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景虎の帰還に際してちょっとした問題が起き、残念な事に大問題に発展した。
行きは陸路と海路の二択だったが、帰り道は海路であり一向宗を避けていくことが察せられたからだ。それは彼女を巻き込みたい者たちに、適度な刺激として海賊たちを操ることに成功させる。
何隻かに別れていたために海賊の被害自体は大したことはなかったのだが……。
「海の民への襲撃、長尾家への襲撃。仏の顔も三度までとは言うがな……」
「お、お許し下さい! 部下が勝手にやった事。まして我らにはお家を理由はないのです!」
「全ての問題は錦の御旗が載せられていた事だ。これを見逃しては景虎の尊王の心が問われる」
「そ、そんな……」
事件としては、何隻かに別れて移動した中で、その一隻が襲撃され撃退しただけである。
それが重大問題に成ったのは、長尾為景の頃から頻繁に受け取っていた錦の御旗にある。同じ錦の御旗とはいえ、あくまで日輪を象ったものでランクは高くない。最上位の菊御紋の御旗ではないが、海賊への通行税で朝廷への献上が減っていたことが判明したり、景虎が信濃からの脅威を受けず関東に専念させるために各勢力が工作中だったのが災いしたのだ。
特に内大臣である近衛晴嗣は激怒し、本願寺の工作に乗せられて大問題にしてしまったという
「だがな。これは父上もいただいた旗であり、その父上を本間が援助したことを忘れてはおらぬ」
「景虎はあえて三本目の指を折り、仏の顔に免じよう」
「っ!? ではお助けくださると……。ありがたや」
「ただし! 越後にある飛び地を本領として一度佐渡を没収する。また本間一族は首を落とされたものとして、名誉回復まで『
本間一族はかつて為景が追い詰められていた時に救援し、越後に飛び地を受けた事がある。
北信濃で栄えていた高梨家などと一緒に行動しており、当然ながらかなり勝算が見込めたのは確かだ。しかし、その恩は恩。朝廷にいらぬ懸念を抱かせることを承知で、救済するとしたのである。
「佐渡を没収……で、ですが『一度』と言う事は……」
「そうだ。お主らが功績を立てれば加増を考慮しよう」
「加増そのものは全ての我が領が対象であり、佐渡とも限らぬ」
「また加増そのものは他の豪族にも言えよう。だが間家が望むのであれば考慮しよう。励めよ」
この当時の佐渡は二万石程度の小領に過ぎない。
しかし何年か前に銀山が見つかったことで、かなりの収益が見込まれていた。本間一族は景虎の武量に平伏して供出をしており、これを厳しく罰しては他の豪族も文句を言うと同時に、自分こそがその土地を受け取るべきだと言い始めるだろう。そこで景虎はこの面倒な処理に、あえて厳しく当たった上で、元に戻すことを約束して温情に変えたのである。
「孫四郎。そなたの術が無ければ危うかったそうだな。よくぞ御旗を守った」
「余裕を持って撃退したから何とかなったが、万が一、荷が奪われていては大事であった」
「いえ。これも武家の習いであります。襲われていたのが他の船やもしれず。運でありましょう」
「それを武運と言うのよ。景の一字を与えるゆえ、景久と名乗るが良い」
ここに山吉孫四郎景久が誕生するが、彼は四大精霊系を得意としていた。
武将ゆえに基本的には初歩の魔法が多いのだが、彼は山歩きや沢歩きの為に色々な魔法を広く浅く覚えていたのだ。兄の孫次郎豊守が地形効果のペナルティーを受けない加護と合わせて、広域での活動に長けていたのである。彼らの開拓に掛ける精神は熱心で、越後でも随一の兵士数を誇ったという。
「山吉景久。御屋形様に変わらぬ忠義を捧げます」
「そう呼ぶにはまだ早いぞ。いずれそれだけの誉を積み上げて見せるが」
「さて。兄の孫次郎には一件を収めた交渉での褒美としよう。秘蔵の酒を取らせる、これへ」
「はっ!」
この襲撃が大事件になると判断した段階で、兄の山吉孫次郎豊守は直ぐに動いた。
佐渡へ上陸した際に本間一族を集めて恭順を約束させるために動いた。そして今ならば大事にならぬと景虎への報告の前に労を負ったのである。彼の活躍が無ければ、本間一族は戦ったかもしれないし、景虎も復帰の可能性を約束できなかっただろう。
「なんと美しい盃に、これまた美しい酒でありますなあ」
「恩賜の天杯である。これもそなたらが守ったものだ。酒のみとなるがありがたく拝領せよ」
「ははあ!」
もらった天盃に清酒を湛え、皆の前で他の器へと移した。
