感じで。
もちろん北条家を真っ向から叩き潰すとか、そんなのナイナイ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。