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越後において寺院に関する建立が相次いだ。
まず林泉寺の一部が春日山城に移設し、元あった建物の大部分が別院となることが決まった。次に瑞麟寺の痛んだ部分などを改築する形で、堂安寺が大々的に開かれることになる。それらの発表と起工式が行われた後……府内に本願寺の建立と春日山城に毘沙門堂が建てられることになったのだ。
そして信濃の村上家攻めが徐々に進む中、関東でも大きな変化があったのである。
「総崩れだと? まさか箕輪衆が割れるとはな。定満……判る範囲で話せ」
「伊勢は座して待つような輩ではありませぬ。我らに時間があったのは、彼奴等にも同じこと」
「長野業正個人はともかく、長野家や他の箕輪衆は一枚岩では無かったのでしょう」
「管領様に最後まで忠誠を尽くすはずの長野家と箕輪衆が割れたことで、上野が揺らぎました」
どうやら伊勢家は関東と上野の国境で戦うだけでは無かったらしい。
箕輪衆を始めとして上野の豪族や国人たちに声を掛け、保険をかけるようにまずは『親族の一部』がつくように持ちかけたのだ。そしてその情報を元に他の豪族たちを切り崩し、全員ではなくとも所属する国人たちを味方に付けたらしい。後は本当に箕輪衆が割れ、長野家率いる残存部隊が敗北したことが、決定的に成ったのである。
「急使によれば、管領様が御子息を越後に避難することを求められているとか」
「いかがいたしますか? 我が軍の大半は信濃で村上を挟んでおりますが……」
本来よりも早い山内上杉家の崩壊だが、上杉憲政には冷静な判断力が残されていた。
史実よりも伊勢家が強大化していたために、油断せずに予め脱出作戦などを考慮していた為である。自らは厩橋城から箕輪城のラインで踏み止まって、長子の龍若丸のみを越後に避難させたいとの申し出を行ったのである。この事が山内上杉家の完全な崩壊を防いだのは皮肉であろう。
「私が直接上野に向かう! 供回りの者に出陣の支度をさせろ!」
「っ殿!? 弾正様が御自らでございますか? 危険ですぞ!」
「この状況で信濃から兵を動かす訳にはいかん。それに管領殿が踏み止まっているなら手はある」
「それと一足先に毘沙門堂と同じ仕掛けを、何処かの城なり寺へ施しておけ」
もちろん景虎とて何の採算も無しに出陣すると言っているのではない。
伊勢は長尾家からの援助は三千ほどで終わりで、管領家の優位はもう無いと説いている可能性が高い。そこで自分が護衛でもある供回りの旗本を連れて合流すれば、防御用に派遣している豪族たちも含めて四千から五千には達しよう。兵力もさることながら、『長尾家の当主が来ている』という状況が説得力に繋がるのである。
そして何より、本願寺経由で魔法の発動を高める技術を入手していたのが大きかった。
毘沙門堂そのものの効果はそれほど大きくないが、この建物の中で発動した儀式魔法は発動範囲とタイミングを調整してくれるのだ。メタな事を言うと、呪文に失敗しながら唱えて居る姿を兵士たちに見つからないという情けない理由であるのだが、それによりに20%~30%程度の発動率でも呪文を行使できるのは大きかったと言えよう。
「信濃の景家には焦らずに攻略を進めよと伝えろ」
「慌てれば武田家につけ込まれよう。まずは約定通りに終わらせるべきだ」
「伊勢家に関してはひとまず逆撃で動きを止め、明年の出陣で上野から叩き出せば良い!」
「焦らずに状況を変えるために動くのですな? それならば何とかなりましょうか」
無謀な出撃であれば止めたであろう家臣団も、流れを切って仕切り直すだけならばと納得。
問題を一つ一つ片付けて、残り少ない今年の目標を状況整理のみに割り振った景虎の意見にようやく納得した。こうして景虎が上野に出陣するのだが……後日に現われた、思わぬ援軍にむしろ戸惑うことになったという。
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ボエ~とほら貝が鳴いて、出陣太鼓がドンドコドン!
頭の中ではパパラパパパパ~♪と管楽器すら聞こえて来る感じです! まあ明らかに幻聴だけどね、いやー楽しみだなー!
「まずは管領殿を御救い参らせる。その後に敵の先手を打ち滅ぼし、平井城へ向かうぞ」
「「おお!!」」
貴殿らの首は吊るされるのが……首……要らないよね?
だって私、妖怪首置いてけじゃないし。必要なのは伊勢家が二度と上野にやって来ない事だよね。武蔵とかまで頼まれても面倒だし、そもそも今回の報酬とか特に言われてないんだよね。謙信様は上杉家の養子になったし関東管領を貰ったから判るんだけど……今のところ、その辺の打診が全然ないんだ。もしかして……私、何かやっちゃいました? 的な?