その精妙なる色合いは、その辺りの酒では出せない色だ。清み澄み渡る酒を帝よりした天盃を介して受け取る名誉は、ここに確立したのである。
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「殿、これで何とかなりましたな」
「まさか鎌倉の世でもあるまいに、すわ族滅かと」
「流石の定満も肝が冷えたか? まあ二度とやりたくない綱渡りだな」
「厳しく罰するわけにはいかぬ、だが傍目に判るほどには罰せねばならぬ。世の大名であれば、領地を広げる口実と喜ぶのであろうがな」
状況を他人に動かされるのと、自分で動かすのでは意味が違う。
都から押し付けられた仕置に景虎も宇佐美定満も苦労していた。もしかしたら都の連中は援護射撃をしたつもりかもしれないが、年中反骨している揚北衆を抱える景虎としては有難迷惑であった。この当時は銀山の産出量がようやく増えてきたところであり、既にある鳴海金山ほどではないのが面倒の種であったのだ。ちなみに有名な佐渡の金山は江戸時代からである。
「能登の手伝い戦に頼まれた場合、本間……間一族を加えてやれ」
「能登海賊にそそのかされたのであろうし、そうでなくとも情報を売ったのは連中だ」
「それと一族の中でも若い者を鉱山奉行に加えて、都なり何処なりに遊学もさせよ」
「はっ。そう言うことであれば怨みを果たし、本領を取り戻すために奮起するでありましょう」
正直な話、景虎に転生した女にとって政治は面倒事でしかない。
佐渡の話も生前のイメージと違って鉱山が開発されて居ないので興味が低く、海賊を取り締まれば良かった。だが罰すれば恨まれるし、罰せなければ朝廷から文句を付けられる厄介事でしかなかったと言えよう。
「本願寺の斡旋といえば武田と村上を挟むやもしれぬ」
「その後は高梨家他の北信濃の豪族を緩衝地帯に据えて中立の調停じゃと」
「ふむ。武田家の伸長を考えれば助かりはしますな。我らは坂東ヘ赴く予定ゆえ」
「ですが信用が置けるのですかな? 気が付けば信濃全土が食われておるやも。いえ、そのまま越後を抜く算段やもしれませぬ」
能登は内紛への援軍で良いとしても、本格的な戦いは関東の身の方が良い。
二正面作戦は避けるべきだし、史実と違ってタイミングの問題から武田家とは紛争を避けられる可能性がある。避けるために本願寺という大勢力から調停が行われるのだから受けるべきなのだが、二重の意味で問題があったのだ。
「北信濃の諸将から人質でも取りますか?」
「どうかな? 先の本間とて雑太が本家だが、羽茂に河原田やそれ以外にも一族が居る」
「当主の息子が人質だとしても、裏切る時は一族の誰かが頭になって裏切るだろう」
「それならば彼らの生活を援助するべきだな。越後の援助があれば良い暮らしができると。その上で春日山は抜けぬと見せておけば良い。こちらが無警戒とも思っておるまいよ」
山吉兄弟が佐渡に上陸して説得に苦労したのはそこだった。
本家以外にも分家が幾つかあり、単純に長尾家の積み荷に配下の海賊が手を出しただけならば、奴が悪いだけだと言い切って従わなかった可能性や、内部抗争の材料にしてしまった可能性も有る。そうならなかったのは、積み荷に錦の御旗が積んであって族滅もありえると伝えたからに過ぎないのだ。
(でも、人質かー。茶々ちゃんを越後に送るかも? って言ってたのはその辺もあるのかな)
(越後で留学ならぬ、修行をさせるとかおかしいもんね。でもどうしたものかなあ……)
「……殿?」
「ああ、難しい思案をしておった。許せ」
景虎は少女のような笑みを浮かべる子供の事を思い出していた。
まだ六歳ゆえに修行と言うのは早過ぎるのではないかと止めたが、ここまで来れば政治に疎い景虎にも察する事が出来た。本願寺が裏切らない様に人質として送り、その事で武田に本願寺はこちらの味方だと伝える気なのだろう。
「本願寺が七つにもならぬ、可愛い盛りの子を送ると言っておったのだがな」
「それは随分と扱いが難しいですな。本願寺の人質が居れば話は早いのですが……」
「逆に言えば越後での神輿として、大勢の坊主を引き連れてきかねませぬな」
「越後の寒さは長く厳しい。だが七歳までは神の内というではないか。その子を生かすと言う理由で高徳の僧を幾人も送ってこようよ」
この時代で子供の死亡率は高い。それゆえに七歳までは神の眷属。
