マジカル戦国大名、謙信ちゃん【完】外伝開始   作:ノイラーテム

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一分野一チート令

 私こと虎千代は、鉄砲とか諸々を諦めました! うん、メンドイ!

歴史が変わって居て存在しているか怪しい上に、大音量を出す呪文であるとか、大威力の呪文が存在するんだもん。流石にポンポン使える人は居ないないけどさ。少なくとも大枚をはたいて購入するほどの事があるとも思えないんだよね。それこそ大活躍でマジヤバイかも! って噂を聞いたら、改めて考えれば良いじゃん?

 

それに私ってば、まだまだ元服前のチャイルドなんだよね。

子供が死に易い七五三の時期は過ぎたので、甘酒飲んで守り刀を持たせてもらう儀式はやったがそんだけ。小姓をつけてもらったおかげで、寺に入れられても見捨てられてはいないのだと判るのが幸いなだけで基本的に話を聞いてもらえないんだよね。ちゃんちゃん。

 

(っていうかー謙信様に転生して凄い加護まで貰ったんだよ? いちいち転生チートしようと頭を捻らなくても良いよね~? よし、したくなっても一つの分野に一つだけに絞ちゃえ!)

 そもそも転生してるからか、前世の事はあまり良く覚えていないんだよね。

好きな小説に時代小説やら異世界転生物は多かったのでザっと覚えてはいるけど、ただそんだけ。それに鉄砲を求めないのに火薬を作ろうとするのも微妙でしょ? つーかよく考えたらシモの話じゃんか! 少なくとも変な目で見られてまで求めることじゃナイナイ。

 

そんで最初の転機というか、決意を示すチャンスが訪れたわけよ。

強力な加護を授かったことで、その事をパパである長尾為景が大いに祝ってくれるんだってさ。わざわざ口にはしないけど自分だけでは成し遂げられないタイプの加護なので、親兄弟で争う可能性が薄いというのもパパが喜んだ理由なのかもね。

 

「虎千代様。掛かる祝いの席にて、何か欲しい物はあるかと大殿が仰せです」

「酒を造りたい! この間、僧坊酒の本を読んでな! これも御仏のお導きであろう!」

「酒……でありますか?」

「うむ。父上も兄上がたも、越後の将はみな酒が好きであろ?」

「みなで勝利を祝う酒を造るのじゃ。その為に良き布が欲しい!」

 というわけでたった一つの生産チートは、お酒を選びました!

上杉謙信と言えば酒! ならば良い酒を造って越後の産物として売れば良いし~。そもそも謙信様は年中行事の様に戦争をしてるのに、死後に金蔵が唸ってたハイパー大金持ちな訳よ。酒だけあれば他に生産チートなど要らぬ! ロクに覚えていないからじゃないんだからね!

 

「酒の為に布でありますか? その辺りで用意できるモノではなく?」

「そうじゃ。脱穀して酒を仕込み、それを荒絞りする。可能ならばもう二度三度と絞りたい」

「ゆえに目の細かい良き布が必要なのじゃ! そう書いてあったぞ」

 パパから派遣されてきた傍仕えの小姓にそう答える。

この林泉寺は武家の菩提寺であり臨済宗なので直接のナマグサはなし。でも武家の子弟を預かる事もある為か、単に読専の文学系が居たのか色んな本が置いてあったんだ。私はヘイホーも好きだけどその辺を読むのが好きで、多聞塔の居るだけ軍師たち……もとい爺ちゃんたちから解説を聞いて愉しんでいた。つまるところ酒の話もそこにあったって話ね。

 

「他にも資料はあったが、まずはこれを確実に作って府内の産とする!」

「……ではそのように大殿にお伝えいたします」

「よしなにな! そなたが指導する場合は落とした籾と酒の滓はそなたにやろう。畑にまく肥料や保存食とするが良いぞ」

 生前もお酒は好きだったし、謙信様に転生した為か酒のネタだけは良く覚えてる。

だけど無理することはないと、誰に説明しても可能な範囲のみを実行させることにしたわけよ。そもそもパパが強力な加護を授かった祝いにくれる程度の代物。良い酒を作りたいからと言って叶えられるとは限らないもんね。酒に灰を入れて清酒を作る方法は覚えてるけど、ホントにそれで良いの~? って不安があったのも大きい。だってさ、せっかくのお酒に灰を入れて駄目に成ったらもったないじゃん?