「どの豪族を滅ぼしたかの区別に主将のみ首を獲って置け」
「残りは不要、打ち捨てよ! 此度の戦はこの景虎がみなに褒章を約束しよう!」
「「おお!!」
首実験とかするのグロイし面倒なので倒して終わりにすることにした。
率いているのが常備兵や旗本の人たちが主力とあって、働らきに応じてボーナス出すけど、特に首は要求しないことにしたんだ。だって倒せば良いんだし、究極的には上野から居なくなれば良いんだもんね。首を獲って居る暇が有ったら、さっさと次の敵を倒せば良いと思うんだよ。
「弾正様! それは我らにおいても同じでありましょうや!?」
「褒章であらば首など要らぬ。いや、替地で避ければ管領殿に掛けおうてやろう」
「二度は言わぬ! 北条高広! 誉れは首ではなく戦のみにおいて示せ!」
「はっ! ありがたき幸せ! 一所懸命に打ち滅ぼしましょうぞ!!」
揚北衆の北条くん……がいちいち尋ねて来たので彼らも同様だと繰り返した。
基本はお金によるボーナスで、管領家に鞍替えするなら土地を報酬として転属を約束してあげた。まあ越後でチビっと加増してもらうより、こっちで滅ぼした豪族の土地を貰った方が広いしね。後はずっとあったかい! その事を理解したのか、北条くんも元気マンマンで戦う気の様です。あれだよね、覚悟ガンギマリ的な目をしてるよ。そんなに寒いの嫌いだったのかな。
「あれに見えるは蛇の目紋! 伊勢に付いた赤井の軍勢、その後ろは富岡勢と思われます!」
「降った家は誉れなき先陣を任されるが定め。我らの品定めに使われた様でありますな」
「立ち塞がる者に名前は不要。これも戦場の習い、すべからく討ち滅ぼせ!」
「「おお!」」
そういえば西洋の紋章官みたいな人が居るんだよね。
旗本の中にそういうのを知ってる子が教えてくれるんじゃなくて、何処の勢力かいちいち確認してんの。ご苦労様だと思うんだけど全員討ち取ればみんな一緒じゃないかな? とりあえず蹴散らして平井城の救援に向かうね。さっさとお城に入って、聖戦の呪文を使ってみたいかなー。
と言う訳で、れっつらGO!
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伊勢家が繰り出した上野先手衆は瞬く間に壊乱した。
常備兵と一口に言っても、景虎が直卒する千騎は、酒を呑むか訓練しかしていない越後の精鋭部隊である。元もとの技量が違う上に、全員がこの時代の常識である首獲りを無視したことが大きい。
普通ならば殴り掛かった敵を打ち倒し、トドメを刺して首を獲る。
あるいは降参した敵将から身代金を奪うために捕虜にする交渉をしたりと、そういった手間を全て省いたのも大きいだろう。本来ならば首の所有権の問題で一騎打ちによって倒すような相手でも、同僚たちと一緒に攻め掛かれば勝率はかなり高かった。赤井勢がやられて富岡勢が怯んだ頃に突き掛かり、捕虜も取らずに殺せる相手は皆殺しにしていく。それを見ていた横瀬勢などは、一族を分けて仕方なく伊勢家に付いていた為、恐慌状態に陥ったという。
「物見の報告によれば、伊勢は平井城の抑えにいくらか残して出発!」
「主将は”地黄八幡”北条綱成である模様! 総勢八千!」
「……味方の到着を待つ。例の場所へ参拝に参るぞ」
「伊勢で最強と言われる”地黄八幡”か。切り札を使うに相応しい相手であると良いがな」
上野先手衆を踏みつぶした景虎と言えど、さしもの北条綱成相手に余裕はない。
少なくとも三千で八千と戦う様な愚かさは持って居なかった。だが、転生者である彼女にとって『聖戦』の呪文を使い最初の機会だ。勝利するにせよ、力及ばず敗北するにせよ、その発動に足る戦いをこそ望んでいたのだ。現代人にとって虐殺というのはいささか重いだろう。
「弾正殿。御来援、誠に感謝いたしまする」
「我らが失態により、このような事態になりましたこと申し訳ありませぬ」
「ああ。いや、長野殿に上泉殿。陳謝など不要、お二人が生きて戻られた事が何よりの報」
景虎は箕輪城まで撤退した長野家の軍勢と合流した。
みな傷ついており、兵を心配させないために表面的な傷こそ治療しているが、長野業正や上泉信綱も満身創痍で撤退したという。どうしてそこまで形勢不利なのに逃げ切れたかは……計画的な分裂と伊勢家側に血を残す為だったという噂もある。だが景虎にとっては、前世でも有名なこの二人が生き残ったことを心から歓迎していた。
(上泉ってあの剣聖だよね? これってラッキーってやつ?)
(もし伊勢側にカンスト級の剣士が居たとしても、こっちにも同じカンスト居る訳じゃん?)