だから何時死んで神の元に召されても覚悟せねばならないと言う概念があった。そんな子供を送りつけるというのならば、少なくとも断熱の魔法で寒さをシャットアウトし、暖気の魔法で暖かさを確保するくらいのつもりでいるだろう。少なくとも交代制で担当するのだから、そのレベルの魔法を使える僧侶を複数人帯同することになる。
問題なのは彼らが人質だけでは済まない事だ。
明らかに越後に大きな寺を建て、そこで茶々こと本願寺光佐を頭にして大規模な宗教活動を試みるであろう。
「少なくとも話があるという程度で紹介するか、せめて十を越えてからだろうな」
「殿の事を考えれば、それはそれで自らの弁と見識を持ちそうで怖いですな」
「私は自分がことさらに賢いと思うたことはないぞ。だが定満が言う通り、頭が痛い事になるだろうな。こぞって入信されては叶わぬ」
茶々ではなく他の有力者を送らせた場合、それはそれで有能な高僧を送るだろう。
越後の者が権威に弱く、また学識こそ無いが抗争の為に言い訳をヒネ繰り返す賢さがあることは知られてしまっている。彼らを口説き落とせる有識の僧侶を送ることで、信仰心を育てさせたり、あるいは長尾家に歯向かわせる可能性もあり得たのだ。
「とはいえ後ろ向きな考えでは解決策など出まい。むしろさせるならば武田だ」
「我らを敵にすればそこで終わりだと思わせるべきだろう」
「信義なく向かって来るのであれば、何十年でも戦い我らが勝ち続ける」
「越後と事を構えて無駄な時間と犠牲を出すよりも、坂東でも美濃でも目指す方がよりマシだと思わせる方が良いであろう」
考えれば考える程、本願寺の人質は居ない方が良いことになってしまう。
そんな考えで相手の影響を抑えることに終始するならば、面倒を押し付けるのは武田であるべきだろう。そもそも景虎は領地を増やす気はないし、仮に関東管領の上杉家がくれるといっても、全て部下へ下げ渡す気であった。
「それしかありますまいな。ともあれこちらは信濃に人を潜ませまする」
「任せた。少なくともこちらの『眼』が信濃に居れば春日山は落ちぬ」
「私は高梨殿らに書状を出すとしよう。それはそれとして……」
「上野方面に関してはどうなっておる?」
信濃に侵攻する気が最初からない事もあり、武田に関する話はここで終わった。
親族である高梨政頼を始めとして、北信濃の諸将と連絡を取りつつ陰の者を潜ませて置く。それ以上に出来ることはないのだから。そして話は主戦線を想定した関東方面へと向けられた。
「道を太くするために最初の確認が終わった所です」
「今は蔵を随所に設けて、食料やら何やらをしまう場所を増やして居るところとなります」
「本格的な街道開通と滞在用の一切を用意できるのはまだ先の事になるでしょう」
「また北条高広以下、越後毛利家の者が先発として出陣。まずは現地を把握しつつ、守備の一端を担っておるでしょう」
都まで行って戻って来るのに時間は掛かったが、そのレベルで道は大きくならない。
元の街道がありはしたが、三国峠と言えば難所で知られている。その何処を大きくすれば良いのか、掘り返して足場をしっかり固めるべきなのか? それを把握しただけでも彼らは褒めしかるべきだろう。実際、あちらを担当している長尾政景は協力した術者や技術者たちを絶賛していた。
「管領殿の軍勢は前に出ておるのか?」
「はっ。我らと結び兵と食料に余裕が出来たことも影響しているのでしょう」
「本人は流石に動かれませぬが、長野殿を中心に武蔵まで追い返すことも多々」
「良くも悪くもさほど変化なしか……時間は稼げたという程度だな。ともあれソレは伊勢にとっても同じと言える」
関東方面で大きな変化が無いように見える。
険悪だった長尾家と山内上杉家の仲が修復され、援軍を送るという事になって、あちらの北方面の部隊が動けるようになった。とはいえ実際に全軍を出せるようになったのは景虎が都に向かうことで、山内上杉家に協力することが確定してからだろう。将軍の前で宣誓した内容を、覆さないと判ってから全力を向けたと思われた。
ゆえに関東の情勢は大きな変化が見られないのだ。
山内上杉家にとって滅亡のピンチを一端免れただけで、依然として伊勢家に押しまくられているという事実は変わりないのである。実働戦力として動いている長野家と箕輪勢も疲弊していると思われ、放置しては危険な事になるのが伺えた。
「武田家との会談に私は臨む必要があるだろうが、一刻の猶予もならんな」
「可能な限り速やかに戦力を……いや。それだけでは駄目だ。越中の二の舞となろう」
「増山城に籠った神保家との戦いでありますか。あれは面倒な相手でしたな」