 

なお、この話はパパを喜ばせた。

パパもまた酒好きであるが、私が豊富な知識を学んでいる事、そして良い産物があれば銭金を増やせることを長尾家……は幾つかあるんだけど、うちの府内長尾家は知っていたからだ。後に知ったのだけど青苧と呼ばれる織物を独占していたことが大きな影響を与えたのかもね。

 

 

「虎千代様。まずはこれなるをお納めいたします。そしてこの度、大殿より甘粕の苗字を授かりまして」

「おお! まこと重畳。差配を任せたそなたが出世したこと、ことのほか嬉しいぞ」

「お言葉通りに酒を造りましたこと、そして酒の滓を干し堅めて酒肴として献じたことで、甘粕長重と名乗る様にと」

「それはそなたが真面に差配したからじゃ。童の言う事を良く守ってくれた。戦場で陣を同じくすることがあれば頼もしく思うぞ」

 暫くしてこないだのお使いさんが出世し、三度絞りの酒と酒粕を持って来た。

パパが才能を見込んだ小姓上がりの一人だけど、私に派遣するレベルの小間使いだ。でも顔見知りには違いないし、その人が苗字を貰っていっぱしの将となれば嬉しいよね! 私も酒を完成させたことよりも、見知った人が出世したことは何より嬉しい気がする。そして嘘偽りなく、指示を徹底したその律義さを発揮する青年が好ましく思えたのもあった。

 

「いずれ秘儀も完成させて開陳するが、今はコレを増やす所からかのう」

「はっ。まずは一桶というところでありますが、三つ四つと増やしましょうぞ」

「吝嗇は好まぬが、寺に預けられて見知ったことがある。知識と技術は独占してこそじゃ」

「重々承知しております。手前の目の届く範囲でのみ仕込みを行いまする」

 とりあえず火鉢で転生して初めての酒粕を軽く焙った。

ついでに渡された酒の一部を小さな器に入れて、それを同じように火に掛ける。これこれ! たちどころに甘い香りがしてお付きの弥三郎や弥七郎たちまでヒクヒクと鼻を動かし始めるのが実に面白い。

 

「自らの所で仕込んでおるなら味見はしておろう。ゆえにコレを取らせる。出世の祝いじゃな」

「温めた酒でありますか。拝領いたします」

「この方法は温める度合いによって味わいに差が出ると書いてあった。授ける故、父上と相伴する相手でも幾人かのみとせよ」

「はっ。直江様や琵琶島様のみに」

 あげたのはお酒一杯だけじゃない

ぬる燗や熱燗などの様々な工夫ってわけよ。小姓ならそういうのを覚えてる重宝すると思うし……。つかさ、私そのへんの温度管理なんか知らないもん。今から勉強してもらえば、私が助かるじゃない? パパを訪れて様々な武将が食事を共にすることがあるはずだけど、直江景綱や琵琶島定行と言った辺りが側近中の側近なのかな? 直江景綱ってあの『愛』の直江兼続のお父さんか何かだよね? 多分。

 

こうして越後の酒造りにモロミを絞って酒粕を分離する諸白酒が誕生したのでした。

清酒となるには私が最低でも元服した後、場合によっては武将として城を預かった後になるんじゃないかと思ってたんだ……でも意外とその登場は早足でやって来る。それが良い事だけではないのだけど……。

 

 それから数年が立ち、長尾為景は晴景に跡目を譲って隠居。

御隠居政治で貢献しながら転戦していたのだが……。そろそろ虎千代も元服するかという頃に変事が起きた。正史とどこまで違っているのか分からないが、長尾為景が越中で戦死したのである。正確には裏切られて殺されたも同然である。

 

「父上が!? 畠山の手伝い戦では無かったのか!」

「それが……畠山の内紛が起きた模様です」

「当主争いと守護代争いに巻き込まれたらしく、無念の死を遂げられました」

 ある寒い冬のこと、長尾為景戦死の方が林泉寺にも入った。

守護代としては隠居して長男の晴景に当主を譲った後、越中の国を治める能登畠山氏に請われて一向一揆討伐に援軍として向かった折りの事である。一向一揆は数ばかりで強くないと思われていたのだが……畠山氏の内紛が突如勃発したというのである。神保と椎名の守護代争いも起きており、神保に担ぎあげられた弟が、為景と話し合うために出向いた兄を殺すための戦いを始めたそうだ。

 

「兄上はいかがされておられる? 父上の御遺体はどうなった!?」

「殿は守護様と伊達家の折衝で動けぬとのことです。実際には怪しい動きをしている者が居ると睨みを利かせておられます」

「大殿の御遺体は間もなくこちらに。我らはその先触れとして参った次第で」

 当主を譲られた晴景は外交肌の人物だった。

どちらかといえば穏健派で文弱と見られていたが、隠居しつつも越後全体を抑えていた父親の為景が剛腕の武人だったのでバランスは取れていたと言える。虎千代が考案した諸白の酒も、土産として持って行けば喜ばれると何度か言葉を交わしたことがあった。