(あっちにだけ強い奴が居たらどうしようかと思ってたんだけど、これで何とかなるかな)
(問題は数だけど……長野さんとか居れば何とかなるかな。だいたい同じなら勝てるっしょ)
箕輪勢には負傷者も多く、士気も下がって居て劣勢だと皆思っている。
だが景虎にとっては程よいチャンスなのだ。聖戦の呪文に成功さえすれば、士気の問題はクリアできるし、腕前が向上するので戦闘力だけならば有利になる。後は負傷者が多いという部分を、向上した白兵戦能力で何とか出来るかどうかだろう。
「しかし我らは運が良い。相手は伊勢最強の”地黄八幡”とは。勝てば全てが覆される」
「同数ならば幾らでも勝てますが、相手が有象無象の二万やら三万でなくて良かった良かった」
「……弾正殿。失礼ながら、同数では勝てぬ故の”地黄八幡”なのですが」
「そこは心配ありませぬ。今夜よりこの景虎、石上寺に籠らさせていただく」
景虎の空元気だと判断して、業正は眉を顰めて諫言を行った。
しかしそんな懸念は要らぬとばかりに景虎は笑顔で返したのだ。もちろん現時点では呪文頼りであり、武将としての才能で勝利できるとは断言できない。だが、上野での決戦があの北条綱成であるとは、まるで神々が祝福しているかのように思われたのだ。
「弾正殿が寺に何かしておったのは知っておりますが……あそこで何を?」
「この景虎、御仏から毘沙門天の加護を授かっております」
「単純に言えば戦用の祈祷だと思っていただければ重畳」
「ただ色々と準備が必要で、与力を頼んだ坊主たちも動員せねばなりません。本来ならば治療に充てるべきところを、申し訳なく」
後は呪文がちゃんと発動するかどうかの問題である。
マジックアイテムの能力を高める『多聞宝塔』の呪文を合わせても成功率は20%から30%というところでしかない。MP消費を肩代わりしてくれる僧侶に助力を頼み、休むことでMPを回復しながら試してようやくと言った所であった。もし坊主たちを治療に動員すれば、かなりの兵士が全力で戦えることを考えれば、景虎としては心苦しいと言わざるを得なかったのである。
さて……。ここで『聖戦の呪文』に関する具体的な能力を説明しよう。
1つ。信仰が同じ相手にしか機能しない。
1つ。同じ信仰の同じ宗派であれば、術者に絶対の忠誠を誓って死ぬまで戦う。
1つ。効果時間は『聖戦終了』の触れを出すまでである。
1つ。宗教的熱狂と精神的な安定により、戦士レベルが2レベルに匹敵する能力上昇が起きる(実数値が上がるのであって、レベルは関係ない。よって10レベルの上泉信綱は12レベル相応の数値になる)。
という、本来は神聖魔法10レベルで無ければ唱えられない大呪文であった。
この時の2レベル上昇相当と言うのは破格だ。西洋で言えば2レベルで専業兵士、3レベルで巡回している衛兵の隊長、5レベルが町の騎士団長か国家騎士団の騎士隊長クラス。7レベルで騎士団の切り込みたいを率いるエースクラス、8レベルで騎士団総長くらいだと思えば判り易いだろうか? 巡回している衛兵隊長がいきなり騎士団長級、騎士団長がエースと同じだけの戦闘力を引き出せる無法な状態であると言えるだろう。
「毘沙門天の加護ぞある! 出陣する!」
「「「「「「おおおおおおお!!!!!!」」」」」
箕輪城の鬼門を守る石上寺より輝きが周囲へ広がった。
毘沙門堂の効果により、その光景を見ていた兵士たちに効果が適用される。もちろん無信心な兵士たちには意味が無かったのだが……御仏の加護を信じている者、あるいは景虎の活躍を知る越後勢には覿面に効いた。
そして傷ついた箕輪勢を加えた約五千が出陣する。
この間まで時に互角の戦いを繰り広げていた上野最強の箕輪勢。その一部とはいえ強化され、そして戦闘力の向上のみを求められた常備兵たちを加えた無双の軍団である。その猛威は”地黄八幡”を中心とした伊勢家側の八千をへし折ったという。
と言う訳で北条家の謀略から上野の戦いが始まりました。
当たり前ですが景虎が動いているんだから北条が動くのも当然。
派遣されたのが守備隊の千ちょいと、常備兵三千だった事が知られており。
『戦国の世だから、家を二分して血を残す』状態になった感じですね。
なお向こうに着いた豪族たちは、哀れ戦国の世を無視した虐殺にあいました。
常備兵には弱い奴と強い奴が居ますが、強い奴が首を無視したらこうなる感じ。
その後に北条最強の部隊が出て来て、こっちも切り札を切った感じになります。
まあ第一話で内容を仄めかせてようやくの登場ですが、そのくらい無法な魔法になります。