「伊勢が守り堅き城に籠り、我らが攻めきれずに撤退すれば関東の諸将は再び伊勢に付こう」
戦力を送り込む必要はあるが、ただ押し返すだけでは意味が無い。
この時代の豪族たちは強い敵が来たら大人しく降伏し、帰って行ったらまた元の様に自立してまた別の主人につくという事の繰り返しである。転生者である景虎も、小田原城が天下の堅城であることと、何度も関東へ出陣したことくらいは覚えていたので即座に片が付くなどと信じてはいなかった。
「常備した兵を中心に繰り出すことで、何年もあちらで戦えるようにするべきだな」
「まずは数を増やす必要はない。越年しても問題ない数を中心に主戦力を構成せよ」
「越後から繰り出す増援に関しては、一気に押し出したい場合と、加増も合わせて父祖の地である関東に国替えしたい者が居れば加える程度にしておこうか」
「はっ。そのように根回ししておきまする」
ここで景虎は戦略構想を二段構えに考えた。
現時点で変化なしと言う事は、二千でも三千でも加勢が加われば完全に上野から武蔵まで押し返せるという事である。長野家ら箕輪勢も交代で休むことができるし、越後から資金を持ち出せば運営資金を何とかしたり、兵糧を購入することもできる。その上でさらに越後からの増援が来る可能性を説明すれば、上野や武蔵の豪族たちも態度を変えるかもしれない。これが一万以上の軍勢であれば、流石に越年するのが限界であろう。
「そうだな。後は武田家との会談で焚きつけるなり、伊勢の情報をもらうくらいだな」
「彼らが伊勢を西から切り取ってくれれば言う事はないのですがな」
「そこまでは期待すまい。協力してくれるならば伊豆も相模も要らぬのだが」
一同は与り知らぬことだが、この時点で史実よりも実は改善されていた。
転生者とは言え特に名案が浮かばない景虎ではあるが、越中での失敗と、小田原城を攻略できないと理解していたことで多少なりとも戦略構想が改善されたと言える。この事が景虎の憂鬱な気落ちに光を差していたのだ。そしてもう一つ……。
(ようやくあの呪文が成功するようになったんだよね。でも、まだまだ一割かあ……)
以前に告げたかもしれないが、この世界の呪文は能力値依存であり、難易度式である。
つまりレベルが十分な段階に達しても、あくまで自分の能力で十全に唱えられるようになっただけに過ぎない。例え5レベルの術者が5レベルの呪文を使う際でも、能力値から計算される基本発動力が60%ほどなら、5レベル時点で60%でありレベルが上がることに成功率が増していくのである。
逆に言えば『レベルが低くても、最高レベルの呪文を使える加護』を持っている景虎の場合、基本発動率からさらにマイナスが掛かることになる。先ほどの例であれば40~50%ほどのマイナスで10%ちょっとの成功率しかないのであった。少なくともこの段階ではとうてい戦略に組み込むことは不可能であろう。
だがしかし、自らのアインティティである『聖戦の呪文』発動が視野に入ったことで、景虎の心は明るさを増していた。
と言う訳で視点は景虎の元に戻ります。
相変わらず受動的な時は流されっぱなしと言うか、政治する気のない謙信様。
人を無意味に殺したくないとか言っておいて、早く戦争にな~れとか言いそうな雰囲気です。
●本間戦
「霧の中で視界が通じる呪文!」
「風を噴射して矢の軌道を変えます!」
以上終了。
の三行なので割愛しました。
彼らはハザマ一族として鉱山の中で結界を使ったり、鉱山奉行として間久兵衛とか
そういう感じのネタになるんじゃないかと思います。
本願寺が入り込んで来るキッカッケの一つであり、同時にこれから関東攻めで使う資金の解決ですね。
●本願寺の人質
史実の謙信様は意外に人質に甘くて、親族の子供とか北条の子供を人質で済ませずに養子にしてます。
放っておくと本願寺光佐が越後で暴れかねないので、その辺をみんなで懸念中。
前回の武田ビジョンだと居たら厄介だけど、越後人にとってはもっと厄介なのが宗教。
●北条対策
「篭城戦で小田原を落とせない?」
「これから毎年城を焼こうぜ!」
「年がら年中関東で戦い続けまーす!」
という騎馬民族みたいなことをします。
あと、聖戦の呪文がようやく弾倉に送り込まれた感じ。
ソードワールド知らない人に簡単に説明すると、「だりぃー」とか言ってた連中が突如としてヒャッハーし始めます。
まあ現時点では10%くらいで、MPも大半使うから繰り返しチャレンジも難しい感じですが。