 

「ということは平蔵兄者たちは動けぬか。両名には声を上げて済まなんだ」

「いえ、これが我らの役目ゆえ」

「何かお下知があれば何なりと」

 晴景の他にも次男である長尾平蔵景康らも居たが、彼らは武将として配されている。

新当主が外交を行いつつ、裏切りそうな豪族に睨みを利かせているという事は、その補佐として脇を固めたり何時でも動けるように兵を集めている筈だった。側近であり晴景と同い年の直江景綱も同様であろう。

 

「うむ。金津、甘粕を借りるぞ」

「はっ。拙者は御遺体を必ずやお届けいたします」

 金津新兵衛の妻は虎千代の乳母であり気安い相手だ。

それゆえに酒の件で面識のある甘粕長重を伴って使者として訪れていた。何かあれば甘粕を使えと言う事だろうが、虎千代はその言葉に甘えることにしたのだ。

 

ここで重要なのは権勢をふるっていた長尾為景が戦死し、新当主である晴景は動けないことだ。

言い掛かりをつけて攻め寄せれば、ただそれだけで新当主の権威は下落する。押さえつけられていた豪族のみならず、親族であるはずの古志長尾家や上田長尾家もその点では信用なら無かったと言えるだろう。

 

「仕込み中の酒は?」

「一番樽の早酒が仕込み終わっております。後は熟しておりませぬ」

「仕込んである方は城へ持ち込め。篭城となれば幾らでも使いようがある。二番以降は相すまぬが灰をぶちまけておけ」

「諸白の秘密を守るのですな? 承知いたしました」

「後で濾すなり上澄みを掬うなり吞める。汚泥は混ぜるなよ」

「然りと」

 この当時の酒はアルコールが弱いので栄養のある飲み物になる。

それとは別に、籠城中に派手な酒宴を開いて見せれば、その余裕を味方にも敵にも見せることができるだろう。そして何より、新しい産物である諸白の酒は守らねばなるまい。仮に攻め寄せて来る豪族はおらずとも、秘密を奪って行こうと考える不埒者は多いのだから。

 

「その後は琵琶島城へ赴き駿河守殿と合流せよ。何かあらば手勢を借りてその方が先手となれ」

「はっ。……弥七郎殿はお連れせずとも?」

「弥七にはここでしてもらう事がある。父上の御遺体を辱める訳には行かぬ故な」

「承知いたしました。御無事で!」

 琵琶島定行の息子である弥七郎は小姓であると同時に人質でもある。

迂闊に戻して選択肢を与えるよりも、『信じて側近として使っている』と見せた方が良い。それにこれからすることには人手はいくらあっても足りないし、そのためには名前の知れた小姓と言うのは重要であった。

 

「弥七郎、聞いての通りだ。弥三郎と共に長屋から子供を連れて参れ」

「虎千代様。それで我らは何を?」

「寺の周りに雪を盛り上げ作り水を打って氷壁を作れ。水が出なければ小便でも良いが、正面ではやるなよ」

「境内でそのような無茶はやりませぬ。ご安心ください」

 虎千代ら子供世代は、よく二手に分かれて合戦ごっごをしていた。

木の枝や竹で叩き合い、小さな石を投げてのちょっとした合戦。喧嘩というには和気藹々として、ただの遊びと言うには物騒な遊戯である。小姓である弥三郎と弥七郎は子供たちを呼び集める役をしていたので不自然ではなかった。

 

やがて日が明けた頃には雪の山は立派な氷の壁になった。

虎千代は寺の正面に篝火を焚いて待ち構え、為景の遺体が運び込まれるのを待ち続けたのである。少なくともこの数日を過ぎ、晴景が喪主として葬式を終えれば当面の問題はなくなる。その日まで決して気を緩めぬつもりであった。

 

「虎千代様! 諸白の一部をお持ちしました」

「良し。桶二杯を残して和尚様にお渡しせよ。弔問に訪れる者への兄上からの振舞酒じゃと言うてな。弥三郎と弥七郎はそれぞれの組下に振舞え」

「「「はっ」」」

 先んじて武将になった甘粕が敬意をもって従うので、小姓たちもそれに合わせる。

身近に居るがゆえについ気安くなるが、流石は我が若君よと弥三郎も弥七郎も顔を見合わせ合うのであった。

 

「虎千代様。越後はこの後どうなるのでしょうか?」

「さて、一国であれば何とでもなろう。兄上は話は上手いゆえな」

「……それ以上の事は判らぬ。じゃが、酒の事だけは判るぞ」

「酒でありますか? この度の事で随分と広まるとは思いますが……」

「そうではない」

 子供らに酒を振舞う間に長重が尋ねるが、虎千代は未来の事は語らないでおいた。

歴史を詳しく覚えておらずとも、上杉謙信が台頭する以上は晴景たちの治世は長続きしないだろう。そもそもこの越後では頑固者が多く、為景も武力で強引に従えていたがゆえに軋轢も多かった。晴景が穏健派となって間を取り持っていたが、不満が爆発して行くならばその姿勢はむしろ逆効果に思えたのである。

 

だがそんなことを口にするわけにもいかぬ。

そこで虎千代は一足早く別の未来を語る事にした。酒好きの越後人としては、未来が明るく感じられることだ。そして今を乗り切れば、明るい将来設計ができるぞと言う夢が必要でもある。

 

「昔むかし、あるところに有名な酒蔵があった。不正を働く杜氏を馘首したのだが……」

「……? もしや、以前に仰せられた秘儀を紐解かれたので?」

 唐突に昔話を語り始めた虎千代に長重は面食らった。

しかし話の流れを考えれば、明らかに酒の事だろう。その事を察して念のために確認しつつ、相の手として話を促しておく。

 

「その悪い杜氏は腹いせ紛れに仕込み中の酒樽に灰をぶちまけていったという」

「……っ! まさか、先日に灰を入れさせたのは……」

「その通り。他には決してしゃべるなよ、偶然じゃと言っておけ。さて、何処まで話したか」

 この時、長重は驚愕せざるを得なかった。

余所者が諸白酒の秘密を持って行くことを考えれば、灰を入れて飲めなくしたと思わせるのは重要であった。しかし虎千代が資料で調べれたように、他の地域では秘密でない場所もあるはずだ。それゆえにもったいないと思わないわけではなかった。だが、まさか遠い将来を見据えての事であったとは!

 

「そうそう。灰と秘儀の話であったな。後日、その事を知った酒屋が残念に思いながらも上澄みを掬って飲んでみた」

「すると清く澄んだ美しい酒であったという。味わいは濁り酒に比べるべくもないが、その切れ味はまるで違うとか」

「なるほど……。秘密を守るだけではなく、同時に新しい秘儀を試す方法を選ばれたのですね!」

「それもあるが確信が持てたのは今になっての事よ。灰を入れるだけなら誰かが思いつけよう?」

「そう……清み澄み渡る酒を造るには、濁り酒に直接入れるのではない。諸白を作る前の荒絞りの段階で入れるのじゃとな」

 現代人から見ると最初から清酒を知っているので、濁り酒に灰を入れるのだと思い易い。

しかし当時は荒絞りをしない事すらあり、さらに言えば籾殻を脱穀しない場合もあったという。つまりは脱穀・醸造・灰を入れた濾過・二度目三度目の濾過。そこまでやって初めて清酒になるのだろう。灰は酒滓と結びついて濾過し易くなり、澄んだ酒を作り易くなるという訳だ。

 

元より灰を入れるのは大切な産物の秘密を守り通すために納得していた。

だが、それどころか最初から筋道を立てて段階を踏んだ様な研究成果の証しかたである。長重は己を引き立ててくれたのは虎千代であると思っていたが、さらにその畏敬を強くするのであった。

 

「と言う訳で残りの樽は分けて濾せ。一度だけ濾した物、三段絞りで濾した物と試してみよう。兄上たちにも表向きは偶然というのじゃぞ」

「はっ。秘密を守り府内の新しい産とするのですね?」

「うむ。今までの諸白は少しずつ広めていく。代わりに清み澄み渡る酒……清酒は秘蔵中の秘蔵として扱うのじゃ」

「はは!」

 やがて越後の産物として酒が完成する。

協力する豪族に諸白酒の造り方を教えてこの地方で重要な産物として生産。そして重要な相手への贈り物や、功績を上げた家臣への褒美として、後に景虎と名乗った時に酒本位制度を確立したという事である。




 と言う訳で生産チートを酒以外封印します。
謙信様は内政なんかしません。省みません。後悔もしません。
酒だけあれば後は不要、勝てば良かろうなのだ!

まあ当時の越後は米所ではなく川はよく氾濫するし経済国家なので。
青苧とか商品だけ確保して、後は港だけあれば良いんじゃないですかね?

●諸説
為景さんは越中死亡説(祖父と混ざった説あり)を採ってます。
同様に甘粕くんも途中で名前を貰った説を採っております。

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